インマヌエル沼津キリスト教会

Immanuel Numazu Christ Church
沼津市今沢34番地

10月1日礼拝プログラム

2017-09-29 09:13:55 | 礼拝プログラム
十字架から二千年の2033年までに平和を
 インマヌエル沼津キリスト教会

10月1日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

10月 第1聖日 礼拝順序

 司  会                小島牧師
 奏  楽                荒川姉

 前  奏
 招  詞
 讃 美 ①  主から受ける安らぎは    440
 交  読  詩篇3篇 全
 祈  祷
 主の祈り
 使徒信条
 讃 美 ②  主のために生きる      461
 証  詞                荒川姉
 讃 美 ③  望みも消えゆくまでに    413
 聖  書  使徒17:26~34
 説  教  『宇宙スケールの大きな創造主』 小島牧師
 讃 美 ④  神はひとり子を        26
 献  金
 感謝祈祷                辰仁姉
 頌  栄  父・子・聖霊の        271
 祝福の御言葉
 後  奏
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全ての時代に同時にいるイエス

2017-09-28 12:55:32 | 牧師のつぶやき
 拙著「『ヨハネの福音書』と『夕凪の街 桜の国』」では、ヨハネの時間は

 → 旧約の時代 → イエスの時代 → 使徒の時代 →

という一方通行の流れではなく

 → 旧約の時代 →
 → イエスの時代 →
 → 使徒の時代 →

という重層構造になっていることを示しました。
 イエスはこれらの全ての時代に同時に存在しています。文字だけではわかりにくかったようですので、下のような図を作ってみました。



 霊的な世界のことに図を用いるのは、自由な霊の世界のイメージの固定化につながりますから、あまり多用したくありません。しかし、図が全く無いとそれもわかりにくいと思いますから、これからも少しずつ図を考えてみたいと思います。
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「悪の支配」と「聖の支配」

2017-09-25 07:52:20 | 牧師のつぶやき
悪の支配 ← → 聖の支配
 利己的 ← → 利他的
  争い ← → 平和

 「悪の支配」が勝れば世の中は利己的な方向に向かい、争い事が増える。今の世は正にその方向に向かっている。ここから方向転換するためには、まずは今の我々が悪に支配されつつあることを自覚する必要があるだろう。
 「悪の支配」とは、要するに悪魔・悪霊の類による支配ということだ。これらは、たとえ除霊やお祓いで除去できたとしても、少し経てば再び取り憑くことだろう。それゆえ「悪の支配」から脱するためには、我々は「聖の支配」の下に置かれなければならない。
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アテネと日本の共通点(2017.9.24 礼拝)

2017-09-25 05:40:07 | 礼拝メッセージ
2017年9月24日礼拝メッセージ
『アテネと日本の共通点』
【使徒17:16~25】

はじめに
 使徒の働き17章の学びを続けます。先週は少し先回りをしてアテネでの出来事をスキップしました。パウロはアテネにしばらく滞在した後にコリントの町に移動しました。そしてコリントでテサロニケ人への手紙を書きました。先週は、このテサロニケ人への手紙を中心に学びました。
 今週は、前回スキップしたアテネの町での出来事を学ぶことにします。きょうも先ず、地図で地理を確認しておきましょう。
(地図を確認)

心に憤りを感じたパウロ
 本文に戻ります。17章の16節をお読みします。

17:16 さて、アテネでふたりを待っていたパウロは、町が偶像でいっぱいなのを見て、心に憤りを感じた。

 パウロが待っていたふたりというのは、ベレヤで分かれたシラスとテモテのことですね。アテネでパウロは二人を待っていました。このアテネには偶像がたくさんありました。偶像を見て「残念に思った」というより「憤りを感じた」のは何故か、きょうのメッセージの最後で再び取り上げたいと思います。
 次に17節、

17:17 そこでパウロは、会堂ではユダヤ人や神を敬う人たちと論じ、広場では毎日そこに居合わせた人たちと論じた。

 シラスとテモテと離れたパウロは一人でしたが、アテネで毎日人々と論じ合いました。18節、

17:18 エピクロス派とストア派の哲学者たちも幾人かいて、パウロと論じ合っていたが、その中のある者たちは、「このおしゃべりは、何を言うつもりなのか」と言い、ほかの者たちは、「彼は外国の神々を伝えているらしい」と言った。パウロがイエスと復活とを宣べ伝えたからである。

 アテネの人々にとって、パウロが説いたイエスと復活のことは目新しいことでした。そこで彼らは単純に興味を示しました。信じるとか信じないとかは関係なく、パウロが話すことに彼らは興味を示したようです。そこで19節と20節、

17:19 そこで彼らは、パウロをアレオパゴスに連れて行ってこう言った。「あなたの語っているその新しい教えがどんなものであるか、知らせていただけませんか。
17:20 私たちにとっては珍しいことを聞かせてくださるので、それがいったいどんなものか、私たちは知りたいのです。」

 アレオパゴスというのはアテネにあった小高い丘で、そこに評議所があったということです。そこには知識人たちが集っていました。21節、

17:21 アテネ人も、そこに住む外国人もみな、何か耳新しいことを話したり、聞いたりすることだけで、日を過ごしていた。

 ここの人々は働かなくても財産が十分にある高い身分の人たちでしょうか。

よく似ている日本人とアテネ人

 このアレオパゴスでパウロは人々に向かって話し始めました。22節、

17:22 そこでパウロは、アレオパゴスの真ん中に立って言った。「アテネの人たち。あらゆる点から見て、私はあなたがたを宗教心にあつい方々だと見ております。

 これはパウロのお世辞がだいぶ混じっていますね。実際のパウロは16節にあるように心に憤りを感じていました。しかし、憤りをぶつけていたのでは相手は心を閉ざしてしまいます。そのようなことは経験豊かな、パウロはしっかりとわきまえていました。続いて23節、

17:23 私が道を通りながら、あなたがたの拝むものをよく見ているうちに、『知られない神に』と刻まれた祭壇があるのを見つけました。そこで、あなたがたが知らずに拝んでいるものを、教えましょう。

 このアテネの人々の様子は、日本人の信仰とよく似ていると感じます。日本にはたくさんの神社があり、一つの神社の中であっても複数の場所に異なる神がまつられているのを良く見かけます。そして、人々はその前で手を合わせます。その場合、どんな神がまつられているのかを気にする人はほとんどいないと言って良いでしょう。ほこらがあれば、何でも良いからとにかく手を合わせて拝む、という人がほとんどでしょう(有名な神社は除く)。そんな日本人と、23節のアテネ人とは、とてもよく似ていると思います。続いて24節、
 
17:24 この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった神は、天地の主ですから、手でこしらえた宮などにはお住みになりません。

 神は宇宙を創造しましたから、宇宙スケールの大きさの方です。それゆえ、人間の手で作った宮などには住みません。

多神教の神々を礼拝した晩年のソロモン
 このパウロのことばは、ソロモンが神殿を建設した時のことばを思い起こさせます。ちょっと、そこをご一緒に読んでみたいと思います。歴代誌第二6章の18節です(旧約聖書p.741)。

6:18 それにしても、神ははたして人間とともに地の上に住まわれるでしょうか。実に、天も、天の天も、あなたをお入れすることはできません。まして、私の建てたこの宮など、なおさらのことです。

 ソロモンは、神が天地を創造した偉大な存在であり、神殿に住むようなお方ではないことを良くわかっていました。しかし一方でまた、神を礼拝して祈りを捧げる場所としての神殿の重要性も良くわかっていました。それゆえ、19節のように神に訴えました。

6:19 けれども、あなたのしもべの祈りと願いに御顔を向けてください。私の神、【主】よ。あなたのしもべが御前にささげる叫びと祈りを聞いてください。

 ソロモンは晩年には異教の神々を礼拝するようになってしまいましたが、まだ若かったこの頃は、唯一の神である主を礼拝していました。
 このように唯一の神に忠実であったソロモンが、外国人の妻たちの影響によるとは言え、どうして異教の神々を礼拝するようになってしまったのか、私はとても不思議なことに感じます。少し脱線気味ですが、その箇所もご一緒に見てみたいと思います。列王記第一11章の3節から6節までを交代で読みましょう(旧約聖書p.600)。「彼」というのはソロモンのことです。

11:3 彼には七百人の王妃としての妻と、三百人のそばめがあった。その妻たちが彼の心を転じた。
11:4 ソロモンが年をとったとき、その妻たちが彼の心をほかの神々のほうへ向けたので、彼の心は、父ダビデの心とは違って、彼の神、【主】と全く一つにはなっていなかった。
11:5 ソロモンはシドン人の神アシュタロテと、アモン人のあの忌むべきミルコムに従った。
11:6 こうしてソロモンは、【主】の目の前に悪を行い、父ダビデのようには、【主】に従い通さなかった。

 このように、ソロモンは外国の神々に心を向けるようになってしまいました。神殿を建てて唯一の神である主を礼拝していたソロモンが、このようになってしまったことはショッキングなことです。妻たちの影響とはいえ、そんなことが有り得るでしょうか。唯一の神を知らない人なら、多神教の神々を礼拝することは有り得るでしょう。しかし、唯一の神が万物を創造した偉大な神であることを知っているソロモンが、どうしてそんなことになってしまったのでしょうか。

小さい方向に心を向けさせる悪魔
 それはやはり、この背後では悪魔が働いているのかもしれません。目に見えない神よりも目に見える偶像を拝んだほうが人は平安を得やすいということがあるでしょう。悪魔は簡単にそちらのほうへ人の心を向かわせることができます。ソロモンでさえ、その餌食になってしまったようです。
 パウロがアテネの町で憤りを感じたのも、その悪魔の働きに対する憤りだったのかもしれないと、私は感じています。
 もう1ヵ節、25節をお読みします。

17:25 また、何かに不自由なことでもあるかのように、人の手によって仕えられる必要はありません。神は、すべての人に、いのちと息と万物とをお与えになった方だからです。

 唯一の神である主は、天地を創造しただけでなく、植物と動物と人を造り、命をも与えました。生命のシステムは非常に複雑ですが、驚異的に上手くできています。このような生命を創造した神様を私たちは崇めます。それは、小さな神々にはとてもできないことです。それなのに霊的な目が閉じていれば、それらの小さな神々に心を向けてしまいます。霊的な目が開かれないようにする悪魔の働きは、本当に強力な働きだと思います。
 私たちの霊的な目が開かれていれば、私たちはいつも万物を創造した宇宙スケールの神に心を向けていることができます。このことを忘れずに、いつも、この宇宙スケールの神を崇めて、礼拝していたいと思います。
 お祈りいたしましょう。

17:24 この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった神は、天地の主ですから、手でこしらえた宮などにはお住みになりません。
17:25 また、何かに不自由なことでもあるかのように、人の手によって仕えられる必要はありません。神は、すべての人に、いのちと息と万物とをお与えになった方だからです。
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大鵬と聖霊の平安 ~時間を超越した存在を感じるためのヒント~

