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一粒のタイル2

平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるからです。(マタイ5:9)

旧約聖書の魅力(2018.11.4 礼拝)

2018-11-06 08:03:28 | 礼拝メッセージ
2018年11月4日礼拝メッセージ
『旧約聖書の魅力』
【エズラ1:1~4】

はじめに
 きょうの説教のタイトルは『旧約聖書の魅力』です。説教箇所はエズラ記にしましたが、旧約聖書の全体を眺める予定にしています。
 11月に入って今年も残すところ、あと2ヶ月になりました。年が明ければ年会まで2ヶ月となります。つまり年会まで、あと4ヶ月しかありません。
 私がこの教会に着任してからの5年半の礼拝メッセージでは、最初の3年はヨハネの福音書をよく開いていたと思います。そして使徒の働きの学びを約2年間続けて、その後はルカの福音書とヨブ記を短く取り上げました。また、その合間合間には単発的なメッセージも随時取り入れていました。
 さて、あと残り4ヶ月、3月を入れても5ヶ月、どのようなメッセージを取り次ぐべきかを考えた時、何か一つの書を何週間も開くよりは、一回あたり一つの書を取り上げて、私が一つ一つの書にどのような魅力を感じているかを皆さんと分かち合ってみたいなという気持ちになりました。しかし聖書は66の書がありますから、週に一つの書のペースではすべて話すことができません。それで、どうしようかと考えたのですが、とりあえず12月は私の説教の担当が4回ありますから、四つの福音書を一つずつ取り上げたいと思います。アドベント第一礼拝の12月2日は『マタイの福音書の魅力』を、アドベント第二礼拝の9日は『マルコの福音書の魅力』、16日はシオン教会での合同礼拝、そして23日のクリスマス礼拝は『ルカの福音書の魅力』にしたいと思います。クリスマスにルカの福音書はふさわしいでしょう。そして30日の年末感謝礼拝には『ヨハネの福音書の魅力』としたいと思います。年が明けてからどうするかは、もう少し考えたいと思います。

二つの転換点
 そして今日は『旧約聖書の魅力』です。11月は来週の11日は召天者記念礼拝ですから、このシリーズのメッセージはできません。18日はまり子先生のメッセージ、25日は合同礼拝ですから、12月に『福音書の魅力』を語る前にこのシリーズの話をできるのは今日だけです。それで、きょうは『旧約聖書の魅力』としました。
 では、本題に入ります。きょうの短い時間内で「旧約聖書の魅力」を語るとしたら、何を語ったら良いでしょうか。私が感じている魅力は、新約聖書へとつながって行く旧約聖書全体の壮大な物語です。どうしてイエス・キリストの十字架と復活、そして聖霊の注ぎが必要だったのか、旧約聖書全体の流れを知るなら、そのことが分かって来ます。きょうは、そのような旧約聖書の壮大な物語を皆さんと分かち合いたいと思います。
 エズラ記の1章を選んだのは、ここが旧約聖書の最も重要な転換点の一つだと考えるからです。転換点というのは、それ以前とそれ以後で話が大きく変わる場所で、演劇の舞台で言えば、いったん幕が下りて、再び幕が上がる所だと言えるでしょうか。旧約聖書をいくつの区間に分けるか、人によって考え方は違うでしょう。細かく分けるなら、いくらでも分けることができます。しかし、できるだけ大きく分けるとしたら、私は二つの転換点を挙げたいと思います。一つは今日の聖書箇所のエズラ記1章であり、もう一つとして私は創世記12章を挙げたいと思います。
 まず、創世記12章をご一緒に開きましょう(旧約聖書p.17)。創世記12章の1節から4節までを交代で読みましょう。

12:1 【主】はアブラムに言われた。「あなたは、あなたの土地、あなたの親族、あなたの父の家を離れて、わたしが示す地へ行きなさい。
12:2 そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとする。あなたは祝福となりなさい。
12:3 わたしは、あなたを祝福する者を祝福し、あなたを呪う者をのろう。地のすべての部族は、あなたによって祝福される。」
12:4 アブラムは、【主】が告げられたとおりに出て行った。ロトも彼と一緒であった。ハランを出たとき、アブラムは七十五歳であった。

 神である主はアブラハムを選んで語り掛け、カナンの地へと導きました。ここからイスラエルの歴史が始まりました。アブラハムの息子がイサク、イサクの息子がヤコブで、ヤコブの12人の息子たちがイスラエル12部族の祖先になりました。
 イスラエルの人々の人数はエジプトで大いに増えて、十分に増えた時に主はモーセをリーダーにして彼らをエジプトから脱出させてシナイ山のふもとで律法を授けました。そしてヨシュアの時代に彼らをカナンの地に戻しました。律法を授けたのは彼らが神である主から離れないようにするためです。律法を守るなら、彼らは主から離れないでいることができます。創世記12章で主がアブラハムを召し出したのは、まずアブラハムの子孫のイスラエルの民に律法を与えて主から離れないようにし、やがて終わりの日が来る時にはイスラエルの民以外の異邦人も皆が主のもとに集うようにするご計画でした。その終わりの日のことはイザヤ書やミカ書などに書かれています。

主から離れる人々
 では、なぜ主は先ずは一つの民族を選んで律法を授け、主と共に歩めるようにしたのか、それは創世記11章までを見れば分かるように、人間たちが主と共に歩むことができずに、すぐに主から離れてしまったからですね。創世記1章と2章で主は人間を造りましたが、3章でアダムとエバが蛇に誘惑されて主が食べてはならないと命じていた善悪の知識の木の実を食べてしまいました。そうしてエデンの園を追放されたアダムとエバはカインとアベルを生みますが、カインは弟のアベルを殺してしまいました。そしてカインの子孫たちも悪に傾きました。それで主は地上に人間を造ったことを悔やみ、ノアとノアの家族たち以外の人間を洪水で滅ぼしてしまいました。そのことが創世記の6章から9章までに書かれています。
 ノアは主の心にかなった正しい人でしたから、ノアの洪水以降のノアの子孫たちは主と共に歩むことが期待されていました。しかし、ノアの子孫たちは天に届くバベルの塔を築き始めました。これを放っておくと人間は増長しておごり高ぶってしまいますから、主は人間のことばを混乱させてバベルの塔を築くことを阻止しました。このことが創世記11章に書かれています。結局、ノアの洪水ではうまく行かなかったのですね。人間たちはすぐに主から離れてしまいます。それゆえ主は創世記12章でアブラハムを召し出して、先ずはイスラエルの民に律法を授けることにしました。これがイスラエルの物語の始まりです。
 このイスラエルの物語の中で、アブラハムの次はどこに区切りを入れるか。例えばマタイの福音書の系図では、ダビデの所で一旦区切りを入れていますね。それは人としてのイエス・キリストがダビデの家系の子孫だからです。しかし、きょう私はアブラハム以降の次の区切りをエズラ記1章にしました。それは、律法が与えられたイスラエルの民も結局のところは、主から離れてしまったということを、皆さんと共に分かち合いたいからです。
 ではアブラハムからエズラ記に至る旧約聖書の流れを、今度は「目次」を見ながら、ご一緒に確認したいと思います。

創世記~サムエル記
 創世記12章までを今、お話ししました。12章からアブラハムとイサクの物語があり、創世記の後半にはヤコブとヤコブの息子たちの物語が描かれています。ヤコブの息子のヨセフは、兄たちに恨まれたことでイシュマエル人の隊商に売られてしまい、エジプトに連れて行かれました。しかしヨセフはエジプトでファラオ(パロ)に国の政治を任される重要な地位に就きました。そうして豊作の時期に食糧を備蓄して、凶作になった時期に食糧に困ったヤコブの一家をエジプトに呼び寄せたので、エジプトでイスラエルの民族が増えることになりました。
 次の出エジプト記では、増えたヤコブの子孫たちがモーセに率いられてエジプトを脱出し、シナイ山のふもとで律法を授けられたことが記されています。次のレビ記では律法のことばが続いていて、主(おも)に祭儀的な律法が授けられました。そして次の民数記での重要な出来事と言えば、やはりカナン入りを目前にして偵察に行った族長たちがヨシュアとカレブを除いてはカナン人たちが強そうなことにおじけづいてしまったことでしょう。主が共にいて下されば恐れることはないのですが、イスラエルの民は「エジプトに帰ろう」と言い出して主を怒らせ、このことで荒野を40年間も放浪することになり、モーセもカナンの地に入れないことになってしまいました。この民数記を読むと、イスラエルの民の心は律法を授けられた後も、何かあるとすぐに主から離れてしまったことが分かります。人の心がいかに神から離れやすいものかが、よく分かります。そうして40年間荒野を放浪していよいよカナンの地に入る直前にモーセがイスラエルの民にもう一度言い聞かせたことばが申命記に記されています。モーセはこの申命記の最後に死にました。
 続くヨシュア記ではヨシュアに率いられてイスラエルの民がカナンの地に入って先住民たちと戦い、定住するようになりました。そして士師記とルツ記、サムエル記第一の始めの頃まではさばきつかさの時代が続きました。しかし、イスラエルの民はなぜか突然、王様を欲しがるようになりました。彼らは主の直下で生きるよりも間に王を入れて欲しがり、王の下で生きることを望みました。このことが主をまた怒らせましたが、主はイスラエル人の要望を聞き入れてサウルに油を注ぎ、サウルがイスラエルの初代の王になりました。このサウル王の時代がサムエル記第一に記されています。さてサウル王は主の期待に応えられませんでしたから、ダビデ王が立てられることになりました。このダビデ王の時代のことがサムエル記第二に記されています。ダビデは立派な信仰を持っていましたが、バテ・シェバの夫だった忠臣ウリヤを殺してしまったことで、以降のダビデの家庭はドロドロになってダビデは苦しむことになります。このドロドロの泥沼の中でもがくダビデと家族たちの物語を読むと、人間の罪の性質がよく分かると思います。

列王記~エズラ記
 そして列王記第一はダビデの最晩年と息子のソロモンがイスラエルの王を引き継いだことから話が始まりますが、ソロモンの不信仰のゆえに主が怒り、イスラエルの国が北王国と南王国の二つの国に引き裂かれたことが書かれています。そして北王国の王たちは初代のヤロブアムに始まって一貫して不信仰な王たちであり、従って北王国の人々も不信仰にならざるを得ませんでした。このことで、またまた主を怒らせて北王国のイスラエルはアッシリアに滅ぼされてしまいました。そして北王国のイスラエルの人々はアッシリアに捕囚として引かれて行きました。
 列王記第二のその箇所をご一緒に読みましょう。列王記第二17章の22節と23節を交代で読みましょう(旧約聖書p.684)。

17:22 イスラエルの人々は、ヤロブアムが行ったすべての罪に歩み、それから離れなかったので、
17:23 【主】は、そのしもべであるすべての預言者を通して告げられたとおり、ついにイスラエルを御前から除かれた。こうして、イスラエルは自分の土地からアッシリアに引いて行かれた。今日もそのままである。

 こうして北王国は滅んでしまいましたが、その後で南王国もやはり不信仰の罪で滅んでしまいました。これは歴代誌の方でご一緒に見ることにしたいと思います。歴代誌にはイスラエルの民族の系図と、後はサムエル記と列王記とだいたい同じことが書かれていますが、歴代誌はダビデの系譜の南王国のことが書かれていて、北王国のことは書かれていません。
 では、南王国が滅ぼされたことが書かれている歴代誌第二の箇所をご一緒に読みましょう(旧約聖書p.814)。歴代誌第二36章のまず11節と12節を交代で読みましょう。

36:11 ゼデキヤは二十一歳で王となり、エルサレムで十一年間、王であった。
36:12 彼はその神、【主】の目に悪であることを行い、【主】のことばを告げた預言者エレミヤの前にへりくだらなかった。

 ゼデキヤ王は、南王国の最後の王です。ゼデキヤ王はそれまでの大半の王と同じく、主の目に悪であることを行いました。それゆえ主を怒らせて、南王国は滅びました。少し飛ばして、17節から21節までを交代で読みましょう

36:17 主は、彼らのもとにカルデア人の王を攻め上らせた。彼は、聖所の中で若い男たちを剣で殺し、若い男も若い女も、年寄りも弱い者も容赦しなかった。主は、すべてのものを彼の手に渡された。
36:18 彼は、神の宮の大小すべての器、【主】の宮の財宝と、王とその高官たちの財宝、これらすべてをバビロンへ持ち去った。
36:19 神の宮は焼かれ、エルサレムの城壁は打ち壊され、その高殿はすべて火で焼かれ、その中の宝としていた器も一つ残らず破壊された。
36:20 彼は、剣を逃れた残りの者たちをバビロンへ捕らえ移した。こうして彼らは、ペルシア王国が支配権を握るまで、彼とその子たちの奴隷となった。
36:21 これは、エレミヤによって告げられた【主】のことばが成就して、この地が安息を取り戻すためであった。その荒廃の全期間が七十年を満たすまで、この地は安息を得た。

 この地は安息を得たということばに、この地がいかにそれまでひどい状態にあったかが伺えると思います(この「安息を得た」には諸説あるようです)。
 続いて22節と23節を交代で読みます。

36:22 ペルシアの王キュロスの第一年に、エレミヤによって告げられた【主】のことばが成就するために、【主】はペルシアの王キュロスの霊を奮い立たせた。王は王国中に通達を出し、また文書にもした。
36:23 「ペルシアの王キュロスは言う。『天の神、【主】は、地のすべての王国を私にお与えくださった。この方が、ユダにあるエルサレムに、ご自分のために宮を建てるよう私を任命された。あなたがた、だれでも主の民に属する者には、その神、【主】がともにいてくださるように。その者は上って行くようにせよ。』」

 ここには、ページをめくっていただくとある、きょうの聖書箇所のエズラ記1章と同じことが書かれています。こうしてバビロンで捕囚になっていた民はエルサレムに帰還して神殿の再建を始めました。帰還後、人々は律法を守るようになりました。エルサレムの滅亡とバビロン捕囚に懲りていたからです。

ハガイ書~マラキ書
 ただし、神殿の再建はなかなか進みませんでした。それゆえ主がハガイを通して彼らを励まさなければなりませんでした。ハガイ書1章(旧約聖書p.1608)の2節から5節までを交代で読みましょう。

1:2 万軍の【主】はこう言われる。「この民は『時はまだ来ていない。【主】の宮を建てる時は』と言っている。」
1:3 すると預言者ハガイを通して、次のような【主】のことばがあった。
1:4 「この宮が廃墟となっているのに、あなたがただけが板張りの家に住む時だろうか。」
1:5 今、万軍の【主】はこう言われる。「あなたがたの歩みをよく考えよ。」

 この励ましによって、ようやく神殿の再建がなされました。しかし、旧約聖書の最後にあるマラキ書を読むと、エルサレムの人々は表面上は律法を守っていても彼らの心はやはり主から離れていたようです。マラキ書の1章を開きましょう(p.1629)。1章の1節と2節を、私のほうでお読みします。

1:1 宣告。マラキを通してイスラエルに臨んだ【主】のことば。
1:2 「わたしはあなたがたを愛している。──【主】は言われる──しかし、あなたがたは言う。『どのように、あなたは私たちを愛してくださったのですか』と。

 人々は主の愛を感じていませんでした。続いて、6節から8節を交代で読みましょう。

1:6 「子は父を、しもべはその主人を敬う。しかし、もし、わたしが父であるなら、どこに、わたしへの尊敬があるのか。もし、わたしが主人であるなら、どこに、わたしへの恐れがあるのか。──万軍の【主】は言われる──あなたがたのことだ。わたしの名を蔑む祭司たち。しかし、あなたがたは言う。『どのようにして、あなたの名を蔑みましたか』と。
1:7 あなたがたは、わたしの祭壇に汚れたパンを献げていながら、『どのようにして、私たちがあなたを汚しましたか』と言う。『【主】の食卓は蔑まれてもよい』とあなたがたは思っている。
1:8 あなたがたは盲目の動物を献げるが、それは悪いことではないのか。足の萎えたものや病気のものを献げるのは、悪いことではないのか。さあ、あなたの総督のところにそれを差し出してみよ。彼はあなたを受け入れるだろうか。あなたに好意を示すだろうか。──万軍の【主】は言われる──

 祭司たちは形式的にしか主を敬っていませんでした。北王国の滅亡と南王国の滅亡、そしてバビロン捕囚で懲りたはずなのに、結局イスラエルの民の心はすぐに主から離れてしまうのでした。

聖霊を受けなければ主から離れる人々
 結局のところ、三位一体の神の聖霊が人の心の内に入らない限り、人の心はどうしても主から離れてしまいます。ですから主はイエスは神の子キリストと信じる者には誰でも聖霊を注いで下さるようにして下さいました。
 どうして主は無条件で全員に聖霊を注いで下さらないのでしょうか。それは聖霊は神だからでしょう。聖霊を受けた者は神の子とされます。無条件で神の子とされるなど、そんな虫の良い話はないでしょう。最低限、イエスは神の子キリストと信じる必要があります。たったそれだけのことで神である聖霊を受けて神の子としていただけるとは、神様は随分と気前が良いお方だと思います。それほどの気前の良さなのに、イエスは神の子キリストと信じることができない人がたくさんいます。それほど人間の罪は根深いのだと思います。旧約聖書を読むと、それが良く分かります。旧約聖書の魅力は、壮大な物語を通して、このような人間の根深い罪の性質を学ぶことができる点にあると思います。
 きょうは、このことを分かち合いたいと願い、『旧約聖書の魅力』と題して話をさせていただきました。

おわりに

 最後に、エレミヤ書31章の31節から34節までを交代で読みましょう。ここには新しい契約を主が結んで下さり、聖霊を授けて下さることが預言されています。

31:31 見よ、その時代が来る──【主】のことば──。そのとき、わたしはイスラエルの家およびユダの家と、新しい契約を結ぶ。
31:32 その契約は、わたしが彼らの先祖の手を取って、エジプトの地から導き出した日に、彼らと結んだ契約のようではない。わたしは彼らの主であったのに、彼らはわたしの契約を破った──【主】のことば──。
31:33 これらの日の後に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこうである──【主】のことば──。わたしは、わたしの律法を彼らのただ中に置き、彼らの心にこれを書き記す。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。
31:34 彼らはもはや、それぞれ隣人に、あるいはそれぞれ兄弟に、『【主】を知れ』と言って教えることはない。彼らがみな、身分の低い者から高い者まで、わたしを知るようになるからだ──【主】のことば──。わたしが彼らの不義を赦し、もはや彼らの罪を思い起こさないからだ。」

 お祈りいたしましょう。
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福音が全世界に宣べ伝えられてから(2018.10.21 礼拝)

2018-10-22 08:20:28 | 礼拝メッセージ
2018年10月21日礼拝メッセージ
『福音が全世界に宣べ伝えられてから』
【マタイ24:14、ルカ10:38~42】

はじめに
 先週は静岡聖会でいただいた恵みを分かち合い、ペテロの手紙第一とヘブル人への手紙、そしてマタイの福音書を開きました。マタイの福音書ではマタイ11章28節の、「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます」に注目しました。
 クリスチャンであるかないかを問わず、私たちの多くは重荷を負い、疲れているのではないでしょうか。イエスさまは疲れている私たちに向かって、「わたしがあなたがたを休ませてあげます」と言って下さっています。しかし、このイエスさまの声が自分に向けられていると感じる人はクリスチャンであっても、それほど多くはないようです。それはどうしてでしょうか。きょうはまず、このことを考えてみたいと思います。

なぜ「休ませてあげます」が届いていなかったか?

 先週の繰り返しになりますが、静岡聖会の講師を務められた小平先生は、牧師になって10年目の1995年に、牧会しておられる西宮で阪神淡路の大地震に遭いました。そして、ご自分の教会の心配をするだけでなく関西地区で被災した教会を支援するネットワークの事務局を務める中で疲弊して行き、燃え尽きたようになった正にその時に、マタイ11:28のイエスさまのことばの「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます」が目に入り、その時に初めて、このみことばが自分に語られていると感じたということでした。この小平先生のお証しに私は深く共感しました。私は牧師になってから6年目の今年の元旦に、この「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます」というみことばが自分に語り掛けるのを感じました。
 どうして、小平先生も私も、このイエスさまの声が響いて来なかったのでしょうか。休むことが下手なのでしょうか?

『うつ病九段』
 今月の教報の聖宣神学院報の巻頭言で院長の河村先生が『自己ケア九段』というタイトルの文章を寄せていました。先生は最近、『うつ病九段』という本を読んだということで、その本の紹介から文章を始めておられました。実は、私もこの本を最近読んでいたのでした。この『うつ病九段』は今年の7月に出版されて話題になっていました。単に話題になっているだけなら、新刊本をわざわざ買って読まなかったと思います。私は大抵は中古本を買うことにしていて、新刊本はあまり買いません。出版から1年も経てば中古本で安く買うことができるからです(出版されてから2~3ヶ月では中古本の値段はあまり下がらず送料を入れたら新刊本と値段は大して変わりません)。しかし、この『うつ病九段』はすぐに読んでみたいと思い、新刊本を買って読みました。なぜかと言うと、この夏、私はもしかしたら、自分がうつ病の初期状態にあるのではないかと思っていた時期があったからです。教会の将来について色々と考え、幹事の皆さんと様々なことを相談して教団に提案するのですが、いろいろな事情があってそれらの大半が却下されましたから、気分的に低調になりました。それでもしかしたら、自分はうつの初期にあるのではないかと思い、うつ病のことをもっと知りたいと思ったのです。
 それまで私がうつ病のことをまったく何も知らなかったわけではありません。出身教会では、うつ病を患った経験のある方が何人もいて体験談も聞いていました。また、私が応援している佐々部清監督が撮った映画『ツレがうつになりまして。』がヒットして私も劇場で観ていましたし、原作の細川貂々さんの同じ題名の漫画『ツレがうつになりまして。』も買って読んでいました。それで、うつに関してまったく何も知らなかったわけではありません。ただ、私自身は自分自身がうつ的になっていることを感じたことなど、一度もありませんでした。それが、自分もひょっとしたらという気になったので、『うつ病九段』の新刊本を買って読みました。
 この『うつ病九段』は将棋のプロ棋士の先崎学九段が書いた本です。将棋の棋戦の解説などで私もテレビやネットで何度も見たことがあった有名な棋士です。今年になって、ふと、そう言えば最近見ていないなと思っていたら、うつ病で約一年間休養をしていたということでした。原因は、あまりに働き過ぎていつの間にか脳がダメージを受けていたということのようです。
 将棋界は今でこそ高校生棋士の藤井聡太プロの中学生の頃からの大活躍などで大いに盛り上がっていますが、その少し前までは不正疑惑問題で大揺れになっていました。不正疑惑とは、プロの棋戦の対戦中に頻繁に席をはずしていた棋士が、こっそりとスマホを使ってAIの指す手を参考にしていたのではないかというものでした。スマホ自体にはそれほどの計算能力はありませんが、自宅のPCに計算させてスマホでそれを見ることはできるわけです。その疑惑を週刊誌に書かれて対応を迫られた将棋連盟は、結局、その棋士のタイトル戦への出場を認めずに、別の棋士がタイトル戦に出場しました。しかし第三者調査委員会が出した結論は不正は行われていなかったというものでした。この不正疑惑によって疑われた棋士はタイトル戦を戦う機会を逃しただけでなく名誉を著しく傷つけられ、また対戦料の収入も得らませんでしたから、結果的に対応を誤った将棋連盟は各方面から厳しく批判されることになりました。そういう中で『うつ病九段』を書いた先崎学九段は将棋界の建て直しと将棋人気回復のために休みなく働き続け、気付かないうちに、うつ病を発症していたのでした。以前読んだ『ツレがうつになりまして。』になったツレさんにしても、出身教会の兄弟たちの話を聞いても、休みなく働き続けることは、うつ病発症の大きな要因となるようです。
 そうして思ったことは、どうも私たちはクリスチャンであってもなくても休むことが下手なようである、ということです。

福音は正しく宣べ伝えられているか?
 ここで、きょうの聖書箇所のマタイ24:14をご一緒に読むことにしたいと思います。

24:14 御国のこの福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての民族に証しされ、それから終わりが来ます。

 このマタイ24:14をきょうのメッセージの聖書箇所にしたのは、水曜日の祈り会でその次のマタイ24:15を取り上げた時に、とても気になったからです。マタイ24:15をお読みします。

24:15 それゆえ、預言者ダニエルによって語られたあの『荒らす忌まわしいもの』が聖なる所に立っているのを見たら──読者はよく理解せよ──

 このマタイ24:15を取り上げたのは、教会員から、この「読者はよく理解せよ」はどういうことですか、との質問を受けたからです。それで、この質問を祈り会のメッセージで取り上げて私なりの解答を話してブログにアップしました。ごく簡単に言えば、「読者はよく理解せよ」とは「ダニエル書を読者はよく理解せよ」ということだと思います。ただしダニエル書は旧約聖書ですから、ユダヤ教的な読み方とキリスト教的な読み方とがあります。イエス・キリストの福音について書いているこの福音書の読者は、そこらへんのところをよく理解せよ、ということではないかという話を水曜日にしました。この問題については、これ以上話すときょうの本題からはずれますから、これぐらいにしておきます。
 きょうマタイ24:14を取り上げたのは、一つ後の15節について思いを巡らしている時に、この14節がとても気になったからです。もう一度、14節をお読みします。

