アヴァターラ・神のまにまに

精神世界の研究試論です。テーマは、瞑想、冥想、人間の進化、七つの身体。このブログは、いかなる団体とも関係ありません。

たつき諒2025年7月予言

2022-12-30 03:33:30 | 時代にFace it
◎大津波後の至福千年、あまりに悲惨なそれ以前の過渡期のことは書かない

TVのバラエティやSNSなどで、たつき諒2025年7月予言(大津波)が話題になっています。その大津波後には至福千年らしき時代が来ることも幻視しています。ただし大津波と至福千年の間のあまりに悲惨な過渡期のことは見ていないのか、書いてはいません。

日時確定予言というのは、1999年7月の恐怖の大王のノストラダムス予言が有名ですが、はずれてしまって、ノストラダムス関連本は、2000年以降ほとんど出なくなりました。その後、3.11東日本大震災を経ても悟りに向かおうとする動きは少ないということでしょうか。

日本では、大本教にも似たような例があります。明治時代、大本教は、日清戦争、日露戦争の日本勝利を的確に予言して勢いに乗っていました。大正時代になって、さる中将が霊眼が開けたが、出口王仁三郎が時期の判断を教えないでいたところ、件の中将が関東大震災の惨状を霊眼により幻視しました。ところが彼の中将は誤った時期を当時の大官連に伝達したものだから、予言がはずれたことで大本教の神様に対して非常に大きな迷惑をかけたそうです。
(参照:随筆集 水鏡/正夢と霊夢、霊眼/出口王仁三郎)

『正夢は時間、場所、事柄等、見た通り些しも違はず実現するものである。霊夢は比喩的に見せられるから、其判断を誤ると間違つて来る。假へば、空にお月様が二つ出た夢を見たとすると、二月とも取れるし、又あるべからざる事実として凶兆とも取れない事は無い。故に正しい判断をせねばならぬ。霊眼もこれと同じであつて、見せられた事が本当であつても、其判断のしかたを知らねば間違つて来る。空に五五と云ふ文字が現はれたとしても、五十五日、五十五年、五月五日、五年五ケ月、二十五日、と幾様にも取れる。正しい判断の仕方があるのである。』
(上掲書から引用)

たつき諒2025年7月予言は、生存率○%などと書いていないので、出口王仁三郎予言ババジ予言ダンテス・ダイジ予言よりは厳しくないとも言えます。予言者はメディア関係者ではないので、常に人間の幸福の側に立ち、少しでも多くの悟った人が出ることを期待して、各人が本気の本気になって冥想に取り組むモチベーションを作る材料としてネガティブ予言を出すことがあるのだろうと思います。

自宅を新築した直後に家を水害で流されてもガックリこなかったOSHOバグワンの父
毎日毎日サイコロ賭博に明け暮れて財産をなくしましたが、それを天命と承知していた出口王仁三郎の祖父
大災害で、財産や生活手段を失うことを人は憂えるものだが、人は生まれた時は裸で出てくるが、神様は、その他のことも何とかしてくれるものだという考え方がほの見えます。

自分一人が悟ることで、世界の未来は変わっていくのです。それは、ごく当たり前のことです。

藤井風のGraceは、悟りの歌だと自分で言っていましたが、求道の歌ですね。
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