インマヌエル静岡キリスト教会

Immanuel Shizuoka Christ Church
静岡市葵区田町3-6

5月29日礼拝プログラム

2022-05-26 18:15:15 | 礼拝プログラム
インマヌエル静岡キリスト教会

 5月29日午前10時10分~ 

コロナウイルス対策の検温・マスク着用・手指の消毒をお願いします

Youtubeのライブ配信でも、ご覧いただけます。「インマヌエル静岡教会」で検索して下さい。

5月 第5聖日礼拝 午前10時10分~

 司会 枌姉、奏楽 山本(佳)姉、受付 朝比奈兄

 前 奏
 招 詞
 奏楽・黙祷
 頌 栄   すべての恵みの       イ2
 賛美歌   神はひとり子を       イ248
 聖書交読  詩篇68篇1~18節
 祈 祷                 司会者
 主の祈り
 使徒信条
 賛美歌   主のためにいくれば     イ603
 聖書朗読  列王記第一17章17~24節
 説 教  『聖書の大中小の救いのドラマ』 小島牧師
 賛美と献金 目を上げて主のみ顔を    ひ159
 感謝祈祷                枌兄
 頌 栄   父・御子・御霊の      イ7
 祝祷・後奏

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悪い時代の生き方(2022.5.22 礼拝)

2022-05-23 08:59:50 | 礼拝メッセージ
2022年5月22日礼拝メッセージ
『悪い時代の生き方』
【列王記第一17:8~16】

はじめに
 きょうの聖書箇所のツァレファテのやもめの記事は、去年の礼拝の説教でも開きましたが、その時はやもめの信仰に注目しました。きょうはエリヤがとても悪い時代に召し出された預言者であるという観点から、この箇所を見たいと願っています。

 先週のBTC(聖宣神学院)創立記念礼拝では、後輩のエリシャが先輩のエリヤの預言者の職務を引き継いだ箇所をご一緒に見ました。エリシャの時代は、エリヤの悪い時代がさらに悪くなろうとしている時代でした。そういう、世の中がますます悪くなる時代に主はエリシャという次の世代を担う預言者を備えていて下さり、召し出しました。

 2020年代の現代も、とても悪い時代です。21世紀の最初の20年も悪かったですが、2020年から始まったコロナ禍はいつ終息するのか見通しが立たず、そうこうしている間にロシアがウクライナに軍事侵攻して滅茶苦茶なことをしています。温暖化による豪雨や台風の脅威も増し続けています。こういう悪い時代に、いまキリスト教会では次世代を担う牧師が不足しています。この春、BTCは入学者がありませんでした。しかし、悪い時代だからこそ、主がエリシャを召し出したように、現代においても主は次世代を担う牧師を必ず備えていて下さることを信じて、祈り求めて行きたい、そういう話を先週はしました。

 その先週の説教の準備をしている時、このエリヤとエリシャの時代がどれくらい悪い時代であったかを、もう少し詳しく皆さんと分かち合いたいと思いました。先週の説教では、エリヤからエリシャへの引き継ぎに注目しましたから、この時代がどれぐらい悪い時代であったかを、まだ少ししか見ていません。これから何回かエリヤとエリシャの箇所を開きながら、この時代がどれほど悪い時代であったかをご一緒に見て、また、こういう時代に主はエリヤとエリヤを召し出したことを見て、現代の悪い時代を生きる私たちの励みにしたいと思います。

 きょうの中心聖句は列王記第一17章13節です。

Ⅰ列王17:13 エリヤは彼女に言った。「恐れてはいけません。行って、あなたが言ったようにしなさい。しかし、まず私のためにそれで小さなパン菓子を作り、私のところに持って来なさい。その後で、あなたとあなたの子どものために作りなさい。」

 そして、きょうは次の三つのパートで話を進めて行きます。

 ①北王国の不信仰の始祖のヤロブアム王
 ②悪い王の不信仰の下で苦しむ一般庶民
 ③主に全てを明け渡して悪い時代を生きる
  (主と一つにされて悪い時代を生きる)

①北王国の不信仰の始祖のヤロブアム王
 先週の礼拝では、エリヤの時代の北王国の王のアハブが大変に不信仰な王であったことを少しだけ話しました。そのアハブのことが、16章の終わりの方に書いてあります。16章の29節から33節までを、お読みします。

Ⅰ列王16:29 オムリの子アハブは、ユダの王アサの第三十八年に、イスラエルの王となった。オムリの子アハブはサマリアで二十二年間、イスラエルの王であった。

 これは列王記の独特の書き方で、慣れないと分かりにくいかもしれませんので、説明しておきます。ソロモン王の死後、イスラエルの王国は南北に分裂して、北王国のイスラエルと南王国のユダの二つの国が並び立っていました。北王国のアハブが王になった時の南王国の王はアサでした。それでこの29節には、南王国ユダの王のアサの第38年に、アハブが北王国イスラエルの王になり、22年間、王であったことが、書かれています。続いて30節から33節まで、

30 オムリの子アハブは、彼以前のだれよりもの目に悪であることを行った。
31 彼にとっては、ネバテの子ヤロブアムの罪のうちを歩むことは軽いことであった。それどころか彼は、シドン人の王エテバアルの娘イゼベルを妻とし、行ってバアルに仕え、それを拝んだ。
32 さらに彼は、サマリアに建てたバアルの神殿に、バアルのために祭壇を築いた。
33 アハブはアシェラ像も造った。こうしてアハブは、彼以前の、イスラエルのすべての王たちにもまして、ますますイスラエルの神、の怒りを引き起こすようなことを行った。

 アハブ王は北王国の7代目の王です。33節には、アハブが彼以前のすべての北王国の王たちにも増して、主を怒らせる最悪の王であったことが書かれています。また、31節には、アハブがヤロブアムの罪のうちを歩むことは軽いことであったと書いてあります。ヤロブアムはイスラエルの初代の王です。このヤロブアム王のしたことが北王国の不信仰の源となっています。

 イスラエルが南北に分裂した時、初代のヤロブアム王は、考えました。もし、北王国の民が毎年、過越の祭りなどの度に南のエルサレムの神殿に礼拝をしに行ったら、北の民は結局は南の側に付いてしまうのではないか、そうして自分は殺されるのではないか。そこで、彼は金の子牛の像を二つ作らせて、その金の子牛を拝めば、南のエルサレムの神殿に礼拝しに行かなくても良い、ということに勝手に変えてしまいました(Ⅰ列王12:26-30)。そうして、北王国の民は南のエルサレムに上って神殿で礼拝をすることがなくなってしまいました。

 そういうわけで、ヤロブアムの時代から何十年も経ったアハブ王の時代の北王国の民は、エルサレムの神殿に行ったことなど無い者たちがほとんどであったことでしょう。不信仰になるのは、当たり前ですね。エルサレムの神殿は霊的な雰囲気に満ちている場所でしたから、そういう霊的な場に行って信仰が整えられなければ、すぐに不信仰に陥ってしまいます。人々の不信仰は初代のヤロブアムの頃から始まって、アハブ王の時代には王も民も、本来の信仰からはかなり離れてしまっていました。そういう時代にエリヤは預言者として召し出されました。

②悪い王の不信仰の下で苦しむ一般庶民
 17章の1節をお読みします。

Ⅰ列王17:1 ギルアデの住民であるティシュベ人エリヤはアハブに言った。「私が仕えているイスラエルの神、は生きておられる。私のことばによるのでなければ、ここ数年の間、露も降りず、雨も降らない。」

 この17章1節で、エリヤが初めて登場します。エリヤは主に召し出され、主に仕えていました。そうしてアハブに言いました。「私のことばによるのでなければ、ここ数年の間、露も降りず、雨も降らない。」

 これは、主がエリヤをアハブの所に遣わせて言わせたことばでしょう。主はこれからの数年間、北王国一帯に雨を降らせないことにしていました。それは、アハブ王が礼拝していたのがバアルだったからでしょう。バアルは農作物に豊作をもたらす豊穣神として信じられていたということです。

 そのバアルが、もし本当に豊作をもたらす神だったとしたら、雨を降らせることができる筈です。雨が降らなければ作物は育たないからです。でも、バアルに雨を降らせる力などありません。豊作をもたらすのは、主です。主こそが雨を降らせることも降らせないこともできるお方であり、豊かな収穫をもたらすことも、もたらさないこともできるお方です。それを不信仰な人々に分からせるために、主は数年の間は雨を降らせないことにされたのでしょう。

 しかし、雨が降らないことで、アハブ王だけでなく、地域一帯のすべての者たちが困ることになります。きょうの聖書箇所のやもめがいたツァレファテもイスラエルの隣の国のシドンにあり、厳密にはイスラエルではありません。そういう隣国までもが巻き添えになってしまいます。でも、そこまでしなければ、このひどい不信仰は治らないということなのでしょう。シドンがアハブの妻のイゼベルの出身地であったということも、あったかもしれません。

 今のロシアとウクライナの戦争でも、多くの人々が苦しんでいます。戦場になっているウクライナの人々はもちろんのこと、経済制裁が科されているロシアの人々も苦しんでいます。ウクライナから穀物の輸出ができなくなっていることで、この先、世界でさらに多くの人々が食料に困ることになります。これらのことに思いを巡らしていたら、今のロシアと聖書の列王記の北王国とは、とても似ていることに気付かされます。そして、こういう不信仰の種は誰の心の中にも潜んでいますから、私たち日本人も自らのことを戒めなければならないでしょう。

 さて、アハブの時代に雨が降らなくなったことで、地域一帯のすべての人々が苦しみましたが、それは預言者のエリヤも例外ではありませんでした。エリヤはカラスに養われるようになりますが、雨が降らないことで、カラスに養われることさえも、難しくなりました。少し飛ばして6節と7節、

6 何羽かの烏が、朝、彼のところにパンと肉を、また夕方にパンと肉を運んで来た。彼はその川から水を飲んだ。
7 しかし、しばらくすると、その川が涸れた。その地方に雨が降らなかったからである。 

 この時のエリヤは、すべてを主に委ねて生きていました。順番が前後してしまいましたが、先ほど飛ばした2節から5節までを読みます。

2 それから、エリヤに次のようなのことばがあった。
3 「ここを去って東へ向かい、ヨルダン川の東にあるケリテ川のほとりに身を隠せ。
4 あなたはその川の水を飲むことになる。わたしは烏に、そこであなたを養うように命じた。」
5 そこでエリヤは行って、のことばどおりにした。彼はヨルダン川の東にあるケリテ川のほとりに行って住んだ。

 エリヤがカラスに養われるようになったのは、身を隠すためだったのですね。エリヤは雨を降らせないことでアハブに恨まれていましたから、アハブに殺される恐れがありました。それでエリヤは、アハブから逃れて人里離れた場所に身を隠して、カラスに養ってもらいました。

 この時のエリヤは主にすべてを委ねていました。それは、主と一つになっていたと言っても良いでしょう。

③主に全てを明け渡して悪い時代を生きる
 (主と一つにされて悪い時代を生きる)
 エリヤがツァレファテのやもめに会ったのは、エリヤがこのように自分のすべてを完全に主に委ねて明け渡していた時でした。8節と9節、

8 すると、彼に次のようなのことばがあった。
9 「さあ、シドンのツァレファテに行き、そこに住め。見よ。わたしはそこの一人のやもめに命じて、あなたを養うようにしている。」

 この時のエリヤはまだアハブから身を隠していましたから、北王国内の人里に戻るのは、まだ危険だったのですね。主は隣の国のシドンに行くようにエリヤに言いました。エリヤはすべてを主に委ねていましたから、その通りにしました。10節、

10 彼はツァレファテへ出て行った。その町の門に着くと、ちょうどそこに、薪を拾い集めている一人のやもめがいた。そこで、エリヤは彼女に声をかけて言った。「水差しにほんの少しの水を持って来て、私に飲ませてください。」

 このツァレファテのやもめは主が備えて下さっていました。このやもめにエリヤは水だけでなく、さらに一口のパンも彼女に頼みました。11節と12節、

11 彼女が取りに行こうとすると、エリヤは彼女を呼んで言った。「一口のパンも持って来てください。」
12 彼女は答えた。「あなたの神、は生きておられます。私には焼いたパンはありません。ただ、かめの中に一握りの粉と、壺の中にほんの少しの油があるだけです。ご覧のとおり、二、三本の薪を集め、帰って行って、私と息子のためにそれを調理し、それを食べて死のうとしているのです。」

 干ばつで植物が一切育たないので、麦の粉も油ももうほんの少ししか残っておらず、それを使ったら、あとは死ぬしかありませんでした。このやもめもまた、アハブの不信仰のために命を落とそうとしていました。そんな彼女にエリヤは言いました。きょうの中心聖句の13節です。

13 エリヤは彼女に言った。「恐れてはいけません。行って、あなたが言ったようにしなさい。しかし、まず私のためにそれで小さなパン菓子を作り、私のところに持って来なさい。その後で、あなたとあなたの子どものために作りなさい。

 エリヤは、「まず私のためにパン菓子作りなさい」と言いました。もし、同じことばを普通の人が言ったら、なんて自分中心の人なんだろうと思いますよね。でも、この時のエリヤは完全に神様である主と一体化していました。エリヤのためにパン菓子を作るということは、神様のためにパン菓子を作るということです。

 なぜエリヤが主と完全に一体化できていたかと言えば、主がカラスに養われなさいと命令すれば素直にそれに従い、本当にカラスに養ってもらっていた、それぐらいすべてを完全に主に明け渡していたから、なんでしょうね。預言者といえども99%は明け渡せても100%完全に明け渡すことは難しいのではないかという気がしますが、この時のエリヤはそれが完全にできていました。それゆえ、「私のためにパン菓子を作り、私のところに持って来なさい」と言うことができたのだと思います。そして14節、

14 イスラエルの神、が、こう言われるからです。『が地の上に雨を降らせる日まで、そのかめの粉は尽きず、その壺の油はなくならない。』」

 ツァレファテのやもめはシドン人でしたから、イスラエル人ではなく異邦人でした。やもめから見たら、主は外国の神でした。しかしやもめは、主はシドン人の自分にとっても神様なのだということが分かったのですね。それは私たちに日本人にとっても同じです。日本人もイスラエル人から見れば異邦人であり、主は日本人の私たちから見れば外国の神です。でも私たちは、主は世界中のすべての民族、すべての人々にとっての真(まこと)の神であることを知っていますから、信頼してお委ねします。15節、

15 彼女は行って、エリヤのことばのとおりにした。彼女と彼、および彼女の家族も、長い間それを食べた。

 きょうの説教のタイトルは、「悪い時代の生き方」です。当時のイスラエルは、アハブ王の不信仰のために雨が降らず、食べる物も無くなってしまうという、とても悪い時代でした。2020年代の現代もまた、コロナ禍があり、戦争があり、温暖化による豪雨がある大変に悪い時代です。時代が良くても悪くても、私たちはすべてを主にお委ねして生きるべきですが、悪い時代はなおのこと、ますます私たちは主にお委ねしなければならないでしょう。

