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一粒のタイル2

平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるからです。(マタイ5:9)

南へ旅立ったツバメたち

2025-08-24 08:40:26 | 折々のつぶやき
引越し先のブログ「一粒のタイル3」に投稿しました。
https://chissonosuke.hatenablog.com/
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とりあえず引越し先のブログを公開します

2025-08-18 09:02:43 | 折々のつぶやき
まだ設定中ですが、引越し先のブログを公開して、様子を見ることにします。
無料版ですので、広告が表示されます。
有料版にするかどうかは、もう少し考えます。
下記が引越し先のURLです。
https://chissonosuke.hatenablog.com/
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引越し作業中

2025-08-17 08:09:12 | 折々のつぶやき
 グズグズしていましたが、ようやく重い腰を上げてブログの引越し作業に取り掛かりました。
 引越し先は、はてなブログ。ブログ名は「一粒のタイル3」を考えています。
 引越しが完了したら、またこちらで報告します。
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『くつ屋のマルチン』と『ヨハネの福音書』

2025-08-16 10:12:08 | 折々のつぶやき
2025年8月15日静岡朝朝祷会メッセージ

終戦の日のメッセージ
~『くつ屋のマルチン』と『ヨハネの福音書』~

 きょうは終戦の日です。この日にメッセージを担当させていただけることを感謝に思います。
 私が神学校に入学する時に与えられた聖句はイザヤ書52章7節です。

イザヤ52:7 良い知らせを伝える人の足は、山々の上にあって、なんと美しいことか。平和を告げ知らせ、幸いな良い知らせを伝え、救いを告げ知らせ、「あなたの神は王であられる」とシオンに言う人の足は。

 私は平和を告げ知らせるために、神様から呼ばれましたから、8月15日には格別の思いがあります。
 平和を巡る状況は悪くなる一方ですが、私に与えられた使命を淡々と行っていこうと決意を新たにしているところです。
 私は神学生の4年生の時の2011年に新約聖書の『ヨハネの福音書』の従来とは全く異なる読み方を知りました。それゆえ私に与えられた使命は『ヨハネの福音書』の新しい読み方がもたらす深い平安を多くの方々に伝えることです。心に深い平安があれば争い事も少なくなるでしょう。しかし、『ヨハネの福音書』の新しい読み方を知ってから14年になりますが、なかなか上手く伝えられていません。そんな中、最近少し反省していることがあります。これまでの私は『ヨハネの福音書』の従来の読み方を改めなければならないという思いが強すぎたように思います。
 しかし、スポーツや芸術や学問の楽しみ方がいろいろでなのと同じで、聖書の楽しみ方もいろいろです。それなのに私は『ヨハネの福音書』の新しい読み方にこだわり過ぎていました。それゆえ、これからは『ヨハネの福音書』には、今までの読み方に加えて、こういう別の読み方もある、という伝え方をして行こうと思います。
 そして今考えているのは、『くつ屋のマルチン』のイエス・キリストを、『ヨハネの福音書』の読み方に応用することです。
 『くつ屋のマルチン』は、教会ではクリスマスの頃に子ども向けの劇などで演じられることが多く、私も何度か劇に出た経験があります。
 イエス・キリストはどのような形で人の前に現れるのか、『くつ屋のマルチン』は分かりやすく伝えています。ご存知の方も多いと思いますが、簡単にあらすじを紹介します。

 ある晩、靴職人のマルチンは聖書を開いたまま寝てしまいました。その時、「マルチン、明日あなたの所に行きます」というイエスの声をマルチンは聞きました。翌日、マルチンはイエスに会えることを楽しみに、窓の外を気に掛けながら仕事をしました。冬の寒い日で、外では雪かきをしている年老いた男性が凍えていました。それでマルチンは男性を暖かい部屋に招き入れて熱いお茶をごちそうしました。他にも外で困っていた人々を招き入れて助けました。
 そうして一日が終わり、マルチンはイエスが現れなかったことに落胆していました。その時、昼間に助けた男性が現れて「マルチン、分からなかったのですか。わたしですよ。」と言って消えました。他にもマルチンが助けた人々が現れては「わたしですよ。」と言って消えました。実はイエスはマルチンが助けた人々の姿を借りて、マルチンの前に現れていたのでした。

 私自身も『くつ屋のマルチン』を通してイエスと出会った経験があります。2009年の3月、神学生の1年生の時、4年生が卒業公演で『くつ屋のマルチン』の劇を行いました。神学生が少なかったので1年生の私もマルチンの友人役で出演しました。そうして劇を見て下さった教会の方々の多くが私の演技を褒めて下さいました。私自身は、そんなに上手く演じられた気はしなかったので、お世辞だと思いましたが、いろいろな方々から「良かったよ」と言っていただけたので、とても元気づけられました。神学校での寮生活は規則が厳しくて、入学前まで自由奔放に暮らしていた私は苦しい思いをしていました。特に1年生の時は苦しかったです。そんな私を励ますためにイエスは教会の方々の姿を借りて、私の前に次々と現れたのだと思います。

 マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネの四福音書もイエスと出会った人々を描いていますが、マタイ・マルコ・ルカが紀元30年頃の地上生涯のイエスと出会った人々を描いているのに対して、ヨハネはそれ以外の時代――「旧約の時代」と「使徒の時代」――にイエスと出会った人々を描いている、という読み方ができます。『ヨハネの福音書』には「旧約の時代」と「使徒の時代」が重ねられているからです[詳しくは拙著『「ヨハネの福音書」と「夕凪の街 桜の国」~平和の実現に必要な「永遠」への覚醒~』(ヨベル新書 2017)を参照願います]。

 例えばヨハネ1章45~51節は、創世記のヤコブがイエスと出会った時代を描いています。ヤコブは兄のエサウとの再会を目前にしてペヌエルで神様と格闘しました。そして名前を神様に聞かれた時に偽らずに「ヤコブです」と答えました。その20年前、ヤコブは父のイサクに対して自分を偽り、「エサウです」と答えていました。しかし、この時は偽らずに「ヤコブです」と答えました。それで、ヤコブは神様からイスラエルの名前を与えられました。

創世記32:27 その人は言った。「あなたの名は何というのか。」彼は言った。「ヤコブです。」
28 その人は言った。「あなたの名は、もうヤコブとは呼ばれない。イスラエルだ。」

