エッセイ集に載っていないものがあったので、掲載しよう。
週刊アサヒ芸能 昭和35年(1960年)08月28日号
つぶれてて読めない箇所は○とする。
---以下引用---
『野獣は死なず――’盗作者’という中傷について――』
大藪春彦(直筆署名)
写真キャプション 大藪春彦氏
週刊文春の当該記事とおもわれる写真のキャプション 問題の記事
ある朝突然に、ボクは”盗作者“になっていた。
「週刊文春」(八月二十二日号)が、『野獣恥ずべし』という恥知らずな見出しでボクに”盗作者“というレッテルをハ○つけていたのだ。おまけに”盗人タケダケしい“という形容詞までかぶせてもらっているのだから、ほんとにお礼でもいいたいくらいだ。
あの記事を読んでみて、○トの本質をはずれた、個人的な中傷の多いのに、まず驚いた。とくに後半は、もうヒステリー調の絶叫だ。はじめはカッときたが、読みかえしてみて笑っちゃった。こんなのに、いちいち○○するのは、バカバカしい。だが愛読者の誤解をとくために大人げないが一言のべておきたい。
ボクが五八年十一月号の「講○倶楽部」に書いた「街が眠るとき」は、アメリカの作家フランク・ケーンの「特ダネは俺に任せろ」から「そっくりそのまま頂戴している」というのだ。
「特ダネ――」は五四年三月に本国版「マンハント」に発表されている。お○が書いたのは五八年だから、ケーンの小説を読んで”盗作“したというのだ。そして「街が眠るとき」と「特ダネは俺に任せろ」の冒頭と結末の一部を並べて”○○“を提出、「これ見たか」といわんばかりだ。
さらにダメをおしている。
「当の御本人も潔ぎよく”盗作“の事実を認めた……」
だが、ボクはケーンから”盗作“した覚えはない。
「街が眠るとき」を書く前に、ケーンの「特ダネ」を読んだことはない。読んだのは去年の春だ。そのとき、確かに似ているとは思った。しかしボクは、ケーンを読んで、書いたのではないから、別に気にもしなかった。
ボクが「街が眠るとき」を書いたのは、数人の友人と下宿で雑談していて、ある友人からアイディアをもらったものだ。
このように、アイディア○○し借りは、「みんなやっている」といったのを、”盗作“ととりちがえているのだから、話にならない。
似ているという文章の対比にしても、サワリの部分だけしかとりだしていない。
そのほか、いちいちあげても仕方ないが、この記事には、事実無根のことが多い。「一説によると」「こんなことをいう人もある」「……そうである」等々も逃げ腰だ。文句があるなら、はっきりといえばいい。しかもあのなかで、○を○○する意見を述べた人々は、そんなこといったことない、といっている。マンハントや○トルでさえも、否定しているのだから笑止だ。
「この才能の乏しい青年」といわれるのは仕方ないが、そういう、この匿名記者クンは、ボクを○うきめつける資格があるの○○○いまの文春に○
「文○○でなければ人でない」という風潮がある。どうも今回の記事は○りで○に出た○クを、ボイコットしようとする○成マスコミ権力の○○のようにも思われる。
だが、ボクは死なない。
幸いにボクに声援を送って下さる人も多い。今度の事件でいろいろの方が示してくださった○○とはげましには、深く感謝する。出ようとする若い芽をつみ○ろうとする○○ナラシイ権力には○○的に○いたい。
現在のところ、テキさんのベースに乗らず、いい作品を書きたい。作家は作品で勝負をするべきだと思っている。そうすれば、読者諸君は、○に関する中傷がデマにすぎないことを納得してくださるであろうと信じている。
---引用終わり---
友人がナニしたネタだったのね。
にしても、
文章で誰かを追及するなんて、できない人だったんだよね。
ホントに血まみれで書いていたんだ。
-----
大藪のエッセイ集とかについて書いておく。
・『GUN教室』 桃源社 1965年
1961年01月号~1962年12月号「ヒッチコックマガジン」連載『GUN相談室』(大藪口述)をまとめたもの。
エッセイではないとおもふよ。非常に読みにくいです。どうにかならなかったのか?
・『狼はしなやかに跳ぶ 大藪春彦の世界1』 徳間書店 1972年
初のエッセイ集。対談、ショートショート(切れがよく意外なほどおもしろいよ)、高校時代の作品を収録
・『野獣の青春 大藪春彦の世界2』 徳間書店 1972年
「次巻は僕の若き日の履歴書とでもいうべき「野獣の青春」を中心に、銃や射撃競技や狩猟、二輪や四輪のモーター・スポーツなど盛り沢山の小品や対談や座談会記録を大量に詰めこむことになっている。ご期待ください。」
うわー読みてえなあ。
・『別冊新評 大藪春彦の世界』 新評社 1976年
必読の書であろう。
こーゆーのは雑誌のほうが情報量が多い。グラビア頁とかね。写真もキレイだし。大藪と直接関係ない広告もおもしろい。
・『大藪春彦の世界』 新評社 1979年 上記の単行本とおもう
帯
大藪ハードボイルド入門決定版
不滅のヒーロー伊達邦彦を世に送り出して22年、ますます磨きのかかる大藪作品の魅力の原点を徹底的に分析!