2017-09-23 09:53:58 | 牧師のつぶやき
大鵬と聖霊の平安
~時間を超越した存在を感じるためのヒント~


1.はじめに
 新約聖書の『ヨハネの福音書』には「人間イエス」と「霊的イエス」の両方が存在します。「人間イエス」は紀元1世紀の初めの約30年間の「イエスの時代」に存在し、「霊的イエス」は「イエスの時代」の前と後の「旧約の時代」と「使徒の時代」に存在します。そして『ヨハネの福音書』の1~11章においては、これら三つの時代が同時並行で進んで行きます。すなわち『ヨハネの福音書』の時間進行は、

→ 使徒の時代 →
→ イエスの時代 →
→ 旧約の時代 →


という重層構造になっています。
 このことを私は今年の6月に出版した拙著(『ヨハネの福音書』と『夕凪の街 桜の国』 ~平和の実現に必要な「永遠」への覚醒~)で明らかにしました。しかし、目に見えない「霊的イエス」の存在を『ヨハネの福音書』から感じ取ることは容易ではないようです。
 私たちの多くは「過去→現在→未来」という一方通行の時間の流れに縛られていますから、上記の三つの時代も

→ 旧約の時代 → イエスの時代 → 使徒の時代 →


という順番で流れていると思い込んでいます。このような時間の流れに縛られているなら、時空を超越した「霊的イエス」の存在を感じることは難しいでしょう。
 そこで本稿では、「過去→現在→未来」の時間の流れから自由になって、「霊的イエス」を感じるためのヒントを提案することにします。これによって時間を超越した「父・子・聖霊」の三位一体の神との交わりを豊かに感じ、心の平安を得ていただければ幸いです。
 「過去→現在→未来」という時間に縛られている間は、心の深い平安は得られません。平安のない心が争い事を引き起こし、世界を平和から遠ざけます。世界が平和な方向に向かうために、多くの方々に時間を超越した三位一体の神との交わりを感じることができるようになっていただきたいと思います。

2.地に足が付いていては味わえない世界
 『ヨハネの福音書』の記者のヨハネは、『ヨハネの手紙第一』の冒頭で次のように書いています。

1 初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて、
2 ──このいのちが現れ、私たちはそれを見たので、そのあかしをし、あなたがたにこの永遠のいのちを伝えます。すなわち、御父とともにあって、私たちに現された永遠のいのちです。──
3 私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。(Ⅰヨハネ1:1-3)


 ヨハネは「人間イエス」と実際に出会い、何年かを共に過ごしました。その時の経験をこの手紙と福音書の読者に伝えたいと願っていました。それは、読者がヨハネたちと交わりを持つようになるためだと3節に記しています。その「交わり」とは、天の御父および御子イエス・キリストとの親交・交友です。これは霊的な世界での親交・交友です。なぜならヨハネがこの手紙を書いた紀元1世紀の末頃の時点では、もはや「人間イエス」は存在していないからです。
 これは天の神との霊的な親交・交友ですから、1世紀末の読者だけでなく21世紀の私たちも仲間に入れてもらうことができます。私たちの肉体は21世紀の現在に縛られていますが、魂は自由です。魂は「過去→現在→未来」という時間の流れには縛られないからです。
 この天の神との交わりは、地に足が付いていたのでは感じることが難しいと思います。私たちの足は21世紀の現在に縛られていますから、霊的に浮遊することで21世紀の束縛から自由にならなければなりません。
 そのために私がお勧めしたいのは、自分が鳥になって大空を飛翔する様子を思い浮かべることです。飛行機や国際宇宙ステーションのような乗り物に乗って空を飛ぶことを想像しても良いかもしれませんが、それだと少し弱い気がします。乗り物の内側にいるのでは、天の神との直接の交わりを十分には感じられないでしょう。鳥になって自分自身が自由に天を飛んだほうが、より深く神との交わりを感じることができて魂の自由を得やすいことと思います。

3.大きくなって初めてわかる神の大きな愛
 私自身が想像するのは、小さな鳥ではなくて「鵬(ほう)」という巨大な鳥です。これは紀元前4世紀頃の中国で書かれた『荘子』の冒頭に登場する鳥です。下にその冒頭部分を引用します(森三樹三郎・訳、中公文庫)

 北のはての暗い海にすんでいる魚がいる。その名を鯤(こん)という。鯤の大きさは、幾千里ともはかり知ることはできない。やがて化身して鳥となり、その名を鵬(ほう)という。鵬の背のひろさは、幾千里あるのかはかり知られぬほどである。ひとたび、ふるいたって羽ばたけば、その翼は天空にたれこめる雲と区別がつかないほどである。この鳥は、やがて大海が嵐にわきかえるとみるや、南のはての暗い海をさして移ろうとする。この南の暗い海こそ、世に天池(てんち)とよばれるものである。
 斉諧(せいかい)というのは、世にも怪奇な物語を多く知っている人間であるが、彼は次のように述べている。「鵬が南のはての海に移ろうとするときは、翼をひらいて三千里にわたる水面をうち、立ちのぼる旋風(つむじかぜ)に羽ばたきながら、九万里の高さに上昇する。こうして飛びつづけること六月、はじめて到着して憩うものである。(『荘子』逍遥遊篇より)


 天の神から見れば、私たちは米粒以下の小さな存在です。ですから私たちは本来なら神との親交・交友などを持つことなど許されない、取るに足らない存在です。そんな小さな私たちと交友を持つために神の御子は「人間イエス」となって、この世に降りて来て下さいました。
 しかし、21世紀の私たちは「人間イエス」が存在しない「使徒の時代」を生きています。私たちが小さな米粒のままでは大きな神と十分な交わりを持つことはできません。小さなままでいるなら、神の大きな愛も少ししか感じることができません。ですから、霊的な世界においては私たちの側が巨大な鳥になる必要があります。これは決して傲慢なことではありません。神の圧倒的な愛を豊かに感じるためには、どうしても必要なことです。私たちが小さな米粒のままでは、小さな池の水ほどの愛でも、大きな愛と感じてしまうでしょう。しかし神の愛は海よりも大きな愛です。その大きさを感じるためには、私たちの側が大鵬のような巨大な鳥にならなければなりません。

4.聖霊が私たちを大きくする
 ただし、いくら想像をたくましくしても、大鵬になって自由に飛ぶほどに魂を自由にすることは、なかなかできません。しかし聖霊を受けるなら、それが可能になります。聖霊は「父・子・聖霊」の三位一体の神ですから、宇宙スケールの神です。その巨大な神が私たちの内に入るなら、私たちもまた巨大になり、大鵬のようになることができます。
 さてしかし、聖霊を受けるためには「イエスが神の子キリストである」と信じる必要があります。日本人にとっては「イエスは神の子キリストである」と信じることは容易ではないかもしれません。そこで、私のケースを紹介します。私がたどった経路を通じてなら、そんなに難しいことではないと思います。
 私の場合は新約聖書の『使徒の働き』9章の、サウロ(後のパウロ)がイエスと出会った場面を実話だと信じたことが、「イエスは神の子キリストである」と信じたことになったのだと思います。その場面を引用します。

1 さてサウロは、なおも主の弟子たちに対する脅かしと殺害の意に燃えて、大祭司のところに行き、
2 ダマスコの諸会堂あての手紙を書いてくれるよう頼んだ。それは、この道の者であれば男でも女でも、見つけ次第縛り上げてエルサレムに引いて来るためであった。
3 ところが、道を進んで行って、ダマスコの近くまで来たとき、突然、天からの光が彼を巡り照らした。
4 彼は地に倒れて、「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか」という声を聞いた。
5 彼が、「主よ。あなたはどなたですか」と言うと、お答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。
6 立ち上がって、町に入りなさい。そうすれば、あなたのしなければならないことが告げられるはずです。」
7 同行していた人たちは、声は聞こえても、だれも見えないので、ものも言えずに立っていた。
8 サウロは地面から立ち上がったが、目は開いていても何も見えなかった。そこで人々は彼の手を引いて、ダマスコへ連れて行った。
9 彼は三日の間、目が見えず、また飲み食いもしなかった。(使徒9:1-9)


 この霊的なイエスとの出会いがサウロ(パウロ)の人生を180度変えました。それまでのサウロはイエス・キリストを信じる者たちを迫害していましたが、この経験の後、逆にイエス・キリストを宣べ伝える者になりました。そして私は、このことを事実として疑うことなく信じました。人の人生が劇的に変わるには、それなりの体験が必要ですから、そういうことが確かにあったのだろうと単純に信じました。それは私が霊的なイエスの存在を信じたということであり、それはつまり「イエスは神の子キリストである」ということを信じたということなのだと思います。
 私たちが「イエスは神の子キリストである」と信じるに至るには様々な経路があると思いますが、私自身がたどった経路はこのように、とても単純なものでした。ですから私個人的としてはパウロの話を信じるところから始めることを、是非お勧めしたいと思います。
 
5.時間を超越した宇宙スケールの神
 どのような経路をたどるにせよ、「イエスは神の子キリストである」と信じた者は聖霊を受けます。「父・子・聖霊」の三位一体の神は宇宙スケールの神ですから、聖霊を受けた者の魂もまた宇宙スケールの時空間の中に招き入れられます。これが、ヨハネが第一の手紙に書いた「御父および御子イエス・キリストとの交わり」です。
 神は時間を超越した存在ですから、この交わりの中に入れられるなら、私たちの魂もまた自由になります。しかし、現実には多くのクリスチャンが「過去→現在→未来」という時間の流れに依然として縛られているようです。それは、『ヨハネの福音書』の

→ 使徒の時代 →
→ イエスの時代 →
→ 旧約の時代 →


という独特の時間構造が理解されていないことからもわかります。
 時間を超越した宇宙スケールの神を豊かに感じるためには、私たちもまた大鵬のような巨大な鳥にならなければなりません。そうして魂が、

→ 旧約の時代 → イエスの時代 → 使徒の時代 →


という常識的な時間から解放されてこそ、私たちはパウロが下記の『エペソ人への手紙』の中の祈りのことばにある、キリストの大きな愛を感じることができるようになるでしょう。

16 どうか父が、その栄光の豊かさに従い、御霊により、力をもって、あなたがたの内なる人を強くしてくださいますように。
17 こうしてキリストが、あなたがたの信仰によって、あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように。また、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、
18 すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、
19 人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。(エペソ3:16-19)


