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映画「謎の戦艦陸奥」前編

2016-03-24 | 映画

わたくしが入会しているディアゴスティーニの「戦争映画コレクション」は、
毎月一本これまでDVD化されていないレアな戦争映画が送られてきます。

入会して最初に送られてきたのがこの「謎の戦艦陸奥」だったのですが、
わたしはこの作品にいろんな意味で驚かされることになりました。 

いきなり結論をいうようですが、この映画、タイトルそのものが謎です。

ご存知のように昭和18年6月8日、「陸奥」は柱島沖で爆発を起こして轟沈しました。
爆発沈没の原因は諸説あり、未だに真相は謎です。
だからって「謎の戦艦」はないだろう「謎の戦艦」は、と思うわけです。
もしかしたら

「謎の爆発を起こして沈没したところの戦艦陸奥」

を省略したのだろうか、と解釈してみたのですが。

ただでさえ変なタイトルに加え、この映画の超無名度。
みなさんこの映画知ってました?  知りませんよね?
この世間的評価が、すなわち作品的価値でもあるとわたしは解釈したのですが、
とにかくも嫌な予感を覚えながら観てみると、しかしてその内容は、

「戦艦陸奥の爆発を題材にした、全く史実とは関係ないドラマ」

だったのでした。
爆発して艦長以下ほぼ全員が死んでしまうという結末は史実通り。
その原因を大胆にも創作して、ミッドウェー海戦からの離脱と
爆発の間に埋め込んでいるのです。
戦争映画のようで戦争映画ではない、これははっきり言って

「戦争映画の皮を被った(B級)スパイもの」

であり、この中途半端さが、作品が評価されなかった原因でありましょう。
おそらくわたしがここで語らなければ、世の中の大半の人は
一生知らないまま過ごすことであろうと思い、思い切って取り上げることにしました。

まあ、知らずに一生を過ごしても何の問題もない作品であることも確かですが



昭和35年(1960)制作、新東宝作品。
監督は小森白。
製作者としてはともかく作品の全てが無名という、ある意味特異な監督です。



特撮は新東宝の特技班が担当。
ただしところどころ実写映像を混ぜており、これは本物の空母です。
真ん中に写っている棒のようなものは、カメラを乗せた飛行機の尾翼。



一瞬しか出てこない嶋田繁太郎役に嵐寛寿郎、その副官に
宇津井健を起用して、ちょっと豪華な感じを出してみました。



この映画が撮影されたとき、まだ「陸奥」はサルベージが不可能な状態で
柱島沖海底にその艦体を横たえていました。
昭和28年、艦首の菊の御紋章だけが引き揚げられています。

・・・ということを想像させようとしてのカットだと思いますが、
新東宝特撮技術班の仕事が雑で、甲板の手すりがゆがんでいるのが残念。

このとき流れる音楽が当時にしては斬新なので気になっていたのですが、
なんと、作曲家松村禎三御大が若いときに手掛けていたことが判明しました。

「海と毒薬」「紙屋悦子の青春」の付随音楽は良かったですね。



場面はミッドウェー作戦が行われている「陸奥」の司令室から始まります。
これが「陸奥」が参加した初めての作戦でした。



「航空戦隊は敵艦見えずとの偵察機の報告を受け、
所定の作戦計画を変更し
急遽第二次攻撃隊をもって、
ミッドウェー島爆撃を発令せり。

山本聯合艦隊司令長官は、直ちに航空戦隊の変更作戦の中止を命じた後、
すでに航空母艦群の第二次攻撃隊は、艦艇攻撃を魚雷より
陸上攻撃用爆弾の取り換え作業をほぼ終了する模様なり」

との第一艦隊からの連絡に顔色を変える「陸奥」首脳。



「そんな馬鹿な!万が一敵機動部隊が現れたらどうするんです」

とツッコミを入れる副長の伏見少佐。(天知茂)

わたしは天知茂の軍人役をこのシリーズで初めて見たのですが、
結構この人、こういうB級戦争ものにたくさん出演しているんですね。

天知茂という俳優は大部屋の出身で、長年通行人役に甘んじていました。

しかしこの映画の製作を手がけた大蔵貢が新東宝の社長に就任してからは、
経費対策で給料の高いスター級の俳優とは契約を打ち切り、
脇役だった俳優を主役として採用するようになったため、芽が出たのです。

彼がめきめき頭角を現した時期に撮られたのが、この「謎の戦艦陸奥」でした。



「奴らはきっとミッドウェー海域にいるものと思われます」

という伏見少佐の言葉どおり、連合国諜報部は、日本海軍の暗号を
ことごとく解読していたのでした。



かくしてミッドウェー海戦の火蓋が切られました。
これは実写による聯合艦隊(間違いがなければ大和、長門、陸奥)航行の図。



「赤城」で爆装を取り替える乗組員たち。
後ろを艦載機のパイロットたちが全力疾走していきます。



空を埋め尽くさんばかりの米軍機が来襲。(実写)



