2015年8月30日礼拝メッセージ
『偶然の背後で働く神』
【ルツ2:1~7】
はじめに
先週の礼拝では民数記の学びを短くした後に、パワーポイントのスライドを用いて会堂問題のこれまでの経緯などについて説明をしました。きょうの礼拝メッセージも最後の方で会堂に関係したことを話しますが、きょうは少し趣向を変えて、「偶然」について、ご一緒に考えてみたいと思います。
偶然により導かれる信仰
教会で救いの証を聞くと、昔はどこの教会でも路傍伝道をしていましたから、たまたま通りかかった道で伝道会のチラシを受け取り、それで教会に行ってみて信仰を持つようになったという証を聞くことがよくあります。或いはまた、ギデオンの聖書配布で聖書を受け取り、その時は開かずにそのまま本棚に直行したけれども、何年も経った後で本棚に入っていて聖書の背表紙が、ふとしたことで目に入って取り出して読み始めたら、いろいろと気になる箇所があったので、もっと聖書のことを知りたくなって教会に通い始めたなどという証も聞いたことがあります。このように、信仰を持つきっかけになったのは偶然によるという証をよく聞きます。
一方、クリスチャンホームで育った方々は偶然で教会に通うようになるということはありません。そして、洗礼は実は信仰のことが、それほどわかっていなかった時に受けたということも聞きます。しかし、そのような証にはちゃんと続きがあって、ある時ふとしたことがきっかけで、急に神様を深く求めるようになったということを聞きます。クリスチャンホームに育った方々であっても、やはり何か偶然のようなことがきっかけで、急に信仰が深まるということがあるようです。
これらの、ふとしたことというのは、ただの偶然なのでしょうか。それとも背後で神様が働いていらっしゃるのでしょうか。
聖書に描かれている偶然
聖書にも、偶然のようにして起こったことについての記述がところどころにあります。たとえば創世記のヨセフに関する箇所には次のような記述があります。まず創世記37章14節をお読みします(旧約聖書p.67)。
37:14 また言った。「さあ、行って兄さんたちや、羊の群れが無事であるかを見て、そのことを私に知らせに帰って来ておくれ。」こうして彼をヘブロンの谷から使いにやった。それで彼はシェケムに行った。
これはヨセフの父親のヤコブがヨセフに対して、兄たちの様子を見て来るように言った場面です。それでヨセフは野に出て行きました。15節から17節、
37:15 彼が野をさまよっていると、ひとりの人が彼に出会った。その人は尋ねて言った。「何を捜しているのですか。」
37:16 ヨセフは言った。「私は兄たちを捜しているところです。どこで群れを飼っているか教えてください。」
37:17 するとその人は言った。「ここから、もう立って行ったはずです。あの人たちが、『ドタンのほうに行こうではないか』と言っているのを私が聞いたからです。」そこでヨセフは兄たちのあとを追って行き、ドタンで彼らを見つけた。
こうしてヨセフは兄たちを見つけることができたのですが、そこで兄たちにひどい目に遭ってヨセフは、その時にたまたま通り掛かった商人によってエジプトに連れて行かれることになってしまいました。ですから、もし15節でヨセフが野をさまよっている時に兄たちのことをたまたま見ていた人に出会わなければ、ヨセフがエジプトに行くことはなかったでしょう。すると、聖書の歴史はまったく異なったものになっていたことになります。
今度は出エジプト記の2章を見てみましょう(旧約聖書p.97)。ここにはヘブル人の子として生まれたモーセが赤ちゃんの時にかごに入れられて、ナイル川の岸のアシの茂みの中に置かれたことが書かれています。そこにエジプトのパロの娘が水浴びにやって来ました。2章5節、
2:5 パロの娘が水浴びをしようとナイルに降りて来た。彼女の侍女たちはナイルの川辺を歩いていた。彼女は葦の茂みにかごがあるのを見、はしためをやって、それを取って来させた。
2:6 それをあけると、子どもがいた。なんと、それは男の子で、泣いていた。彼女はその子をあわれに思い、「これはきっとヘブル人の子どもです」と言った。
こうしてモーセはエジプトのパロの娘の息子になりました。子供時代をエジプトの王家で過ごしたことで、モーセは王家の様々な教育を受けることができました。それが後にイスラエル人のリーダーになるのに大きく役立ったことでしょう。ですから、もしこの時、モーセを見つけたのがパロの娘ではなくて、普通の庶民であったなら、モーセのその後は大きく異なっており、出エジプトの出来事も無かったかもしれません。ですから、パロの娘がモーセを見つけたのは一見すると偶然のようではありますが、その背後には神様の働きがあったと見るべきでしょう。