 これを記したのがヨハネ1章47節です。

ヨハネ1:47 イエスはナタナエルが自分の方に来るのを見て、彼について言われた。「見なさい。まさにイスラエル人です。この人には偽りがありません。」

 つまり、神様と格闘していた創世記のヤコブは、実はイエスと格闘していたのだと『ヨハネの福音書』は伝えています。

 列王記第一のアハブ王の時代のツァレファテのやもめは、エリヤの姿を借りたイエスに出会っていました。このことを伝えているのがヨハネ4章7節です。

列王記第一17:10 彼(エリヤ)はツァレファテへ出て行った。その町の門に着くと、ちょうどそこに、薪を拾い集めている一人のやもめがいた。そこで、エリヤは彼女に声をかけて言った。「水差しにほんの少しの水を持って来て、私に飲ませてください。」

ヨハネ4:7 一人のサマリアの女が、水を汲みに来た。イエスは彼女に、「わたしに水を飲ませてください」と言われた。

 もう一つ、旧約聖書の時代のイエスの例を示します。ヨハネ10章1節のイエスのことばは、エレミヤの叫びです。

ヨハネ10:1 「まことに、まことに、あなたがたに言います。羊たちの囲いに、門から入らず、ほかのところを乗り越えて来る者は、盗人であり強盗です。」

 このヨハネ10章1節に対応する旧約聖書の箇所は、列王記第二の24章1節です。

列王記第二24:2 そこで主は、カルデア人の略奪隊、アラムの略奪隊、モアブの略奪隊、アンモン人の略奪隊を遣わしてエホヤキムを攻められた。ユダを攻めて滅ぼすために彼らを遣わされたのである。主がそのしもべである預言者たちによって告げられたことばのとおりであった。

 このことをエレミヤは次のことばで預言しています。

エレミヤ25:36 牧者たちの叫ぶ声がする。群れの飼い主たちの泣き声が。主が彼らの牧場を荒らしておられるからだ。

 主は不信仰を改めようとしないエルサレムに、外国人の略奪隊を遣わしました。略奪隊は城壁を乗り越えてエルサレムに侵入して財宝を略奪しました。そうしてエルサレムは滅亡しました。このことを預言したのはエレミヤは、実はエレミヤの姿を借りたイエスであったことを、『ヨハネの福音書』は示しています。

 他にもまだ、たくさん例がありますが、時間の関係でここまでとします。そして、イエスは『ヨハネの福音書』の読者の私たちにも現れています。『ヨハネの福音書』には「イエスが愛された弟子」、すなわち「愛弟子」が登場しますが、実はこの「愛弟子」はこの福音書の読者である私たちです。イエスは私たちを愛して下さっていますから、私たちは「愛弟子」です。『ヨハネの福音書』を何度も読み込む間に、いつの間にか私たちは聖霊の働きで書の中に入り込み、登場人物の「愛弟子」になります。最後の場面を、少し長いですが引用します。

ヨハネ21:20 ペテロは振り向いて、イエスが愛された弟子がついて来るのを見た。この弟子は、夕食の席でイエスの胸元に寄りかかり、「主よ、あなたを裏切るのはだれですか」と言った者である。
21 ペテロは彼を見て、「主よ、この人はどうなのですか」とイエスに言った。
22 イエスはペテロに言われた。「わたしが来るときまで彼が生きるように、わたしが望んだとしても、あなたに何の関わりがありますか。あなたは、わたしに従いなさい。」
23 それで、その弟子は死なないという話が兄弟たちの間に広まった。しかし、イエスはペテロに、その弟子は死なないと言われたのではなく、「わたしが来るときまで彼が生きるように、わたしが望んだとしても、あなたに何の関わりがありますか」と言われたのである。
24 これらのことについて証しし、これらのことを書いた者は、その弟子である。私たちは、彼の証しが真実であることを知っている。
25 イエスが行われたことは、ほかにもたくさんある。その一つ一つを書き記すなら、世界もその書かれた書物を収められないと、私は思う。

 聖書は世代を超えて受け継がれて行きますから、「愛弟子」も世代を超えて受け継がれ、イエスが再び来られる時まで決して死にません。そうして「愛弟子」の私たちはイエスがして下さったことを証しします。その一つ一つを書き記すなら、世界もその書かれた書物を収められないでしょう。
 このようにして、イエスは聖書の読者である私たちにも現れて下さっています。くつ屋のマルチンに現れたように、私たちにも現れます。そうして、私たちに深い平安を与えて下さいます。この深い平安を知るなら、争い事は減って行くことでしょう。
 このような『ヨハネの福音書』の読み方を、他の人にもしてもらいたいと以前の私は思っていました。でも、スポーツや芸術や学問に楽しみ方があるように、聖書の楽しみ方もいろいろです。ですから、これからは、こういう別の読み方もある、という伝え方にしたいと思います。
 神様があと何年私を生かして下さるのか分かりませんが、与えられている日数の限り、『ヨハネの福音書』を読むことで与えられる深い平安、――イエスと出会うことで得られる深い平安――を伝えて行きたいと願っています。今回、朝祷会のメッセージの機会をいただけたことで、この思いを新たにすることができましたから、心より感謝致します。
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終戦の日のメッセージ(予稿)

2025-08-12 11:14:50 | 折々のつぶやき
2025年8月15日静岡朝朝祷会奨励(予稿)

 きょうは終戦の日です。この日に朝祷会の奨励を務めさせて欲しいと、私の方からお願いしました。
 私が神様から牧師になるよう召し出された時の召命の聖句はイザヤ52:7です。

イザヤ52:7 良い知らせを伝える人の足は、山々の上にあって、なんと美しいことか。平和を告げ知らせ、幸いな良い知らせを伝え、救いを告げ知らせ、「あなたの神は王であられる」とシオンに言う人の足は。