一刻を争う事態に必死の作業を行う整備員たちのアップが・・。



「はっ!敵機だー!」



ここからの砲撃による戦闘シーンのほとんどは実写。
白黒映画なので実写がいくらでも流用でき、実に便利だった時代です。
しかしそれだけに甘んじず、結構頑張って爆破シーンなども特撮しています。



これも実写。どういう設定かというと・・、



海上に漂う将兵たちを無情にも機銃で撃ち殺しにきた米軍機でした。
先ほど換装作業をしていた兵もあわれ海に沈んでいきます。



こちら「陸奥」艦橋。
ミッドウェー海域から転進せよとの命令に衝撃を受ける一同。

「6隻の空母を見殺しにして戦艦の使命が果たされますか!
長官命令の撤回を要求してください!でなければ陸奥だけでも」

と無茶な進言をする副長(笑)
しかし、「陸奥」乗員の命を預かる艦長にして聯合艦隊の一員である平野大佐、
命令無視をして陸奥だけで戦うなんてことができようはずはありません。

ところで、史実ではミッドウェーの時に艦長だったのは小暮軍治 大佐で、
呉に帰港1週間後、艦長は山澄貞次郎 大佐(海兵44期)に交代しています。
陸奥爆発とともに殉職したあの三好輝彦大佐(海兵43期)は、その年の3月、

つまり爆発の3ヶ月前に着任したばかりでした。

映画では話が煩雑になるので、同じ人間がずっと艦長をしています。
ちなみに、このころの軍艦の艦長人事というのはほぼ1年で交代でした。



「ミッドウェー海域より転進する!取り舵いっぱい」

という艦長の命令通りちゃんと左回頭する「陸奥」(笑)



もう少し船の動きをゆっくりにすればリアリティが出たかもしれませんね。



こちら本物。
退却する第一艦隊の映像を本当に使っていたとしたら尊敬する。



この軍艦は「長門型」だと思うのですが、判定は、読者に丸投げお任せします。



ここでミッドウェーから帰国途中の「陸奥」艦上。
ハーモニカを吹いていた水兵をたるんどる!と殴る下士官。
兵の兄は轟沈した「赤城」の乗員でした。



夜間の甲板をなぜか双眼鏡を下げてうろうろしていた副長伏見少佐が、
すばやく二人に割って入ります。
副長、鉄拳制裁を止めたのはいいけれど、なんとこの二人に
「陸奥」が
戦わなかったことを責められる展開に。

「なんで陸奥は戦わなかったんでありますか!」

戦わずして転進したことを「陸奥」の乗員は不満に思い、鬱屈としていたのです。



帰国する第一艦隊。
そのとき「陸奥」の見張りが敵戦艦を発見しました。



ドミドミソッソッソー、ドミドミソッソッソー。
「陸奥」艦橋における戦闘ラッパがおそらく初めて吹鳴されます。



急速潜行する敵潜水艦。これ本物ですよね?



「陸奥」は左回頭し、のち爆雷投下。
この後、魚雷が投下され爆発するシーンも実写です。



艦砲が一斉に銃口を向けて動いていますが、人が動いているところを見ると、
これは実物大のセットのようです。

新東宝の特技班、(大道具班かな)頑張りました。



この映像、模型かと思ったのですが、どうも本物みたいです。
どちらかわからず何回も見直してしまいました。
遠景にも軍艦が航行しており、主砲から火を噴く様子もリアル。
画像をストップしてみると、古いフィルムの縦傷があることから、
実際の戦闘中の「長門」型ではないかと思うのですが、いかがでしょうか。



星のマークも明らかなグラマンが海中に没する実写フィルムの後、
「やったぞ!」と砲を抱いて喜ぶ乗員たち。

実際の「陸奥」がこのような戦闘を行ったのはミッドウェーの帰路ではなく、
その2ヶ月後第2艦隊に編入された、第2次ソロモン海戦の後のことです。
この海戦でも「陸奥」はアメリカ軍と交戦することはありませんでした。

「高雄型」「妙高型」からなる高速艦隊が米艦隊を追いかけていく中、
「陸奥」は速度の遅い艦とともに置いてけぼりにされてしまったのです。

このシーンは、そのときに艦隊に接触してきたアメリカ軍飛行艇を主砲で迎え撃ち、
駆逐したという、「陸奥」の唯一の戦闘らしい戦闘を盛り込んでいます。



実際の「陸奥」乗員も、おそらく戦闘らしい戦闘に投入されないことを
忸怩たる思いでいたのに違いありません。

第二戦隊に編入され、南方に向かうに当たって、乗員たちは
久しぶりの出撃に喜び、前祝いをやったというくらいです。
のちにトラックでは「大和ホテル」と言われた「大和」とともに

