インマヌエル沼津キリスト教会

Immanuel Numazu Christ Church
沼津市今沢34番地

神のかたちの回復(2015.6.28 礼拝)

2015-06-29 06:35:52 | 礼拝メッセージ
2015年6月28日礼拝メッセージ
『神のかたちの回復』
【創世記1:26~31】

はじめに
 きょうは、私たちが霊の一致を保つためのウェスレーの学びの3回目です。今回のシリーズは、これで一旦終わるつもりですが、ウェスレーについては、これからも時折は学ぶことができたら良いなと思っています。

神のかたちとして造られた人
 きょうはウェスレーが重要視していた『神のかたちの回復』について学びたいと思います。先ほどの聖書朗読で読んだ創世記の箇所には、「神は人をご自身のかたちとして創造された」と書いてあります。
 神は第一日に光を、第二日に天を造りました。そして第三日に地と植物を造りました。次いで第四日には太陽と月と星を、第五日に水の生き物と鳥を造りました。そして六日目に獣を造り、最後に人を造りました。26節と27節、

1:26 神は仰せられた。「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配するように。」
1:27 神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。

 この「かたち」とは、肉体的な形のことではなくて霊的な「かたち」のことですね。神は聖いお方ですから、人もまた聖い者として造られました。そして31節に、「神はお造りになったすべてのものを見られた。見よ。それは非常に良かった。」とありますから、人も当然、神から見て非常に良かったのでした。
 私たちは、この、人はもともとは非常に良かったのだということを、良く覚えておきたいと思います。このことに私たちは希望を持ちたいと思います。現状がどんなに悪くても、悪いところを直せば良くなる可能性があります。しかし、もともとがそんなに良くないのであれば、非常に良くなることはできません。
 例えば、あまり良い例ではないかもしれませんが、普通の電話機とファックスを考えてみましょう。電話機は便利ですが、ファックスはもっと便利で良いものですね。ファックスが登場した頃、私はファックスのことを、何と素晴らしい発明がされたんだろうと感動しました。そんな便利なファックスでも、故障して紙に印刷することができなくなってしまえば、ただの普通の電話機になってしまいます。ファックスは故障してもたいがいは電話機としては使えます。しかし、故障が直れば、またファックスとして使えます。一方、普通の電話機は、どんなに良い電話機であってもただの電話機で、どう頑張ってもファックスにはなれません。
 人間も、もともとがただの電話機なら、どう頑張ってもファックスにはなれませんが、故障したファックスであるなら、故障を直せば非常に良いファックスになります。

アダムに始まった深刻な故障
 ただし、人間の故障は相当に深刻で、直すのは絶望的に困難なようです。現在の国内外の情勢を見ても、本当にひどいことになっています。国外を見るなら、この週末も世界各地でテロがあって多くの方々が犠牲になり、亡くなりました。そして日本国内の状況もひどいことになっています。憲法学者の多くが憲法違反であるとしている安全保障法制を政府は今国会で何が何でも通そうとしているようです。国会中継を見ていても、政府は野党の質問にまともに答えようとはせず、安倍さんはいつも同じ答弁を延々と繰り返しています。こういう、ひどい国会でも安保法制が通ってしまえば自衛隊は海外に派遣されて、これまでよりも危険な任務に就きます。人の命に関わる問題であるという意識に乏しいように見える政府の様子を国会中継で見ていると、もともと非常に良かった人間の故障の度合は本当に深刻なのだと思います。
 人間の故障がどれほど深刻であるかは、遥か昔から旧約聖書が明らかにしています。皆さんが良くご存知の通り、最初の故障はエデンの園で起こりました。神様が食べてはならないと命じた木の実をアダムとエバは食べてしまいました。その後で何が起きたのかは、ご一緒に見てみましょう。創世記3章8節です。

3:8 そよ風の吹くころ、彼らは園を歩き回られる神である【主】の声を聞いた。それで人とその妻は、神である【主】の御顔を避けて園の木の間に身を隠した。

 人は神のかたちとして造られ、それまで神と人とは一つになっていました。しかし、木の実を食べたアダムとエバは、何と御顔を避けるようになってしまい、木の間に身を隠してしまいました。
 これが、どれほど深刻な故障であったか、――もう「故障」という言葉はやめて「罪」と言うことにしましょう――これがどれほど深刻な罪であったのか、アダムとエバは知りませんでしたし、私たち読者も知りませんでしたが、やがて明らかになっていきます。
 11節で、神はアダムに、「あなたは、食べてはならない、と命じておいた木から食べたのか。」と聞きました。するとアダムは答えました。12節、

3:12 人は言った。「あなたが私のそばに置かれたこの女が、あの木から取って私にくれたので、私は食べたのです。」
 
 何とアダムは、自分がしたことを妻のエバのせいにしました。妻が自分にくれたから食べたのだと主張しました。自分がしたことを反省しないで人のせいにするのは最低ですね。
 国会中継を見ていると、民主党の議員が首相を批判すると、首相は民主党が政権を取っていた時の失政を逆に批判するんですね。このやり取りを見ていて私は、私が幼稚園の園児だった時に、幼稚園の先生に怒られた時のことを思い出しました。私がもう一人の友達と、あまり良くないことをした時に叱られたのですが、私は「だって○○ちゃんだって、やったんだよ」と言いました。すると先生は、人のことはどうでも良いから、自分のした悪いことを謝りなさいと、なお一層、私を叱りました。自分のことを置いておいて他人のしたことを言い立てるなら、幼稚園の子どもでも叱られるということです。
 アダムに始まったこの罪は、私は幼稚園の時に同じ罪を犯して叱られましたが、首相は子どもの頃にこういうことで叱られた経験が無いのかもしれませんね。
 アダムが木の実を食べたことはもちろん良くないことでしたが、その後で神を避けるようになり、自分の罪を人のせいにしたことはもっと悪いことであり、アダムは罪に罪を重ねて行きました。そうして、エデンの園から追放されてしまいました。24節、

3:24 こうして、神は人を追放して、いのちの木への道を守るために、エデンの園の東に、ケルビムと輪を描いて回る炎の剣を置かれた。

アダムの子孫たちに引き継がれた罪
 そうしてアダムの罪は子孫たちに引き継がれて行きます。4章でカインは弟のアベルを殺してしまいました。主はそれを見ておられました。そして4章9節、

4:9 【主】はカインに、「あなたの弟アベルは、どこにいるのか」と問われた。カインは答えた。「知りません。私は、自分の弟の番人なのでしょうか。」

 カインが弟のアベルを殺したことは、もちろん大きな罪ですが、主ときちんと向き合おうとせずに、主にこのような受け答えをするのは、もっと大きな罪であると言えるでしょう。アダムの場合と同じですね。アダムの場合も、木の実を食べたことはもちろん大きな罪でしたが、主の御顔を避け、主ときちんと向き合おうとしなかったことは、もっと大きな罪でした。
 こうして最初の人のアダムの罪は、アダムの子孫たちに受け継がれ、ノアの時代になると地上に人の悪が増大していました。創世記の6章5節、

6:5 【主】は、地上に人の悪が増大し、その心に計ることがみな、いつも悪いことだけに傾くのをご覧になった。

 そこで、主は正しい人であったノアに命じて箱舟を作らせて、この箱舟の乗り込んだノアの家族と動物たち以外の陸の生き物は洪水によって滅ぼされました。こうして、残された者たちは皆、神とともに歩んだかというと、そんなことはなく、ノアの子孫たちもやっぱり、神を怒らせてばかりいました。ソドムとゴモラの人々は滅ぼされ、アブラハムの子孫のイスラエルの民もダビデの王国が北王国と南王国の二つの王国に分裂した後に、どちらも滅ぼされてしまいました。人は神のかたちに造られたのに、アダムが犯した罪により、このかたちがひどく歪められてしまったので、人は神と共に歩むことができなくなってしまいました。

「はい。ここにおります。」
 ウェスレーは、この歪んでしまった神のかたちの回復の大切さを説いています。ウェスレーは特にマタイの福音書5~7章にある山上の説教を非常に重要視しています。ウェスレーの説教集では、この山上の説教について解説したものが数多く収録されています。この山上の説教については、今後、私も折にふれて取り上げることができたらと思います。
 さて、きょうの残りの時間では、私がこの『神のかたちの回復』のメッセージの準備をしていて新たに気付かされたことについて話したいと思います。
 今回、この私の目に留まったのは、創世記3章9節の「あなたは、どこにいるのか。」という問い掛けです。この主の「あなたは、どこにいるのか」という問い掛けに対して、私たちはいつも、「はい。ここにおります。」と答えることができる者たちでありたいと思います。
 聖書には、主に用いられた人物たちが主の呼び掛けに対して「はい。ここにおります。」と答える場面がいくつかあります。
 3箇所ほど見てみたいと思いますが、あちこち見なくて良いように、週報のp.3に書き出しておきました。まず、創世記22章1節です。

 これらの出来事の後、神はアブラハムを試練に会わせられた。神は彼に、「アブラハムよ」と呼びかけられると、彼は、「はい。ここにおります」と答えた。(創世記22:1)

 次にモーセです。出エジプト記3章4節、

 【主】は彼が横切って見に来るのをご覧になった。神は柴の中から彼を呼び、「モーセ、モーセ」と仰せられた。彼は「はい。ここにおります」と答えた。(創世記22:1)

 そして3人目は、サムエルです。第一サムエル3章4節、

そのとき、【主】はサムエルを呼ばれた。彼は、「はい。ここにおります」と言って、(Ⅰサムエル 3:4)

 私たちは、先ずは主の呼び掛けに「はい。ここにおります。」と素直に応答することができる者たちでありたいと思います。アダムやカインのように主に対して言い訳をしたり、逃げようとしたり、反抗したりするのではなく、素直に「はい。ここにおります。」と応答したいと思います。

礼拝も「はい。ここにおります。」という応答
 礼拝も、「はい。ここにおります。」という私たちの応答の表れではないかと思います。私たちは別にわざわざ教会に来なくても、いつでもどこでも「はい。ここにおります。」と応答することは可能です。しかし、私たちは何と言っても「アダムの子孫」ですから、自分でも気付かないうちに、いつのまにか神様から離れて行ってしまいます。二つの並んだ線を考えても、完全に平行なら二つの線が離れて行くことはありませんが、ちょっとでも平行な関係からずれるなら、二つの線はやがて離れて行ってしまいます。礼拝は、そのズレを修正するために必要なことではないかと思います。
 一週間を世間の中で過ごすうちに、私たちは知らず知らずのうちに人間中心の考えを持ってしまいがちになります。そんな私たちでも、日常から離れ、「はい。ここにおります。」と応答して神様の御前に出るなら、神様との関係が修復されます。そうして、いつも神様から離れずに歩んで行くことができるなら、私たちは神のかたちを回復して行くことができるでしょう。
 そのための礼拝の場は、日常生活の延長のような場であってはならないと思います。礼拝堂の中に入ったなら、その瞬間にスイッチが切り替わって、「はい。ここにおります。」と自然に神様の御前に出ることができる礼拝堂が欲しいと思います。
 そして、そのような礼拝堂を持つためには、資金が必要です。すると私たちは資金がどれぐらいあるかを見ながら、これぐらいの礼拝堂ならできるだろうかと、いろいろと計算するわけです。もちろん、資金の計算は必要なことです。私たちは現実の中を生きていますから、資金の計算をしてどんな礼拝堂なら持てそうかを考えることは当然のことながら必要なことです。しかし、先ず大切なことは、私たちの全員が心をそろえて、「はい。ここにおります。」と応答することができるかどうかではないでしょうか。これが「霊の一致を保つ」ということだと思います。そして私たちが霊の一致を保って「はい。ここにおります。」と応答することができるなら、私たちの計算を越えた主の御業が為されるのだと思います。私たちは資金の計算をしながらも、先ずは「はい。ここにおります。」と素直な心で主の御前に出て、計算を越えた主の御業を祈りながら待ち望みたいと思います。
 週報の4面でも報告していますが、先週、教団の会堂委員の先生方が購入を検討中の候補地の視察に訪れて下さいました。そして、候補地を取得する場合は、購入後のプランをもっと具体的に示すよう助言を受けました。購入後のプランが曖昧では承認は難しいとのことです。会堂委員会の立場としては、もちろんそうだろうなと思います。私が会堂委員であったとしても、そのように考えるでしょう。
 ですから、私たちはこれから会堂のプランをもっと具体的に考えて行くことにしたいと思います。それには計算が必要です。しかし計算しながらも、「はい。ここにおります。」という素直な気持ちを忘れずに計算を越えた主の御業を待ち望みたいと思います。