 私は平和を告げ知らせるために、召し出されましたから、8月15日には格別の思いがあります。
 しかし、平和を巡る状況は悪くなる一方です。それゆえ気力が失せそうになることもありますが、私に与えられた使命を淡々と行っていこうと決意を新たにしているところです。今現在、牧師の仕事には就いていませんが「平和を告げ知らせる」ことはネットを通じてもできますから、続けて行くつもりです。
 私に与えられた使命は、ヨハネの福音書を通じて神様が与えて下さる平安を多くの方々に実感していただくことです。ヨハネの福音書がどういう書であるのか、神様が私に示して下さってから、もう14年になりますが、なかなか上手く伝えることができていません。そんな中、最近少し反省していることがあります。これまでの私は、ヨハネの福音書はこういう書だから、こう読まなければならないという思い込みが激し過ぎたように思います。
 しかし、たとえば野球であれば、アメリカのメジャーリーグでプレーする選手もいれば、それを観戦して楽しむ人もいます。日本のプロ野球でプレーする選手もいて、それを観戦して楽しむ人もいます。高校球児もたくさんいて、高校野球を観戦して楽しむ人もたくさんいます。小中学校で野球をする選手もたくさんいて、それを観戦して楽しむ人もたくさんいます。野球一つでも、楽しみ方はいろいろです。
 聖書の楽しみ方もいろいろです。それなのに私は神様が自分に示して下さったヨハネの福音書の読み方にこだわり過ぎていたように思います。それゆえ、これからはヨハネの福音書には、こういう読み方もありますよ、という伝え方をして行けたら良いなと思っています。
 そうして最近示されているのは、『くつやのマルチン』のイエス様を、ヨハネの福音書の読み方に応用することです。
 『くつやのマルチン』は、教会ではクリスマスの頃に子ども向けの劇などで演じられることが多く、私も何度か劇に出た経験があります。
 どのような形でイエス・キリストは人の前に現れるのか、『くつやのマルチン』は分かりやすく伝えています。ご存知のことと思いますが、簡単にあらすじを紹介します。

 ある晩、靴職人のマルチンは聖書を開いたまま寝てしまいました。その時、「マルチン、明日あなたの所に行きます」というイエス様の声をマルチンは聞きました。翌日、マルチンはイエス様に会えることを楽しみに、窓の外を気に掛けながら仕事をしました。冬の寒い日で、外では雪かきをしている年老いた男性が凍えていました。それでマルチンは男性を暖かい部屋に招き入れて熱いお茶をごちそうしました。他にも外で困っていた人々を招き入れて助けました。
 そうして一日が終わり、マルチンはイエス様が現れなかったことに落胆していました。その時、昼間にマルチンが助けた男性が現れて「マルチン、分からなかったのですか。わたしですよ。」と言って消えました。他にもマルチンが助けた人々が現れては「わたしですよ。」と言って消えました。実はイエス様はマルチンが助けた人々の姿を借りて、マルチンの前に現れていたのでした。

 私自身も『くつやのマルチン』を通してイエス様と出会った経験があります。2009年の3月、神学生の1年生の時、4年生が卒業公演で『くつやのマルチン』の劇を行いました。神学生が少なかったので1年生の私もマルチンの友人役で出演しました。そうして劇を見て下さった教会の方々の多くが私の演技を褒めて下さいました。私自身は、そんなに上手く演じられた気はしなかったので、お世辞だと思いましたが、いろいろな方々から「良かったよ」と言っていただけたので、とても元気づけられました。神学校での寮生活は規則が厳しくて、入学前まで自由奔放に暮らしていた私は苦しい思いをしていました。特に1年生の時は苦しいことの連続でした。そんな私をイエス様は教会の方々の姿を借りて励まして下さったのだと思います。
 『ヨハネの福音書』も、イエス様と出会った人々を描いています。『ヨハネの福音書』のイエス様は一見するとマタイ・マルコ・ルカが描いたのと同じ地上生涯のイエス様ですが、実は地上に降誕する前の『旧約聖書』の時代のイエス様や復活後の『使徒の働き(使徒言行録)』の時代のイエス様であるという読み方ができます。
 例えばヨハネ1章45~51節は、創世記のヤコブがイエス様と出会った時代を描いています。ヤコブは兄のエサウとの再会の前にペヌエルで神様と格闘しました。そして名前を神様に聞かれた時に偽らずに「ヤコブです」と答えました。その20年前、ヤコブは父のイサクに対して自分を偽り、「エサウです」と答えていました。しかし、この時は偽らずに「ヤコブです」と答えました。それで、ヤコブは神様からイスラエルの名前を与えられました。

創世記32:27 その人は言った。「あなたの名は何というのか。」彼は言った。「ヤコブです。」
28 その人は言った。「あなたの名は、もうヤコブとは呼ばれない。イスラエルだ。」

これを記したのがヨハネ1章47節です。

ヨハネ1:47 イエスはナタナエルが自分の方に来るのを見て、彼について言われた。「見なさい。まさにイスラエル人です。この人には偽りがありません。」

 つまり、神様と格闘していた創世記のヤコブは、実はイエス様と格闘していたのだとヨハネの福音書は伝えています。
 列王記第一のアハブ王の時代のツァレファテのやもめは、エリヤの姿を借りたイエス様に出会っていました。このことを伝えているのがヨハネ4章7節です。

列王記第一17:10 彼(エリヤ)はツァレファテへ出て行った。その町の門に着くと、ちょうどそこに、薪を拾い集めている一人のやもめがいた。そこで、エリヤは彼女に声をかけて言った。「水差しにほんの少しの水を持って来て、私に飲ませてください。」

ヨハネ4:7 一人のサマリアの女が、水を汲みに来た。イエスは彼女に、「わたしに水を飲ませてください」と言われた。

 もう一つ旧約聖書の時代のイエス様の例を示します。ヨハネ10章1節のイエス様のことばは、エレミヤの叫びです。

ヨハネ10:1 「まことに、まことに、あなたがたに言います。羊たちの囲いに、門から入らず、ほかのところを乗り越えて来る者は、盗人であり強盗です。」

 このヨハネ10章1節に対応する旧約聖書の箇所は、列王記第二の24章1節です。

列王記第二24:2 そこで主は、カルデア人の略奪隊、アラムの略奪隊、モアブの略奪隊、アンモン人の略奪隊を遣わしてエホヤキムを攻められた。ユダを攻めて滅ぼすために彼らを遣わされたのである。主がそのしもべである預言者たちによって告げられたことばのとおりであった。