 悪い時代にはもはや主しか頼れる方がいません。そうして、ツァレファテのやもめは、すべてを主に明け渡しました。彼女は最後に残った粉と油を自分と家族のためではなく、まず主に献げました。エリヤは主と完全に一つになっていましたから、それは主に献げたということです。そうして、自分自身を空っぽにしました。自分のための食料という考えを一切捨てて、すべてを主に明け渡しました。そのようにすべてを主に明け渡すなら、主は恵みを無限に与えて下さるお方です。16節、

16 エリヤを通して言われたのことばのとおり、かめの粉は尽きず、壺の油はなくならなかった。

 粉も油も、使っても使っても決して尽きることはありませんでした。つまり無限の恵みが注がれました。

おわりに
 このツァレファテのやもめの信仰の記事は高津の藤本先生が好んで語る箇所の一つで、私は高津教会員の時にも聞きましたし、神学生の時にも聞いたと思いますし、牧師になってからも先生が教団の代表として年会の時に語るのを聞いたことがあります。私自身も好きな箇所ですから、沼津で語り、静岡でも去年、語りました。

 でも、今までは「悪い時代」という時代背景のことをあまり考えずに、この説教を聞き、また語って来たように思います。

 今回は、この箇所をアハブ王の時代という悪い時代背景を特別に意識しながら読みました。そのことで、今の2020年代の悪い時代のことが重なって来ると感じています。そうして、こういう悪い時代こそ、すべてを主にお委ねすべきであることを示されています。

 コロナ禍、戦争、温暖化に加えて、今は牧師不足もますます悪い状況になっています。この春、BTCでは卒業式も入学式も行われませんでした。こんなことは未だかつてないことでした。それほど時代は悪くなっています。でも、このような悪い時代に主はエリヤとエリシャを召し出しました。それゆえ、今の悪い時代にも必ず現代のエリヤとエリシャが遣わされるはずです。このことを信じて、私たちはすべてを主にお委ねしつつ、現代のエリヤとエリシャを祈り求めて行きたいと思います。

 お祈りいたしましょう。
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5月22日の礼拝プログラムについて

2022-05-22 13:00:00 | 礼拝プログラム
5月22日の礼拝のプログラムは↓下方↓にあります。
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慰めから励ましのメッセージへ(2022.5.19 祈り会)

2022-05-21 16:30:39 | 祈り会メッセージ
2022年5月19日祈り会メッセージ
『慰めから励ましのメッセージへ』
【マタイ25:14~19、ルカ22:31~32】

 きょうの前半では先週の14日の土曜日に放送されたライフラインを分かち合いたいと思います。その放送ではゴスペルマジシャンのRITOさんが紹介されていました。ゴスペルマジシャンとは、手品を見せながら福音を伝える働きをしている人たちです。

 あとで、このライフラインの放送をご一緒に見ます。ネット上の「聖書チャンネルBRIDGE」でライフラインの見逃し配信をしてくれていますから、3つ行われた手品の最後の三つめの手品をご一緒に前方のスクリーンで見たいと思います。

 その前に、きょうの聖句を短く見ておきます。きょうの聖書箇所は、RITOさんがゴスペルマジシャンになるきっかけとなった聖句だそうです。RITOさんは一般的なサラリーマンの家庭で生まれたそうですが、小学校に入学するタイミングでお父様が牧師になったそうです。そして、小学生の低学年で洗礼を受けますが、その頃に手品にも興味を持って、かなり早い段階で手品を始めています。やはりスポーツや音楽と同じで、幼い頃に始めると上手になるのですね。そして、ゴスペルマジックとも小学生の時に教会で出会ったそうです。

 放送ではRITOさん中高生の頃のことにも触れていましたが、そこは省略して、就職してからのことに飛びます。就職は牧師になるとか、手品師になるとかではなくて、普通に会社員になったそうです。そんなある時、教会の説教で今日の聖書箇所が開かれて、自分は手品の才能というタラントを土に埋めてしまっている1タラントのしもべだということを示されたそうです。そうして、神学校に入って聖書を学び、手品をしながら福音を語るゴスペルマジシャンになりました。イエス様の1タラントのしもべのたとえがRITOさんの背中を押して、新たな道が開かれて用いられていることに、心から感謝したいと思います。

 それでは、ライフラインの見逃し配信の一部をご一緒に見ましょう(約5分)。
 https://www.seishobridge.com/content/detail/id=2949

【後半】
 前半はライフラインを見ましたから、後半は少し短めにします。ルカの福音書22章の31節と32節を、ご一緒に読みましょう。

ルカ22:31 シモン、シモン。見なさい。サタンがあなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って、聞き届けられました。
32 しかし、わたしはあなたのために、あなたの信仰がなくならないように祈りました。ですから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」

 32節は、先週の祈り会でも引用しました。先週はイエス様が天に帰った後に弟子たちが集まって聖霊を祈り求めていた、その場にイエス様の母マリアもいたことに目を留めました。マリアは我が子を残酷な十字架刑で失うという大きな悲しみを経験しました。悲しみのあまり衰弱して死んでしまったとしてもおかしくないぐらいの深い悲しみであった筈です。それほどのつらい目に遭ったにも関わらず、マリアが弟子たちとの祈りの場にいたのは、イエス様がペテロだけでなくマリアに対しても、祈っていたのだろうという話をしました。イエス様がペテロのために祈ったことはイエス様ご自身が32節でおっしゃっています。32節、

32 わたしはあなたのために、あなたの信仰がなくならないように祈りました。ですから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。

 イエス様はペテロに「あなたは…兄弟たちを力づけてやりなさい」とおっしゃいました。力づける、別の言葉で言えば、励ますということでしょう。そうして、私が最近示されていることは、教会のメッセージでは、もしかしたら励ましのメッセージが減っているのではないかということです。慰めは多く語られますが、励ましは少なくなっているような気がします。

 教会の集会のメッセージに関しては私も様々に意見をいただいていますから、今の時代に教会で必要とされているメッセージは、どんなメッセージかについては常に考えさせられています。考え過ぎて迷走してしまうこともありますが、常に考えています。

 他の先生方のメッセージももちろん参考にします。どういうメッセージが今の時代の人々に届くのかということを他の先生方のメッセージを参考にしながら考えています。

 そうして感じているのは、「慰め」と「励まし」という観点からは、現代のメッセージは相対的に慰めが多めになっているようだ、ということです。本当につらくて大変なことが多い時代ですから、もちろん先ずは慰めが必要です。暗くてつらいことが多い世で苦しみ、また悲しむ私たちのそばにイエス様は常にいて下さいます。それは本当に大きな慰めです。でも、今の世があまりに暗いことから、慰めに重きが置かれて、なかなか励ましへと進んで行かないもどかしさも同時に感じます。

 ペンテコステの日に、聖書の時代は新約の時代の新しい一歩を踏み出しました。イエス様の地上生涯の時代は旧約から新約への移行の時期と言えるでしょう。そうしてイエス様の十字架と復活を経てペンテコステの日に、本格的な新約の時代が始まりました。旧約の時代には一部の預言者たちにしか聖霊が注がれませんでしたが、新約の時代にはイエス様を信じる者には誰にでも聖霊が注がれるようになりました。それまで神様に背を向けて罪の中を歩んでいたことを悔い改めて方向転換をして、罪赦されて神の子とされるという新約の時代を生きる新しい日々が始まりました。しかし、迫害などもありましたから、ペテロたちが新しい時代を生きるには聖霊の励ましが必要であり、そうして聖霊に励まされたペテロたちが人々を励ましました。そのことができるように、イエス様は十字架に付く前にペテロのために祈り、「あなたは立ち直ったら兄弟たちを力づけてやりなさい」とおっしゃいました。

 きょうの前半で見たゴスペルマジシャンのRITOさんのメッセージは、とても励ましに満ちたメッセージであったと思います。それはRITOさん自身がみことばに励まされて来た経験を持っているからなのだと思います。前半には紹介しませんでしたが、RITOさんは中学時代に、学校での人間関係に悩んでいたそうです。そうして、明日は学校に行きたくないな、とそんなことばかり考えながら過ごす日々を送っていたそうです。そんな時に中学生のRITOさんは、マタイの福音書の

マタイ6:34 「明日のことまで心配しなくてよいのです。明日のことは明日が心配します。」

というイエス様のことばに励まされて、明日学校に行くことまで心配することはないのだと思えるようになり、前向きになれたそうです。そうして就職してからは、先ほども話したように、イエス様の5タラント、2タラント、1タラントのしもべのたとえに励まされて、ゴスペルマジシャンへの道を新たに踏み出しました。

 前半にご一緒に見たトランプを使ったマジックの最後でRITOさんは、いつかやがてイエス様が天から再び地上に来て下さると語りました。イエス様が再び来た時、世の中の混乱が無くなり、全世界の秩序は元通りになり、私たちはこの地上で再びイエス様と共に生きていけるようになる、と語りました。これは、とても大きな励ましのメッセージだと思いました。もし天国への希望が語られたとしたら、それは慰めのメッセージであり、励ましよりも慰めに重きを置いたメッセージだと思います。

 でもRITOさんは地上での希望を語りました。地上にイエス様がまた戻って来て秩序を元通りに回復して下さるんだと語られる時、私たちもその時に備えて、それぞれに与えられたタラントを活かすように励まされます。イエス様のタラントのたとえの主人も、再び戻って来るからです。

 イエス様は私たちに慰めと励ましの両方を与えて下さるお方ですが、弟子たちに対しては、慰めよりもやはり励ましを多く与えていました。ですからイエス様の弟子である私たちもまた、イエス様から多くの励ましをいただきながら、日々を歩んで行きたいと思います。お祈りいたしましょう。

32 わたしはあなたのために、あなたの信仰がなくならないように祈りました。ですから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。
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5月22日礼拝プログラム

2022-05-19 17:14:25 | 礼拝プログラム
インマヌエル静岡キリスト教会

  5月22日 午前10時10分~ 

コロナウイルス対策の検温・マスク着用・手指の消毒をお願いします

Youtubeのライブ配信でも、ご覧いただけます。「インマヌエル静岡教会」で検索して下さい。

5月 第4聖日礼拝 午前10時10分~

 司会 朝比奈兄、奏楽 山城姉、受付 榧守兄

    ※ウイルス対策で賛美歌の数を減らしています

 前 奏
 招 詞
 奏楽・黙祷
 頌 栄   世をこぞりて        福270
 讃美歌   かいぬしわが主よ      福303
 聖書交読  詩篇67篇1~7節
 祈 祷                 司会者
 主の祈り
 使徒信条
 讃美歌   主イェスの名をほめたたえよ(2回) 福42
 聖書朗読  列王記第一17章8~16節
 説 教   『悪い時代の生き方』    小島牧師
 賛美と献金 主よ、おわりまで      福459
 感謝祈祷                寿美姉
 頌 栄   父・子・聖霊の       福271
 祝祷・後奏

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二倍の霊を求める(2022.5.15 礼拝)

2022-05-16 09:39:45 | 礼拝メッセージ
2022年5月15日礼拝メッセージ
『二倍の霊を求める』
【列王記第二2:6~14】

はじめに
 きょうはインマヌエルの聖宣神学院(BTC)の創立記念礼拝です。BTCの働きは、1949年の5月17日に始められました。73年前のことです。私は2008年から3年間を横浜のBTCのキャンパスで過ごし、最後の1年はインターン実習生として姫路で過ごしました。この4年間に、神様からの恵みをたくさんいただいて、育てていただきました。大変なことも多かったですから、神学生の時は早く卒業したいと思っていましたが、今振り返ると、霊的な恵みを本当にたくさんいただけた貴重な日々であったと思います。

 いま、インマヌエルに限らず多くの神学校で神学生が少ない状況が続いています。このままでは牧師の世代交代が行われずに、キリスト教会の働きが途絶えてしまうことになります。

 きょうは列王記第二を開いて預言者の働がエリヤからエリシャへと引き継がれた箇所を見て、この時代にどのようにして世代交代が為されたのかを見たいと思います。そうして、今の時代に新しい牧師が与えられるように、お祈りしたいと思います。

 きょうの中心聖句は列王記第二2章9節です。

列王記第二2:9 エリヤはエリシャに言った。「あなたのために何をしようか。私があなたのところから取り去られる前に求めなさい。」するとエリシャは、「では、あなたの霊のうちから、二倍の分を私のものにしてください」と言った。

 そして、次の三つのパートで話を進めて行きます。

 ①大きな働きをして疲れ果てたエリヤ
 ②ますます悪くなる時代に必要な預言者
 ③エリヤに二倍の霊を求めたエリシャ

①大きな働きをして疲れ果てたエリヤ
 今回、この礼拝説教の準備のために、列王記第一の終わりの方と列王記第二の始めの方を読み直していて、エリヤからエリシャに預言者の務めが引き継がれた時代は、大変な時代であったのだなということを改めて感じました。

 それで、来週以降も、エリヤとエリシャの箇所を開いて、さらに学びを深めたいと思いました。今日は概略をお話しして、来週以降に、もう少し細かく見ることにしたいと思います。

 きょうの第一のパートでは、まずエリヤが疲れていたことを確認しておきたいと思います。このエリヤが疲れていた箇所は有名ですから、ご存じの方も多いと思います。列王記第一の19章をご一緒に見たいと思います。列王記第二2章は後で見ます。

 列王記第一19章の前の17章、18章に何があったかは来週以降のどこかで、もう少し詳しく見ることができたらと願っています。きょうは、エリヤが疲れていた、ということを確認しておくのにとどめます。

 19章の1節、

Ⅰ列王19:1 アハブは、エリヤがしたことと、預言者たちを剣で皆殺しにしたこととの一部始終をイゼベルに告げた。

 アハブというのは、北王国の7代目の王様です。イスラエルの王国はソロモンが死んだ後に南北に分裂して、それ以降の北王国の王たちは一貫して不信仰な悪王たちばかりでした。中でも、7代目のアハブ王は際立って不信仰な王でした。そして、アハブの妻のイゼベルはアハブ以上に不信仰な女性でした。エリヤは、このように北王国の不信仰がますます進んでいる大変な時期に召し出された預言者でした。

 イゼベルとアハブはバアルという異教の神を礼拝していました。バアルは土地を肥沃にして豊かな収穫をもたらすと信じられていた異教の神で、北王国にはこのバアルの預言者がたくさんいました。そのバアルの預言者たちをエリヤは18章で一気に退治しました。そして、このことを聞いたイゼベルは怒りました。2節です。

2 すると、イゼベルは使者をエリヤのところに遣わして言った。「もし私が、明日の今ごろまでに、おまえのいのちをあの者たちの一人のいのちのようにしなかったなら、神々がこの私を幾重にも罰せられるように。」

