恋する女 2

1999年11月26日 | 会社・仕事関係

樋村は同棲していた。今日の彼女が電話でいってた「ちょっと用事が出来て
しまってぇ」ということは彼とのことかと思っていた。
 しばらくして安井さんが戻ってきた。
「樋村さん、彼と別れたほうがいいよ。つまんないよ。あんな男に振り回され
て。ぜったい分かれたほうが彼女のためだよ」
 出荷検査の区切りがついて安井さんの作業台に行くと、手袋をしながらおれ
を怒るようにいった。
「………、彼女休憩室ですか。何いったらいいか分からないけど、おれ行って
みます」
 休憩室は中2階にある。階段を降りそこのドアを開けると、樋村が赤い目を
してテーブルから顔を上げた。
「どうした…。人生いろいろあるよな」
 おれは、泣いてる女の子になんといっていいか分からず、あたりさわりのな
いそれなりに彼女を包み込む言葉をかけた。
「藤原さんすみません。私どうしていいか分からないんです。このままではみ
んなに迷惑かけちゃうし…、ワタシ…、申し訳ありません」
「………」
 彼女はふだん、おれからするとちょっとはすっぱで、生意気に思っていた。
会社に来るときの服は、ダブダブのジーンズの太股のところとか膝の部分がや
ぶけているやつに大きめのジャンパーを羽織っている。あの子にはちょっと不
釣り合いな感じだった。あの可愛い顔には、ミニスカートのほうが似合うんじ
ゃないかと思った。なんかどこにか分からないが背伸びしている感じだった。
 ただ泣いてる若い女の子を前にして、おれはどうしたらいいか分からなかっ
た。
 ドアが開いて、安達が入ってきた。なんだ仕事中に…って、おれも仕事中に
こんなとこにいる。
 おれは、煙草を出して火をつけた。
「私、彼の話を聞いていたいんです。そうすると、いつも寝るのは3時頃にな
ってしまうんです。だから…、朝起きられないんです」
「そりゃ起きられないよ。おれもバカなことやっていて(かしの木亭へのME
Sを書いてること)3時過ぎまで起きてると朝辛いよ。だから、次の日は早く
寝るよ。若くたって毎日は辛いよ。彼との時間も大切だが、体のことも考えた
ほうがいいんじゃないかな」
「私、あの人とずーっと話をしていたい。彼の話を聞いていたいんです」
 ちっちゃな顔をくちゃくちゃにしておれにいう。
 ああ…、彼にそうとう惚れているんだな、と思った。
「樋村さん、とっても彼のこと好きなんだね。その気持ち大切にしたほうがい
いよ。でも、人間、睡眠時間は充分取らなくてはだめだから、ちょっと考えた
ほうがいいな。会社に来てもあなたが辛いじゃない。でも、毎日まいにち2人
で話すことがあることは、羨ましいな。うちもけっこう話すけど、睡魔には負
けるな。今、長くは話聞けないから、こんど食事でもしながら話そう」
 それだけいって、おれは、休憩室を出た。
 安井さんのところに行って、
「おれも、男とは別れたほうがいいと思う。彼には、樋村さんを気遣う気持ち
がないな。でも、彼女、そうとう今の彼にまいってるみたいだな。あれじゃ別
れられないな」
 といった。
「彼女の気持ち、私だって分かるわよ。でも、つまんない男につくすことない
わよ」
 安井さんの経験に裏打ちされた貴重な話に、おれは深く頷いた。
 そのあと、樋村と安達は20分ほど出てこなかった。おれは気が気ではなか
った。樋村のほうは入社したばかりでそれほど仕上げの処理枚数は少ないのだ
が、3年ほどいる安達はかなりの数を仕上げるのだ。今日の予定枚数を考える
と、休憩室に行って「早く仕事しろ」と怒鳴りたい気持ちだった。でも、これ
からのことを考えると、ジッと我慢をしなければならなかった。
 2人で何を話してきたのか、工場に戻ってきた樋村は晴々した顔をしていた。
 いつかみんなで食事をすることにした。仕事中には話せないことゆっくり語
り合いたい。そのときいおう、樋村さんに。彼とは別れたほうがいいと。どう
考えても、彼が彼女に対する思いやりがないように思う。休憩室での話では、
彼には別に付き合ってる女性がいるようだ。そのことで彼女は悩んでいる。
 それにしても、安達さんがおれにいった、
「おじさんなのに、若い女の子の相談にのれるなんて、藤原さんって、いいね」
 ってなんなんだ。こんなことおれの得意分野なんだ。仕事は嫌いだが…。
 月曜日、樋村さんはおれよりも早く出社していた。