エレミヤ25:36 牧者たちの叫ぶ声がする。群れの飼い主たちの泣き声が。主が彼らの牧場を荒らしておられるからだ。

 主は不信仰を改めようとしないエルサレムに、外国人の略奪隊を遣わしました。略奪隊は城壁を乗り越えてエルサレムに侵入して財宝を略奪しました。そうしてエルサレムは滅亡しました。このことを預言したのはエレミヤですが、それは実はエレミヤの姿を借りたイエス様であったことを、ヨハネの福音書は示しています。
 他にもまだ、たくさん例がありますが、時間の関係でここまでとします(詳しくは、拙著『「ヨハネの福音書」と「夕凪の街 桜の国」』をご覧下さい)。そして、イエス様はヨハネの福音書の読者の私たちにも現れて下さっています。ヨハネの福音書には「イエスが愛された弟子」、すなわち「愛弟子」が登場しますが、実はこの愛弟子はヨハネの福音書の読者である私たちです。イエス様は私たちを愛して下さっていますから、私たちは「愛弟子」です。ヨハネの福音書の最後の場面を、少し長いですが引用します。

ヨハネ21:20 ペテロは振り向いて、イエスが愛された弟子がついて来るのを見た。この弟子は、夕食の席でイエスの胸元に寄りかかり、「主よ、あなたを裏切るのはだれですか」と言った者である。
21 ペテロは彼を見て、「主よ、この人はどうなのですか」とイエスに言った。
22 イエスはペテロに言われた。「わたしが来るときまで彼が生きるように、わたしが望んだとしても、あなたに何の関わりがありますか。あなたは、わたしに従いなさい。」
23 それで、その弟子は死なないという話が兄弟たちの間に広まった。しかし、イエスはペテロに、その弟子は死なないと言われたのではなく、「わたしが来るときまで彼が生きるように、わたしが望んだとしても、あなたに何の関わりがありますか」と言われたのである。
24 これらのことについて証しし、これらのことを書いた者は、その弟子である。私たちは、彼の証しが真実であることを知っている。
25 イエスが行われたことは、ほかにもたくさんある。その一つ一つを書き記すなら、世界もその書かれた書物を収められないと、私は思う。

 聖書は世代を超えて受け継がれて行きますから、愛弟子の私たちも世代を超えて受け継がれて、イエス様が再び来られる時まで決して死にません。そうして、私たちはイエス様がして下さったことを証しします。その一つ一つを書き記すなら、世界もその書かれた書物を収められないでしょう。
 このようにして、イエス様は聖書の読者である私たちに現れて下さっています。くつ屋のマルチンに現れて下さったように、私たちにも現れて下さっています。そうして、私たちに平安を与えて下さっています。
 始めにも言いましたが、このようなヨハネの福音書の読み方を、他の人にも皆、してもらいたいと私は思っていました。でも、野球にいろいろな楽しみ方があるように、聖書の楽しみ方もいろいろです。ですから、これからは、こういう読み方もありますよ、とう伝え方にして行くことにしたいと思います。
 神様があと何年私を生かして下さるのか分かりませんが、与えられている日数の限り、ヨハネの福音書を読むことで与えられる平安を伝えて行くことで、平和を告げ知らせて行きたいと願っています。今回、朝祷会の奨励の機会をいただけたことで、この決意を新たにすることができましたから、神様と朝祷会のメンバーの皆様に心より感謝申し上げます。
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ヨハネはめぐる(1)

2025-07-22 11:00:34 | 折々のつぶやき
ヨハネはめぐる(1)
~百億人を超える証人たち~

 新約聖書のヨハネの福音書は、次の奇妙な言葉で締めくくられています。

ヨハネ21:24 これらのことについて証しし、これらのことを書いた者は、その弟子である。私たちは、彼の証しが真実であることを知っている。
25 イエスが行われたことは、ほかにもたくさんある。その一つ一つを書き記すなら、世界もその書かれた書物を収められないと、私は思う。

 この箇所を初めて読んだ時、随分と大げさだなと、私は思いました。イエスがどんなに多くのことをしたとしても、世界が収められないほどになるとは思えませんでした。誇張が過ぎると思いました。しかし、ヨハネの福音書を繰り返し読むうちに、その真意が段々と分かって来ました。そして、この2つの節に難解と言われるヨハネの福音書を読み解く鍵があると気付きました。

 マタイ・マルコ・ルカの福音書によれば、イエスはおよそ30歳の時にガリラヤで宣教を始めて、しばらく北方の地で人々に教えを説いた後に南下してエルサレムを目指します。そしてエルサレムに入京してわずか5日後に捕らえられて十字架の死刑で亡くなりました。このわずかな宣教期間にイエスがどれだけ多くのことをしたとしても、その証言の書が世界に収めきれないほどになるでしょうか。

 しかし、十字架の死後に復活したイエスに出会った人なら無数にいます。たとえば使徒パウロはキリスト教徒を迫害していましたが、復活したイエスに出会ったことで劇的に変えられてキリストの教えを説くようになり、多くの手紙を残しました。私も復活したイエスに出会って牧師になり、本を出版しました。一体どれくらいの人が復活したイエスに出会ったのか、正確な数は分かりませんが、21世紀の現代までに百億人を超えるのではないでしょうか。仮に超えていなかったとしても、やがて超えることは確かです。

 このように、ヨハネの福音書とは十字架の死後に復活したイエスとの出会いを証言した書です。十字架のイエスもそれぞれの時代を生きる読者が心の中で出会ったイエスです。ブログでは繰り返し書いて来たことですが、ヨハネが描いたイエスはマタイ・マルコ・ルカと同じ地上生涯のイエスである、という聖書読者の思い込みがあまりにも強烈であるため、簡単にはくつがえりません。しかし、思い込みがどんなに強烈であったとしても、約500年前にコペルニクスから始まった天動説から地動説への移行が約150年掛けてニュートンによって成し遂げられように、いつかは思い込みから解き放たれる時が来ます。見かけ上の太陽は動いていますから、動いているのは地球だとは、なかなか信じられません。同様に、ヨハネの福音書のイエスは見かけ上は地上にいます。それゆえヨハネが描いたイエスはマタイ・マルコ・ルカのイエスと同時代に【いない】ことが信じられないのは当然です。でも、いつかは信じられるようになるでしょう。

