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映画「海ゆかば 日本海大戦」 別れの曲

2012-06-15 | 映画

「海ゆかば」「日本海大戦」のどちらが本題なのか?
というと、これは「海ゆかば」で、「日本海大戦」は説明タイトルです。
日本海大戦そのものが本題ではなく、「海ゆかば」を演奏する軍楽隊が主人公だからです。
戦前戦後通じて、海軍軍楽隊の軍楽兵が主人公になったのは後にも先にもこの映画だけ。

乃木大将でも東郷司令でもなく、戦艦「三笠」に乗り込んだ軍楽兵と、彼らを取り囲む
下士官、兵が、この映画の主人公です。



大東亜戦争自体は負け戦でした。
戦後たくさんの戦争映画が生まれましたが、その中で戦争そのものや作戦ではなく、
そこにいた人間のドラマを描き、最終的に戦争反対を訴えるのが、
敗戦マゾヒストでもある我々日本人の考える「戦争映画」というものとなっているのが現状です。
しかし、日露戦争に関しては二百三高地にしても日本海大戦にしても、「個々の兵」を
描いたり、戦争を悲劇として描いたものは無いように思います。
あくまでも焦点が「作戦そのもの」「戦争そのもの」にあるのです。

これは何故かと考えるに、勝ち戦だったからではないでしょうか。

一般に映画を作る方も観る方も、どこの人間も、我が方が上手くいった作戦を好むものです。
(例:「キスカ」「ミッドウェー」「東京上空30秒前」「バルジ大作戦」「史上最大の作戦」他多数)、

中には失敗した作戦を名作にしてしまった例もありますが(例:遠すぎた橋)、
我が国においてもこの傾向は顕著で、ミッドウェー海戦そのものやバターン行進そのものが
日本映画になることは、今後も決してないと思われます。

痛快な勝ち戦を映像にすると、話はどうしても軍の中心にいた人物や
帷幕の人物を描くことに終始することになります。
「坂の上の雲」に見るように時が移り変わり世紀が変わっても、その姿勢はほぼ同じ。

この映画が、日露戦争ものとしては異色であるのはこの点です。
主人公は軍楽兵であり、砲兵であり、カマ焚きといわれる機関部のボイラー下士官。
つまり「下の方で戦った人々」なのです。

戦艦三笠を三笠公園に見学に行ったとき、内部の展示に、楽器や楽譜(軍艦行進曲)、
軍服や持ち物など、軍楽隊関係のものが多いのが印象的でした。

ご存知かと思いますが、この三笠の戦死者には軍楽兵もいました。
隊長以下26名のうち、死者7名戦死、11名が負傷、70パーセントの死傷者率です。

この海戦では第一、第二、第三艦隊の旗艦にそれぞれ乗り込んで従軍しました。
軍楽隊は艦隊乗り組み乗員の士気高揚の本務のほか、海戦においては楽器を艦底に格納し、
艦橋伝令、応急員、負傷者運搬に携わったのです。

今回は、この映画において軍楽隊が演奏した曲を順に挙げながらお話ししていきます。



ロッシーニ作曲「ウィリアム・テル序曲」


映画は明治天皇を囲む帷幕の人々が開戦についての御前会議をするシーンに始まります。
呉の海兵団に、一人の軍楽隊員が予備役で招集されて赴任してきます。
彼の名は日本海大戦で戦艦「三笠」に乗っていた軍楽隊のトランペット奏者、神田源太郎
今は鬼籍に入ってしまった沖田浩之が演じています。
主人公が、クラリネット奏者やチューバ奏者でないことにご注意ください。

これを読んでいる方の中にクラリネット奏者やチューバ奏者の方がもしいたら謝りますが、
クラリネットやチューバがカッコ悪いと言いたいのではなく、全ての管楽器の中で
もし戦争映画の主人公に選ぶとすれば、カッコイイという点でトランペットを置いて他にない、
という意味で申し上げているわけです。

海兵団の門をくぐって颯爽と歩く源太郎の耳に飛び込んでくる「ウィリアム・テル序曲」。
顔を輝かせ、音のする方に駆けていく源太郎。
彼の弾むような気持が、この軽快な曲調で表現されています。

