<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

プロレスごっこは止みそうになかった

2017年07月22日 22時06分35秒 | Weblog

菊池川の川傍の植木温泉平山旅館に泊まっている。友人と二人で。夕食後また湯に浸かった。誰も他にはいないので、溢れる湯の室内フロワーに寝そべっていた。外の露天風呂に降り注いでいた俄雨がやんだので、外に出た。露天風呂が雨で薄まって温くなっていた。そこに長々と入っていた。長湯が効いて、友人は腰痛が癒えたらしかった。湯から上がってくると小学四年生と二年生の姉妹が広い廊下でプロレスごっこをして遊んでいた。宿のお孫さんらしい。今日から夏休み。それがうれしくってならないらしかった。宿の女将さんが制止するのだけど、プロレスごっこは止みそうになかった。面白くて楽しくて愉快でならないらしかった。もう10時を回っていたので、おやすみなさいの掛け声をして我々は部屋に戻ってきた。

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してもいい、しなくてもいいことばかり

2017年07月22日 09時51分25秒 | Weblog

今日はこれから友人と待ち合わせて熊本市まで出向く。時事講演会を聞く。それが終わったら植木温泉に行く。ここで一泊する。悠々自適だ。老いの身は必ずこうしなければならないとうことが月に一件もない。さぶろうの場合は。してもいい、しなくてもいいことばかり。で、少しでも興味が湧いたら、即座に立ち上がって行動に移す。いつもそうするのではない。今日は偶々そうする気になった。してもいいという気になった。

お天気がいい。いい空が広がっている。夕顔の大きな葉っぱを風が動かしている。油蝉が鳴いている。群落する鬼百合が開き切った。暑くなりそうだ。汗で濡れるのは必定だから、下着を2枚ずつ用意した。

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性はそれ草にもありて蘂濡れて

2017年07月22日 09時21分58秒 | Weblog

性はそれ草にもありて蘂(しべ)濡れて生きて死にゆくものらの愛(かな)し     薬王華蔵

立心偏に「生」を添えると途端にぬるぬるとした生々しい「性」になる。生々しいのは肉体の形であって心が生々しいのでもあるまいが、立心偏である。草のツリフネ草が夏日を浴びて咲いている。朝露がまだ乾いていないのだろうか、しっとりしてみずみずしく濡れた蘂には揚羽蝶が来ている。性は常にこうしてみずみずしく濡れている。こうして生き、こうして死んで行く。人もそうだ。人は形ばかりではなくこころも濡れる。性は生命体のもっとも旺盛な発露の器官なのだ。ならば時によっては感涙にしとどに濡れることもある。草はどうだろう。そういう生命体の順当なプロセスだから、いかにも自然体に推移しているようにも見える。その無表情の草たちの性がふっと哀しく愛(いと)おしくなってしまった。

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この世は何処まで逃げ回ろうと苦界である

2017年07月22日 01時34分27秒 | Weblog

ムシムシする。蒸し暑い。背中に汗を掻いて目が覚めた。喉がからからで、急いでペットボトルに詰めた我が家の井戸水を飲む。執拗に追い回されている夢を見ていた。わたしも周りも若者で、相手は集団で掛かってきた。場所もあちこちめまぐるしく変化した。逃れても逃れても追い掛けられて、窮地に落ちていた。まるで暴力映画のようだった。その映画に何故か我が集落の区長さんも2度3度登場して来て、何故か水道破裂の修理をしてくれた。おかしな取り合わせだった。心の葛藤が、もつれ合った手鞠の毛糸のようだった。端的、今の己の心が戦場になっているのだろう。夢にそれが露骨に反映されていた。この世は何処まで逃げ回ろうとやはり苦界である。怨念憎悪の世界である。夢に付き合わされて、すっかり疲れてしまった。真夜中の、今は2時。暫くは眠れまい。

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