24:14 御国のこの福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての民族に証しされ、それから終わりが来ます。

 イエスさまは、御国の福音が全世界に宣べ伝えられて、それから終わりの時が来るとおっしゃっています。いま世界各地に宣教師が入って行って伝道活動が行われているのも、また世界のあらゆる言語で聖書が翻訳されるように活動が続けられているのも、このことのためです。私たちは、このことのためにお祈りし、また自分にできることをしなければなりません。
 しかし、このマタイ24:14について思い巡らしているうちに、私たちクリスチャンは福音を正しく伝えているだろうかということが段々と気になって来ました。日本にも多くの教会があり、表面上は確かに福音が宣べ伝えられています。しかし、もしクリスチャンが休むことが下手で、イエスさまの「わたしがあなたがたを休ませてあげます」がクリスチャンの心にはそれほど響いていないとしたら、果たしてクリスチャンは福音を正しく宣べ伝えているのだろうか、と思ってしまいました。

一番大切なのは聖霊を受けること

 ここで、ひと頃よく開いたルカの福音書10章のマルタとマリアの箇所を、改めてご一緒に読んでみたいと思います。ルカ10章の38節から42節までです。

10:38 さて、一行が進んで行くうちに、イエスはある村に入られた。すると、マルタという女の人がイエスを家に迎え入れた。
10:39 彼女にはマリアという姉妹がいたが、主の足もとに座って、主のことばに聞き入っていた。
10:40 ところが、マルタはいろいろなもてなしのために心が落ち着かず、みもとに来て言った。「主よ。私の姉妹が私だけにもてなしをさせているのを、何ともお思いにならないのですか。私の手伝いをするように、おっしゃってください。」
10:41 主は答えられた。「マルタ、マルタ、あなたはいろいろなことを思い煩って、心を乱しています。
10:42 しかし、必要なことは一つだけです。マリアはその良いほうを選びました。それが彼女から取り上げられることはありません。」

 この箇所を読むと、マリアの姉のマルタはあまりにも忙しくしていたために、霊的ではなくなっていたことが分かります。妹のマリアは霊的に整えられていましたが、マルタは霊的ではなくなっていました。
 ここで改めて御国の福音とは何かを考えたいと思います。御国には、どういう者が入ることができるのでしょうか。御国に入れるのはイエスは神の子キリストと信じて聖霊を受け、神の子とされて永遠の命を受けた者です。
 御国には聖霊を受けてきよめられなければ入ることができません。ですから、聖霊を受けることが最も大切なことです。極端なことを言えば、イエスさまは私の罪のために十字架に掛かったと信じたとしても、イエスは人であって神ではなかったと思っているとしたら、聖霊は与えられないでしょう。聖霊を受けるにはイエスは神の子キリストと信じる必要があります。ですから、自分はイエスの十字架の贖いを信じているクリスチャンであると思っていても、実は聖霊を受けていないかもしれません。

イエスの証人になる力を与える聖霊
 その人が聖霊を受けた人かどうか、分かりやすい人もいますが、分かりにくい人もいます。分かりやすい例は、聖霊を受けてイエスさまに似た者にされた人ですね。
 そして、もう一つの分かりやすい例は、イエス・キリストの証人となる力が与えられている人です。この力が与えられると少々のことではへこたれない強さが与えられます。それゆえ使徒たちは力強くイエス・キリストを宣べ伝えました。
 ここで今一度、小平先生の証しについて考えてみます。先生は牧師になって10年目に阪神淡路大震災で燃え尽きそうになるまでは、イエスさまの「わたしがあなたがたを休ませてあげます」が自分に掛けられたことばだと思ったことはなかったと証しされました。それはつまり、それまでの10年間の先生はずっと聖霊の力によって強められていたということではないでしょうか。それが、あまりにも忙しくなってしまったために、霊的ではなくなってしまった。それゆえに聖霊の力を十分に受けることができなくなって疲れ果ててしまった。そのような気がします。しかし、そういう時にこそ、イエスさまは「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます」という声を掛けて下さり、励まして下さいます。
 ですから、このイエスさまの声は、霊的に渇いて脱水状態になっている時にこそ響いて来ると言えるでしょう。そうして、このイエスさまの声に応答するなら、聖霊が新たにまた注がれて、再び元気を取り戻すことができます。

神の子キリストであるイエスに応答する
 では、まだクリスチャンになる前の聖霊を受けていない人が、もし今イエスさまのこの声を聞いて応答したら、聖霊を受けることができるでしょうか。私はできると考えます。なぜならイエスさまは今は地上にはいませんから、もしイエスさまの声を聞いたとしたら、それは神の子イエスの声を聞いたことになるからです。その神の子イエスに応答するなら、その人は聖霊を受けるでしょう。そうして、その人は御国に入ることが約束されます。
 教報の聖宣神学院報で『自己ケア九段』を書いた河村先生は、今年の4月から神学院の院長だけでなく神学院教会の主任牧師も務めるようになりましたから、大変だったようです。『自己ケア九段』で先生は次のように書いています。
 「春から奉仕環境が変わり、仕事量よりは心を用いる範囲が広がったという意味で忙しい4か月を過ごしました。仕事はこなしたものの今までとは何か違うなと感じ、メンタルなバランスと自己ケアに心を用いました。あらためて、人間は弱いと感じました。お祈りに支えられたと思います。」
 先生は、忙しさの中で自分がメンタルなバランスを崩しかけていることを感じたようです。そうして弱さを素直に認めています。そして続けて、次のように書いています。
「恵みに生きるとは、自分の弱さを認めていることです。もっと霊的ぶらないでいいんじゃないか。もっと正直でいいんじゃないか。神の国にエリートはなじみません。人の上に立つのではなく、人の気持ちと弱さに寄り添える、『自己ケア九段』でありたいと思います。」
 忙しさの中でメンタルなバランスを崩しかけた先生もきっと、無意識の中ではあったかもしれませんが、イエスさまの「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます」という声を聞いたのではないかなと私は感じています。

おわりに
 私たちが弱さを認める時、イエスさまは強めて下さいます。パウロもコリント人への手紙第二に、そのことを手紙に書いていますね(週報p.3)。

12:9 しかし主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである」と言われました。ですから私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。

 パウロをキリストの力がおおったのも、聖霊の力によるものです。聖霊には疲れて弱っている者に力を与える働きがあります。聖霊は神の子キリストであるイエスの声に応答する者に与えられます。そうして聖霊を受けた者は御国に入ることが約束されています。
 このような御国の福音を伝えて行くべきなのだろうと思います。そうして、全世界で福音が宣べ伝えられてから終わりが来るとイエスさまはおっしゃいました。
 この聖霊の恵みに感謝して神の子キリストであるイエスさまと共に歩んで行きたいと思います。
 お祈りいたしましょう。

24:14 御国のこの福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての民族に証しされ、それから終わりが来ます。
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わたしがあなたがたを休ませてあげます(2018.10.14 礼拝)

2018-10-15 13:45:12 | 礼拝メッセージ
2018年10月14日礼拝メッセージ
『わたしがあなたがたを休ませてあげます』
【マタイ11:28~30】

はじめに
 きょうは先週の7日と8日に磐田で開かれた静岡聖会でいただいた恵みを皆さんと共に分かち合いたいと願っています。
 小平先生が講師の三回の集会ではペテロの手紙第一が開かれました。それぞれの集会で数か節ずつが開かれましたが、1日目の聖会Ⅰの始めのほうで、小平先生はとても大切なことを言いました。「皆さんは、人から手紙をもらったら、少しずつ読みますか?きょうは、ここまで読んで明日はここまでなどというように、何日間も掛けて読みますか?そんなことはないでしょう。ですからペテロの手紙第一も、そんなに長い手紙ではないですから、今夜ホテルの部屋に戻ったら、或いは明日の朝でも良いですから、ぜひ全体を通して読んでみて下さい。」と言われました。
 確かにその通りですね。説教では時間の制約もありますから部分的に取り上げざるを得ません。ですからメッセージを聞く側が普段から聖書に接して備えておくことも大切だということですね。ただ、なかなかそうはできない方も多いと思いますから、説教する側もできるだけ聞く側が全体を理解しつつ、部分を聞けるようにする配慮も必要なんだろうと思います。今年のはじめまで、この教会で連講をしていた『使徒の働き』の説教では、私はそのことを意識して語ったつもりです。ところどころで、この先はどうなるかという予習の話を織り交ぜて、また、それまでの復習も織り交ぜて、できるだけ『使徒の働き』の全体像を見失わないようにしながら話をしたつもりです。エルサレムで始まった教会の働きが、どのような経緯を経てエルサレムの外に広がり、異邦人への救いへとつながって行ったか、そしてパウロのヨーロッパ伝道にもつながって行ったのか、できるだけ全体像を見失わないようにしたつもりです。
 しかし、聖書を理解するのは、そんなに簡単なことではありませんから、一つ一つの書の全体像をつかむことは一朝一夕では、なかなかできないですね。何回も繰り返し読んで思いを巡らし、そうして全体像を把握できるようになりたいと思います。

散らされた寄留者に宛てられたペテロの手紙
 さて、きょうはまず、聖会Ⅰで開かれた聖書箇所のペテロの手紙第一1章をご一緒に見ることにしたいと思います。そうして最後のほうで、司会者に朗読していただいたマタイ11章を見ることにします。
 聖会Ⅰではペテロの手紙第一1章の3節から9節までが聖書箇所となりました。きょうの礼拝の聖書交読では1節から9節までを交代で読みました。1節と2節には次のように記されています。

1:1 イエス・キリストの使徒ペテロから、ポントス、ガラテヤ、カパドキア、アジア、ビティニアに散って寄留している選ばれた人たち、すなわち、
1:2 父なる神の予知のままに、御霊による聖別によって、イエス・キリストに従うように、またその血の注ぎかけを受けるように選ばれた人たちへ。恵みと平安が、あなたがたにますます豊かに与えられますように。

 1節にあるポントス、ガラテヤ、カパドキア、アジア、ビティニアというのは、「ガラテヤ」とあることから分かるように、使徒の働きを学んでいた時に地図を開いて確認したアジアの地域のことです。2017年の聖書になってから、まだ地図をじっくり眺めていない方もいるかもしれませんから(というか、それは私のことですが)、この機会にご一緒に見ることにしましょうか。後ろの地図13のパウロの第1次、第2次伝道旅行の地図を見ましょう。ここに、ポントス、ガラテヤ、カパドキア、アジア、ビティニアが載っています。ポントスが地図の右上にあり、ガラテヤがその南西の方向にあります。そしてガラテヤの東側にカパドキアがあり、西側にアジアとビティニアがあります。パウロたちがヨーロッパに渡る前、当初はビティニアに進もうとしていましたが、イエスの御霊がそれを許さなかったと使徒の働きには記されていましたね。
 ペテロの手紙第一は、これらのアジアの地域一帯に散らされていた信徒たちに宛てた手紙です。ペテロの手紙第一に戻ります。もう一度1章1節をお読みします。

1:1 イエス・キリストの使徒ペテロから、ポントス、ガラテヤ、カパドキア、アジア、ビティニアに散って寄留している選ばれた人たち、

 これらの人々は迫害を受けて散らされていたようです。ペテロはそれらの人々を手紙で励まそうとしていました。ペテロは宛て先人々のことを「散って寄留している選ばれた人たち」と書いています。ここに散らされて来て寄留していますから、このポントス、ガラテヤなどの土地は彼らが元々住んでいた場所ではありません。

アブラハムも寄留者だったと記すヘブル人への手紙
 この「寄留」ということばはヘブル人の手紙にも出て来ましたね。週報のp.3にも載せましたが、べブル人の手紙11章13節には、

11:13 これらの人たちはみな、信仰の人として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるか遠くにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり、寄留者であることを告白していました。

と記されています。このヘブル11章13節は、アブラハムの信仰について書かれている箇所ですね。ヘブル人への手紙13章をご一緒に確認しておきたいと思います(新約聖書p.452)。ヘブル人への手紙11章8節と9節を交代で読みましょう。

11:8 信仰によって、アブラハムは相続財産として受け取るべき地に出て行くようにと召しを受けたときに、それに従い、どこに行くのかを知らずに出て行きました。
11:9 信仰によって、彼は約束された地に他国人のようにして住み、同じ約束をともに受け継ぐイサクやヤコブと天幕生活をしました。

 アブラハムは元々は父テラと共に、ヨルダン川の遥か東にあるユーフラテス川沿いのウルの地で暮らしていました。しかし、父テラと共にハランの地まで来て、そこでカナンの地へ向かうように召しを受けました。そうしてイサクやヤコブと天幕生活をしていました。アブラハムは13節にあるように地上では、旅人であり、寄留者でした。

天の故郷に憧れていたアブラハムたち
 続いて14節と15節を交代で読みましょう。

11:14 そのように言っている人たちは、自分の故郷を求めていることを明らかにしています。
11:15 もし彼らが思っていたのが、出て来た故郷だったなら、帰る機会はあったでしょう。

 この15節にある「出て来た故郷」というのはユーフラテス川沿いにあるテラの地でしょう。ユーフラテス川沿いはメソポタミア文明が発展した肥沃な土地です。アブラハムはそこに帰る機会もあったでしょう。しかし、16節でヘブル人への手紙は次のように書いています。ご一緒に読みましょう。

11:16 しかし実際には、彼らが憧れていたのは、もっと良い故郷、すなわち天の故郷でした。ですから神は、彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。神が彼らのために都を用意されたのです。

 旅人である寄留者としての生活は、苦労も多かったことでしょう。しかし、アブラハムたちが憧れていたのは、もっと良い故郷、すなわち天の故郷でした。神は彼らのために都を用意されました。ペテロが手紙を書いた宛て先の人々も同様でした。彼らは散らされて寄留者になっていましたが、選ばれた人たちでした。すなわち天の故郷に入ることが約束されていました。

神の御力によって守られている私たち
 ペテロの手紙第一1章に戻ります。5節をご一緒に読みましょう。

1:5 あなたがたは、信仰により、神の御力によって守られており、終わりの時に現されるように用意されている救いをいただくのです。

 ここにあるように、イエス・キリストを信じる彼らは終わりの時に現される救いをいただくことが約束されています。そして、彼らは信仰により、神の御力によって守られています。迫害を受けて散らされて寄留者になっていますから、いろいろと苦しいことがあるかもしれませんが、信仰により、神の御力によって守られています。
 私たちは自分が苦しい目に遭っている時、神様は守って下さっていないと感じる時もあるかもしれません。しかし、神様はちゃんと守って下さっています。神様は私たちが地上で良い思いをするために守って下さっているわけではありません。ですから苦難の中を通っても神様は私たちを見離しているわけではありません。私たちが神様から離れないように守って下さっています。ただ、苦難から何とか抜け出そうと頑張っている時、私たちは視野が狭くなってしまっていますから、神様が守って下さっていることが見えにくくなっているかもしれません。そういう時にふと力を抜くなら、まわりが見えるようになって、神様が自分を守って下さっていることに気付くでしょう。
 神様はどんな風に私たちを守って下さっているのか、聖会Ⅰでは小平先生がご自身の体験のお証しをして下さいました。そのお証しに私はとても共感しましたから、最後にそれを分かち合いたいと思います。
 小平先生は西宮の教会の牧師を務めておられますが、この教会は先生のご両親が開拓された教会だそうです。ですから先生は子供の頃から、この教会で過ごしておられました。大学時代と神学生時代には、西宮を離れましたが、1986年に牧師の任命を受けてからは、再びこの西宮教会に戻って来たそうです。そうして牧会を始めてからの10年間は、とにかく懸命に働いたそうです。実は先生は十代の頃に、いろいろあって西宮の教会の礼拝に出なくなってしまったそうです。そのため、救いの恵みに与ったのは東京の大学に進学して以降の学生時代だったそうです。そういう過去があったせいもあるでしょう。ご両親に自分は牧師としてちゃんとやっていけるというところを見せたいという気持ちがあったと思います。教会の仕事だけでなく、近畿福音放送伝道協力会の事務局長もしていたそうです。そうして懸命に働いていた時、阪神淡路大震災が起きたそうです。
 それで関西では、この近畿福音放送伝道協力会のネットワークを活かして復興支援協力会ができたそうです。先生はその働きも担うことになりました。さらには「阪神大震災復興ミニストリー」が結成されて、先生はその事務局も務めることになったそうです。そうしてますます忙しくなりましたが、ご自身の教会でも複数の信徒の方々が家を失い、それは教会の財勢が危うくなることを意味していました。自分が牧会している教会の将来も見えない中、関西の被災した教会の重荷も負わなければならなくなり、先生は次第に燃え尽きたようになってしまって行ったということです。
 そんなある時、震災の被害調査のために、まだ電車が復旧していない地区の教会に三時間掛けて歩いて行ったところ留守だったそうで、本当に疲れ果てて立ち上がれなくなってしまったそうです。そして、「もうだめだ」と思ったそうです。これからまた三時間歩いて帰らなければならないと思ったら、泣きたくなったそうです。そんな時に、その教会の看板にマタイ11:28のみことばの「すべて疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」と記されているのを見て、先生はこのみことばが「私に語られている」と初めて思ったそうです。その時まで先生は、このみことばは人生において失敗した人や心の弱い人に語られていると思っていたそうです。自分はこういうみことばが当てはまらない生き方をする人間であると、何となく思っていたそうです。しかし、この時、先生は「神様、私は疲れました」と言ったそうです。そうして、この時から自分が癒されていくのがわかったということでした。
 このマタイ11:28のみことばを改めて、ご一緒に読みたいと思います。

11:28 すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。

 小平先生の証しを聖会で聞いて、私は今年の元旦礼拝での自分自身の経験を思い出して、「ああ、同じだ」と思い、とても共感しました。今年の1月1日、私たちの教会では元旦礼拝を行いませんでした。それで、私は出身教会の高津教会の元旦礼拝に出席しました。そして礼拝中に、このマタイ11:28のみことばが私の中で聞こえてきて、大変に癒されました。マタイ11:28は私がここに通っていた頃に用いられていた高津教会のトラクトの表紙に印刷されていましたから、よく目にしていたみことばでした。しかし、私は今年の元旦礼拝の時まで、このみことばが自分に語られていると思ったことは一度もありませんでした。しかし、この元旦礼拝で初めて私はこのみことばによって自分が癒されるのを感じました。ですから、小平先生のお証しにとても共感を覚えました。

わたしがあなたがたを休ませてあげます
 去年の三月まで、私たちは隣の土地に新しい会堂を建てることを祈り願って懸命に動いて来ました。教団からストップが掛かって以降も、何とか可能な範囲で新しい会堂を建てられないか話し合いを続けました。新会堂がダメなら、せめて今の会堂のリフォームをして、とにかく教会を存続させたいと思いました。しかし、それをも教団は望んでいないことが分かりましたから、最早これまでと思って幹事の皆さんと相談して教団の意向を受け入れることを決めて、教会の皆さんにお伝えしました。けれども内心では、なかなか気持ちを整理することができないでいました。
 今は毎月一回はシオン教会で合同礼拝をしていますから、その時には説教の準備をする必要がなくて私は月に一回は力を抜かしてもらっています。しかし、それまではずっと、毎週礼拝で説教をしていましたから、力を抜くことができませんでした。聖餐式礼拝で外から先生をお招きする時だけは説教準備をしなくて良いですから少しは力を抜くことができましたが、外の先生をお招きするのは、それはそれで気を遣いますから、やはりそんなに力は抜けません。そういう中で、私は牧師になって初めて、今年の元旦礼拝では純粋に信徒の立場で礼拝に出席することができました。そうして昔に戻って高津教会の皆さんと一緒に賛美歌を歌い、メッセージに耳を傾け、そうして聖餐の恵みに与りました。その時にこのマタイ11:28のイエスさまのことばが、ふと聞こえて来て、イエスさまが私を休ませてくれたことを感じました。

11:28 すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。

 疲れてもなお自分で頑張ろうとしている間は、せっかくイエスさまが「わたしがあなたを休ませてあげます」と言って下さっているのに、それをなかなか素直に受けることができません。自分で自分を守ろうとして神様の御守りに身と心を委ねることができません。私たちの周囲には疲れている人、重荷を負っている人がたくさんいます。しかし、特に日本人の場合には休むことに罪悪感を感じて休むことが下手な人も多いことを覚えます。
 そんな中、《幸いにも》と言うべきでしょう、沼津教会の私たちは力を抜いて休むことができることになりました。
 そうして「わたしがあなたを休ませてあげよう」というイエスさまのことばに素直に従うことで、私たちはイエスさまをより一層近くに感じることができるようになったと思います。つらい決断をしなければなりませんでしたが、実はこれは恵みであったと考えたいと思います。

おわりに
 「わたしがあなたを休ませてあげます」というイエスさまに従うことでいただけた恵みを噛み締めながら、私たちはこれからもイエスさまと共に歩んで行きたいと思います。
 お祈りいたしましょう。
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わたしが飲む杯を飲むことができますか(2018.10.7 礼拝)

2018-10-10 07:37:43 | 礼拝メッセージ
2018年10月7日聖餐式礼拝メッセージ
『わたしが飲む杯を飲むことができますか』
【マタイ20:17~23】

はじめに
 聖餐式礼拝のきょう、私たちはイエスさまと共にパンとぶどう液の食事をします。その前に、きょうはマタイの福音書20章の22節に目を留めて、思いを巡らしたいと願っています。22節、

20:22 イエスは答えられた。「あなたがたは自分が何を求めているのか分かっていません。わたしが飲もうとしている杯を飲むことができますか。」彼らは「できます」と言った。

 イエスさまは「わたしが飲もうとしている杯を飲むことができますか」と彼らに聞きました。彼らは「できます」と答えました。イエスさまが飲もうとしている「杯」とは何でしょうか。このことに共に思いを巡らしたいと思います。

受難と復活の予告
 その前に、この22節に至る前の状況を見ておきたいと思います。17節から見ます。

20:17 さて、イエスはエルサレムに上る途中、十二弟子だけを呼んで、道々彼らに話された。

 イエスさまの一行はエルサレムに向かっていました。その途中、十二弟子だけを呼んで話をされたというところに、次に話すことの重大性が匂わせられます。18節と19節、

20:18 「ご覧なさい。わたしたちはエルサレムに上って行きます。人の子は祭司長たちや律法学者たちに引き渡されます。彼らは人の子を死刑に定め、
20:19 異邦人に引き渡します。嘲り、むちで打ち、十字架につけるためです。しかし、人の子は三日目によみがえります。」

 イエスさまの受難とよみがえりの予告は、既に三度目でした。一度目は16章21節です(週報p.3)。

16:21 そのときからイエスは、ご自分がエルサレムに行って、長老たち、祭司長たち、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、三日目によみがえらなければならないことを、弟子たちに示し始められた。

 二度目の予告は17章の22節と23節にあります(週報p.3)。

17:22 彼らがガリラヤに集まっていたとき、イエスは言われた。「人の子は、人々の手に渡されようとしています。
17:23 人の子は彼らに殺されるが、三日目によみがえります。」すると彼らはたいへん悲しんだ。

 そうして、この20章で受難とよみがえりの三度目の予告がありました。いくらか期間は空いていたと思いますが、それでも三度も同じことを繰り返すということは、よほど重大なことであるということです。

イエスが飲もうとしている杯
 しかし、弟子たちはこの予告の重大性が分かっていませんでした。20節と21節、

20:20 そのとき、ゼベダイの息子たちの母が、息子たちと一緒にイエスのところに来てひれ伏し、何かを願おうとした。
20:21 イエスが彼女に「何を願うのですか」と言われると、彼女は言った。「私のこの二人の息子があなたの御国で、一人はあなたの右に、一人は左に座れるように、おことばを下さい。」

 ゼベダイの息子たちとはヤコブとヨハネの兄弟のことです。ヤコブとヨハネの母親が、イエスさまに頼みごとをしました。これからエルサレムでどういうことが起こるか、彼らは何も分かっていませんでした。22節、

20:22 イエスは答えられた。「あなたがたは自分が何を求めているのか分かっていません。わたしが飲もうとしている杯を飲むことができますか。」彼らは「できます」と言った。

 イエスさまが飲もうとしている杯とは、イエスさまが最後の晩餐の後でゲッセマネの園で「どうか、この杯をわたしから取り去って下さい」と天の父に頼んだ杯のことです。この杯を飲むことが、どれほど苦悩に満ちているものであるか、イエスさまは汗が血のしずくのように地にしたたり落ちるほどでした。そのことをヤコブもヨハネも分かっていませんでした。
 しかし、後に彼らは理解するようになりました。使徒たちの時代になり、ペンテコステの日に聖霊を受けた彼らはイエスさまの教えを宣べ伝えるようになりました。そして、このことで激しい迫害を受けて使徒の働きにはヨハネは投獄され、ヤコブは殉教したことが記されていますから、彼らはまさにイエスさまの杯を飲むことになりました。イエスさまが「あなたがたはわたしの杯を飲むことになります」とおっしゃったのも、そういう意味なのでしょう。