おわりに
 主は人を神のかたちに造って下さいましたから、「はい。ここにおります。」の心をもって神のかたちを回復したいと思います。
 最後に、創世記1章27節をご一緒に読んでメッセージを閉じます。

1:27 神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。

 お祈りいたしましょう。
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『七十年目の試練』(2)

2015-06-26 20:42:03 | 牧師のつぶやき
『七十年目の試練』(2)
 前回のノートの終わりのほうで、戦争体験を継承する私たちは体験者の証言を霊の領域に落とし込んで感じ取ることが大切であることを書きました。これは「私自身の経験」に基づいて書いたことですので、わかりにくかったことと思います。今回はこのことについて説明します。
 「私自身の経験」とは、広島の原爆資料館を訪れた時に感じたことが教会に通う前と後とでは大きく違ったという経験と、ヨハネの福音書のイエスが霊的にはどこにいるのかが見えるようになったという経験です。これらの二つの経験は密接に関連しています。
 私は2001年に教会に通い始め、その年のクリスマスに洗礼を受けました。そして2005年の夏、私はクリスチャンになってから初めて広島の原爆資料館を訪れました。それまでにも私は2回、原爆資料館を訪れたことがありましたが、それはクリスチャンになる以前のことでした。2005年に原爆資料館を訪れた時、私は過去2回とは明らかに違うことを感じました。この時の私は、人類がこれほどまでに巨大な悪に手を染め得るのかと思い、呆然としました。人間が抱える罪の底知れぬ深さに私は打ちのめされました。
 クリスチャンになる前の私は専ら原爆という恐ろしい核兵器がもたらす悲惨な被害に目を向けていたと思います。しかし2005年の訪問時においては、私は「人間の罪」の方に心の目を向けていました。それは教会で聖書を学ぶようになって私が「人間の罪」に心の目が向くようになっていたからでしょう。人間の心の奥深くに巣くっている暗い部分が見えるか見えないかは霊的な領域の問題に属します。これは霊的な目覚めが無ければ、なかなか見えてこない領域です。
 さてヨハネの福音書の底流にも「人間の罪」の問題があります。旧約聖書はイスラエルの民の心がほとんどの時代において罪深い状態にあったことを記しています。そして新約聖書のヨハネの福音書のイエスは旧約の時代のイスラエルの民の罪がエルサレムの滅亡をもたらしたことに霊の憤りを感じ、廃墟と化したエルサレムの前で涙を流しています。ヨハネの福音書ではイエスは「肉的」には紀元30年頃にいますが、「霊的」には旧約の時代と使徒の時代にいます。ヨハネ11章35節でのイエスは「肉的」にはラザロの墓の前にいますが、「霊的」には廃墟となったエルサレムの前にいて涙を流しています(このことの説明は次回以降にします)。
 前回のノートで引用したヨハネの手紙第一の1章3節でヨハネは私たち読者を「御父および御子イエス・キリストとの交わり」に招いています。この招きに応じて交わりの中に入るなら、イエスが人類の罪がもたらす悲惨な結果に憤り、そして涙を流している様子が霊的に見えて来ます。
 70年前の戦争の悲惨な体験を継承する場合も、私たちは体験者の証言を霊の領域で感じ取ることが大切だと思います。私たちの大半が平和を望んでいるのに平和が実現しないのは、人類が深い領域で罪の暗闇を抱え込んでいるからです。これは永遠の課題です。永遠の課題であるが故にイエスの教えが脈々と伝わって来たとも言えるのでしょう。
 戦争体験の証言の継承も、単に表層に見える悲惨さだけを伝えるのでなく、人間が奥深い領域に持つ罪の暗闇の部分にもしっかりと心の目を向けて、伝えて行きたいと思います。(続く)
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『七十年目の試練』(1)

2015-06-26 05:56:56 | 牧師のつぶやき
『七十年目の試練』(1)
 戦後70年が経って戦争を直接経験した証人が減っており、それに反比例するかのように日本では戦争の危険性が増しています。平和を守るために私たちは証人による目撃証言をしっかりと継承して行かなければなりません。
 イエス・キリストの地上における宣教から70年近くが経った1世紀末のキリスト教会においても、イエスの証人がいなくなることは大きな問題であったことでしょう。教会がイエスに関する証言をどのように継承したのか、現代の私たちが学ぶべき点があるのではないでしょうか。
 1世紀の末頃に書かれたと考えられるヨハネの手紙第一とヨハネの福音書からは、記者がイエスの目撃証言の継承を強く意識していた様子が沸々と湧き立って来ています。ここでは、それらの箇所を引用しながら、私たちが戦争体験の証言を継承して行く上で学ぶべき点について考えてみたいと思います。
 まずヨハネの手紙第一の冒頭から引用します。

「初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて、」(Ⅰヨハネ1:1)

 ここで記者のヨハネは、自分たちがイエスに直接会った証人であることを証ししています。
 そしてヨハネは手紙の読者を、自分たちの「交わり」に招いています。

「私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。」(Ⅰヨハネ1:3)

 ヨハネの手紙第一が書かれたのが1世紀の末頃だとすれば、イエスが天に昇ってから70年近くが経っています。ヨハネが読者を地上での宣教を終えたイエスと天の御父との「交わり」に招いているということは、これは「霊的な交わり」、つまり「霊の領域での交流」であるということです。
 21世紀の今日、イエスの地上での宣教から二千年が経ちました。その遥か昔のイエスの教えが今日でも生き生きと伝えられているのは、霊の領域のことだからです。霊の領域のことは時間を超越します。ですから戦争体験を継承する私たちも、証言を霊の領域に落と込んで感じ取ることが大切だと思います。
 これから、何回かにわたってヨハネの手紙第一とヨハネの福音書の霊の領域の事柄について書いて行きたいと思います。そしてできれば、その都度、戦争体験の継承の問題についても考えることができたらと思います。
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神の子として祈る(2015.6.24 祈り会)

2015-06-25 20:35:18 | 祈り会メッセージ
2015年6月24日祈り会メッセージ
『神の子として祈る』
【Ⅰヨハネ5:14-15他】

はじめに

5:14 何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。
5:15 私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。

 昨日の午後、教団の会堂委員会の先生方が、沼津教会に来て下さり、この会堂の老朽化の進み具合と、いま私たちが購入を検討している物件を見て下さり、これから必要になって来る手続きについてアドバイスしていただくことができました。
 そのアドバイスは、楽観的だった私にとっては少し厳しめだったかな、という気がしています。どのようなアドバイスがあったかについては、今度の聖日の礼拝の時に、ある程度皆さんにお話ししようかと思っています。
 しかし、少し厳しめであったことは、私たちの祈りを成長させるためには良いことであったのではないかとも思います。私たちは一人一人がもう一段階祈りのレベルを引き上げることを考えなければならないと思います。きょうは、そのことをご一緒に考えてみたいと思います。そして、次聖日の礼拝メッセージの中でも、今日これからご一緒に考える「私たち一人一人の祈りのレベルをもう一段階引き上げる」ことを、もう一度礼拝に集った皆さんと考えてみたいと思っています。次の聖日の礼拝メッセージはウェスレーのシリーズの3回目で、ウェスレーが説いた「神の像の回復」について話すことを予定していますが、その「神の像の回復」のメッセージの中で、きょうご一緒に考える祈りについても、また取り上げたいと思っています。

神の子として祈る
 さて、きょうは、新約聖書の中からいくつかのみことばを見ることにしています。忙しくあちこち開かなくてもよいように、印刷したものを用意しましたから、それを見ていただきながら、話を進めて行きたいと思います。
 まず、一番下のみことばを見て下さい。ここには、先ほどご一緒に読んだヨハネの手紙第一5章の14節と15節があります。ヨハネは「何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださる」と書いています。このみことばは、とてもよく引用されます。しかし、この箇所だけ抜き出すだけなら私たちが「みこころにかなう願いをする」ことができるようには、なかなかならないかもしれません。ですから、この箇所だけを取り出して考えるのではなく、もっとこの手紙全体の意味を汲み取って、この箇所のことを考える必要があると思います。そして、この手紙を読む上で重要なことは、この手紙の最初のほうに書いてあります。それがプリントの下から2番目のみことばです。ここで大切なキーワードは、「御父および御子イエス・キリストとの交わり」です。
 そして、この「御父および御子イエス・キリストとの交わり」を深く感じることができるようになるには、私たちが神の子とされていることを感じることが重要ではないかと思います。そのようにして上の方に行き、プリントの一番上にあるのは、今週の礼拝メッセージの中でご一緒に読んだローマ人への手紙8章のみことばです。
 いま、一番下のみことばから上の方に遡りましたが、今度は一番上から見て行くことにします。まず一番上のローマ8章の14節~16節です。お読みします。

8:14 神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。
8:15 あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父」と呼びます。
8:16 私たちが神の子どもであることは、御霊ご自身が、私たちの霊とともに、あかししてくださいます。

 私たちが神様に祈るとき、自分が神の子とされていることを、自覚しながら祈るなら、より大胆に神様に近づいて、お祈りすることができるでしょう。神様を遠い存在として祈るのと、身近な存在として祈るのとでは大きな違いがあると思います。神様を遠い存在と感じているなら、お祈りしても応えて下さるかわからないけれども、とりあえず祈ってみようという感じになってしまうのではないでしょうか。そうではなくて、自分が神の子とされていることを自覚して、大胆に神様に近づき、神様は子である自分の願いを必ず聞いて下さると確信を持って祈ること、それが一段高いレベルの祈りであると言えるのではないかと思います。

手本としてのイエスの祈り
 そして、神の子として祈ることの良いお手本がイエス・キリストの祈りです。いま読んだローマ8章に出てくる「アバ、父」というのは、マルコの福音書のイエス・キリストのゲッセマネでの祈りに出て来ます。プリントの上から2番目のみことばを見て下さい。マルコ14章36節です。

14:36 またこう言われた。「アバ、父よ。あなたにおできにならないことはありません。どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願うことではなく、あなたのみこころのままを、なさってください。」(マルコ)

 神の御子イエス・キリストは御父への祈りの中で御父のみこころに言及しています。自分の祈りがみこころに適うかどうかは、自分で判断するのではなく、御父との対話の中で感じるものなのだと思います。私たちも自分の親と話をする時、親の表情を見ながら、自分のことばに親がどう反応するか、親の表情を見ながら話すと思います。雑談程度のことなら、親の表情をそんなに気にすることはないと思いますが、何か大事なことを話す時、自分にとって大事なことが親の心にもかなっているのか、そうではないのか、親の表情を観察すると思います。イエス・キリストもそんな風に御父との交わりの中で御父の御心を感じているのだと思います。イエス・キリストは御父のふところにおられる方ですから、御父の御心を感じることができます。イエスさまが御父のふところにいることはヨハネの福音書のプロローグに書いてありますね。プリントの次のみことばを見て下さい。ヨハネの福音書1章の18節です。

1:18 いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を説き明かされたのである。

 神の御子であるイエスさまは霊的には御父のふところにいて、御父と常に交わりを持っています。神の子とされている私たちも、このように御父と交わりを持ちながら御父の御心がどこにあるのかを感じながら、お祈りをしたいと思います。

御父と御子との交わりの中で御心を感じる
 御父と交わりを持つとは御父と御子との交わりの中に入れていただくということです。御父と御子との交わりのことはヨハネの手紙第一の1章3節に書いてありますね。ヨハネの手紙第一1章の1節から3節までは、交代で読むことにしたいと思います(新約聖書p.465)。

1:1 初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて、
1:2 ──このいのちが現れ、私たちはそれを見たので、そのあかしをし、あなたがたにこの永遠のいのちを伝えます。すなわち、御父とともにあって、私たちに現された永遠のいのちです。──
1:3 私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。

 このように御父および御子イエス・キリストとの交わりの中にいるなら、自分の願いが神様の御心にかなうのか、そうでないのかを感じることができるでしょう。第一ヨハネ5章の14節と15節を交代で読みましょう。

5:14 何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。
5:15 私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。

 私たちの願いが神様の御心に適う願いなのかどうかは、私たちが人間的な考えの中で判断するのでなく、御父と御子との交わりの中で感じて行くべきことだと思います。そうして、御心に適う願いであると確信できたら、その願いについて強く祈れば良いのだと思います。それが、一段高いレベルの祈りと言えるのではないでしょうか。

おわりに
 いま私たちはとても大切な時期の中を通っています。私たちの一人一人が祈り手として成長して行きたいと思います。
 お祈りいたしましょう。
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6月28日礼拝プログラム