 これはつまり、明日までにエリヤを殺すという殺害予告です。これは恐いですね。この時にすぐ殺すのでなく、どうやって殺すのかも告げず、ただ明日までに殺すと言うのです。これを聞いて、エリヤは震え上がり、逃げ出しました。3節と4節、

3 彼はそれを知って立ち、自分のいのちを救うため立ち去った。ユダのベエル・シェバに来たとき、若い者をそこに残し、
4 自分は荒野に、一日の道のりを入って行った。彼は、エニシダの木の陰に座り、自分の死を願って言った。「よ、もう十分です。私のいのちを取ってください。私は父祖たちにまさっていませんから。」

 エリヤは、この直前に大きな働きをしていて、達成感を感じていたと思います。北王国の不信仰を一掃できたと思っていたかもしれません。でも、イゼベルとアハブの不信仰はぜんぜん改まっていませんでした。エリヤはがっくり来て、燃え尽きたようになり、いま4節で読んだように、「主よ、もう十分です。私のいのちを取ってください」と言いました。イゼベルに殺されるよりは、主にいのちを取ってもらったほうが良いということなのでしょう。

 今のキリスト教会も同じようだと言えるかもしれません。1970年代、80年代頃までは教勢が勢いよく拡大して行きましたが、21世紀の今は縮小し続けています。そういう中で疲れている牧師が多くいます。

②ますます悪くなる時代に必要な預言者
 イゼベルの脅しですっかり弱気になっていたエリヤに主は仰せられました。途中を飛ばして、19章の15節と16節をお読みします。

15 は彼に言われた。「さあ、ダマスコの荒野へ帰って行け。そこに行き、ハザエルに油を注いで、アラムの王とせよ。
16 また、ニムシの子エフーに油を注いで、イスラエルの王とせよ。また、アベル・メホラ出身のシャファテの子エリシャに油を注いで、あなたに代わる預言者とせよ。

 エリヤは死を願っていましたが、主はそれを許さず、まだすべき仕事が残っていることをエリヤに告げました。その一つがエリシャに油を注いで、預言者の職を引き継がせることでした。そうして、主の導きによって、エリヤとエリシャが出会います。19節、

19 エリヤはそこを去って、シャファテの子エリシャを見つけた。エリシャは、十二くびきの牛を先に立て、その十二番目のくびきのそばで耕していた。エリヤが彼のところを通り過ぎるとき自分の外套を彼に掛けたので、

 ここで外套が使われています。エリヤの外套は、箱根駅伝などの駅伝のたすきのようなものですね。エリヤは、エリシャに自分の外套を掛けました。すると20節、

20 エリシャは牛を放って、エリヤの後を追いかけて言った。「私の父と母に口づけさせてください。それから、あなたに従って行きますから。」エリヤは彼に言った。「行って来なさい。私があなたに何をしたか。」

 この「私があなたに何をしたか」は面白いですね。エリヤはエリシャに外套を掛けましたから、「私があなたに何をしたか」はちょっと変な気がしますが、これはエリヤがしたことではなくて、主がなさったことだという意味かもしれませんね。21節、

21 エリシャは引き返して、一くびきの牛を取り、それを殺して、牛の用具でその肉を調理し、人々に与えてそれを食べさせた。それから彼は立ってエリヤについて行き、彼に仕えた。

 この後、イゼベルとアハブはさらに悪事を働き、北王国の不信仰はさらにひどくなって行きます。そういう時代にエリシャは預言者として召し出されて、エリヤに仕えます。悪い時代には主は次の働き手をちゃんと備えて下さっているということです。今の私たちの時代も、戦争やコロナ禍、温暖化による豪雨など、悪いことが多く起きている時代です。この悪い時代に神様は、次世代を担う牧師を必ず備えて下さっていると信じて、祈り求めて行きたいと思います。

③エリヤに二倍の霊を求めたエリシャ
 最後の3番目のパートに進んで列王記第二2章の1節から見て行きます(p.649)。1節、

列王記第二2:1 がエリヤを竜巻に乗せて天に上げようとされたときのこと、エリヤはエリシャを連れてギルガルから出て行った。

 いよいよエリヤが天に上げられる時が近づいていました。2節、

2:2 エリヤはエリシャに「ここにとどまっていなさい。が私をベテルに遣わされたから」と言った。しかしエリシャは言った。「は生きておられます。あなたのたましいも生きています。私は決してあなたから離れません。」こうして、彼らはベテルに下って行った。

 この2節のエリシャのことばは、先週ご一緒に見たシュネムの女がエリシャに言ったのと同じことばですね。エリヤはエリシャにとどまるように言いましたが、エリシャはベテルまで付いて行きました。そして、もう一度同じようなやり取りがあって、二人はベテルからエリコまでやって来ました。6節は、エリコでの会話です。6節、

6 エリヤは彼に「ここにとどまっていなさい。が私をヨルダンへ遣わされたから」と言った。しかし彼は言った。「は生きておられます。あなたのたましいも生きています。私は決してあなたから離れません。」こうして、二人は進んで行った。

 エリシャはまた同じことをエリヤに言いました。一方、7節と8節、

7 一方、預言者の仲間たちのうち五十人は、行って遠く離れて立った。二人がヨルダン川のほとりに立ったとき、
8 エリヤは自分の外套を取り、それを丸めて水を打った。すると、水が両側に分かれたので、二人は乾いた土の上を渡った。

 預言者の仲間たちも今日、エリヤが天に上げられることを知っていたので、見に来ていました。そして9節、

9 渡り終えると、エリヤはエリシャに言った。「あなたのために何をしようか。私があなたのところから取り去られる前に求めなさい。」するとエリシャは、「では、あなたの霊のうちから、二倍の分を私のものにしてください」と言った。

 エリシャは、きょうの説教題に書いたように、エリヤに二倍の霊を求めました。この9節のエリシャのことばは、新改訳の第3版では分かりにくかったのですが、2017年版の「二倍の分を私のものにしてください」で分かりやすくなりました。

 エリヤは聖霊を受けた預言者でしたから、エリシャが臨んだ霊とは、聖霊と考えても良いだろうと思います。エリヤの働きを自分が担うには聖霊を二倍受けなければ、やっていけないとエリシャは思ったのではないでしょうか。

 今年のペンテコステの日は3週間後の6月5日です。ペンテコステの日にイエス様の弟子たちは聖霊を受けて、力強く宣教を開始しました。イエス様の教えを宣べ伝える働きは聖霊の力を受けなければ到底できないことでしたから、弟子たちはこの時まで聖霊を祈り求めていました。

 逆に言えば、聖霊の力を受ければガリラヤの漁師だったペテロたちでも、イエス様を宣べ伝える使徒になることができたとも言えます。エリシャもまた、畑を耕している農夫でした。しかし、聖霊を受けて力を得るなら、エリヤの後継者になることができます。今の時代には牧師が不足していますが、神様は牧師として召し出した者に聖霊を与えて下さいますから、恐れずに主の召しに応えて欲しいと願います。

 私も神学生の時に主が聖霊によって力を与えて下さることを感じていました。私の場合は宣教している時というよりは、実習でヘトヘトになって神学院の寮で休んでいる時に、聖霊の力を一番感じました。どんなに疲れて帰っても、翌日に休んでいると、不思議と回復するんですね。若ければ回復するのは当たり前ですが、50歳前後でしたから、聖霊が回復の力を与えて下さっていると感じました。

 特に神学生の3年生の時に一年間遣わされていた船橋教会での実習がとてもハードでした。横浜の神学院から船橋教会までは電車を乗り継いで片道だけで2時間近くも掛かり、夜は路傍伝道と伝道会があったからです。

 夜が遅くなるので朝は9時半ごろに来ればいいよということになっていましたが、それでも朝7時半頃に神学院を出なければなりません。そして、9時半頃に船橋教会に着いたら、スリッパを並べて信徒さんを出迎えます。当時の出席者は250名以上いたと思います。次々とスリッパを並べて、礼拝が終わったら、またスリッパを片付けます。

 それからお弁当を食べて、午後は組会があれば出席し、無ければ少しの間、休ませてもらって、午後3時半頃からだったと思いますが、会堂の掃除を何人かで行いました。そうして5時過ぎに夕食のカレーを食べて、6時からは路傍伝道、7時から8時過ぎまで伝道会がありました。その後、信徒さんの皆さんが帰るまで待ち、最後に主牧の先生と話をしてお祈りをして教会を出るのは夜の9時頃でした。神学院の最寄の駅に着くのが10時半過ぎで、もうバスはありませんから20分ぐらい上りの坂道をフラフラの状態で歩いて帰ると11時です。当時、50歳になっていましたから、本当にヘトヘトになりました。それでも、どんなに疲れていても翌日の月曜日になると、むくむくと体力が回復するのを感じましたから、聖霊が力を与えて下さっていると感じていました。

 エリシャはその聖霊の力を二倍求めたということでしょう。エリシャはエリヤに仕えるうちに、預言者の働きがどんなに大変なものかを実感したことでしょう。イゼベルからの脅しも依然としてあったかもしれませんから、命の危険をも抱えながらの大変な職務です。それゆえエリシャはエリヤに言いました。「では、あなたの霊のうちから、二倍の分を私のものにしてください。」それに対してエリヤは言いました。10節、

10 エリヤは言った。「あなたは難しい注文をする。しかし、私があなたのところから取り去られるとき、あなたが私を見ることができれば、そのことはあなたにかなえられるだろう。できないなら、そうはならない。」

 このエリヤの返答も謎めいていますが、これを聞いてエリシャはエリヤから目を離さないようにしたことでしょう。11節と12節、

11 こうして、彼らがなお進みながら話していると、なんと、火の戦車と火の馬が現れ、この二人の間を分け隔て、エリヤは竜巻に乗って天へ上って行った。
12 エリシャはこれを見て、「わが父、わが父、イスラエルの戦車と騎兵たち」と叫び続けたが、エリヤはもう見えなかった。彼は自分の衣をつかみ、それを二つに引き裂いた。

 エリヤは竜巻に乗って天へ上って行ったということですから、あっという間に上って行ったんでしょうね。でも、エリシャはエリヤから目を離しませんでしたから、見逃すことはありませんでした。13節と14節、

13 それから、彼はエリヤの身から落ちた外套を拾い上げ、引き返してヨルダン川の岸辺に立った。
14 彼は、エリヤの身から落ちた外套を取って水を打ち、「エリヤの神、はどこにおられるのですか」と言った。エリシャが水を打つと、水が両側に分かれ、彼はそこを渡った。

 こうしてエリヤの外套がエリシャに引き継がれ、預言者の職務もエリヤからエリシャに引き継がれました。そうしてエリシャも聖霊の力を受けて、この預言者の大変な職務を担って行くことができました。

おわりに
 きょうはBTC創立記念礼拝です。多くの神学生が入学して、そして聖霊の力を得て、各地の教会に遣わされて行きました。でも、今それが途絶えています。まるでアハブ王とイゼベルが支配しているような暗い時代です。でも、そうであるからこそ、暗い時代であるからこそ、神様は必ず今の世にエリシャのような後継者を送って下さる筈です。そう信じて、BTCのために、お祈りし続けていたいと思います。

 この聖霊の力は、イエス様を信じる者には誰にでも与えられますから、神学生や牧師だけでなく、皆さんのお一人お一人にも与えられます。皆さんも日々、この大変な時代の中で疲れを覚えることが多いと思います。聖霊は疲れを覚える皆さんにも力を与えて下さり、励まして下さいます。

 ペンテコステの日に向かう今、私たちに聖霊の力が与えられていることに感謝しつつ、BTCのためにお祈りしたいと思います。
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母マリアと共にいた神様(2022.5.12 祈り会)

2022-05-13 13:54:01 | 祈り会メッセージ
2022年5月12日祈り会メッセージ
『母マリアと共にいた神様』
【使徒1:14】

使徒1:14 彼らはみな、女たちとイエスの母マリア、およびイエスの兄弟たちとともに、いつも心を一つにして祈っていた。

 いま私たちはペンテコステ、五旬節の日に向かっています。イースターから五旬節の日までは7週間で、先日の5月8日の聖日はイースターから3週目、次の5月15日の聖日はイースターから4週目になりますから、今私たちはイースターとペンテコステのちょうど中間点にいます。これからの3週間半、私たちは聖霊の恵みをますます強く祈り求めて行きたいと思います。

 今ご一緒に読んだ使徒1:14は今月の教団の教報の巻頭言で代表の岩上先生が引用しています。この巻頭言で岩上先生は神学校の現状を憂慮して、聖霊の助けを祈り求めたいと書いておられます。次の聖日は教団の多くの教会で神学校の創立記念礼拝が献げられます。私たちの教会の礼拝もBTC創立記念礼拝としていますから、神学校のために、祈りたいと思います。

 さて今夜、この使徒1:14のみことばを分かち合うことにしたのは、教報を読んでいて「イエスの母マリア」ということばに目が留まったからです。ちょうど先聖日が母の日であったということもあったからかもしれません。「イエスの母マリア」ということばに目が留まりました。

 ルカがここに母マリアのことを書いてくれたおかげで、マリアがこの時点までは存命していたことが分かりますから、この聖句はとても価値が高いと思います。ルカは四人の福音書の記者の中でも特に史実に忠実であることを重視している記者だと思いますから、母マリアは確かに、少なくともこの時までは弟子たちと一緒にいたことが分かります。

 一方で、マタイはルカとは少しスタンスが違います。例えばマタイは「心の貧しい者は幸いです」から始まる一連の説教を「山上の説教」の形で5章から7章までの間にギュッと一まとめにしています。一方、ルカはもう少し分散させていますね。例えば「主の祈り」をマタイは「山上の説教」の中に組み入れていますが、ルカはイエス様が「貧しい人たちは幸いです」と語ったことをルカ6章に書き、「主の祈り」のことはもっと後のルカ11章で書いています。

 マタイとルカのどちらのイエス様が史実に近いかと言えば、それはやはりルカではないでしょうか。マタイが書いたような「山上の説教」でイエス様があれほどたくさんのことを一度に語ったとしたら、内容が盛りだくさん過ぎて、聴いていた人たちは消化不良をおこすでしょう。でも、マタイの福音書という書き物の形で残すなら、マタイが書いたようにギュッと一まとめにしてあったほうが、イエス様が人々に何を伝えたかったのかが、よく分かります。ルカのように分散していると、少しぼやけるような気がします。ですから、マタイはイエス様の教えを読者に効果的に伝えるために、敢えて「山上の説教」であれだけたくさんのことをイエス様が語ったという構成にしたのだろうと思います。

 ヨハネもルカとはだいぶ違います。例えばヨハネはイエス様の十字架のそばに女性たちと愛弟子とがいたと記しています(ヨハネ19:25-26)。一方、ルカは、そこに弟子たちがいたとは書いていませんし、女性たちも十字架から離れた場所でイエス様を見ていたと書いています(ルカ23:49)。ヨハネとルカのどちらが史実に近いだろうかと言えば、それはルカでしょう。イエス様の十字架はとても残酷な死刑でしたから、十字架のそばで見ることなど女性には耐えられなかっただろうと思います。そして弟子たちは身の危険を感じて逃げたのですから、愛弟子がそばにいることも無かったのではないかと思います。

