8月16日に死んだ友人Hのことを、あれからいろいろ考える。
彼とは小学、中学、高校と一緒だった。すごく仲がよかったというわけでは
ないが、けっこう付き合ったほうだった。
Hは、小学の低学年のとき母親が亡くなった。そのせいなのか、性格に暗い
ところがあった。でも、どっちかというと、ひょうきんで、人前ではいつもお
どけていた。それは、寂しさの裏返しではないか、と私は思っている。
彼の家はお寺です。小学生の頃よく遊びに行った。庭の枇杷の木に登って、
黄色い枇杷を採ったことを思い出す。
小学4年までの分校時代はよく遊んだが、5、6年の本校に行くようになる
と、あまり付き合いはなくなった。
中学生になって、Hはサッカー部に入り、私はブラスバンド部だった。クラ
スが別なので、ほどんど話すことはなくなった。
高校に入って彼はラグビー部に入った。私は同じくブラスバンドだ。住む世
界が違うという感じでそれほど接触はなかった。
それでも、なぜかHと会うと、話をした。彼にはなんともいえない親しみや
すさがあった。人を出し抜くとか、人を騙すとかが出来るタイプではなく、い
つも人のうしろにいて、にこにこしている男だった。
高校2年になった頃、学校の行き帰りに一緒になることがあった。私たちは
自転車通学だった。麦畑の畦道で自転車を停め話をした。やはり小学からの同
級生の柔道部に入ってるUも一緒で、そいつが煙草を持っていて、3人で吸い
ながら学校の噂話などをのんびり話した。
高校3年の修学旅行から帰った次の日、Hの家に行き、3人でウィスキーを
飲んだ。本堂の裏にあった彼の部屋は狭く散らかっていたが、高校生が煙草を
吸い、酒を飲むにはいい環境だった。サントリーレッドのデカイのを空にして、
我々酔っぱらい高校生は、オードバイで街に出た。よく覚えていないが、私は
Uの250CCのうしろに乗っていったと思う。街といっても私の町は小さな
町です。
本屋の前で、私が中学のとき好きだった女の子に会った。酔っぱらっていた私
は、彼女に何を話したのか…。何も覚えていない。
高校を出て1年もしないうちに、Uは交通事故で死んだ。彼とは高校3年の
とき同じクラスだったので、私が友人代表で弔辞を読んだ。
あのときサントリーレッドを飲んだ3人のうち、2人が死んでしまった。
高校を出て、Hは埼玉県の川口の消防署に勤めた。同じく川口の会社に勤め
ていた分校時代の友人がいて、私はよく川口に行って、3人で酒を飲んだ。
戸田ボートが近いので競艇に何度か行った。私は競艇のことは何も知らない
ので教わりながら、船券を買った。予想が当たったり外れたり(ほとんど外れ
だった)、楽しかった。競艇はスタートした順番がそのままゴールに入るのが
普通なんだ、なんてことをそのとき知った。20歳の頃の私たちは、なんか楽
しかった。Hも活きいきしていた。
あるとき酒を飲んでいると、Hがこんなことを話した。
「ある家が火事になり、おれたちは出動した。家はほとんど燃えている。消火
活動をしているとき、ドアの前を通りかかったら、中から『助けてー』と叫ぶ
声がしたんだ。ものすごい悲惨な声でいっているんだ。おれ、中に入って助け
なくちゃならないのに、おっかなくて入れなかった。入ったらきっと火の海だ
もんな。おれも死んじゃうかもしれない。わるいけどドアを開けられなかった
よ。ドアの前でその声の人に頭を下げたよ。おれ、それから、あの悲鳴のよう
な『助けてー』という声が聞こえてきて辛いんだ。おれには消防士は出来ない
よ」
おそらく私も、その状況にいたら、Hと同じ行動をとったと思った。私は、
Hに対して慰めの言葉もかけられなく、煙草を吸い、酒を飲んでるしかなかっ
た。
Hは、10年ほどで消防署を辞めた。
私は、20歳ぐらいから東京にも友だちが出来て、川口に行かなくなってい
た。友だちの話では、競艇や競馬でサラ金からの借金が大きくなり、消防署を
辞めた退職金で全部精算して、田舎に帰ったということだった。
4、5年前、Hと飲んだ。そこは私の住む地域に1軒だけある食堂だった。
鄙びた薄暗い店で、他に客はいなかった。
私たちは痛飲し、いろいろ話した。彼は、まったく子どもの頃と変わらず、
やさしい目で私を見た。気の弱いくせに男気のあるH。彼といると私は、子ど
ものときから安らぎを覚えた。
それとなくHに、消防署を辞めたことを訊くと、「そのとおりだよ」といっ
た。まるで自分を嘲るように。
そのあと、盆踊りなどで会うが、挨拶だけで別れるようになった。
Hが死んだことを、ある友人にメールで知らせた。彼も分校時代からの友で
す。中学の頃、Hと同じサッカー部にいた。彼から長いメールが返ってきた。
その中に、Hのサッカー部でのことが書いてあった。
Hのポジションはフォワードなのに、ある試合で、味方の陣地のゴールライ
ン付近でプレーしていた。通常そこは、フルバックかハーフバックが守るべき
地域で、フォワードがいるような場所ではない。しかも、相手の攻撃がやむと、
そのまま何事もなかったように自分のポジションに戻っていったらしい。
> そんな姿を見れば、「感動的」なのです。
と、書いてあった。
今年の同窓会でメールアドレスを知った女性にもHのことを知らせた。
すると、「中学のとき、Hが友だちと私の家に来たことがある」とメールの
返事がきた。友だちが彼女を好きで、2人の間をとりもとうということで、H
は行ったらしい。
この2人のメールで、私が知らないHの別な面を知った。
Hは、消防署を辞めたわけは、借金返済のためだけじゃないんじゃないかと
思った。ドアの向こうで叫ぶ人を救えなかった。そのことでいつまでも自分を
虐めていたのではないか。賭事で借金をつくってしまったのも、そのことも少
しは影響があるのではないか。
独り身を通し、社会の片隅でひっそりと酒を飲みながら、死んでいったH。
私の想いは、感傷的すぎるでしょうか。
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8月の九想話
8/1 久しぶりにラジオ深夜便
8/2 昨日の訂正
8/3 楽家の“先生たち”
8/4 居酒屋「ひょっとこ」
8/5 インターネット的を買う
8/6 つまんない
8/7 たった2日
8/8 同姓同名
8/9 無洗米
8/10 エアコン求めて、夏
8/11 想い出のメロディー
8/12 肉体の長編小説
8/13 自殺者3万人
8/14 蚊帳色の私
8/15 帰郷
8/16 Hsashiの死
8/17 もうすぐ1年
8/18 疲れてる
8/19 「不良中年」は楽しい
8/20 反省の夏休み
8/21 年配女性の会話
8/22 台風襲来?
8/23 がん特集の再放送
8/24 扇風機
8/25 粗忽女房
8/26 息子のそうめん
8/27 リストラの嵐
8/28 快老のすすめ
8/29 楽家の初孫
8/30 1日3枚以上
8/31 Hのこと