                                ー了ー
(すべて仮名です)

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11月の九想話

11/17 九想話さぼっていてすみません
11/22 ふるさとの音楽
11/24 恋する女
11/26 恋する女 2




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恋する女

1999年11月24日 | 会社・仕事関係

先週の土曜日、朝の忙しいときに内線電話がなった。フォークリフトから飛
び降りおれは走って電話のところに行った。
「はい、第3工場です」
「藤原さんに電話です」
 外線のボタンを押す。
「樋村です。すみません、ちょっと用事が出来てしまってぇ、これから行きま
す」
 ああ、またか、とおれは思った。樋村は派遣社員で、うちに来て1ヶ月はた
つが、時間どうりに来たことは数えるほどしかない。小柄で顔が小さく、ちょ
っとはすっぱだが愛くるしい23歳の女の子だ。
「何時頃に来れるかな」
 無愛想におれ。
「10時には行きます」
「待ってるよ」
 歩いてフォークリフトまで戻る途中、第3工場の中心人物の安井さんのとこ
ろに行く。世話好きで、仕切ることが好きな50代半ばのおばさんだ。おれは、
たいがいのことは安井さんに話すことにしている。この人を無視しては、この
職場では生きていけないとおれは判断している。でも、気っぷのいい、なかな
かさばけた女性で、おれはこの人にかなり助けられている。
「安井さん、樋村さんからの電話なんだけど、これから来るっていってました」
 安井さんは振り返り「またですか」という目でおれに頷き、一呼吸おいて作
業台に向かいガラスの検査を続けた。
 10時の休憩の話題は、とうぜんのように樋村のことになった。彼女への非
難がほとんどだった。
 第3工場には、正社員の安井、ほぼ同じ年代の杉山、それに派遣社員の安達
(24歳)、柴山(20歳)、そして樋村がいる。ペルー人3人の休憩は、お
れたちが休憩したあと、10時10分からとる。休憩室が狭いからだ。
 休憩時間、たいていおれは黙って煙草を吸って彼女たちの話を聞いているが、
同じ職場の一員として、そうそう蚊帳の外にもいられないので適当には話題に
入ることもあるが、ほどほどにしている。
 樋村への辛口の批評が盛り上がっているときにドアが開き、彼女が顔を出し
た。
「すみません。これ食べて下さい」
 と、コンビニの袋に入ったお菓子を入口近くに坐っていた柴山に渡し、作業
場に行ってしまった。あいつ、気使ってんな、とおれは思った。
 休憩が終わり、おれは仕上げの終わったガラスの入ってる台車をフォークで
積み上げながら、今日は、樋村にちょっときつめにいわなけりゃならないな、
と考えた。この職場は、人が揃わなけりゃ仕事にならない。毎日おれは、女性
の頭数でその日の仕上げ数と完成品の数量を考えて、人の振り分けをしている。
それで過酷な日々の出荷数に対応しなけりゃならない。どうしても1週間のう
ち、誰かは休む。それはしかたないことだ。しかし、樋村のように頻繁に遅刻
したり、休まれてはあてにできなくて計算しづらい。
 台車の整理がすみ、樋村のところに行こうかと思ったら、彼女のほうから来
た。
「藤原さん、すみませんでした」
「樋村さん、いろいろあるんだろうが、社会人として、きちんと会社に来ない
といけないな。みんなたいへんな思いして会社に来てるんだよ。おばさんたち
は、家じゃ主婦やってんだよ」
「分かります。これから気をつけます。どうもすみませんでした」
 茶髪のショーットカットが可愛い。つぶらな瞳がまっすぐおれを見つめる。
 つまんねぇこといってるな、とおれはいやになった。おれが23の頃はどう
だったんだ。いいかげんな暮らししてたじゃないか。遅刻はしなかったが、毎
晩酒飲んで二日酔いで出社してろくな仕事してなかったくせに、人間歳取りた
くないな。
 それから30分ほどたった頃か。おれが、製品の出荷検査のため身をかがめ
て懐中電灯で台車の中のガラスを見ていると、誰かがおれの後ろを走り抜けて
いった。若い女の子だった。泣いていた。安井さんが、「樋村さん、おかしい
よ」と追いかけていった。
 おれは、引き続き台車に首を突っ込んでいた。