2015-06-25 20:28:26 | 礼拝プログラム
「ヨハネの永遠観」の発信教会
 インマヌエル沼津キリスト教会

6月28日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

6月 第4聖日礼拝順序

 司  会                矢崎兄
 奏  楽                荒川姉

 前  奏
 讃 美 ①  主から受ける安らぎは    440
 交  読  詩篇51篇 全  
 使徒信条
 主の祈り
 祈  祷
 讃 美 ②  うたいつつあゆまん     402
 讃 美 ③  御手の中で         405
 聖  書  創世記1:26~31
 説  教  『神のかたちの回復』    小島牧師
 讃 美 ④  主とともに罪に死に     312
 献  金
 感謝祈祷                矢崎姉
 頌  栄  父・子・聖霊の        271
 祝福の御言葉
 後  奏
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御霊の証し(2015.6.21 礼拝)

2015-06-22 08:43:28 | 礼拝メッセージ
2015年6月21日礼拝メッセージ
『御霊の証し』
【ローマ8:9~16】

はじめに
 先週から三回のシリーズの予定でジョン・ウェスレーの学びをしています。ジョン・ウェスレーは18世紀にイギリスでメソジスト運動を始めた人物で、私たちのインマヌエルの群れは、そのメソジスト運動の流れの下流に位置しています。私たちが会堂問題に取り組んで行く時、私たちの霊の一致は欠かせないことですが、私たちの教会は、様々な教会からの出身者が寄り集まっています。そこでインマヌエルの群れの上流のほうに位置するジョン・ウェスレーについて共に学んで学ぶことで私たちの結束を強めたいと願っています。

シュパンゲンベルグの問い掛け
 先週はウェスレーの信仰生涯をごく簡単に紹介しました。若い頃のウェスレーは善行、善い行いをすれば救いの確証を得ることができると信じて善行に励みました。しかし、いっこうに救いの確証を得ることができず、深く思い悩むようになりました。特にアメリカでインディアンに伝道すべく乗り込んだアメリカ行きの船が嵐に巻き込まれた時には自分が死の恐怖に怯えていたことに大変なショックを受けました。一方、この時に同じ船に乗り合わせたモラビア派の信徒たちは激しく揺れる船の中でも少しも動揺することなく平然としていました。そこでウェスレーは、アメリカ上陸後にウェスレーはモラビア派のシュパンゲンベルグという人物に近づいて助言を求めました。このウェスレーとシュパンゲンベルグとの会話は、先週もご紹介しましたが、もう一度ご紹介したいと思います。
 その前に、今日の聖書箇所のローマ8:16をお読みしておきたいと思います。シュパンゲンベルグは、このローマ8:16について確証があるかをウェスレーに問いただしていました。

ローマ8:16 私たちが神の子どもであることは、御霊ご自身が、私たちの霊とともに、あかししてくださいます。

 ではシュパンゲンベルグに助言を求めた時のウェスレーの日記をお読みします。

「私は自分の行動についてシュパンゲンベルグ氏に助言を求めた。彼は、『兄弟、それでは初めに質問させていただきます。あなたは、自分の内に確証がありますか、自分が神の子であるということを、自分自身の霊とともに、神の御霊は証ししていますか』と尋ねた。私は驚いてしまった。なんと答えてよいかわからなかった。彼はそれに気づいたのか、続けて『あなたはイエス・キリストを知っていますか』と尋ねた。わたしは少し間をおいて、『主がこの世界の救い主であるということを知っています』と答えた。すると彼は、『確かにそうです。しかし主が【あなた】を救われたということを知っていますか』と尋ねた。私は答えた。『主が死なれたのは、私をも救うためであったことを望んでいます』。それに対して、彼は『あなたは本当に自分自身を知っていますか』と尋ねた。『はい、知っています』と答えたものの、それらが空しい言葉であることを自分ではわかっていた。」

 このようにウェスレーに対するシュパンゲンベルグの質問はローマ8:16を念頭に置いたものでした。この時のウェスレーは救いの証しを得ることはできていませんでしたから、ウェスレーの悩みは益々大きくなって行きました。しかし、アメリカからの帰国後にアルダスゲイトの回心で救いの確証を得て、そしてブリストルでの野外説教で迷いが無くなりました。そしてブリストルでの初めての野外説教の7年後の1746年に「御霊の証し」という説教を行い、それが説教集に残されています。この「御霊の証し」の聖書箇所がローマ8:16でした。
 きょうは、この「御霊の証し」について、ご一緒に考えてみたいと思います。私たちの教会が霊の一致を保つためには、神の霊が私たちの中でどのように働いているかについて、共通の理解を持つことがとても重要であると思うからです。ただし霊のことについては、それぞれで感じ方が違いますから共通の理解に達するには、なかなか難しいことと思います。それでも、ある程度の共通の理解が得られるなら、それは大変に有意義なことであろうと思います。

「御霊の証し」と「私たちの霊の証し」
 では、ウェスレーの「御霊の証し」についての説教の聖書箇所であるローマ8:16を改めて、今度はご一緒に読みましょう。

8:16 私たちが神の子どもであることは、御霊ご自身が、私たちの霊とともに、あかししてくださいます。

 私たちが神の子どもであることの証しについて、ウェスレーの説教では、「御霊ご自身による証し」と「私たちの霊による証し」の二つに分けて説明しています。ウェスレーによれば、「御霊ご自身による証し」は、私たちが神の子どもであることの直接的な証しであり、「私たちの霊による証し」は、私たちが神の子どもであることの間接的な証しである、ということです。そして、「御霊の証し」は「私たちの霊」の証しに先立つものであるとウェスレーは語っています。これを読んで、私もなるほどと思いました。
 わかりやすいのは、間接的なほうの「私たちの霊による証し」です。これは、例えば自分の中に御霊の実が与えられたことを感じると、なるほど自分は神の子とされたのだなとわかります。この場合、まず御霊の実を感じて、それによって自分が神の子とされたことを感じますから、これは間接的な証しであるとウェスレーは説きます。御霊の実というのは、この礼拝説教でも何度か引用していますが、ガラテヤ5章22節と23節に書かれていることがらです。お読みします。

5:22 御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、
5:23 柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。

 この御霊の実が与えられることで私たちは神の子イエス・キリストに似た者とされていきます。そのことを自分の中で感じる時、私たちは確かに自分が神の子とされていることを感じることができるでしょう。これは間接的な証しであり、これが「私たちの霊による証し」です。自分がきよめられて愛や喜びや平安を感じるとき、私たちは確かに自分が神の子であると感じることができます。
 いっぽう、わかりにくいのは直接的な「御霊ご自身による証し」のほうです。ウェスレーはこの「御霊の証し」は「私たちの霊の証し」に先立って与えられると説いていますが、この直接的な証しの説明が難しいことはウェスレー自身も認めています。ウェスレーは、先ずはわかりやすいほうの「私たちの霊の証し」を説明しました。そして、次にこれと共同して働く「御霊の証し」について、次のように書いています。

 「私たちの霊の証し」と共同して働く「神の霊の証し」とは何でしょう。どのようにして神の霊は、私たちの霊とともに、私たちが神の子どもであることを証ししてくれるのでしょうか。私たち人間のことばで「神の深み」(Ⅰコリ2:10)について説明することは至難の業です。実に、神の子どもとして私たちが経験する事柄を適切に説明できる表現というものはありません。(Ⅰ1:7)

 ウェスレーはこのように、「御霊の証し」、すなわち「神の霊の証し」を説明することが大変に難しいと正直に認めています。しかし、その後で、このようにも語っています。

「しかし恐らく、次のような表現は妥当ではないかと思います。御霊の証しとは、たましいに与えられる内的印象であり、それによって神の霊が直接に私の霊に、私が神の子どもであり、イエス・キリストが『私を愛し私のためにご自身をお捨てになり』(ガラ2:20)、私の罪がすべて消され、私、この私が神と和解しているということを証しされることです。」(Ⅰ1:7)

 ウェスレーは、御霊の証しとは、私たちのたましいに与えられる内的印象であると語っています。「内的印象」とは、ひどく漠然とした表現ですね。

幼子の信仰で感じる「御霊の証し」
 今回、私は「御霊の証し」について説教をしようと決めた時、実はこの「御霊の証し」について、まだよく理解できていませんでしたが、説教を準備する過程で学びを進めればわかって来るのではないかと期待して学びを進めました。しかし、なかなかわからなかったので、今回の説教の準備は久しぶりでだいぶ苦労しました。そうして、ようやくわかったことは、この「御霊の証し」は学べば学ぶほどわからなくなるものらしいということです。学べば学ぶほど知識が増して、その知識が「御霊の証し」を感じるのを妨げるようです。それが「御霊の証し」というもののようです。
 なぜそこに思い至ったかというと、私が教会に通い始めた頃のことを考えてみたからです。私が高津教会に通い始めた頃、私は聖書のことは何もわかっていませんでしたが、教会に何か居心地の良さを感じました。そして、パウロが復活したイエス・キリストに出会って、人生が180度変わった話を聞き、そういうこともあるのだなと特に疑いもしませんでした。そして、この教会に集っている人たちと同じ信仰を持ちたいと段々と思うようになりました。そして、それにつれて、それまで自分を守ってくれていたのが聖書の神様だったのだということがわかってきました。それまで事故に遭ったり人生の進路からはずれたりして危険な所を通って来ましたが、不思議と守られて来ました。それで私は誰かが自分を守ってくれていることを感じていましたが、それが誰なのかわからずにいました。それが聖書の神様であったことがわかって来ました。そうして、洗礼を受けたいと思うようになり、そのことを一人の兄弟に話したら、それが藤本先生に伝わり、藤本先生と二人で話をして、お祈りをしてもらった時に、心の平安を得ることができました。今から考えると、その時に私は聖霊を受けていたように思います。この時の私は、まだまだ聖書の知識はほとんどありませんでした。でも今から思うと、この時に私は「御霊の証し」が与えられたのではないか、そのような気がします(救いは必ずしも救いの教理の順番の通りにもたらされるものではありません)。
 私たち自身の霊の証しを知るには、御霊の実のことなどの知識が必要ですが、御霊の証しを知るには知識は不要であり、むしろ知識があると邪魔なのかもしれません。
 それはちょうど、まだ言葉を話すことができない幼子が親の愛情を感じているのと同じことだろうと思います。そして幼子が成長すると、自分が成長できたのは親の愛があったからだと知ります。そして自分は確かにこの親の子なのだと確証します。

御霊によって「アバ、父」と呼ぶ
 今回、私が「御霊の証し」について説教をすることにしたのは、私たちの教会が霊の一致を保つためにウェスレーを学ぶことが有効であろうと思い、そのウェスレーの学びの一環として「御霊の証し」について学ぶことにしたからです。この説教の準備にはだいぶ苦労してしまいましたが、今回、「御霊の証し」について学ぶことができて良かったなと思います。それは、御霊を感じるには、知識が邪魔になることがあることを学ぶことができたからです。しかし、もちろん知識が不要であるのではありません。私たち自身の霊の証しを知るには知識が必要でしょう。ローマ人への手紙8章の15節と16節を交代で読みましょう。

8:15 あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父」と呼びます。
8:16 私たちが神の子どもであることは、御霊ご自身が、私たちの霊とともに、あかししてくださいます。

 15節に、「私たちは御霊によって、『アバ、父』と呼びます」とあります。私たちは幼子のように「アバ、父」と呼びます。それは御霊によることです。この時に知識は一切要りません。ただ幼子のように神の愛を感じながら御霊によって「アバ、父」と呼びます。このことによって私たちは自分が神の子とされていることを感じています。そして、さらに知識を得ることによって私たちの霊と御霊との共同作業で、自分が神の子とされていることを、より一層深く知ることができるようになります。
 今回、私は大いに反省させられました。私は学べば学ぶほど神様のことがよくわかるようになると思っていましたが、根本的な部分を感じるには、むしろ学びが邪魔になるのですね。このことを私が高津教会に通い始めた頃のことを思い出すことで確認できたことは、大変に感謝なことでした。私たちは学びも大切ですが、それ以上に、まず御霊を感じ、御霊によって「アバ、父」と呼ぶことが、とても大切なことです。