この杯が飲めますか?
 さて、では私たちは、イエスさまの杯を飲むことができるでしょうか?
 きょうの聖餐式礼拝のメッセージのタイトルを、『わたしが飲む杯を飲むことができますか』にしたのは、実はつい最近、ヘンリ・ナウエンの著書の『この杯が飲めますか?』(広戸直江訳、聖公会出版 2001)を読み返したからです。このナウエンの本をこれまで私は何回か読んだことがありました。この本を読み返したのは、ちょうど一週間前に私の出身教会の高津教会で葬儀があり、その葬儀の写真がfbに上がっていて、その写真を見て、このナウエンの本のことを思い出したからです。葬儀は私と同年代の兄弟の「お別れの会」でした。8月のお盆休みの頃に奥秩父の山の沢登りに出掛けて、そのまま帰ることなく天に召されました。同年代ですから同じ組会に所属していて、私がこの組会の交わりに初めて入れていただいた時に、組会の学びで読まれていたのが、このナウエンの『この杯が飲めますか?』でした。
 当時、組会の交わりに入れていただいたばかりの頃は、この本の内容をぜんぜん理解していませんでした。その後、何回か読み返すことで理解できるようになったと思います。そして、一週間前に、また改めて読み返してみました。
 この本でナウエンは、イエスさまの杯のことを受難の時の杯だけでなく、もっと広い範囲に広げています。「悲しみの杯」だけでなく、「喜びの杯」、「恵みの杯」、「救いの杯」についてもナウエンは書いています。つまりナウエンが考える「イエスさまの杯を飲む」とは、イエスさまのすべてを共有するということです。
 今回、このナウエンの本を読んでいて、特に目に留まった箇所がありましたから、以下に少し長めですが引用することにします。この本を書いた時のナウエンはカナダにあるラルシュ・デイブレイクという知的ハンディのある障害者の施設に滞在していて、彼らと生活を共にしていました。知的ハンディのある人々の中には体はまったく健常で元気な人もいましたが、中には体をほとんど動かすことができないほどの重度の身体障害を持つ人もいました。ナウエンはその重度の身体障害を伴うアダムという青年と生活を共にしていました(この青年のことを書いた『アダム』という著作もナウエンにはあります)。『この杯が飲めますか?』の中の「悲しみの杯」という章でナウエンは、これらの重度の障害も持つ人々のことに触れた後に、次のように書いています。
(ここから引用)
 カナダの小さな共同体で私たちが体験する悲しみは、都会の人々の悲しみや、国中の悲しみ、ひいては世界中にある全ての悲しみに比べてどうだと言うのでしょう?トロントの街角で、通りがかりの人にお金を求めるホームレス、エイズで死んでゆく若者、刑務所や精神病院や介護施設で暮らす何千何万もの人々の悲しみは、想像を絶します。崩壊した家庭、失業者、そしてデイブレイクのような安全な場所が与えられない無数の障害者の悲しみを、どう考えればよいのでしょう?
 そして、私の住んでいる都会や国の外に目を向けると、そこにはもっと恐ろしい現象があるのです。サンパウロの町を狼の群れのようにうろつきまわる孤児たち、バンコクでは若い男女が売春のために売られていき、ユーゴスラビアのキャンプでは、捕虜が見る影もなくやせ細り、エチオピアやソマリアの人々は裸のまま砂漠を当てもなくさまよっています。世界中には、飢えている孤独な人々、部族紛争や残酷な戦争で放棄された死体の山が・・・・・・。そうです。数限りのない悲しみの姿が、そこにはあるのです。これは一体誰の杯なのでしょう?私たちの人類の苦しみの杯なのです。一人ひとりにとっての悲しみは、その人にとっての悲しみであると同時に、皆のものなのです。
 今、十字架にかけられ、悲しみに打ちひしがれている一人の人に目を向けましょう。その人はポンテオ・ピラトから宣告を受け、ローマ兵の手によって十字架につけられ、ユダヤ人からも異邦人からも罵りを受けたイエスなのです。また同時に、彼の姿は時間と空間を超えて、さらし者として十字架にかけられ、苦悩している全ての人々、私たちの姿でもあるのです。
(引用ここまで)
 ナウエンはここで、十字架にかけられた悲しみの人のイエスさまは「苦悩している全ての人々、私たちの姿でもあるのです」と書いています。私たちの十字架理解は、「イエスさまは私たちの罪のために十字架に掛かった」というものです。私たちの罪がイエスさまを十字架に付けた、もっと言えば私たちがイエスさまを十字架に付けた、というものです。或いは、自分もイエスさまと共に十字架に掛かっていると考える場合も、それは自分の罪のためである、と考えるでしょう。いずれにしてもイエスさまの十字架は私自身の罪と関係していると考えます。ナウエンももちろん、そう考えているでしょう。
 しかしナウエンは十字架を他の見方でも見ていました。弱い私が苦悩の中にいる時、私は十字架に付けられているという見方です。すると、苦悩する弱い私が十字架にあるのは私の罪のゆえではなく、私を苦しめる社会の罪のゆえであるということになります。これは私にとって目からウロコが落ちる考え方でした。なぜなら、こう考えることで私たちはより一層イエスさまとの一体感を感じることができるからです。イエスさまは正に、イエスさまを苦しめた者たちの罪によって十字架に付けられました。ですから私が苦しむ時、私は十字架のイエスさまと一つになっています。

イエスのすべてと一体になる
 ナウエンにとってイエスさまの杯を飲むとは、イエスさまのすべてと一体になるということです。悲しみのイエスさまとも、喜びのイエスさまとも、イエスさまのすべてと一体になるということです。私もまた、そのように地上のイエスさまのすべてと一体になりたいと思います。そして皆さんにも、そのようにお勧めしたいと思います。
 そして私はさらに、天上のイエスさまとも一体になりたいと思います。天に昇ったイエスさまは天上で御父と共にいて、聖霊を地上の私たちに遣わしています。天上のイエスさまは地上のすべての人々の内に聖霊を送りたいと願っておられます。この天上のイエスさまの「願い」とも一体になりたいと思います。
 私たちは地上のイエスさまと天上のイエスさまの喜びと悲しみのすべてを共有したいと思います。そうしてイエスさまと共に日々を歩む私たちでありたいと思います。
 お祈りいたします。
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あなたは勇士のように腰に帯を締めよ(2018.9.30 礼拝)

2018-10-01 11:36:13 | 礼拝メッセージ
2018年9月30日礼拝メッセージ
『あなたは勇士のように腰に帯を締めよ』
【ヨブ38:1~3、40:6~7】

はじめに
 きょうはヨブ記からのメッセージの3回目です。来週は聖餐式がありますから、ヨブ記からは離れます。再来週、ヨブ記にまた戻って来るかどうかはまだ分かりませんが、戻って来ない可能性のほうが高いかなと思っています。
 ヨブ記は長いですから少なくとも4~5回は続けられるかなと思っていました。しかし、ヨブ記の中身の大半はヨブの泣き言ですから、泣き言からのメッセージを延々と続けても恵まれませんね。それで、ヨブ記は今日で一区切りにするかもしれません。きょうの聖書の箇所も、ヨブの泣き言からではなく、最後のほうにある、主からヨブへの励ましのことばの箇所を選びました。

「帯を締めよ」と言って励ます主
 もう一度、ヨブ記38章1節から3節までを読みます。今度は交替で読みましょう。

38:1 【主】は嵐の中からヨブに答えられた。
38:2 知識もなしに言い分を述べて、摂理を暗くするこの者はだれか。
38:3 さあ、あなたは勇士のように腰に帯を締めよ。わたしはあなたに尋ねる。わたしに示せ。

 3節の、「さあ、あなたは勇士のように腰に帯を締めよ」は40章の7節でも、もう一度出て来ます。この「さあ、あなたは勇士のように腰に帯を締めよ」という主のことばは、精神面でヨブの心を励ましているのはもちろんですが、床に伏しているヨブに対して肉体的にも床から起き上がるように促していると受け取れると思います。つまり、ヨブの病気を癒すという主からのメッセージと受け取りたいと思います。
 この「帯を締める」という表現は、聖書にはいくつもの箇所で見出すことができます。すべてを挙げることはできませんが、二つの箇所を週報のp.3に挙げました。その箇所をご一緒に開いて、前後の箇所も見たいと思います。まずエレミヤ書の1章17節です(旧約聖書p.1284)。ここに、

1:17 さあ、あなたは腰に帯を締めて立ち上がり、わたしがあなたに命じるすべてのことを語れ。

とあります。この箇所の前の、1章6節でエレミヤは、「ああ、【神】、主よ、ご覧ください。私はまだ若くて、どう語ってよいか分かりません」と言って尻込みしています。そんなエレミヤに主は7節で「まだ若い、と言うな。わたしがあなたを遣わすすべてのところへ行き、わたしがあなたに命じるすべてのことを語れ」と仰せられ、続いて8節で「彼らの顔を恐れるな。わたしがあなたとともにいて、あなたを救い出すからだ」と仰せられました。ですから、17節の「さあ、あなたは腰に帯を締めて立ち上がり」は、まだ若くて経験がないエレミヤを奮い立たせて預言者の働きを始めることを促し、励ますためのことばだということがわかります。

帯を固く締めて気合を入れる
 もう一箇所、今度は新約聖書のエペソ書6章を開きましょう。ここは以前も開いたことがある箇所です(新約聖書)p.392)。14節に、

6:14 そして、堅く立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、

 とありますね。このエペソ書6章は、以前、礼拝メッセージで使徒の働きの連講をしていた時の最後のほうで開きました。パウロのことばを聞いてイエス・キリストを信じた人々もいましたが、信じない人々もたくさんいました。パウロがエルサレムで逮捕されてからは、ほとんどが信じない人々でした。それゆえ、パウロの戦いは正に悪魔との戦いでした。悪魔が人々の霊的な目と耳とを塞いでいるからです。その悪魔と戦うためには、主の大能の力によって強められ、神のすべての武具を身に着けなければなりません。
 このエペソ6章の10節から18節までを、きょうも共に味わいたいと思います。交代で読みます。

6:10 終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。
6:11 悪魔の策略に対して堅く立つことができるように、神のすべての武具を身に着けなさい。
6:12 私たちの格闘は血肉に対するものではなく、支配、力、この暗闇の世界の支配者たち、また天上にいるもろもろの悪霊に対するものです。
6:13 ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、一切を成し遂げて堅く立つことができるように、神のすべての武具を取りなさい。
6:14 そして、堅く立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、
6:15 足には平和の福音の備えをはきなさい。
6:16 これらすべての上に、信仰の盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢をすべて消すことができます。
6:17 救いのかぶとをかぶり、御霊の剣、すなわち神のことばを取りなさい。
6:18 あらゆる祈りと願いによって、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのために、目を覚ましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くして祈りなさい。

 ここには帯だけでなく胸当てや兜などの武具も出て来ます。それゆえ、これまで私はそちらに目を取られて、この箇所の帯のことを緩く考えていたことに気付かされました。しかし、腰に締めるこの真理の帯は、単に腰に緩く巻き付けるのでなく、ギュッと固く締めて気合を入れるという意味合いもありますね。柔道の選手も帯をギュッと締めます。相撲の力士もまわしをギュッと締めます。重量挙げの選手もベルトをギュッと締めます。戦いの場に出る時は、誰でも腰の帯をギュッと締めます。信仰もまた戦いです。エレミヤもパウロも帯をギュッと締めて戦いの場に出ました。主はヨブに対しても床から起きて信仰の戦いの現場に復帰するように促したのかもしれません。
 さて、帯を締める話と悪魔の話をしたところで、最近の私の近況について少し話すことにしたいと思います。他教会との合併へ向かう中で、私たちの教会では今、近隣の地域の方々への伝道活動はしていません。また、礼拝出席者も少なくなってしまいましたから、私はここ何ヶ月か、精神的に低調な日々が続いていました。しかし最近、新しい書き物を始めたことで、また元気が出て来ました。つまり、腰の帯を再びギュッと締めることができました。この書き物はまだ始めたばかりで、完成までに少なくともあと一ヶ月は掛かると思いますし、完成後に世に出すことができるか、出ずに終わるかはまだ分かりませんが、とにかく今は書くことで気持ちに張りが出て来ました。やはり私は書き物をすることが好きなようです。
 それで、少しだけこの書き物の内容の話をしようと思います。

(中略)

全知全能で唯一の神様だからこその祝福
 ここでヨブ記38章に戻ることにします。38章を見ると、神が天地を創造し、海を造り、光を造り、雪や雹や雨を降らせ、風を吹かせ、雷を落とし、天の星も造り、獣や鳥も造ったことが分かります。正に神様は万物を創造した全知全能のお方です。全知全能の方だから、人を励まし、良い方向へと導いて行って下さるのですね。ヨブ記の結末をご一緒に読みたいと思います。42章の12節から17節までを交代で読みましょう。

42:12 【主】はヨブの後の半生を前の半生に増して祝福された。それで彼は羊一万四千匹、らくだ六千頭、牛一千くびき、雌ろば一千頭を持つことになった。
42:13 また、息子七人、娘三人を持った。
42:14 彼はその第一の娘をエミマ、第二の娘をケツィア、第三の娘をケレン・ハ・プクと名づけた。
42:15 ヨブの娘たちほど美しい女は、この地のどこにも見つからなかった。彼女たちの父は彼女たちに、その兄弟たちの間で相続地を分け与えた。
42:16 この後ヨブは百四十年生き、自分の子と、その子の子たちを四代目まで見た。
42:17 こうしてヨブは死んだ。年老いて満ち足りた生涯であった。

 ヨブの後半生を、神様は以前に増して祝福して下さいました。もし、神様が分業制だったら、ヨブはこんなにも祝福されることはなかったでしょう。ヨブの家畜は大いに増えました。もし神様が分業制だったら家畜の守り神を信じなければなりません。ヨブはまた息子七人と娘三人にも恵まれました。分業制の神なら安産の神と家内安全の神を信じなければなりません。ヨブはこの後百四十年生きましたから、長寿の神への信仰も持たなければなりません。子孫の四代目まで見たということですから、自分の子供たちに良縁があるように縁結びの神への信仰も持たなければなりません。こんなに色々な神々に祈り願い、すべての神から素晴らしい祝福を受けるなど有り得ないことです。神様が全知全能で唯一の方だからこそ、ヨブの後半生はこんなにも祝福されました。

おわりに
 この全知全能で唯一の神様が「さあ、あなたは勇士のように腰に帯を締めよ」と励まして下さることは素晴らしい恵みです。明日の10月から、いよいよ私たちの教会は合併の手続きに入ります。これまで合同礼拝を重ねて来て、話し合いの場も持って来ましたが、書類上の手続きには入っていませんでした。その書類の手続きにもいよいよ取り掛かることになります。
 このことに関しても、主は私たちに「さあ、あなたは勇士のように腰に帯を締めよ」と言って下さっていると感じます。今の古い会堂を新しくする願いが適わず、この教会を存続することができないことになった時にはヨブのような泣き言を言いたくなり、気力も萎えて元気がなくなった時期もありました。しかし、そういう期間は過ぎました。今は腰の帯をギュッと固く締めて再び立ち上がるべき時です。
 主は素晴らしいタイミングで、このみことばを与えて下さったと感謝したいと思います。主は私たちを力強く励まし、私たちを導いて行って下さいますから、その導きに従って行きたいと思います。
 お祈りいたしましょう。
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友人の誤解とヨブの嘆き(2018.9.16 礼拝)

2018-09-19 10:29:21 | 礼拝メッセージ
2018年9月16日礼拝メッセージ
『友人の誤解とヨブの嘆き』
【ヨブ4:1~2、7~11】

はじめに
 先週に続いてヨブ記の学びを続けます。
 サタンによって大変な苦しみの中に入れられたヨブと、ヨブを見舞いに来た友人たちとの言葉のやり取りから信仰について考え、また「神を呪う」とはどういうことかについても、共に考えることができたらと願っています。
 災害の被災地では多くの方々が苦しんでいます。そして私たちもまた困難の中を歩んでいます。このような中で私たちはどのように歩んで行ったら良いのか、ヨブ記を通して大切なことを学べることに期待して、思いを巡らしたいと思います。

サタンに打たれたヨブ
 先週は、どうしてヨブが苦しみを受けることになったかを中心に学びました。簡単に復習しておくと、それは主がサタンに対して次のように言ったことが発端でしたね。ヨブ記1章8節です。

1:8 【主】はサタンに言われた。「おまえは、わたしのしもべヨブに心を留めたか。彼のように、誠実で直ぐな心を持ち、神を恐れて悪から遠ざかっている者は、地上には一人もいない。」

 するとサタンは主に言いました。少し飛ばして11節、

1:11 「手を伸ばして、彼のすべての財産を打ってみてください。彼はきっと、面と向かってあなたを呪うに違いありません。」

 ヨブの信仰が立派なのは、主がヨブを祝福しているからであり、彼から財産を奪ってしまえばヨブは主を呪うに違いないとサタンは言いました。そこで主はサタンにそれを許し、サタンはヨブから財産を奪い、彼の息子たちと娘たちも殺してしまいました。しかし、ヨブが主を呪うことはありませんでした。
 この結果を受けてサタンは、ヨブの体を打って重病にしてしまえば、ヨブは主を呪うに違いないと主に言いました。それで主はサタンにそれを許しました。2章の6節と7節ですね。

2:6 【主】はサタンに言われた。「では、彼をおまえの手に任せる。ただ、彼のいのちには触れるな。」
2:7 サタンは【主】の前から出て行き、ヨブを足の裏から頭の頂まで、悪性の腫物で打った。

 こうして精神的な苦しみと肉体的な苦しみの中に沈んだヨブに対してヨブの妻は言いました。「神を呪って死になさい」。しかし、ヨブは妻に言いました。10節、

2:10 「あなたは、どこかの愚かな女が言うようなことを言っている。私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいも受けるべきではないか。」ヨブはこのすべてのことにおいても、唇によって罪に陥ることはなかった。

 ヨブは神を呪いませんでした。

自分が生まれた日を呪うヨブ
 そんなヨブでしたが、友人たちが彼を見舞いに訪ねて来たことで、彼は自分が生まれた日を呪い始めました。3章の1節から3節までをお読みします。

3:1 そのようなことがあった後、ヨブは口を開いて自分の生まれた日を呪った。
3:2 ヨブは言った。
3:3 私が生まれた日は滅び失せよ。「男の子が胎に宿った」と告げられたその夜も。

 あまりの苦しみにヨブは、自分は生まれて来ないほうが良かったのだと言って嘆いたのですね。3章の全部を見ると時間が掛かりますから、飛ばし飛ばしで見てみましょう。11節を読みます。

3:11 なぜ私は、胎内で死ななかったのか。胎を出たとき、息絶えなかったのか。

 これも強烈ですね。母の胎に宿ってしまったなら、せめて胎の中で死にたかった。胎の中で死ななかったなら、胎を出たときに死にたかった。さらにヨブの嘆きは続きます。12節と13節、

3:12 なにゆえ、両膝が私を受けとめたのか。乳房があって、私がそれを吸ったのか。
3:13 今ごろ私は安らかに横になり、眠って安らいでいただろうに。

 胎を出た時に死ななかったのなら、母乳を飲まなければ死ねたのに。そうすれば今ごろ私はこんなに苦しまずに安らいでいただろうにと、ヨブは母の胎に宿った時から始めて嘆き続けていました。

全知全能の神を堅く信じるヨブ
 先週ヨブ記の学びを始めた時から私は、ヨブが自分の生まれた日を呪うことは神を呪うことにならないのだろうかという疑問を感じていました。ヨブに命を与えたのは神様です。ですから神様がヨブに命を与えた日を呪うことは、神様を呪うことにならないのだろうかと、スッキリしない思いでいました。しかし、2週目に入って、この答えが分かり掛けて来た気がします。
 それは、ヨブがどれだけ自分が生まれて来たことを嘆き、今の自分の境遇を嘆こうとも、ヨブは神が全知全能のお方であることを、いささかも疑っていないということです。6章4節を見ると、ヨブは次のように嘆いています。

6:4 まことに、全能者の矢が私に刺さり、その毒を私の霊が飲み、神の脅威が私に対して準備されている。

 この節の「全能者」とは全知全能の神様のことです。その「全能者の矢が私に刺さり、その毒を私の霊が飲み、神の脅威が私に対して準備されている」と言ってヨブは嘆いています。実際には神様ではなくてサタンがヨブを打ち、それゆえヨブは苦しんでいます。しかし、ヨブは神様が自分を打って苦しめていると思い込んでいました。このように思うことは不信仰であり、神を呪っているような気がしますが、そうではないのですね。

神をさげすみ者たち
 では、神を呪うとはどういうことか、それは神はいないと言ったり、神の力は小さいとさげすんだりすることではないか、ということなのかもしれません。例えば、何週間か前に開いた詩篇42篇には、このようにありましたね。詩篇42篇の1節から3節までを交代で読みましょう(旧約聖書p.975)。

42:1 鹿が谷川の流れを慕いあえぐように神よ私のたましいはあなたを慕いあえぎます。
42:2 私のたましいは神を生ける神を求めて渇いています。いつになれば私は行って神の御前に出られるのでしょうか。
42:3 昼も夜も私の涙が私の食べ物でした。「おまえの神はどこにいるのか」と人が絶えず私に言う間。

 この3節の「おまえの神はどこにいるのか」という者たちは、神をさげすんでいる者たちです。神の力を全く信じていません。10節にも「おまえの神はどこにいるのか」が出て来ます。10節、

42:10 私に敵対する者たちは私の骨を砕くほどに私をそしり、絶えず私に言っています。「おまえの神はどこにいるのか」と。

 このような「おまえの神はどこにいるのか」ということばが、神を呪っていることになるのかもしれませんね。

ヨブの罪を疑うエリファズ
 さてヨブ記に戻ります。4章1節、

4:1 すると、テマン人エリファズが話し始めた。

 ヨブの嘆きのことばを聞いて友人のエリファズが話し始めました。7節と8節をお読みします。

4:7 さあ、思い出せ。だれか、潔白なのに滅びた者があるか。どこに、真っ直ぐなのに絶たれた者があるか。
4:8 私の見てきたところでは、不法を耕して害悪を蒔く者が、自らそれらを刈り取るのだ。

 友人のエリファズは、ヨブが何か罪を犯したから、ヨブは打たれたのだと考えていました。だから、その罪を「思い出せ」とヨブに迫りました。潔白な者が滅びるわけがない。罪を犯した不法な者が、その報いを受けるのだとヨブに言いました。
 これは因果応報の考え方です。良いことをした者には良いことがあり、悪いことをした者には悪いことがあるという考え方です。この考え方は、聖書から外れた間違った考え方というわけではありません。例えば詩篇1篇にも、それは見て取れます。詩篇1篇を交代で読みましょう。

1:1 幸いなことよ悪しき者のはかりごとに歩まず罪人の道に立たず嘲る者の座に着かない人。
1:2 【主】のおしえを喜びとし昼も夜もそのおしえを口ずさむ人。
1:3 その人は流れのほとりに植えられた木。時が来ると実を結びその葉は枯れずそのなすことはすべて栄える。
1:4 悪しき者はそうではない。まさしく風が吹き飛ばす籾殻だ。
1:5 それゆえ悪しき者はさばきに罪人は正しい者の集いに立ち得ない。
1:6 まことに正しい者の道は【主】が知っておられ悪しき者の道は滅び去る。

 詩篇1篇は、正しい者は栄えて悪い者は滅びるとしています。ですから、友人のエリファズがヨブは何か罪を犯したに違いないと考えたとしても仕方がないことかもしれません。しかし、世の中は必ずしもそうはなっていないことは誰でも感じていることです。それにも関わらずエリファズは病床で苦しむヨブに、この因果応報の考え方を厳密に適用してオブに罪の告白を迫りました。これではヨブにますます苦痛を与えてしまうことになります。ヨブが打たれたのはヨブが罪を犯したからではなく、主がサタンにヨブを打つことを許したからでした。ヨブと同様にエリファズもこのことを知る由もありませんでした。ですからエリファズは間違ったことでヨブを責めたててしまっていました。このエリファズの姿からは、自分が正しいと信じていることによって人を追い詰めてしまうことの罪を見ることができると思います。

宇宙スケールの神が個人的に話し掛けて下さる恵み

 さて、きょうも最後にヨブへの主のことばを見てから終わることにします。苦しむヨブやヨブを責める友人のことだけ見ていたのでは、恵まれないからです。
 先週は、38章の1節から4節までを交代で読みました。もう一度、読みましょう。

38:1 【主】は嵐の中からヨブに答えられた。
38:2 知識もなしに言い分を述べて、摂理を暗くするこの者はだれか。
38:3 さあ、あなたは勇士のように腰に帯を締めよ。わたしはあなたに尋ねる。わたしに示せ。
38:4 わたしが地の基を定めたとき、あなたはどこにいたのか。分かっているなら、告げてみよ。