6.おわりに
 『荘子』で巨大な大鵬を描いた荘子は紀元前4世紀頃の人物で、当時の中国は戦国時代の中にありました。戦乱の世にあって人々が心の平安を得られないでいる中、荘子は究極の自由の境地を追求しました。その自由な心の象徴が大鵬です。
 ヨハネが『ヨハネの福音書』を記した1世紀末の時代の人々もまた、心の平安が得られないでいました。エルサレムがローマ軍の攻撃によって滅亡し、神殿は焼失しました。これによってユダヤ人たちは散らされて故郷を失いました。クリスチャンたちもまた激しい迫害に遭って苦しんでいました。そのような時代の中にあってヨハネは時間を超越した「御父および御子イエス・キリストとの交わり」の中に人々を招き入れ、スケールの大きな三位一体の神の愛の中で心の深い平安が得られることを示しました。これは聖霊を受けることで可能になります。しかし「過去→現在→未来」の時間の流れに縛られている私たちは、たとえ聖霊を受けてもヨハネが示した宇宙スケールの神を感じにくくなっていますから、本稿では「大鵬になった自分」を想像することを勧めました。
 私たちは謙遜であることを美徳と考えますから、自分を大きく想像することには抵抗を感じる方も少なくないかもしれません。しかし、世界が平和に向かうためには、私たちの側が大きくなって宇宙スケールの三位一体の神の大きな愛を豊かに感じることが、是非とも必要だと考えます。多くの方々に、この交わりの中に加わっていただきたいと願い、祈ります。

 主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように。(Ⅱコリント13:13)
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9月24日礼拝プログラム

2017-09-22 11:08:18 | 礼拝プログラム
十字架から二千年の2033年までに平和を
 インマヌエル沼津キリスト教会

9月24日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

9月 第4聖日 礼拝順序

 司  会                中原兄
 奏  楽                荒川姉

 前  奏
 讃 美 ①  シャロンの花         55
 交  読  詩篇2篇 全
 祈  祷
 主の祈り
 使徒信条
 讃 美 ②  主と主のことばに      391
 讃 美 ③  御手の中で         405
 聖  書  使徒17:16~25
 説  教  『アテネと日本の共通点』 小島牧師
 讃 美 ④  いつも私を支え       418
 献  金
 感謝祈祷                中原姉
 頌  栄  父・子・聖霊の        271
 祝福の御言葉
 後  奏
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救霊の働きとは、どのような働きか(2017.9.20 祈り会)

2017-09-21 10:38:03 | 祈り会メッセージ
2017年9月20日祈り会メッセージ
『救霊の働きとは、どのような働きか』
【老子第48章、マタイ19:21、ガラテヤ2:20、ヨハネ4:14、ヨハネ14:26~27】

はじめに
 先週は「上善は水のごとし」という老子の言葉からメッセージを始めました。最高の善とは水のようであることで、水が高い所から低い所に流れるままに任せているように、私たちも、すべてを聖霊の導きに委ねるべきであるとう話をしました。聖書はマタイの福音書を引用しました。

マタイ6:25 だから、わたしはあなたがたに言います。自分のいのちのことで、何を食べようか、何を飲もうかと心配したり、また、からだのことで、何を着ようかと心配したりしてはいけません。いのちは食べ物よりたいせつなもの、からだは着物よりたいせつなものではありませんか。
26 空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。

 私たちも空の鳥のように自分であれこれ心配して努力するのでなく聖霊の導きに委ねていれば、天の父が養って下さるのだという話をしました。ペンテコステの日以降、イエス・キリストを信じれば誰にでも聖霊が注がれるようになりましたから、私たちはこの聖霊の導きに委ねていれば良いのです。

無であることの大切さ
 きょうもまた、老子から話を始めたいと思います。老子は「無」であることの大切さを説いています。老子第48章の最初の部分をお読みします(配布資料)。

老子第48章「学を為せば日々に益し、道を為せば日々に損ず。これを損じてまた損じ、以って無為に至る。無為にして為さざるは無し。」

 ここで老子は、学問を為すと、いろいろと余計なものが身に付いてしまうと説いています。この場合の学問とは、孔子などの儒学のことであり、その儒学を批判しているとのことです。当時、中国の国々は戦乱の中にありました。孔子はそのような戦乱の世の中にあって、どのように国を治め、民を治めるべきかを説きました。しかし、老子に言わせるなら、結局は平和にならなかったではないかということになります。そういう余計な知識を身に付けてあれこれ言うのではなく、無為になれば良いのだと説きました。「道を為せば」の説明はいずれ改めてすることにして、きょうは省略しますが、短く言えば「天の道を為せば」とも言えるでしょう。天の道を為すなら、これらの余計なものは「損ず」、すなわち減って行きます。これらを減らして減らして行けば、無為に至ります。そうして「無為」の境地に達するなら、何事もできないことはないと老子は説きました。
 この「無」の状態になることの重要性については、聖書では「金持ちの青年」の箇所が、これに相当すると言えるのではないでしょうか。

マタイ19:21 イエスは彼に言われた。「もし、あなたが完全になりたいなら、帰って、あなたの持ち物を売り払って貧しい人たちに与えなさい。そうすれば、あなたは天に宝を積むことになります。そのうえで、わたしについて来なさい。」

 このように聖書もまた、すべてを手放して「無」の状態になることを勧めています。

より大切なのは聖霊を受けること
 ただし、老子と聖書の違うところは、聖書には、その後に聖霊の注ぎがあるということです。聖霊の恵みを存分に受けるために、すべてを手放すことの大切さを聖書は説いています。
 パウロの有名なガラテヤ2:20のことばも、そのように読み取ることもできるでしょう。

ガラテヤ2:20 私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。

 私たちもまたキリストと共に十字架に付けられることでキリストと共に死に、自分を無に返すことができます。そうして、聖霊を受けるなら、聖霊に導かれて進むことができます。
 パウロはガラテヤ5章で、「御霊によって歩みなさい」(ガラテヤ5:16)と書き、御霊の実を心に結ぶことを勧めています。
 ですから私たちは、十字架の重要性を心に刻むことはもちろん重要ですが、十字架にとどまるのではなく、その後の聖霊の恵みを受けることの重要性も、しっかりと認識したいと思います。

聖霊による心の自由と平安を強調したヨハネ

 特にヨハネの福音書は、聖霊を受けることで心の自由と平安が得られることを強調している書です。ヨハネ8章31節と32節をお読みします。

 ヨハネ8:31 そこでイエスは、その信じたユダヤ人たちに言われた。「もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。
32 そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」

 ヨハネの福音書のイエスさまは時間を超越していますから、これはペンテコステの日以降の者たちに対することばと取ることができます。すなわちイエスさまを信じるなら聖霊を受けて、聖霊を受けてイエス・キリストのことばにとどまるなら、その者はイエスの弟子であり、その者たちは真理を知り、真理はその者たちを自由にします。
 そうしてまた、聖霊を受けた者は、心の平安を得ることができます。

ヨハネ14:26 しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。
27 わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。

 このように、聖霊を受けることで得られる心の平安は素晴らしいものです。「救霊の働き」とは、このような聖霊を受けることによって得られる心の自由と平安を存分に味わってもらうことであろうと思います。

おわりに
 しかし、現状では、なかなかイエスさまを信じてもらうには至らず、イエスさまを信じても聖霊の恵みを感じるところまでには、なかなか至りません。私としては聖霊を受けることの恵みを是非とも多くの方々と分かち合いたいところですが、なかなかそこまでは行きませんから、まずは無の境地を目指すことを勧めることから始めるのも良いかもしれないと考えています。
 様々に考えながら、救霊の働きに取り組んで行きたいと思います。
 お祈りいたしましょう。
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「無為無欲+聖霊の導き」の勧め

2017-09-18 08:05:12 | 牧師のつぶやき
 為学日益、為道日損。損之又損、以至於無為。無為而無不為。
 取天下、常以無事。及其有事、不足以取天下。(老子第48章)

 学を為せば日々に益し、道を為せば日々に損ず。これを損じてまた損じ、以って無為に至る。無為にして為さざるは無し。
 天下を取るは、常に無事を以てす。其の事有るに及んでは、以て天下を取るに足らず。

【私訳】
 学問を行うと我欲我執が日々に増し、道を為せば日々に少なくなる。我欲我執を減らし減らして無為に至る。無為無欲になればできないことはない。
 天下を取るには心が無の状態でなければならない。心の中に何か有るようでは天下は取れない。

 私たちは天下を取ることまでは考えていませんが、いずれにしても我欲我執に囚われていては、何事も為すことはできません。しかし、心を無の状態にすることは危険を伴うことでもあります。もし悪霊に憑かれてしまったら最悪です。
 ルカの福音書には、次のような記述があります。

24 「汚れた霊が人から出て行って、水のない所をさまよいながら、休み場を捜します。一つも見つからないので、『出て来た自分の家に帰ろう』と言います。
25 帰って見ると、家は、掃除をしてきちんとかたづいていました。
26 そこで、出かけて行って、自分よりも悪いほかの霊を七つ連れて来て、みな入り込んでそこに住みつくのです。そうなると、その人の後の状態は、初めよりもさらに悪くなります。」(ルカ11:24-26)

 このことから、単に無為無欲であれば良いわけではないことがわかります。心を正しく導く聖霊(御霊)で満たされる必要があります。無為の状態に聖霊を受けることで、その人は正しい方向に導かれます。

16 私は言います。御霊によって歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。
17 なぜなら、肉の願うことは御霊に逆らい、御霊は肉に逆らうからです。この二つは互いに対立していて、そのためあなたがたは、自分のしたいと思うことをすることができないのです。
18 しかし、御霊によって導かれるなら、あなたがたは律法の下にはいません。
19 肉の行いは明白であって、次のようなものです。不品行、汚れ、好色、
20 偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、
21 ねたみ、酩酊、遊興、そういった類のものです。前にもあらかじめ言ったように、私は今もあなたがたにあらかじめ言っておきます。こんなことをしている者たちが神の国を相続することはありません。
22 しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、
23 柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。
24 キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。
25 もし私たちが御霊によって生きるのなら、御霊に導かれて、進もうではありませんか。(ガラテヤ5:16-25)
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テサロニケ教会の苦難と信仰(2017.9.17 礼拝)

2017-09-17 16:54:10 | 礼拝メッセージ
2017年9月17日礼拝メッセージ
『テサロニケ教会の苦難と信仰』
【使徒17:13~15、Ⅰテサロニケ2:17~3:7】

はじめに

 きょうのメッセージのタイトルは、「テサロニケ教会の苦難と信仰」です。使徒の働きを読んでいただけではわからないテサロニケ教会の苦難と信仰を、パウロが書いたテサロニケ人への手紙を参考にしながら、ご一緒に学んでみたいと思います。

テサロニケからベレヤに移動したパウロたち
 まず使徒の働きでパウロたちの動きを見ておきたいと思います。使徒の働き16章ではパウロたちはピリピの町にいました。そして17章の1節でテサロニケに移動しました。そして4節にあるようにテサロニケの会堂でパウロの話を聞いたユダヤ人のうちの幾人かはよくわかってパウロとシラスに従い、さらに異邦人のギリシヤ人たちも信仰に入りました。
 ところが、このことでねたみにかられたテサロニケのユダヤ人たちが暴動で町を騒がせたために、パウロたちはベレヤに移動しました。10節です。

