九想話

ブログ以前から書き始めて、20年目になります。



かすてぃら

2013年09月30日 | Weblog

今日、さだまさしが書いた「かすてぃら」を読み終えた。
副題「僕と親父の一番長い日」という本です。
本の腰巻きに「作家・さだまさし、初の自伝的実名小説。」と書いてある。
私は、さだまさしの、これまでの生活だと思って読んだ。
あ…、こんなふうにさだまさしは産まれて生きてきたんだ、と思った。

本の内容は、今日読了して、悲しいことにあまり印象に残っていない。
私の知っている彼のことが書いてある、という感じだった。

今夜初めて書きますが、さだまさしを私はライバルと思っていたときがある。
(前に書いたことがありますかね?15年も九想話を書いていると覚えていません)
彼とは1ヶ月ほど遅れて私はこの世に生まれてきた。
彼が、昭和27年の4月10日、私は5月20日です。
私が、さだを“ライバル”と思っても、どうしょうもなく私が負けっぱなしですが…。
さだまさしのことを九想話に書こうと思ったらたいへんです。
3日はかけると思う。
でも、あまりさだまさしのことは書けません。
私は、さだが大好きです。
昨夜も「今夜も生でさだまさし」を観てしまった。
なのでこの辺でやめます。



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9月の九想話

9/1   自転車を漕ぐとき
9/2   しんかい6500
9/3   しんかい6500の話
9/4   9月の湯川ふるさと公園
9/4   竜巻のような
9/5   夫婦善哉
9/6   シリア問題
9/6   北軽井沢の「キッチンが走る!」
9/7   九想話の生まれた日
9/8   おもかげ橋
9/10  痛飲
9/12  東京散歩 3
9/13  3丁目の夕日
9/14  ぢぢ放談 激闘篇
9/16  転職
9/17  風立ちぬ
9/19  満月の「仲秋の名月」
9/20  孫の成長
9/22  東大本郷
9/23 あまちゃん
9/24  心菜と父のミュージカル
9/25  9月のトンボの湯
9/26  退職通知
9/27  珈琲不演唱
9/28  談志の「芝浜」
9/30  かすてぃら

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談志の「芝浜」

2013年09月28日 | Weblog



今夜、あらためて聴きました。
よかった。
涙がとまりません。
夫婦っていいな、と思わせてくれます。

立川談志はすごい。
私は、1971年に「弟子にして下さい」と手紙を書いた。
返事は来なかった。
あのとき、押しかけてでも弟子になっていたら…、なんて思っても今さら仕方ない。
19歳の私には、そんな根性はなかった。

長い噺です。
1時間ちょっとです。
最後まで観たら心に熱いもんが残ります。
画面を大きくして観て下さい。

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珈琲不演唱

2013年09月27日 | Weblog



珈琲不演唱(コーヒーブルース)、いいですね。
10年前、京都に行ったとき、この歌に歌われたイノダコーヒーに行った。
店の前まで行ったが、入らなかった(入れなかった)。
なんか気おくれしてしまった。
私は、茨城生まれの田舎者なんです。
19歳から東京に暮らし、そのあと30歳ぐらいから埼玉で生活していたのですが、田舎者なんです。
現在は軽井沢にいるが、これはどうしょうもないです(軽井沢も田舎です…)。

今思えば、イノダコーヒーでコーヒーを飲みたかったな。

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退職通知

2013年09月26日 | Weblog

昨日、茨城の兄からメールが来た。
勤めている会社から「契約打ち切りの通知を受けた」という内容だった。
兄は10月で64歳になる。
60歳で定年退職だったが、嘱託ということで会社に残れた。
私と違って兄は、40年間1つの会社に勤めてきた。
「予定より早かったのでちょっと驚いたり戸惑っていたけどやはり寂しいです。
 いよいよ無職ですが何やるか考えないとダメですね!」

私としては、65歳になったら仕事を辞めたい。
「年金があるから貧しさに耐えれば仕事をしなくても大丈夫な感じです」
しかし、「もう、会社に来なくていいよ」なんていわれたら切ないだろうな。

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9月のトンボの湯

2013年09月25日 | Weblog



8月には一度も行かなかった。
所沢の友人たちが来たときに連れて行きたかったが、駐車場に入れなかった。
今日、私が12時半ごろ行ったとき、下足箱に靴が8足しかなかった。
これまで水曜日のお昼だと、だいたい15から20足はあった。
トンボの湯としては困るだろうが、私とすれば歓迎だ。
洗い場に2人、湯船に2人、露天風呂に…人、サウナに…人という感じです。
客が少なければ少ないほどいい。
久しぶりのトンボの湯、ゆっくり楽しみました。