御霊に導かれる礼拝に
 ここで礼拝について考えてみることにします。
 礼拝は、礼拝です。礼拝は、学びの場ではなく、神を礼拝する場であるということです。しかし、私たちは学びもします。それは学ぶことで私たちが神の子であることの確証をより確かに得ることができるようになるからですね。しかし、私たちは先ずは知識によってではなく、知識を横に置いておいて、御霊を感じながら自分が神の子であることを感じることができるようになる必要があります。
 良い機会ですので、ここで礼拝プログラムの順番について変更を提案したいと思います。来週の幹事会に議題として上げることにしたいと思いますが、使徒信条を祈りの「後」に持って来るようにしたいと思います。私は神学生の時にあちこちの教会でご奉仕させていただきましたが、この教会に来て初めて、使徒信条が祈りより「先」に来るプログラムを見て、「おや?」と思いましたが、そのまま踏襲して来ました。しかし、きょうの「アバ、父」のことを考えるなら、先ずはお祈りで天の父に呼びかけるべきだと思います。私たちの信条を告白するのは、その後にすべきでしょう。
 そう思って、少し前に前任の先生の転任先の教会から送られて来た週報を見たら、そちらの教会ではちゃんとお祈りが先にあって、その後で使徒信条を告白しています。沼津教会が使徒信条を祈りよりも先に告白するようになった経緯はよくわかりませんが、他の教会と同様に私たちの教会も、礼拝のプログラムにおいては御霊に導かれながら、まず天の父に呼びかける順番に改めたいと思います。そうして御霊に導かれながら、霊の一致を保ちたいと思います。

おわりに
 いま私たちは会堂月間の中を通っています。次の会堂をどこに建てるのか、それもまた御霊に導かれて決めなければなりません。私たちは、会堂とは礼拝する場であることを、先ずは第一に考えたいと思います。礼拝は礼拝です。礼拝で一番大切なことは神様を礼拝することであり、学びはその次に行うべきことです。礼拝は義務ではなく、私たちが喜びを持って捧げるものです。そして私たちは、この喜びをもっと多くの方々と分かち合うことができるようになりたいと願っています。これが神様と私たちの願いです。そのためには、どこに新しい会堂を建てたら良いのか、御霊の導きをしっかりと感じることができる私たちでありたいと思います。
 お祈りいたしましょう。

8:15 私たちは御霊によって、「アバ、父」と呼びます。
8:16 私たちが神の子どもであることは、御霊ご自身が、私たちの霊とともに、あかししてくださいます。
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遠くから見える十字架(2015.6.17 祈り会)

2015-06-18 19:56:59 | 祈り会メッセージ
2015年6月17日祈り会メッセージ
『遠くから見える十字架』
【民数記21:4~9/ヨハネ3:14~16】

はじめに
 先週は民数記の13章と14章を開きました。きょうは民数記21章のモーセが青銅の蛇を上げた場面と、その場面を引用しているヨハネ3章の箇所から学ぶことにします。

成長しないイスラエルの民
 まず民数記を見ましょう。民数記21章の4節と5節、

21:4 彼らはホル山から、エドムの地を迂回して、葦の海の道に旅立った。しかし民は、途中でがまんができなくなり、
21:5 民は神とモーセに逆らって言った。「なぜ、あなたがたは私たちをエジプトから連れ上って、この荒野で死なせようとするのか。パンもなく、水もない。私たちはこのみじめな食物に飽き飽きした。」

 イスラエルの民はここでも神とモーセに逆らって不平不満を言っています。イスラエルの民はエジプトを脱出した直後から何度も何度も、特に水と食べ物のことで不平不満を言っては神を怒らせて来ました。私は、イスラエルの民がこのように荒野でグズグズ言っている場面を見ると、スーパーで幼い子が自分の買って欲しいお菓子を握りしめて泣いている姿を連想します。親は買ってあげないと言っているのに納得せずに泣きわめきます。親は広い視野と長い時間の中で、ここで今この子に、このお菓子を買ってあげるのが良いか悪いかを判断して買うか買わないかを判断します。しかし、幼い子は狭い中での今現在しか見えていません。
 ただ、そんな子でも、成長すればスーパーで泣きわめくことはなくなります。だいたい幼稚園生ぐらいになればスーパーで駄々をこねて泣くことはなくなるでしょう。ことばをかなり覚えて親との会話が十分にできるようになれば、親がもっと広い視野で物事を見ていることが何となくわかるようになりますから、親の意見に従うようになります。
 ところが、イスラエルの民は一向に成長しませんでした。それが、聖霊を与えられていない者たちの限界であることを聖書は教えてくれています。スーパーで泣きわめく子は成長するに連れてことばを覚えて親と会話ができるようになり、親が考えていることの一部が何となくわかるようになります。一方、人間が神と会話を交わすためには聖霊が注がれる必要があります。旧約の時代には限られた預言者にしか聖霊が注がれませんでしたから、イスラエルの民は神と会話を交わすことができませんでした。それゆえイスラエルの民は神に不平不満を言っては神を怒らせました。6節、

21:6 そこで【主】は民の中に燃える蛇を送られたので、蛇は民にかみつき、イスラエルの多くの人々が死んだ。

 ここで注意したいのは、私たちは物事が起こった時間的な順番をここに厳密に適用しないほうが良いということです。9節には、「もし蛇が人をかんでも、その者が青銅の蛇を仰ぎ見ると、生きた」とあります。すると、6節のようにまだ青銅の蛇が上げられる前に蛇にかまれた者は気の毒だったということになるかもしれません。しかし、私たちは2000年前の十字架が私の罪のためということを信じている者たちですから、時間的な順番を厳密に考える必要はありません。ですから6節で死んだ者たちというのは、蛇が上げられても、なお蛇を仰ぎ見なかった者たちだと考えれば良いと思います。

モーセの蛇と十字架
 少し先まわりして9節まで行ってしまいましたが、戻って7節から9節までを交代で読みましょう。

21:7 民はモーセのところに来て言った。「私たちは【主】とあなたを非難して罪を犯しました。どうか、蛇を私たちから取り去ってくださるよう、【主】に祈ってください。」モーセは民のために祈った。
21:8 すると、【主】はモーセに仰せられた。「あなたは燃える蛇を作り、それを旗ざおの上につけよ。すべてかまれた者は、それを仰ぎ見れば、生きる。」
21:9 モーセは一つの青銅の蛇を作り、それを旗ざおの上につけた。もし蛇が人をかんでも、その者が青銅の蛇を仰ぎ見ると、生きた。

 荒野を放浪していたイスラエルの民は何十万人もいました。ですから、この蛇は、かなり遠くからでも見えるものであったことを覚えておきたいと思います。
 神様はイスラエルの民を愛しておられましたから、憐れんで下さり、蛇にかまれて死ぬはずであった者たちも、蛇を仰ぎ見れば命を得ました。
 そして、この蛇にかまれて死ぬはずであった者たちとは、実は私たちのことであることをヨハネの福音書3章は教えてくれています。私たちも、まだ神様を知らなかった頃、神様を怒らせる恐ろしいことを平気で言っていました。そのように神を恐れぬことを平気で言っていた私たちを神様は憐れんで下さり、その罪をすべてイエス・キリストに負わせて私たちの罪を赦して下さいました。
 では、ヨハネの福音書3章の14節から16節までを交代で読みましょう。

3:14 モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。
3:15 それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」
3:16 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

 有名なヨハネ3:16は単独で取り上げられがちですが、私たちはぜひ14節にある民数記の場面とセットで思いを巡らすようにしたいと思います。モーセの時代のイスラエルの民は聖霊が注がれていませんでしたから、神様と霊的な会話を交わすことができずにいて信仰が成長しませんでした。それゆえスーパーの幼子のように泣きわめいてばかりいました。そんなイスラエルの民に対しても神は憐れんで下さりモーセが上げた蛇を見れば死なずに生きるようにして下さいました。
 私たちもイエス・キリストを信じる前は、神様と霊的な会話を交わすことができませんでしたから、神を恐れぬ恐ろしいことを平気で言っていました。そんな私たちのことを神様は憐れんで下さり、イエス・キリストの十字架を仰ぎ見て信じるなら、私たちに聖霊を注いで下さり、命を与えて下さいました。聖霊を注いで下さったということは、神様と霊的に会話を交わすことができるようになったということです。そうして聖霊が注がれた者は神様との霊的な会話を通じて信仰が成長しますから、もはやスーパーの幼子のように泣きわめくことはなくなります。

エジプトを出た私たち
 さて、いま私たちは会堂月間の中を通っています。会堂問題という荒野の中を進む私たちの教会とイスラエルの民とは随分と似たところがあるなあと最近私はつくづく思うようになりました。皆さんも感じておられると思いますが、私たちの教会はもうひとつ霊的に一つになることができていないと思います。一人一人には聖霊が注がれているかもしれませんが、教会は霊的に一つになっていないと感じます。そのように教会が霊的に一つになっていないなら、教会には霊が注がれていないのと同じだということにならないでしょうか。
 去年の7月、私たちの教会は今の会堂の屋根の葺き替えやリフォームはしないで新会堂の取得を目指すことを決めました。この点では私たちは一致しました。つまり、その時点で私たちは霊的にはエジプトを脱出して約束の地カナンを目指して旅に出たことになります。去年の7月の時点では約束の地がどこにあるのか見当も付きませんでしたが、とにかく神様を信じて一歩を踏み出すことにしました。
 そうして、しばらくの間は約束の地がなかなか見えて来ませんでしたが、今年の3月になって地主さんと接触するようになってから、もしかしたら、その土地が約束の地ではないかと感じるようになりました。そして、その確信は益々増して来ています。1週間前の水曜日の時点でも私自身は確信していましたが、木曜日に新たな動きが2つありましたから、その確信はより一層強固なものになっています。このような状況の中、もし私たちの教会が霊的に一つにならないなら、私たちはイスラエルの民のようになり、荒野を放浪し続けることにもなりかねないと思います。
 私たちは信仰的にはまだまだスーパーに連れて行ってもらった幼子のようなものだと思います。しかし信仰が幼くても神様のおっしゃることを素直に聞くことができる者たちでありたいと思います。私たちは神様に比べたら遥かに視野が狭いのですから、自分が欲しい物を欲しがるのではなく、神様が与えて下さるものをいただくようにしたいと思います。
 神様は多くの人々を救いに導きたいと思っておられますから、私たちが新しく建てる教会は目立つ所に十字架を高く掲げたいと思います。そして、その十字架を多くの人々が仰ぎ見ることができるようになれば幸いだと思います。
 私が高津教会に導かれることができたのは、電車の高津駅のホームから高津教会の十字架が見えていたからです。私は高津教会に通うようになるずっと前から、そこに教会があることを知っていました。教会に通うようになる前まで、その高津教会の十字架は風景の一部でしかありませんでしたが、高津教会に通い始めてまもなく、十字架は私の大きな心の支えになりました。

おわりに
 私たちの教会も、多くの方々が十字架を仰ぎ見ることができる場所に新しい会堂を建てたいと思います。それが神様の御心であると私は確信しています。
 お祈りいたしましょう。

3:14 モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。
3:15 それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」
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6月21日礼拝プログラム

2015-06-18 07:56:27 | 礼拝プログラム
「ヨハネの永遠観」の発信教会
 インマヌエル沼津キリスト教会

6月21日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

6月 第3聖日礼拝順序

 司  会                西村兄
 奏  楽                荒川姉

 前  奏
 讃 美 ①  救い主イエスと       409
 交  読  詩篇34篇 全  
 使徒信条
 主の祈り
 祈  祷
 讃 美 ②  朝つゆの園を        378
 讃 美 ③  スピリット・ソング      57
 聖  書  ローマ8:9~16
 説  教  『御霊の証し』 小島牧師
 讃 美 ④  聖霊よ 主のそばに     171
 献  金
 感謝祈祷                荒川姉
 頌  栄  父・子・聖霊の        271
 祝福の御言葉
 後  奏
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自分の殻を破ったウェスレー(2015.6.14 礼拝)

