お月様だったのかあ。それで障子戸が明るく光ってたんだ。なあんだあ。てっきり朝になっていると思った。トイレの行き帰りをしてまたお蒲団にごとん。ぬぬぬぬ? そうでもないぞ。早とちりか。部屋の電灯をオフにしたら、今度は月光は捉えられなかった。だったら防犯灯が猫にでも反応したのかもしれない。でも、だったら、色で分かりそう。何だったのだろう?
とにかく一眠りした。夢を見てた。外に狭い岩風呂が二つ三つあって、そこまで小径を歩いて行って温い湯につかっていた。灯りを点けると底が濁っていた。水道の蛇口を捻ったら、水で溢れてしまった。窓の外は低い崖になっていて、こんな時間に女の人が背中に赤子を負ぶった格好で畑の草を集めては燃やしていた。火はすぐ傍で火柱を高くした。ヘンな夢を見ていた。
これから夜明けまでどうしよう? 取り敢えず暑い。蒸し暑い。冷房をオンにした。涼しくなった。
家内は別の部屋に寝ている。我が家は家庭内別居。もうかれこれ20年近くなる。手を握ることもない。老人二人がずるずると共同生活をしているというところだ。家内は炊事洗濯掃除、身の回りの世話をしてくれているから、こちらは大助かりなのだが、それで果たして楽しいのだろうか。会話もほとんどしない。自分はつくづく冷たい男だと思う。
彼女は外に出て、週に何度かいろいろサークルに参加して体を動かしているから、それで発散しているのかもしれない。老爺はときどき隠れ処温泉に浸かりに行く。半日過ごして戻ってくる。あなたはあなた、僕は僕。互いにヘンな老夫婦だ。こんなはずじゃなかったんだがなあ。
こんな僕はさぞかし嫌なんだろうなあ。理科室の骸骨の標本のようにしているし、ぶすりとして不機嫌を通しているし。全身毛なしだし。仏壇の前に座って長いこと読経をしているばかりだし。優しい言葉もかけていない。第一、どんな魅力も備えていないからなあ。
そんなことこんなことを考えてしまった。我が身、我が老後の暮らしを悔いることしきりだ。実際つまらない男だ。もうすぐ1時。何か明るいことはないか。月光でもいい。