 でも、ヨハネの福音書は読者が霊的にイエス様と出会い、しっかりとした信仰が形作られることを目指していますから、例えばヨハネ3:16の、

ヨハネ3:16 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

というみことばも、愛弟子がイエス様の十字架をすぐそばで見届けたという証言があるからこそ、より一層心に迫って来るのだと思います。しかも、愛弟子が十字架のすぐそばにいたとヨハネが書いたことで、マタイ・マルコ・ルカの福音書の十字架の場面もまた、私たちはすぐそばで見ているような心持ちになります。マタイ・マルコもルカと同じように、女たちはイエス様の十字架を遠くから見ていたと書き、弟子がそこにいたとは書いていません。でも、私たちはイエス様が十字架で「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と大声で叫んだとマタイ・マルコが書いたことを、まるですぐ近くで見ているように感じます。それは、後にヨハネが愛弟子がすぐそばで見ていたと書いたから、私たちもまた、そのように感じるのだと思います。

 或いはまたイエス様が十字架で「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです」とおっしゃったとルカが書いたことも、まるでそれをすぐ近くで見ているように感じます。それもヨハネの福音書の効果だろうと思います。ヨハネの福音書には、そういう不思議な霊的な働きがあります。

 それに対して、ルカはルカの福音書においても使徒の働きにおいても、テオフィロ様への呼び掛けから始めて、テオフィロ様への報告書のような形になっていますから、史実を忠実に書くことを重視しているようです。そして、これはこれで、ものすごく大きな意味があって、この史実に忠実なルカ文書があることで、私たちは実際にあったことを知ることができます。きょうの聖書箇所の使徒1:14で、この場にイエス様の母マリアがいたことを知ることができることには、とても大きな意味があり、大きな恵みだと思います。

 というのは、イエス様が十字架に掛かって死んだことを最も悲しんだのは、間違いなく母マリアだったからです。悲しみのあまり病気で寝込み、衰弱して死んでしまったとしても、おかしくないぐらいの絶望的な悲しみであったことでしょう。ルカ2章でシメオンが幼子のイエス様を抱いた時、シメオンはマリアに「あなた自身の心さえも、剣が刺し貫くことになります」(ルカ2:34)と言いましたが、この剣の刺し貫くショックでマリアが死んでしまったとしても、おかしくはなかったでしょう。それほどの深い悲しみであったと思います。

 しかし使徒1:14は、この祈りの場に母マリアがいたことをルカは書き残しています。母マリアがこれほどの悲しみの中でも命を落とすことなく、信仰も失わなかったのは、神様が共にいて下さり、マリアを守って下さっていたからこそでしょう。

 ルカは、イエス様が最後の晩餐の場でペテロに次のように言ったことを書いています。「シモン、シモン、…わたしはあなたのために、あなたの信仰がなくならように祈りました。ですから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」(ルカ22:29-30)。イエス様はペテロのために祈っただけでなく、母マリアのためにも、きっと祈ったことでしょう。母が十字架のショックで命を落とすことがないように、また信仰も失わずに、弟子たちと互いに愛し合いながら祈り合うことができるようにと、きっと祈ったのではないかと思います。

 使徒1:14で母マリアは、弟子たちと共に祈っていました。弟子たちはイエス様が逮捕された時に逃げてしまいましたが、母マリアはそのことを赦しました。マリアは弟子たちを批判することもできた筈です。「どうしてあなたたちは我が子イエスを見捨てて逃げたのですか」と批判して赦さずにいることも、十分に有り得たと思いますます。でも、マリアは弟子たちを赦し、互いに愛し合って、共に聖霊が注がれるように祈り求めていました。マリアがそのようにできたことの背後には、イエス様の祈りがあったのだろうと思います。

 こうして、母マリアには神様が共にいて下さり、イエス様の祈りによって守られていたことが、ルカが使徒1:14で母マリアが弟子たちと共に祈っていたと書き残したことで、分かりますから、本当に感謝です。

 神様は、いつも共にいて下さり、どんな深い悲しみの中にある人にも慰めと励ましを与えて下さり、前向きに生きて行く力を与えて下さるお方です。イエス様の母マリアは、十字架刑という、公開の場での残酷な死刑によって我が子を失うという大きな悲しみを味わいました。それほどまでの経験をした母マリアでさえ、神様が共にいて下さったことで命と信仰が守られました。

 神様は私たちとも共にいて下さることを、心一杯感謝したいと思います。神様はマリアと弟子たちと共にいて下さったのと同じように、私たちとも共にいて下さいます。ですから私たちは母マリアと弟子たちと同じように、聖霊の恵みを祈り求めたいと思います。

 お祈りいたしましょう。

使徒1:14 彼らはみな、女たちとイエスの母マリア、およびイエスの兄弟たちとともに、いつも心を一つにして祈っていた。
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5月15日BTC(聖宣神学院)創立記念礼拝

2022-05-12 11:16:56 | 礼拝プログラム
インマヌエル静岡キリスト教会

 5月15日午前10時10分~ 

コロナウイルス対策の検温・マスク着用・手指の消毒をお願いします

Youtubeのライブ配信でも、ご覧いただけます。「インマヌエル静岡教会」で検索して下さい。

5月 第3聖日BTC(聖宣神学院)創立記念礼拝 午前10時10分~

 司会 枌兄、奏楽 枌姉、受付 財部姉

 前 奏
 招 詞
 奏楽・黙祷
 頌 栄   インマヌエルよ       イ1
 賛美歌   御霊なる聖き神       イ43
 聖書交読  詩篇66篇1~20節
 祈 祷                 司会者
 主の祈り
 使徒信条
 賛美歌   主を待ち望む者は(2回)  ひ106
 聖書朗読  列王記第二2章6~14節
 説 教  『二倍の霊を求める』 小島牧師
 賛美と献金 語り告げばや        イ370
 感謝祈祷                財部姉
 頌 栄   父・御子・御霊の      イ7
 祝祷・後奏

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母の願いに全身全霊で応える神(2022.5.8 礼拝)

2022-05-09 08:33:36 | 礼拝メッセージ
2022年5月8日礼拝メッセージ
『母の願いに全身全霊で応える神』
【列王記第二4:32~37】

はじめに
 きょうは母の日です。そこで、聖書に描かれている母の一人である、シュネムの女に注目したいと思います。

 聖書に登場する女性のことを思う時、信仰によって育まれた心の強さを持つ女性が多いという印象があります。中でもシュネムの女は特に、信仰によってしか得られない強靭な心を持つ女性であるように思います。そのシュネムの女の迫力に圧倒された神の人エリシャは全身全霊で彼女の願いに応えようとしました。このシュネムの女とエリシャの記事から、私たちと神様との関係にも思いを巡らして行くことができればと思います。

 きょうの中心聖句は、列王記第二4章33節と34節です。

Ⅱ列王4:33 エリシャは中に入り、戸を閉めて、二人だけになって【主】に祈った。
34 それから、寝台の上に上がり、その子の上に身を伏せ、自分の口をその子の口の上に、自分の目をその子の目の上に、自分の両手をその子の両手の上に重ねて、その子の上に身をかがめた。すると、その子のからだが温かくなってきた。

 そして、次の3つのパートで話を進めます。

 ①20個のパンで百人を満腹にしたエリシャ
 ②霊的な感性が優れていたシュネムの女
 ③母親の強い願いに全身全霊で応える神様

①20個のパンで百人を満腹にしたエリシャ
 シュネムの女を見る前に、まず預言者エリシャについて、簡単に見ておきたいと思います。

 エリシャは北王国で活動していた預言者でした。エリシャはエリヤから外套を受け継ぎましたから、エリヤとエリシャは先輩と後輩のような関係と言えるかもしれません。エリシャがエリヤから外套を受け継いだ話まですると長くなりますから、きょうは省略します(次聖日のBTC創立記念礼拝で、その箇所を開くことを考えています)。

 エリシャの話で皆さんの心に強く印象に残っているのは、左側のページの5章にある、ツァラアトに冒されたナアマンとエリシャの話ではないでしょうか。5章9節にあるように、ナアマンは馬と戦車でエリシャの家の入り口までやって来ました。ナアマンは重い皮膚病のツァラアトに冒されていて、エリシャに治してもらいたいと思っていました。そうして、いろいろありましたが、ナアマンのツァラアトは治りました。

 或いはまた、4章の42節から44節までには、エリシャがイエス様の「五千人の給食」とそっくりの奇跡を行ったことが記されています。「五千人の給食」では、イエス様は五つのパンと二匹の魚で、五千人のお腹を一杯にして、なおパンが余りました。エリシャもまた、イエス様と同じような奇跡をこの42節から44節までで行っています。エリシャがイエス様に似た預言者であることを見るために、ここを読んでおきましょう。私のほうでお読みします。

Ⅱ列王4:42 ある人がバアル・シャリシャから、初穂のパンである大麦のパン二十個と、新穀一袋を、神の人のところに持って来た。神の人は「この人たちに与えて食べさせなさい」と命じた。
43 彼の召使いは、「これだけで、どうして百人もの人に分けられるでしょうか」と言った。しかし、エリシャは言った。「この人たちに与えて食べさせなさい。はこう言われる。『彼らは食べて残すだろう。』」
44 そこで、召使いが彼らに配ると、彼らは食べて残した。のことばのとおりであった。

 こうしてエリシャは、大麦のパン二十個と、新穀一袋で百人のお腹を一杯にして、なおパンは余りました。このようにエリシャはイエス様に似た奇跡を行った預言者でした。

②霊的な感性が優れていたシュネムの女
 では、次のパートに進んで、シュネムの女がどのような女性であったかを見ましょう。シュネムの女が登場するのは、4章の8節からです。8節、

8 ある日、エリシャがシュネムを通りかかると、そこに一人の裕福な女がいて、彼を食事に引き止めた。それ以来、エリシャはそこを通りかかるたびに、そこに寄って食事をするようになった。

 このシュネムの女は、霊的な感性がとても優れていた女性でした。というのは、彼女はエリシャが神の人であることに気付いていたからです。9節と10節、

9 女は夫に言った。「いつも私たちのところに立ち寄って行かれるあの方は、きっと神の聖なる方に違いありません。
10 ですから、屋上に壁のある小さな部屋を作り、あの方のために寝台と机と椅子と燭台を置きましょう。あの方が私たちのところに来られるたびに、そこを使っていただけますから。」

 このように、エリシャが神の人であることにシュネムの女は気付いていました。でも、夫は気付いていませんでしたから、エリシャは普通にしていて、神の人のオーラを特に出していた訳ではないでしょう。オーラを出さなくても自然に神の人である雰囲気がにじみ出ていたのでしょう。それを感じる優れた霊性がシュネムの女には備わっていました。

 この、オーラを出していなくても、自然ににじみ出てくるものの例えとして、何が良いか考えたのですが、例えば1953年のハリウッド映画の『ローマの休日』のアン王女はどうでしょうか。オードリー・ヘップバーンが演じたアン王女は、ローマの市中では王女のオーラを消して、一般の女性として過ごします。でも、それでも消し切れない、にじみ出て来る王家の女性の気品がありました。この『ローマの休日』という映画は、それをとても上手く表現していたと思います(今週の金曜ロードショーで『ローマの休日』が放送されるようですね)。

 エリシャも、神の人のオーラを出していたわけではないと思います。でもシュネムの女はエリヤが神の人であることに気付き、夫は気付きませんでした。気付いたシュネムの女は優れた霊的な感性を持っており、夫は持っていなかったということでしょう。

 さて、細かい経緯は後で皆さんそれぞれで読んでいただくこととして、シュネムの女は神様によって男の子を授かりました。そして、その子が大きくなった時のことです。18節から20節をお読みします。

18 その子が大きくなって、ある日、刈り入れをする者たちと一緒にいる、父のところに出て行ったとき、
19 父親に、「頭が、頭が」と言った。父親は若者に、「この子を母親のところに抱いて行ってくれ」と命じた。
20 若者はその子を抱き、母親のところに連れて行った。この子は昼まで母親の膝の上に休んでいたが、ついに死んでしまった。

 シュネムの女の膝の上で、子どもは死んでしまいました。普通であれば、呆然として何もできず、ただ泣くばかりではないでしょうか。しかし、シュネムの女は違いました。ここから猛然と行動を開始します。21節と22節、

21 彼女は屋上に上がって、神の人の寝台にその子を寝かせ、戸を閉めて出て行った。
22 彼女は夫に呼びかけて言った。「どうか、若者一人と、雌ろば一頭を私のために出してください。私は急いで神の人のところに行って、すぐに戻って来ますから。」

 我が子が死んだら泣き崩れて、しばらくは何もできないのが普通だと思います。でも彼女は違いました。彼女は脇目も触れずに一目散に神の人のエリシャの所に向かいました。そうしてエリシャに言いました。28節です。

28 彼女は言った。「私がご主人様に子どもを求めたでしょうか。この私にそんな気休めを言わないでくださいと申し上げたではありませんか。」

 シュネムの女は不妊の女で、子供のことはもうあきらめていました。ですから、子供は彼女がエリシャに頼んで授かったのではなく、エリシャが彼女のもてなしへのお礼がしたくて、子が授かるようにしたものでした。ですから、彼女はエリシャに猛然と抗議しました。

 このシュネムの女の抗議には、ハッとさせられます。私たちクリスチャンは、神様がすべての物を与えて下さっていることを覚えて、その恵みに日々感謝しつつ暮らしています。そして、試練さえも、これは神様が与えて下さった試練であると考えることが多いかもしれません。でも、シュネムの女は少し違いました。「この子を授かったのは、あなたの恵みによるものです。あなたが与えて下さった恵みです。その恵みによって、いま私は悲しんでいます。あなたが与えて下さった恵みによって、どうして私はこんなにも悲しまなければならないでしょうか」と抗議しています。

 このシュネムの女の信仰に比べると、自分の信仰は生ぬるいな、ということを思わされます。苦しみや悲しみの中にある時、物わかり良く、これも神様が与えて下さる試練なのだろうと思うよりも、シュネムの女のように猛然と抗議すべきなのかもしれませんね。でも、多分それはケース・バイ・ケースでしょう。試練と考えて受け入れたほうが良い時もあれば、シュネムの女のように猛然と抗議すべき時もあるのでしょう。はっきりしていることは、生ぬるい信仰であってはならない、ということだと思います。

③母親の強い願いに全身全霊で応える神様
 再びエリシャに目を向けます。ここでは、神の人エリシャのことを、人ではなくて、神様とはこういうお方なのだという目で見たいと思います。