2015-06-15 08:28:55 | 礼拝メッセージ
2015年6月14日礼拝メッセージ
『自分の殻を破ったウェスレー』
【ルカ4:14~22】

はじめに
 2週間前に今年の新しい「祈りのネットワーク」が届き、お持ちの皆さんは活用していらっしゃることと思います。
 私たちの沼津教会は13日の所に載っていますから、毎月13日には全国のインマヌエルの聖徒が沼津教会のために祈って下さいます。きのうの13日は土曜日で慌しい平日とは違いますから、きっと多くの方々に祈られたことと思います。
 今年私は、会堂の写真をいつもの正面からの写真をやめて、横からの写真にしました。カラーの写真で送りましたが、「祈りのネットワーク」では白黒の写真で載ります。その白黒の写真を見て思いましたが、白黒の写真だとカラーに比べて老朽化した会堂が、より一層老朽化した感じに見えますね。ですから、私たちの教会の会堂問題のために、きっと多くの方々に祈られたことと思います。
 その「祈りのネットワーク」で私が沼津教会の会堂問題のために挙げた祈りの課題は、
「新会堂の建設に向けて教会員の霊の一致が保てるように」
というものです。
 新会堂の建設に向けて、私たちの霊の一致は欠かせないことです。そのためには、まず私たちの皆が霊的に開眼して、その上で御霊に導かれて一つにならなければなりません。
 会堂月間の今月のメッセージで私は、この霊の一致を目指すためのメッセージを語るように導かれていますが、そのためのメッセージはどのようなものであろうか、私はだいぶ悩ましく思っていました。そうして示されたのが、ウェスレーについて学ぶことでした。
 私たちのインマヌエルの群れは、ウェスレーから多くのことを学んでいます。インマヌエルの牧師の養成機関であるBTC、聖宣神学院でもウェスレーから始まったメソジスト運動についての講義がいくつもあります。今回、私たちの教会の霊の一致のために、このウェスレーを学ぶことを私は示されました。私たちの教会に集っている方々の約半分はこの沼津教会の出身者ですが、残りの約半分は他の教会の出身者です。他の教派から来られた方々もいますし、他のインマヌエルの教会から来られた方々もいます。私はインマヌエルの高津教会の出身ですが、同じ高津教会でも、今の先生の下で聖書の学びをしている方々と、その前の先生の下で聖書を学んだ方々とでは少し違いがあると思います。同じ教会の出身者でも、教えを受けた牧師によって少しずつ違うとなると、違う教会や違う教派からの出身者では、もっと違って来るということになります。そんな者たちが集っている私たちの教会が霊の一致を保つにはどうしたら良いか、私はかなり悩みましたが、そうして悩んでいる時にウェスレーについてご一緒に学ぶことを示されました。

善行に励んだ若きウェスレー
 ジョン・ウェスレーは18世紀のイギリスの信仰の覚醒に大きく寄与しました。このウェスレーの信仰覚醒運動はメソジスト運動と呼ばれてアメリカにも伝わって行き、やがて日本にも伝わって来たのですから、イギリスにとどまらず世界中に影響を与えたことになります。ウェスレーは1703年に英国国教会の司祭の息子として生まれ、幼い頃は母親によって厳格なしつけの教育を受けました。そして1720年にオックスフォード大学のクライスト・チャーチ・カレッジに入学しました。大学時代の彼は、礼拝を守る、聖書を読む、お祈りをするという義務は怠らないものの、特に霊的な関心もなければ、まして聖職の道に進もうなどという考えは持っていなかったということです。
 しかし1725年、ウェスレーに転機が訪れました。聖職に就きたいと考えるようになったウェスレーのことを両親は喜びながらも、安易な心がけでなるべきではないと厳しく警告しました。この時に両親がウェスレーに送った手紙の引用が、藤本満先生の著書の『ウェスレーの神学』に載っています。まず父のサムエル・ウェスレーは次のように書いています。

「(聖職者を目指す)主要な動機は…神の栄光、そして隣人を建て上げ救うことにおいて、神の教会に仕えることでなければなりません。他の卑しい動機をもって、これほど神聖な働きに入るとしたら、その人物は呪われるべきです。」

 そして母のスザンナも、励ましとともに、慎重な助言を与えました。

「愛するジャッキー(ウェスレーのこと)、私は、あなたがじっくりと自己吟味することを心から勧めます。自分自身がそれ相応の救いの望みを持っているのか、すなわち、自分が信仰と悔い改めの状態にあるのかどうかを調べてみることです。」

 そして、この時からウェスレーは霊想書を読みふけり、考察を深めて行き、同じ年の1725年にいわゆるオックスフォード回心が起きました。その時の決心をウェスレーは自身で次のように書いています。

「私の全生活を、その思いも、言葉も、行いもすべて神に捧げることを決意した。というのは、神と自我との間に中立というものはなく、私の生活のすべての部分が、神への供え物となるか、それとも自我への、すなわち悪魔への供え物となるかの、どちらかであるということを徹底して確信したからである。」

 こうしてウェスレーは自分のすべてを神に捧げる生活を始めました。特に1729年にはオックスフォードの仲間たちと「ホーリークラブ」を結成して、励まし合いながら祈り、また聖書や神学の理解を深めるとともに、刑務所伝道をしたり、自分の生活費を削って貧しい人々にお金を与えたりするなど社会的な活動にも精力的に取り組んで行きました。
 ウェスレーはそうして善行、善い行いを積むことにより救いの確証が得られるものと信じて励みました。しかし、いくら善行を積んでもなかなか救いの確証を得ることができないでいました。

善行では得られなかった救いの確証
 そんな時、ウェスレーにアメリカに渡ってアメリカの原住民、いわゆるインディアンに伝道する話が来ました。そしてウェスレーはそれを承諾してアメリカに渡ることにしました。アメリカ行きを承諾した理由の一つには、善行に励んでもなかなか救いの確証が得られないことに限界を感じて、新たな善行の働きであるインディアンへの宣教に活路を求めたいという思いがあったようです。
 そうしてウェスレーは1735年、もはや32歳になっていましたが、弟のチャールズらと共に船でアメリカのジョージアに渡りました。このアメリカ行きの船の中で、ウェスレーは大変に大きなショックを受ける経験をしました。大西洋を航行中に船が嵐に遭い、激しく揺れる船の中でウェスレーは死の恐怖を味わったのでした。それまでウェスレーは、もし自分がきよめられて救いを確証しているのなら死を前にしても平常でいられると習っていました。しかし、ウェスレーは暴風雨の中で翻弄される船の中で全く平常でいられずに死の恐怖を感じていましたから、そのことにショックを受けました。そして、ウェスレーのショックをさらに大きくしたことがありました。それは同じ船の中にモラビア派の信徒たちも乗り込んでおり、その人々は平然としていたことでした。
 モラビア派は「静止主義」の考え方に立っていました。「静止主義」では、救いはすべて神様のなさることだから、人は何もしないで、じっと祈って待っていればいいと考えます。ウェスレーの場合は全く逆で、それまで一生懸命に善行に励んでいました。しかし、自分は救われているという確証を得ることができずにいて、嵐の船の中で恐怖におびえていました。それなのに何もしないでいたモラビア派の人々は嵐の中でも平然としていました。このことから、ウェスレーは自分が間違っていたことを薄々感じるようになりました。
 そしてアメリカ上陸後にウェスレーはモラビア派のシュパンゲンベルグという人物に近づいて助言を求めました。ウェスレーの日記には、次のように書いてあります。

「私は自分の行動についてシュパンゲンベルグ氏に助言を求めた。彼は、『兄弟、それでは初めに質問させていただきます。あなたは、自分の内に確証がありますか、自分が神の子であるということを、自分自身の霊とともに、神の御霊は証ししていますか』と尋ねた。私は驚いてしまった。なんと答えてよいかわからなかった。彼はそれに気づいたのか、続けて『あなたはイエス・キリストを知っていますか』と尋ねた。わたしは少し間をおいて、『主がこの世界の救い主であるということを知っています』と答えた。すると彼は、『確かにそうです。しかし主が【あなた】を救われたということを知っていますか』と尋ねた。私は答えた。『主が死なれたのは、私をも救うためであったことを望んでいます』。それに対して、彼は『あなたは本当に自分自身を知っていますか』と尋ねた。『はい、知っています』と答えたものの、それらが空しい言葉であることを自分ではわかっていた。」

 このようにしてウェスレーはキリスト教の根幹の部分を、実は自分はわかっていないのだという事実を付き付けられて、彼は自信を失ってしまいました。そのようにして始まったウェスレーの約2年間のアメリカ宣教活動はパッとしませんでした。彼はインディアンへの宣教を専ら行うものと思っていましたが、実際にはアメリカに移住したイギリス人の教会の牧会が主な仕事でした。そして真面目で世間知らずの彼は柔軟な牧会ができず、おまけに失恋をも経験し、果てはその失恋絡みのいざこざが訴訟沙汰にも発展して失意のうちに帰国することになりました。

思いがけなく与えられた祝福
 こうして、やること為すことが空回りしていたウェスレーは、救いは自分の行いによって得られるのではなく、自分の力に頼ることを放棄することによって救いは得られるのだということを段々と理解するようになりました。そして、有名なアルダスゲイトの回心が起こります。その日、すなわち1738年5月24日の日記にウェスレーは次のように書いています。

「夕刻、私はひどく気が進まなかったけれども、アルダスゲイト街でのソサエティーの集会に行ったところ、そこである人がルターの『ローマ人への手紙』の序文を読んでいた。9時15分前ぐらいであった。彼が、キリストを信じる信仰を通して神が心の内に働いてくださる変化について説明していたとき、私は自分の心が不思議に熱くなるのを覚えた。私は、救われるためにキリストに、ただキリストのみに信頼した、と感じた。神が私の罪を、この私の罪さえも取り去ってくださり、罪と死の律法から救ってくださったという確証が、私に与えられた。」

 こうしてウェスレーは自分の行いに頼るのではなく、ただキリストのみに信頼することによって救いの確証を得ることができました。
 ただし、それでメデタシ、メデタシとなったわけではありませんでした。ウェスレーはモラビア派的に自分の力に頼らないことで救いの確証を得ることはできましたが、モラビア派の「静止主義」には全面的に賛同することはできないでいました。何もしないでいれば良いというのは、何か違うのではないかと感じてモヤモヤしていました。
 そして、翌年の1739年の新たな体験がウェスレーのモヤモヤを断ち切らせることになりました。それはオックスフォードの後輩のホイットフィールドに口説かれてブリストルにおいて野外説教を行ったことでした。最初、ウェスレーはホイットフィールドの依頼を断っていました。建物の中でしか説教をしたことがなかったウェスレーにとって、野外で説教をすることなど、まったく気の進まないことでした。さらにウェスレーはどちらかと言えば知識階級にしか説教していませんでした。ブリストルは炭鉱町であり、労働者階級で気の荒そうな炭鉱夫たちに向かって自分が説教することなど想像のできないことでした。それゆえウェスレーはホイットフィールドの誘いを断り続けましたが、ホイットフィールドは執拗に誘い続けました。先に野外説教を行っていたホイットフィールドはアメリカに行くことになり、自分が抜けた後の野外説教をどうしてもウェスレーにしてもらいたいと思っていました。そして、とうとう1739年の4月2日に、その日が訪れました。
 ウェスレーの日記によれば、会衆は約三千人で、説教箇所は今日の私たちの説教箇所のルカ4章であったということです。ルカの福音書4章の18節と19節をお読みします。

4:18 「わたしの上に主の御霊がおられる。主が、貧しい人々に福音を伝えるようにと、わたしに油をそそがれたのだから。主はわたしを遣わされた。捕らわれ人には赦免を、盲人には目の開かれることを告げるために。しいたげられている人々を自由にし、
4:19 主の恵みの年を告げ知らせるために。」

 この日、野外説教を終えたウェスレーはこの聖句が自分の上に成就したことを感じたと日記に記しています。
 ブリストルの労働者たちは目を輝かせて熱心にウェスレーの説教に聞き入り、感動すれば、感動した様子を素直に表しました。その反応は、それまでウェスレーが説教していた上品でとりすました感じで聞く知識階級の会衆とは全く違っていたことでしょう。このブリストルの炭鉱夫たちの熱い反応を受けたことはウェスレーにとっては新鮮な経験でした。そして、やり終えた後に、とても充実感を感じたんですね。それはウェスレーにとって思いがけないことでした。
 神様は、このように自分では思ってもいなかった所に祝福を用意して下さっています。ウェスレーの場合、アルダスゲイトの回心の時もそうでした。その日の夕刻、ウェスレーは「ひどく気が進まなかったけれども」、アルダスゲイト街でのソサエティーの集会に行ったところ、そこで思いがけなく救いの確証を得る経験をしました。それは、先週のナアマンも同様でした。ナアマンもヨルダン川に身を浸すことはひとく気が進まなかったけれども、部下が勧めるので仕方なしに入ったことにより、ツァラアトが癒されて幼子の体のようになりました。私が初めて高津教会を訪れた時もそうでした。私は韓国人教会に行っていたのに日本人の教会に行くことを勧められ、ひどく気が進まなかったけれども一回だけ日本人の教会行ってやろうと思って高津教会を訪れ、そのまま救いの恵みに与ることができました。