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心菜と父のミュージカル

2013年09月24日 | Weblog

昨夜、私は疲れていた。
午後7時過ぎに家に帰ってきて、お風呂に入り、晩飯を用意して食べたら眠くてほとんどコタツで寝ていた。
車の部品が入荷したという電話があったので、仕事の帰りに自動車修理会社に車を置いて代車で帰ってきた。
愛車の不具合のことでもかなり心を痛めている。
目が覚めて録画した「あまちゃんファン感謝祭~じぇじぇじぇ祭り~」を観終わって、テレビに戻したら、
「心菜と父のミュージカル」(9月24日(火) 午前0:10~午前0:35)というドキュメントが始まった。
眠かった頭を殴られたような番組でした。

伊藤心菜ちゃんは9歳、劇団四季の「サウンド・オブ・ミュージック」のマルタ役に挑戦していた。
オーディション応募から、舞台に上がるまでをカメラは追っていた。
心菜ちゃんは「サウンド・オブ・ミュージック」が好きで、映画のDVDを繰り返し見ていたそうです。
劇団四季の名古屋公演で子役募集をしているのを母親が知り、本人に話した。
すると心菜ちゃんは、オーディションに応募することを決意した。
心菜ちゃんのお父さんは、5年前から身体の筋力が衰える難病になっていた。
オーディション応募の作文に心菜ちゃんは、
自分ががんばっている姿を父に見せて、父にもがんばってもらいたかった、
というふうなことを書いた。
愛妻を亡くして子どもたちと心が離れてしまった大佐が、マリアや子どもたちの歌で心を開いていく姿に、
難病と闘病中の父親と、母と自分の状況が同じだと感じたようだ。
しかし、世の中というものは難しいですね。
本番間近の横浜での通し稽古で、子役担当から心菜ちゃんは指摘された。
「お父さんへの気持ちが強いほどマルタではなく、心菜ちゃんになってしまう。
 そうすると、お客は引いてしまうよ」
きびしいですね。

さて、心菜ちゃんは舞台に立てたのでしょうか?
下の動画をクリックして観て下さい。



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あまちゃん

2013年09月23日 | Weblog

寒くなりました。
本日、私はコタツの布団を出してかけました。
(コタツ本体は、テーブルとして夏も使っています)
これから来年の5月までコタツのお世話になります。カナシイデス。

「あまちゃんファン感謝祭~じぇじぇじぇ祭り~」の、今日録画したものをさっき観た。
何を隠そう、私は「あまちゃん」を4月から全部観てきた。
私の現在観ているテレビは、ハードディスクに録画を出来る。
で、1回もかかさず観てきた。

宮藤官九郎のシナリオがいい。
このひとのこれからが楽しみです。
これまで私は、あまりドラマを観てないので宮藤というシナリオライターを知らなかった。

大友良英の音楽がよかった。
吹奏楽的なテーマ曲が素晴らしい。
今日の番組では、岩手県のある高校の吹奏楽部が、
「あまちゃんのテーマ」と「潮騒のメモリー」を演奏していた。
しかし、なんで今の吹奏楽部には男が少ないのだ。
チューバを女の子が吹いていた。
私のころだったら考えられない。
あらためて吹奏楽っていいなと思った。
仕事を引退したら、市民吹奏楽団にでも入ってトロンボーンを吹きたい。

能年玲奈(アキ)、宮本信子(夏ばっぱ)、塩見三省(琥珀の勉さん)、小池徹平(ひろし)、
渡辺えり(今野弥生)がゲストとして出ていた。
私は10代のころから宮本信子が好きだった。
テレビドラマの「フジ三太郎」のときに、フジ三太郎を坂本九が、奥さんを宮本信子が演じた。
私はこんな女性と付き合いたいと思った。
伊丹十三と結婚したときにはがっかりした。

現在、“あまちゃんロス”という言葉があるらしい。
今週で「あまちゃん」は終わる。
来週から「あまちゃん」はやらない。

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東大本郷

2013年09月22日 | Weblog

私は、24歳から26歳まで東大生協にいた、と思う。
ちきんと確認しないと記憶があいまいで分からない。
日本女子大生協に1年半ほどいて、それから東大生協駒場に行った。
そこに2年ほどいて本郷に移動になった。
こまかいところよく覚えていません。
赤門は変わりませんが、それ以外が変わってしまった。
むかしの東大本郷キャンパスを思い出せない。
というのはオーバーですが、かなり変わってしまった。
そりゃそうですよね、37・8年過ぎてしまったのですから。