・『野獣を撃つ(上・下)』 カッパブックス(光文社)1976年
初の海外狩猟であるアラスカから、ニュージーランド、オーストラリア、アフリカ(ザンビア)を収録
・『ザ・ビッグ・ゲ一ム』 集英社 1979年
・『ザ・ビッグ・ゲ一ム(上・下)』 徳間文庫 1991年
上記『野獣を撃つ(上・下)』+モンゴール、カナダ ブリティッシュ・コロンビア・ロッキー、アメリカ モンタナ・ロッキーを収録した増補版
・『荒野からの銃火 大藪春彦マインド』 角川文庫 1979年
エッセイ集 必読、つか持ってるだろ。
・『男たちよ闘いの荒野に死ね 大藪春彦語る』 角川文庫 1979年
対談集 無論必読だ。
・『大藪春彦のワイルド・ドライビング』 講談社 1980年
赤バッジシリーズ。
闘志でぶつかるサーヴァイヴァルアドベンチャーの章にはイノシシもOKくくりワナのつくりかたが書いてある。
・『4WDワイルド・ドライビング』 光文社文庫 1985年
これはぜひとも赤バッジシリーズで読んでほしい。理由はリンク記事を読むこと。
・『灼熱のサファリ』 徳間書店 1983年
写真前掲
1980年08月~10月 アフリカ 南ア~ボツアナサファリの記録。
この後はなんとか条約で野獣捕っても剥製の輸入できなくなった。
御大も病気になったしね。
この本は文庫になってないのかな?
・『蘇る野獣 追悼特集大藪春彦の世界』 徳間書店 1996年
・『蘇る野獣―大藪春彦の世界』 徳間書店(単行本) 1999年
・『孤高の狙撃手』 光文社文庫 2004年
写真前掲
海外ハンティングのまとめ+『銃は我が分身』1980~1984年+『素晴らしきアメリカ射撃旅行』1982~1983年
『大藪春彦の世界』つー本は、都合6冊(実質4冊)あるのだ。
んで、
たぶんこれでエッセイ集等は全部なのだ。
週刊アサヒ芸能 昭和35年(1960年)08月28日号
つぶれてて読めない箇所は○とする。
---以下引用---
『野獣は死なず――’盗作者’という中傷について――』
大藪春彦(直筆署名)
写真キャプション 大藪春彦氏
週刊文春の当該記事とおもわれる写真のキャプション 問題の記事
ある朝突然に、ボクは”盗作者“になっていた。
「週刊文春」(八月二十二日号)が、『野獣恥ずべし』という恥知らずな見出しでボクに”盗作者“というレッテルをハ○つけていたのだ。おまけに”盗人タケダケしい“という形容詞までかぶせてもらっているのだから、ほんとにお礼でもいいたいくらいだ。
あの記事を読んでみて、○トの本質をはずれた、個人的な中傷の多いのに、まず驚いた。とくに後半は、もうヒステリー調の絶叫だ。はじめはカッときたが、読みかえしてみて笑っちゃった。こんなのに、いちいち○○するのは、バカバカしい。だが愛読者の誤解をとくために大人げないが一言のべておきたい。
ボクが五八年十一月号の「講○倶楽部」に書いた「街が眠るとき」は、アメリカの作家フランク・ケーンの「特ダネは俺に任せろ」から「そっくりそのまま頂戴している」というのだ。
「特ダネ――」は五四年三月に本国版「マンハント」に発表されている。お○が書いたのは五八年だから、ケーンの小説を読んで”盗作“したというのだ。そして「街が眠るとき」と「特ダネは俺に任せろ」の冒頭と結末の一部を並べて”○○“を提出、「これ見たか」といわんばかりだ。
さらにダメをおしている。
「当の御本人も潔ぎよく”盗作“の事実を認めた……」
だが、ボクはケーンから”盗作“した覚えはない。
「街が眠るとき」を書く前に、ケーンの「特ダネ」を読んだことはない。読んだのは去年の春だ。そのとき、確かに似ているとは思った。しかしボクは、ケーンを読んで、書いたのではないから、別に気にもしなかった。
ボクが「街が眠るとき」を書いたのは、数人の友人と下宿で雑談していて、ある友人からアイディアをもらったものだ。
このように、アイディア○○し借りは、「みんなやっている」といったのを、”盗作“ととりちがえているのだから、話にならない。
似ているという文章の対比にしても、サワリの部分だけしかとりだしていない。
そのほか、いちいちあげても仕方ないが、この記事には、事実無根のことが多い。「一説によると」「こんなことをいう人もある」「……そうである」等々も逃げ腰だ。文句があるなら、はっきりといえばいい。しかもあのなかで、○を○○する意見を述べた人々は、そんなこといったことない、といっている。マンハントや○トルでさえも、否定しているのだから笑止だ。