 主が天地を創造した時、あなたはそこにいたのか、いなかっただろうと主はヨブに言い、ヨブを叱りました。しかし叱りのことばでありながら、ここにはヨブへの主の愛が感じられます。宇宙スケールの神様に比べれば、ヨブはあまりにも小さな人間です。その小さなヨブに宇宙スケールの神様が個人的に声を掛けて下さることは大きな祝福であると思います。

独特の励まし方をする主

 きょうは39章の19節から25節までを交代で読みましょう。これも主からヨブへのことばです。

39:19 あなたが馬に力を与えるのか。その首にたてがみを付けるのか。
39:20 あなたはこれを、いなごのように飛び跳ねさせることができるのか。その威厳あるいななきは恐ろしい。
39:21 馬は谷間で、前かきをして力を喜び、武器に立ち向かって進んで行く。
39:22 恐怖をあざ笑って、ひるむことなく、剣の前から退くことはない。
39:23 矢筒はその上でうなり、槍と投げ槍はきらめく。
39:24 荒れ狂って、地を駆け回り、角笛の音に、じっとしてはいられない。
39:25 角笛が鳴るごとに、ヒヒーンといななき、遠くから戦いを嗅ぎつける。隊長の怒号、ときの声さえも。

 馬もまた主が造った動物です。主はヨブに、このような動物を自分で造ることができるかと問います。「あなたが馬に力を与えるのか」。馬は戦場で活躍していました。馬は素晴らしい能力を持っています。その能力もすべて主が与えたものです。おまえにそれができるかと主はヨブに言いました。
 サタンに打たれて苦しんでいたヨブは、神様がこの苦しみを自分に与えたと思って嘆き、主に泣き言を言っていました。そんなヨブに対する、この主の独特の励ましを、どう捉えたら良いでしょうか。そこで思い出すのが、先ほどの詩篇42篇の「おまえの神はどこにいるのか」という者たちのことです。これらの者たちは神の力などぜんぜん信じていませんでした。そういう者たちを主はどうするでしょうか。主は放っておくのではないかという気がします。相手にする価値はないでしょう。
 しかしヨブは違いました。ヨブは全知全能の神を心の底から信じていました。そのような者に主は個人的に語り掛けて下さいます。そして独特の方法で励まして下さいます。宇宙スケールの神様が小さな者に個人的に話し掛けて下さることは素晴らしい恵みです。

おわりに
 私たちも神様への信仰はゆるぎません。そして聖霊を受けています。神様は聖霊を通して私たちに個人的に話し掛けて下さり、私たちの一人一人を励まして下さいます。これは本当に素晴らしい恵みです。
 このことを覚え、感謝しながら、お祈りしたいと思います。
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ヨブの受難(2018.9.9 礼拝)

2018-09-09 17:41:08 | 礼拝メッセージ
2018年9月9日礼拝メッセージ
『ヨブの受難』
【ヨブ1:18~22】

はじめに
 きょうから何回か、ヨブ記を開くことにします。ヨブは耐え難い苦痛、それも精神的な苦痛と肉体的な苦痛の両方を受けました。その苦しみの中でヨブの信仰はどのようであったか、ヨブの言葉と友人たちの言葉を読みながら考え、そしてまたヨブの苦しみの声に対して神様がどのように応えられたのかを共に学んで行きたいと思います。

多くの災害にみまわれた日本
 今年、日本列島は本当に多くの自然災害にみまわれました。1月には草津白根山が噴火してスキー場で訓練中だった陸上自衛隊員が噴石の直撃を受けて死亡しました。2月には北陸地方で大雪が降り、国道で多くの車が何昼夜にも亘って立ち往生してしまったことが報じられていました。屋根の雪下ろし中の事故も多く起きました。
 6月には大阪で大きな地震があって小学校のブロック塀が倒壊し、登校して来た小学校4年生の女児が下敷きになって死亡したことは記憶に新しいところです。そして、その悲しみもまだ癒えない7月の初めに岡山・広島・愛媛等で豪雨による大災害が起きました。この7月と8月は各地で豪雨の被害、台風の被害が多発しました。そうして9月に入ってからは台風21号と北海道の大地震によって甚大な被害がありました。先週の9月2日の日曜日の時点では台風21号はまだ遥か南方にあって何の被害の報告もありませんでした。それが火曜日から水曜日に掛けて各地で強風による被害をもたらしました。私たちは車が強風によって横倒しになる映像をテレビやネットで見ました。また建物の屋根が飛ばされる様子や、街路樹や電柱がなぎ倒しになっている映像も見ました。関西空港が水没して高潮の被害がいかに恐ろしいものであるかも知りました。また同じ台風21号が東北・北海道にも強風の被害をもたらし、農作物などにも甚大な被害がありました。この台風被害は先週の火曜日と水曜日のことで、関西空港は再開の見通しが立っていませんでしたから木曜日はこのニュースで持ちきりになることが予想されました。しかし、その予想は裏切られて木曜日の朝の3時過ぎに北海道で大地震が起こり、この日のニュースは地震一色になり、台風21号の被害の続報は少ししか報じられませんでした。このように今年の日本は次から次へと災害にみまわれています。
 これらの災害に遭った被災地の方々は大変な苦しみの中にあります。そしてヨブ記のヨブもまた大変な苦しみを味わいました。また私たちの教会もまた大きな痛みを経験し、今も困難の中にありますから、今回ご一緒にヨブ記を味わうことで、とても大切なことを皆で学ぶことができるかもしれないと感じています。

財産をすべて失ったヨブ
 それではヨブ記の学びに入って行きます。ヨブ記の全体は42章から成る大変に長いものですが、その大半はヨブと彼の友人たちとの言葉のやり取りで占められています。このヨブと友人たちとの言葉のやり取りは、(読み方にもよりますが)3章から始まって37章まで続きます。そして38章から41章までは主のことばがあり、最後の42章には、苦しみから解放されたヨブのその後についてが、描かれています。
 きょうは1章と2章のヨブに災いが及ぶことになった顛末を学ぶことにします。しかし、ここで終わってしまうと、ヨブ記をまだ読んだことがない方にとっては得るものが少ないと思いますから、ヨブのその後のことについても簡単に触れるようにしたいと思います。
 1章1節から見て行きましょう。

1:1 ウツの地に、その名をヨブという人がいた。この人は誠実で直ぐな心を持ち、神を恐れて悪から遠ざかっていた。

 ヨブは誠実で直ぐな心を持ち、神を恐れて悪から遠ざかっていました。またヨブは七人の息子と三人の娘に恵まれ、羊やらくだ、牛などを多く持つ大変な有力者でした。そして、5節にあるようにヨブは息子たちのために全焼の捧げ物を、第3版では「全焼のいけにえ」となっていましたが、ささげていました。ヨブは、「もしかすると、息子たちが罪に陥って、心の中で神を呪ったかもしれない」と思ったからで、ヨブはいつもこのようにしていたということです。この「心の中で神を呪う」ことの罪は、一つの大きなポイントであろうと思います。
 さて、ある日、主の前にサタンがやって来ました。主はサタンに言いました。8節です、

「おまえは、わたしのしもべヨブに心を留めたか。彼のように、誠実で直ぐな心を持ち、神を恐れて悪から遠ざかっている者は、地上には一人もいない。」

 するとサタンは主に言いました。9節から11節です。

「ヨブは理由もなく神を恐れているのでしょうか。あなたが、彼の周り、彼の家の周り、そしてすべての財産の周りに、垣を巡らされたのではありませんか。あなたが彼の手のわざを祝福されたので、彼の家畜は地に増え広がっているのです。しかし、手を伸ばして、彼のすべての財産を打ってみてください。彼はきっと、面と向かってあなたを呪うに違いありません。」

 つまり、主がヨブを祝福しているから、ヨブは神を恐れて信仰を保っているのであって、もし彼から財産を奪ってしまえばヨブはきっと神を呪うだろうと、サタンは主に言っているわけです。
 すると主はサタンに言いました。

「では、彼の財産をすべておまえの手に任せる。ただし、彼自身には手を伸ばしてはならない。」

 主はサタンがヨブに災いを及ぼすことを許しました。それでサタンはヨブが飼っている家畜たちを彼から奪い、また焼き滅ぼし、挙句の果てには彼の息子たちと娘たちも殺してしまいました。
 どうして、こんなにひどい災いがヨブに及んだのか、主とサタンとのやり取りの場面を読んだ読者の私たちには事情が分かっています。しかし、ヨブには全然分かっていません。こんなにひどいことがあったら、神を呪ってもおかしくはないでしょう。しかし、ヨブは違いました。20節と21節、

1:20 このとき、ヨブは立ち上がって上着を引き裂き、頭を剃り、地にひれ伏して礼拝し、
1:21 そして言った。「私は裸で母の胎から出て来た。また裸でかしこに帰ろう。は与え、は取られる。の御名はほむべきかな。」

 ヨブは「私は裸で母の胎から出て来た。また裸でかしこに帰ろう」と言いました。何も持たずに生まれて来たのだから、最初の状態に戻っただけだというわけですね。
「主は与え、主は取られる」とヨブは言いましたから、これまでの財産のすべては主が与えて下さったという信仰にヨブは堅く立っていました。そして、何とヨブは「主の御名はほむべきかな」と主を褒め称えました。すごい信仰ですね。そして22節、

1:22 ヨブはこれらすべてのことにおいても、罪に陥ることなく、神に対して愚痴をこぼすようなことはしなかった。

 本当に素晴らしい信仰だと思います。さてしかし、ヨブの信仰が素晴らしいことは良いとしても、ヨブの信仰を試すために殺されてしまった息子や娘たちは、あまりにも気の毒ではないかという気にならないでしょうか。これは私の個人的な考えですが、主はこの息子たちと娘たちの死後の魂にしっかりと寄り添って下さっているだろうと思っています。そうでなければ、息子たちと娘たちはあまりにも気の毒です。しかし、これはヨブ記の本質とは関係ありませんから、この件については、以降は考えないことにします。

全身を腫れ物で打たれたヨブ
 次に2章を見ましょう。サタンが再び来て、主の前に立ちました。主はサタンに言いました。3節から見ます。

「おまえはわたしのしもべヨブに心を留めたか。彼のように、誠実で直ぐな心を持ち、神を恐れて悪から遠ざかっている者は、地上には一人もいない。彼はなお、自分の誠実さを堅く保っている。おまえは、わたしをそそのかして彼に敵対させ、理由もなく彼を吞み尽くそうとしたが。」

 するとサタンは主に言い返しました。5節、

「手を伸ばして、彼の骨と肉を打ってみてください。彼はきっと、面と向かってあなたを呪うに違いありません。」

 そこで主はサタンに言いました。6節、

「では、彼をおまえの手に任せる。ただ、彼のいのちには触れるな。」

 ここで主はサタンにヨブ自身を打つ許可を与えました。ただし命は取るなと言い添えました。そこでサタンは7節にあるようにヨブを足の裏から頭の頂まで、悪性の腫物で打ちました。ヨブの妻は言いました。

「あなたは、これでもなお、自分の誠実さを堅く保とうとしているのですか。神を呪って死になさい。」
 しかし、ヨブは妻に言いました。10節、

「あなたは、どこかの愚かな女が言うようなことを言っている。私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいも受けるべきではないか。」

 そしてヨブは「唇によって罪に陥ることはなかった」とヨブ記は書いています。サタンの予想は外れました。ヨブはなお、神を呪わずにいました。
 さて、そこに友人たちが訪ねて来ました。11節と12節、

2:11 さて、ヨブの三人の友が、ヨブに降りかかったこれらすべてのわざわいのことを聞き、それぞれ自分のところから訪ねて来た。すなわち、テマン人エリファズ、シュアハ人ビルダデ、ナアマ人ツォファルである。彼らはヨブに同情し、慰めようと、互いに打ち合わせて来た。
2:12 彼らは遠くから目を上げて彼を見たが、それがヨブであることが見分けられなかった。彼らは声をあげて泣き、それぞれ自分の上着を引き裂き、ちりを天に向かって投げ、自分の頭の上にまき散らした。

 ここからヨブの状態がいかに悪かったかということが良く分かると思います。続いて13節、

2:13 彼らは彼とともに七日七夜、地に座っていたが、だれも一言も彼に話しかけなかった。彼の痛みが非常に大きいのを見たからである。

 友人たちはヨブに掛けるべき言葉が思い浮かびませんでした。それほどヨブの状態は悪かったということです。

ヨブの嘆きは神への呪いではないのか
 きょうは、ここまでを確認しておいて、次回以降でヨブと友人たちとのやり取り、そして神の言葉を共に見ることにします。
 しかし、ここで終わってしまうとヨブは素晴らしい信仰の持ち主であった、というところで終わってしまうことになります。実はヨブ記はそんなに単純な書ではありません。この後からヨブは延々と嘆きの言葉をつぶやき続けます。これを、どう解釈したら良いかはなかなか難しいところだと思います。それゆえ、私はこれまでヨブ記からの説教を一度もしたことがありませんでした。「ヨブは素晴らしい信仰の持ち主ですから、私たちも皆、ヨブを見習いましょう」というのがヨブ記のメッセージだとしたら、私はとっくの昔にヨブ記からの説教をしていたことと思います。しかし、ヨブ記はそんなに単純ではありません。
 そこで、この問題にも簡単に触れておくことにします。
 3章を見ていただくとヨブはこんなことを言い始めました。1節から3節までをお読みします。

3:1 そのようなことがあった後、ヨブは口を開いて自分の生まれた日を呪った。
3:2 ヨブは言った。
3:3 私が生まれた日は滅び失せよ。「男の子が胎に宿った」と告げられたその夜も。

 苦しんでいたヨブは、自分は生まれて来ないほうが良かったと言って、自分の生まれた日を呪いました。さてしかし、自分の命は神様が与えて下さったものだということをヨブ自身もよく知っています(10:8)。すると、生まれた日を呪うことはヨブを造った神様を呪うことにならないでしょうか?この言葉はアウトではないか?そんな気がしないでもありません。一方、神様を直接呪ったわけではないのだから、これはセーフだという考え方もあると思います。そして、このヨブ記の結末を見るなら、どうやらこれはセーフのようです。これは、旧約聖書の時代の信仰について考える上で、とても興味深いことだと思います。
 ヨブ記からは脱線しますが、伝道者の書の伝道者は「空の空。すべては空。」(伝道者1:2)と言いました。これも考えようによっては命を与えて下さった神を批判しているようにも取ることができます。しかし、これも旧約聖書にあってはセーフのようです。或いはまた、少し前にご一緒に見た、詩篇22篇の詩人の言葉の「わが神 わが神 どうして私をお見捨てになったのですか。私を救わず遠く離れておられるのですか。私のうめきのことばにもかかわらず。」(詩篇22:1)は明らかに神様を直接的に批判しているように取れますね。しかし、これもセーフです。この詩篇22篇の詩人に比べれば、ヨブの「私が生まれた日は滅び失せよ」は、かわいいものなのかもしれません。

神に愛されていたヨブ
 このように嘆くヨブを神様は38章以降で叱り付けます。ヨブ記38章の1節と2節を交代で読みましょう。

38:1 は嵐の中からヨブに答えられた。
38:2 知識もなしに言い分を述べて、摂理を暗くするこの者はだれか。
38:3 さあ、あなたは勇士のように腰に帯を締めよ。わたしはあなたに尋ねる。わたしに示せ。
38:4 わたしが地の基を定めたとき、あなたはどこにいたのか。分かっているなら、告げてみよ。

 ここで主はヨブを叱っています。しかし、叱責に加えて神様がヨブを愛している様子もまた感じ取ることができます。主がヨブを愛しておられることは1章と2章からも十分に感じましたが、3章以降でヨブが延々と自分の境遇を嘆き続けたにも関わらず、主はなおヨブを愛していたと感じ取ることができます。
 ヨブがこんなにも神様から愛されたのは何故でしょうか。ヨブ記は不思議な魅力に溢れた書だと思います。これから何週間か、礼拝では共にヨブ記を学ぶことにして、どうしてヨブが神様からこんなに愛されたのかを探っていくことにしたいと思います。
 いま私が感じていることを少しだけ話すと、神様がヨブを愛し続けたのは、ヨブもまた神様を深く愛していたからではないかという気がします。ヨブの叫びからは、自分がこんなにも神様を愛しているのに、どうしてこんな目に遭うのかという悲痛な思いが伝わって来ます。ヨブは神様を恐れていただけではなくて、心を尽くし、いのちを尽くし、力を尽くして神様を愛していました。一方、ヨブの友人たちは神様を恐れてはいたものの、ヨブほどには神様を愛していなかった、そんな気がしています。

おわりに
 これからの学びでこれらのことを深めていくことができたらと思います。学びが祝されますよう、また被災地で苦しんでいる方々のために、お祈りいたしましょう。
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証しの小石を積み直す(2018.9.2 礼拝)

2018-09-04 09:10:19 | 礼拝メッセージ
2018年9月2日礼拝メッセージ(伝道メッセージ)
『証しの小石を積み直す』
【使徒22:3~11】

はじめに
 私たちの証しは信仰の証しだけではありません。うれしかったこと、悲しかったこと、恐ろしかったこと、苦労したことなどがあると、私たちはそれを人に話したり文章にして読んでもらったりします。これらは皆、私たちがこの世を生きていることの証しです。私たちの一人一人は皆、多くの証しを持っています。大人はもちろん、幼い子供でも物心が付けば証しを持っています。このように私たちは証しを残しながら、日々を生きています。

証しの山の頂点の見直し
 では私たちはこれらの証しを、時の流れの中でどのように残して来ているでしょうか。一つ一つの証しを小さな石、小石に例えるとしたら、皆さんはどのように証しの小石を残して来たでしょうか。大きく二つのタイプに分けてみるなら、一つは時の流れと共に直線的に小石を並べる残し方と、もう一つは小石を積み重ねて山を作って行く残し方とがあるかもしれません。そして、これら二つをミックスさせた残し方もあるでしょう。例えば幼い頃の山、学生時代の山、働くようになったり結婚したりしてからの山、などいくつかの山に分けて証しの小石を残して来た人もいるかもしれません。
 もし直線的に並べているとしたら、過去の証しは段々と遠ざかって行き、忘れ去ることになります。過去の出来事は今の自分とはあまり関係ないことになります。それはちょっと寂しい気がします。ですから私たちの多くは過去の自分の経験を積み上げながら、今に生かす形で山を築いて行っているのではないかと思います。しかし、しっかりと積み上げているつもりでも、私たちの人生は脆いものです。積み上げた小石の山がガラガラと崩れてしまうこともあるでしょう。それもまた寂しく、つらいものですね。しかし、そんな時こそ、もっと強固でしっかりした証しの山を築き直すための良いチャンスだと思います。今の私自身は、まさにそのような時期であると感じています。また、仮に証しの山がまだ崩れてはいないとしても、証しの小石の積み方を見直してみることは、これまでの自分を歩みを見つめ直し、自分が何のために今を生きているのかを改めて考えてみるための、良いきっかけになるのではないかと思います。
 皆さんがクリスチャンであってもなくても、次のことをお勧めしたいと思います。今までの自分の中で最も重要であると思われる証しを「一つ」選び出して、それが山の頂点になるように、証しの山の全体を積み直してみてはいかがでしょうか。今現在を生きている証しこそが最も重要であると考える人にとっては、山の頂点の小石は常に最新のものということになるでしょう。しかし、多くの人にとっては、過去の証しが最も重要な証しではないかと思います。それを頂点に持って来るのです。そうして今の証しはそれよりも下に積むようにします。実際に小石を積むわけではなくて、頭の中でする作業ですから、それは簡単にできます。このような積み方をするなら、自分が今を生きているのは、この重要な頂点の証しをするためなのだということに気付きます。

証しを積み直すことの効用
 なぜ、このような証しの小石の積み直しを勧めるのか、それは私自身も含めて日常生活で次々と起きる新しいことの中で、無駄に消耗している人が多いと感じるからです。物事が概ね自分の思い通りに進行している間は、次々に新しい局面が現れても前向きに対処して行くことができるでしょう。しかし、「こんな筈ではなかったのに、どうして?」という気持ちで日々を過ごさなければならなくなった時、私たちは変化に翻弄され、消耗してしまいます。そして、「自分は何のために今を生きているのか?」、という疑問すら持つようになり、今を生きる気力を失いそうになります。実際、私はそのような心境に陥りかけました。変化にいちいち対処することが嫌になり、無気力になりかけました。そんな時、自分の中には大切な証しがあることを思い出し、証しの小石の積み直しをしてみることにしました。そして、自分が今を生きながら次々と新しい証しの小石を残し続けているのは、それらを上に積み上げたり横に並べたりするためではなくて、頂点の重要な証しを、よりしっかりと支えるためなのだと気付きました。このことで私は再び気力を取り戻しました。
 敢えて恥をさらしますが、私には抜きがたい忸怩(じくじ)たる思いがあります。それは、これまでに私が専門を二度も変えているために一つの分野での実績の積み重ねが十分にないという忸怩たる思いです。過去の二つの専門においても大した実績を残していませんし、牧師になってからも十分な働きが出来ていません。そのことを情けなく思うこともしばしばで、ここからなかなか抜け出せないでいます。私だけでなく、誰でも形は違っても多少は過去に対する苦い思いを抱えていることでしょう。今回お勧めしている証しの小石の山を積み直すことは、ここから抜け出す意味でも、とても有効であると考えます。なぜなら頂点の証しより前の証しでも後の証しでも、またそれらが苦くて辛い証しであったとしても、すべては頂点の証しを下からしっかりと支える証しになり得るからです。
 また様々な理由から、自分にはつまらない証ししかないと思っている人もいるかもしれません。或いは、遠い昔には良い証しがあったけれど、今はそれとは無縁の暮らしをしていると思い込んでいる人もいるかもしれません。しかし、そんなことはない筈です。大切な証しを一つ選んで、それが頂点になるように小石の山を積み直すなら、誰でも立派な人生の証しを持っていることに気付くでしょう。たとえ一つ一つの証しは些細なものであったとしても、山全体で見れば、立派な証しになっています。ですから、証しの山を心の中に築き直すことを、ぜひお勧めしたいと思います。
 繰り返しますが、人は日々次々と起きる出来事に翻弄され、消耗してしまいがちです。すると、毎日がつまらないことの繰り返しだと感じるようになります。このように、人は「過去→現在→未来」の一方向に流れる「時間の流れ」に簡単に翻弄されてしまいます。しかし、時間の流れとは無関係に小石を積み直して(基礎部分に古い証しと新しい証しとが混じっていても全くかまいません)、時間に流されないどっしりとした証しの山を築くなら、心の中は平安で満たされます。この時間に流されない平安を味わうことができたなら、それまでの自分がいかに時間の流れの中で不安定な気分で過ごしていたかということに気付くでしょう。

山の頂点の証しの例
 山の頂点の証しは良かったこととは限りません。悪かったことでも頂点の証しになります。では、どのような証しが山の頂点になり得るのか、いくつかの例を示しながら、まずは一般論で考えてみたいと思います。
 最初の例として、災害の被災体験の証しを考えてみます。戦争被害については多くの人々が証言しています。空襲や原爆の凄惨な被害についての証言は、戦争は絶対に繰り返してはならないという意識を多くの方々と共有することにつながりますから、とても有益なものです。また地震や豪雨などの自然災害に関する証言も、同じ被害を繰り返さないように備えて行くことができますから、多くの人々の役に立ちます。
 これらの被災者の場合、多くは被害を受けた当日についての証しが山の頂点になるかもしれません。しかし、そうでない頂点の証しもあるでしょう。例えば原爆が投下される前の賑やかだった広島の繁華街について証言する人もいます。このことで、原爆被害の悲惨さが浮き彫りになりますから、これもまた大切な証しです。被爆後に何年も経ってから原爆症を発症した人もいます。この原爆症の闘病の証しが山の頂点という人もいるでしょう。また、被爆体験を決して人に話すことなく、何十年も経ってから語り始めて、語り部になった方々もいます。その語り部になるまでの心の葛藤もまた、山の頂点の証しになり得るでしょう。同じ広島の被爆者であっても、どの時点を山の頂点に選ぶかは、それぞれ異なることでしょう。
 一年ほど前に105歳で亡くなられた日野原重明さんは、59歳で遭遇した「よど号ハイジャック事件」のことを様々な媒体で証ししています。日本赤軍に乗っ取られた飛行機の中で日野原さんは、もし機内で銃撃戦になったら死ぬかもしれないと思ったそうです。そして、無事に解放された時に感謝の念と共に、「これからの人生は与えられたものだ。誰かのために使うべきだ」と思ったということです(引用:PRESIDENT Online https://president.jp/articles/-/9320 より)。この経験を日野原さんは繰り返し語り、それまでとは異なる人生を歩みましたから、これが日野原さんにとっての証しの山の頂点と言えるのではないかと思います(日野原さんご本人は違うとおっしゃるかもしれませんが)。
 新約聖書の例に目を転じると、例えばパウロの証しの山の頂点はダマスコ途上でイエスと出会った出来事であると言えるでしょう。使徒の働きにはパウロ自身による証言の言葉が載っています。以下に一部を引用します。イエスと出会った時のパウロはまだサウロという名前でした。