 ヨハネの福音書のイエスがマタイ・マルコ・ルカのイエスと同時代に【いない】ことはヨハネ4章1~2節を読めば明らかです。

ヨハネ4:1 パリサイ人たちは、イエスがヨハネよりも多くの弟子を作ってバプテスマを授けている、と伝え聞いた。それを知るとイエスは、
2 ──バプテスマを授けていたのはイエスご自身ではなく、弟子たちであったのだが──

 マタイ・マルコ・ルカの福音書はイエスや弟子たちがバプテスマを授けていたとは書いていません。したがってヨハネ4章のイエスはマタイ・マルコ・ルカのイエスとは異なる時代にいます。具体的に言えば、ここにいるのは五旬節に多くの人がイエスを信じてバプテスマを受けた頃のイエスです。バプテスマを授けたのは弟子たちでしたが、聖霊を受けた弟子たちの内にはイエスが居ましたから、イエスがバプテスマを授けたのと同じことです。ヨハネ4章1~2節は、その状況を描いています。

 終戦80年の今年、多くの人の心の内にイエスの平安が与えられるように願っています。
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【神の存在証明】

2025-07-07 05:08:27 | 折々のつぶやき
 ヨハネの福音書の存在が神の存在証明になる、最近そんなことを考えています。
 理屈は単純です。
 ヨハネの福音書は写本が実在するので、原本を書いた記者も必ず存在します。記者が誰かは諸説ありますが、誰であれ、この記者が神であれば神は存在することになります。そして、実はヨハネの福音書の記者は神です。そのカラクリはヨハネの福音書の本文で説明できます。
 ヨハネ4章1-2節は次のように書いています。

ヨハネ4:1 パリサイ人たちは、イエスがヨハネよりも多くの弟子を作ってバプテスマを授けている、と伝え聞いた。それを知るとイエスは、
2 ──バプテスマを授けていたのはイエスご自身ではなく、弟子たちであったのだが──

 ヨハネの福音書の記述は多くの点でマタイ・マルコ・ルカの福音書と異なりますが、このヨハネ4:1-2もマタイ・マルコ・ルカと大きく異なります。マタイ・マルコ・ルカの福音書でバプテスマを授けていたのは洗礼者ヨハネだけです。イエスと弟子たちはバプテスマを授けていません。しかし、ヨハネ4:1は「イエスが…バプテスマを授けている」と記しています。
 この食い違いは、ヨハネの福音書のイエスはマタイ・マルコ・ルカのイエスとは異なる時代にいると考えることで説明できます。マタイ・マルコ・ルカが描いたイエスは十字架に掛かる前のイエスです。一方、ヨハネが描いたイエスは復活して天に昇った後、天から聖霊を遣わしているイエスです。
 五旬節の日に天のイエスが地上の弟子たちに聖霊を遣わして以降、弟子たちはエルサレムの人々にバプテスマを授けるようになりました。この状況を説明しているのがヨハネ4:2「バプテスマを授けていたのはイエスご自身ではなく、弟子たちであったのだが」です。聖霊を受けた弟子たちの中には天のイエスが居たので、弟子たちがバプテスマを授けた行為はイエスがバプテスマを授けたのと同じことでした。
 これと同じことがヨハネの福音書の執筆についえも言えます。ヨハネ21:24によれば、この福音書の記者はイエスの弟子です。

ヨハネ21:24 これらのことについて証しし、これらのことを書いた者は、その弟子である。私たちは、彼の証しが真実であることを知っている。

 この弟子が誰であれ、記者が聖霊を受けていたことは間違いありません。聖霊について詳しく書いたヨハネの福音書を、聖霊を受けていない者が書くことは不可能だからです。するとヨハネ4:1-2から、ヨハネの福音書はイエスが執筆したことになります。聖霊を受けた記者の中には天のイエスが居たからです。天のイエスは神ですから、ヨハネの福音書の記者は神です。従って、神は存在します。
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【平和の実現のために】

2025-06-28 06:35:58 | 折々のつぶやき
 連載中の『福音の新発見』の登場人物たちが発見したように、ヨハネの福音書のイエスはマタイ・マルコ・ルカの福音書のイエスと同時代には居ません。旧約の時代や使徒の時代に居ます。ヨハネの福音書のイエスの正体は、預言者たちや使徒たちの内に居る聖霊です。ヨハネ4章を読めば、そのことは明らかです。

ヨハネ4:1 パリサイ人たちは、イエスがヨハネよりも多くの弟子を作ってバプテスマを授けている、と伝え聞いた。それを知るとイエスは、
2 ──バプテスマを授けていたのはイエスご自身ではなく、弟子たちであったのだが──

 イエスと弟子たちがバプテスマを授けたことをマタイ・マルコ・ルカは記していません。従って、ヨハネ4章のイエスと弟子たちはマタイ・マルコ・ルカの福音書と同時代には居ません。彼らはイエスの復活後の時代にいます。五旬節の日に聖霊が降って弟子たちの内に入りましたから、このヨハネ4:1-2のイエスとは、ペテロやヨハネたちの内に居る聖霊のことです。弟子たちはエルサレムで多くの人々にバプテスマを授けていました。
 では、次の3節と4節はどうでしょうか。

ヨハネ4:3 (イエスは)ユダヤを去って、再びガリラヤへ向かわれた。
4 しかし、サマリアを通って行かなければならなかった。

 急成長した教会をパリサイ人たちは迫害しましたから、3節のイエスはエルサレムから散らされた弟子たちの内に居る聖霊であり、4節でサマリアへ行ったイエスはサマリア人へ伝道したピリポの内に居る聖霊です。

 ではヨハネは何故、このような福音書を書いたのでしょうか?それはイエスの死後の時代を生きる私たちが、復活したイエスと出会えるようにするためでしょう。4章でサマリア人たちは言いました。

ヨハネ4:42 「もう私たちは、あなたが話したことによって信じているのではありません。自分で聞いて、この方が本当に世の救い主だと分かったのです。」

 イエスと出会う前は、本や牧師の言葉を通してしかイエスを知ることができません。しかし、イエスを信じて聖霊のバプテスマを授かるとイエスが内から語り掛けるようになります。そうして「自分で聞いて」分かるようになります。これがイエスとの出会いです。
 ヨハネ4章のイエスの正体が聖霊なのですから、1章のイエスもまた聖霊でしょう。