指揮をしているのは主人公の盟友である男前下士官の「ガタさん」、緒方先任(宅麻伸)
クラリネット奏者です。
横須賀海兵団で源太郎の同期だったという設定です。

この、穏やかで人当たりの良い好人物が、オーボエ奏者でないことにご注意ください。
これを読んでいる中にオーボエ奏者がもしいたら謝りますが、一般的にオーボエ奏者には、
気難しく神経質でオケの中でも朕は国家なりと思っているような人物が多いので、
この緒方先任が一般的に協調性に富むクラリネット奏者であることは、
非常に妥当な選択であると申し上げているわけです。


さて、着任後ガタさんとさっそく一緒に上陸した繁華街で源太郎、顔見知りのめし屋の女、
セツ(三原順子)
にばったり。

会うなり路上で男を平手打ち。
源太郎「何するがや!」

出征する源太郎に、「嫁にする」という約束を反故にされ追いかけてきたのでした。
案の定「出征なんかやめて」に始まり「一緒に死んで」と包丁を振り回す基地の外な女ですが、
三原順子がかわいいから全て許す。

今でも国会で拝見するお姿は十分におきれいですが、30年前のじゅんこさん、天使です。
それが可愛い顔して思いっきり声にドスきかせて言うんですよ。

「てやんでえいくじなし!
こんな刃物見ただけでおろおろしやがってざまあねえや!
てめえなんかに勇ましく死ねる度胸なんてこれっぽっちもあるもんかいィ!」

このひと、路上での暴行傷害で逮捕されたことあるらしいのですが、
相手がフライデーだかフォーカスのパパラッチだった、っていうのが姐さんの面目躍如です。

その後、いろいろあって何と国会議員になってしまったじゅんこさん。
保守政治家としてわたしは将来を期待しているのですが、
最近の質疑を聞いていても、芯のある政治姿勢と資質は十分と思われます。

この映画で感心したのは、役者全般、総じて演技のレベルが非常に高いこと。
沖田浩之も、ごく一部を除いて達者に演じていましたし、佐藤浩市、ガッツ石松、そして
脇を固める大物役者(三船、丹波、伊東四朗、平幹次郎)。
そしてこのじゅんこさんの「キレた下層の女の凄みと情念」もなかなかです。

 

君が代

軍艦旗掲揚シーンです。
今なら制作者はトラブルを避けるため絶対に映画には採用しないと思われます。
しかし、異常な国だよなあ・・。それはさておき、

軍艦旗が揚げられている間、挙手をしている将官が一人一人アップで映され、圧巻です。
しかし、この東郷司令は、なぜか陸軍式でやっちゃってます。
東郷、乃木、山本と陸海軍の偉い人の役を日本の戦争映画で軒並み一人占めしてきた
三船敏郎
、どっちがどっちか分からなくなったのでしょうか。

三船敏郎は優れた容姿の俳優ですが、この映画で共演している丹波哲郎によると、
「案外軽薄で、女には手が早く、モノ覚えも悪かった」そうです。
全くそう見えないっていうのが大俳優ってことなんでしょうけど、このシーンでは、
あからさまに間違っているのに、偉さがあだになり、誰も世界のミフネに対して
「三船さん、それ陸軍式敬礼ですよ」と言えなかった模様。


軍楽隊に焦点をあてているからこそのシーンもふんだんにあります。例えばこれ。



将官たちの昼食が始まりました。
東郷司令が、ナプキンを取り、スープを飲むためにスプーンを取り最初の一すくい。



入口に立ってそれを見ていた下士官が、部屋の外の階段の上にいる軍楽先任下士に眼で合図。



合図を受け取った先任下士はそれをすぐさま眼で指揮者でもある隊長に合図。



タクトをふりあげる隊長(伊東四朗)。
三笠の軍楽隊長、丸山寿次郎なのですが、この伊東四朗は体型雰囲気共に
内藤清吾軍楽少佐にウリ二つです。



「ドナウ川の漣」 ヨシフ・イヴァノビッチ作曲

今日はお食事が洋風なので、このような選曲になった模様です。
食事の内容によって選曲を変えたそうですから、軍楽隊長の仕事も楽ではありません。
ところで、この部分はじめ、多くの甲板でのシーンは、三笠公園の三笠の上で撮られました。
行ったことがあるのでわかったのですが。

 

ドナウ川の漣は、フランス料理をナイフとフォークで食べる将官たちだけでなく、
肉じゃがとご飯と沢庵だけの昼食をつつましく食べる兵たちのテーブルにもひとしく流れます。