「私が道を進んで、真昼ごろダマスコの近くまで来たとき、突然、天からのまばゆい光が私の周りを照らしました。私は地に倒れ、私に語りかける声を聞きました。『サウロ、サウロ、どうしてわたしを迫害するのか。』私が答えて、『主よ、あなたはどなたですか』と言うと、その方は私に言われました。『わたしは、あなたが迫害しているナザレのイエスである。』」(使徒22:6-8)

 それまでユダヤ教に熱心なあまりにキリスト教徒を激しく迫害していたサウロは、この出来事の後、一転して今度は人々にキリストの教えを熱心に説く者になりました。パウロはこの出来事の証しをいろいろな機会にしています。
 日野原さんやパウロの例から分かることは、人の人生は本人が全く予期していなかった一つの出来事によって大きく変わることがある、ということです。このような、全く予期していなかったことに遭遇した出来事は、頂点の証しとして、とてもふさわしいだろうと思います。何を頂点に選ぶかは各自が自由に選べば良いことですが、予期していなかったことに遭遇した経験に思いを巡らしてみることは、とても有益ではないかと思います。自分の人生は自分でコントロールできるものではなく、孫悟空が釈迦の手の中で動き回っていたように、自分よりも遥かに大きな存在の中で生かされているのかもしれない、ということに思いを馳せてみることもまた、時には良いことではないかと思います。この大きな存在は、競走馬のように前だけを向いてがむしゃらに前進している時には見えにくいものです。それまでの自分の人生の歩みを振り返って証しの小石の山を積み直してみるなら、いつも大きな存在が自分に伴っていたことが見えて来るかもしれません。

1985年の出来事
 さて私自身の証しの山の頂点は、1985年の25歳の時の出来事だろうと考えています。この年に私は茨城県で開催されていた、つくば科学博の国連平和館で一つのタイルを購入しました。



 このタイルは『平和のキャラバン』(平山郁夫・作)という日本画を大きく拡大して約8万ピースに区分けしたものの一つで、購入者の名前が刻まれて嵌め込むようになっていました。そして科学博の期間終了後に広島市に寄贈されて平和記念資料館のロビーに設置されました。このタイル購入の出来事は、1985年の私にとってそれほど重要なことであるという認識はありませんでした。しかし歳月が流れるに従って次第に重みを増し、今では私にとっての証しの山の頂点に位置すると考えるに至っています。以下に、このことを少し細かく振り返ってみたいと思います。
 33年前の1985年の当時、私は北大大学院の博士課程の1年生でした。金属の照射損傷の研究をしており、茨城県の大洗町にある原子力研究所(当時)の敷地内にある東北大学金属材料研究所の実験施設で、核融合中性子照射した金属の内部ではどのような物理的な変化がもたらされるのかについての研究をしていました。核融合中性子はアメリカのローレンス・リバモア国立研究所の回転ターゲット核融合中性子源RTNS-IIを使って照射されました。日本で試料をパッキングしてアメリカに送り、照射後は、この大洗の実験施設に試料が返送されて来ていました。私たちは、この大洗で照射した試料の強度(引張り強さ)の測定や透過型電子顕微鏡による内部構造の観察をしていました。このことのために概ね月に1回、1週間の日程で札幌から大洗まで頻繁に通っていました。また、この1985年当時の大洗では軽水炉のJMTR(材料試験炉)と高速炉のJOYO(常陽)による核分裂中性子照射の実験も始まっていたと記憶しています。
 さて、つくば科学博には、ちょうど大洗で実験をしていた時に行きました。確か、この時は1週間ではなく2週間の日程で大洗に滞在していました。科学博は札幌からはなかなか行けませんが、せっかく近くにいるからということで、実験中でしたが1日休みをもらって科学博の会場を訪れました。どの展示館を訪れたのか、国連平和館以外の展示館のことは何も覚えていません。それだけ、この国連平和館での出来事が私にとっては強い思い出になっています。
 どうして当時の私が国連平和館に強い関心を抱いたのか、それは私の研究が原子力施設を利用していたことと関係していると思います。原子力は使い方を誤れば核兵器の製造につながります。また原子力関係の施設で働いている人々は放射線の被曝を免れません。研究自体は面白かったですが、これらのことが、どうしても気になっていたと思います。また、『プルトニウムの恐怖』(高木仁三郎・著、岩波新書 1981)という本を読んで核燃料サイクルや高速増殖炉が持つ危険性にも懸念を感じていましたから、自分の研究が高速増殖炉開発のための実験炉であったJOYOを利用していることにもスッキリしない気持ちを抱いていました。スッキリしなくても、大学院まで進んだら専門を変更することは簡単にはできません。本当はスッキリした気持ちで思い切り研究に没頭したいと願っていましたが、そうではありませんでした。
 そのような頃に科学博の国連平和館を訪れたので、『平和のキャラバン』のタイル画が広島の平和記念資料館に移設されることになっていることに魅力を感じたのではないかと思います。私は前年の1984年の秋に広島の平和記念資料館を訪れていましたから、知っている資料館に移設されることは大きな魅力と感じたと思います。

1995年~2005年の出来事
 さて1985年から1995年までの10年間は、実に様々なことがありました。北大の博士課程を修了した後、1988年に私はアメリカのオークリッジ国立研究所へポスト・ドクター研究員として研究留学しました。ここは戦時中に濃縮ウランを製造して広島に投下した原爆の作製に寄与した研究所です。私はこのアメリカの原子力施設で研究生活を送りました。そして1年間の研究留学を経て私は帰国し、◇大学工学部の原子核工学科(当時)で助手として働き始めました。結局私は原子力から離れることができなかったのです。そして札幌から大洗に頻繁に通ったのと同様に、◇から大洗へも通いました。また、◇には放射性物質を扱うことができる施設がありましたから、大洗から◇まで中性子照射した試料を運び、◇でも実験を行いました。このことで大洗に行く頻度は減りました。以前ほどは茨城県に行かなくなったことで、つくば科学万博に行った1985年のことも次第に忘れていったように思います。
 そんな私でしたが1993年の9月に◇大学を退職しました。辞めた理由は色々ありますが、原子力に携わっていることに私自身がモヤモヤ感をずっと抱えていたことも大きな要因の一つであったことは確かだと思います。
 ◇大学を辞めた私は1993年の10月に札幌に引っ越して、日本語教師になるための勉強を開始しました。そして1995年の3月に○大の留学生センターの日本語教育部門(当時)の教員に採用されました。その○大の教員になったばかりの1995年の秋に研究会が広島で開催されたので、私は1984年以来11年ぶりで平和記念資料館を訪れました。これが私にとって二度目の平和記念資料館でした。ここで私は、「平和のキャラバン」のタイル画の完成形を初めて見ました。10年前の1985年の国連平和館では、このタイル画はまだ部分的にしか出来ていなかったからです。そして、自分の名前が刻まれたタイルがこの中のどこかにあることを思い出して、そのタイルを探しました。なかなか見つかりませんでしたが、30分以上探し続けて、ようやく自分のタイルを見つけることができました。
 この1995年の広島での記憶は、ただただ自分のタイルが見つかってうれしかったということだけです。原爆被害の展示について、この日の私が何を感じたのかはぜんぜん覚えていません。訪問が1984年に続いて2度目だったのが理由かもしれませんし、原子力の現場から離れて安堵し、核兵器への意識が薄れていたからかもしれません。そして私はこの後、2005年まで一度も平和公園を訪れませんでした。1995年から2005年までの10年間に様々な用事で広島には10回以上行っていたにも関わらず、です。ということは1995年の段階では、自分のタイルが常にここにあることに関して、それほどの重みは感じていなかったということです。うれしかったけれども自分が平和のために働くべきとは考えていませんでした。

2005年の広島訪問とその後
 そして2005年の夏、私は10年ぶりで広島の平和記念資料館を訪れました。これが私の三度目の資料館への訪問でした。この日、私は資料館の原爆被害の展示に、大きな衝撃を受けました。これが1995年の二度目の訪問の時との大きな違いでした。この10年間で私の意識は大きく変わっていたのでした。
 一つの大きな要因は、私が1999年から○大の留学生センターで日韓プログラムを担当することになっていたことです。この日韓プログラムは毎年韓国人学生100名を国立大学の理工系の学部に国費留学生として迎え入れるというものです。それで○大でも毎年5名程度の高校を卒業したばかりの若い韓国人学生を受け入れることになり、私がこのプログラムの担当者になりました。今でもそうですが、韓国には兵役があり、十代の若い男子留学生は皆、いつかはこの兵役に就かなければならないという悩みを抱えていました。また、大学院生として在学していた二十代後半以上の韓国人留学生たちは既に兵役を経験していましたから、彼らからその話を聞くことができました。彼らとの交流を通じて、私平和の問題を考えるようになって行ったのだと思います。また、この頃からよく観るようになった韓国映画によっても、韓国が北朝鮮と緊張関係にあることが伝わって来ました。さらに『チルソクの夏』という日韓の高校生の交流を描いた日本映画の中でも戒厳令下の韓国が描かれていて、平和な日本との違いを考えさせられました。
 そして2001年には9.11の同時多発テロがありました。この後アメリカはアフガニスタンとイラクで戦争を始めました。私がキリスト教会に導かれて通うようになったのは、この2001年です。教会で私は祈ることを覚え、やがて平和のために祈るようにもなりました。教会に導かれたことで私は心の平安を得ていましたから、その平安とはまったく正反対の戦争の悲惨さをより一層強く感じるようになったのだと思います。
 そうして洗礼を受けてクリスチャンとしての歩みを始めて1年あまりが過ぎた2003年の春に、戦争中のイラクで日本人三人が拉致されて人質になるという事件が起きました。この時、自衛隊のイラク派遣が始まっていて、犯人グループは自衛隊が72時間以内にイラクから撤退しなければ人質の三人を殺害するという声明を発表しました。この三人の内の一人の高遠菜穂子さんはよく知っている人でした。札幌で日本語教師になるための学校に半年間通っていた時、同じ教室で学んでいた仲間でした。それで私は人質救出を願う首相官邸前の集会にも二日連続で参加し、知人にも参加を呼び掛けました。そして期限の72時間が迫る中、これまでこんなに祈ったことはないというほど一生懸命に祈りました。結局、日本政府は自衛隊を撤退させることをしませんでしたが、幸いにも人質は解放されました。しかし、この三人は帰国した時にひどいバッシングを受けましたから、私はとても心を痛めました。このイラク戦争の時の人質事件で私の平和への関心は一層強まったと思います。
 ですから2005年に広島の平和記念資料館で強い衝撃を受けたのは、私が戦争を以前よりもずっと身近に感じるようになったからではないかと思います。また、この頃から私は映画にエキストラとして参加するようになりました。初めてエキストラとして参加したのは『出口のない海』という映画で、これは特攻兵器の人間魚雷「回天」の搭乗員の物語でした。戦争の時代を描いた映画にエキストラとして参加したことが、私の平和の問題への関心をより一層強めたことは間違いないと思います。そういう中で私は広島の平和公園に行く度に「私を平和のために用いて下さい」と神様に祈るようになりました。そして平和記念資料館のロビーには常に自分の名を刻んだタイルがあることを、とても重く受け留めるようになりました。
 これらのことがあって私は2008年に○大の留学生センターを辞めて神学校に入り、牧師になるための勉強を始めました。そして夏期実習で姫路教会に滞在していた2010年の夏にも広島に行き、平和記念資料館で自分の名前が刻んであるタイルを確認しました。この日、私は自分のタイルが左右の中心にあることに気付きました。どういうわけか、それまでは自分のタイルが左右の中心にあることに全く気付いていませんでした。そうして、この日以降、平和記念資料館の中にある自分のタイルの存在は、私にとってますます重要なものになりました。
 このように、広島にある私のタイルは、時を経るに従って私の中でどんどん重要度が増して来ました。そして今ではこのタイルを購入した1985年の出来事が私の最も重要な証しであると考えるに至っています。1985年のこの日に、私は神様から「将来は平和のために働くように」と役割を与えられたと感じています。実際はずっとそれ以前から、もしかしたら母の胎の中にいる頃から、この役割に向かってずっと導かれて来たのかもしれません。それが、この1985年に確定したのではないかと感じています。そして1985年以降は、このことを証しするために日々を生きているのだと思います。教会に導かれたことも、心に平安が与えられましたから、それによって戦争の悲惨さをより強く感じるためではないかという気がします。そして牧師になるように導かれたのも、聖書をより深く学んで、自分だけでなくもっと多くの人々が心の平安を得て、世界が平和に向かって行くように働くためだと思います。このようにして私は1985年の以前からも後からも神様に導かれながら今日を生きています。私はこのことに最近になってようやく気付きました。気付くことができたのは、証しの小石を積み直したからです。

時間の流れから離れると得られる平安
 この証しを通して私は多くの方々に、「過去→現在→未来」という時間の一方通行の流れの束縛から脱却して心の平安を得ていただきたいと願っています。この時間の流れに囚われていると、日々次々と起きる新しい出来事の中で疲弊し、消耗してしまいます。しかし、自分のこれまでの歩みを振り返り、証しの小石の山を積み直すなら、ただ単純に「過去→現在→未来」という時間の流れの中で生きるだけが人生ではないということに気付くでしょう。
 この時間の流れから離れて自分を振り返ることは、実は神様との交わりの中に入れていただくことにも通じます。なぜなら神様は「過去→現在→未来」という時間の中にはいないからです。私たち人間はこの時間の流れに強く縛られていますが、神様は縛られていません。私たちは日々老いて行きますから、肉体は時間の流れから逃れることはできません。しかし、心は逃れることができ、心の平安が得られます。ですから、ぜひ多くの方々に、証しの小石の山を積み直すことを、お勧めしたいと思います。
 ただし若い人の場合はまだ、証しの頂点と言えるものはないかもしれません。それでも、いったんこれまでの歩みを振り返り、「過去→現在→未来」の流れから離れるなら、自分を包む大きな存在に気付くことができるかもしれません。そのことで心の平安を得ることができます。ですから、若い人であっても証しの小石を積み直すことを大いに勧めたいと思います。

おわりに
 私にとっての1985年の出来事は、今を生きれば生きるほど、どんどん重要度が増しています。私はパウロもまた、神様のために働けば働くほど、かつてダマスコ途上でイエス・キリストと出会ったことの重要度が自分の中で増して行ったのだろうと思います。先ほどは使徒の働き22章を引用しましたが、26章にもまた、パウロは同じ証しをしています。使徒の働きにはパウロがローマでしばらく過ごした後でどうなったかがのかが書かれていません。それはパウロの証しの山の頂点がダマスコ途上の出来事であり、パウロの最期がどうなったかが頂点ではないから、なのかもしれません。私自身が証しの小石の山を積み直して、そんな風にも考えるようになりました。
 このように、この積み直しの作業によって私は多くのものを得ることができました。ですから私はぜひ多くの方々に、ご自身の証しの小石を積み直してみることをお勧めしたいと思います。そして自分は何を証しするために今を生きているのかを、もう一度確かめ直してみてはいかがでしょうか。
 お祈りいたしましょう。

22:7 私は地に倒れ、私に語りかける声を聞きました。『サウロ、サウロ、どうしてわたしを迫害するのか。』
22:8 私が答えて、『主よ、あなたはどなたですか』と言うと、その方は私に言われました。『わたしは、あなたが迫害しているナザレのイエスである。』
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平和の引力(2018.8.19 礼拝)

2018-08-20 15:25:14 | 礼拝メッセージ
2018年8月19日礼拝メッセージ
『平和の引力』

【詩篇122篇】
1 「さあの家に行こう。」人々が私にそう言ったとき私は喜んだ。
2 エルサレムよ 私たちの足はあなたの門の内に立っている。
3 エルサレム それは一つによくまとまった都として建てられている。
4 そこには多くの部族 の部族が上って来る。イスラエルである証しとしての御名に感謝するために。
5 そこにはさばきの座ダビデの家の王座があるからだ。
6 エルサレムの平和のために祈れ。「あなたを愛する人々が安らかであるように。
7 あなたの城壁の内に平和があるように。あなたの宮殿の内が平穏であるように。」
8 私の兄弟 友のために さあ私は言おう。「あなたのうちに平和があるように。」
9 私たちの神 の家のために 私はあなたの幸いを祈り求めよう。

はじめに
 先週の水曜日は祈り会を1回休みにして夏休みをいただきましたから、8月の14、15、16日の三日間、私は広島へ行って来ました。
 三週間前の礼拝メッセージで開いた詩篇42篇では、詩人はエルサレムへ行くことを渇望していました。そして私は広島へ行くことを渇望していたのですね。42篇の1節には、こうあります。

1 鹿が谷川の流れを慕いあえぐように
 神よ 私のたましいはあなたを慕いあえぎます。

 詩篇42篇の詩人はエルサレムの神殿に行って神を礼拝することを渇望していました。そして私は広島の平和公園に行って平和のために祈ることを渇望していました。
 しかし、神を礼拝することはエルサレムの神殿に行かなくてもできるでしょう。正式な礼拝ではないにせよ、エルサレム以外のどこにいても心を神に向けることはできます。でも、それでは満ち足りないものを詩篇42篇の詩人は感じていたのですね。同様に、平和のために祈ることは広島に行かなくてもできることです。沼津にいても平和のために祈ることはできますし、実際私はそうしています。

エルサレムへ、広島へ、続々と集まる人々
 そういうわけで私は今年の広島行きは秋の涼しくなってからにしようと思っていました。夏の広島は沼津に比べてずっと暑いです。ですから今年の夏はどこか別の所に行こうと思っていました。ところが8/6にテレビで広島の様子を見ていて、無性に広島に行きたくなりました。それで、暑くても良いから行こうと思い、宿泊の予約を入れました。そうして宿の予約を済ませた時、私は喜びを感じました。詩篇122篇の詩人のようです。122篇の1節、

1 「さあの家に行こう。」人々が私にそう言ったとき私は喜んだ。

 祭りの時には、イスラエルの多くの人々が各地からエルサレムの都に上って来ます。4節、

4 そこには多くの部族 の部族が上って来る。イスラエルである証しとしての御名に感謝するために。

 そうして詩人は祈りへと誘います。6節、

6 エルサレムの平和のために祈れ。「あなたを愛する人々が安らかであるように。」

 広島にもまた、多くの人々が世界中から続々と集まって来ます。そうして原爆ドームを見上げて原爆が投下された当時に思いを馳せ、慰霊碑の前で平和のために祈ります。さらに、平和記念資料館に入って原子爆弾がいかに邪悪な兵器であるかを知り、そして核兵器削減と廃絶のために、どのような取り組みが為されて来ているのかを学びます。この学びは自分で平和公園内の施設を見て歩いたり、資料館の展示物を見て回ったりすることでもできますが、ガイドの方に説明してもらうと、もっと深く学ぶことができます。平和公園では被爆体験を持つ語り部、語り部の被爆体験の証しを継承する伝承者、施設や展示物の説明をするピースボランティアの方々など、多くの地元の方々が平和のために働いています。これらの地元の方々もまた平和公園に引き寄せられた人々だと言えるでしょう。

平和の引力
 今回、広島に行くに当たり、私の心の中では旧約の時代の人々が続々とエルサレムに上って行く姿と、現代の世界中の人々が広島に続々と集まって来る姿がオーバーラップしていました。このオーバーラップから何か大切なことが学べるような気がして、それに期待して広島に向かいました。私自身もそうなのですが、広島へは日本中・世界中から人々が引き寄せられて来ます。そして地元の方々も平和の働きのために引き寄せられます。人はどうして広島の平和公園に引き寄せられるのか、このことを思い巡らしたくて、今回、私は平和公園のベンチに座って、ここに集って来る人々を見ていました。
 そうして思ったことが、きょうのメッセージのタイトルにした「平和の引力」のことです。どうやら平和には引力があるようです。この広島の平和公園には確かに平和があります。73年前には凄まじい被害があった場所ですが、今は公園内はきれいに整備されています。そうして世界から、日本各地から、そして地元からも人々が続々と集まって来ます。このように平和を願う人々が多く集うことで、引力が強まっているように感じます。この強まった引力がますます平和を求める人々を引き寄せ、平和公園の「平和の引力」はどんどん強まって行きます。惑星ができる時、物質が集まれば集まるほど重力も増して、それがまた多くの物質を引き寄せるのに似ています。
 平和公園に集まって来る人々を見ていると、人には本来的に平和を求める心が備えられていて、平和がある所に引き寄せられて行くように見えます。それは心の深い所にありますから、魂の中に平和を求める思いが備えられていると言っても良いかもしれません。そして詩篇にあるように、旧約の時代のイスラエルの人々がエルサレムに引き寄せられて行ったこととも、それは重なります。きょうは、このことを、もう少し掘り下げてみたいと思います。そうして教会のことについても考えてみることができたらと願っています。73年前の終戦の時からしばらくの間、人々は続々と教会に押し寄せたということです。それは人々が魂の平安を求めて、続々と教会に集まったということではないかと思います。戦時の過酷な体験を経て、真の平安を多くの人々が求めていたのではないかと思います。この教会のことについても、思いを巡らすことができたらと思います。

重力に似ている「平和の引力」
 さて今回、「平和の引力」というように「引力」という言葉を使ったのは、先ほども少し触れましたが平和が人を引き寄せる力が、太陽や惑星などの天体の間に働く重力にとても良く似ていると思ったからです。と言っても、ここであまり天体や物理の重力の話を多くすると皆さんも戸惑うと思いますから気を付けたいと思います。しかし天体の話が少し出て来ることは、ご容赦願いたいと思います。
 きょうはこれから、日本から遠く離れた国からも世界の平和を願う人々を引き付ける力を持っている広島のことを太陽と御父に例えたいと思います。そして、魂の平安を願う地域の人々を引き付ける力を持っている教会のことを地球と御子イエス・キリストに例えたいと思います。
 太陽は巨大ですから、太陽から遠く離れた地球や木星、土星などにも重力が及びます。ですからこれらの星は太陽に引き寄せられています。引き寄せられているのに地球が太陽に吸い込まれないのは、地球が太陽の周りを回っているからです。もし太陽の周りを回っていなかったら地球も木星も土星も皆、太陽に吸い込まれてしまいます。遠く離れた木星や土星、さらには天王星や海王星にも太陽の重力は及ぶのですから、すごいことだと思います。そして私たちは地球の重力圏の中でも生活しています。私たちは太陽の周りを回りながら、地球上で生活しています。つまり太陽と地球の重力圏の両方の中で生活しています。同じように広島やエルサレムは遠く離れた場所にいる人たちを引き付けています。そして教会は近隣の人々を引き付けています。つまり私たちは広島やエルサレムの「平和の引力」と、教会の「平和の引力」の両方の中で生活しています。

集う人が少ない教会
 さて太陽に例えた広島には現代においても人々が続々と集まって来ています。これは私が広島で毎年実際に見ていることですから、確かなことです。一方、地球に例えた地域の教会にはそんなに人が集ってはいないようです。たくさんの人々が集っている教会もありますが、多くの教会、特に地方の教会は人が減っている悩みを抱えていると思います。広島に集う人は大勢いる一方で、教会に集う人は少ないと感じます。どうもバランスが悪いように思います。同じように「平和の引力」が働いている筈なのに、教会の「平和の引力」はあまり働いていないのでしょうか。
 それは何故なのでしょうか。世界の平和を願う思いも、個人や家庭の平安を願う思いも、どちらも同じではないでしょうか。世界と個人では規模はまるで違いますが、平和を願う思いの根は同じではないかと私は考えます。このことを御子イエス・キリストを地球に、天の御父を太陽に例えて、さらに考えてみたいと思います。
 先ほども言ったように私たちは地球の重力圏の中で生活していると同時に、太陽の重力圏の中でも生活しています。同様に私たちは御子イエス・キリストの愛の中で生活していますが、同時に天の御父の愛の中でも生きています。この御子と御父の愛を感じさせてくれるのが聖霊です。私たちは聖霊の働きによって御子と御父の両方の愛を感じながら生きています。祈る時も、最初に天の御父に呼び掛け、最後に御子イエス・キリストの名によって祈ります。
 さてしかし、一般の人々の教会に対するイメージは専らイエスに偏っているのではないかと思います。しかも教会に導かれる前の私の経験から言うと、日本人はイエスにそんなには親しみを感じていません。クリスマスの赤ちゃんのイエスには親しみを感じるかもしれませんが、大人のイエスには興味のない人が大半だろうと思います。すると人々が教会に向かわないのは当然ということになります。しかし実際の多くの教会ではイエスだけでなく御父(と聖霊)についても語ります。教会に対する一般のイメージは、教会ではイエスだけが語られるというものですが、実際は御父・御子・聖霊が語られます。このギャップを埋めることができていないという気がします。
 平和公園にはイスラム圏の外国人もたくさん集っています。このような方々は正に御父の「平和の引力」に引き寄せられているのだと思います。私はもっと多くの日本の方々に御父のことを知っていただきたいと思います。それには、教会ではイエスだけが語られるというイメージを払拭する必要を感じます。このことが、今回の広島訪問で得られた収穫のように感じています。