自分の殻を破ったウェスレー
 ウェスレーは野外での自分の説教への会衆の反応が思いがけずに良かったことで、この野外説教にやりがいを見出し、それからは野外説教をどんどん行うようになりました。ウェスレーは、主は自分をこの野外説教の場で必要として下さっていることを知ったのですね。建物の中で知識人を相手にするのではなく、主は屋外で大人数の労働者の人々に説教をする場にウェスレーを押し出しました。そしてウェスレーは喜んで、その場に自ら進んで出て行くようになりました。こうして、ウェスレーはモラビア派の静止主義の何もしないほうが良いという考え方へのモヤモヤからも脱することができました。まず自分が積極果敢に野外説教の場に出て行くことは善い行いですし、また説教の中でもウェスレーは労働者たちにも善い行いをすることを勧めました。イエス・キリストの福音に触れる前の労働者たちは仕事の後は居酒屋に入り浸って稼ぎの大半を酒代に費やしたり喧嘩に明け暮れたりしていました。しかしイエス・キリストの福音に触れたことで御霊の実を持つようになり、敬虔な信仰生活を送るようになりました。
 このブリストルの野外説教を経験したのはウェスレーが35歳の時でした。それまでのウェスレーは自分の殻の中に閉じこもっていたと言えるでしょう。それまでのウェスレーの信仰は人のためというよりは自分のための信仰でした。しかし、「エイヤ」と自分の殻を破ってブリストルで野外説教を行ったことで、その後はイエス・キリストのしもべの働き人へと変えられました。ウェスレーがブリストルへ行ったのは嫌々でしたが、それまでの自分の殻を破ることができたのは本当に幸いなことでした。
 きょうの説教のタイトルは『自分の殻を破ったウェスレー』です。神様は自分の殻を破る者に、思い掛けない祝福を与えて下さいます。私たちの沼津教会はどうでしょうか。沼津教会に限らず、どこの教会でも、会堂を新しく更新する時というのは、自分の殻を破る良い機会であろうと思います。よく言われることですが、それまでと同じようなサイズの会堂を建てるなら、その後も同じような数しか集わないということです。
 イエス・キリストのしもべとして働くことを考える時に大切なことは、主の御心に沿って動くことです。主の御心の第一は、福音ができるだけ多くの人々に宣べ伝えられるようにしたいということでしょう。ウェスレーはそのために何千人もの会衆が集う野外説教で用いられ、祝福されました。

おわりに
 私たちも、これまでの延長線上ではなく、殻を破って、今よりももっと多くの方々にイエス・キリストの福音を宣べ伝えることができる、主に用いられる教会を目指したいと思います。それが主の御心にかなう道であるからです。
 お祈りいたしましょう。

4:18 「わたしの上に主の御霊がおられる。主が、貧しい人々に福音を伝えるようにと、わたしに油をそそがれたのだから。主はわたしを遣わされた。捕らわれ人には赦免を、盲人には目の開かれることを告げるために。しいたげられている人々を自由にし、
4:19 主の恵みの年を告げ知らせるために。」
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2015-06-14 21:01:48 | リンク

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イムマヌエル綜合伝道団

日本国際ギデオン協会

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それまでの流れでこれからを見る(2015.6.10 祈り会)

2015-06-12 06:55:56 | 祈り会メッセージ
2015年6月10日祈り会メッセージ
『それまでの流れでこれからを見る』
【民数記13~14章】

はじめに
 今月は会堂月間です。祈祷会では、その時々で示された箇所を開くことにしたいと思っています。礼拝のほうでは、我々のインマヌエルの群れの信仰の上流にあるジョン・ウェスレーの信仰をご一緒に学んでみようかなと思っています。ウェスレーは牧師の息子として生まれて、幼い頃からキリスト教に関する厳格な教育を受けましたが、回心を経験したのは35歳の時でした。いわゆる「アルダスゲートの回心」と呼ばれる経験ですね。大学を卒業したウェスレーは伝道者として熱心にキリストの教えを説きましたが、どうやら自分はキリストの救いを本当にはわかっていないようだということに気付き、大変に苦悩します。そうして苦悩の果てに遂に35歳の時に、救いの確信を得ることができました。そのウェスレーの信仰の遍歴と神学について、私も少し学び直してみて、礼拝説教の時にはご一緒に考えてみることができたら良いなと思っています。
 さて、祈祷会ですが、先週は『さばき合うことのないように』というタイトルでローマ人への手紙の14章を開きました。きょうは民数記の13章から14章までをご一緒に見たいと思います。少し長いので、飛び飛びに読んで行きたいと思います。きょう、ご一緒に学びたいと思っていることは、流れの中で主の御業を見たいということです。目前に越えられそうもない壁があるように見えても、それまでの流れから見るなら、その壁は越えられると考えるべきだということを民数記の出来事から学びたいと思います。

約束の地カナンの偵察
 民数記の始めのほうには、主がモーセに人口調査を命じたことが記されています。それで最初のほうには、どの部族には、軍務につくことができる男子が何万人いたという記述が続きますので、退屈な書なのかなと思ってしまうと、後のほうの大切な記事を見逃してしまうことになります。その大切な記事の一つが、きょうご一緒に見る13章と14章の記事です(旧約聖書p.252)。
 13章の1節と2節をお読みします。

13:1 はモーセに告げて仰せられた。
13:2 「人々を遣わして、わたしがイスラエル人に与えようとしているカナンの地を探らせよ。父祖の部族ごとにひとりずつ、みな、その族長を遣わさなければならない。」

 主はイスラエルの民を約束の地のカナンに導き入れようとしていました。これが、エジプトを出てから、どのくらいの時期であったのかというと、少し前の民数記10章11節に、

10:11 第二年目の第二月の二十日(はつか)に、雲があかしの幕屋の上から離れて上った。

とあります。イスラエルの民がエジプトを出たのが第一年目の第一の月ですから、この民数記10章の段階で、エジプトを出てから1年と1ヶ月ぐらいが経っていました。ですから、13章は、もう少し後ということになりますが、いずれにしてもエジプトを出てからまだ1年と1~2ヶ月ぐらいの頃でしょう。この時に、主はモーセにカナンの地を偵察するように命じました。
 この時にカナンに遣わされた族長たちの名前が、4節から15節までに書かれていますが、私たちは、この記事の結末を知っていますから、ここで注目しておくべきは6節のカレブと、8節のホセアですね。この8節のホセアについては、16節を見るとホセアをヨシュアと名付けたとあります。

主の力を信じなかったイスラエルの民
 さてカナンの偵察に行った12人の族長たちは、25節にあるように四十日後に戻って来ました。27節と28節、

13:27 彼らはモーセに告げて言った。「私たちは、あなたがお遣わしになった地に行きました。そこにはまことに乳と蜜が流れています。そしてこれがそこのくだものです。
13:28 しかし、その地に住む民は力強く、その町々は城壁を持ち、非常に大きく、そのうえ、私たちはそこでアナクの子孫を見ました。

 27節には、カナンの地はとても良い地であったという報告です。しかし、28節には、その地に住む民は力強いという報告でした。つまり、そこを占領するのは難しいということです。しかしカレブの考えは違いました。30節、

13:30 そのとき、カレブがモーセの前で、民を静めて言った。「私たちはぜひとも、上って行って、そこを占領しよう。必ずそれができるから。」

カレブは占領しようと言いました。しかし、他の者たちは恐れていました。31節、

13:31 しかし、彼といっしょに上って行った者たちは言った。「私たちはあの民のところに攻め上れない。あの民は私たちより強いから。」

 このようにカナンに攻め入るのは無理だという意見が支配的になってしまいましたから、イスラエルの民は絶望しました。続いて14章1節、

14:1 全会衆は大声をあげて叫び、民はその夜、泣き明かした。

そして4節、

14:4 そして互いに言った。「さあ、私たちは、ひとりのかしらを立ててエジプトに帰ろう。」

 このように、イスラエルの民は「エジプトに帰ろう」とまで言い出し始めました。

カナン占領を主張したヨシュアとカレブ
 続く、6節から9節までは、交代で読みましょう。

14:6 すると、その地を探って来た者のうち、ヌンの子ヨシュアとエフネの子カレブとは自分たちの着物を引き裂いて、
14:7 イスラエル人の全会衆に向かって次のように言った。「私たちが巡り歩いて探った地は、すばらしく良い地だった。
14:8 もし、私たちがの御心にかなえば、私たちをあの地に導き入れ、それを私たちに下さるだろう。あの地には、乳と蜜とが流れている。
14:9 ただ、【主】にそむいてはならない。その地の人々を恐れてはならない。彼らは私たちのえじきとなるからだ。彼らの守りは、彼らから取り去られている。しかしが私たちとともにおられるのだ。彼らを恐れてはならない。」

 ヨシュアとカレブは、8節にあるように、「私たちがの御心にかなえば、私たちをあの地に導き入れ、それを私たちに下さるだろう。」と言いました。そして9節で、「が私たちとともにおられるのだ。彼らを恐れてはならない。」と言いました。
 これに対して全回衆は10節にあるように、ヨシュアとカレブを石打ちにしようとしましたから、は大変に怒りました。11節、

14:11 はモーセに仰せられた。「この民はいつまでわたしを侮るのか。わたしがこの民の間で行ったすべてのしるしにもかかわらず、いつまでわたしを信じないのか。
14:12 わたしは疫病で彼らを打って滅ぼしてしまい、あなたを彼らよりも大いなる強い国民にしよう。」

 これに対してモーセがとりなして、結局どうなったかと言うと、皆さんご存知のように、イスラエルの民は荒野を40年間も放浪することになってしまったんですね。このカナンの偵察の出来事があったのが、エジプトを出て1年とちょっとのことでしたから、あと39年間も荒野を放浪することになってしまいました。この時に主を信じなかった二十歳以上の男子が死に絶えるまで荒野を放浪しなければならなくなりました。29節と30節をお読みします。29節、

14:29 この荒野であなたがたは死体となって倒れる。わたしにつぶやいた者で、二十歳以上の登録され数えられた者たちはみな倒れて死ぬ。

 そして30節、

14:30 ただエフネの子カレブと、ヌンの子ヨシュアのほかは、あなたがたを住まわせるとわたしが誓った地に、だれも決して入ることはできない。

 こうしてヨシュアとカレブ以外は、カナンの地に入れないことになってしまいました。

それまでの流れで進む方向を判断する
 ヨシュアとカレブは、カナンの地の住民たちがどんなに強くても、主が助けて下さるから、きっと占領できると主張しましたが、他の者たちは、カナンの住民の強さを恐れてエジプトに帰ろうと言いました。
 カナンの住民が強いことはヨシュアとカレブも十分に承知していました。しかし、どんなに強くても主が共にいて下さるのだから恐れることはないと考えました。それは、エジプトで奴隷になっていた時から、この時までに至る流れを見るなら、当然、そう考えるべきでした。主はイスラエルの民をエジプトから救い出して下さり、パロの軍勢が追って来て追い詰められた時も海を二つに割って通して下さり、喉がかわいたと言えば岩から水を出して下さり、腹がへったと言えば天からマナを降らせて下さいました。そのように、それまでに主がなさって下さった御業の流れから言えば、カナンの地も当然、占領できることになります。
 イスラエルの民が恐れたのも当然ですが、イスラエルの民は、それまでに主がして下さったことをすっかり忘れてしまっていました。そうではなくて、ヨシュアとカレブのように、これまでに主がして下さったことを思い返し、その流れの中で目前のことに立ち向かって行かなければなりません。

おわりに
 私たちの教会がどこに新しい会堂を建てるかについての問題も、流れの中で考えるべきだと思います。私自身は、これまでの流れから見るなら隣の土地を購入すべきだと考えます。ただし、それは私のこれまでの何十年かの私の人生の流れも含めてのことです。皆さんのお一人お一人の人生の流れもあると思います。ぜひ、お一人お一人で、ご自身のこれまでの流れを思い返してみていただきたいと思います。
 私たちの人生は、はじめは皆それぞれ違う場所を流れていました。しかし、その流れが次々と合流して来て、今はこの教会で一つの流れになっています。そういう中で、主が私たちをどこに導き入れようとして下さっているのかを、考えていただきたいと思います。
 最後に14章の8節をご一緒に読んで、メッセージを閉じたいと思います。これはヨシュアとカレブのことばです。

14:8 もし、私たちがの御心にかなえば、私たちをあの地に導き入れ、それを私たちに下さるだろう。あの地には、乳と蜜とが流れている。
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6月14日礼拝プログラム

2015-06-11 14:53:57 | 礼拝プログラム
「ヨハネの永遠観」の発信教会
 インマヌエル沼津キリスト教会

6月14日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

6月 第2聖日礼拝順序

 司  会                矢崎兄
 奏  楽                矢崎姉

 前  奏
 讃 美 ①  ベツレヘムに生まれて    103
 交  読  詩篇84篇 全  
 使徒信条
 主の祈り
 祈  祷
 讃 美 ②  全地よよみがえりの主を   249
 讃 美 ③  われらはキリストのもの   232
 聖  書  ルカ4:14~22
 説  教  『自分の殻を破ったウェスレー』 小島牧師
 讃 美 ④  救いのおとずれ       473
 献  金
 感謝祈祷                中原兄
 頌  栄  父・子・聖霊の        271
 祝福の御言葉
 後  奏
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ナアマンは何を脱ぎ捨てたのか(2015.6.7 礼拝)