 長くなったので今日はここまでにします
                                  つづく
(すべて仮名です)

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ふるさとの音楽

1999年11月22日 | 会社・仕事関係

    こたつで寝てしまった  
 もうこんな時間だ。
 明日も仕事だ。祝日だというのに…。

 今日の残業は、6時まで日本人(若いコ)がいたが風邪気味だというので帰
った。残るはペルーの女性2人だ。
 おれは、ちょっと気をきかせて、有線放送のチャンネルを変えた。
 いつもは「Jーポップス」になっているのを、「ラテン音楽」にした。
 ロウルデスに、
「ユウセンのチャンネル変えたよ」
 というまでもなく、彼女の顔は嬉しそうだった。
 この前、いつも流れているBGMが変わっているのでどうしてかな?と思っ
ていたら、ロウルデスがちゃっかり変えていたのだ。
 「ラテン音楽」は彼女たちの故郷の音楽なんだ。フォルクローレのチャンネ
ルがあればおれが聴きたいくらいだが、それはない。
 アナが、ハミングしながら、ガラスに成形された樹脂のバリをとっている。
「ラテンミュージック、ペルーの人、みんな聴くの?」
 おれは、バカな質問をした。なんか、ペルーの人は、誰もフォルクローレ
(ペルー、ボリビアの民族音楽)を聴いているという思いがある。
 アナは、おれのいってることが分からない。ラテンミュージックということ
が分からないようだ。
「ペルー…、キク…、マンボ。ペレスプラード」
 といっている。彼女は、日本語がほとんど喋れない。ずっと前、歯が痛くて
もクビになることをおそれて我慢して仕事をしていた女性だ。
 ああ…、「ラテン音楽」というのは日本人が勝手につけた名前で、あっちの
人は、そういわないんだとおれは思った。
「ペルー…、マンボ、ダンシング、ダンシング」
 アナは、英語はペラペラだ。
 ペルーの人たちは、ラテン音楽を聴いて踊るんだと、理解した。
「ハポン(日本)のヒト、オドラナイ」
 といいながら、女房は踊るんだろうな、と思った。
 アナは、見るからにラテンアメリカンの女性という感じです。いつも陽気だ。
 今朝、アナの娘の写真を見せてもらった。小学1年だという。すてきな家の
前で、可愛い女の子が写っていた。ちょっとこんな家は、日本にはない。金持
ちの家、という雰囲気だった。そこの奥さんが旦那と、日本に出稼ぎに来てい
る。
「こんな写真見ると、おれ悲しくなるな」
 というと、杉森さん(50いくつか過ぎたおばさん)が、今にも涙を流しそ
うになった。
 なんで、こんな可愛い子どもと離れて暮らさなくてはならないのか。ペルー
は、貧しいんだな、と実感した。ウチモ、マズシイ。
 曲が、「ベサメ・ムチョ」になった。
「『ベサメ・ムチョ』っていうんだよね。ベサメ・ムチョってどういう意味?」
 けっこう日本語の分かるロウルデスに訊くと、
「タクサン、キスシテ」
 という。「ムチョ」はNHKのスペイン語講座を聴いてるから、「沢山」と
か「とても」というのは知っていた。「ベサメ」が「キスして」とは知らなか
った。おれは、「ベサメ・ムチョ」って、「たくさん愛して」というふうに覚
えていた。しかし、おれより若い女性と話すには、ちょっと照れくさい話題だ
な、と一人テレた。
 残業が終わる7時頃、「キェンセラ」という曲になった。おれが子どもの頃
から聴いてる曲だ。「キェンセララケメキェンセラ」と、なぜかおれは覚えて
いる。
「『キェンセラ』ってどういう意味?」
 とロウルデスに訊くと、
「ダレデスカ?」
 という。
 こういう会話が出来たこと、今日の残業はよかった。こんなことでもなかっ
たら、残業なんてやってられない。
 祭日なのに明日も残業だ。
 ああ…、3時20分を過ぎている。明日は地獄だ。

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九想話さぼっていてすみません

1999年11月17日 | 会社・仕事関係

毎日が忙しく、家に帰ってくると何もする気がしません。
 土曜日も仕事なので、日曜日はよく寝ています。
 いえ、会社が景気いいのではありません。リストラや自己退職で社員がいな
くなったあと補充しないので、残業、休日出勤で補っています。
 こんな暮らしいつまで続くのか。
 これ以上書くとまたグチになるのでやめます。

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