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らじかのよかん

ふっ急になんかわかんないんですけど↑

家路

2010年09月30日 | 身辺
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力ードリーダー

2010年09月28日 | 光学機器倶楽部
とっても大事にしてたのにCFを横に差してしまい、
ピンが曲がった。

更新せざるを得ない。
ちっと前には、伝送速度の記事とか出ていたが、このところ見あたらぬ。

ミツクロイで買ってみた。


おれはF31とかのんきに使っているので、XDが早いとうれしい。
(XDはメモリしか持っていないため、ごちゃごちゃ回路はリーダーに依存する、のだそうだ)
早っ。

時々は更新してもいいかな。

ただし、前のに比してCFがの刺さりが浅いので、衛生によくはないと思う。
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猫森集会2010Bプロ2日目

2010年09月26日 | 深夜らじお倶楽部・谷山浩子さん研究

このたびは、猫森デビューなのだった。↑終演後
(猫森集会は都合8日,4プログラム行われるライヴであって、そのB番目がBプロだ)

今年のBプロは、事前につぶやきブログで募集された、
「谷山浩子の好きな歌人気投票(一人3曲まで)」の、上位32曲を2日に亘って演奏するものであり、
2日目の昨夜は第16位から第1位までを歌うのだ。

また、実況中継をつぶやきブログの特設アカウントでしていて、
実況を見つつ、同時に演奏中の曲を、各自のPC等で勝手に再生するという、
リモコンライヴが全世界的に実行されたのだ。
1日目はゲンバにいかれなかったので(永さんを見た日だな)、
おれもリモコンライヴで一人で盛り上がった。

さて、曲目であるが、上から16位→1位 およびアンコールの着外(投票無し)の順。

以下つれずれにふいんきを語る。

・会場が相撲の土俵方式であって、演者をぐるりと取り囲む感じになっている。
だから距離感が近く、暖かいふいんきでとてもよい。

・「今日はあんまりしゃべるな、とスタッフに厳命されています。
長くなってしまうから」というわけで、
長目のトークはなしで進行した。(けっこうしゃべっていたと思うが)

・途中カウントと合わず
谷「ちょっと待って、えっと」
AQ「Bプロはさあ、曲目にかかわらず、すべて1小節1234で出る約束してあったよ」
谷「あっ、そーゆー約束の存在自体を忘れている」
つー楽しいやりとりがあった。

・パーカッションの音がとてもステキだった。
豆さささささ。

・おれが投票した曲のうち、2曲はすでに演奏済みだった。
後一曲は、8位の『銀河通信』だ。

・『意味なしアリス』のベストテン入りは想定外だなあ。
『まっくら森の歌』を押しのけて。
このへん、トークでも云っていたっけ。

・『カントリーガール』がここまでノシてくるとはおもわなんだ。
わざわざ投票してくるヒトにしては意外な気がする。
でも、順当なベスト3ではあるけれど。

・『カントリガール』の谷山的新解釈が発表された(4番までバージョンね)
「その手紙は「ぼく」が「長いたばこを気障にくわえた」男に頼んで、
「きみ」に渡されたもので、
「おっけっこう好みかも」つーわけで一週間おつきあいしたものの破局、
の直後、「実はあれはぼくが書いた手紙で」というのなんだけど」
だってさ。

・『よその子』が、すんげえよかった。
出だしで、すでにぞくぞくした。
(ライヴにいくと、1曲はそーゆー発見がある)
重い歌なんだが、なんつーかこころが洗われる感じでねえ。
レコードもいいが、生は格別ですな、やっぱ。

・すべての曲は演奏前には曲名が明かされなかったが、
『海の時間』の1位はばればれなので、発表してから演奏。
これはよかったなあ。
照明演出効果も手伝って、水中感つーか浮遊感につつまれた。
やはり名曲なり。

・アンコールは、343位(1票も入らなかったもの)から一曲
「抗議のおてがみがきました。なんでぼくを選んでくれないんだわんわん」
とのことで『PUPPY』を。

楽しうございました。
次は12月のソロライブに行くんだ。

さて、これから実況の模様の読むぞ。
(このために、PCを上げて出かけたのだった)
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スタンドバ一 サ二一

2010年09月23日 | 身辺
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巴里の屋根の下にテームズ河は流れていない

2010年09月21日 | 深夜らじお倶楽部・谷山浩子さん研究
イ・ヌュパ・ヌザビオン・ヴィザレオザヴェ・アラ・バトゥレ
原題はこうなるらしい。

さて永さん、行ってきた。
(早く着きすぎて、まだ誰もいない↓)