御父についても知ることができる教会
 ここで私の大好きなエペソ人への手紙3章の14節から21節までをご一緒に読みたいと思います(新約聖書p.387)。このスケールの大きなキリストの愛が語られる箇所で注目したいのは、パウロも御父と御子と御霊(聖霊)に言及していて、御子イエスだけに言及しているのではないということです。エペソ3章の14節から21節までを交代で読みましょう。

14 こういうわけで、私は膝をかがめて、
15 天と地にあるすべての家族の、「家族」という呼び名の元である御父の前に祈ります。
16 どうか御父が、その栄光の豊かさにしたがって、内なる人に働く御霊により、力をもってあなたがたを強めてくださいますように。
17 信仰によって、あなたがたの心のうちにキリストを住まわせてくださいますように。そして、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、
18 すべての聖徒たちとともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、
19 人知をはるかに超えたキリストの愛を知ることができますように。そのようにして、神の満ちあふれる豊かさにまで、あなたがたが満たされますように。
20 どうか、私たちのうちに働く御力によって、私たちが願うところ、思うところのすべてをはるかに超えて行うことのできる方に、
21 教会において、またキリスト・イエスにあって、栄光が、世々限りなく、とこしえまでもありますように。アーメン。

 重力の例えが皆さんに分かりやすいかどうか分かりませんが、私たちは地球の重力圏の中で生活していると同時に、太陽の重力圏の中にもいます。この例えを使えば、私たちは御子イエス・キリストの愛の中にいると同時に天の御父の愛の中にもいます。そして聖霊の働きで私たちはこの御父と御子の愛を感じることができます。そうして心の平安を求めて教会に集う私たちは御子イエスの「平和の引力」に引き寄せられています。また、世界の平和を求めて広島に集う人々は天の御父の「平和の引力」に引き寄せられています。ただし現代においては個人の心にそれなりの平安をもたらすものは、たくさん存在します。もちろん真の平安は御子によってもたらされます。それでも御子でなくても平安がそれなりに得られるのなら、人は教会には向かわない、そのようなことになっているのかもしれません。
 一方、世界の平和のような大きな問題の解決には、大きな存在が必要とされていると、現代においても多くの人々が無意識に感じているのではないかという気がします。教会では、この大きな存在である御父のことを知ることができます。それなのに教会ではイエスのことしか語られないというイメージがあるために大きな存在について知りたい人が教会を訪れることはなく、御父のことはほとんど知られていません。ノアの洪水やエジプト脱出の物語を通じて多少は知られているかもしれませんが、単なる作り話だと思われているだけでしょう。ですから私は多くの方々に教会に来ていただいて、御父のことをもっと深く知っていただきたいと思います。

おわりに
 広島の平和公園には、きょうも世界中から多くの人々が続々と集っていることでしょう。神様がお造りになった人間の心には、平和を求める思いがもともと備わっています。ですから、教会に集う人が少なくなっていることをあまり悲観する必要はないと思います。どうしたら平和を求める人の心の琴線に触れることができるかは、人によっても異なります。御子イエスについてはもちろんですが、教会は御父についても(さらには聖霊についても)深く知ることができる場であることをアピールしつつ、いろいろと考えながら、地域の方々の心に平安が与えられるよう、働いて行きたいと思います。
 お祈りいたしましょう。
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戦災証言継承のための四福音書からの学び(2018.8.12 礼拝)

2018-08-13 09:21:16 | 礼拝メッセージ
2018年8月12日礼拝メッセージ
『戦災証言継承のための四福音書からの学び』
【マルコ1:1~3、マタイ1:1、ルカ2:28~32他】

はじめに
 戦争と平和を考える8月、今年新たに考え始めていることがあります。それは空襲や原爆などの戦災の証言をこれからも長い間に亘って継承して行くためには、四つの福音書のすべてから学ぶべきであろうということです。今までも私はヨハネの福音書からは多く学べると考えて来ました。しかし、ヨハネだけではなく新約聖書には四つの福音書があります。それぞれに特徴がある四つの福音書があることで、途中のどこかの時代で途切れてしまうということなく、約二千年後の現代まで継承されて来たのではないかと考えるようになりました。

意識されていた筈の証言の継承
 マタイ・マルコ・ルカの福音書がいつごろ執筆されたのかの執筆年代については、定説というものはありません。しかし、概ね紀元60年代から70年代に掛けて、まずマルコ、次にマタイまたはルカが書かれたと考える学者が多いようです。そしてヨハネの福音書は90年代に書かれたと多くの聖書学者は考えています。イエスの十字架が紀元30年頃ですから、マルコ・マタイ・ルカの福音書が書かれたのは十字架からだいたい30年後から50年後に掛けてということになります。当時の人々の寿命は、現代人よりもずっと短かったでしょうから、これらマルコ・マタイ・ルカの福音書が書かれたのは、イエスと直接の交わりを持った人々が、どんどんこの世を去って行っている頃だと言えるでしょう。そしてヨハネの福音書に至っては、もう最後の最後の頃であり、生き残っている人はほとんどいない頃ということになるでしょう。ですから、これらの福音書が書かれた背景には、イエスさまとの交流の体験者がいなくなった後にも、証言を継承して行かなければならないということが、当然意識されていたことと思います。
 二千年にも亘ってイエスに関する証言が継承され続けて来たのは、結果から見ると四つの異なる福音書が正典として大切にされて来たからではないかという気がします。正典の福音書が一つか二つだったら、果たして継承されて来たでしょうか。マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネの四つの福音書は、よく見ると時間の流れ方がそれぞれ違います。この異なる時間の組み合わせが長い期間に亘って継承されるために功を奏したのではないかという気がしています。きょうは、このことの概略を話しつつ、戦災体験の証言への応用についても考えることのきっかけになれば幸いだと思います。

マルコ:イエスの宣教活動の記述に集中
 さて、いま四つの福音書の時間の流れ方がそれぞれ異なると今言いましたが、まず簡単に四つの福音書の時間の違いを述べてから、その後で戦災証言との関係について話すことにします。
 最も単純なマルコの福音書から始めます。先ほど聖書朗読で司会者に読んでいただいたように、マルコの福音書は1章1節の、

1:1 神の子、イエス・キリストの福音のはじめ。

で始まって、専らイエスさまの宣教活動について記述しています。マタイとルカのようなイエスさまの生誕の物語をマルコは書いていません。また、1章の2節と3節にイザヤ書からの引用もありますが、マルコはマタイに比べると旧約聖書の引用は少ないです。旧約の時代に活動した「預言者」に言及することも、マルコはマタイに比べてずっと少ないという特徴があります。このようにマルコの福音書はイエスさまの地上生涯の記述に集中しています。
 このマルコの福音書のイエスさまに関する証言を広島の被爆証言に例えるなら、専ら8月6日の出来事だけを語っているということになるでしょう。8月6日の広島は、午前8時15分に原爆が投下されるまではいつもの市民の生活がそこにありました。マルコの福音書で言えば、イエスさまがエルサレムで逮捕されるまでです。そしてその後で、イエスの受難の場面になります。広島で言えば原爆が炸裂して多くの人々が亡くなり、また激しい苦しみを受けることになったことに相当します。マルコの福音書は短い期間だけにスポットを当てていますが、これはこれで大変に重要なことです。なぜなら、マタイとルカはもっと長い期間のことを書いていますが、その中でも特に重要なのはマルコと重なる期間であることをマルコの福音書は教えてくれているからです。

マタイ:過去→未来の時間順の記述
 次にマタイの福音書に移ります。マタイの福音書は系図から始まりますね。創世記のアブラハムから始まって、ダビデの時代、バビロン捕囚の時代を経てイエスさまの時代に至るまでの系図が1章の初めに記されています。そして、その次にイエスさまの生誕の物語が描かれています。また、マタイの福音書には「預言者を通して語られたことが成就するためであった」という表現が数多く使われています。このように、マタイの福音書では先ずはイエスさまの時代より前の旧約の時代に出発点が置かれて、そこからイエスさまの時代へと移って行く形になっています。そしてまた、将来入るべき天の御国についても多く語られています。つまりマタイの福音書は、過去から未来へという私たちが慣れ親しんでいる時間の流れの順番の通りにイエスさまの生涯が証言されています。
 広島の被爆の証言で言うなら、戦前の日本では明治以降に富国強兵の政策が取られて、日清戦争、日露戦争の勝利を経て軍部の力がどんどん強くなって行き、中国で始めた戦争が太平洋戦争にまで拡大し、次第に劣勢になって全国の都市が空襲の被害を受けるようになり、遂に広島への原爆投下に至るということになるでしょうか。1945年の8月6日以前のことについても多く証言しながら8/6を証言するという形になるでしょう。

ルカ:使徒の時代の恵みからイエスの受難を見る
 さて、次のルカの福音書も一見するとマタイの福音書と同じように過去から未来への私たちが親しんでいる時間の流れに沿って書かれているように、表面上は見えます。しかし、実はルカの福音書とマタイの福音書とでは時間の流れが逆方向であると見るべきだと私は考えます。なぜならルカは使徒の働きも書き、使徒の時代の聖霊の恵みの観点からイエスさまの時代を見ているからです。ルカは異邦人であったと考えられます。異邦人でも聖霊を受けて救いの恵みに与ることができるのは素晴らしい恵みであり、ルカもまた、この恩恵に与っていました。ルカの福音書は、この事実の上に立って書かれています。ルカの福音書2章の28節から32節までを交代で読みましょう。

2:28 シメオンは幼子を腕に抱き、神をほめたたえて言った。
2:29 「主よ。今こそあなたは、おことばどおり、しもべを安らかに去らせてくださいます。
2:30 私の目があなたの御救いを見たからです。
2:31 あなたが万民の前に備えられた救いを。
2:32 異邦人を照らす啓示の光、御民イスラエルの栄光を。」

 幼子のイエスを抱いたシメオンは30節で神の御救いを見たと言ってほめ讃えました。それは31節にあるように万民に備えられた救いです。万民ですから異邦人をも含みます。そうしてシメオンは32節で「異邦人を照らす啓示の光」と言ってほめ讃えました。この異邦人の救いの恵みを、ルカ自身も味わったのでした。この恵みをルカはイエスさまの時代の後の、使徒の時代に受けました。ですからルカの福音書は、イエスさまの時代より後の使徒の時代から遡ってイエスさまの時代を見ていると言うことができるでしょう。
 日本の空襲や原爆被害の証言をこれからどう継承して行くべきかを考える時、ルカの福音書が使徒の時代の恵みの観点からイエスさまの時代を見ていることは、とても良い参考になると思います。ルカの福音書は一見するとマタイの福音書と同じ方向に時間が流れているように見えますが、実はそうではないと言えるでしょう。このことはマタイの系図とは逆方向のルカの系図からも言えると思います。
 ルカの福音書3章23節と24節を見て下さい。

3:23 イエスは、働きを始められたとき、およそ三十歳で、ヨセフの子と考えられていた。ヨセフはエリの子で、さかのぼると、
3:24 マタテ、レビ、メルキ、ヤンナイ、ヨセフ、

 このように、ルカの系図はマタイとは逆に、遡って行く形になっていて、38節に至ります。38節、

3:38 エノシュ、セツ、アダム、そして神に至る。

 このルカの福音書は、イエス・キリストについての証言が長い期間に亘って継承されて来たことに、とても大きな役割を果たしたと私は考えます。それは、ルカが使徒の時代の聖霊の恵みの素晴らしさを知った上で、しかしそれはイエスさまの受難があったからこそであるという観点で書かれているからです。シメオンは母マリヤに言いました。ルカ2章34節と35節です。

「ご覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人が倒れたり立ち上がったりするために定められ、また、人々の反対にあうしるしとして定められています。あなた自身の心さえも、剣が刺し貫くことになります。それは多くの人の心のうちの思いが、あらわになるためです。」

 このようにシメオンはイエス・キリストの受難を予告します。しかし、この受難があったからこそ、使徒の時代の素晴らしい聖霊の恵みがありました。
 日本が1945年からの戦後73年間、戦争をして来なかったのは、戦時中の受難があったからです。日本は加害国でもありましたが、甚大な被害もまた多く受けました。しかし、この受難があったから、戦後は平和の恵みを受けることができました。ですから私のような戦後生まれの世代は戦争体験はありませんが、今の平和の恵みを噛み締めながらルカのように戦時の受難の時代についてもっと深く知り、そうして平和の貴さを訴えていかなければならないと思わされています。ルカ自身も地上生涯のイエス・キリストには会ったことがありませんでした。しかし、色々な人々に会って話を聞き、ルカの福音書を書き上げました。
 このルカの福音書があったことが、二千年にも亘ってイエス・キリストが宣べ伝えられて来たことに大きく貢献しているように私は感じています。なぜなら、クリスチャンの圧倒的多数はルカと同じ異邦人だからです。もし後世の私たちに残された福音書がマタイとマルコの福音書だけであったとしたら、今日までイエス・キリストが宣べ伝えられ続けることができたでしょうか。それは仮定の話ですから、もちろんハッキリとはわからないことですが、私はマタイとマルコだけであったら二千年もの長い間に亘ってイエス・キリストが宣べ伝えられ続けて来たかどうかは怪しいと思います。なぜならマタイもマルコも異邦人が受けた聖霊の恵みのことを、表面上はそんなには語っていないからです。私たちはルカが書いた福音書と使徒の働きによって異邦人の救いの恵みをよく知っているからこそ、マタイとマルコにも親しみを覚えることができる、そのような気がしています。

ヨハネ:愛弟子による証言
 では最後にヨハネの福音書にも触れたいと思います。ヨハネの福音書については、これまで多く語って来ましたから、きょうは詳しくは話しませんが、ヨハネの福音書では旧約の時代、イエスの時代、そして使徒の時代が並行して流れています。このヨハネの福音書の時間を深く理解するには、旧約聖書の知識と使徒の働きの知識も必要です。そうしてイエス・キリストが旧約の時代にも使徒の時代にも同時にいることがわかるなら、キリストの深い愛にどっぷりと浸ることができて読者自身がイエスの愛弟子となることができます。そうしてイエスの愛弟子として最後の晩餐に集い、イエスの十字架に立ち会うことが許されます。もちろん、これは霊的な領域のことですから、誰もが愛弟子になれるわけではありません。しかし、このことで例えイエスの地上生涯の時代には生きていなかった者も、イエスさまとの交流を霊的に経験し、そのことを証しできるようになります。
 戦災の証しも、戦災に遭った街を深く愛し、その街の歴史を深く知り、戦後の平和の時代の恵みも十分に知り、その街と深く関わるなら、例え戦争体験が無くても、その街を愛する人々との愛の交わりの中に入って一人の証し者となることも可能であろうと思います。これがヨハネ的な証し者です。

重要なルカ的な証し者
 以上、見て来た通り、四つの福音書の時間の流れ方は、一見同じようであっても、皆それぞれ違います。マルコはイエスさまの時代のみの描写、マタイは旧約の時代からイエスさまの時代、そして天の御国という過去から未来へという私たちが慣れ親しんでいる時間の流れの中でイエスさまを描いています。一方、ルカは使徒の時代の聖霊の恵みと異邦人の救いの恵みの観点からイエスさまの時代を見ています。そしてヨハネは旧約の時代、イエスの時代、使徒の時代が並行する時間の中で、これらすべての時代にいるイエスさまを描いています。この四つの異なる時間の中でイエスさまが証しされて来ましたから、これが二千年にも亘ってイエスさまが証しされ続けて来ることにつながったと私は考えます。
 戦災についての証しを今後、長い歳月に亘って継承して行くために、この四つの福音書の事例は大変に良い参考になると思います。特にルカ的な証し者そしてヨハネ的な証し者は、戦災の受難と平和の恵みの両方を知っている日本人しかなることができないと言えるでしょう。世界中で読まれている福音書のイエスさまの証しを手本にして戦災の受難の証し、そして平和の証しをするなら、平和の君であるイエス・キリストは必ずや用いて下さるのではないかと思います。そうして多くの日本人がもっと聖書に目を向けるようになるなら、素晴らしいことだと思います。
 戦争と平和を考える機会の多い8月をきっかけにして、これからもしばらく、皆さんとご一緒にこのことを考えて行くことができたらと願っています。特にルカ的な証しは大切だろうと思います。ヨハネ的な証しは霊的な領域を含みますから難しいかもしれませんが、ルカ的な証し者には日本人なら誰でもなることができる筈です。このことについても考えて行きたいと願っています。
 お祈りいたしましょう。
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平和のために祈る:御国が来ますように(2018.8.5 礼拝)

2018-08-08 06:26:33 | 礼拝メッセージ
2018年8月5日礼拝メッセージ
『平和のために祈る:御国が来ますように』
【マタイ6:9~10、黙示録21:1~4】

はじめに
 8月に入り、8月1日の祈り会から戦争と平和について考えることを始めています。
 皆さんは、今年の2018年のカレンダーの曜日の巡りが終戦の年の1945年と同じであることをご存知だったでしょうか。きょう8月5日が日曜日なので広島に原爆が投下された8月6日は月曜日でした。そして実は9.11が起きた2001年もまた今年と同じカレンダーです。つまり1945年と2001年は同じカレンダーです。
 1945年に初めて、戦争において原爆という核兵器が使用されたことは、戦争の歴史の中では一つの大きな節目になったと思います。そして2001年の9月11日に起きた同時多発テロもまた戦争の歴史の中では大きな節目となったと言えるでしょう。それまで戦争と言えば多くは、国対国、或いは民族対民族の対決でした。しかし、2001年以降、国際テロ組織が国家と対決するという新しい形態が鮮明になったと思います。この2001年と1945年のカレンダーの曜日の巡りが同じであることに私は不思議なつながりを感じます。
 そして私は、2001年の8月12日に私は初めて高津教会を訪れて、その年の12月23日のクリスマス礼拝で洗礼を受けました。これらのことを考えると、やはり私は平和のために働くべく召し出されたことを感じないわけには行きません。
 この平和のための働きは私の個人的な使命ですが、私は世界が平和に向かうには多くの人々がもっと聖書の理解を深める必要があると考えています。聖書の理解がもっと深まるなら、誰でも今よりももっとずっと深い平安の恵みがいただけます。ですから私は皆さんとご一緒に聖書の理解を深めて、深い平安の恵みを多くの皆さんと分かち合って行きたいと願っています。

『夕凪の街 桜の国 2018』
 さて明日の8月6日は例年と同じように朝の8時から8時35分頃まで広島の平和公園で行われる式典のテレビ中継があり、8時15分からは1分間の黙祷が捧げられます。そして、夜にはNHKの広島放送局が製作したテレビドラマの放映があります。今年のドラマのタイトルは『夕凪の街 桜の国2018』です。原作の『夕凪の街 桜の国』は、昨年私が出した本の中でも紹介させていただきました。前半の『夕凪の街』の時代設定は昭和30年、つまり原爆が投下されてから10年後の1955年です。そして、後半の『桜の国』の時代設定は、この原作の漫画が書かれた頃の平成16年、すなわち2004年が中心です。今回の『夕凪の街 桜の国2018』も前半の『夕凪の街』は原作と同じ昭和30年(1955年)であるようですが、後半の『桜の国』が現代の平成30年(2018年)になっているということです。原作の味を残しながらも細部ではかなり違う脚本になっているようですから、どんなドラマになっているのか、私はとても楽しみにしています。
 前半の『夕凪の街』のヒロインは平野皆実という被爆者で、彼女は原爆投下の10年後の昭和30年に原爆症を発症して亡くなります。原爆は投下直後に多くの人々の命を奪っただけでなく、その後も何年も何十年にもわたって放射線障害や原爆症の発症の恐怖で被爆者を苦しめています。また、そのために被爆者は結婚相手としても敬遠されるという苦しみも受けました。さらに、『桜の国』の登場人物たちがそうなのですが、被爆2世たちも何らかの障害を持っているのではないかという世間の偏見のゆえに苦しむことになります。このような悪魔の兵器である核兵器は国際的に禁止して廃棄すべきです。しかし、核保有国の思惑によって核兵器の廃絶にはなかなか向かって行きません。ただし、そのような中でも不幸中の幸いは、戦争での核兵器使用は長崎が最後であることです。これは世界中で多くの祈りが積まれていることの成果であろうと思います。二度と核兵器が使用されないように、そして平和が実現するように世界中で多くの祈りが積まれています。

「平和」が3回使われている詩篇122篇
 平和のために私たちもまた祈り続けて行きたいと思います。きょうの聖書交読では詩篇の122篇をご一緒に読みました。この詩篇は150ある詩篇の中で私が最も好きな詩篇です。
 詩篇122篇6節、

122:6 エルサレムの平和のために祈れ。「あなたを愛する人々が安らかであるように。

 7節、

122:7 あなたの城壁の内に平和があるように。あなたの宮殿の内が平穏であるように。」

 8節、

122:8 私の兄弟友のためにさあ私は言おう。「あなたのうちに平和があるように。」

というように、詩篇122篇では「平和」ということばが3回使われています。以外なことに、詩篇では「平和」ということばは、あまり使われていません。その中にあって122篇では3回使われていて、これが150ある詩篇の中では最も多く使われています。そういうわけで私は詩篇122篇が最も好きな詩篇です。

究極の平和
 そして、きょうの聖書箇所はマタイ6章と黙示録21章としました。この聖書箇所は最近の私の中ではとても心に通っている箇所で、既に何度か開いていますが、きょうもまた、この箇所を開きたいと思います。この黙示録21章、そして22章にあるような御国が来ることが究極の平和です。単純に「平和になりますように」と祈るよりも、この究極の平和を目標にして祈るのが良いのではないかと私は感じています。しかも、マタイ6:10の「御国が来ますように」は主ご自身が「あなたがたはこう祈りなさい」とおっしゃった主の祈りの一部ですから、よけいに平和のための祈りとしてふさわしいと感じます。既に何度かご一緒に学んでいる箇所ですが、きょう改めて平和のための祈りという観点から、もう一度ご一緒に学んでみたいと思います。
 まず黙示録21章の1節と2節、

21:1 また私は、新しい天と新しい地を見た。以前の天と以前の地は過ぎ去り、もはや海もない。
21:2 私はまた、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために飾られた花嫁のように整えられて、神のみもとから、天から降って来るのを見た。

 ここには、ヨハネが幻で見た新しい天と新しい地の光景が記されています。この新しい天と新しい地がもたらされる時、究極の平和が訪れます。この時、2節にあるように聖なる都、新しいエルサレムが天から降って来ます。つまり、御国が来ます。続いて3節、

21:3 私はまた、大きな声が御座から出て、こう言うのを聞いた。「見よ、神の幕屋が人々とともにある。神は人々とともに住み、人々は神の民となる。神ご自身が彼らの神として、ともにおられる。

 神は人々とともに住み、人々は神の民となる。神ご自身が彼らの神として、ともにおられる。これが御国です。御国が来る前から神様は私たちと共におられますが、天の御国が地上に降って来るのですから、もっとハッキリとした形で神様が私たちと共におられることがわかります。この時、究極の平和が訪れます。4節、

21:4 神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない。以前のものが過ぎ去ったからである。」

 この4節は、これこそが正に究極の平和であることをよく示しています。神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。戦争によって、どれほど多くの涙が流されたことでしょうか。また、戦争によってどれほど多くの死があり、悲しみがあり、叫び声があり、苦しみがあったことでしょうか。御国が来るなら、死も悲しみも叫び声も、苦しみもすべて無くなります。
 少し飛ばして22節をお読みまします。

21:22 私は、この都の中に神殿を見なかった。全能の神である主と子羊が、都の神殿だからである。
21:23 都は、これを照らす太陽も月も必要としない。神の栄光が都を照らし、子羊が都の明かりだからである。

 これは本当に素晴らしい光景です。この御国が来て、究極の平和が実現するよう、お祈りしたいと思います。この御国には異邦人の私たちも、もちろん入ることができます。しかし、子羊のいのちの書に記されていない者は、この御国に入ることはできません。少し飛ばして27節、

21:27 しかし、すべての汚れたもの、また忌まわしいことや偽りを行う者は、決して都に入れない。入ることができるのは、子羊のいのちの書に記されている者たちだけである。

黙示録22章の深い平安
 そして、黙示録22章も見ることにしましょう。22章の1節から5節までを交代で読みましょう。

22:1 御使いはまた、水晶のように輝く、いのちの水の川を私に見せた。川は神と子羊の御座から出て、
22:2 都の大通りの中央を流れていた。こちら側にも、あちら側にも、十二の実をならせるいのちの木があって、毎月一つの実を結んでいた。その木の葉は諸国の民を癒やした。
22:3 もはや、のろわれるものは何もない。神と子羊の御座が都の中にあり、神のしもべたちは神に仕え、
22:4 御顔を仰ぎ見る。また、彼らの額には神の御名が記されている。
22:5 もはや夜がない。神である主が彼らを照らされるので、ともしびの光も太陽の光もいらない。彼らは世々限りなく王として治める。

 黙示録21章もそうでしたが、この22章の記述からも究極の平和が感じられ、心の深い平安が得られますから感謝に思います。私たちは多くの方々と、この深い平安を分かち合うことができるように働いて行きたいと思います。