「この才能の乏しい青年」といわれるのは仕方ないが、そういう、この匿名記者クンは、ボクを○うきめつける資格があるの○○○いまの文春に○
「文○○でなければ人でない」という風潮がある。どうも今回の記事は○りで○に出た○クを、ボイコットしようとする○成マスコミ権力の○○のようにも思われる。
だが、ボクは死なない。
幸いにボクに声援を送って下さる人も多い。今度の事件でいろいろの方が示してくださった○○とはげましには、深く感謝する。出ようとする若い芽をつみ○ろうとする○○ナラシイ権力には○○的に○いたい。
現在のところ、テキさんのベースに乗らず、いい作品を書きたい。作家は作品で勝負をするべきだと思っている。そうすれば、読者諸君は、○に関する中傷がデマにすぎないことを納得してくださるであろうと信じている。
---引用終わり---
友人がナニしたネタだったのね。
にしても、
文章で誰かを追及するなんて、できない人だったんだよね。
ホントに血まみれで書いていたんだ。
-----
大藪のエッセイ集とかについて書いておく。
・『GUN教室』 桃源社 1965年
1961年01月号~1962年12月号「ヒッチコックマガジン」連載『GUN相談室』(大藪口述)をまとめたもの。
エッセイではないとおもふよ。非常に読みにくいです。どうにかならなかったのか?
・『狼はしなやかに跳ぶ 大藪春彦の世界1』 徳間書店 1972年
初のエッセイ集。対談、ショートショート(切れがよく意外なほどおもしろいよ)、高校時代の作品を収録
・『野獣の青春 大藪春彦の世界2』 徳間書店 1972年
「次巻は僕の若き日の履歴書とでもいうべき「野獣の青春」を中心に、銃や射撃競技や狩猟、二輪や四輪のモーター・スポーツなど盛り沢山の小品や対談や座談会記録を大量に詰めこむことになっている。ご期待ください。」
うわー読みてえなあ。
・『別冊新評 大藪春彦の世界』 新評社 1976年
必読の書であろう。
こーゆーのは雑誌のほうが情報量が多い。グラビア頁とかね。写真もキレイだし。大藪と直接関係ない広告もおもしろい。
・『大藪春彦の世界』 新評社 1979年 上記の単行本とおもう
帯
大藪ハードボイルド入門決定版
不滅のヒーロー伊達邦彦を世に送り出して22年、ますます磨きのかかる大藪作品の魅力の原点を徹底的に分析!
・『野獣を撃つ(上・下)』 カッパブックス(光文社)1976年
初の海外狩猟であるアラスカから、ニュージーランド、オーストラリア、アフリカ(ザンビア)を収録
・『ザ・ビッグ・ゲ一ム』 集英社 1979年
・『ザ・ビッグ・ゲ一ム(上・下)』 徳間文庫 1991年
上記『野獣を撃つ(上・下)』+モンゴール、カナダ ブリティッシュ・コロンビア・ロッキー、アメリカ モンタナ・ロッキーを収録した増補版
・『荒野からの銃火 大藪春彦マインド』 角川文庫 1979年
エッセイ集 必読、つか持ってるだろ。
・『男たちよ闘いの荒野に死ね 大藪春彦語る』 角川文庫 1979年
対談集 無論必読だ。
・『大藪春彦のワイルド・ドライビング』 講談社 1980年
赤バッジシリーズ。
闘志でぶつかるサーヴァイヴァルアドベンチャーの章にはイノシシもOKくくりワナのつくりかたが書いてある。
・『4WDワイルド・ドライビング』 光文社文庫 1985年
これはぜひとも赤バッジシリーズで読んでほしい。理由はリンク記事を読むこと。
・『灼熱のサファリ』 徳間書店 1983年
写真前掲
1980年08月~10月 アフリカ 南ア~ボツアナサファリの記録。
この後はなんとか条約で野獣捕っても剥製の輸入できなくなった。
御大も病気になったしね。
この本は文庫になってないのかな?
・『蘇る野獣 追悼特集大藪春彦の世界』 徳間書店 1996年
・『蘇る野獣―大藪春彦の世界』 徳間書店(単行本) 1999年
・『孤高の狙撃手』 光文社文庫 2004年
写真前掲
海外ハンティングのまとめ+『銃は我が分身』1980~1984年+『素晴らしきアメリカ射撃旅行』1982~1983年
『大藪春彦の世界』つー本は、都合6冊(実質4冊)あるのだ。
んで、
たぶんこれでエッセイ集等は全部なのだ。
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