おどろくなかれ、おれがヤンゲスト(ヤングの最上級)な観客だった、みたい。
ほぼ満席の会場内は、前後期高齢者でイパーイだった。

しくじったのは、双眼鏡を忘れたこと。
行けばよく見える気がして、つい忘れたのだ。
実際には後ろのほうだった。
でもゼイタク云っちゃあいけないな。

つれづれに、ふいんきを語ろう。

・永さんは、パーキンソン症候群からパーキンソン病に一段上がったのだそうだ。
なんということだ。

・永さんと遠藤さんのコンビは43年の長きに亘るが、お茶を飲みに行ったのは2回だけ。
1回目は初回放送前に遠藤さんが喫茶店に呼び出され(前任者がやめるため)
「ぼくの向かい側に、ぬいぐるみ置いといてもいいんだけど。
 ただ笑っててくれればいいから」と云われた由。

・基本、放送と同様遠藤さんの発声教育が行き届いており
「ゆっくりと大きな声で、ぼくはしゃべります」
を繰り返し確認し、ときおり
「今、急ぎましたか」
「はい、すこし急ぎました」などとダメ出しされていた。

・遠藤さんの朗読は秀逸。 場内、なみだ、なみだ。(←ここ、あの調子で読んでね)

・銀巴里陣の生歌を初めて聴いた。
非常によかった。
(2重奏とかはしないんだね、意外だった。即興演奏ではないからかな。
  ↑ おれ、なーんにも知らないのだよ)

・対して、銀巴里後(と便宜上呼ぶ)の歌は、発声からして違って聞こえた。
良い悪いを云っているわけではない。
銀巴里が「なつかしく」聞こえるのがふしぎだっただけ。
一度も行ったことないのにね。

・越路さん(故人)は「こしちゃん」と呼ばれていたようだ。
永さんの「こしちゃん」の発話が非常に早く、はじめは誰のことだかよくわからなかった。

・永さんは、美輪さんの背後霊(右肩上にゐる)にも
「こんにちは」とあいさつするようになり仲良しに。
美輪さんも永さんの背後霊にも、「こんにちは」とあいさつをするのだそうだ。

・永さんがソロで「諸先輩が残した言葉」を披露。
やはり途中から早くなっていた。

・ラストは出演者みなさんと観客全員で、
『巴里の屋根の下』を唄った。
歌詞は節ごとに遠藤さんがアナウンス。
実は歌えるもんで(なぜかは知らない)、とても気持ちが良かった。

・アンコール等は一切無し。
つーか、仲入がなかったので観客がおおむねいっぱいだったのかも。
(拍手がやまってしまうのだ)

永さんと遠藤さんのコンビは、じつに心地いい。
上記したように、プライベートで通じていないのがいいのだろう。
としたら、やはり初めから本物のプロだな。
コメント (3)
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エイさんとシャンソン

2010年09月18日 | 深夜らじお倶楽部・谷山浩子さん研究
♪゜・*:.。. .。.:*・♪*:.。. .。.:*・♪゜・*:.。. .。.:*・♪*:.。..。.:*♪


 ◇◆ 【○×ホール】 ご招待公演当選のご案内 ◆◇

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らじ本 らじお 様

誰かとどこかで △△さんと○×でシャンソン ご招待状

平素より、格別のお引き立てを賜り、厚く御礼申し上げます。
このたびは、「誰かとどこかで △△さんと○×でシャンソン」ご招待にご応募くださり、
ありがとうございました。
当選されましたので、ご招待状をお送りいたします。

● 当日、受付にて、本状(プリントアウトしたもの)とチケットをお引き換えの上、ご入場ください。
● 開演15分前までには、必ず受付をお済ませください。
● 本状にて、2名様までご招待いたします。
● 当日、ご都合がつかない場合は、○×ホール事務室までご連絡ください。
● また、下記のご招待日時以外の公演には使用できませんので、あらかじめご了承ください。

日時:平成22年9月00日 『誰かとどこかで △△さんと○×でシャンソン』
開場13:30 開演14:00
場所:○×ホール(1階)

※本状をお忘れになると、ご入場いただけない場合がございます。

(↑一部仮名)


また当たった♪

エイさんに会える、会える。
ラジオ聴いてたもんなあ、何年になるだろうか(今も聴いている)。

そういえばエイさん、発声練習してたっけ。
エンドウさんに
「エイさんは(発声練習を)流してます」
「そうですか」
「流してます。ちゃんとやれば、いい声がでます」
とダメだしされてた。

桃家の空き瓶にさわやかな秋の風
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このはしわたるべからず

2010年09月16日 | 学術・芸術
 (原小坊主判断)

 本カンバンは、「このはしわたるべからず」のひらがなよりなり、「端」の意を認識させる「はし」と、「渡る」の意を認識させる「わたる」の文字を、普通に用いられる方法で「このはしわたるべからず」と縦書き一段に書してなるところ、全体として「この端渡るべからず」の意を認識させることから、これを道路上の橋梁のたもとに設置するときは、「その橋梁の端部に危険が存在し、中央部は安全であり通行が可能である」ことを認識させるカンバンといわねばならない。
 したがって、本カンバンは、当該橋梁の通行を許可するものである。