この映画の音楽の扱いは、軍楽隊が主人公であるだけに丁寧です。
軍楽隊の音楽をバックにした場面は例外なく長丁場で、意味を持ったシーンになっているのです。
因みに、軍楽隊員は本物が演じています。



三笠の砲員、大上一曹、別名ジャクりオオカミ(佐藤浩市)
本来兵曹長になっているはずなのに人事部に睨まれて一曹どまりでジャクって(拗ねて)います。
(当ブログ記事「じゃくる」参照)

貧農の出で、そのため売られた弟を思わせる可愛い軍楽兵島田に執着します。(冒頭絵)

このように「可愛らしい顔をしている兵隊が皆に狙われる」というのは、軍隊では日常で、
かなりぼかした書き方をしていますが、実はいろいろあったのか?と思われる表現多数。



機関兵曹の松田(ガッツ石松)
少年を張り合ってジャクりオオカミと殴り合いが始まります。
ガッツさん本気で殴ってるし・・・。

因みに、全くどうでもいいことですが、わたしは学生時代、新幹線の中で、
ガッツさんにナンパされたことがあります。
席に呼びに来たのは本人ではなくてマネージャーでした。
学生ですから、とお断り申し上げました。

しかし、こうしてみるとこの人、役者として悪くないですよね。
こういうワイルドな役は生き生きと、地で演じているし、なんと言ってもキャラが立ってる。

今なら映画の話とかしたのになあ。会話成り立たないかしら。



艦隊が佐世保から出向する前夜、佐世保まで追いかけてきたセツ。
源太郎は「安珍清姫じゃあるまいし、どこまで追いかけてくるつもりだがや」と言いながらも
純情なセツの想いに打たれますが、ここで事件が。



三笠艦内で罰直を受けて、精神的に追い詰められていたらしい水兵片岡が、
たまたま飲み屋で居合わせた二人に酒をおごった後、発作的に外に出て首を吊ってしまいます。
苛めと戦闘が怖く、艦隊に戻りたくない一心でした。

「こんな臆病者は海軍軍人ではない!警察で何とかしろ!」
と水兵帽からペンネントをはぎ取って去って行った海軍の巡邏隊を見送るなり、
人々は水兵の遺体を乗せたリヤカーについてきて奥さんや遺体に向かって罵倒しまくります。

「非国民」「恥さらし」「地獄に堕ちろ」「日本がロシアに負けたらおめえのせいだ」
今も昔もいる勝手で残酷な一般大衆。

この奥さんの役をしている女優さんが、やたら演技が上手い。
誰かと思えば永島瑛子でした!

ところが、この行列の前に現れたのは・・・。
かれを送るための葬送曲を奏でる軍楽隊(有志)。
罰直を受けている片岡を目撃し、さらに自殺の現場に立ち会ったというのも何かの縁、
と考えた源太郎が、仲間を募って編成したものでした。




源太郎のソロによる葬送の海軍ラッパ譜に続き、

「エチュード 別れの曲」 ショパン作曲

・・・このシーン、恥ずかしながらエリス中尉、泣いてしまいました。



気丈に耐えていた夫人が泣き崩れ、今まで罵っていた人々が厳粛な気持ちに打たれ、
群衆の中からは母子を労わる人さえ出てきます。
音楽が人の心を変えたのでした。

・・・・と、いいシーンなのに。
せっかくじわっと湧いてきた涙が、クライマックス手前でひっこんでしまいました。

なぜか。
アレンジが悪いんだもん。この曲の。

管楽器ばかりの6人編成(おそらく、急いで有志をかき集めたという設定)で、
アレンジャーにとって難しかったのかもしれないけど、それにしても・・。
わたしに任せてくれれば、もう少しちゃんとしたコード進行で編曲できるのになあ・・。
せめて原曲のコード進行を変えるのはやめてくれ。

普通の映像物を見ていても、少しでも変な進行やアレンジがあると、それが引っ掛かって、
気になって仕方がない、というのは一般的な音楽関係者の「職業病」ですが、
これは、泣かせるシーンであるだけに、辛かったわ。

思ったより長くなってしまったので、開戦に向かう佐世保出港の部分からを次に回します。
それでは次回をお楽しみに。