 私たちは神の御子イエス様を通して、神様とはこういうお方なのだということを学んでいます。神様は目に見えないお方ですから、神様のことを知るのはとても難しいことです。でも神様は私たちのために御子のイエス様を地上に遣わして下さいましたから、私たちはイエス様を通して神様を知ることができます。それは神様の姿形がイエス様のようである、というのではなくて、神様の喜怒哀楽、神様はこのようなことに喜び、怒り、哀しみ、また楽しんでおられるのだということを、イエス様を通して知ることができます。

 先ほど4章42節から44節で見たように神の人エリシャはパン二十個と新穀一袋で百人のお腹を一杯にして、イエス様と似た奇跡を行っていますから、私たちはエリシャを通しても、神様がどのようなお方であるかを知ることができると思います。

 神の人エリシャはシュネムの女が猛然と抗議するのを聞いて、母の願いにすぐに応えようとしました。先ずは付き人のゲハジを子供の所に行かせました。ゲハジは若く、エリシャよりも早くに子供の所に行くことができます。29節です。

29 そこでエリシャはゲハジに言った。「腰に帯を締め、手に私の杖を持って行きなさい。たとえだれかに会っても、あいさつしてはならない。たとえだれかがあいさつしても、答えてはならない。そして、私の杖をあの子の頭の上に置きなさい。」

 すると母親は言いました。30節、

30 その子の母親は言った。「は生きておられます。あなたのたましいも生きています。私は決してあなたを離しません。」エリシャは立ち上がり、彼女の後について行った。

 彼女はエリシャに対して、「あなたが行って何とかして下さい」と言っているようです。霊的な感性が優れていたシュネムの女は、ゲハジではダメだと見抜いていたのでしょうね。神の人エリシャでなければ、この大変な事態を解決することはできないと分かっていたのだと思います。31節、

31 ゲハジは二人より先に行って、その杖を子どもの頭の上に置いたが、何の声もなく、何の応答もなかった。そこで引き返してエリシャに会い、「子どもは目を覚ましませんでした」と報告した。

 案の定、ゲハジではダメでした。そして32節と33節、

32 エリシャが家に着くと、その子は寝台の上に死んで横たわっていた。
33 エリシャは中に入り、戸を閉めて、二人だけになってに祈った。

 この33節から、エリシャが全身全霊で母の願いに応えようとしていたことが見て取れます。この部屋に母親に入ってもらっても良いのではないか、と私なら思います。でも、エリシャは全身全霊で母の願いに応えるために、気が散らないように、祈りに集中するために、母親さえ、この部屋に入れませんでした。それから34節、

34 それから、寝台の上に上がり、その子の上に身を伏せ、自分の口をその子の口の上に、自分の目をその子の目の上に、自分の両手をその子の両手の上に重ねて、その子の上に身をかがめた。すると、その子のからだが温かくなってきた。

 エリシャは自分の顔と上半身が子供とぴったりと重なるように身をかがめました。すると、その子の体が温かくなってきました。この場面からは、福音書の「長血の女」の記事が思い起こされます。長血の女がイエス様の衣に触れた時、イエス様は力が出て行ったことを感じました(マルコ5:30)。シュネムの女の子供の体が温かくなった時も、エリシャの体からは、きっと力が出て行ったことでしょう。

 それでエリシャはもう1回自分の体にエネルギーをチャージします。35節、

35 それからエリシャは降りて、部屋の中をあちらこちらと歩き回り、また寝台の上に上がり、子どもの上に身をかがめると、子どもは七回くしゃみをして目を開けた。

 エネルギーがチャージされるまでエリシャはしばらく部屋の中を歩き回り、もう一度子供の上に身をかがめると、子供は息を吹き返しました。そして36節と37節、

36 彼はゲハジを呼んで、「あのシュネムの女を呼んで来なさい」と言った。ゲハジが彼女を呼んだので、彼女はエリシャのところに来た。そこでエリシャは、「あなたの子どもを抱き上げなさい」と言った。
37 彼女は入って来て彼の足もとにひれ伏し、地にひれ伏した。そして、子どもを抱き上げて出て行った。

 子どもをよみがえらせたのは、エリシャではなくて神様です。神様はもっと大きな存在ですから、エリシャのようにはしていないでしょう。でも、神様の霊的な姿勢はエリシャと同じです。神様は全身全霊で子供をよみがえらせるために、力を送りました。神様は同時に何億人もの人を相手にすることができるお方です。それゆえ私たちは、神様は一人一人に対しては全力で相手をしないと思いがちかもしれません。でも、エリシャの姿勢を見るなら、神様は私たちの一人一人に対して全身全霊で向き合って下さるお方だと分かります。

 しかし、神様は必ずしも私たちの願い通りにはして下さいません。むしろ願い通りではないことの方が多いですね。きょうの場面の子供の体温が温かくなった箇所を読んで、こんなことを思いました。それは、この地上にはたくさんの人が住んでいる一方で、神様が使えるエネルギーの量は一定だということです。神様はいくらでも人にエネルギーを与えることができるお方ですが、エネルギーを与えすぎると、この地上は熱くなりすぎて、人が住めなくなってしまいます。きっと、そういう事情もあって、私たちの願いのすべてに応えるわけにはいかないのでしょう。でも、神様は決して見放しているわけではなく、一人一人に全身全霊で向き合って下さっているんだと、エリシャの姿勢からは見て取れます。

 先日の祈祷会ではホセア書を開いて、神様が苦悩しておられる様子を見ました。神様はすべての人の願いを聞き入れるわけにいかないことにも、きっと苦悩しておられるのだろうと、きょうのシュネムの女の子供の体が温かくなった場面を読んで思いました。

おわりに
 きょうは母の日です。シュネムの女は強烈な方法で、子に対する母の愛を示しました。でも行動の現し方はシュネムの女のようではなくても、子への愛情の強さはどの母親も同じですね。その母親によって私たちは育てられました。シュネムの女のような母もいると思いますが、違うタイプの母もいるでしょう。シュネムの女のようでなければいけないということは、決してありません。どの母親も子に対しては強い愛情を持ち、それを示します。そうして、神様はどの母親、どの子供に対しても全身全霊で相い対して下さっています。

 でも、様々な事情で不幸なこともたくさん起こります。そういう時は、シュネムの女のように、神様に猛然と抗議しても良いのだと思います。良くないのは、神様から目を離し、神様から離れて行ってしまうことです。ですから私たちは、シュネムの女のように、いつも神様の方を真っ直ぐに見ていたいと思います。そうして神様は私たちの一人一人に対して、全身全霊で向き合って下さるお方であることを覚えたいと思います。

 お祈りしましょう。
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神の苦悩(2022.5.5 祈り会)

2022-05-09 08:13:58 | 祈り会メッセージ
2022年5月5日祈り会メッセージ
『神の苦悩』
【ホセア11:8】

ホセア11:8 エフライムよ。わたしはどうしてあなたを引き渡すことができるだろうか。イスラエルよ。どうしてあなたを見捨てることができるだろうか。どうしてあなたをアデマのように引き渡すことができるだろうか。どうしてあなたをツェボイムのようにすることができるだろうか。わたしの心はわたしのうちで沸き返り、わたしはあわれみで胸が熱くなっている。

 ホセア書のこの箇所からは、神様の深い苦悩が分かります。前回開いたエレミヤ書の箇所からは、主がとても厳しいお方であるという印象が残りましたから、主は厳しいだけのお方ではないことを、きょうのホセア書で確認しておきたいと思います。

 まず、前回のエレミヤ書を簡単に振り返っておきたいと思います。前回はエレミヤ書7:11の「強盗の巣」の箇所を開きました(p.1300)。

エレミヤ7:11 わたしの名がつけられているこの家は、あなたがたの目に強盗の巣と見えたのか。見よ、このわたしもそう見ていた──のことば──。

 この「強盗の巣」ということばはイエス様が宮きよめをした時に使ったことばです。イエス様は祭司長たちがエルサレムの神殿の異邦人の庭を商売人たちに使わせて利益を得ていました。その時にイエス様は、おっしゃいました。

マルコ11:17 「『わたしの家は、あらゆる民の祈りの家と呼ばれる』と書いてあるではないか。それなのに、おまえたちはそれを『強盗の巣』にしてしまった。」

 このイエス様のおっしゃった「強盗の巣」は、このエレミヤ7:11からの引用です。主は南王国のユダの人々に対して不信仰を改めるように、エレミヤを通して何度も警告していました。しかし、不信仰が改まらなかったので、かつてのシロやエフライムに対して行ったのと同じことをすると、エレミヤを通して仰せられました。エレミヤ7章の14節と15節です。

14 「わたしの名がつけられているこの家、あなたがたが頼みとするこの家、また、わたしが、あなたがたと、あなたがたの先祖に与えたこの場所に対して、わたしはシロにしたのと同様のことを行う。
15 わたしは、かつて、あなたがたのすべての兄弟、エフライムのすべての子孫を追い払ったように、あなたがたをわたしの前から追い払う。」

 14節のシロは、前回も話した通り、サムエル記第一の最初のほうにある、祭司エリの時代に神の箱が置いてあった町です。この時、イスラエルはペリシテ人と戦っていました。劣勢だったイスラエルは、神の箱を戦場に持ち込めば、勝てると考えて、そのようにしました。しかし、主は人間が自分たちの勝手な判断で神の箱を幕屋から運び出して戦場に持ち込んだことを怒りました。それゆえイスラエルはペリシテに敗北しました。

 15節のエフライムというのは北王国のイスラエルのことです。主は、南王国に先立ってまず北王国を見放しました。これらから、主は不信仰を赦さない、厳しいお方であることが分かります。しかし、きょうの聖書箇所のホセア書を見るなら、主は決して厳しいだけの方ではありません。主はとても憐み深いお方でもあります。

 ホセア書に戻ります(旧約p.1547)。もう一度11章8節、

ホセア11:8 エフライムよ。わたしはどうしてあなたを引き渡すことができるだろうか。イスラエルよ。どうしてあなたを見捨てることができるだろうか。どうしてあなたをアデマのように引き渡すことができるだろうか。どうしてあなたをツェボイムのようにすることができるだろうか。わたしの心はわたしのうちで沸き返り、わたしはあわれみで胸が熱くなっている。

 ホセアは、北王国が滅びる少し前まで、北王国で預言していた預言者です。聖書に登場する預言者は、北王国が滅びる前までは大体が北王国で活動していた預言者です。エリヤやエリシャも北王国の預言者たちでした。それだけ北王国が不信仰であり、主の警告が必要だったということです。北王国の王たちは初代のヤロブアム王から始まって一貫して不信仰な王たちばかりでした。南王国にはアサ王やヨシャファテ王、ヒゼキヤ王やヨシヤ王のように善い王がいましたが、北王国は一貫して悪い王たちばかりでしたから、南王国よりも早くに滅びてしまいました。それは主の怒りに触れたからですが、今ご一緒に読んだように、主はこのことでは深く苦悩しています。それは、主が憐み深いお方だからです。8節の1行目から4行目。

エフライムよ。わたしはどうしてあなたを引き渡すことができるだろうか。イスラエルよ。どうしてあなたを見捨てることができるだろうか。

 後に主はアッシリヤがイスラエルを滅ぼすことをお許しになりましたが、その時には、このように苦悩していました。残りの行、

どうしてあなたをアデマのように引き渡すことができるだろうか。どうしてあなたをツェボイムのようにすることができるだろうか。わたしの心はわたしのうちで沸き返り、わたしはあわれみで胸が熱くなっている。

 アデマとツェボイムはソドムとゴモラと同じ地域にありました。主がアブラハムの時代にソドムとゴモラを滅ぼした時に、アデマとツェボイムもまた滅ぼされました。主は、イスラエルを、このように滅ぼしたくはありませんでした。

 このホセア書11章の1節で主は仰せられています。

1 イスラエルが幼いころ、わたしは彼を愛し、エジプトからわたしの子を呼び出した。

 これは、主がモーセをリーダーに指名してイスラエル人をエジプトから脱出させたことですね。この頃のイスラエル人は幼稚園児のようなものでした。駄々っ子のように、苦しいことがあると、すぐに泣きわめきました。そんなイスラエル人を主は愛し、忍耐強く守り、約束の地のカナンまで導きました。3節、

3 このわたしがエフライムに歩くことを教え、彼らを腕に抱いたのだ。

 主はまさにイスラエル人の父親でした。しかし、彼らは親である主に背を向けていました。少し飛ばして7節、

7 わたしの民は頑なにわたしに背いている。

 彼らは2節にあるように呼べば呼ぶほどますます離れて行き、バアルにいけにえを献げて、刻んだ像に犠牲を供えていました。これは主が最も忌み嫌うことでした。それゆえ北王国のイスラエルは滅ぼされました。

 今回、改めてこのホセア書11章を読み、イスラエル人たちは信仰が幼く、信仰が育っていなかったから偶像を礼拝してしまっていたのだなということに改めて気付かされています。信仰が幼いと、やはりどうしても目に見えるものに心を寄せてしまいます。目に見えない神様に心を寄せることは、それだけ難しいということであり、成長しなければ目に見えない神様を信じ続けることは難しいことが分かります。

 ダビデとソロモンの時代には一つの国だったイスラエルが南北に分裂してしまったのは、ソロモン王が妻たちの影響で偶像礼拝をするようになってしまったからです。ソロモンは年を取ってまた信仰が幼くなってしまったようです。北王国に続いて南王国が滅びたのも、やはり偶像礼拝が原因でした。目に見えない神様に信頼を寄せることは、それほどまでに難しいということです。

 それゆえ主はひとり子の御子を地上に遣わして下さいました。目に見えない神を信じるのが苦手な私たちのために御子を遣わし、1世紀の初めに人々の間にイエス様を住まわせて下さり、そのことを福音書の記者のマタイ・マルコ・ルカ・ヨハネを用いて書き残すようにして下さいました。さらにパウロなども用いて、聖書を通してイエス様が神の子キリストであることを信じて、それまでの不信仰を悔い改めるなら、聖霊を遣わして下さり、聖霊を通してイエス様にお会いできるようにして下さいました。

 そのことを考えるなら、イエス様がいなかった時代の北王国や南王国の民は気の毒な気もします。私たちにはイエス様がいますが、イエス様がまだ地上に遣わされていなかった旧約の時代には、どうしても目に見える偶像を礼拝することになってしまいました。この偶像礼拝の罪の重さを私たちは、このホセア書やエレミヤ書で知ることができます。主が私たちにイエス様を遣わして下さったことを、改めて感謝したいと思います。そうして主に背を向けていた私たちの罪もイエス様の十字架によって赦されて、神の子どもとされて永遠の命が与えられ、平安を与えられたことを、心一杯、感謝したいと思います。