深い平安を得ることの重要性
 私はこの深い平安を得ることの重要性を、今年はいつもの年と違った形で感じています。例年ですと、私は8月になる前の6月、7月から、今年も8月が近づいていることを感じて、自然と平和の祈りへと導かれていました。しかし、今年は8月になるまで、その平和の祈りへの導きを感じることができないでいました。そして8月1日の早朝になって、ようやくこ8月だから平和のために祈らなければならないと導かれました。
 どうしてかと考えると、それはどうやら私自身の心の平安の度合いが例年よりも深くないからのようです。それは今の私たちの教会が抱える問題によるのでしょう。それでも依然として私の心の中には平安があります。しかし、どうも例年と比べると深さが十分ではないようです。深い平安の中にどっぷり・どっしりと浸っているというよりは、どこに漂着するのか分からない漂流の不安を少し感じます。そういう中にいると平和への祈りも深まらないのだなということを改めて教えられています。
 だからこそ、平和が実現するためには、私たちの一人一人が深い平安の中にどっぷりと浸る必要があるのだと今年私は教えられています。世界中の多くの人々が毎日を不安の中で過ごしているとしたら、平和に向かって行くことは絶望的に難しいことです。
 ルカの福音書のイエスさまはパリサイ人たちに対して、週報p.3に載せたように言いました。

17:20 パリサイ人たちが、神の国はいつ来るのかと尋ねたとき、イエスは彼らに答えられた。「神の国は、目に見える形で来るものではありません。
17:21 『見よ、ここだ』とか、『あそこだ』とか言えるようなものではありません。見なさい。神の国はあなたがたのただ中にあるのです。」

 究極の平和をもたらす神の国が私たちのただ中にあるのなら、多くの人々の心が深い平安で満たされない限り、「御国が来ますように」の成就は難しいだろうと思います。

おわりに
 最後にヨハネの福音書を2箇所開いて終わることにしたいと思います。まず、ヨハネ7章37節から39節までを交代で読みましょう。

7:37 さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立ち上がり、大きな声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。
7:38 わたしを信じる者は、聖書が言っているとおり、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになります。」
7:39 イエスは、ご自分を信じる者が受けることになる御霊について、こう言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊はまだ下っていなかったのである。

 38節の生ける水の川は、黙示録22章1節のいのちの水の川を連想させます。この生ける水の川、そしていのちの水の川が私たちの内に入る時、私たちの内には大きな平安が与えられます。

 もう一箇所、ヨハネ14章の26節と27節を交代で読みましょう。

14:26 しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。
14:27 わたしはあなたがたに平安を残します。わたしの平安を与えます。わたしは、世が与えるのと同じようには与えません。あなたがたは心を騒がせてはなりません。ひるんではなりません。

 聖霊を受けることで私たちには平安が与えられます。しかし、教会の問題や日常の様々な問題で私たちは心を騒がせたりしてしまいます。そのようなことなく、まず私たちはイエスさまの平安の中にどっぷりと浸って、そうして「御国が来ますように」と祈る者でありたいと思います。
 お祈りいたしましょう。
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渇いた魂が求める聖霊(2018.7.29 礼拝)

2018-07-30 07:56:32 | 礼拝メッセージ
2018年7月29日礼拝メッセージ
『渇いた魂が求める聖霊』
【詩篇42篇】

はじめに
 先週はシオン教会での合同礼拝でしたから間が空きましたが、先々週の詩篇22篇に続いて今週もまた詩篇を開くことにしました。きょうは42篇です。もう一度、1節から5節までを、今度は交代で読みましょう。

42:1 鹿が谷川の流れを慕いあえぐように神よ私のたましいはあなたを慕いあえぎます。
42:2 私のたましいは神を生ける神を求めて渇いています。いつになれば私は行って神の御前に出られるのでしょうか。
42:3 昼も夜も私の涙が私の食べ物でした。「おまえの神はどこにいるのか」と人が絶えず私に言う間。
42:4 私は自分のうちで思い起こし私のたましいを注ぎ出しています。私が祭りを祝う群衆とともに喜びと感謝の声をあげてあの群れと一緒に神の家へとゆっくり歩んで行ったことなどを。
42:5 わがたましいよなぜおまえはうなだれているのか。私のうちで思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを。

魂を冷静に観察している詩人
 この詩人の置かれている状況は、どのようなものでしょうか。4節に、この詩人が祭りのために神殿があるエルサレムに上京した時の喜びを思い起こしていることが綴られています。4節、

42:4 私は自分のうちで思い起こし私のたましいを注ぎ出しています。私が祭りを祝う群衆とともに喜びと感謝の声をあげてあの群れと一緒に神の家へとゆっくり歩んで行ったことなどを。

 しかし、2節を見ると、今はそのことがなかなか適わない状況にあることがわかります。2節、

42:2 私のたましいは神を生ける神を求めて渇いています。いつになれば私は行って神の御前に出られるのでしょうか。

 このように、神の御前に出られない状況が続いているので、魂が渇いているのですね。1節には、

42:1 鹿が谷川の流れを慕いあえぐように神よ私のたましいはあなたを慕いあえぎます。

とあります。
 私がこの詩篇42篇で最も感銘を受けるのは、この詩人が自分の魂の状態をかなり客観的に把握している点です。そして、このことから心と魂とは違うのだということを教えられました。
 この詩人は、自分の魂をやや突き放して、5節のように言います。

42:5 わがたましいよなぜおまえはうなだれているのか。私のうちで思い乱れているのか。

 この5節から、詩人の内で思い乱れているのは「心」ではなくて「魂」のほうであることがわかります。つまり精神的に乱れることがあった場合、それは必ずしも「心」が乱れているのではなく「魂」が乱れている場合も少なからずあるということです。この詩人は冷静沈着に自分の「魂」の状態を観察していますから、「心」は乱れていないと言えます。この詩人の内で乱れているのは「魂」であって、「心」のほうではありません。

魂を癒すことができるのは神だけ
 このように、「心」と「魂」を区別して観察することは、信仰についての理解を深める上でとても重要だと思います。心を制御することは、ある程度は可能でしょう。簡単ではありませんが、心が動揺している時にどうしたら良いかなど、いろいろと試してみることは可能です。そして上手くすれば動揺を静めることも可能でしょう。しかし、魂の領域には神様に入っていただかないことには、どうしようもありません。魂の領域を人が制御することは不可能です。私たちの魂を癒すことができるのは、神様だけです。きょうは、このことの理解をご一緒に深めることができたら幸いだと願っています。
 次に取り上げる人生相談は少し前の祈祷会のメッセージでも引用したものですが、最近、朝日新聞の人生相談欄に次のような相談が載っていました。
https://digital.asahi.com/articles/ASL6P6FQWL6PUCFI00B.html?iref=pc_ss_date

お読みします。

●相談者 女性 40代

 40代後半の独身女性です。東証一部上場企業に正社員として働いています。
 今まで結婚願望、出産願望があった時期があり、ありがたいことにプロポーズして頂いたことも何度かありましたが、結婚は決断できませんでした。現在は、結婚願望、出産願望は全くありません。
 仕事は心身ともにハードで辞めたいと思うことは多々ありますが、独りで生きていくためにはと腹をくくり、なんとか続けています。信頼できて、心を許せる女友達や食事に誘ってくれる男性がいて、生涯を通して楽しめる趣味を持ち、そこそこ資産もあります。
 ある程度の年齢になったら老人ホームに入ろうと考えています。自分で全て選択してきた人生に納得していますし、将来の不安もあまりありません。
 それなのに、なぜかいつも心が満たされず、ポッカリと穴が開いているような、もの悲しく、寂しい気持ちになります。自分でも理由が分かりません。
 どうしたら心が満たされるのでしょうか。
 また、私のような独身女性が充実して生きていくためのアドバイスをお願いいたします。上野千鶴子先生にご回答頂けたらありがたく存じます。
 上野先生の著書『おひとりさまの老後』は読ませて頂いたので、その他のアドバイスを頂けたらありがたく存じます。

 この相談に対する回答者の上野千鶴子氏の回答は以下のようなものでした。

 ○回答者 社会学者・上野千鶴子 「独身」が原因と思い込んでるのでは

 あなたのご相談を少々立場を変えてつくりかえてみましょう。
 「40代の専業主婦。夫は一部上場企業勤務で、順調に出世しています。子どもにも恵まれ、趣味や旅行を共にする女友達や、サークル仲間で男性の友人もいます。不本意なパート勤めに出ずにすみ、好きな稽古事にもうちこめる余裕のある暮らしを夫に感謝しています。老後を子どもたちに頼る気はないので、ふたりで有料老人ホームに入ろうねと夫とは話し合い、そのための蓄えもしています。自分で納得して選んだ人生、つつがなく過ぎたことを感謝していますし、将来の不安もあまりありません。それなのになぜか、いつも心が満たされておらず、ポッカリと穴が開いているような、もの悲しく、寂しい気持ちになります」
 ここまでくれば明敏なあなたにはとっくに察しがついているでしょう。性別を入れ替えても、職業や立場を変えても、同じ相談が成り立つと。
 あなたのご相談の問題は、前段が原因、後段がその結果という因果関係をもとに成り立っていること。空虚な気持ちに「自分でも理由がわからない」というあなたの落とし穴は、「もし独身でなければきっと人生は充実していただろう」と思い込んでいるところにあります。
 とりあえず、前段と後段の因果関係を断ち切ってください。そうすればあなたが向き合うべきは、いまこの時の空しさ、さみしさになります。
 40代後半。人生の盛りは過ぎ、とりかえしのつかない思いややりなおしのきかないことで過去はいっぱい。自分の人生が下り坂に入ったと痛切に思わざるをえないのが、この年齢です。女性なら閉経というカラダの変化が伴いますし、男性なら組織内の自分のポジションに見極めがついているころです。「自分で納得して選んだ人生」、後悔はなくとも、何か大事な宿題を忘れたような索漠とした思いを味わっていることでしょう。
 とはいえ、人生100年時代。まだまだ後半生は続きます。あなたの「ポッカリと穴が開いているような」気持ちは子どもの頃からつづいているわけではなさそうですし、「腹をくくって」つらい仕事を続けてきたときにも、そんな気持ちを味わう余裕はなかったでしょう。
 過去をふりかえってどんなときなら充実感を感じられたかを思い出してください。思い患うことのない今は、人生の踊り場。空虚さはその代償です。
(引用終わり)

 回答者の上野氏は、この相談者は「もし独身でなければきっと人生は充実していただろう」と思い込んでいると指摘しています。確かにそうなのでしょう。独身の上野氏に相談していることからも、そのことは伺えます。しかし、いずれにしても、この回答は私の目には物足りないものに映ります。なぜなら、この相談からは、相談者の魂が満たされていない様子が見てとれるからです。この相談者は、「どうしたら心が満たされるのでしょうか」と聞いていますが、実は満たされていないのは心ではなくて魂のほうだと思います。彼女は「生涯を通して楽しめる趣味」を持っているということですから、心を満たす術を知っています。熱心に仕事に取り組み、空いた時間には趣味に没頭すれば心の空しさを忘れることも可能でしょう。それなのに彼女は満たされないものを感じています。つまり自分の努力では埋めることができない空虚感を自分の内に感じているということです。ですから彼女の内で満たされていない場所は「心」ではなくて「魂」のほうです。しかし、相談者の彼女はそのことに気づいていません。回答者の上野氏もまた気づいていません。

神と出会あうことの大切さ
 それに対して詩篇42篇の詩人は自分の魂が満たされていないことを強く感じています。

42:1 鹿が谷川の流れを慕いあえぐように神よ私のたましいはあなたを慕いあえぎます。
42:2 私のたましいは神を生ける神を求めて渇いています。いつになれば私は行って神の御前に出られるのでしょうか。

 では、この新聞の人生相談欄の相談者の女性は、どうしたら自分の「魂」が空虚であることに気づくことができるのでしょうか。それにはやはり、神様との出会いを経験するしかないのだろうなと思います。詩篇42篇の詩人は、かつて祭りでエルサレムに上京して神殿で神との出会いを経験しました。それゆえに今の自分の魂の中には神がいないことを自覚しています。では、どうしたら神との出会いを経験することができるのか、私の経験に照らすと、それは至難の業のような気がします。しかし、それを追求して、少しでも神様との出会いを経験する手助けをすることが私たちのすべきことである筈です。それゆえ、もう少しこのことを掘り下げてみたいと思います。
 まず言えることは、出会うべき神は、書物などから知識として得た神ではなく、これまでずっと自分のそばにいて自分を守り導いてくれていた神であるということです。この相談者に限らず多くの人は、過去に自分が人生の分岐点に立たされた時に選んだ道は自分で選んだと思っていることでしょう。しかし、実は背後に神がいて、どちらかに導いています。そして、その導きにはっきりとは気づかなくても、何となく導かれるものを感じて道を選択する場合がほとんどではないかと思います。そういう何かを感じるから、人は神社でおみくじを引いたり、占いを気にしたりするのではないでしょうか。
 ただし、人を正しい方向に導くことができるのは、その人に霊を吹き込んだ万物の創造主しか有り得ません。この万物の創造主である神とどうしたら出会うことができるのか。聖書が浸透していない日本においては極めて難しいとしか言いようがありません。だから私たちは、もっと多くの方々に聖書の神様のことをお伝えして行かなければならないと改めて思わされます。

あなたがたは何を求めているのですか
 一時期、礼拝でよく開いた箇所を、きょうはまた改めて開きたいと思います。ヨハネの福音書1章35節から39節までを交代で読みましょう。

1:35 その翌日、ヨハネは再び二人の弟子とともに立っていた。
1:36 そしてイエスが歩いて行かれるのを見て、「見よ、神の子羊」と言った。
1:37 二人の弟子は、彼がそう言うのを聞いて、イエスについて行った。
1:38 イエスは振り向いて、彼らがついて来るのを見て言われた。「あなたがたは何を求めているのですか。」彼らは言った。「ラビ(訳すと、先生)、どこにお泊まりですか。」
1:39 イエスは彼らに言われた。「来なさい。そうすれば分かります。」そこで、彼らはついて行って、イエスが泊まっておられるところを見た。そしてその日、イエスのもとにとどまった。時はおよそ第十の時であった。

 38節でイエスさまは二人の弟子たちに「あなたがたは何を求めているのですか」と聞きました。そして「来なさい。そうすれば分かります」とおっしゃいました。こうして二人の弟子たちはイエスさまと出会うことができました。
 イエスさまは同じ質問を私たちに対してもして下さいました。そうして私たちはイエスさまの「来なさい」に応えて教会に来て、私たちが求めているのは魂が神様の霊で満たされることであることが分かるようになりました。
 新聞の人生相談の女性は、心が満たされることを求めています。しかし、実は満たされるべきは心ではなくて魂のほうです。この相談者の女性も、イエスさまの「来なさい」の声に聞き従うのなら、それがわかるようになるでしょう。
 イエスさまを信じる私たちでも、時には自分の内に満たされないものを感じることもあるでしょう。その時には、詩篇42篇の詩人のように冷静に自分の魂を観察したいと思います。そして満たされていないのは心のほうなのか、魂のほうなのかを理解したいと思います。そして、もし魂が満たされていないのであれば、神様に入っていただかなければなりません。つまり聖霊に満たされるということです。詩篇42篇の詩人の時代には、誰でも聖霊に満たされるとうわけではありませんでした。聖霊に満たされたのは限られた預言者たちだけでした。しかし、イエスさまを信じる私たちには聖霊が与えられ、聖霊に満たされることができますから、改めてこのことを感謝したいと思います。

おわりに
 最後にもう一度詩篇42篇の5節をご一緒に読んで、終わることにします。

42:5 わがたましいよなぜおまえはうなだれているのか。私のうちで思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを。

 お祈りいたしましょう。
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イザヤが預言した新しい天と新しい地(2018.7.8 礼拝)

2018-07-09 22:04:31 | 礼拝メッセージ
2018年7月8日礼拝メッセージ
『イザヤが預言した新しい天と新しい地』
【イザヤ65:16~25】

はじめに
 きょうはイザヤ書65章の「新しい天と新しい地」の箇所をご一緒に見ることにしています。
 聖書には、この「新しい天と新しい地」という表現が全部で4回出て来ます。きょうのイザヤ65章の他に、週報p.3に載せたようにイザヤ66章と第二ペテロ3章、そして黙示録21章に出て来ます。

イザヤ66:22 わたしが造る新しい天と新しい地が、わたしの前にいつまでも続くのと同じように、──主のことば──あなたがたの子孫とあなたがたの名もいつまでも続く。
Ⅱペテロ 3:13 しかし私たちは、神の約束にしたがって、義の宿る新しい天と新しい地を待ち望んでいます。
黙示録 21:1 また私は、新しい天と新しい地を見た。以前の天と以前の地は過ぎ去り、もはや海もない。

 最近の私は、この黙示録21章と22章の新しい天と新しい地の箇所が非常に心に通っていますから、ここに関連する箇所として、イザヤ書65章を開くことにしました。

イザヤ書の新しい天と新しい地
 このイザヤ書65章の「新しい天と新しい地」の箇所はとてもよく似ていると思います。違っている点もありますが、それはイザヤ書を書き記したイザヤと黙示録を書き記したヨハネの感受性や時代背景が異なることによって生じた違いであり、神様はイザヤとヨハネに同じ幻を見せたのではないか、私はそのように考えています。
 イザヤ書65章の16節から順次見て行きましょう。16節と17節をお読みします。

65:16 この地で祝福される者はまことの神によって祝福され、この地で誓う者はまことの神によって誓う。かつての苦難は忘れられ、わたしの目から隠されるからだ。
65:17 見よ、わたしは新しい天と新しい地を創造する。先のことは思い出されず、心に上ることもない。

 黙示録21章でも、聖なる都の新しいエルサレムが天から降って来るとありましたね。このイザヤ65章も同じです。救われた者が天に昇って行くのではなくて、天のほうが地のほうに降って来て、今までとは違う新しい天と新しい地が主によって創造されます。ですから、16節にあるように、この地で祝福される者はまことの神によって祝福されます。続いて18節と19節、

65:18 だから、わたしが創造するものを、いついつまでも楽しみ喜べ。見よ。わたしはエルサレムを創造して喜びとし、その民を楽しみとする。
65:19 わたしはエルサレムを喜び、わたしの民を楽しむ。そこではもう、泣き声も叫び声も聞かれない。

 18節に「わたしが創造するものを、いついつまでも楽しみ喜べ」とあります。「いついつまでも楽しみ喜べ」ですから、救われた者は「永遠」の中に入れられるということです。救われた者は永遠に楽しみ喜びます。そこではもう、泣き声も叫び声もありません。20節、

65:20 そこにはもう、数日しか生きない乳飲み子も、寿命を全うしない老人もいない。百歳で死ぬ者は若かったとされ、百歳にならないで死ぬ者は、のろわれた者とされる。

 最近の日本では、幼い子供たちが事故や犯罪に巻き込まれて亡くなったり、親の虐待を受けて亡くなったりと、本当に心が痛むことがあまりにも多く起こりますから、この20節には本当に癒され、励まされます。私たちはこの主の日の到来を待ち望まなければならないと思わされます。21節と22節、

65:21 彼らは家を建てて住み、ぶどう畑を作って、その実を食べる。
65:22 彼らが建てて他人が住むことはなく、彼らが植えて他人が食べることはない。わたしの民の寿命は、木の寿命に等しく、わたしの選んだ者たちは、自分の手で作った物を存分に用いることができるからだ。

 住む所や食べる物を他人から奪われることなく、民の寿命は木の寿命に等しいとは、素晴らしい恵みですね。木の寿命は木の種類によっても異なると思いますが、もちろん寿命の長い木のことが、ここでは言われているのでしょう。23節と24節、

65:23 彼らは無駄に労することもなく、子を産んで、突然その子が死ぬこともない。彼らは【主】に祝福された者の末裔であり、その子孫たちは彼らとともにいるからだ。
65:24 彼らが呼ばないうちに、わたしは答え、彼らがまだ語っているうちに、わたしは聞く。

 主は民の心の中をご存知ですから、彼らが呼ばないうちに答え、語っているうちに聞いて下さいます。25節、

65:25 狼と子羊はともに草をはみ、獅子は牛のように藁を食べ、蛇はちりを食べ物とし、わたしの聖なる山のどこにおいても、これらは害を加えず、滅ぼすこともない。──【主】は言われる。」

 この25節は何とも言えず平和な光景ですね。動物たちですら、他の動物を殺すことがなく、主がこの動物たちを養って下さいます。

苦難があるからこその平安
 この25節を見ていて、私は今沢の海岸の防潮堤に住み着いているネコたちの姿を思い起こしました。私は週に何度か防潮堤の上または向こう側に降りた防潮堤沿いの道を原方面までジョギングしています。そうして、ここにはだいたいいつも同じ場所に同じネコたちがいます。このネコたちの姿を見ていると、とても平和な気分になります。
 実は私は牧師になる前は、それほどネコが好きであったわけではありません。嫌いではありませんでしたが、特に好きというほどではありませんでした。それが今では好きになったのは、やはりNHKのBSで放送している『岩合光昭の世界ネコ歩き』の影響だろうと思います。私は牧師になってからは好んでテレビの旅番組、特に海外を旅する番組を好んで見るようになりました。牧師になる前の神学生の時は神学院にテレビがありませんでしたから旅番組はまったく見ませんでした。そして神学生になる前の大学で働いていた時は、仕事やプライベートで海外に行くことがありましたから、特に旅番組を好んで見るということはありませんでした。しかし仕事を辞めて以降、もう10年間も海外に行っていません。それで海外に行けなくなってしまった代わりに海外を旅する番組を好んで見るようになったというわけです。
 その旅番組でも特に『岩合光昭の世界ネコ歩き』は大好きな番組です。動物写真家の岩合さんが世界中のネコの様子を、現地の特有の風景、町並みであったり自然であったり、色々ですが、風景と共にネコの平和な姿を動画で見せてくれる番組です。NHKの番組ですから旅費はとうぜんNHKが持ってくれているでしょう。世界のネコを撮る仕事で世界中を旅することができるなんて、本当にうらやましいです。という思いでいつも、この『世界ネコ歩き』を見ています。そうしているうちに、以前は特に好きとは感じていなかったネコのことが今は好きになりました。
 さてしかし、この防潮堤のネコたちは大雨の時には、いつもどこで雨をしのいでいるのだろうかということが、私はとても気になっています。たぶん葉がたくさん繁っている木の下でじっとしているのではないかと思っているのですが、それでは完全に雨をしのぐことはできずに濡れることは避けられないのではないかと思っています。風雨が激しい嵐の時には、このネコたちも苦労しているのだろうなと思います。そうして嵐の中で濡れているネコの姿と晴れた日に気持ち良さそうにしているネコの姿とを重ねると、晴れた日のネコの平和の姿が一層引き立つように感じます。
 苦難があるからこそ平和の貴さが一層よくわかるようになるのだと思います。イザヤ書65章19節には、
「わたしはエルサレムを喜び、わたしの民を楽しむ。そこではもう、泣き声も叫び声も聞かれない。」
とあります。エルサレムの民はエルサレム滅亡の悲しみとバビロン捕囚の苦しみを味わいました。その苦難を味わっているからこそ、新しい天と新しい地の創造によってもたらされる平和の喜びは一層大きなものとなります。エデンの園でアダムとエバが罪を犯したことから人は大きな苦難を味わうことになりましたが、この苦難は必要なものであったのかもしれません。

十字架がもたらす平安
 キリスト教では、いつも苦難と平安が抱き合わせになっているようです。イザヤ書53章が、まさにそれを象徴していますね。イザヤ書53章の3節から7節までを交代で読みましょう。

53:3 彼は蔑まれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で、病を知っていた。人が顔を背けるほど蔑まれ、私たちも彼を尊ばなかった。
53:4 まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みを担った。それなのに、私たちは思った。神に罰せられ、打たれ、苦しめられたのだと。
53:5 しかし、彼は私たちの背きのために刺され、私たちの咎のために砕かれたのだ。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、その打ち傷のゆえに、私たちは癒やされた。
53:6 私たちはみな、羊のようにさまよい、それぞれ自分勝手な道に向かって行った。しかし、【主】は私たちすべての者の咎を彼に負わせた。
53:7 彼は痛めつけられ、苦しんだ。だが、口を開かない。屠り場に引かれて行く羊のように、毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、彼は口を開かない。

 特に5節の後半ですね、「彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、その打ち傷のゆえに、私たちは癒やされた。ここでも苦難と平安が一体になっていることを覚えたいと思います。苦難に向かって歩んでいたイエスさまには、いつも平安が伴っていました。だから霊的な目が開かれた私たちはイエスさまが与えて下さる恵みの大きさを感じることができます。しかし霊的な目が閉じられた人にとっては、イエスは見映えのしないみずぼらしくてみじめな者にしか見えません。
 私たちはいつも苦難と平安が一体になっていることを覚えていたいと思います。イエスさまの苦難には素晴らしい平安が伴っています。新しい天と新しい地の素晴らしい平安には旧約の時代の重い罪と苦難、そしてイエス・キリストの十字架の苦難が伴っていることを覚えたいと思います。