  
赤門

  
正門から入った銀杏並木         第1購買部入り口             安田講堂

  
三四郎池

東大の赤門、いいですね。
そこから生協に行こうとしたのですが、むかしの行き方が出来なかった。
あちこち工事中だった。
生協の購買部のことは前に書きましたが、変わってしまいました。
あの狭いところで私は仕事をしていたんだな、と思った。
仕事もしたが、恋もした。
昼休み、三四郎池をよく歩きました。
しかし、私の記憶では、三四郎池はあんなに大きくはなかった。
どうして私の記憶では小さくなってしまったのだろう。
自分の記憶能力のいいかげんさに呆れます。

 
第2購買部

食堂や書籍部にも行きたかったが、なんか疲れてしまってよした。
こんど、駒場にも行ってみたい。

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孫の成長

2013年09月20日 | Weblog

今回上京したのは、小学1年生の孫に会うためです。
18日に東京に行き、女房が会社の半休をとり家に帰ってきてから、2人で一緒に4時ごろに行く計画だった。
ところが車の調子がおかしい。
高速道路を降りてから、車が停止した状態から発進するときに左後ろのタイヤのあたりから異音がした。
私は気になってコンビニの駐車場に車を停めて見てみたが、外観的にはおかしいところはなかった。
女房もおかしいという。
それで息子の家に行く前に、車を買ったホンダカーズ新所沢店に行こうと思った。
このことを書くと長くなるので、今夜はやめていずれ書きます。

結局、息子の家には夜の7時ごろに着いた。
幸か不幸かその時間だったので、たまたま早く帰っていた息子に会えた。
予定通りに午後4時に行っていたら息子とは会えなかった。
大きくなっていた孫は私たちを歓迎してくれた。
成長するのは当たり前だが、この前上野動物園に行ったときより背が伸びていた。
孫のMは、4月から新体操を習っている。
そういう学校というか組織に入っていた。
こんどの11月16日(土)に、国立代々木競技場の体育館で発表会があるという。
残念だが私は仕事の関係で行けないが、女房と義母が行く予定だ。
(私が行けないのはとてもカナシイ、孫の演技する姿が見たい)
孫は、演技に使うリボンを持って動かしてくれた。
身体も、こんなに柔らかになるように訓練していると、見せてくれた。
私の施設でも新体操の教室があり、孫と同じような子どもたちが練習している。

  

まさかうちの孫が新体操をやるとは思わなかった。
だいたい私の家の家系にスポーツをやる者はいなかった。
ところが嫁は、学生のときに体操クラブにいたという。
初めて知ったことだが、今でもバクテンが出来るといっていた。
嫁がMに、体操をやらせたかったのだろう。
もっと驚いたことは、Mがキーボードを弾いてくれたことだ。
やはり4月からピアノ教室に通っているという。
キーボードをMは、ちゃんと左右の手で和音もつけて弾くのです。
私は感動しました。
女房が、「ピアノを買ってあげようか?」と孫にいうと、
「群馬の母がピアノを買ってくれるんです」と嫁がいう。
嫁は、ピアノも弾けるということをその日初めて知った。
実家にはピアノがあるそうだ。

息子はずーっと黙っている。
30分ほどいて帰るときに息子に訊いた。
「会社の仕事はどう。辞めたくなるようなことはない?」
「大丈夫だよ」と笑っていってくれた。
私はほっとした。
現在は、セールスエンジニアとして営業をしているそうだ。
きっと苦労しているのだろう。

先週、長男の家に行ってきた。
9ヶ月になる孫はつかまり立ちをしていて元気だった。
どちらの孫も元気に育っていることが嬉しい。

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満月の「仲秋の名月」

2013年09月19日 | Weblog

今日の月はきれいです。
こんなにはっきり十五夜の月を見るのはめずらしい。
夕方、新所沢から清瀬に帰ってくるときに目の前の空にずーっと満月があった。

今日は忙しかった。
書くと長くなるので今はやめます。
とても疲れている。
昨日東京の家に来た。
明日、軽井沢に帰ります。

今まで、十五夜の月は満月と思っていた。
ちがうのですね。
知らなかった。
こんど、満月の「仲秋の名月」になるのは8年後だそうだ。

子どものころ、十五夜の夜に「ぼうじぼ」をやっていた。
1999年10月4日の「ぼうじぼ」という九想話にこのことを書きました。
あまりむかしに戻りたいと思わない私ですが、
この「ぼうじぼ」は子どもに戻ってやってみたい。

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