ヨハネ1:29 その翌日、ヨハネは自分の方にイエスが来られるのを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の子羊。」

 それゆえ29節のヨハネはバプテスマのヨハネではなく、この福音書の記者ヨハネです。私たちは記者ヨハネによって、聖霊によるイエスとの出会いに招かれています。

 世界では今なお戦争が絶えず、それらの多くにキリスト教徒が絡んでいます。ヨハネ20章でイエスは3度言いました(聖書協会共同訳)。

「あなたがたに平和があるように。」(19節)
「あなたがたに平和があるように。」(21節)
「あなたがたに平和があるように。」(26節)

 世界の人々の3割はキリスト教徒だと言われています。ですからキリスト教徒がイエスの「あなたがたに平和があるように」という内からの語り掛けに真摯に耳を傾けるなら、世界は必ず平和に向かうと私は信じています。
 平和の実現のために、まずはヨハネの福音書のイエスがマタイ・マルコの福音書のイエスと同時代ではなく旧約の時代と使徒の時代に居るイエスであり、さらには私たちの時代にも居るイエスであることを知る必要があると思います。
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なんと!(唖然)

2025-04-20 07:47:52 | 折々のつぶやき
 休日の今朝、gooブログの編集ページを開けたら、


という通知が入っていて、唖然としました。今年の11月18日でサービスを終了するそうです。

 ゴールデンウイーク中に小説の執筆を進めようと思っていましたが、ブログ引っ越しの準備作業を優先することになるかもしれません。

 このブログは、沼津の教会の着任時(2013年4月)から始めました、開始以来の日々の訪問者数のトータルが今日までで492,913名で、50万人達成まであと7000名ほどです。1日あたりの訪問者数が100名として70日ですので、サービス終了までに50万人は達成できそうで、それは感謝なことです。50万人に達したら引っ越し先を公表して本格的に移行しようかと思います。

 まだしばらくは、このgooブログでの発信を続けますので、引き続きよろしくお願い致します。
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転職しました

2025-04-07 12:13:41 | 折々のつぶやき
 4/1から静岡市鯨ヶ池老人福祉センターで働き始めました。



 転職先は同館を指定管理者制度で管理・運営している団体です。



 休館日は前の職場と同じ月曜日なので日曜日も開館していますが、私は日曜日が休みのシフトになっています。これからは出身教会の高津教会のYoutube礼拝に毎週参加できるので感謝に思っています。



 バードウォッチングが楽しめる場所でもあるので、それも嬉しいです。



 鯨ヶ池には小学生・中学生時代に麻機方面から自転車で何度か来ていて、ひなびた場所というイメージを持っていました。それが、今は新東名の新静岡インターがすぐ近くにあって交通量も多く、景色が一変していて驚いています。
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勤務最終日

2025-03-30 08:28:43 | 折々のつぶやき
 一昨日の3月28日は2年前の7月から1年9ヶ月間勤めた静岡県地震防災センターの最後の勤務日でした。



 静岡県の職員だったので、通勤コースの途中にある県庁を朝の出勤時に写真におさめました。



 沓谷の自宅を自転車で出た時は小雨が降っていましたが、駿府城のお堀端を通る頃には晴れて感謝でした。



 この年度末、地震防災センターでは私の他にも所長と事務職員2名が転出するので昼前に送る会が開かれて、立派な花束をいただきました。2年前の今頃はハローワーク通いをしていて、いくつも採用面接を受けましたが、なかなか採用してもらえなくて苦労していたので、県の職員から採用の電話連絡があった時は、本当にうれしかったです。



 4月からの仕事については、後日また報告したく思います。
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2025年3月7日の富士山

2025-03-08 06:05:51 | 折々のつぶやき
 昨日は、2月24日に亡くなった友人の葬儀で新横浜方面へ行きました。



 きょうの午後は、東京で剣道部のプチ同期会があります。その前に、横浜市民防災センターへ寄って行こうかと思っています。
 いろいろあって『クラーク先生と静岡学問所の学生たち』の連載が中断してしまっていますが、必ず完結させるつもりでいますから、今しばらくお待ち下さい。
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友と共に神を賛美した礼拝

2025-02-27 06:29:57 | 折々のつぶやき
 2月23日と25日にFacebookへ下記2件の記事を投稿しました。

【2025年2月23日】
 今朝は川崎に向かっています。午前は以前住んでいた辺りをブラブラした後で出身教会の礼拝に出席、午後はミューザ川崎で浜松国際ピアノコンクール優勝者の鈴木愛美さんのコンサートがあるので、聴きに行きます。寒波のためか新幹線はやや遅れ気味ですが、大きな遅れではないので感謝です。



【2025年2月25日】
 一昨日の2月23日(日)に川崎へ行き、午前は出身教会の礼拝に出席、午後はミューザ川崎での鈴木愛美さん(昨年の浜松国際ピアノコンクール優勝者)のコンサートを聴いて来ました。

 浜松国際ピアノコンクールのことは恩田陸『蜜蜂と遠雷』で知り、強い関心を持ちましたが、あくまでも小説やテレビ取材や映画の中だけのことであり、自分で聴きに行こうとは思っていませんでした。それが、友人がチケットを買って聴きに行くつもりだという話を聞き、ナルホドと思って僕も聴きに行くことにしました。その友人とは昨年の11月11日の第1次予選3日目を共に聴き、浜松の駅ビルで共に食事もしました。その彼が2月23日のミューザ川崎の演奏会のチケットも買ったと言うので、ナルホドと思って僕も買い、共に聴くことにしていました。

 この友人と初めて会ったのは20年前の2005年1月8日の東工大での映画『チルソクの夏』上映会と佐々部清監督講演会の懇親会の時で、それ以降、彼とは何度会ったか数え切れません。広島で偶然にバッタリ会ったこともあります。40代で知り合った友人と学生時代の友人のような付き合いができたことが楽しくて仕方がありませんでした。彼は僕が姫路にいた時にも会いに来てくれました。

