十九の春

2012年09月14日 | 健康・病気

「十九の春」朝崎郁恵



8月の最後の「あの頃のフォークが聴きたい」でなぎら健壱は、自分が歌った「十九の春」を流した。
私はこの曲が好きなんです。
しかし、なぎらの歌い方はあまり好きではない。
今週、NHKテレビのドラマ「つるかめ助産院」でもこの曲が流れた。
余貴美子が三線を弾いて歌っていた。

私がこの曲を初めて聴いたのは、今から14・5年前です。
新所沢の楽家で知り合ったSさんの歌で知った。
昔は、田端義夫の歌で流行ったらしい。

YouTubeにあった中で、一番この人の歌がよかったので選んだ。
「十九の春」の歴史を解説してくれる動画もあったので載せます。

「十九の春」 & その変遷史 Ode to A 19-Year-Old Lass

コメント (3)
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車に酔う

2012年09月13日 | 健康・病気

昨日、めがね橋から霧積温泉に行くとき、軽井沢に戻って来るときに、私は車に酔ってしまった。
私は、小学生のときには必ず乗り物に乗ると酔った。
修学旅行のとき、バスに乗って出発する前に先生が出欠などをとるが、
私は、アイドリングのエンジンから出る臭いでバスに酔ってしまった。
バスが動き出したときは完全に酔っていて、バケツなどを探していました。
高校生のときは、新幹線で酔って吐いた。
京都でバスに乗ったときは、先生がウィスキーを飲めとポケット瓶をくれた。
京都・奈良は、ずーっと酩酊状態でバスに乗っていた記憶があります。
バスに酔う前に、ウィスキーで酔っていました。

東京で働きだして毎日電車・バスに乗るようになって乗り物に酔わなくなった。
ですから昨日の車の酔いは40何年ぶりでした。
友人が、あのカーブの多い細い道をものすごいスピードで走ったせいですかね。
久しぶりに、乗り物酔いはツライと思った。

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金本引退

2012年09月13日 | 健康・病気

星野監督「こんな選手もう出てこない」(日刊スポーツ) - goo ニュース

阪神ファンとして、金本にはたいへんお世話になった。
お疲れ様でした。

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めがね橋から霧積温泉

2012年09月12日 | 健康・病気

今日、滋賀県から友人が友だちを連れて来た。
彼とは9年前に淡路島に行き、甲子園に行って阪神広島戦を観戦した。
そのときのことは2003年の7月8月の九想話に書いてあります。
先週電話で話したときに霧積温泉に行くんだと彼から聞いて、私はそこを知らないと答えた。
森村誠一の「人間の証明」で有名なところだと友人がいう。
私がネットで調べるとそういうことが書いてあった。

中軽井沢から軽井沢駅のほうに行き、その先の碓氷峠を下った。
しばらくしてめがね橋があった。


めがね橋には2年ほど前に女房と来たことがある。
そのときにはなかった広い駐車場が出来ていた。
駐車場とめがね橋とは300メートルほど離れていた。
前に私が来たときは、橋の近くに4・5台停められる駐車場があっただけだった。
群馬県は、この橋を観光地として売りだそうとしているようだ。
たしか前に来たときは上に登れなかったような気がする。
今日は登れた。

 
                                                                          ← 横川                     軽井沢 →
 
向こうに行くと旧熊ノ平駅                        あっちに行くと横川駅
  

碓氷峠を下る。
下まで降りるとY字路があり、右が横川駅のほうで左が霧積温泉だった。
霧積ダムがあり、その先は私だったら絶対運転したくないような細い道路が続いた。
車1台しか通れないような山道をずーっと走った。
そして、霧積温泉があった。

 
きりづみ館                              西条八十の詩が書いてあった

 
                                     この公衆電話から金湯館に電話をすると迎えが来る

ところが、きりづみ館は営業していなかった。
公衆電話があり、そこに金湯館の電話番号が書いてあった。
1人の青年が電話をしていた。
そのうち金湯館から迎えの車が来た。
かなりの秘湯のようで私もいつか行ってみたい気がする。