17:10 兄弟たちは、すぐさま、夜のうちにパウロとシラスをベレヤへ送り出した。ふたりはそこに着くと、ユダヤ人の会堂に入って行った。

 そして11節と12節、

17:11 ここのユダヤ人は、テサロニケにいる者たちよりも良い人たちで、非常に熱心にみことばを聞き、はたしてそのとおりかどうかと毎日聖書を調べた。
17:12 そのため、彼らのうちの多くの者が信仰に入った。その中にはギリシヤの貴婦人や男子も少なくなかった。

 ここまでを先週は学びました。きょうは13節からです。

ベレヤでも騒動を起こしたテサロニケのユダヤ人たち

 13節から15節までを交代で読みましょう。

17:13 ところが、テサロニケのユダヤ人たちは、パウロがベレヤでも神のことばを伝えていることを知り、ここにもやって来て、群衆を扇動して騒ぎを起こした。
17:14 そこで兄弟たちは、ただちにパウロを送り出して海べまで行かせたが、シラスとテモテはベレヤに踏みとどまった。
17:15 パウロを案内した人たちは、彼をアテネまで連れて行った。そしてシラスとテモテに一刻も早く来るように、という命令を受けて、帰って行った。

 13節に、テサロニケのユダヤ人たちがベレヤにも来て騒ぎを起こしたとあります。後ろの地図で見るとテサロニケとベレヤの距離はだいたい100kmぐらいでしょうか。100kmというとJR東海道線の駅で言うなら、西に向かっては沼津駅から掛川駅ぐらいの距離です。東方面ですと沼津駅から横浜駅ぐらいまでです。これだけの距離を移動してパウロたちの伝道を邪魔したのですから、テサロニケのユダヤ人たちは随分としつこいですね。
 これだけ迫害に熱心な人たちがいるということは、パウロが離れた後のテサロニケの教会も迫害を受けていたということになります。パウロはこのテサロニケの教会の人々の信仰を心配してテサロニケ人への手紙をコリントの町で書きました。
 使徒の働きで、もう少しパウロの足取りを見ておくことにします。15節でパウロはベレヤからアテネに移動しました。そして、18章の1節でアテネからコリントに移動しました。そして、このコリントにおいてベレヤで別れたままになっていたシラスとテモテと再会することができました。18章の5節です。

18:5 そして、シラスとテモテがマケドニヤから下って来ると、パウロはみことばを教えることに専念し、イエスがキリストであることを、ユダヤ人たちにはっきりと宣言した。

 ベレヤに残ったテモテは、パウロと離れた後でテサロニケに戻って、テサロニケ教会の人々とも会い、その様子をコリントのパウロに伝えたことがテサロニケ人への手紙に書かれています。手紙を読む前に、ここで改めて地図を見ておきたいと思います。パウロはテサロニケ人への手紙をコリントで書きました。
(地図)

ねたみにかられたテサロニケのユダヤ人たち

 では、テサロニケ人への手紙第一の2章から3章に掛けてを、ご一緒に見ることにしましょう。2章の17節と18節をお読みします。

2:17 兄弟たちよ。私たちは、しばらくの間あなたがたから引き離されたので──といっても、顔を見ないだけで、心においてではありませんが、──なおさらのこと、あなたがたの顔を見たいと切に願っていました。
2:18 それで私たちは、あなたがたのところに行こうとしました。このパウロは一度ならず二度までも心を決めたのです。しかし、サタンが私たちを妨げました。

 先ほど地図で見たようにパウロはテサロニケからベレヤ、ベレヤからアテネ、アテネからコリントへとテサロニケからどんどん離れて行きましたが、やはりテサロニケのことが心配で戻りたいと願っていたのですね。
 16章でピリピの町での出来事を学びましたが、ピリピでパウロたちが捕らえられたのは、占いで金を稼いでいた主人たちが、もはや儲ける望みがなくなったことに怒ったからでした。しかし、テサロニケのユダヤ人たちの場合には、ねたみにかられて騒ぎを起こしました。このねたみの感情とは、非常にやっかいなもののようです。旧約聖書にもありますね。カインは弟のアベルをねたんで殺してしまいました。或いはまた、イスラエルの初代の王のサウルはダビデの人気をねたんで、ダビデを殺そうとしました。アブラハムの妻のサラも、女奴隷のハガルへのねたみの感情を抑えることができませんでした。サラの場合はハガルを殺しはしませんでしたが、彼女を追い出してしまいました。ねたみの感情は、本当にやっかいだと思います。

テサロニケの教会を心配したパウロたち
 テサロニケのユダヤ人たちもねたみにかられて、パウロたちをベレヤまで熱心に追い掛けて来ました。そしてテサロニケの教会の人々に対しても迫害をやめませんでした。それでパウロはテサロニケの教会の人々が迫害に屈して、主イエスの再臨の前に信仰から離れてしまうことを心配して、励ます必要を感じていました。19節と20節、

2:19 私たちの主イエスが再び来られるとき、御前で私たちの望み、喜び、誇りの冠となるのはだれでしょう。あなたがたではありませんか。
2:20 あなたがたこそ私たちの誉れであり、また喜びなのです。

 主イエスの再臨の時までテサロニケの人々に何とか信仰に留まっていて欲しいとパウロは願っていました。続いて3章1節、

3:1 そこで、私たちはもはやがまんできなくなり、私たちだけがアテネにとどまることにして、
3:2 私たちの兄弟であり、キリストの福音において神の同労者であるテモテを遣わしたのです。それは、あなたがたの信仰についてあなたがたを強め励まし、
3:3 このような苦難の中にあっても、動揺する者がひとりもないようにするためでした。あなたがた自身が知っているとおり、私たちはこのような苦難に会うように定められているのです。

 こうしてパウロはテサロニケの人々の信仰を強め励ますためにテモテを遣わしました。4節と5節、

3:4 あなたがたのところにいたとき、私たちは苦難に会うようになる、と前もって言っておいたのですが、それが、ご承知のとおり、はたして事実となったのです。
3:5 そういうわけで、私も、あれ以上はがまんができず、また誘惑者があなたがたを誘惑して、私たちの労苦がむだになるようなことがあってはいけないと思って、あなたがたの信仰を知るために、彼を遣わしたのです。

信仰から離れなかったテサロニケ人たち
 そうしてパウロとテモテはしばらく離れていましたが、コリントでまた会い、パウロはテモテからテサロニケ教会の人々の様子を聞くことができました。

3:6 ところが、今テモテがあなたがたのところから私たちのもとに帰って来て、あなたがたの信仰と愛について良い知らせをもたらしてくれました。また、あなたがたが、いつも私たちのことを親切に考えていて、私たちがあなたがたに会いたいと思うように、あなたがたも、しきりに私たちに会いたがっていることを、知らせてくれました。

 テサロニケの人々は信仰から離れることなく、しかもパウロたちに会いたがっているということでした。これはパウロにとって本当にうれしいことだったと思います。7節、

3:7 このようなわけで、兄弟たち。私たちはあらゆる苦しみと患難のうちにも、あなたがたのことでは、その信仰によって、慰めを受けました。

 パウロがテサロニケにいた期間は、わずか3週間程度のことでしたが、この短い期間でも信頼関係がしっかりと構築されていました。これはすごいことだなと思います。それは御霊による一致が保たれていたからなのだと思います。御霊によって主イエス・キリストと一つにされるなら、離れていても霊的にはつながっています。パウロがこの手紙で2章17節のことばを書いたのも、このことの表れです。2章17節をご一緒に読みましょう。

2:17 兄弟たちよ。私たちは、しばらくの間あなたがたから引き離されたので──といっても、顔を見ないだけで、心においてではありませんが、──なおさらのこと、あなたがたの顔を見たいと切に願っていました。

 パウロとテサロニケ教会の人々は離れてはいましたが、心においては離れていませんでした。

テサロニケ第一5章を深く味わう
 さて、このテサロニケ人への手紙第一と言えば、何と言っても5章の16節、17節、18節が有名ですね。5章の16節から18節までを交代で読みましょう。

5:16 いつも喜んでいなさい。
5:17 絶えず祈りなさい。
5:18 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

 この箇所は、だいたいこの3つの節だけを抜き出して味わうことが多いと思います。しかし、きょうは使徒の働きとこの手紙の2章の3章も読んで、パウロとテサロニケの教会の人々との間に強い信頼関係ができていたことを学びましたから、この3つの節もいっそう深く味わえることと思います。そこで、もう少し前の12節から18節までを味わいながら交代で読んで、メッセージを閉じることにしたいと思います。5章の12節から18節までを交代で読みます。

5:12 兄弟たちよ。あなたがたにお願いします。あなたがたの間で労苦し、主にあってあなたがたを指導し、訓戒している人々を認めなさい。
5:13 その務めのゆえに、愛をもって深い尊敬を払いなさい。お互いの間に平和を保ちなさい。
5:14 兄弟たち。あなたがたに勧告します。気ままな者を戒め、小心な者を励まし、弱い者を助け、すべての人に対して寛容でありなさい。
5:15 だれも悪をもって悪に報いないように気をつけ、お互いの間で、またすべての人に対して、いつも善を行うよう務めなさい。
5:16 いつも喜んでいなさい。
5:17 絶えず祈りなさい。
5:18 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

 私たちの教会もまた、このような教会でありたいと思います。
 お祈りいたしましょう。
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上善は水のごとし(2017.9.13 祈り会)

2017-09-15 09:52:27 | 祈り会メッセージ
2017年9月13日祈り会メッセージ
「上善は水のごとし」
【マタイ6:25~28】

25 だから、わたしはあなたがたに言います。自分のいのちのことで、何を食べようか、何を飲もうかと心配したり、また、からだのことで、何を着ようかと心配したりしてはいけません。いのちは食べ物よりたいせつなもの、からだは着物よりたいせつなものではありませんか。
26 空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。
27 あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。
28 なぜ着物のことで心配するのですか。野のゆりがどうして育つのか、よくわきまえなさい。働きもせず、紡ぎもしません。


はじめに
 きょうのメッセージのタイトルは「上善は水のごとし」です。これは中国の老子の有名な言葉ですが、日本人にとっては日本酒の銘柄の名前としてのほうが知られているかもしれません。
 老子が紀元前何世紀ぐらいの人物かは、はっきりしていないようです。『史記』を書いた司馬遷は老子を紀元前6世紀の人物であると書いているそうですが、他にも紀元前4世紀頃の荘子と同じ時代の人物であるとか、老子は実在しなかったなどという説まであるそうです。いずれにしても『史記』の司馬遷が紀元前100年前後の人物ですから、『老子』は紀元前2世紀以前に書かれた書であることは間違いありません。