2015-06-09 06:51:37 | 礼拝メッセージ
2015年6月7日礼拝メッセージ
『ナアマンは何を脱ぎ捨てたのか』
【Ⅱ列王5:8~14】

はじめに
 6月に入りました。早いもので今年もあと少しで折り返し地点という所まで来ました。6月は私たちの教会では「会堂月間」になっていますから、新会堂建設に向けて私たちが、霊的に一致を保つことができるように願いつつ、今月の礼拝メッセージでは皆さんと共に会堂問題について考えて行きたいと思います。

2年前から1年前までの動き
 はじめに、私がこの沼津教会に着任して以降の、この2年あまりでの会堂問題に関する動きの流れについて、少し振り返っておきたいと思います。
 おととしの2013年の4月に私がこの沼津教会に着任した時に私は前任の先生から引継ぎに関する説明を受けました。その時に、この教会では2017年の創立50周年の年に新会堂を献堂することを目標に掲げていることを伺いました。この教会が随分前から新会堂の建設を目指していることを私も知っていましたから、引継ぎを受けた私も新会堂建設を何とか実現できるように励んで行かなければならないという思いを持ちました。そして着任して2ヶ月後の6月の会堂月間では前任の先生ご夫妻をお招きしてメッセージの御用をしていただき、この今沢の会堂を取得した経緯についても詳しく知ることができましたから感謝でした。
 いま振り返ってみると1年目の2013年は、会堂問題に関しては表面上は特に大きな動きは無かったと思います。1年目は私も沼津教会の行事日程に慣れるのが精一杯で、いつも目前の1ヶ月間のことしか目に入っておらず、数ヶ月先や1年や2年、3年先のことはまだ全然見えない状態でした。しかし、そういう状態であっても、年間行事をこなしながら、改めるべき点などが段々と見えて来ました。その第一が会議の持ち方でした。1年目は役員会と伝道委員会を別々に持っていましたが、この方式だと教会が一つになって動いているという感じがしませんでしたから、皆さんと相談して幹事会を新たに発足させました。もし幹事会の方式に移行していなかったなら、今のように会堂問題に関して皆さんと広く意見交換をすることはできなかったと思いますから、幹事会の方式にして、とても良かったと思います。また去年の2月からは会堂祈祷会も月1回持つことにして、様々な方に司会に立っていただいてお祈りすることができるようになったことも良かったと思います。1年目に特に大きな動きがなかったのは、会堂祈祷会も幹事会もまだ始めていなかったからと言えるでしょう。その意味で、1年目は、まだまだ準備期間だったのだと思います。
 そして、準備期間の1年を経て、私にとってもう一つ大きな出来事でありました。それは昨年の4月の末にK兄のご葬儀があったことです。昨年の4月の時点で私はまだ神学校を卒業してから2年しか経っていない経験の浅い牧師でしたから、葬儀の司式もまだ務めたことがありませんでした。経験の浅い牧師にとって葬儀の司式を務めることは大きなプレッシャーです。限られた短い時間の中でご遺族と相談しながら前夜式と告別式のプログラムを作成し、メッセージの準備をしなければならないのは大変なことです。しかし、この大変な務めも聖霊の力と、皆さんのご協力とによって無事に果たすことができましたから、私は経験の浅い牧師から脱皮して成長することができたと感じています。そうして、いよいよ会堂問題においてモーセやヨシュアの役割を担う準備が整ったのだと思います。
 そうして、そのご葬儀から1ヶ月も経たない5月に、会堂の屋根の鋼板の腐食が深刻であることがわかって新会堂の建設に向けて大きな一歩を踏み出すことになったのですから、神様は水面下で着々と準備を進めていて下さったのだなと、いま改めて感じています。

昨年の5月から今年の2月までの動き
 ここで、プロジェクターを使ってしばらく説明します。
(プロジェクターによる説明)
 ①2014年5月25日幹事会資料
 ②2015年6月2日の屋根補修時の写真

 さて次に、屋根の鋼板の腐食が進行していることに気付いた昨年の5月以降のことについて振り返ってみたいと思います。私は、屋根の状態がこのようであることを、BA、主事、そして教区の先生方にも報告しました。
 また6月の第3回幹事会で私たちは上半期感謝献金の目標金額を従来より増額して、その半分を会堂積立金に回すことにしました。この決定を多くの皆さんが支持して下さり、上半期感謝献金は目標額を上回ることができて、勢いがついたと思います。
 そして第1回の会堂建設委員会を7月13日に開いて、今の会堂の屋根の葺き替えもリフォームも行わないで、新しい会堂の取得を目指すことを決めました。そして、このことを教団の会堂委員会の委員長に報告し、代表にも報告しました。
 さらに8月からは会堂問題勉強会を始めました。そして、この8月のもう一つの大きな出来事として、高額の会堂献金が捧げられということがありました。7月までの積立金額を振り返るとよくそれで新会堂に向けて第一歩を踏み出したなと思いますが、8月の献金が与えられて新会堂の取得が現実味を帯びて来ました。しかし、このことで新たなことも学ぶことができました。それは、やっぱり私たちのほうから、まず第一歩を踏み出さないと神様の御業は始まらないのだということです。私たちがわずかなものしか持っていなくても神様が御業を行って下さることを信じて信仰を持って第一歩を踏み出すのを神様は待っているのだということを学ぶことができて感謝でした。
 その後、10月には台風18号が通過した時には雨漏りがあって、やはり会堂問題はゆっくりしていられないという思いを新たにしました。そして、12月のキャンドルサービスには合同チラシを見た親子が来て下さいました。この時に私は、やはり新しい会堂で新しい方をお迎えしたいという気持ちを強く持ちました。そして、1月の教会総会で次の一歩を踏み出すことにしたいと思いました。
 これらのことから、今年の1月11日に第2回の会堂建設委員会を招集して話し合い、予約献金の予備調査を無記名で実施する案を教会総会で提案することにしました。そしてこの提案が1月25日の教会総会で承認されましたから、2月に予備調査を実施して、3月8日に第3回の会堂建設委員会を招集して予備調査の結果について意見交換をして、なお主の御心がさやかに示されるように願い求めて行くことにしました。
 この3月8日の時点で、私はかなりモヤモヤした気分でいました。というのは、2月に2回も雨漏りがあって屋根に上がっていたからです。2月18日の水曜日の昼には直径5mmぐらいの雹が降り、その時は本当に「これは大変だ」と思い、皆さんに一斉メールを出してお祈りしていただきました。この会堂の屋根は脆くなっていますから、大きな雹が降れば、大きなダメージを受けます。
 そして2月25日の祈祷会のメッセージは、週報p.3に示したように、出エジプト14:9,10から『追い詰められたイスラエル』としました。
 この箇所は、エジプトを脱出したイスラエルの民が前方にある海に前進を阻まれている時に、後ろから追い掛けて来たパロの軍勢に追い付かれそうになり、前にも後ろにも進めずに追い詰められた場面です。私は会堂問題でも追い詰められた気持ちになっていました。この時点で、私たちは力強く前進するには今ひとつ資金が不足していましたから、前進が阻まれていました。そして後ろからも、屋根の鋼板の腐食の問題によって追い詰められていました。ですから、この時は私はかなり必死に祈りましたし、皆さんにもお祈りいただきました。2月の一番寒い時期に雹が降るというのは、大変に珍しいことです。しかも、沼津の駅のほうでは雹は降らなかったということですから、この雹が降ったことも、神様が私たちに会堂問題についてもっと必死に祈るように仕向けて下さったことなのかもしれません。

現在に至る流れ
 このような中で私には、一つ突破口になるかもしれないと期待を抱いていることがありました。それは、隣の駐車場になっている土地を切り売りしてもらって、そこに通路を設けて、看板やゲートを設置して、今のこの土地に新しい会堂を建てるという案です。このアイデアを得たのは去年の秋です。その後、幼児用の防犯ポスターの話も来たりして、この件で幼稚園の園長先生とも話をすることができました。園長先生は前任の先生のご一家のことも良くご存知でしたから、この教会が前任の先生のご尽力によって地域に受け入れられた教会になっていることを実感することができました。また、キャンドルサービスの折には、先ほども言いましたように、合同チラシを見た親子が来て下さいました。これらのことがあって、今のこの土地に新しい会堂を建て替えるのが御心かもしれないと思うようになりました。今年の1月の教会総会で、一つの案として、南隣の駐車場の一部を切り売りしてもらって、ここに新しい会堂を建てる案を提示したのも、これらの経緯があってのことです。
 そして2月に雹が降って強くお祈りした後から3月になって、地主さんのほうから私の思惑を上回る話がありました。3月に話し合いを持ち、4月にも5月にも話し合いを持ちました。
 皆さんはこの展開について、どのようにお感じになるでしょうか。私が思い描いていたこととは違います。しかし、それ以外は、随分と良い流れで来ているように私は感じています。最初の1年目は準備期間でした。そして会堂祈祷会が始まって幹事会も整えられて、そしてK兄のご葬儀を経験して私もモーセやヨシュアの役割を担う準備が整えられました。そしてすぐに屋根の鋼板の腐食の進行が深刻であることがわかり、積立金は少額でしたが、新会堂建設へ向けて第一歩を踏み出したら高額の献金が与えられ、そして、この地域とのつながりを大事にして行く気持ちも与えられ、さらに隣の土地を切り売りしてもらって、ここに新会堂を建てるアイデアが与えられました。そして雹が降っていよいよ前も後ろも追い詰められたと感じていた時に、隣の地主さんが私の思惑を上回る話を持って来ました。これは、私たちが祈って来たことに対する神様の応答なのではないかという気がするのですが、皆さんはどう考えるでしょうか。
 先週の6月2日の火曜日に屋根に上がった時、私はこれらのことを思い出しながら、私たちはこれまで随分と祈って来たのだなと思いました。私たちは各家庭で一人一人がお祈りしています。そして、礼拝と祈祷会でも祈っていますし、会堂祈祷会でもお祈りしています。
 そのように私たちはこれまで多くの祈りを積んで来ましたし、他の教会の方々からも祈られて来ました。教区の先生方も祈って下さっていますし、全国のインマヌエルの信徒の方々と先生方によっても祈られています。
 ここに、2010年から2015年までの「祈りのネットワーク」があります。そして、沼津教会の祈りの課題にはいつも新会堂のことが掲げられています。
 2010年:教会堂建設ができるように
 2011年:会堂の老朽化に伴い、新しい「新会堂への主の御業」が始まるように
 2012年:新会堂の取得
 2013年:会堂の老朽化に伴い、新会堂建設への聖業が進むように
 2014年:新会堂建設に向けて霊的・人的・財的な備えができるように
 2015年:新会堂の建設に向けて教会員の霊の一致が保てるように
 このように、私たちの教会は毎年のように「祈りのネットワーク」に新会堂の建設のことを祈りの課題として挙げていますから、全国のインマヌエルの信徒の方々、そして先生方からずっと祈られて来ました。
 私たちも随分と祈って来ましたが、それ以上に私たちは祈られて来ました。このようにしてこれまで積まれて来た多くの祈りに主は、応答して下さっていると私は感じていますが、皆さんは、いかがでしょうか。
 当初考えていたこととの違いはありますが、それ以外は、素晴らしいタイミングで様々なことが起きています。

神様の尽きない恵み
 そして、私がもう一つ素晴らしいタイミングと感じているのが、年会で私が留守中にDVDで皆さんに視聴していただいた代表による礼拝メッセージです。列王記第一17章で預言者エリヤがやもめに水を所望した場面ですね。ご一緒に見てみましょう(旧約聖書p.614)。
 ここでエリヤはやもめに水だけでなく、11節でさらに「一口のパンも持って来てください」と言いました。すると12節で、やもめは、あとほんの少しの粉と油があるだけで、それを調理して食べたら死のうと思っていると答えました。次の13節から16節までは、交代で読みましょう。

17:13 エリヤは彼女に言った。「恐れてはいけません。行って、あなたが言ったようにしなさい。しかし、まず、私のためにそれで小さなパン菓子を作り、私のところに持って来なさい。それから後に、あなたとあなたの子どものために作りなさい。
17:14 イスラエルの神、【主】が、こう仰せられるからです。『【主】が地の上に雨を降らせる日までは、そのかめの粉は尽きず、そのつぼの油はなくならない。』」
17:15 彼女は行って、エリヤのことばのとおりにした。彼女と彼、および彼女の家族も、長い間それを食べた。
17:16 エリヤを通して言われた【主】のことばのとおり、かめの粉は尽きず、つぼの油はなくならなかった。