それから友人たちの泊まるプリンスホテルに行き、
チェックインをすませ、車をおいて巡回バスで軽井沢駅に行った。
バスが停まった南口から北口に抜けて駅前の関所茶屋という居酒屋で酒を飲んだ。
この9年間のことをいろいろ話した。
こういう夜があるから人生は楽しい。

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高倉健

2012年09月11日 | 健康・病気

「プロフェッショナル 仕事の流儀」(NHK総合22:00~22:48)を観た。
「高倉健インタビュースペシャル 映画俳優・高倉健」

「居たい。そばに。なるべく居て見ていたいですね。鳥肌が立つ思いの時ありますよ。ス
タッフの、ぼくは狂気の集団と言ったけど、本当にあの人たちの努力ですよね。一番やっ
てる人たちが一番お金もらってない人たちなんだよね。おかしいんですけど。反省します
ね。本当は後ろの人たちの力なんですよね。そういうの分かるのに何十年もかかるよね。
え~ってぞくぞくするのが。何十年もかかりますよ。ぱっときても分からない」

「気持ちは映らないっていうけど、でもやっぱり映るんですよ。どこかでそういうのがあ
るんだよ。それがない奴は、きっとちょっとキラっと光らないんだよね。映画俳優って一
番大事なこと何って言ったら、その感受性のとこだけなのかなっていう気がしますね。そ
れはもう、自分の感性、感じられる心を大事にする、それしかないんじゃないのって。そ
れはやっぱり良い映画を見たり、非常にストレートですけど、自分が感じられる映画、そ
れから感じられる監督とか俳優さんを見つけて、その人たちのものを追っかける。それか
ら自国のものばかり見ないで、外国のものも意識的に見る。それから、自分が感動できる
小説を読む、あとは絵をいろんな美術品を見る。やっぱり年齢を重ねないとなかなかそれ
は。」

「大滝さんが言われると、ああいうふうに、なんかこの作品のテーマみたいなね。すごい
なあと。ぼくはその話は、佐藤くんと草くんにしたんですけど。たった一人の俳優さん
が、今回の出演者の中では最高齢の人ですよね、ああいうことができる仕事なんだなあと。
はあって思いましたね。誰かがスナップ写真を撮ってるとき、大滝さん帰られる時、旅館
の前で僕、最敬礼してるよね。あれ正直な反応だよね。メイクの佐藤が言ってたのかな、
『これ大滝さん、何なのかな、メイキャップも何もしてない顔が神々しい』って言ったよ。
神々しいお顔されてるって。神々しいって…神々しいってメイキャップしてないのにそれ
どういうことなのかなって。それを知りたいよって。それでどうやったら神々しくなれる
か分かれば、俳優として何段も上がったわけだから、ぜひなんて。仏像のようだって言っ
てた。仏像の顔していらっしゃる。ものすごい参考になりましたね。ああいう芝居を目の
当たりで見ただけで、この作品に出てよかったと思ってます。それぐらい強烈だった。う
へえって思いましたよ。そういうことができる、俳優って言うのが商売なんですよね。
(大滝さんに)負けたくないねえ、負けたくない。勝負しようとは思わないけど、なんと
か追っかけたいと思いますよ。まだ何年かは働けるもんね。追っかけたいと思う。縁があ
って俳優を選んだんだからね。やっぱり出会う人でしょうね。どういう人に人生で出会う
か、そこで決まるんじゃないですかね。やっぱりいい人に出会うと、いろいろなものをも
らいますよね。」