上善は水のごとし
 さて、「上善は水のごとし」の「じょうぜん」は「上の善」と書き、「最高の善」という意味です。最高の善の生き方は、水が上から下に向かって流れるごとく、自然に逆らわない生き方だということです。
 私たちは、ワンランク上の生活を目指すように常に強いられています。最近私の車は車検を済ませましたが、最初の登録から15年を経た車ですから、車検をするごとに重量税が上がります。それは10年以上の車のユーザーは早く新しい車に買い替えなさいという国からのメッセージです。電気製品が故障したら、部品交換して古い製品を使い続けるよりも新しい製品を買うことが推奨されます。パソコンのOSもどんどんバージョンアップして行き、古いバージョンのサポートが打ち切られて行きますから、ユーザーはバージョンアップを強いられます。そしてパソコンも高性能のものに買い替えなければならなくなります。企業は新しい製品を開発して売らなければ経営が成り立たず、国も国民が新しい物を次々に買って消費しなければ経済が回って行かないのかもしれませんが、そういう生活は「上善は水のごとし」とは逆行しています。エネルギーを使って水を一生懸命に上に揚げる生活を続ける中で私たちは疲弊し、私たちの魂も蝕まれて行きます。
 ここで、『老子』の「上善は水のごとし」の口語訳の後の文を、もう少し紹介します(金谷治訳、講談社学術文庫)。

「最高のまことの善とは、たとえば水のはたらきのようなものである。水は万物の生長をりっぱに助けて、しかも競い争うことがなく、多くの人がさげすむ低い場所にとどまっている。そこで、「道」のはたらきにも近いのだ。・・・・・・すべて、水を模範として争わないでいるのが、善いのだ。そもそも、競い争うようなことをしないからこそ、まちがいもないのだ。」




 このように老子は、「すべて、水を模範として争わないでいるのが、善いのだ。そもそも、競い争うようなことをしないからこそ、まちがいもないのだ。」と説いています。

水に逆らう生活で疲弊する心
 争いや競い合いの中で生きて行くことは非常に疲れることで、このような生活の中では心の平安を得ることはできません。
 9年前までの私は大学の教員をしていました。大学では様々なことで様々な相手と競い合うことを強いられましたから、いま思い返すと心が休まらない生活でした。9年前に大学を辞めた時、もうこれからはこういう競争社会の中で生きなくても良いのだということに気付いて、心の底から安堵感を覚えました。私は大学での競争に疲れを感じたから辞めたわけではなく、神学校入学へ導かれる中で辞めましたから、いよいよ大学を辞めるという時までは自分が競争社会の中にどっぷりと浸かっていたことに気付いていませんでした。それほど競争社会の中に浸りきっていました。しかし退職の日に、たくさんの先生方や事務方の方々への挨拶回りを終えて大学の門を出た後で心の底から解放感を感じ、その時に初めて自分が競争社会の中にいて疲弊していたのだということに気付かされました。
 ですから、私たちが心の平安を得るためには「上善は水のごとし」の生活をすれば良いのですね。ただし社会全体が上を目指すことを強いる中で「水を模範とする」こともまた、難しいと言えるでしょう。しかしイエス・キリストを信じて聖霊を受けるなら、聖霊が最善の方向へと導いて下さいます。

天の父がすべてを養う
 きょう最初にご一緒に読んだマタイ6章の箇所は、このような聖霊に導かれる生き方のことだと言ってよいでしょう。25節、

25 だから、わたしはあなたがたに言います。自分のいのちのことで、何を食べようか、何を飲もうかと心配したり、また、からだのことで、何を着ようかと心配したりしてはいけません。いのちは食べ物よりたいせつなもの、からだは着物よりたいせつなものではありませんか。


 人間的な知恵であれこれ考えることをせず、聖霊の語り掛けに耳を澄ませて導きに従うなら、様々な心配事から解放されます。26節、

26 空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。

 鳥たちは人間のような知恵を働かせることなく自然のままに暮らしています。天の父が養って下さいますから、ただ委ねていれば良いのです。27節、

27 あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。

 私たちの命に関することは神様の領域のことです。神様の領域のことを人間が心配しても仕方のないことです。28節、

28 なぜ着物のことで心配するのですか。野のゆりがどうして育つのか、よくわきまえなさい。働きもせず、紡ぎもしません。

 今沢の海岸では8月の後半にたくさんのユリの花が咲いていました。この季節になると決まって咲いて、海岸沿いを散歩したりジョギングしたりする私たちの目を楽しませてくれます。そのユリたちは知恵を働かせて一生懸命に咲いているのではありません。神様が養って下さっていて、ユリたちはあるがままにしているだけで、自然ときれいな花が咲きます。

相性が良い聖書と老荘思想
 私たちも余計な知恵を働かせなくても、ただ自然のままにして聖霊に導かれていれば、天の父が私たちを養って下さいます。ただし自然のままにすると言っても、どうしたら良いか戸惑う面もあるでしょう。そんな時に老子の「上善は水のごとし」がとても参考になると思います。
 老子と荘子の老荘思想は、聖書の教えととても相性が良いと感じます。紀元前に書かれた『老子』と『荘子』は、まるでペンテコステ以降の聖霊の時代への準備を整えるために書かれたのではないかと思ってしまうほどに相性が良く、相互補完的な関係にあるとすら思います。老荘思想だけでは心の平安は得られません。なぜなら、実際に「上善は水のごとし」のような生活をすることは至難の業だからです。しかし聖霊の助けがあるなら可能になります。或いはまた、聖霊を受けてもイエスの教えはわかりにくい面がありますから、どんな風に生きたら良いか戸惑うこともしばしばです。そんな時に『老子』と『荘子』に聖霊を補って考えるなら、だいぶわかりやすくなります。たとえば「上善は水のごとし」の「水」を「聖霊の導き」に置き換えるとイエスの教えが理解しやすくなります。

東洋の心の初心に帰ろう
 キリスト教は欧米の宣教師によって日本にもたらされましたから、日本のキリスト教には西洋風の味付けがされています。しかし老荘思想との相性の良さを見るなら、キリスト教はアジアで生まれたものだと改めて感じます。
 明治の日本では武家で育ったクリスチャンたちが儒教とキリスト教との間に共通点を見出す傾向があったと思います。しかし私は堅苦しさがある儒教よりも心の自由を追求する老荘思想の方が、キリスト教との相性が遥かに良いと考えます。スケールの大きさ、逆説的なものの見方、作為を排して無為であることを善とする点、永遠の中での心の自由を尊ぶ点などにおいて相性は抜群です。心の自由は聖霊を受けることで獲得できます。
 いま東アジアは、北朝鮮の核兵器の開発を巡って、緊張状態の中にあります。北朝鮮は「上善は水のごとし」とは逆行する方向の動きを強めていますから、緊張はどんどん高まっています。各国は、最高の善は低い方へ流れる水を模範として争わないことであると説いた老子と、聖霊に導かれて神に委ねた生活をすることを説いた聖書を生んだ東洋の心の初心に帰り、東アジアの緊張を和らげてほしいと思います。
 平和を願い、祈りつつ、これからも祈り会では老荘思想と聖書との相性の良さについて学んで行きたいと思います。
 お祈りいたしましょう。
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9月17日 謝恩日聖日礼拝プログラム

2017-09-15 09:45:09 | 礼拝プログラム
十字架から二千年の2033年までに平和を
 インマヌエル沼津キリスト教会

9月17日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

9月 謝恩日聖日 礼拝順序

 司  会                小島牧師
 奏  楽                荒川姉

 前  奏
 招  詞
 讃 美 ①  威光・尊厳・栄誉      253
 交  読  詩篇1篇 全
 祈  祷
 主の祈り
 使徒信条
 讃 美 ②  御前につどい        251
 讃 美 ③  恵みにあふれる祈りのひと時 373
 聖  書  使徒17:13~15、Ⅰテサロニケ2:17~3:7
 説  教  『テサロニケ教会の苦難と信仰』 小島牧師
 讃 美 ④  目を上げて主のみ顔を    415
 献  金
 感謝祈祷                中原姉
 頌  栄  父・子・聖霊の        271
 祝福の御言葉
 後  奏
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テサロニケとベレヤの好対照(2017.9.10 礼拝)

2017-09-11 15:11:32 | 礼拝メッセージ
2017年9月10日礼拝メッセージ
『テサロニケとベレヤの好対照』
【使徒17:1~12】

はじめに
 きょうから使徒17章の学びに入って行きます。
 始めに地図を見ておきましょう。パウロたちは16章まではピリピの町にいました。そして17章に入ってテサロニケに行き、さらにベレヤに移動しました。きょうは、このテサロニケとベレヤの二つの町での出来事を見ます。

テサロニケへ移動したパウロたち
 17章の1節と2節までをお読みします。

17:1 彼らはアムピポリスとアポロニヤを通って、テサロニケへ行った。そこには、ユダヤ人の会堂があった。
17:2 パウロはいつもしているように、会堂に入って行って、三つの安息日にわたり、聖書に基づいて彼らと論じた。

 この17章は、「彼らは」で始まります。従って、ピリピには同行していた記者のルカが、このテサロニケには同行しなかったことがわかります。テサロニケに入ったパウロとシラスたちは、いつもしているようにユダヤ人の会堂に入って行って、聖書に基づいて会堂に集っている人たちと論じました。
 続いて3節と4節、

17:3 そして、キリストは苦しみを受け、死者の中からよみがえらなければならないことを説明し、また論証して、「私があなたがたに伝えているこのイエスこそ、キリストなのです」と言った。
17:4 彼らのうちの幾人かはよくわかって、パウロとシラスに従った。またほかに、神を敬うギリシヤ人が大ぜいおり、貴婦人たちも少なくなかった。

 4節にあるようにパウロとシラスに従う者たちがいました。こうしてテサロニケにも教会が形成されました。ここでテサロニケ人への手紙第一をご一緒に読みましょう。

1:1 パウロ、シルワノ、テモテから、父なる神および主イエス・キリストにあるテサロニケ人の教会へ。恵みと平安があなたがたの上にありますように。

 シルワノというのはシラスのことです。テモテはこの第二次伝道旅行に始めからずっと同行していました。続いて、2章の1節と2節を交代で読みましょう。

2:1 兄弟たち。あなたがたが知っているとおり、私たちがあなたがたのところに行ったことは、むだではありませんでした。
2:2 ご承知のように、私たちはまずピリピで苦しみに会い、はずかしめを受けたのですが、私たちの神によって、激しい苦闘の中でも大胆に神の福音をあなたがたに語りました。

 パウロたちは、まずピリピで苦しみに会い、はずかしめを受けました。これは先週学んだ箇所のことですね。パウロは、占いの霊に憑かれた女から、その霊を追い出しました。それで女の主人たちは占いによってお金を儲ける望みがなくなったのに怒ってパウロとシラスを役人たちに訴えました。それで二人はムチに打たれて牢屋に入れられてしまいました。

テサロニケのユダヤ人たちが起こした騒動
 パウロがこのテサロニケ人への手紙の中でピリピでの苦しみに言及したのは、テサロニケでもまた大変な目に遭ったからであると思われます。使徒の働き17章に戻ります。テサロニケの町でパウロの話を聞いた人がイエスを信じる信仰に入ったことは、ユダヤ人のねたみを引き起こしました。5節と6節をお読みします。