 お祈りいたしましょう。
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5月8日礼拝プログラム

2022-05-05 10:33:08 | 礼拝プログラム
インマヌエル静岡キリスト教会

  5月8日 午前10時10分~ 

コロナウイルス対策の検温・マスク着用・手指の消毒をお願いします

Youtubeのライブ配信でも、ご覧いただけます。「インマヌエル静岡教会」で検索して下さい。

5月 第2聖日礼拝 午前10時10分~

 司会 寿美姉、奏楽 枌姉、受付 戸板姉

    ※ウイルス対策で賛美歌の数を減らしています

 前 奏
 招 詞
 奏楽・黙祷
 頌 栄   世をこぞりて        福270
 讃美歌   主イェスのみそばに     福441
 聖書交読  詩篇64篇1~10節
 祈 祷                 司会者
 主の祈り
 使徒信条
 讃美歌   主のために生きる      福461
 聖書朗読  列王記第二4章32~37節
 説 教   『母の願いに全身全霊で応える神』 小島牧師
 賛美と献金 いつも私を支え       福418
 感謝祈祷                薫兄
 頌 栄   父・子・聖霊の       福271
 祝祷・後奏

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心が内で燃えた時代の再来を祈る(2022.5.1 礼拝)

2022-05-03 08:44:23 | 礼拝メッセージ
2022年5月1日礼拝メッセージ
『心が内で燃えた時代の再来を祈る』
【ルカ24:27~32】

はじめに
 先日、10日ちょっと前の4月19日の火曜日に、静岡教区の教区会がZoomを利用したネット会議でありました。教区の会議はこの2年間はずっとネット上での会議ばかりですが、それまでの対面での会議と同じように、最初は必ずディボーションの時が持たれます。その時のディボーションで開かれたのが実は今日の聖書箇所のルカ24章でした。

 その時、私は不思議な一致を感じました。それは、その2日前の17日のイースター礼拝で、ヨハネの福音書を開いて少し似た話をしていたからです。どう似ていたかは、この後、第一のパートの中で話すことにします。

 きょうの中心聖句はルカ24章32節です。

ルカ24:32 二人は話し合った。「道々お話しくださる間、私たちに聖書を説き明かしてくださる間、私たちの心は内で燃えていたではないか。」

 そして、きょうは次の三つのパートで話を進めて行きます。

 ①世に希望があった時は教会も伸びた
 ②今の世には本当に希望が無いのか?
 ③心が内で燃えた時代の再来を祈る

①世に希望があった時は教会も伸びた
 まず、きょうの聖書箇所のルカ24章を見ておきたいと思います。24章の一つ手前の23章でイエス様は十字架に付けられて死に、墓に葬られました。それは金曜日のことでした。そうして安息日の土曜日を挟んで、十字架から三日目の日曜日の日の出来事が、この24章には書かれています。

 この日の朝、墓に葬られたはずのイエス様の遺体がなくなっていました。ルカ24章1節から3節までをお読みします。

ルカ24:1 週の初めの日の明け方早く、彼女たちは準備しておいた香料を持って墓に来た。
2 見ると、石が墓からわきに転がされていた。
3 そこで中に入ると、主イエスのからだは見当たらなかった。

 そして、13節からは弟子たちのうちの二人が、この不思議な出来事について話し合っていたことが書かれています。13節と14節、

13 ところで、ちょうどこの日、弟子たちのうちの二人が、エルサレムから六十スタディオン余り離れた、エマオという村に向かっていた。
14 彼らは、これらの出来事すべてについて話し合っていた。

 この出来事はエマオへの途上で起きました。エルサレムからエマオまでは60スタディオン余り、下の注には約11kmの距離とあります。そこにイエス様が近づいて来ました。15節、

15 話し合ったり論じ合ったりしているところに、イエスご自身が近づいて来て、彼らとともに歩き始められた。

 イエス様は途中から合流されました。何キロぐらいから合流したかは分かりませんが、10kmぐらいは一緒に歩いたでしょうか。歩く速度が時速4kmだったとしたら、約2時間半を弟子たちはイエス様と一緒に歩きました。ただ、弟子たちはその近づいて来た人がイエス様とは分かりませんでした。16節です。

16 しかし、二人の目はさえぎられていて、イエスであることが分からなかった。

 その二人にイエス様は聖書の話をしました。途中を飛ばして、きょうの聖書箇所の27節です。

27 それからイエスは、モーセやすべての預言者たちから始めて、ご自分について聖書全体に書いてあることを彼らに説き明かされた。

 このイエス様の聖書の話によって、二人の弟子の心は内で燃やされました。二人はその話をしている人がイエス様だとは気付いていませんでしたが、心が燃やされていました。それで二人は話し合いました。きょうの中心聖句の32節です。

32 二人は話し合った。「道々お話しくださる間、私たちに聖書を説き明かしてくださる間、私たちの心は内で燃えていたではないか。」

 4月19日の教区会のディボーション担当の先生は、私たち説教者もまた心が内に燃やされる説教が語れる者でありたいと熱く語られました。現代の牧師の私たちもイエス様がエマオの途上で二人の弟子たちの心を燃やしたように、聴く人々の心が燃えるような説教ができる者たちであらせていただきたいと語られました。

 この説教を聞いて私の心もまた燃やされたわけですが、同時に、その2日前にこの教会でしたイースター礼拝での説教との不思議な一致もまた感じました。イースター礼拝の説教箇所はヨハネ20章で、説教題は『空っぽの私に命を吹き込む主』でした。弟子たちは、イエス様がダビデの王国のような国を築いて、自分たちは側近として高い地位に就くことを期待していました。しかし、イエス様は十字架に付けられて、みじめな死に方をしました。そのことで弟子たちの心は空っぽになっていました。イエス様の遺体が消えて空っぽになった墓は、弟子たちの空っぽの心を象徴しているように見えます。

 しかし、そんな弟子たちの前に復活したイエス様が現れて、彼らに息を吹きかけて「聖霊を受けなさい」と言われました(ヨハネ20:22)。こうして、空っぽだった弟子たちの心にイエス様によって命が吹き込まれました。

 また、この日の説教では明治4年にアメリカから来日して静岡の学問所で若者たちに西洋の近代科学を教えたエドワード・クラーク先生の話をしました。静岡学問所は駿府城の内堀の法務局の辺りにありましたが、クラーク先生の宿舎は来日当初は沓谷の蓮永寺にありました。そして、クラーク先生はこの宿舎の蓮永寺では静岡の若者たちに聖書を教えていました。

 この明治の初期に静岡でクラーク先生から聖書と科学を学んでいた若者たちは、主に徳川の幕臣の子弟たちでした。徳川の幕臣たちは幕末に薩長が中心の新政府軍に江戸城を明け渡して心が空っぽになっていました。そうして、空っぽの状態で徳川慶喜と家達と同時期に静岡の地に来ました。幕臣の子弟の青年たちの心もまた空っぽだったことでしょう。そんな空っぽな青年たちの心にクラーク先生の聖書と科学の話は命を吹き込み、彼らの心を熱く燃えさせました。

 自分が聖書の話をしたことで静岡の青年たちの心が熱く燃えたことでクラーク先生の心もまた燃やされたのでしょう。先生はアメリカに帰国した後、神学校に入って牧師になりました。この静岡のクラークの先生の話をした時、札幌のクラーク先生の話もしました。札幌のクラーク先生は帰国後に起こした事業に失敗して財産と名誉を失い、寂しい晩年を過ごしましたが、死を前にした病床で人生を振り返り、札幌の青年たちに聖書を教えることができたことが人生最大の喜びであったと語ったそうです。聖書の話は、それを語る側も聴く側も心が燃やされて、大きな喜びが与えられます。17日の礼拝では、語る側と聴く側の喜びが重なり合って喜びが一層増し加わる、増幅するんだという話をしました。そして、今の時代に牧師を志す若い人がいないのは、この喜びの増幅を妨げる何かがあるのだろう、その何かが分かれば、日本のキリスト教もきっと息を吹き返して復活するだろうという話をしました。

 その話をした2日後に教区会の説教で私もまた心を燃やされたことで、今の時代に欠けていることが少しずつ分かって来たような気がしています。それは、この第一のパートの表題に示したように、世の中に希望があった時には教会も伸びていましたが、今の時代には世の中全体に希望がほとんど感じられない状況にあるのではないかということです。

 徳川の時代、日本は鎖国をしていました。その間に西洋では科学技術がどんどん発展していました。鎖国が解け、明治に入って若者たちは心を躍らせながら新しい西洋の知識を貪欲に吸収して行きました。そして、この西洋の近代科学によって日本も発展するという明るい希望を持っていました。そういう雰囲気の中で聖書も学ばれていました。皆が皆、聖書を信じたわけではありませんが、科学によって世の中が良くなるという雰囲気があったことは大きいと思います。聖書によって世の中が良くなるということと、科学によって世の中が良くなるということの方向が一致していたからです。

 札幌農学校でクラーク先生が青年たちに教えたのもアメリカ式の大規模農業の技術でした。当時の日本には大規模農業の考え方はありませんでしたが、クラーク先生はそれを伝えました。と同時に聖書を教えました。それまでとは異なる近代的な農業技術と共に聖書が教えられたことで若者たちの心が燃やされ、クラーク先生の心もまた燃やされました。

 第二次世界大戦後の日本も同様ではないでしょうか。戦後の日本は科学技術でまだまだ欧米に後れを取っていましたから、追い付き追い越せで多くの若者が科学や工業技術の習得を志しました。湯川秀樹博士が1949年に日本人初のノーベル賞を受賞した効果も大きかっただろうと思います。1960年代にはアメリカとソ連が競って有人の宇宙ロケットを打ち上げて科学は夢を人々に与えました。1970年の大阪万博のテーマは「人類の進歩と調和」で、当時の日本人の多くは科学に信頼を寄せて、そこに希望の光を見ていたように思います。1980年代に入ると、科学に対する信頼は薄らいで来ますが、それでも1985年のつくば科学万博の頃までは、まだ科学に希望の光を感じていたように思います。

 そして1986年が転機の年と呼べるかもしれません。1986年1月にアメリカのスペースシャトルのチャレンジャー号が打ち上げ時に事故を起こして乗務員全員が死亡しました。1986年4月にはソ連(今はウクライナ)のチェルノブイリ原発が暴走して爆発するという大事故が起きました。そうして科学の未来に希望の光を見ることが難しくなった中で日本では1986年の12月からバブル景気が始まりました。不動産価格や株価が上昇して、金融業などに就職した方が給料が良いということで理系の学生でも文系の仕事に就くという現象が起きました。そうして、若者の理系離れが進み、バブルも崩壊して、失われた20年、或いは30年という時代が始まりました。そういう悪い時期にオウム真理教の事件が起きて、教会は大きなダメージを受けました。

 教会が伸びていた時期は、世の中が科学に信頼を寄せて明るい希望を持っていた時代と大体一致しているように思います。その希望がほとんど無くなり欠けていた時期にオウム真理教の事件が起きたように思います。

 暗い時代にこそ、多くの方々に教会に来てイエス様の光に照らされて欲しいと私たちは願いますが、世の中が停滞している時期は教会もまたそれに連動して停滞してしまう傾向があるようです。

②今の世には本当に希望が無いのか?
 現代は世の中全体に希望が失われているように見えます。その中で若者の多くも明るい希望を持って生活しているようには見えません。政治にも関心が薄く、20代の投票率は最近の衆議院選挙では4回連続で30%代です。20代の投票率はどの年の選挙でもほとんどの場合、他の世代より投票率が低いのですが、それでも私が20歳だった1980年の衆議院選挙では20代の63%が投票していました。20代の63%が一番低かったので、30代以上の投票率はもっとありました。それが今や20代の投票率は30%台で、全体の投票率は50%台です。1980年には最低の20代でも63%が投票していたのに、今やあらゆる世代が低調です。10年前にバブル崩壊から20年が経った時は「失われた20年」と言われ、その10年後の今は「失われた30年」と言われています。このように世の中に希望が見出せない時は教会も低調になるのでしょう。

 さてしかし、今の世は本当にそんなに希望が無いのでしょうか?もちろん、そんなことはないと思います。3年目に入ったコロナ禍やロシアとウクライナの戦争など暗いニュースが多い今の時代ですが、希望はあります。

 例えば、今回のコロナ禍では新しいワクチンが開発されて、大きな効果が発揮されました。コロナウイルスは突然変異によって、姿を変えますからワクチンを接種している人でもなお感染して、未だに終息しませんが、それでももし、新しいワクチンが開発されていなかったら、もっと大変なことになっていただろうと思います。

 先ほど話したような1986年以降の科学に希望の光が見えなくなった頃に比べると、今はまた希望が持てるように思います。1970年に大阪万博が開かれていた頃のような輝きではないとしても、新型コロナウイルスのワクチンが多くの人の命を救い、人の動きを再び活発にする働きを見るなら、やはり科学の力は大きいと感じます。

③心が内で燃えた時代の再来を祈る
 最後のパートに移って、きのう静岡聖文舎に入荷したばかりの新刊本を紹介したいと思います。いのちのことば社の『DNAに刻まれた神の言語 遺伝学者が神を信じる理由』(2022)という本です。著者はアメリカ人のフランシス・コリンズという遺伝学者で、翻訳したのは中村昇さんと中村佐知さんのご夫妻です。中村佐知さんは礼拝でも紹介したスコット・マクナイトの『福音の再発見』(2013)を翻訳した方で、2020年のインマヌエルのeラーニングの『霊的観点からみる「境界線」』の講師も務めた方です。



 この『DNAに刻まれた神の言語』は、実は14年前にNTT出版から出された『ゲノムと聖書 科学者、〈神〉について考える』の新装改訂版です。著者のコリンズはクリスチャンの遺伝学者で、DNAの解析結果からは進化論が正しいことは明らかであることを説くとともに科学と信仰は対立することなく両方に信頼を寄せ得ることを、この本の中で説いています。14年前の『ゲノムと聖書』は出版されてすぐにイムマヌエルの教報でも新刊書のコーナーで紹介されていましたから、当時神学生の1年生だった私も興味を覚えてすぐに購入して読みました。

 この、「進化論は正しい」とクリスチャンの遺伝学者が説く本が14年の時を経て福音派の出版社の、いのちのことば社から新装改訂版として出版されたことに科学と信仰の間の溝がようやくここまで埋まって来たのだなと私は感慨深く思っています。それで、『ゲノムと聖書』を既に持っていますが、昨日、入荷したばかりの『DNAに刻まれた神の言語』も静岡聖文舎に行って買い求めて来ました。

 この新装改訂版には14年前には無かった解説が後ろにあります。最後に、その解説の一部を紹介したいと思います。解説を書いたのは理系出身の牧師で聖契神学校の校長の関野祐二先生です。先生は学生時代を振り返ってこのように書いています(説教では分かりやすくするために一部表現を替えて話しましたが、本ブログでは原文のまま引用します)。