 【判断】

 本カンバンは構成中の「はし」の文字は、「橋」または「端」を意味し、また、「わたる」の文字は、「渡る」または「亘る」を意味することから、全体として「この橋を渡るな」程の意味合い、及び「この端を渡るな」程の意味合い、及び「この端を亘るな」程の意味合い、それぞれを暗示させる。
 しかるに、本カンバンが設置されているのは「橋梁のたもと」であることから、原小坊主判断説示のごとき意味合いを直ちに認識させるものとは言い難いというのが相当である。
 そうとすれば、簡易迅速を尊ぶ道路交通の場においては、本カンバンに接する往来者は、その構成中の「はし」の文字部分に着目し「橋」を意味し、また「わたる」の文字部分に着目し「渡る」を意味して、全体として「この橋梁を渡るな」との意味、つまり「この橋梁の通行を禁止する」との意味であるとみるのが相当であり、また通行の可否についての識別標識として機能し得るものというべきである。
 してみれば、本カンバンは、「この橋梁の端部に危険が存在し、中央部は安全であり通行が可能である」を表すものとして認識され得るものではなく、全体をもって、「この橋梁を渡るな」との通行の禁止を表したものとして認識されるとみるのが相当であって、これを橋梁のたもとに使用すると、通行の禁止の識別標識としての機能を十分に果し得るものであり、また、これを道路ないし橋梁のいずれに使用しても、通行の可否について誤認を生ずるおそれもないものである。
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ききょう

2010年09月13日 | 身辺
おれのじいさんは、キザミをやっていた。
たしか「ききょう」つー名だったとおもう。

近所のたばこやに注文しておき、
入荷すると電話で通知され、
おれが取りに行くのだ。

カートンつーのか、大箱で買ってたね。
当時も入手困難品だったのだろう。
ひとつの大きさは、通常の紙巻きのをひとまわり小さくした感じのもの。
四角い箱つーか紙の容器にけっこうぎっしり入っている。
通常の紙巻きが標準一箱/日程度の容量であるのに対し、
どーかなあ、一箱で一週間くらいは保ったのではないか、
推定だけれど。

おれがキセルのやり方を実体験として知っているのは、じいさんのおかげだ。
落語鑑賞にどれだけ役立ってるかしれん。
たばこ盆つーのも、今の若いもんも年配者も、基本しらねーだろうなあ。

家中にたばこ盆を置いてきちゃあ、おれが取りに行かされてた。
キセルの雁首で、頭ひゃぱたかれると、いてぇーんだぜ。
真鍮の「ふだんのキセル」が、どこかにあるはずだ。
「よそゆきのキセル」は銀だったな。
こりゃ形見分けしたから、おれんとこにはないのだ。

キザミだが、
たまさか切れることがあり、
入荷が遅れると、
やむなく紙巻きをちぎりキセルの雁首に突っ込んでやっていた。
実にまずそうな顔でね。
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どっちだ

2010年09月11日 | 身辺

おかづひろばか、いずみんか
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たまご

2010年09月09日 | 食物
小4の時の担任は、若い独身の女教師だった。
アパートで一人暮らしをしていた。

ある日の朝。
顔色が悪い。
みな、心配している。

先生は、1時間目のはじまる前、話し出した。

「あたし、昨日ゆでたまご食べようとおもってね。
冷蔵庫からたまごを1つ出して、お鍋でゆでたのね。
ゆであがってから、お鍋から出して、お水で冷やして。
食べようとして、カラを割ったの。
そしたらね。
中から、ひよこが出てきたの」

「ぎゃー」「ひぇー」「うわー」教室内、阿鼻叫喚。

「こんなお話ししたら、
みんながたまご食べられなくなっちゃうかもしれないとは思ったんだけど、
どうしても話さずにいられなくて。ごめんね」


とても衝撃的な内容なので、おそらく一語一区間違いなく記憶しているはずだ。
おれが即考えたのは
・ゆでる前に冷蔵庫内で凍死していたであろうこと
(先生は茹で殺したと考え、その罪の意識が強いように感じたので)
・おそらくは店頭ですでに死亡していたであろうこと
(母鶏に抱かれていないので)
・だから、先生のせいじゃない
の3点である。
が、それを云っても、「カラを割ったらひよこ」の衝撃が薄まるとも思えず、
黙っていた。


更に、このことから以下の状況が判明する。
・すでに一人暮らしの家庭にも、電気冷蔵庫が普及していたこと
・冷蔵庫に「たまごいれ」のまるぽちが存在したであろうこと
・お店で、ふつうに有精卵を売っていたこと


もみがらに入って、1個いくらで売っていたなあ。
あのころのたまごは、ほんとにうまかった。
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