17:5 ところが、ねたみにかられたユダヤ人は、町のならず者をかり集め、暴動を起こして町を騒がせ、またヤソンの家を襲い、ふたりを人々の前に引き出そうとして捜した。
17:6 しかし、見つからないので、ヤソンと兄弟たちの幾人かを、町の役人たちのところへひっぱって行き、大声でこう言った。「世界中を騒がせて来た者たちが、ここにも入り込んでいます。

 ねたみにかられたユダヤ人は町のならず者をかり集めて暴動を起こしたとありますから、神を敬う人ではありませんでした。このような者たちは、そもそもパウロの言葉に耳を傾けようという気はありません。このような態度は、後で見るベレヤの町の人々とはまったく異なります。
 彼らはヤソンの家を襲いました。ヤソンという人物の詳細はわかりませんが、テサロニケにいた者でした。そして、大声でこう言いました。「世界中を騒がせて来た者たちが、ここにも入り込んでいます」
 こうして見ると、この騒ぎを起こした者たちは、かつてのパウロと同じようにも見えます。パウロがまだサウロと呼ばれていた時、同じようにキリスト者を捕らえて、ひどい目に遭わせていました。ただし7節以降を見るとサウロとは違うように見えます。

17:7 それをヤソンが家に迎え入れたのです。彼らはみな、イエスという別の王がいると言って、カイザルの詔勅にそむく行いをしているのです。」

 サウロの場合はカイザルの権威を持ち出すことはなかったはずです。サウロは自身の聖書の理解に基づいてイエスの弟子たちを迫害していました。しかし、このテサロニケで騒ぎを起こしたユダヤ人は聖書からは離れていたことが伺えます。それは次のことからもわかります。
 続いて8節と9節、

17:8 こうして、それを聞いた群衆と町の役人たちとを不安に陥れた。
17:9 彼らは、ヤソンとそのほかの者たちから保証金を取ったうえで釈放した。

 彼らが騒ぎを起こしたのは金目当てだったようにも見えます。とにかくひどい連中でした。

信仰に入ったベレヤの人々
 さてパウロとシラスはテサロニケからベレヤに移動しました。10節、

17:10 兄弟たちは、すぐさま、夜のうちにパウロとシラスをベレヤへ送り出した。ふたりはそこに着くと、ユダヤ人の会堂に入って行った。

 ここでもまたパウロとシラスはユダヤ人の会堂に行きました。11節と12節、

17:11 ここのユダヤ人は、テサロニケにいる者たちよりも良い人たちで、非常に熱心にみことばを聞き、はたしてそのとおりかどうかと毎日聖書を調べた。
17:12 そのため、彼らのうちの多くの者が信仰に入った。その中にはギリシヤの貴婦人や男子も少なくなかった。

 この11節と12節の記述は興味深いですね。ベレヤのユダヤ人はテサロニケのユダヤ人とはまったく異なり、非常に熱心にみことばを聞き、さらに聖書を調べてパウロの言うことがその通りなのかを調べました。そうして多くの者が信仰に入りました。
 きょう見たテサロニケのユダヤ人とベレヤのユダヤ人の違いは、信仰のあるべき姿を分かりやすく示していると思います。テサロニケのユダヤ人はパウロのことばに耳を傾けもせず聖書を調べもせず、ただ単に騒ぎを起こして、しかも金まで得ました。一方のベレヤの人はみことばに耳を傾け、聖書を調べました。ここから神との対話が始まります。ベレヤ人たちは神と対話し、神の招きに応じました。信仰とは、神の招きに応ずることだとも言えます。
 ヨハネの福音書のイエスさまの第一声は「あなたがたは何を求めているのですか」(ヨハネ1:38)であり、第二声は「来なさい。そうすればわかります」(ヨハネ1:39)だということを、これまで繰り返し話して来ました。イエスさまの招きの言葉に応答するものが信仰に導かれます。ベレヤ人たちは、このようにイエスさまの招きに応じました。
 このベレヤの町の人々には、霊的な事への餓え渇きがあったのだろうと思います。何か心に満たされない空しさがあり、その空しさを埋めてくれるものを求めていたのではないかと思います。

おわりに
 先週の水曜日の祈祷会では旧約聖書の伝道者の書を開きました。最後に、きょうも伝道者の書の1章をご一緒に読みたいと思います(旧約聖書p.1102)。1節から9節までを交代で読みましょう。

1:1 エルサレムでの王、ダビデの子、伝道者のことば。
1:2 空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空。
1:3 日の下で、どんなに労苦しても、それが人に何の益になろう。
1:4 一つの時代は去り、次の時代が来る。しかし地はいつまでも変わらない。
1:5 日は上り、日は沈み、またもとの上る所に帰って行く。
1:6 風は南に吹き、巡って北に吹く。巡り巡って風は吹く。しかし、その巡る道に風は帰る。
1:7 川はみな海に流れ込むが、海は満ちることがない。川は流れ込む所に、また流れる。
1:8 すべての事はものうい。人は語ることさえできない。目は見て飽きることもなく、耳は聞いて満ち足りることもない。
1:9 昔あったものは、これからもあり、昔起こったことは、これからも起こる。日の下には新しいものは一つもない。

 旧約の時代には、聖霊が一部の預言者たちにしか注がれませんでした。聖霊を受けていなければ心に空しさが生じるのは仕方のないことです。聖霊だけが私たちの心の空しさを埋めてくれます。
 ベレヤの町の人々は、きっと伝道者の書の記者のような心の空しさを感じていたのだと思います。それゆえパウロが語るみことばに耳を傾け、聖書を調べ、そうしてイエス・キリストを信じて聖霊を受けることができたのだと思います。
 私たちの周囲にも、心の空しさを抱えたままで日々を過ごしている方々がたくさんいます。これらの人々に福音を宣べ伝えて、聖霊を受けることができるように導いて差し上げたいと思います。そのような働きができますように、お祈りいたしましょう。

17:11 ここのユダヤ人は、テサロニケにいる者たちよりも良い人たちで、非常に熱心にみことばを聞き、はたしてそのとおりかどうかと毎日聖書を調べた。
17:12 そのため、彼らのうちの多くの者が信仰に入った。その中にはギリシヤの貴婦人や男子も少なくなかった。
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仏教とキリスト教は心の空しさとどう向き合って来たか(2017.9.6 祈り会)

2017-09-08 09:53:17 | 祈り会メッセージ
2017年9月6日祈り会メッセージ
『仏教とキリスト教は心の空しさとどう向き合って来たか』
【伝道者の書1:1~9、4:1~4】

【伝道者の書1:1~9】
1:1 エルサレムでの王、ダビデの子、伝道者のことば。
1:2 空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空。
1:3 日の下で、どんなに労苦しても、それが人に何の益になろう。
1:4 一つの時代は去り、次の時代が来る。しかし地はいつまでも変わらない。
1:5 日は上り、日は沈み、またもとの上る所に帰って行く。
1:6 風は南に吹き、巡って北に吹く。巡り巡って風は吹く。しかし、その巡る道に風は帰る。
1:7 川はみな海に流れ込むが、海は満ちることがない。川は流れ込む所に、また流れる。
1:8 すべての事はものうい。人は語ることさえできない。目は見て飽きることもなく、耳は聞いて満ち足りることもない。
1:9 昔あったものは、これからもあり、昔起こったことは、これからも起こる。日の下には新しいものは一つもない。

 先週、私は水・木・金と大阪に行って来ました。この三日間、私はこれからの伝道方法について、あれこれ考えていました。そうして戻って来てから土・日・月・火とまた考えて、新しい方向が少し見えて来たような気がしますので、きょうはそのお話をします。きょうのメッセージのタイトルは少し長いですが、「仏教とキリスト教は心の空しさとどう向き合って来たか」です。
 今ご一緒に読んだ『伝道者の書』の記者は、どうしようもない心の空しさを抱えていました。旧約聖書の時代には、人々にはまだ永遠の命や復活への希望は明確には伝えられていませんでした。また、聖霊も限られた預言者たちにしか注がれていませんでしたから、神を身近に感じることは難しいことでした。エルサレムの神殿で礼拝する時には神を身近に感じたことと思いますが、神殿の外に出ると、どうだったでしょうか。神と共に歩むことは容易ではなかったと思います。聖書の神とは違う他の神々の偶像礼拝が行われていたのも、偶像は身近に置いておくことができますから、それによって心の平安を感じることができたからかもしれません。
 しかし、その状況はイエス・キリストが十字架に掛かって死んだ後に復活した新約の時代になってからは一変しました。イエスを神の子キリストと信じた者には誰でも聖霊が注がれるようになりましたから、聖霊によって神様をとても身近に感じることができるようになりました。それゆえ聖霊を受けた者は、もはや心の空しさを感じることはありません。ただし聖霊への理解はペンテコステの日から2千年近くが経った現代においても十分に得られていませんから、聖霊を受けたクリスチャンでも相変わらず心の空しさを感じている人は大勢いるように思われます。
 さて、ここで一旦キリスト教からは離れて、古代の日本と中国の宗教の状況を見てみることにしたいと思います。日本にキリスト教が初めて伝えられたのは皆さんご承知のように1549年、フランシスコ・ザビエルによると言われています。それ以前の日本では仏教の信仰が育まれて来ました。その仏教は、ザビエルよりちょうど約1000年前の西暦500年代に大陸から伝わって来た宗教です。その頃の日本は飛鳥時代で、朝鮮半島の百済の国から伝わって来たと言われています。その後、日本は西暦600年頃から900年頃まで遣隋使と遣唐使を派遣して中国の仏教を取り入れました。
 さてしかし、これまた皆さんご承知のように仏教も中国の固有の宗教ではありません。仏教は紀元前500年頃、インドの釈迦から始まったとされています。紀元前500年頃というとエルサレムがバビロン軍に滅ぼされた後のことです。エルサレムの滅亡が紀元前586年(コッパムジンと覚えます)ですから、それよりも後のことです。そう考えると仏教の誕生は世界の歴史の中ではそんなに古いことではなくて意外と新しいであることに気づかされます。
 ここから先は、『老荘と仏教』(森三樹三郎著、講談社学術文庫)から学んだことを織り交ぜながら話して行きます。中国に仏教が西域から伝来したのは1世紀の初頭から中頃のことであるとされているそうです。つまりイエスとその弟子たちそしてパウロたちが活動していた頃に仏教が中国にもたらされました。私はもっと早い頃から中国に伝わっていたと思っていましたから、これもまた意外でした。さらに意外だったのは、仏教が中国に伝わってからも約300年間はほとんど広まらなかったということです。仏教が中国で急速に広まり始めたのは西暦300年代に入ってからだそうです。キリスト教がローマのコンスタンティヌス帝によって公認されたのも西暦300年代に入ってからのことですから、面白い一致が見られると思います。それ以前のキリスト教はローマの皇帝によって迫害されていましたが、西暦300年頃以降は迫害の心配がなくなり、クリスチャンが増えて行きました。
 この『老荘と仏教』にはいろいろと興味深いことが書かれています。まだ私も読んだばかりで十分に消化できていないので、きょうは拙い話しかできませんが、これから学びと思い巡らしを重ねて十分に消化できたら、キリスト教の日本宣教にかなり役立つのではないかという気がしています。
(これから話すことは未消化の半端な理解に基づいたものであるということを前提に聞いて下さい。後日また理解を深めたら、もっとしっかりと話すことができると思います。)
 仏教が中国に伝わって来た当初は、中国人は仏教がよく理解できなかったようです。例えば仏教では「色即是空」ということが言われますが、この「空」とは何か、当初はなかなか理解できなかったそうです。しかし、老荘思想(老子と荘子の思想)の「無」の考え方を当てはめることで理解が進んだそうです。老子と荘子がいつ頃の人物か正確なことはわかりませんが概ね紀元前300年頃のようです。孔子と孟子の場合は政治との関わりを強く意識しましたが、老子と荘子は政治からは自由な立場で「無」の境地を追求しました。特に荘子は政治には一切関心がなく、自由な境地の中で遊ぶことが最高の生き方であるとしました。荘子によれば、この自由な境地に達すれば「有」も「無」も同じであり、「有」も「無」も「生」も「死」もすべては同じで斉しい「万物斉同」の教えを説きました。この「万物斉同」の考え方は仏教の「色即是空」を理解するのに役立ったようです。
 このように、中国人が仏教を理解する上で老荘思想が役に立った時代がありました。しかし日本に仏教が伝わり、日本が遣隋使や遣唐使を派遣するようになった時代には、中国でも仏教が十分に浸透していました。ですから日本で仏教が広まるのに老荘思想は必要ありませんでした。
 ここから先は私の考えですが、20世紀以降、中国と韓国ではキリスト教が広まったのに、日本ではあまり広まらないのは、もしかしたら老荘思想のバックグラウンドが日本には無いからかもしれないという気がしています。韓国は日本よりもずっと古い時代から中国と深く関わっていましたから、老荘思想もほぼリアルタイムで入っていたことでしょう。しかし、日本にはリアルタイムでは伝わって来ていません。この背景の違いがキリスト教の受け入れの度合いにも意外と関係しているかもしれません。
 なぜそう思うかというと、私は学生時代に『荘子』に夢中になっていたことがあるからです。大学の学部生の時、まだ将来の自分が何をしたいか決められないでいた時、『荘子』の自由な境地で遊ぶ教えにうっとりしていた時期がありました。しかし大学4年生になって研究室に配属になり、研究に携わることの面白さに目覚めてからは、『荘子』からは完全に離れました。そんな私でしたが、高津教会に導かれて聖書を学び、洗礼を受けて心の平安を得てからは、時おりまた『荘子』の本をパラパラと眺めて見るようになりました。『荘子』と聖書はもちろん色々な点で異なりますが、心の自由を得るという点では共通点があるように思います。『荘子』と聖書は相性が良いのだと思います。
 それで私は最近になって、『荘子』をもっとしっかりと勉強したいという気持ちになっています。『荘子』が日本宣教を進める上で役に立ちそうな気がするからです。神様が『ヨハネの福音書』の秘密を教えて下さったのも、私の中に『荘子』のバックグラウンドがあったからではないかと思うのです。かつて中国人が仏教を理解するのに老荘思想が役立ったように、日本人が聖書を理解するのにも老荘思想がきっと役に立つだろうと思います。伝道面においても、欧米から直輸入したキリスト教を伝えるよりも、老荘思想と仏教を絡めて伝えたほうが日本人には伝わりやすいのではないかと考えます。