 筆者の受洗は大学二年で、目下の悩みは「何のために会社へ行くのか」だった。キリスト者学生団体のスタッフ曰く「伝道のため」。伝道の大切さはわかるが、これでは仕事の意義を説明していない。背景に「十字架による罪の赦しと天国行きの福音」理解の強調があったことに気付いたのは後々のことである。それ自体は正解でも、滅び行くこの世からの脱出を救いの目的とするなら、地上における諸活動の意義は見いだしにくい。

 創世記で、神のかたちに創造された人類が最初に与えられた使命は地上を支配することだった(創世記1:28)。聖書全巻は、罪によって壊れた世界を回復するために、神が主導して神のかたち/友である人類と契約を結び、神と人が共働しながらこの地上を治め、新天新地完成に至る贖いの物語であり、今のこの世は神の国完成を先取りして被造物世界を管理運用し、ある種の連続性をもってその成果を新天新地へ持ち込む舞台に他ならない。だから、人類がその歴史の中で築き上げてきた文化、芸術、科学などの営みはすべて、神の物語にあって価値あるものであり、被造物管理と神の国の進展のわざとして積極的に携わるべきなのだ。(p.338)

 この関野先生の解説は、今まで私が上手く説明できていなかったことがとても上手くまとめられていると思いました。やはり私たちは、イエス様の弟子として、きよめられて互いに愛し合いながら、この地上を良くして行くことに携わるべきです。天国への切符を手にして天国へ行くことばかり考えるのでなく、いずれ天国はこの地上に降って来て新天新地が創造されるのですから、その時に備えて、この地上を良くすることに携わるべきです。祈りつつ文化・芸術・科学に携わることで、或いはきよめられて互いに愛し合うことで、この地上に平和がもたらされるように働くべきです。

 明治の初期や第二次世界大戦後に心燃やされた聖書の話に耳を傾けた人々も、単に天国に行くことを欲していたのではなく、この地上が科学と信仰、その他によって良くなるのだと無意識の中で感じていたから、心が燃やされていたのだと思います。この地上はもっと良くなるのだという期待感が全体にあるなら、それは聖書が説く福音の方向ですから、まだ信仰を持っていない人々も神様に背中を押されて教会を訪れやすくなるのだろうと思います。ですから私たちは、心が内で燃やされていた時代の再来を祈りたいと思います。

おわりに
 去年から私は自治会の役員を務めていて、さらにあと一年務めることになっています。自治会の会合に出るようになって知ったことは、自治会の活動にも昔は若い人がもっと多く集っていて、地域を良くするために働いていたということです。やっぱり、地域を良くしよう、地上を良くしようという思いが少ないと、教会にも人が集まりにくいのかなと、思うことです。

 でも、もしかしたらそれは、逆なのかもしれません。教会が、この地上を良くしていくために働くなら、地域の方々も、もっと地域を良くして行こうと元気付けられて、教会にも人が集うようになる、これがあるべき姿でしょうとイエス様はおっしゃっているように感じます。そうなったら素晴らしいなと思います。

 かなりアンビシャスな考え方かもしれませんが、札幌のクラーク先生も「ビー・アンビシャス、大志を抱け」と言っていますから、教会が地域を良くして行くのだという大志を抱いて、イエス様に祈りつつ、進んで行きたいと思います。そうすれば、多くの方々の心が内で燃やされる時代が再び来ることも、決して夢ではないと思います。

 お祈りいたしましょう。

ルカ24:32 二人は話し合った。「道々お話しくださる間、私たちに聖書を説き明かしてくださる間、私たちの心は内で燃えていたではないか。」
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5月1日礼拝プログラム

2022-04-28 14:31:20 | 礼拝プログラム
インマヌエル静岡キリスト教会

 5月1日午前10時10分~ 

コロナウイルス対策の検温・マスク着用・手指の消毒をお願いします

Youtubeのライブ配信でも、ご覧いただけます。「インマヌエル静岡教会」で検索して下さい。

5月 第1聖日礼拝 午前10時10分~

 司会 榧守兄、奏楽 山本(佳)姉、受付 小林姉

 前 奏
 招 詞
 奏楽・黙祷
 頌 栄   御霊の力よ         イ6
 賛美歌   緑も深き          イ609
 聖書交読  詩篇61篇1~8節
 祈 祷                 司会者
 主の祈り
 使徒信条
 賛美歌   目を上げて主のみ顔を    ひ159
 聖書朗読  ルカの福音書24章27~32節
 説 教  『心が内で燃えた時代の再来を祈る』 小島牧師
 賛美と献金 悩む世人のために      イ349
 感謝祈祷                朝比奈兄
 頌 栄   父・御子・御霊の      イ7
 祝祷・後奏

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永遠の中の主が共にる御国(2022.4.24 召天者記念礼拝)

2022-04-26 11:09:06 | 礼拝メッセージ
2022年4月24日召天者記念礼拝メッセージ
『永遠の中の主が共にいる御国』
【マタイ1:18~23】

はじめに
 この教会に私が遣わされてから早いもので3年が経ちました。この教会で召天者記念礼拝を行うのは今年で4回目になります。

 3年前にこの教会で初めて召天者記念礼拝を行った時、このように召天した先輩方の遺影を前方に並べるのを見て、それまでに神学生や牧師として遣わされた教会では、このようなスタイルでの召天者記念礼拝を行ったことはありませんでしたから、とても新鮮に感じました。

 2年前の2020年の春は4月から5月に掛けてコロナの緊急事態宣言が発令されましたから、召天者記念礼拝は秋の10月に延期しました。この年は5月にN兄が天に召され、さらにその1ヶ月後の6月にS兄が天に召されました。ですから10月の召天者記念礼拝は、このお二人の兄弟のことを格別に強く思いながらの礼拝となりました。皆さんはそれぞれのご家族のことを思いながらの礼拝だったと思いますが、私自身はやはりNさんとSさんを強く思いながらの礼拝でした。

 去年の2021年の4月は、その1ヶ月前の3月20日にM兄を天に見送ったばかりでしたから、やはりMさんのことを強く思いながらの礼拝となりました。

 そして、この1年間は守られて天に見送った方はいませんでしたから感謝でしたが、しかし、今年は今年でまた特別な感慨があります。先週の礼拝の後、皆さんがこの写真を載せるための台を準備して下さり、写真が並べられました。それで私はこの写真を見ながら1週間を過ごしたわけですが、この写真の信仰の先輩方は今、平和に満ちた永遠の中の御国におられるのだなということを、これまでになく、とても強く感じました。それは今、ウクライナが戦場となって悲惨なことが起きているからです。戦争のニュースをこの2ヶ月間、毎日のように見ていて心を痛めていますから、先輩方は平和に満ちた御国にいるんだな~ということを、今年はとても強く感じました。

 私は戦後の生まれです。生まれた年の1959年以降も世界では多くの紛争や戦争がありました。しかし、今年のロシアとウクライナの戦争は今までの戦争と決定的に違う点があると思います。それは、ウクライナの市民がスマホとSNSなどを用いて戦場となった国の悲惨な様子を直接世界に向けて発信しているということです。それまでの戦争は報道記者が戦場に入るという形でしか報道されませんでした。一般市民には発信する術がありませんでした。それが今はスマホやSNSで報道記者ではない一般の市民によって直接、悲惨な様子が伝えられています。或いはまた、日本にいるウクライナ人が現地に残っている家族とテレビ電話で通話している様子なども報じられています。現地の家族は本当に危険な中にいる様子が表情と声から良く分かりますし、日本にいるウクライナ人も現地の家族のことが心配で心配でたまらない様子も表情と声から分かります。

 こういう生々しい映像を毎日のように見ていますから、信仰の先輩方は平和に満ちた御国にいるんだな~ということを、今年はとても強く感じています。御国が平和なのは、そこに主がおられるからです。聖書には、神が私たちと共におられると書かれている記事があちこちにあります。きょうの中心聖句は、その中の一つのマタイ1章23節です。

マタイ1:23 「見よ、処女が身ごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」それは、訳すと「神が私たちとともにおられる」という意味である。

 そして、次の3つのパートで話を進めて行きます。

 ①後の者と先の者が混ざって時間の前後がない御国
 ②「先→後」の時間の前後関係が平和を妨げる要因
 ③主が共にいる御国の平安の恵みに、地上で与る

①後の者と先の者が混ざって時間の前後がない御国
 きょうの聖書箇所のマタイ1章は、クリスマスの時期によく開く箇所ですが、きょうの召天者記念礼拝のこの機会を、神様が私たちと共におられるというインマヌエルの恵みに改めて思いを巡らす機会としたいと思います。ここに並んでいる信仰の先輩方は今もう神様が共におられる恵みにどっぷりと浸かっています。この状況を用いさせていただいて、私たちも改めて、神様が私たちと共におられるインマヌエルの恵みについて、改めて思いを巡らす機会としたいと思います。

 イエス様は、私たちが神様と共にいることができるようにして下さるために、天からこの世に遣わされました。そうして十字架で死んで復活した後はまた天に帰り、今も天におられます。この天におられるイエス様をとても身近に感じて、神様が私と共におられることを感じるなら、それは既に天国に入れられているのと同じで、自分は救われているという「救いの確証」が得られます。この「救いの確証」を得ることで私たちは深い平安を得ることができます。ですから、「救いの確証」を得ることはとても大事なことです。

 少し極端なことを言えば、「救いの確証」が得られるなら、キリスト教の教理の難しいことはそんなに知らなくても良いと言えるでしょう。英語や中国語、韓国語などの外国語を学ぶ時のことを考えれば分かると思いますが、文法などを知らなくても、その外国語が自然と身に着くなら、それが一番良いでしょう。しかし、ある程度の年齢になると外国語を自然に身に着けることは難しくなりますから、その外国語の文法を学ぶことをします。

 キリスト教の十字架の教理なども外国語の文法のようなものだと言えるでしょう。教理を学ばなくても、イエス様の方をしっかりと向くことで義と認められ、そのことで神様が共にいて下さることを感じるようになり、「救いの確証」を得るなら十字架の意味も何とはなしに分かる、むしろそのほうが自然ではないかなと思います。

 私は牧師になる前は大学の留学生センターという所にいて、外国人に日本語を教えていました。18歳ぐらいで日本に来て日本語を学ぶ学生は、文法などはあまり気にしないでどんどん日本語が上手になります。しかし30歳を越えて博士の学位を取ってから研究のために日本に来た、というような人は文法から入りますから、なかなか上手になりません。キリスト教も、神様が共におられるということを自然に感じることができるようになるなら、それが一番ではないかと思います。

 さてしかし、神様が共におられると感じることを妨げるものがあります。それは私たちの多くが次のように考えていることです。

「私たちの信仰の先輩方は今、天の御国にいます。私たちよりも先に天の御国に入っていて、今まだ地上にいる私たちはイエス様を信じれば天の御国に入ることが許されて、地上生涯を終えたら先輩方よりも後から天の御国に入ります。」

 こう考えることは、間違ってはいないのかもしれませんが、私たちはあまりにも「先」とか「後」とか、「先輩」とか「後輩」とか、時間の後先にとらわれ過ぎているように思います。

 一つ質問をします。私たちが先輩たちの後から天の御国に入ったら、先輩たちを「先輩」と呼ぶでしょうか?「先輩」と呼んで敬うでしょうか?

 答は、天の御国は先輩も後輩もありませんから、「先輩」と呼ぶことはありません、それが答でしょう。

 イエス様は福音書で、「後の者が先になり、先の者が後になる」と何度か話していますね。例えば週報p.2に載せたように、マタイ19:30では、

マタイ19:30 先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になります。

とおっしゃり、マタイ20:16では

マタイ20:16 このように、後の者が先になり、先の者が後になります。

とおっしゃいました。トランプのカードを混ぜることを考えると分かりやすいと思いますが、カードを混ぜる時、後のものが先になり、先のものが後になります。それを何回か繰り返す間に、カードはきれいに混ざって後も先もなくなります。天の御国も、後の者が先になり、先の者が後になることが繰り返される間に、後も先もなくなって、先輩も後輩もなくなります。

 ですから、ここ(写真台)におられる信仰の先輩方は地上においては先輩ですが、天の御国に入れば先輩も後輩もありません。皆が平等です。

②「先→後」の時間の前後関係が平和を妨げる要因
 天の御国では先輩も後輩もありません。トランプのカードのように、よくシャッフルされていて、時間の前後関係はありません。何故このことを強調するかというと、この後先の問題が神様が共におられると感じることを妨げるだけでなく、平和の実現をも妨げる要因になっているからです。争い事はどちらかが先に、相手に不快な思いをさせることから始まります。でも争い事の多くは些細なことから始まりますから、どちらが先に相手を不快にさせたのか、よく分からないことも多いのではないでしょうか。

 或いは、先輩と後輩という関係があると、よくあるパターンとしては先輩がいばって後輩に不快な思いをさせるということがあります。

 4月から新年度が始まって、今の時期、夕方に外を走っているとランニングコースの近くの高校の部活の生徒たちにも新しい1年生が加わっているのが見られます。様子を見ていれば、ああこれは新入生だなというのが大体は分かります。10日ぐらい前でしたが、新入生が先輩に何かの歌を歌わされていました。たぶん中学の校歌を歌わされていたんだと思います。なぜ分かるかというと、私も静岡の別の高校で1年生の時に先輩に中学の校歌を歌わされたことがあるからです。そして、2年生になった時は今度は後輩の1年生に中学の校歌を歌わせました。どこの高校でも同じのようですね。

 この春、新入生が歌を歌わされている様子を見ながら、懐かしいというよりは、過去の自分の罪は棚に上げて、まだこんなことやってるんだと思いました。先輩・後輩という時間の前後関係があると、この様な先輩が威張るということが起きて心の平和を乱します。

 或いはまた、言い争いになった時に古いことを持ち出されることもよくあるパターンではないでしょうか。古いことを持ち出されると、カチンと来て、争いがエスカレートすることも、よくあるパターンです。時間の前後関係があると、こういうことになります。

 大学の留学生センターで働いていた時、日韓留学プログラムを担当するようになって、日韓関係の歴史も少し学びました。20世紀の前半に日本は朝鮮半島を植民地化して、そこに住む人々に日本語を使うように強制しました。軍隊にも徴兵して日本兵として出征させました。日本の軍需工場でも働かせました。多くの女性が日本の従軍慰安婦にもなりました。20世紀の前半にそういうことを日本は朝鮮半島の人々に対してしていましたから、このことを韓国の人々が不快に思っていることは以前から知っていました。でも、韓国の人々が豊臣秀吉の朝鮮出兵に対しても21世紀になっても不快感を持っているということを日韓留学プログラムを担当するようになってから知りました。

 日本と韓国はお隣同士で、どちらも中国から強い影響を受けた歴史がありますから、日本と韓国は兄弟国と言えるかもしれません。そして韓国の方が地理的には中国に近くて、国らしい国ができたのは韓国の方が早かったですから、韓国が兄で日本は弟ということになります。朝鮮半島に百済・新羅・高句麗の三国が成立したのが紀元前1世紀で日本に邪馬台国ができたのはそれより200~300年ぐらいも後ですから、韓国のほうが圧倒的にお兄さんです。韓国にはお兄さんとしてのプライドもあることでしょう。