「分かんないね…。多分ね、この別れるのに涙が出るとかっていうのは、お芝居の部分で
はないところで、泣いているのだと思うんですよね。ああ楽しかったとか、別れたくない
とか、もう二度と会えないかもしれないとか。特に中国のスタッフは。だから、そういう
ものを自分がお金に取っ替えてるっていう職業ってのは、悲しいなあってどっかで思った
のかもしれないね。それを売り物にするものでは、ないんじゃないかなっていう。でもし
ょうがないですよね、同じ人とずっとはやれないんだから。そういう切ない仕事なんです
よ。だから、それはそんなに気を入れなければいいんだっていう、そのこともわかってる
んだけども、やっぱり出会って仕事だ、出会って仕事だって言う。分かってるんだけど、
強烈なのを受けると、しばらく。なんとなく、恋愛みたいなものなんじゃないの。多分、
恋愛だよね。じゃなきゃ泣きませんよ。お金もらうところじゃないんだもん、映ってない
ところで泣くんだから。泣くんですよ。大の大人が。それが中国は強烈だったってことで
しょうね。いや、今でも分かりませんよ。じゃあ、なんで今度はやったのって言ったら、
こんなに断ってばかりいると、またこれ断ったら監督と、もうできなくなる年齢が来てる
んじゃないかなと、2人とも。それはもう1本撮っておきたいよなっていうのが、今回の。
本音を言えばそうかもしれないよ。」

<再放送 9月14日(金)午前0時25分~ 総合>

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松下金融相自殺

2012年09月10日 | 健康・病気

松下金融相、首つり自殺か…妻・首相らに遺書(読売新聞) - goo ニュース

このテレビニュースをなんとなく観ていた私は、松下金融相が首を吊った自宅のマンションを観て驚いた。
そのマンションは、私が3年前まで働いていたマンションだった。
江東区東雲(しののめ)にある54階のタワーマンションです。
そこで私は警備員をしていた。
あのあたりにはタワーマンションがたくさんあります。
私が勤務していたときもいろんなことがありました。
ここには書きませんけどね。
しかし、今日勤務の警備員は大変だろうな。
警察や報道陣などがたくさん来てよけいな仕事が増える。
私は、そのタワーマンションの玄関の風景が懐かしかった。

12日発売予定の週刊新潮が、松下金融相の女性問題に関する記事を掲載するらしい。

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パラリンピック閉幕

2012年09月10日 | 健康・病気

私は毎日胸を熱くして、少ないパラリンピックの番組を探して観ていました。
柔道(視覚障害)男子100キロ超級の正木健人選手。
競泳男子150メートル個人メドレー(運動機能障害4)の鈴木孝幸選手。
競泳男子100メートル平泳ぎ(運動機能障害SB7)の中村智太郎選手。
競泳女子100メートル背泳ぎ(視覚障害1)の秋山里奈選手。
競泳男子100メートル平泳ぎ(知的障害)の田中康大選手。
車いすテニス男子シングルスの国枝慎吾選手。
陸上男子200メートル(車いすT52)の伊藤智也選手。
陸上マラソン(車いす)の女子で、日本選手団主将の土田和歌子選手。
ゴールボールの女子。
他の国の選手もがんばってましたね。
私は、観ていると涙が流れてきて前が見えなくなり困りました。
秋山里奈選手がゴールして、何度も飛び跳ねて喜ぶ姿が印象的でした。

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九想話の誕生日

2012年09月09日 | 健康・病気

九想話を初めて書いたのが1998年の9月7日「黒沢映画」だった。
忘れていました。
一昨日で14年たって今は、15年目に入っている。
私みたいな飽きっぽい男がよく書き続けてきたものだと、思う。

今夜、九想話の誕生パーティーをしようと朝から決めていた。
出席者は私ひとりです。
今日は、夜7時で仕事は終わった。
ツルヤに行って商品を見てみると売れ残っていたものが値引きしていた。
こんなものでささやかに九想話を祝いました。

 

8月で値引きなんてことは考えられない。
なんといっても別荘族がすべて買っていくのでその必要がない。
今日などは、客が少なかった。
駐車場もガラガラで、警備員はいなかった。
静かな軽井沢に戻りました。