(賛美歌を挟む)

【伝道者の書4:1~4】
4:1 私は再び、日の下で行われるいっさいのしいたげを見た。見よ、しいたげられている者の涙を。彼らには慰める者がいない。しいたげる者が権力をふるう。しかし、彼らには慰める者がいない。
4:2 私は、まだいのちがあって生きながらえている人よりは、すでに死んだ死人のほうに祝いを申し述べる。
4:3 また、この両者よりもっと良いのは、今までに存在しなかった者、日の下で行われる悪いわざを見なかった者だ。
4:4 私はまた、あらゆる労苦とあらゆる仕事の成功を見た。それは人間同士のねたみにすぎない。これもまた、むなしく、風を追うようなものだ。

 この伝道者の書の記者が感じていた心の空しさは、旧約の時代のイスラエルの知識人たちが抱えていた共通の空しさであろうと思います。これはこの書の記者ただ一人ではなかったはずです。そして、それは紀元前の仏教が伝わる前の中国の知識人たちにとっても同様だったようです。一般の庶民はいつの時代にあっても圧政や貧困に苦しめられています。一方の知識人たちは庶民ほどには貧困に苦しむことはありませんが、腐敗と謀略に満ちた政治の世界で生き抜いていくのは大変なことだったことでしょう。特に荘子が生きた時代の紀元前300年頃の中国は戦国時代の中にあって、大小の国々が戦乱に明け暮れていた悲惨な時代でした。当時の知識人たちの心境は、先ほど読んだ伝道者の書4章の1節から4節までが良く当てはまるのではないかと思います。
 その戦乱の世にあって知識人の一人であった荘子は、政治の世界からは完全に離れて、自由な境地で遊ぶことの大切さを説きました。そうして心の自由を得るなら空しさからも解放されます。ただし、現実の世界に生きている限り、心の自由を得ることは困難なことです。しかし中国に仏教が入り、老荘思想の助けを借りて仏教への理解が深まる中で、現実の世界においても仏教の修行を積めば、自由な境地が得られるという希望が芽生えて来ました。禅の修業がそれだということです。それで中国では禅宗が栄えるようになって行きました。ただし、それは知識層においてのことです。一般庶民は禅の修業などできませんし、心の自由という難しい話も理解することはできません。それでもう一つの教派として浄土教もまた人気を帯びることになりました。浄土教は念仏を唱えれば救われますから、特別な修行も知識も要りません。そうして中国では禅宗と浄土教が二つの大きな流れとなったということです。それ以外の宗派もありましたが、大きくは禅と浄土の二つに絞られて行ったようです。その背景には老荘思想があったのでしょう。(もう少し学びと考察を進めなければはっきりとは言えませんが、)日本の仏教では禅宗と浄土教の二つには絞られずに、他にも様々な宗派が残って存在しているのは、日本には老荘思想の背景が無いからなのかもしれません。
 そろそろ、まとめに入って行きたいと思います。
 紀元前にはイスラエル人たちも中国人たちも多くの者たちが、心の空しさを抱えて生きていました。旧約聖書の時代のイスラエル人たちにも、永遠のいのちや復活への希望は十分には伝えられていませんでした。それでも、わずかにはありました。例えばダニエル書の12章2節です(旧約聖書p.1471)。ご一緒に読みましょう。

12:2 地のちりの中に眠っている者のうち、多くの者が目をさます。ある者は永遠のいのちに、ある者はそしりと永遠の忌みに。

 ダニエルの時代ですから、旧約聖書の時代の中でも終わりのほうです。こうして旧約聖書の時代が終わり、新約聖書の時代が近づいて来る中で、永遠の命と復活への希望が語られるようになり、福音書に書かれているイエスさまの時代の人々は、これらの希望を持つようになっていました。そうしてイエスさまが十字架に掛かって復活し、聖霊が注がれるようになったことで、人々は永遠の命を得ることができるようになりました。
 一方で仏教が伝わる前の中国人たちは、荘子が語る「有」も「無」も、「生」も「死」もみな同じだという「万物斉同」の思想の中に「永遠」を感じたことでしょう。しかし、具体的にはどうやって「永遠」を自分の心の中に得ることができるかはわかりませんでした。それが仏教が伝わり、禅の修業をすることで心の中に「永遠」を感じることができるようになりました。他方、一般庶民は浄土教の念仏を唱えることで浄土往生の希望を見出すようになりました。中国人たちが仏教を取り入れることができたのは荘子によって「永遠」への準備ができていたからと言って良いのではないかと思います。
 このことから、もし1世紀の中国に伝わったのが仏教ではなくキリスト教のほうだったなら、中国人はキリスト教を受け入れたことでしょう。旧約聖書のバックグラウンドはありませんでしたが、『荘子』によって「永遠」への準備ができていました。20世紀以降の中国と韓国でキリスト教が広まっているのは、『荘子』によって「永遠」への準備が整えられているからかもしれないと私は考え始めています(今後、検証する必要がありますが)。日本でなかなかキリスト教が広まらないのは、「永遠」を受け入れる下地が十分にないからなのかもしれません。
 「永遠」は心の空しさを埋めてくれます。「永遠」への希望がなければ心は空っぽのままです。戦後の日本でキリスト教ブームが起こったのは、敗戦によって多くの日本人が心の空しさを抱えていたからではないかと思います。キリスト教の「永遠」は敗戦によって希望を失った日本人の心の空しさを救ってくれました。
 では、現代の日本人はどうでしょうか。現代の人々はスマホやタブレット、パソコンやテレビと向き合っていれば、とりあえずは心の空しさを感じずに済む状況にあります。スマホやテレビから離れて空しさを感じることがあっても、またスマホを手に取り、テレビのスイッチを入れれば空しさを忘れることができます。しかし、それでは心の空しさはいつまで経っても埋められません。
 伝道者の書の記者は1章2節と3節で、「空の空。すべては空。日の下で、どんなに労苦しても、それが人に何の益になろう。」と書きました。この心の空しさは聖霊を受けることで埋めることができます。
 キリスト教だけを語っていても、現代の日本人にはなかなか耳を傾けてもらえませんが、日本人にも馴染みのある仏教がどういう経過を経て中国の人々に受け入れられ、そうして日本に伝わって来たのか、源流に戻ることで日本人にも受け入れてもらいやすくできないだろうかと思います。まだまだ学びと工夫が要りますが、心の空しさを抱えている人々に響く方法がきっとあるはずですから、主に祈り求めながら、その方法を探って行きたいと思います。
 お祈りいたしましょう。
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9月10日礼拝プログラム

2017-09-07 11:22:35 | 礼拝プログラム
十字架から二千年の2033年までに平和を
 インマヌエル沼津キリスト教会

9月10日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

9月 第2聖日 礼拝順序

 司  会                中原兄
 奏  楽                関 姉

 前  奏
 讃 美 ①  ガリラヤの風かおる丘で   183
 交  読  詩篇150篇 全
 祈  祷
 主の祈り
 使徒信条
 讃 美 ②  全地よ よみがえりの主を  249
 讃 美 ③  あなたの平和の       485
 聖  書  使徒17:1~12
 説  教  『テサロニケとベレヤの好対照』 小島牧師
 讃 美 ④  とうとき主こそ私の     392
 献  金
 感謝祈祷                風間姉
 頌  栄  父・子・聖霊の        271
 祝福の御言葉
 後  奏
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心を開かせる賛美歌の力(2017.9.3 礼拝)