 さて2月23日の2日前に、僕は彼に「ミューザ川崎、明後日ですね。楽しみです☺」というLINEメッセージを送りました。しかし、既読にならなかったので23日の午前、川崎に着いた頃に別のチル友(『チルソクの夏』で知り合った友人)さんに彼へのメッセージが既読にならないことを知らせると、そのチル友さんは半月も前から彼とは音信不通であることが分かりました。そのチル友さんから音信不通の彼の自宅に一緒に行かないかと誘われたので、コンサート後に一緒に行くことになりました。そういうわけでコンサートのピアノ演奏中は音信不通の彼のことが心配で音楽を楽しむどころではありませんでした。そして、川崎駅から電車を乗り継いで1時間ほどの所にある自宅へ行きましたが、その日は音信不通の原因は分かりませんでした。

 そうして僕は23日の夜に静岡に戻りましたが、チル友さんは昨日と今日の25日も引き続き音信不通の彼の自宅を訪ね、その他にも調べてくれました。そして、彼が昨日の24日に亡くなっていたことが分かり、その後、LINEトークが既読になり、彼の親戚から葬儀日程の連絡が入りました。

 2020年3月31日の佐々部清監督の訃報も突然でしたが、彼との別れも突然でした。彼からの最後のLINEメッセージは、浜松国際ピアノコンクールを「3年後も聴きましょう!」でした。それは叶わないことになりましたから、残念でなりません。

 しかし一昨日の23日のことを思い返すと、僕が彼のことを思っていたのはピアノコンサートの時だけではなく、教会での礼拝の時も彼のことを思っていました。僕は彼のことを思いながら賛美歌を歌い、祈り、聖書のメッセージを聴いていました。説教ではサムエル記第二6章の、ダビデが神の箱をエルサレムに運び入れた時のことを記した箇所が開かれました。

サムエル記第二6:14 ダビデは、主の箱の前で力の限り跳ね回った。ダビデは亜麻布のエポデをまとっていた。

 出身教会での礼拝は約1年ぶりでした。懐かしい会堂に久し振りで入ることは心躍ることです。その喜びに浸る僕の心の中には彼がいました。つまり、僕は彼と一緒に神様を心一杯賛美し、礼拝することができました。そのことを、とても感謝に思っています。







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「『八日目の蝉』と神の愛」

2025-02-21 08:18:00 | 折々のつぶやき
2025年2月21日静岡朝祷会奨励
「『八日目の蝉』と神の愛」
ヨハネ3:14~16

ヨハネ3:14 「モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子も上げられなければなりません。
15 それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」
16 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

 先週2月15日(土)の午後に、NHK-BSで映画『八日目の蝉』を放送していました。2011年公開の映画で当時とても話題になりましたので、私もその時に観ていますが、再びBSで観て感動を新たにしました。暗く重いシーンが多く続く映画ですが、最後の最後に明るい未来が見えて、魂が洗われるような思いがする、そんな映画です。
 あらすじをごく簡単に紹介すると、主人公は大学生で井上真央さんが演じています。彼女は生後すぐの赤ちゃんの時に誘拐されて4歳の時まで実の母親とは異なる別の女性に育てられていました。誘拐犯が逮捕されたことで彼女は実の母親の所に戻りますが、彼女がどんな子守り歌を聞いて育ったのかが実の母親には分からない等のことから、親子関係をうまく築けないまま大人になります。そうして彼女は妻子ある男性と不倫関係を持って妊娠します。彼女は、この子を産んで育てようと思いますが、気まずい関係だった実の母親から深い愛情が注がれた経験が無いため、自分のお腹の子に愛情を注ぐことができるか自信がありません。でも、なぜか産みたいという気持ちだけは持ち続けています。
 そういう中で彼女は、かつて育ての親と共に暮らしていた小豆島を訪れます。そうして、この小豆島においては育ての親――永作博美さんが演じています――から、たっぷりと愛情を注がれていたことを段々と思い出して行きます。この島には写真館があって幼かった彼女と育ての親はここで記念写真を撮っていました。その時のネガフィルムがまだ残っていたので、写真館の店主が暗室で写真を現像してくれます。現像液に浸された印画紙に当時の二人の姿が浮かび上がり、彼女は自分がたっぷりと愛情を注がれていた時のことをハッキリと思い出しました。そして、自分もお腹の子にたっぷりと愛情を注ぎたいという明るい希望を見出して、映画はここで終わります(原作はまだその先がありますが…)。

 この映画を観て、親から愛情をたっぷりと注がれた経験を持つことの大切さについて、改めて考えさせられました。親の愛を自覚していなくても潜在的には記憶していて、何かのきっかけでそれを思い出す場へと導かれて行き、その記憶を取り戻すということが確かにあるんだと思います。映画ではヒロインが小豆島へと導かれて行きました。
 ルカの福音書15章の放蕩息子も同様ですね。食べる物に困った放蕩息子は、我に返って父親のことを思い出します。ルカ15章のその場面をお読みします。

ルカ15:16 彼は、豚が食べているいなご豆で腹を満たしたいほどだったが、だれも彼に与えてはくれなかった。
17 しかし、彼は我に返って言った。『父のところには、パンのあり余っている雇い人が、なんと大勢いることか。それなのに、私はここで飢え死にしようとしている。
18 立って、父のところに行こう。そしてこう言おう。「お父さん。私は天に対して罪を犯し、あなたの前に罪ある者です。
19 もう、息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください。」』
20 こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとへ向かった。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけて、かわいそうに思い、駆け寄って彼の首を抱き、口づけした。

 こうして、放蕩息子は自分に対する父の愛情の深さを知ります。幼い頃に受けた父からの愛を潜在的に記憶していて、その愛をハッキリと思い出しました。この父の愛とは言うまでもなく神様の愛のことです。
 そして、聖書で神様の愛を伝える聖句として最も有名なのがヨハネの福音書3章16節ではないかと思います。新改訳2017でお読みします。

ヨハネ3:16 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

 このヨハネ3:16は「聖書の中の聖書」とも呼ばれていて、聖書のメッセージがこの聖句の中に凝縮されていると言われます。このヨハネ3:16は単独で引用されることが多いと思いますが、3:16単独よりも3:14から読むことで、メッセージはより一層鮮明になると思います。

ヨハネ3:14 「モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子も上げられなければなりません。
15 それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」
16 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