子羊の血がもたらす平安
 最後に黙示録22章をまた、ご一緒に味わいたいと思います。既に何度か開いた箇所ですが、きょうもまたご一緒に味わいましょう。黙示録22章の1節から5節までを交代で読みましょう。

22:1 御使いはまた、水晶のように輝く、いのちの水の川を私に見せた。川は神と子羊の御座から出て、
22:2 都の大通りの中央を流れていた。こちら側にも、あちら側にも、十二の実をならせるいのちの木があって、毎月一つの実を結んでいた。その木の葉は諸国の民を癒やした。
22:3 もはや、のろわれるものは何もない。神と子羊の御座が都の中にあり、神のしもべたちは神に仕え、
22:4 御顔を仰ぎ見る。また、彼らの額には神の御名が記されている。
22:5 もはや夜がない。神である主が彼らを照らされるので、ともしびの光も太陽の光もいらない。彼らは世々限りなく王として治める。

 1節に神と子羊の御座とあります。3節にも神と子羊の御座とあります。子羊とは言うまでもなくイエス・キリストのことです。旧約の時代にほふられて血を流した羊のように、イエスさまは十字架で血を流しました。それゆえ子羊です。ここには新しい天と新しい地の素晴らしい平安が描かれていますが、やはり同時に子羊が受けた苦難もまた同時に描かれています。それゆえ、この素晴らしい平安が一層豊かなものになります。
 私たちはこの神と子羊の大きな愛に感謝し、この素晴らしく豊かな平安の恵みを存分に味わい尽くし、そうして、この恵みを多くの方々と分かち合うことができるようになりたいと思います。
 お祈りいたしましょう。
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信仰がなくならない永遠の救い(2018.7.1 聖餐式礼拝)

2018-07-03 07:56:03 | 礼拝メッセージ
2018年7月1日聖餐式礼拝メッセージ
『信仰がなくならない永遠の救い』
【ルカ22:31~32、ヨハネ6:37】

はじめに
 きょうは聖餐式礼拝です。前回は4月1日に聖餐式がありましたから、3ヶ月ぶりです。以前は聖餐式は年に2回ぐらいでしたし、少ない年には1回しかできなかった年もありました。今年は4月に続いてまた聖餐式の恵みに与ることができますから、感謝に思います。

先を見通すことができる神の子イエス
 まずルカ22章の最後の晩餐の場面を見てみたいと思います。私たちはこの「最後の晩餐」を覚えて聖餐の恵みに与ります。
 最後の晩餐は過越の食事でした。過越の食事は、ユダヤ人たちの祖先であるイスラエル人たちがモーセの時代に奴隷になっていた彼らを神である主がエジプトから解放して下さったことを忘れないために、毎年行うものです。彼らがエジプトから脱出した過越の晩は、パンにパン種(酵母入りパン)を入れて発酵させる時間がありませんでしたから、種なしパンを食べました。ではルカ22章7節から13節までを交代で読みましょう。

22:7 過越の子羊が屠られる、種なしパンの祭りの日が来た。
22:8 イエスは、「過越の食事ができるように、行って用意をしなさい」と言って、ペテロとヨハネを遣わされた。
22:9 彼らがイエスに、「どこに用意しましょうか」と言うと、
22:10 イエスは言われた。「いいですか。都に入ると、水がめを運んでいる人に会います。その人が入る家までついて行きなさい。
22:11 そして、その家の主人に、『弟子たちと一緒に過越の食事をする客間はどこか、と先生があなたに言っております』と言いなさい。
22:12 すると主人は、席が整っている二階の大広間を見せてくれます。そこに用意をしなさい。」
22:13 彼らが行ってみると、イエスが言われたとおりであった。それで、彼らは過越の用意をした。

 この記述からもイエスさまは先を見通すことができる神の子であったことがわかります。 

ペテロのために祈ったイエス
 続いて14節から18節までを交代で読みましょう。

22:14 その時刻が来て、イエスは席に着かれ、使徒たちも一緒に座った。
22:15 イエスは彼らに言われた。「わたしは、苦しみを受ける前に、あなたがたと一緒にこの過越の食事をすることを、切に願っていました。
22:16 あなたがたに言います。過越が神の国において成就するまで、わたしが過越の食事をすることは、決してありません。」
22:17 そしてイエスは杯を取り、感謝の祈りをささげてから言われた。「これを取り、互いの間で分けて飲みなさい。
22:18 あなたがたに言います。今から神の国が来る時まで、わたしがぶどうの実からできた物を飲むことは、決してありません。」

 そうしてイエスさまはパンとぶどう酒を弟子たちに与えました。19節と20節(交代で)、

22:19 それからパンを取り、感謝の祈りをささげた後これを裂き、弟子たちに与えて言われた。「これは、あなたがたのために与えられる、わたしのからだです。わたしを覚えて、これを行いなさい。」
22:20 食事の後、杯も同じようにして言われた。「この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による、新しい契約です。

 この食事を、私たちも今日の聖餐式でイエスさまと共にいただきます。
 さて、ルカの福音書にはこの後で次のことが書かれています。少し飛ばして31節と32節(交代で)、

22:31 シモン、シモン。見なさい。サタンがあなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って、聞き届けられました。
22:32 しかし、わたしはあなたのために、あなたの信仰がなくならないように祈りました。ですから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」

 このシモンというのはペテロのことです。ご承知の通りペテロはこの最後の晩餐の後に逮捕されたイエスさまのことを知らないと三度言いました。自分も捕らえられることを恐れてのことでしょう。
 先ほども言いましたが、イエスさまは神の子ですから、この後のペテロがどうなってしまうかについてもご存知でした。ペテロは信仰から離れてしまう危機の中にありました。それは、事態がペテロが思い描いたのとは全く異なる方向に進もうとしていたからです。信仰を持って祈り、イエスさまと共に歩んで来たのに、どうしてこんなことになったのか、ペテロは全く理解できない事態に遭遇します。
 それは言うまでもなく、イエスさまの十字架の死です。ペテロは絶望のどん底につき落とされます。イエスさまと一緒にいた日々は一体何だったのか。イエスさまは救い主の栄光を、この世で現して下さるはずではなかったのか。その希望はイエスさまの十字架の死によって完全に断ち切られてしまいました。そのまま信仰を失ってしまったとしても、少しも不思議ではありません。
 31節と32節のイエスさまは、そのこともまた予見していました。そうして32節のようにおっしゃいました。「わたしはあなたのために、あなたの信仰がなくならないように祈りました。ですから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」

私たちを決して捨てないイエス
 今回私はこの聖餐式礼拝のメッセージを準備していて、このイエスさまのことばに本当に励まされました。私たち沼津教会の者たちもペテロと同じではないでしょうか。イエスさまは私たちに隣の土地を与えて下さいましたから、やがてここに会堂が建ち、イエスさまの栄光が現されることを私は信じて疑いませんでした。皆さんの多くもそうだったであろうと思います。しかし、事態は私たちが全く予期していなかった方向に進み、私たちは今も先が見通せない不安な中を通っています。このことで私たちの信仰がなくなったとしても決して不思議ではないでしょう。しかし、イエスさまはおっしゃって下さっています。「わたしはあなたのために、あなたの信仰がなくならないように祈りました。ですから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」
 イエスさまは決して私たちを見捨てることなく見守って下さっています。今回私はこのルカ22章32節のみことばを味わっていて、ヨハネ6章37節のみことばを思い出しました(週報p.37)。2017年版には、次のように書かれています。

ヨハネ6:37(2017年版) 父がわたしに与えてくださる者はみな、わたしのもとに来ます。そして、わたしのもとに来る者を、わたしは決して外に追い出したりはしません。

 このヨハネ6章37節の最後の部分は、新改訳の第2版と3版では「わたしは決して捨てません」になっています。第2版と3版でヨハネ6章37節をお読みします。

ヨハネ6:37(第2、3版) 父がわたしにお与えになる者はみな、わたしのところに来ます。そしてわたしのところに来る者を、わたしは決して捨てません。

 イエスさまはペテロのことを捨てなかったのと同様に私たちのことも決して捨てません。このヨハネ6章37節は、実は私が高津教会で洗礼を受けた時にいただいたみことばです。2001年のクリスマス礼拝の時でした。私の受洗のみことばとして神様がどうしてこのヨハネ6の37を藤本先生に示したのか、私は教えてもらっていません。それで私は、折りにふれて、なぜこのみことばが与えられたのかを考えています。私が教会に通うようになったきっかけは、父が死んだことでしたが、私は父が洗礼を受けたクリスチャンであったにも関わらず、教会から離れてしまっていたことを気に掛けていました。そのことを私は藤本先生にも話していましたから、イエスさまは父のことも決して捨てていないということを示したくて、このみことばを与えて下さったのかなと思っていた時期もありました。しかし、これは私に対するみことばですから、私が将来教会から離れることがあってもイエスさまは捨てないということを示して下さったのかなと思っていた時期もあります。実際に私は何ヶ月から高津教会から離れていた時期もありました。
 しかし、今回このみことばについて再び思い巡らしていて次のようにも思いました。イエスさまは、将来私が牧師になることを見通していて、このみことばを私に与えるように藤本先生に示したのかもしれない、そんな風にも思えて来ました。

永遠のいのちが与えられた私たち
 この37節を味わう時、これはヨハネ6章の中のみことばなのだということを、しっかりと認識していたいと思います。このヨハネ6章でイエスさまは「いのちのパン」について説いています。このいのちのパンを食べる者は永遠に生きます。ヨハネ6章の47節から51節までを交代で読みましょう。

6:47 まことに、まことに、あなたがたに言います。信じる者は永遠のいのちを持っています。
6:48 わたしはいのちのパンです。
6:49 あなたがたの先祖たちは荒野でマナを食べたが、死にました。
6:50 しかし、これは天から下って来たパンで、それを食べると死ぬことがありません。
6:51 わたしは、天から下って来た生けるパンです。だれでもこのパンを食べるなら、永遠に生きます。そして、わたしが与えるパンは、世のいのちのための、わたしの肉です。」

 イエスさまのもとに来た者はイエスさまからいのちのパンをいただきますから、その者は永遠の命を持ちます。そのように永遠の命を持つならイエスさまから離れることは決してないでしょう。ですから、ヨハネ6章37節は「永遠のいのち」と併せて考える必要があるのでしょう。
 イエスさまの救いを考える時、やはり私たちは「永遠」について深く理解することが欠かせないことを覚えたいと思います。
 きょうの聖書交読ではヨハネの黙示録21章の1節から7節までをご一緒に読みました。先日の礼拝でこの箇所を開いて以来、私はこの黙示録の21章と22章のことがとても心に通っています。新しい都のエルサレムが天からくだって来て地と一つになり、新しい天と新しい地となることは、まさに天の永遠が地にもたらされることを示していると感じて大変に恵まれます。
 イエスさまは黙示録21章6節でおっしゃっています。「わたしはアルファであり、オメガである。初めであり、終わりである」。初めであり、終わりであるとは初めも終わりも一つであるということです。初めが創世記の1章と2章であり、終わりが黙示録の21章と22章であるなら、それらが一つになっているということです。創世記1章と2章の過去も、黙示録21章と22章の未来も一つだということです。まさにこれは過去と未来が一つである天の永遠の世界です。一方、地上の私たちは時間に縛られています。私たちは過去から未来への一方通行の時間の中しか生きることができず、時間に縛られています。しかし、黙示録21章で見たように新しい都のエルサレムが天から降(くだ)って来る時、天と地は一つになって新しい天と新しい地になります。そうして、地上は天と同じ永遠の中に入れられ、そこにいる者は永遠に生きます。

天と地とが噛み合う救いを目指して
 ここ何ヶ月か、私は説教者としてこの先どんなメッセージを語っていくべきだろうかということに思いを巡らしています。ひと頃の私は、永遠について熱心に語っていました。時間の縛りから解放されて永遠を感じることができるようになることの必要性を熱心に説きました。しかし、地上で暮らしている私たちが永遠を共有することは容易ではないことがわかりました。ですから、私はこれから先、どのようなメッセージを語っていくべきか、考え続けています。そうして最近思うことは、天と地の両方の救いの働きが噛み合ってこそ、多くの魂が救われるようになるのではないかということです。
 例えば山や海で人が遭難した場合、救助隊が出動しますが、ヘリコプターを使っての空からの救助隊と地上(または海上)からの救助隊の両方が出動するでしょう。空からだけ、地上(あるいは海上)からだけの場合もあるかもしれませんが、地上の救出隊が遭難現場に先に到達して空からの救出を支援するなら、安全も確保できて、ヘリに確保されたなら迅速に病院へ遭難者を連れて行くことができるでしょう。魂の救いの場合は専ら天の働きによりますが、支援者である私たちも地上で天からの救いを支援します。その際には、やはり先に救われた私たちが天の永遠について、もっとよく理解しておいたほうが、天との連携が上手く噛み合うのではないかと思います。ですから私たちは、永遠のいのちに関してもっと理解を深めることもやはり重要であろうと思います。来週以降の礼拝メッセージでは、このことを念頭に置きながら、また皆さんと共に学んで生きたいと思います。
 お祈りいたします。

6:51 わたしは、天から下って来た生けるパンです。だれでもこのパンを食べるなら、永遠に生きます。そして、わたしが与えるパンは、世のいのちのための、わたしの肉です。」
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新しい天と新しい地(2018.6.17 礼拝)

2018-06-18 09:43:36 | 礼拝メッセージ
2018年6月17日礼拝メッセージ
『新しい天と新しい地』
【黙示録21:1~7】

はじめに
 先週の礼拝メッセージで予告した通り、きょうは黙示録21章の新しい天と新しい地の箇所を学びます。
 先週は創世記2章のエデンの園の箇所を開きました。今の世の中では国内でも国外でも様々な悪が平然と行われるようになり、悪の支配がどんどん加速しているように感じます。その中にあって私たちは気付かない間に悪の支配に慣らされてしまっているようにも思います。その悪の支配に慣らされないように、最高に聖い場所であるエデンの園と新しい天と新しい地に目を向けて思いを巡らしたいと思います。
 きょうは先ず、きょうの聖書箇所である黙示録21章の1~7節を簡単に見てから、黙示録の全体を概観することを考えています。これまで私がこの教会に着任してから黙示録を開いたことはほとんどないからです。廣瀬先生の時代には黙示録を開いたかもしれませんが、少なくとも私が来てからの5年間は黙示録をほとんど開きませんでしたから、ごく簡単に黙示録の全体を眺めてみたいと思います。そしてその後で、黙示録の最後の章の22章をご一緒に見て、メッセージを締めくくることにしたいと思います。

新しい天と新しい地
 では、黙示録21章の1節から見て行きます。

21:1 また私は、新しい天と新しい地を見た。以前の天と以前の地は過ぎ去り、もはや海もない。

 この21章から、前の20章までとは全く異なる新しい時代が始まります。それまでがどうであったかは、後で見ることにして、とりあえず前に進めます。2節、

21:2 私はまた、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために飾られた花嫁のように整えられて、神のみもとから、天から降(くだ)って来るのを見た。

 これは壮大な光景ですね。天使が降(くだ)って来るとかでなく、都ごと降って来るということです。

21:3 私はまた、大きな声が御座から出て、こう言うのを聞いた。「見よ、神の幕屋が人々とともにある。神は人々とともに住み、人々は神の民となる。神ご自身が彼らの神として、ともにおられる。

 神は人々とともに住み、人々は神の民となります。これはエデンの園の時代に帰るというように捉えることができるように思います。いつの時代にも神様は人々と共にいましたが、旧約の時代には聖所は垂れ幕で仕切られていました。その意味で、神様と人とは完全に共にいたわけではありません。ペンテコステの日以降に聖霊が降ってからは神様はより近い存在になりましたが、それでも聖霊は天におられる御父と御子から降って来ましたから、人と天との距離は相変わらず離れています。その天から新しいエルサレムが降って来て、22章の1節と3節によれば神と子羊の御座がこの新しいエルサレムの都の中にあるということですから、ペンテコステ以降よりもさらに神様は近い存在になるということですね。本当に素晴らしいことです。
 続いて4節、

21:4 神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない。以前のものが過ぎ去ったからである。」

「もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない」、まさに新しい時代の始まりであり、アダムとエバが罪を犯す前のエデンの園も、そのようであったことでしょう。
 次に5節、

21:5 すると、御座に座っておられる方が言われた。「見よ、わたしはすべてを新しくする。」また言われた。「書き記せ。これらのことばは真実であり、信頼できる。」

 今の汚れた世から考えると、まさにすべてが新しいことです。そして、「これらのことばは真実であり、信頼できる」という神様のことばがありますから、とても心強く感じます。

21:6 また私に言われた。「事は成就した。わたしはアルファであり、オメガである。初めであり、終わりである。わたしは渇く者に、いのちの水の泉からただで飲ませる。

 いのちの水をいただくのに何のお金も要りません。ただイエス・キリストを信じれば、いのちの水をいただくことができます。

都に入ることができる者とできない者
 続いて7節をお読みします。

21:7 勝利を得る者は、これらのものを相続する。わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる。

 ただし、イエス・キリストを信じない者は、この都に入ることができません。21章の26節と27節をお読みします。

21:26 こうして人々は、諸国の民の栄光と誉れを都に携えて来ることになる。
21:27 しかし、すべての汚れたもの、また忌まわしいことや偽りを行う者は、決して都に入れない。入ることができるのは、子羊のいのちの書に記されている者たちだけである。

 いのちの書に記されていない者はどうなるかというと、それは20章の15節に書かれています。

20:15 いのちの書に記されていない者はみな、火の池に投げ込まれた。

 そうして21章が始まりますから、新しい天と新しい地は、火の池に投げ込まれなかった、いのちの書に記されていた者だけが体験することができるのですね。
 聖書によれば、これが、この世の終わりの時に起こることです。
 だから火の池に投げ込まれないようにイエスさまを信じましょうということになるのですが、それだと何だか脅迫して信仰を勧めているようで、どうも私はそういう説教をする気にはなれません。それで、今までそのような説教をしたことがありませんでした。恐らく、これからもしないと思います。しかし、昨今のあまりにも悪の支配が進むひどい世界を見せ付けられている中にいて、この悪の支配に慣らされないようにしましょうという形でなら、脅迫ではなくて聖い神様の方に目を向けることをお勧めする形で、結果的に火の池に投げ込まれる道へ人々が進むことを引き止めることができるであろうと思うわけです。

黙示録の概観
 では、残りの時間で黙示録全体をごく簡単に見ることにしたいと思います。

 このヨハネの黙示録の最初、1章1節から3節までを交代で読みましょう。

1:1 イエス・キリストの黙示。神はすぐに起こるべきことをしもべたちに示すため、これをキリストに与えられた。そしてキリストは、御使いを遣わして、これをしもべヨハネに告げられた。
1:2 ヨハネは、神のことばとイエス・キリストの証し、すなわち、自分が見たすべてのことを証しした。
1:3 この預言のことばを朗読する者と、それを聞いて、そこに書かれていることを守る者たちは、幸いである。時が近づいているからである。

 この黙示録には、これから起きることが書かれています。1節には「すぐに起きる」とあり、3節には「時が近づいている」とあります。この黙示録が書かれてから1900年以上が経っていますが、まだその時は来ていません。しかし、神様にとっては、千年が一日のようですから、まだわずか二日が経ったか経たないかということなのかもしれません。
 このことに備えて2章と3章には七つの教会へのメッセージが書かれています。3章20節のみことばは有名ですね。

3:20 見よ、わたしは戸の外に立ってたたいている。だれでも、わたしの声を聞いて戸を開けるなら、わたしはその人のところに入って彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。

 私たちはいつも、イエスさまの声に耳を澄ませていたいと思います。そして4章からはヨハネが見た幻が書かれています。これらについて、じっくり見る時間はありませんが、サタンが地上に投げ落とされた件(くだり)は見ておきたいと思います。

地上に投げ落とされたサタン
 12章の7節から9節までを交代で読みましょう。

12:7 さて、天に戦いが起こって、ミカエルとその御使いたちは竜と戦った。竜とその使いたちも戦ったが、
12:8 勝つことができず、天にはもはや彼らのいる場所がなくなった。
12:9 こうして、その大きな竜、すなわち、古い蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれる者、全世界を惑わす者が地に投げ落とされた。また、彼の使いたちも彼とともに投げ落とされた。

 世の中がこんなにも悪に満ちているのは、サタンが地上に投げ落とされたからなのですね。それはこの黙示録が書かれた1世紀の末においても、21世紀の今も変わりません。続いて13章の13章の1節と2節を交代で読みましょう。

13:1 また私は、海から一頭の獣が上って来るのを見た。これには十本の角と七つの頭があった。その角には十の王冠があり、その頭には神を冒瀆する様々な名があった。
13:2 私が見たその獣は豹に似ていて、足は熊の足のよう、口は獅子の口のようであった。竜はこの獣に、自分の力と自分の王座と大きな権威を与えた。

 1節に、海から上がって来た獣の頭には神を冒涜する様々な名があったとあります。そして2節には、竜はこの獣に、自分の力と自分の王座と大きな権威を与えたとあります。竜というのは地上に投げ落とされたサタンです。サタンはこの獣に大きな権威を与えました。続いて3節と4節、

13:3 その頭のうちの一つは打たれて死んだと思われたが、その致命的な傷は治った。全地は驚いてその獣に従い、
13:4 竜を拝んだ。竜が獣に権威を与えたからである。また人々は獣も拝んで言った。「だれがこの獣に比べられるだろうか。だれがこれと戦うことができるだろうか。」

 全地は驚いてその獣に従い、竜を拝みました。そして獣も拝みました。サタンを拝み、サタンが権威を与えた獣も拝むとは、何と恐ろしいことでしょうか。これこそ神を恐れない行為です。それゆえ、この世はますます悪の支配が進んでしまいます。次に5節と6節を交代で読みます。

13:5 この獣には、大言壮語して冒瀆のことばを語る口が与えられ、四十二か月の間、活動する権威が与えられた。
13:6 獣は神を冒瀆するために口を開いて、神の御名と神の幕屋、また天に住む者たちを冒瀆した。

 大言壮語して冒涜のことばを語る人は今の世にもいますね。本当に恐ろしいことです。7節と8節を交代で読みます。

13:7 獣は、聖徒たちに戦いを挑んで打ち勝つことが許された。また、あらゆる部族、民族、言語、国民を支配する権威が与えられた。
13:8 地に住む者たちで、世界の基が据えられたときから、屠られた子羊のいのちの書にその名が書き記されていない者はみな、この獣を拝むようになる。

 いのちの書にその名が書き記されていない者は、この獣を拝みます。しかしいのちの書に名が記されているなら、この獣を拝むことはしません。
 ですから、イエス・キリストを信じていのちの書に名が記される必要があります。私たちは火の池に投げ込まれないためにイエス・キリストを信じるのではなく、サタンと獣を拝むような恐ろしいことをせず、聖い神様の方向を向くことができるように、イエス・キリストを信じたいと思います。イエス・キリストを信じないなら火の池に投げ込まれると脅迫して信仰を勧めるのではなく、今のこの世のひどい悪に慣らされずに聖い神様の方向を向くことができるよう、信仰を持つことを勧めたいと思います。

天から降ってきた御座
 では最後に22章を見ることにしたいと思います。1節から5節までを交代で読みましょう。

22:1 御使いはまた、水晶のように輝く、いのちの水の川を私に見せた。川は神と子羊の御座から出て、
22:2 都の大通りの中央を流れていた。こちら側にも、あちら側にも、十二の実をならせるいのちの木があって、毎月一つの実を結んでいた。その木の葉は諸国の民を癒やした。
22:3 もはや、のろわれるものは何もない。神と子羊の御座が都の中にあり、神のしもべたちは神に仕え、
22:4 御顔を仰ぎ見る。また、彼らの額には神の御名が記されている。
22:5 もはや夜がない。神である主が彼らを照らされるので、ともしびの光も太陽の光もいらない。彼らは世々限りなく王として治める。

 何と聖い世界でしょうか。私たちはこの聖い世界に、もっと目を向けることができるようになりたいと思います。ただし同時に、今の汚れた世からも目を離してはならないと思います。聖い世界に目を向けるのは悪の支配に慣らされないためであり、今の世に背を向けるためではありません。今の世に背を向けてしまったら、この世で苦しんでいる方々にイエスさまのことをお伝えすることができなくなってしまいます。
 ですから私たちは神様の聖い世界に目を向けつつ、悪に支配されたこの世からも目を離さないでいて、聖いイエスさまのことを多くの方々にお伝えして行きたいと思います。

おわりに
 最後に16節と17節を交代で読んで、メッセージを閉じます。
 
22:16 「わたしイエスは御使いを遣わし、諸教会について、これらのことをあなたがたに証しした。わたしはダビデの根、また子孫、輝く明けの明星である。」
22:17 御霊と花嫁が言う。「来てください。」これを聞く者も「来てください」と言いなさい。渇く者は来なさい。いのちの水が欲しい者は、ただで受けなさい。

 お祈りいたしましょう。
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