2017-09-04 09:17:35 | 礼拝メッセージ
2017年9月3日礼拝メッセージ
『心を開かせる賛美歌の力』
【使徒16:19~34】

はじめに
 使徒の働き16章の学びを続けます。これはギリシャのマケドニヤのピリピの町での出来事です。

商売を妨害された主人たち

 少し戻って16節から見て行きますが、ここに占いの霊に憑かれた女がいました。この女はパウロたちのあとについて来て、叫び続けるのでパウロたちは困り果てていました。それで、パウロはこの占いの霊に女から出て行くように命じました。すると、即座に霊は出て行ったと18節にあります。
 さて、もう一度16節を見ると、この女は占いをして、主人たちに多くの利益を得させていたとありますから、占いの霊が出て行ってしまったことで主人たちはもはや、この女の占いによって利益を得ることができなくなってしまいました。
 それで主人たちは非常に怒りました。19節をお読みします。

16:19 彼女の主人たちは、もうける望みがなくなったのを見て、パウロとシラスを捕らえ、役人たちに訴えるため広場へ引き立てて行った。

 商売のことが絡むと、人は必死になります。現代においても大型の商業施設が進出して来ると、古くからある地元の商店街は大きな打撃を受けますから、反対します。それは自分たちの生活が掛かっていますから、当然のことですね。この使徒16章の占いの女の主人たちも生活が掛かっていましたから大変でした。

昔も今も仕事の収入が最大の関心事
 この使徒の働きには、もう一箇所、商売絡みの記事があります。少し先回りして、そこも見ておきたいと思います。使徒19章の23節から28節までを交代で読みましょう。これは、エペソの町での出来事です。

19:23 そのころ、この道のことから、ただならぬ騒動が持ち上がった。
19:24 それというのは、デメテリオという銀細工人がいて、銀でアルテミス神殿の模型を作り、職人たちにかなりの収入を得させていたが、
19:25 彼が、その職人たちや、同業の者たちをも集めて、こう言ったからである。「皆さん。ご承知のように、私たちが繁盛しているのは、この仕事のおかげです。
19:26 ところが、皆さんが見てもいるし聞いてもいるように、あのパウロが、手で作った物など神ではないと言って、エペソばかりか、ほとんどアジヤ全体にわたって、大ぜいの人々を説き伏せ、迷わせているのです。
19:27 これでは、私たちのこの仕事も信用を失う危険があるばかりか、大女神アルテミスの神殿も顧みられなくなり、全アジヤ、全世界の拝むこの大女神のご威光も地に落ちてしまいそうです。」
19:28 そう聞いて、彼らは大いに怒り、「偉大なのはエペソ人のアルテミスだ」と叫び始めた。

 このエペソの町では女神のアルテミスの神殿の模型を作っている職人たちが、この模型でかなりの収入を得ていました。しかし、パウロが手で作った物などは神ではないと人々を説き伏せようとしていました。それで説得された人々が模型を買わなくなってしまったら、模型作りの職人たちは収入が得られなくなりますから、大変な問題でした。それでエペソの町は大騒ぎになりました。
 先ほどは地元の商店街の話をしましたが、現代のアメリカではトランプ氏が移民が仕事を奪っているとか、自動車の部品などをアメリカ国外の工場で作っているから雇用が失われているとなどと主張し、アメリカ人が仕事を得ることを第一にする政策を公約に掲げて大統領に当選しました。このアメリカの大統領選の結果は、仕事で収入を得ることが人々の最大の関心事であることを改めて浮き彫りにしたように思います。そういう意味では、使徒19章の神殿の模型職人の話も、使徒16章の占いの女の主人たちの話も現代と少しも変わらないということを感じます。

イエスを信じた看守と家の者たち
 16章に戻りましょう。20節で占いの女の主人たちはパウロとシラスを長官たちの前に引き出して言いました。

「この者たちはユダヤ人でありまして、私たちの町をかき乱し、ローマ人である私たちが、採用も実行もしてはならない風習を宣伝しております。」

 この訴えを聞いた長官たちは、22節にあるようにふたりの着物をはいでむちで打つように命じ、何度もむちで打たせてから、ふたりを牢に入れて、看守には厳重に番をするように命じました。それでパウロとシラスは牢屋に入れられました。
 さて、その晩に大地震が起きました。25節と26節をお読みします。

16:25 真夜中ごろ、パウロとシラスが神に祈りつつ賛美の歌を歌っていると、ほかの囚人たちも聞き入っていた。
16:26 ところが突然、大地震が起こって、獄舎の土台が揺れ動き、たちまちとびらが全部あいて、みなの鎖が解けてしまった。

 この時、看守は寝ていたようですが、大地震で目を覚ましました。

16:27 目をさました看守は、見ると、牢のとびらがあいているので、囚人たちが逃げてしまったものと思い、剣を抜いて自殺しようとした。
16:28 そこでパウロは大声で、「自害してはいけない。私たちはみなここにいる」と叫んだ。

 囚人を逃がしてしまった看守は罰せられます。それで看守は絶望して自殺しようとしましたが、パウロがそれを止めました。そして29節と30節、

16:29 看守はあかりを取り、駆け込んで来て、パウロとシラスとの前に震えながらひれ伏した。
16:30 そして、ふたりを外に連れ出して「先生がた。救われるためには、何をしなければなりませんか」と言った。

 これに対するパウロとシラスの答は、とても有名ですね。31節、

16:31 ふたりは、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」と言った。

 人は、主イエスを信じれば救われます。そして32節、

16:32 そして、彼とその家の者全部に主のことばを語った。

 こうして、この主のことばを聞いた看守とその家の者は主イエスを信じました。33節と34節、

16:33 看守は、その夜、時を移さず、ふたりを引き取り、その打ち傷を洗った。そして、そのあとですぐ、彼とその家の者全部がバプテスマを受けた。
16:34 それから、ふたりをその家に案内して、食事のもてなしをし、全家族そろって神を信じたことを心から喜んだ。

なぜ看守はすぐにイエスを信じられたか

 さて、私は今回の説教の準備をしていて、少し疑問に思うことがありました。この看守は、どうしてこんなにもすぐに主イエスを信じることができたのだろうかという疑問です。この看守は聖書に関する予備知識は、まったく持っていなかったはずです。
 使徒8章で学んだサマリヤ人たちはモーセの律法の書を知っていました。使徒10章で学んだコルネリオも異邦人ではありましたが、聖書の神のことを知っていました。
 そしてパウロの第一次伝道旅行では、パウロは新たな町へ行ったら先ずユダヤ人の会堂を訪れて人々との対話を試みていました。ユダヤ人の会堂に集っていた人たちは異邦人であっても聖書を知っていましたから、予備知識はあったわけです。
 しかし、この牢屋の看守には、聖書の神に関する予備知識はなかったのではないかと思われます。そのように予備知識がなかった者が、この大地震があった夜のわずかな時間の中で、そんなにもすぐにイエスのことを信じられるようになるでしょうか。
 そこで思い出されるのが、ルデヤのことです。16章の14節をお読みします。

16:14 テアテラ市の紫布の商人で、神を敬う、ルデヤという女が聞いていたが、主は彼女の心を開いて、パウロの語る事に心を留めるようにされた。

 ルデヤは神を敬う人でしたが、まだパウロの語ることを聞く準備が整っていませんでした。そんなルデヤの心を「主」は開いて、パウロの語る事に心を留めるようにしました。
 牢屋の看守の場合にも、きっと彼の心を開かせるための何らかのプロセスがあったのではないかと思います。

心を開かせる賛美歌の力
 そこで目に留まったのが、25節です、

16:25 真夜中ごろ、パウロとシラスが神に祈りつつ賛美の歌を歌っていると、ほかの囚人たちも聞き入っていた。

 パウロとシラスは賛美歌を歌っていました。大地震が起きた時に看守は寝ていましたが、パウロとシラスは看守が寝る前から賛美歌を歌っていたと考えるのが自然だと思います。ですから看守はパウロとシラスの賛美歌を聞いていたはずです。私はこの賛美歌が看守の心を開いて、パウロの話を聞くための準備を整えていたと考えます。賛美歌が人の心を開くことは私自身も経験上、知っているからです。
 私の経験は何度も証していると思いますから、短くしか話しませんが、私が初めてキリスト教会の礼拝に参加したのは、韓国人の教会の礼拝でした。私の父が死んだ時に、実は父がクリスチャンであったことを知った私は、以前から教会に誘ってくれていた韓国人に頼んで教会へ連れて行ってもらいました。そして、そこで聞いた聖歌隊の賛美歌を聞いて、悲しみの中にあった私の心が癒されるのを感じました。
 賛美歌が人の心を開くことの、もう一つの実例を話します。まだ私が一般信徒であった時に、高津教会で関西から来たという人の証を聞いたことがありました。その方は、阪神淡路大震災の時には神戸に住んでいて、近所の公園で賛美歌を聞いたことがあったそうです。その公園には地震で家を失った人たちがテント暮らしをしていたそうです。学校の体育館で寝泊りするよりも、キャンプ用のテントで暮らすことを選んだ人たちも少なくなかったようです。その公園で賛美歌を歌っていた人(たぶん森祐理さんのことと思われます)は、毎日その公園に来ては賛美歌を歌っていたそうです。テント暮らしの人々は最初のうちは遠くからその歌手を見ていただけでしたが、次第に近くへ行って聞くようになったそうです。その様子を見ていた証し者の方は、当時は教会へ行っていませんでしたが、このような奇特な奉仕をするクリスチャンに興味を持ち、このような人を生み出すキリスト教とはどのような宗教なのだろうかと興味を持ち、教会に行ってみようと思ったのだそうです。それはつまり、森祐理さん(たぶん)の賛美歌が、その方の心を開いたということになります。

心を込めて歌いたい賛美歌
 このように賛美歌には、人の心を開かせる大きな力があります。普段、私たちが賛美歌を歌う時に、この賛美歌には心を開く力があることを、どれだけ意識しているでしょうか。この賛美歌が持つ人の心を開かせる力は、既にイエスさまを信じている私たちにも働きます。1週間を世俗的な世間で過ごすうちに、私たちの心は知らない間に神様から離れてしまっていることもあるでしょう。しかし、賛美歌を歌うなら私たちの心は開かれて神様と向き合うことができるようになります。そのことを忘れて、漫然と歌ってしまっているようなところはないでしょうか。決してそのような歌い方にならないよう、心を込めて一曲一曲歌いたいと思います。神戸の公園で賛美歌を聞いた人の心が開かれたのも、歌手の(おそらくは)森祐理さんが心を込めて賛美歌を歌ったからです。礼拝に新しい方が来た時など、私たちが心を込めて賛美歌を歌っていれば、きっとその方の心が開かれることでしょう。

おわりに
 賛美歌を歌うことは祈ることと聖書を読むことと同じぐらいに大切であることを、きょうは改めて確認したいと思います。いつも心を込めて賛美歌を歌うことができる私たちでありたいと思います。
 お祈りいたしましょう。

16:25 真夜中ごろ、パウロとシラスが神に祈りつつ賛美の歌を歌っていると、ほかの囚人たちも聞き入っていた。
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