 エリヤはやもめに残りわずかの粉と油を全部使ってパンを作って自分に食べさせるように言いました。そうすれば、かめの粉は尽きず、つぼの油はなくならないと言いました。
 これを私たちの会堂問題に当てはめるなら、神様の尽きない恵みによって建物が建つということになります。ちょうど隣の地主さんから話があった時に、この御言葉が与えられたのも、私はそれが御心であるからと思うのですが、皆さんはどう思われるでしょうか。

自分の力に頼ることを脱ぎ捨てたナアマン
 きょうはもう一箇所、ナアマンの箇所を示されていますので、残りの時間でそこを開くことにしたいと思います。列王記第二の5章です。
 この箇所は、去年も一度開いた箇所ですし、皆さんの多くはよくご存知の箇所だと思いますので、背景などの詳しい説明は省きます。きょう、まず目を留めたいのは、9節です。

5:9 こうして、ナアマンは馬と戦車をもって来て、エリシャの家の入口に立った。

 ナアマンはツァラアトに冒されていて、すっかり弱っていた病人です。どうして預言者エリシャの家に馬と戦車で乗り付ける必要があるでしょうか。当時はアラムとイスラエルの仲があまり良くなかったようですから、身を守る必要があったのかもしれません。それにしても、軍人ではない預言者のエリシャの家に戦車で乗り付けるとはどういうことでしょうか。私は、その時ナアマンは武具を付けて、軍人の姿をしていたのではないかと考えています。ナアマンは非常にプライドの高い将軍であったため、相手に自分の弱い姿を見せたくなかったのだろうと思います。もし自分が病気ではなくて気力が充実していれば、気迫だけで十分に強く見えて、軍人の格好をする必要もなかったかもしれません。しかし、その時のナアマンは弱々しい病人でした。ですから、軍人の格好をして強く見せたかったのではないかなと思います。ナアマンはそれほど高いプライドの持ち主だったのだろうと思います。
 或いはまたナアマンは自分が身分の高い、病気を治される価値のある人物であるとエリシャに思わせたかったのかもしれません。それゆえナアマンは、11節にあるように、エリシャが主の名を呼んで、患部の上で手を動かしてツァラアトを治してくれることを期待していました。それなのにエリシャが自分では出て来ないで使いをやって、「ヨルダン川へ行って七たびあなたの身を洗いなさい」と言ったので、誇り高いナアマンは非常に怒りました。
 それでもナアマンは部下の忠告に従ってヨルダン川に入ることにしました。隣の国のアラムから、王様にも手紙を書いてもらって病気を治すためにやって来たのですから、何の治療も受けずに帰るわけにもいかなかったからでしょうか。
 しかし、裸になって川に入ることは相当に勇気の要ることです。ナアマンは部下たちの前で武具と服を脱いで、ツァラアトに冒された身をさらさなければなりませんでした。ここで、ナアマンには裸になることに、相当に葛藤があっただろうと思います。武具を着けていれば、それが心の拠り所になります。しかし、それを脱ぎ捨ててしまうと、まったく自分は頼りない存在になってしまいます。プライドの高いナアマンにとっては、それは耐え難いことであったと思います。
 そして私はここで、ナアマンには祈る心が与えられたのではないかと思います。誇り高いナアマンはそれまでは自分の軍人としての力を誇り、自分の力に頼っていました。しかし、ここでナアマンは自分の力に頼ることができなくなりました。それで神に祈る思いで水に浸ったのだと思います。そうして水に浸ったとき、ナアマンは何か心地の良いものを感じたのではないかと思います。何かわからないけど、何となく心地が良い。
 私が14年前、初めて高津教会を訪れた時も、そんな感じでした。父が死んで、韓国人の教会に私は連れて行ってもらいました。そして、何回か通った時に日本人の教会へ行くように勧められました。それで私は非常に反発を感じました。それで私は二度と教会に行くものかと思いましたが、1回だけ言うことを聞いて日本人の教会に行ってやろうと思いました。そうして1回行ってつまらなかったら、二度と教会いは行くまいと思って近所にあった高津教会を訪れました。そして、思いがけないことでしたが、私は教会に身を置いた時に心地良いものを感じました。それが、私が神様に心を開き始めた最初の時でした。そうして毎週のように高津教会に通うようになりました。
 ナアマンも、もしかしたら部下の言うことを聞いて1回だけは川に入ってやろうと思ったのかもしれません。7回も入るつもりはなかったかもしれません。しかし、自分に頼ることをやめたことで、何かわからないけれども何となく心地良いものを感じて、2回、3回と続けて入り、そうして段々と神様に対して心が開かれて行きました。そして7回目に川に入った時にナアマンの体は元どおりになって幼子のからだのようになり、きよくなりました。
 きょうの説教のタイトルは、『ナアマンは何を脱ぎ捨てたのか』です。ナアマンはプライドを投げ捨て、自分の力に頼ろうとする思いを脱ぎ捨てました。そうしてナアマンは神様にゆだねることの心地良さを感じることができるようになったのだと思いました。このようにして神様に自分を委ねることができるようになったナアマンの病気を神様は癒して下さいました。

おわりに
 いま私たちの教会の会堂問題は、選択の岐路にあります。今の時点のことだけを考えるなら無理をすべきでないのかもしれません。しかし、ここ1年ほどの流れを考えるなら、神様が私たちの祈りと私たち以外の他の教会の信徒の方々と先生方の祈りに応えて下さり、この流れに乗って行くように整えて下さっているように私は感じますが、皆さんはどのように考えるでしょうか。
 神様が整えて下さったこの流れに身を任せるなら、エリヤに会ったやもめのかめの粉が尽きなかったように、またエリシャに会ったナアマンの病気が治ったように、神様は私たちに豊かな恵みを注いで下さるのだと私は思っていますが、皆さんはどのように思われるでしょうか。
 キリスト教会は、こうして神様にお委ねすることで建て挙げられ、信仰が継承されて来ました。私たちがどの方向に進んで行くべきか、それは、これまでの流れで判断すべきだと思います。そして、その流れに身を任せて行くべきだと思いますが、皆さんは、この沼津教会のこれまでの流れについて、どのようにお感じになっているでしょうか。
 私たちの一人一人が今の流れを感じることができる霊的な力を神様が与えて下さるよう、お祈りしたいと思います。
 お祈りしましょう。
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さばき合うことのないように(2015.6.3 祈り会)

2015-06-05 10:53:45 | 祈り会メッセージ
2015年6月3日祈り会メッセージ
『さばき合うことのないように』
【ローマ14:13~19】

はじめに
 前半で話したように、これまで私たちは随分と祈って来ましたし、それ以上に祈られて来ました。他教会の信徒の方々と先生方によって熱心に祈られて来ました。その祈りに神様は応えて既に私たちに具体的な答を示して下さっているのか、或いはまだ示して下さってはいないのか、人によって見解は違うようです。そして今日の箇所から私たちが学びたいことは、見解が異なる者たち同士で互いにさばき合うことのないようにしたいということです。

偶像に捧げた肉の問題
 ローマ14章の13節から見て行きます。

14:13 ですから、私たちは、もはや互いにさばき合うことのないようにしましょう。いや、それ以上に、兄弟にとって妨げになるもの、つまずきになるものを置かないように決心しなさい。

 パウロがローマの教会に手紙を書いた当時、信徒の間では食べ物のことでさばき合うことがあったようです。14節、

14:14 主イエスにあって、私が知り、また確信していることは、それ自体で汚れているものは何一つないということです。ただ、これは汚れていると認める人にとっては、それは汚れたものなのです。


 このローマ人の手紙には、具体的なことは書いてありませんが、パウロはここで、「それ自体で汚れているものは何一つない」と書いていますから、どうやらこれは偶像に捧げた肉が汚れているのか、汚れていないのかの問題についてのようです。
 この偶像に捧げた肉の問題について、パウロはコリント人への手紙の中でも書いています。第一コリント8章の4節から6節までを交代で読みましょう。

8:4 そういうわけで、偶像にささげた肉を食べることについてですが、私たちは、世の偶像の神は実際にはないものであること、また、唯一の神以外には神は存在しないことを知っています。
8:5 なるほど、多くの神や、多くの主があるので、神々と呼ばれるものならば、天にも地にもありますが、
(ご一緒に)
8:6 私たちには、父なる唯一の神がおられるだけで、すべてのものはこの神から出ており、私たちもこの神のために存在しているのです。また、唯一の主なるイエス・キリストがおられるだけで、すべてのものはこの主によって存在し、私たちもこの主によって存在するのです。

 パウロにとって神は唯一の神しかいませんから、偶像があったとしても、それはただの木や石や金属に過ぎません。ですから、偶像に捧げた肉も、それは木や石や金属の前に置いてあっただけですから、パウロにとっては汚れたものではありません。ですから、パウロ自身は、その肉を食べても自分が汚れることは全くないと考えていました。
 しかし、異邦人のクリスチャンの中にはイエス・キリストを信じる前には偶像になじんで来た人々がいて、そういう人々は、偶像に捧げた肉のことがどうしても気になってしまいます。そのように、偶像に捧げた肉のことを気にする人のことを、気にしない人はさばいてはいけませんとパウロは書いています。或いはまた、気にする人の側も、気にしないで食べる人のことを悪く思ってはならないとパウロは書いています。

食べ物のことで滅ぼさないでください
 ローマ人への手紙に戻ります。15節、

14:15 もし、食べ物のことで、あなたの兄弟が心を痛めているのなら、あなたはもはや愛によって行動しているのではありません。キリストが代わりに死んでくださったほどの人を、あなたの食べ物のことで、滅ぼさないでください。

 偶像に捧げた肉は汚れていないと考える人が、汚れていると考える人に対して、「あなたの信仰が弱いから、汚れているなどと考えるのです」などと言ったら、言われた人は躓いて教会から離れてしまうでしょう。そして信仰を捨ててしまうかもしれません。そうなれば、その人は滅んでしまいます。
 ですからパウロは、「キリストが代わりに死んでくださったほどの人を、あなたの食べ物のことで、滅ぼさないでください」と書きました。キリストは偶像に捧げた肉を気にする人も気にしない人も等しく救うために十字架という大きな犠牲を払いました。その大きな犠牲を、たかが食べ物ぐらいのことで無駄にしないで下さいということですね。
 16節と17節は交代で読みましょう。

14:16 ですから、あなたがたが良いとしている事がらによって、そしられないようにしなさい。
14:17 なぜなら、神の国は飲み食いのことではなく、義と平和と聖霊による喜びだからです。

さばき合ってはならない
「神の国は飲み食いのことではなく、義と平和と聖霊による喜びだからです。」会堂問題は飲み食いのことに比べれば、もう少し大きな問題かもしれません。しかし、だからと言って会堂問題のことで裁き合うようになることは、あってはならないことです。

 18節と19節も、交代で読みましょう。

14:18 このようにキリストに仕える人は、神に喜ばれ、また人々にも認められるのです。
14:19 そういうわけですから、私たちは、平和に役立つことと、お互いの霊的成長に役立つこととを追い求めましょう。

 私たちは、平和に役立つことと、お互いの霊的成長に役立つことを追い求めたいと思います。霊的成長は、神様との交わりの中で得られるものです。神様と交わりを持つことができるようになるための手段として、「お祈り」は最も有効なものの一つです。

おわりに
 会堂問題のために私たちはこれまで多くの祈りを積んで来ました。そして、他教会の信徒の皆さんと先生方によっても祈られて来ました。そのことに対して主はこれまでどのように応えて下さったのか、或いはまだ応えて下さってはいないのか、それぞれで思い巡らしてみることは、霊的成長に役立つのではないかと思います。
 今月は会堂月間です。私たちがこれまで積んで来た祈りに、主がどのように応えて来て下さったのかに思いを巡らしたいと思います。
 お祈りいたしましょう。
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6月7日礼拝プログラム

2015-06-04 13:01:53 | 礼拝プログラム
「ヨハネの永遠観」の発信教会
 インマヌエル沼津キリスト教会

6月7日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

6月 第1聖日礼拝順序

 司  会                西村兄
 奏  楽                矢崎姉

 前  奏
 讃 美 ①  聖なる 聖なる 聖なるかな    1
 交  読  詩篇84篇 全  
 使徒信条
 主の祈り
 祈  祷
 讃 美 ②  望みも消えゆくまでに    413
 讃 美 ③  御名をほめたたえる歌声より 245
 聖  書  Ⅱ列王5:8~14
 説  教  『ナアマンは何を脱ぎ捨てたのか』 小島牧師
 讃 美 ④  私の心の願い        467
 献  金
 感謝祈祷                西村姉
 頌  栄  父・子・聖霊の        271
 祝福の御言葉
 後  奏
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