私がこれまで続けてきたもので一番長いことは、クソを放ってきたことでしょう。
「放(ひ)る」という言葉は面白いなと思う。
[動ラ五(四)]体外へ出す。ひりだす。「屁(へ)を―・る」 と三省堂のネットの国語辞書に書いてある。
そんなわけで私のハンドルネームを「九想」にしたようなわけですが…。
次に続けてきた長いものは、食事、ものを体内に摂取してきたことですかね。
睡眠なんてのもずいぶん長くやってます。
ま、これは生きる上で基本的なものだから、やめるわけにいきません。

ケーナを吹くことを私は長く続けている。
20歳からやっていますね。
煙草も長く吸っていたが、3年前にやめてしまった。
ギターも長いですね。
中3から弾いている。
それにしてはうまくならないな~。
腰痛も長い。
今は、なんとか折り合いをつけている。
酒も長いな~。
これはなんとしても続けていきたい。

なんてバカなことを書いているうちに眠くなってきました。
あいかわらずどうでもいいことを書いている私です。
これからも、なんの役にもたたないことを書いていきます。
いい加減にしろなんていわないで、お付き合い下さい。
それにしても、九想話を書き始めた頃、軽井沢で60歳になるとは思わなかった。
人間の運命なんてわからないもんですね。

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くよくよするなよ

2012年09月08日 | 健康・病気

Don't Think, Twice It's All Right Peter, Paul Mary



私がボブディランの曲の中で一番好きな曲です。
この曲のコード進行が好きです。
今夜、あらためてYouTubeで聴いて、泣いています。
今の私を励ましてくれます。

私は、聴けるときに「サウンド・キャッチ」(TBSラジオ)というのを聴いている。
夕方5時から10分ほどやっている番組です。
音楽評論家の萩原健太が、外国の曲を紹介してくれる番組です。
今週の水曜日は私は仕事が休みなので聴けました。
今週は、ピーター・ポール&マリーの特集で、その日は「くよくよするなよ」だった。
萩原健太がいうには、PP&Mとボブディランのマネージャーは同じ人だったという。
まだ売れてないボブディランを売るために、彼の曲をPP&Mに歌わせたそうだ。
PP&Mのハーモニーがきれいですね。

Don't Think Twice, It's All Right - Bob Dylan

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「終わらざる夏」読了

2012年09月07日 | 健康・病気

長い小説だった。
ここまで長くするこたァない。
テーマは素晴らしいと思う。
ポツダム宣言受諾により太平洋戦争が停戦した後の8月18日未明、
日ソ中立条約を一方的に破棄したソ連軍が占守(シェムシュ)島に上陸、日本軍守備隊と戦闘となった。
日本国民のほとんどが戦争は終わったと思っている8月15日過ぎてからこの戦争は始まった。
終わらざる夏」(上)は、登場してくる人物が興味深くてどんどん読めた。
(下)は、読み進めることが苦痛だった。
ロシア人の夢の描写はなくてもいいのではと思う。
もっと片岡直哉のことを書いて欲しかった。
長野の学童疎開から逃亡した静代と譲(片岡直哉の息子)が軽井沢を通るときを楽しく読んだ。
まるで私の家の前を2人が歩いているようだった。
その2人の逃亡の手助けをした渡世人の岩井萬助の人情にほだされた。
戦時中の軽井沢の様子を初めて知った。
軽井沢町民の私としては、あらためて軽井沢の歴史を勉強してみよう、と思った。

この小説を読んでつくづく戦争はくだらない、と思う。
国と国とのエゴのぶつかり合いだ。
国民はそれの犠牲になる。
つまらない。

浅田次郎の小説はあまり読んでない。
「天切り松 闇がたり」「鉄道員(ぽっぽや)」「蒼穹の昴」ぐらいしか読んでなかった。
「鉄道員」は短編ですが、あとのものは長いですよ。
「天切り松 闇がたり」は、私が40代のときに所沢図書館の富岡分館で借りて読んだ。
その頃、浅田次郎はマイナーな作家だった。
その彼が、「鉄道員」で直木賞をとったときは嬉しかった。
めったに本を買わない私が、本屋で買って読みました。
彼の小説は好きです。
小説家としての浅田次郎には頭が下がります。

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