 14節の「モーセが荒野で蛇を上げた」とは、民数記21章の出来事を示します。その箇所をお読みします。

民数記21:4 (イスラエルの)民は、途中で我慢ができなくなり、
5 神とモーセに逆らって言った。「なぜ、あなたがたはわれわれをエジプトから連れ上って、この荒野で死なせようとするのか。パンもなく、水もない。われわれはこのみじめな食べ物に飽き飽きしている。」
6 そこでは民の中に燃える蛇を送られた。蛇は民にかみついたので、イスラエルのうちの多くの者が死んだ。
7 民はモーセのところに来て言った。「私たちはとあなたを非難したりして、罪を犯しました。どうか、蛇を私たちから取り去ってくださるように祈ってください。」モーセは民のために祈った。
8 するとはモーセに言われた。「あなたは燃える蛇を作り、それを旗ざおの上に付けよ。かまれた者はみな、それを仰ぎ見れば生きる。」
9 モーセは一つの青銅の蛇を作り、それを旗ざおの上に付けた。蛇が人をかんでも、その人が青銅の蛇を仰ぎ見ると生きた。

 神様は目に見えませんから、荒野にいたイスラエルの民は神様から簡単に離れてしまい、不平不満を言うことを繰り返していました。彼らは本当に幼い信仰しか持っていない幼子でした。体は大人でも心は幼子でした。その幼子たちに神様は愛情をたっぷりと注いで約束の地のカナンへ導こうとしていました。目に見えるものしか信じることができない彼らに神様はモーセに命じて青銅の蛇を作らせて、それを仰ぎ見れば生きるようにして下さいました。そうしてイスラエルの民は神様に立ち返りましたが、それ以降も神様から離れることを繰り返しました。
 それゆえ神様は御子を地上に遣わし、目に見える形での「人の子」としてヨセフとマリアの子としました。そうして最後は御子イエス・キリストを十字架に付けました。この十字架が目に見える形で私たちに与えられていますから、私たちは神様の深い愛を知ることができます。
 モーセの時代のイスラエルの民は、信仰が幼い頃の私たち自身であると言えるでしょう。神様は目に見えませんから、私たちもまた神様から離れていました。しかし、神様はそんな私たちを深く愛して下さっていました。私たちは幼い頃に受けていた神様の愛を記憶していませんが潜在的には覚えていて、何かのきっかけで思い出す方向へと導かれるようになり、遂に十字架によって記憶を取り戻します。私自身が出身教会の高津教会へ導かれた経緯を思い起こしても、そのようであったと思います。
 映画『八日目の蝉』では、ヒロインが幼い頃に誘拐犯の母と過ごした小豆島へと導かれて行き、写真館の暗室に入り、現像液に浸された印画紙から浮かび上がった母と自分との記念写真を見て、母の愛の記憶を取り戻しました。そうして、その母の愛が今度は自分のお腹の中の子へと受け継がれて行きます。

 『八日目の蝉』というタイトルが何を意味するのか、人によって様々な解釈があるようですが、聖書的に解釈するなら、「永遠の命」と言えるのではないでしょうか。蝉は七日間の命しかないと言われています。しかし、八日目の蝉には寿命を超えた命が与えられています。寿命を超えた命とは母の愛であり、母の愛は世代を超えて受け継がれて行きます。
 神様の愛もまた、聖書によって世代を超えて受け継がれて行きます。そして、御子イエス・キリストを信じるなら、永遠の命が与えられます。寿命を超えた永遠の命が約束されて、そのことで神様の平安に包まれて日々を過ごすことができるようになります。
 神様はすべての人を愛して下さっています。イエス様を信じない人のことも、まだイエス様を知らない人のことも、神様は愛しています。十字架によって一人でも多くの方が神様の愛を思い出すことができるように、お祈りしたいと思います。

ヨハネ3:14 「モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子も上げられなければなりません。
15 それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」
16 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
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ポーツマス条約120周年

2025-01-13 09:40:36 | 折々のつぶやき
 小説の続きを書いてアップしたいのですが、はかどっていません。
 理由は、NHK総合で昨年から再放送中の『坂の上の雲』(日曜夜11時~)が気になっていたからです。本放送時の2009~2011年、私は神学生で寮にテレビが無くて見られませんでした。正確に言えば2011年はインターン実習で寮から出ていたのでテレビを見られる環境にありましたが、2009~2010年の放送を見ていないので2011年も見ませんでした。今回はクラーク先生が『勝安房』を書いた時代(日露戦争時)のことを知りたくて録画して見ています。昨夜は旅順港の閉塞に失敗する回でしたが、実は正月休み中にそれ以降の「旅順総攻撃」や「二〇三高地」などをオンデマンドで先回りして見て、おととい最終回の「日本海海戦」を見終わりました。
 それで今、日露戦争の頃のクラーク先生について思いを巡らしています。『勝安房』の今野喜和人先生による「解説と解題」でも引用されているCandeeの論文にも目を通しました(https://ppolinks.com/athenaeum/47718.pdf)。
 この論文にクラーク先生がポーツマス講和会議の全権代表の小村寿太郎と話をした時のことが書かれています(p.39)。小村寿太郎が難しい交渉を何とかまとめてポーツマス条約の調印に漕ぎ着け、日露戦争を終わらせることができた背後に、もしクラーク先生との再会が小村の心を和ませたことがあったとしたら、クラーク先生は陰の立役者ということになります。それは妄想し過ぎかもしれませんが、次の小説のネタにはなりそうです(笑)。
 Buckに『勝安房』の売上金を着服されて日露戦争の戦災孤児への寄付金がほとんど送れなくなった件では相当なダメージを受けた筈なのに、ポーツマスまで出掛けて行ったクラーク先生の中に日本への愛の強さを感じます。もしかしたら小村に会うことでBuckから受けたダメージを癒そうとしたのかもしれません。
 そんな風に思いを巡らしていたら、当時のクラーク先生のことや小村寿太郎のこと、またポーツマス講和会議についても詳しく知りたくなって、本を何冊か注文してしまいました。今年はポーツマス条約120周年でクラーク先生の顕彰事業のためにもなるかもしれません。小説執筆のペースが少し落ちると思いますが、ご容赦下さい。
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