こちらも「燃料タンク」や「艦隊旅館」なんていわれてしまうんですねー。

死に急ぐな!というのはあくまでも平時の価値観で、このころの海軍軍人が
このような扱いに我が身を嘆いていたとて何の不思議がありましょうか。 

そして、ここに至ってわざわざ艦長を責めに来る一介の中尉、松本。
これが菅原文太だったりするわけですが、若いころの文太が
あまりにイケメンなので、わたしは驚いてしまいましたよ。

「陸奥は転進するべきではなかったと考えます!」

松本中尉に対し、

「あの機敏な転進命令があったればこそ、航空戦隊のみの損害で止まったのだ」

という苦渋の艦長。
すかさず空気読まない伏見副長が、松本中尉の尻馬に乗って、

一挙に6隻の主力空母を失い(艦長 ”うっ・・・”)
 連合艦隊は今後どのような作戦を?」

あーこれ、責めてますね。伏見少佐も怒ってるんですね。
艦内を歩いただけで下からガンガン突き上げられるんで頭来てるんですね。
 
返す言葉なく下を向く艦長。

艦長をいくら責めても何の解決にもならないと思うの。



なんとミッドウェーから時空を超えて柱島沖に現れた「陸奥」。
この時点でこの映画はまるまる1年をすっ飛ばしております。

あっ、だから「謎の戦艦陸奥」なのかな(ゲス顔)

さて、これからがこの映画のオリジナルストーリーとなります。



そのころ日本国内に潜むスパイは、国民の戦意喪失を企み、
帝国海軍の象徴たる
「陸奥」を爆沈するべく計画を進めていた。


なんですってよ皆さん。

この場合のスパイって、つまり連合国側の、ってことですよね?
このおっさんと若いのは、スパイ団の親玉に金で雇われた日本人。



この外人のお姉ちゃんはスパイの親玉の秘書、アンナ。
なぜか盗聴した電文を読み上げるボスの横で、各種ドレスの用意をしています。



ドイツからの駐在武官のふりをしたスパイ、ルードリッヒ。
手にした電報をくしゃくしゃに丸めながら、

「ムツハ ワレワレノテデ カナラズ シズメル」

ここにはアンナしかいないんだから英語かドイツ語でOKよ?

それにしてもこんな少人数のスパイ団で仕事できるのだろうか。




前線に出動できない鬱憤を晴らす宴会で下士官兵たち。
皆で歌うのは

「腰の短刀にすがりつき~連れて行かんせどこまでも」

 なんか選曲が違う気がする。
こういうときにはやっぱり「轟沈」とか「如何に狂風」とかでしょ?



歌の真っ最中に部屋に悠々と入ってくる伏見少佐。
いくら副長でももう少し空気読むべきだと思うがどうか。



案の定慌てて歌をやめ、立ち上がる乗員たち。
鷹揚に

「元気があってよろしいが勤務に差し支えないように注意しろ」

などといって立ち去ろうとする副長に、そのうちひとりが



「陸奥はいつになったら出動するのでありますか!」

ほらまたきたよ。お前らそれしかないのかよ。
俺だって内心その点についてははらわた煮えくり返ってんだよ。
とも言えず、次々と立ち上がって訴えかける下士官たちに対し、



「我々は好機到来を待っているのだ。
ミッドウェーの仇を取る日は必ずやってくる」

と自分でも思ってもいないおためごかしを・・・。
中間管理職はいつの時代も大変なんすよ。ええ。



副長が去った後、やけくそ状態で宴会に再突入。

「腰の短刀にすがりつき~」

だからその曲はこういう場合にはふさわしくないと何度言ったら(略)
副長と松本中尉、このあと艦長室に行って、

自分たちが言われたことをそのまんま艦長に訴えるのでした。

「くどい」

とは言わず、艦長は辛抱強く、いや、もはやキレ気味に、

戦いたかったのは貴様たちだけじゃない!

”戦艦「陸奥」は海軍の象徴なので、断じて沈めてはならない。
戦艦「陸奥」がある限り日本海軍は太平洋を制覇する。
「陸奥」を頼むぞ。”


となぜか艦長拝命のとき、嶋田繁太郎直々にこう言われてしまった、
というのが、この憤懣にに耐えている理由であると説明するのでした。


ここまでで映画の約半分。
つまり前半は、不遇をかこつ「陸奥」乗員と艦長の葛藤を語って終わるわけです。
後半になって、いよいよスパイ団の活躍、じゃなくて暗躍が始まります。
スパイ団は「陸奥」を爆破することに成功するのでしょうか・・・?

・・って、実際爆発してるんですけどね。「陸奥」。


続く。