 ロシアとウクライナも兄弟国であると言われていますね。ウクライナの方が、モスクワが首都のロシアよりも地中海や西ヨーロッパに近くて早くに発展したので、ウクライナのほうがお兄さんなのだそうです。ウクライナがロシアの侵攻に徹底的に抵抗しているのは、お兄さんとしてのプライドもあるのかもしれません。どちらが先に発展したかということは、国のプライドに大きく関わっているように思います。

 でも私たちは、イエス様が「後の者が先になり、先の者が後になります」とおっしゃったことを、しっかり心に留めて、どちらが先でどちらが後かということからは自由になりたいと思います。後先の問題から皆が自由になるなら、世界は平和に向かって行くことでしょう。
 
③主が共にいる御国の平安の恵みに、地上で与る
 きょうの中心聖句のマタイ1:23をもう一度お読みします。

マタイ1:23 「見よ、処女が身ごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」それは、訳すと「神が私たちとともにおられる」という意味である。

 イエス様は人の子として地上に遣わされて、ペテロやヨハネ、マタイたちと共に地上で過ごしました。マタイは取税人でしたがイエス様の12弟子の一人になりました。その時のことをマタイは9章9節で書いています(週報p.2)。

マタイ9:9 イエスはそこから進んで行き、マタイという人が収税所に座っているのを見て、「わたしについて来なさい」と言われた。すると、彼は立ち上がってイエスに従った。

 こうしてマタイはイエス様の弟子の一人になってからは、いつもイエス様と共に過ごすようになりました。そうして、イエス様が天に帰られた後のペンテコステの日に聖霊を受けましたから、今度は聖霊を通していつも天のイエス様を近くに感じるようになりました。きょうの中心聖句のマタイ1:23は、そういう中で書かれたものです。ですから、「神が私たちとともにおられる」とマタイが書いた時、マタイはきっと天のイエス様を身近に感じていたことでしょう。マタイにとって天の御国とは、死んで地上生涯を終えてから入る所ではなくて、既に入っているも同然でした。

 ヨハネもイエス様の十二弟子の一人ですから、地上生涯のイエス様と共にいて、イエス様が天に帰ってからは聖霊を通してイエス様との交わりの中に入れられていました。礼拝で良く引用するヨハネの手紙第一1:3は、そのことを書いています。

Ⅰヨハネ1:3 私たちが見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えます。あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父また御子イエス・キリストとの交わりです。

 ヨハネにとっても天の御国は地上生涯を終えてから入る場所ではなくて、既に入っているのも同然でした。そのヨハネは御国がどんなに素晴らしい場所であるかを幻で見る恵みに与り、その御国の光景を黙示録の21章と22章に書きました。その一部をもう一度読むことにしましょう。ヨハネの黙示録21章22節から26節までを私のほうでお読みします。聞いていただくだけでも良いですが、開ける方は開いて下さい(新約p.517)。

ヨハネ21:22 私は、この都の中に神殿を見なかった。全能の神である主と子羊が、都の神殿だからである。
23 都は、これを照らす太陽も月も必要としない。神の栄光が都を照らし、子羊が都の明かりだからである。
24 諸国の民は都の光によって歩み、地の王たちは自分たちの栄光を都に携えて来る。
25 都の門は一日中、決して閉じられない。そこには夜がないからである。
26 こうして人々は、諸国の民の栄光と誉れを都に携えて来ることになる。

 23節には、この御国は太陽も月も必要としないとありますから、太陽が昇ったり沈んだりすることがありません。ですから25節にも書いてありますが、ここには夜がありません。太陽が昇ったり沈んだりの繰り返しがありませんから、昼と夜の繰り返しがありません。つまり、ここには「昨日→今日→明日」という日付の前後関係がありません。時間の後先がありません。

 そして、私たちの教会の信仰の先輩たちは、この後先の前後関係がない御国の中にいます。この黙示録21章の始めには天の御国が地上に降って来る光景が書かれていますから、これは未来のことと思うかもしれません。でも御国に入っている先輩方にとっては既に時間の前後関係がない場所にいますから、既にこの御国の中にいます。

 そして、私たちもイエス・キリストを信じることで、ヨハネが第一の手紙1:3に書いたように、父と御子イエス様との交わりに入れられますから、私たちもまた後先の時間関係から自由にされています。普段の日常生活では時間に縛られて後先の関係から自由になることはなかなかできませんが、お祈りをして聖書を開いてみことばに触れ、ディボーションの時を持って神様との交わりに入れていただくなら、後先の前後関係からは自由になれます。

 この後先の関係から自由になることで、私たちは平和を実現できます。どちらが先に相手を侮辱したとか、どちらが先に暴力をふるったとか、どちらが先に生まれた兄だから弟よりも偉いんだとか、そういう後先の関係から自由になるなら、争い事に発展することはずっと少なくなり、平和を実現できるでしょう。

おわりに
 きょうのメッセージを締めくくります。きょうは召天者記念礼拝で、多くの信仰の先輩方がここにおられます。その中のお一人にNさんのお兄さんのKさんがいます。Kさんは24歳の若さで天に召されましたから、この写真だけ見ると、弟のNさんのほうが、ずっと年上に見えます。これだけを見ても、御国には後も先もないことが分かると思います。

 Mさんはイエス様を信じたのが私たちよりも後ですが御国には先に入りました。そうしてイエス様のみもとで憩っておられます。やはり御国には後も先もありません。

 この、後も先もない御国におられる信仰の先輩方、そしてイエス様、そして天の御父に心を寄せることで、私たちはこの地上にいながらにして、時間の後先の関係から自由になり、永遠の神様が共におられることを感じて深い平安を得ます。

 日頃、時間に縛られて生きている私たちは、御国での平安が得られるのは地上生涯を終えてからだと思ってしまいがちですが、そんなことはありません。イエス様を信じてイエス様が身近にいることを感じ、神様が共におられることを感じるなら、いつでも、この世の後先の関係から解放されて深い平安を得ることができます。

 この深い平安を得て、戦争が絶えないこの世にあって、イエス様が与えて下さる深い平安を証しできる私たちでありたいと思います。

 お祈りいたしましょう。
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強盗の巣(2022.4.21 祈り会)

2022-04-23 11:16:12 | 祈り会メッセージ
2022年4月21日祈り会メッセージ
『強盗の巣』
【マルコ11:15~19、エレミヤ7:1~15】

 イースターを越えましたが、きょうは再びイエス様が宮きよめをした場面を開きます。マルコ11:15~19です。

マルコ11:15 こうして彼らはエルサレムに着いた。イエスは宮に入り、その中で売り買いしている者たちを追い出し始め、両替人の台や、鳩を売る者たちの腰掛けを倒された。
16 また、だれにも、宮を通って物を運ぶことをお許しにならなかった。
17 そして、人々に教えて言われた。「『わたしの家は、あらゆる民の祈りの家と呼ばれる』と書いてあるではないか。それなのに、おまえたちはそれを『強盗の巣』にしてしまった。」
18 祭司長たちや律法学者たちはこれを聞いて、どのようにしてイエスを殺そうかと相談した。群衆がみなその教えに驚嘆していたため、彼らはイエスを恐れていたのである。
19 夕方になると、イエスと弟子たちは都の外に出て行った。

 このイエス様の宮きよめの場面を読むと、私自身の心の中にも、余計な物がまだまだたくさんあることを思わされます。余計な物が置かれているのは、エルサレムの宮だけでなく、私自身の心の中も、そうです。

 このマルコ11章の15~19節の宮きよめの記事には旧約聖書からの引用を示す二重の鍵括弧が二ヶ所あります。一つ目がイザヤ書からの引用の『わたしの家は、あらゆる民の祈りの家と呼ばれる』で、もう一つがエレミヤ書からの『強盗の巣』です。前回はイザヤ書の方を見ましたから、きょうはエレミヤ書を開くことにします。この『強盗の巣』ということばが出て来るのは、エレミヤ書の7章11節です(旧約p.1300)。少し長くなりますが、7章の1節から読んで行きたいと思います。まず1節、

エレミヤ7:1 からエレミヤにあったことばは、次のとおりである。

 主はエレミヤに次のように仰せられました。2節、

2 「の宮の門に立ち、そこでこのことばを叫べ。『を礼拝するために、これらの門に入るすべてのユダの人々よ、のことばを聞け。

 主は、宮に主を礼拝しに来た人々に次のように言うようにエレミヤに命じました。3節、

3 イスラエルの神、万軍のはこう言われる。あなたがたの生き方と行いを改めよ。そうすれば、わたしはあなたがたをこの場所に住まわせる。

 ユダの人々は不信仰の罪に陥っていましたから、それを改めるように主は警告しました。4節、

4 あなたがたは、「これはの宮、の宮、の宮だ」という偽りのことばに信頼してはならない。

 主の宮は汚されていて、もはや「主の宮」と呼ぶことはできないということですね。あとで11節に「強盗の巣」ということばが出て来ますが、それほどひどいことになっていて、もはや「主の宮」と呼ぶことを主はお許しになりませんでした。続いて5節から7節、

5 もし、本当に、あなたがたが生き方と行いを改め、あなたがたの間で公正を行い、
6 寄留者、孤児、やもめを虐げず、咎なき者の血をこの場所で流さず、ほかの神々に従って自分の身にわざわいを招くようなことをしなければ、
7 わたしはこの場所、わたしがあなたがたの先祖に与えたこの地に、とこしえからとこしえまで、あなたがたを住まわせる。

 主は、ユダの民が行いを改めるなら、この地にとこしえに住まわせると約束しています。8節から10節、

8 見よ、あなたがたは、役に立たない偽りのことばを頼りにしている。
9 あなたがたは盗み、人を殺し、姦淫し、偽って誓い、バアルに犠牲を供え、あなたがたの知らなかったほかの神々に従っている。
10 そして、わたしの名がつけられているこの宮の、わたしの前にやって来て立ち、「私たちは救われている」と言うが、それは、これらすべての忌み嫌うべきことをするためか。

 善い王だったヨシヤ王の時代には、宮は一旦きよめられましたが、ヨシヤ王が死んだ後のエホヤキム王の時代には、エルサレムの宮は再びひどいことになっていたんですね。このあまりのひどさに、この宮のことを主は「強盗の巣」と呼びました。11節です。

11 わたしの名がつけられているこの家は、あなたがたの目に強盗の巣と見えたのか。見よ、このわたしもそう見ていた──のことば──。

 不信仰に陥ってやりたい放題をしていたエルサレムの民は、もはや主の目には強盗と映っていました。それで主は、このままでは、かつてシロに幕屋があった時代のことに触れて警告しました。12節、

12 だが、シロにあったわたしの住まい、先にわたしの名を住まわせた場所へ行って、わたしの民イスラエルの悪のゆえに、そこでわたしがしたことを見てみよ。

 これはサムエル記の最初のほうに記されている、サムエルがまだ子供だった頃の祭司エリの時代のことのようです。この時、祭司エリの息子たちはやりたい放題のことをしていました。そして、長老たちの信仰もまた未熟であり、神の箱を幕屋から出してペリシテ人たちとの戦いの場に担ぎ込むという過ちを犯しました。神の箱がそこにあれば、主が共にいて下さり、ペリシテとの戦いに勝たせて下さると思ったんですね。でも、このことの是非を主に伺うことなくイスラエルは自分たちの都合だけで勝手に神の箱を担ぎ出しました。このことに主は怒り、この戦いでイスラエルの兵3万人が倒れ、神の箱も奪われてしまいました。そうして、ダビデがエルサレムに再び運び入れるまで、神の箱は長い間、幕屋の外にありました。

 そして、エレミヤの時代においても、不信仰が繰り返されていました。それゆえ主はエレミヤを通して警告しました。13節から15節、

13 今、あなたがたは、これらのことをみな行い──のことば──わたしがあなたがたに、絶えずしきりに語りかけたのに、あなたがたは聞こうともせず、わたしが呼んだのに、答えもしなかったので、
14 わたしの名がつけられているこの家、あなたがたが頼みとするこの家、また、わたしが、あなたがたと、あなたがたの先祖に与えたこの場所に対して、わたしはシロにしたのと同様のことを行う。
15 わたしは、かつて、あなたがたのすべての兄弟、エフライムのすべての子孫を追い払ったように、あなたがたをわたしの前から追い払う。』

 15節の「エフライムのすべての子孫を追い払った」とは、北王国が滅びて北の民がアッシリアに捕囚として引かれて行ったことを指します。主はシロだけでなく、北王国の民も打ちました。そうして南王国の民も打たれて、エルサレムはバビロン軍の攻撃によって滅び、民はバビロンに捕囚として引かれて行きました。

 イエス様が宮きよめの時に、「強盗の巣」ということばを使ったということは、イエス様の時代のエルサレムもまた似たような状況になっていたということです。それゆえ、イエス様は乱暴な方法で宮きよめを行いました。

 イエス様の時代の祭司たちは、偶像礼拝はしていなかったかもしれませんが、異邦人の祈りの場を商売の場にしていました。隣人の異邦人を愛さず、異邦人の祈りを妨げ、商売人に宮での商売の権利を与えることで利益を得ていました。

 それゆえイエス様は宮きよめを行ったわけですが、結局、エルサレムはこの約40年後に、ローマ軍の攻撃によって再び滅んでしまいました。イエス様はこの40年後のエルサレムの滅亡のことも知っていて、この都のために泣いたことがルカの福音書には書かれています。

  結局、人は同じ過ちを何度も何度も繰り返すのですね。この過ちの繰り返しを断ち切るためにイエス様は十字架に付いて死にましたが、イエス様の十字架の死があってもなお、人々の不信仰は続きます。ロシアとウクライナの戦争でのロシアの残虐な行いにも、不信仰を感じざるを得ません。

 そして、そのような過ちの繰り返しは私自身の中にもあります。イエス様は、これまで何度も私の心の中にある余計な物を取り払って下さいましたが、しばらくすると私はまたここに余計な物を運び込みます。すると、イエス様はまた取り払って下さいますが、また持ち込むということを繰り返します。この過ちの繰り返しから抜け出すためには、やはりもっと永遠の御国にいるイエス様に心を寄せるべきであると思わされます。

 御国にはもはや夜はなく、昼と夜の繰り返しはありません。当然、不信仰が繰り返されることもなく、そこにいる者たちは皆、永遠にきよめられた者たちです。次の聖日は召天者記念礼拝です。私たちの信仰の先輩たちは、この永遠の御国の中にイエス様と共にいて、完全にきよめられています。この信仰の先輩たちのことを思い、素晴らしい御国に思いを寄せることができることを、心から感謝したいと思います。

 そうして、イエス様がこの私を、同じ過ちを繰り返す罪から救い出して下さるように、お祈りしたいと思います。
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