形見とて何か残さむ春は花山ほととぎす秋のもみじ葉 良寛禅師
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わたしが生きていたということ。わたしが死ぬということ。その間の空間にはっきり残るものが何かあってほしい。何にもないのか。ないかもしれない。わたしがこの世に生きていたことも、それからまもなくして死んだということも、跡形としてはなんにも残ったりはしない。山を蔽っていた雪が解けて流れて水になるだけのような気もする。なんだか空しくもある。証拠になるものを、何か残しておけないか。わたしは確かに此処に生きていたのだから。苦しんで悲しんで憎んで愛して、だらしなくして、しかしまた懸命に生き長らえて。夜中ふと目覚める。まだわたしがいる。呼吸をしている。わたしを偲びたいときがわたしに来るだろうか。そうやってあくせくして汗を垂らして歩いた道を懐かしく思い出したいときが来るのだろうか。わたしにそれを偲ぶだけの意識が維持されているのだろうか。そんなことはありそうにもない。
良寛禅師はわたしに辿り着くもの、形見は残しておかなくともいいとされたのだろう。わたしが此処にいなくとも、春には花が咲くだろう。夏の山にはホトトギスが渡って来るだろう、いつものように。変わることなく。秋になればもみじ葉は赤く色づいて野山を美しくするだろう。それでいいではないか。悠久の自然が残っているではないか。わたしへの無限の執着を放下しさえすれば、この問題は解決する
さぶろうは執着の沼地にいる。そして思っている。また此処へ戻ってくるのだろうか。だったとしたら、そこに印が要る。わたしへ辿って行くときの道しるべが要る。しかし、その時が来たとしてもそれはその時に委ねていいことだ。わたしを新しくしさえすればそれで済むことだ。
春は花夏ほととぎす秋は月冬雪さえてすずしかりけり
道元禅師にはこの歌があった。歌の真意は俗人のさぶろうには分からない。邪推するしかない。
花が咲く春も、ホトトギスの鳴く夏も、月の明るい秋も、雪の降り積む冬も、年中、我が心のありよう次第で、心涼しくして暮らせるところに人は生きている。生死は流転をしても、尚且つ現在も未来もこころ涼しくしていることができるように、仏陀の法は造成されているはずである。生死の条件はことにすることがあっても、我々は安心の世界を生きているのである。・・・・そんなことこんなことを当てずっぽうに思って見た。