偶然によるルツとボアズの出会い
次に、きょうの聖書箇所であるルツ記を開きますが、その前にマタイ1章の系図を見て、ルツという女性がイスラエルの歴史のどの辺りに位置しているかを確認しておきましょう。
新約聖書の1ページ目のマタイ1章を見て下さい。1章1節、
1:1 アブラハムの子孫、ダビデの子孫、イエス・キリストの系図。
このようにマタイ1章にはアブラハムからダビデ、そしてイエス・キリストまでの系図が記されています。この中でルツはどこにいるかというと、5節です。5節と6節をお読みします。
1:5 サルモンに、ラハブによってボアズが生まれ、ボアズに、ルツによってオベデが生まれ、オベデにエッサイが生まれ、
1:6 エッサイにダビデ王が生まれた。
ボアズに、ルツによってオベデが生まれ、オベデにエッサイが生まれ、エッサイにダビデ王が生まれました。つまりルツはダビデのひいおばあさんです。
このダビデのひいおばあさんのルツのことが書かれているのが、ルツ記です。先ずルツ記の1章(旧約聖書p.458)を見て下さい。1章を読むと、ルツはイスラエル人ではなくてモアブの女性であったことがわかります。モアブの女性が一体なぜイスラエル人であるダビデのひいおばあさんになったのでしょうか。
それは、ユダの地でききんがあった時にベツレヘムからモアブに逃れて来た家族がいたからでした。ルツはそのベツレヘムの家族の嫁になりました。しかし、不幸なことにこの家族の男性がすべて、亡くなってしまいました。それでベツレヘムからモアブに来ていたナオミという女性はベツレヘムに帰ることにしました。その時にルツもまたナオミと一緒にベツレヘムに来たのでした。そうしてルツ記は2章に入ります。
2章の1節と2節、
2:1 ナオミには、夫の親戚で、エリメレクの一族に属するひとりの有力者がいた。その人の名はボアズであった。
2:2 モアブの女ルツはナオミに言った。「どうぞ、畑に行かせてください。私に親切にしてくださる方のあとについて落ち穂を拾い集めたいのです。」すると、ナオミは彼女に、「娘よ。行っておいで」と言った。
ナオミがルツと共にベツレヘムに戻った時期は、ちょうど大麦の刈り入れの時期だったのですね。この、ちょうど刈り入れの時期だったということに、まず神様の導きを感じます。そして3節、
2:3 ルツは出かけて行って、刈る人たちのあとについて、畑で落ち穂を拾い集めたが、それは、はからずもエリメレクの一族に属するボアズの畑のうちであった。
ここに「はからずも」とあります。ルツはモアブの女性でしたから、ベツレヘムの畑については、どこが誰の畑なのか全く知りません。ですからルツがたまたま落穂拾いを始めた畑が図らずもボアズの畑だったわけです。しかし、ここにもまた神様の導きが感じられます。そして4節、
2:4 ちょうどその時、ボアズはベツレヘムからやって来て、刈る者たちに言った。「【主】があなたがたとともにおられますように。」彼らは、「【主】があなたを祝福されますように」と答えた。
そしてタイミング良く、ルツが落穂拾いをしている「ちょうどその時」に、ボアズがベツレヘムの町から郊外の畑にやって来ました。そして5節、
2:5 ボアズは刈る者たちの世話をしている若者に言った。「これはだれの娘か。」
2:6 刈る者たちの世話をしている若者は答えて言った。「あれは、ナオミといっしょにモアブの野から帰って来たモアブの娘です。
こうしてモアブの女性のルツとベツレヘムの男性のボアズとが出会って二人は夫婦となり、子供が出来ました。4章13節をお読みします。
4:13 こうしてボアズはルツをめとり、彼女は彼の妻となった。彼が彼女のところに入ったとき、【主】は彼女をみごもらせたので、彼女はひとりの男の子を産んだ。
続いて17節、
4:17 近所の女たちは、「ナオミに男の子が生まれた」と言って、その子に名をつけた。彼女たちは、その名をオベデと呼んだ。オベデはダビデの父エッサイの父である。
こうしてモアブの女性のルツが図らずもイスラエルのダビデ王のひいおばあさんになることになりました。そうして、ダビデの家系からイエス・キリストが人としてお生まれになりました。
偶然の背後にある神の働き
聖書にとって、これほど重要な家系にモアブの女性のルツが絡んで来るということは、背後に神様の働きがあったことは間違いありません。もう一度ルツ記2章に戻ると、2章3節に「はからずも」という言葉があり、4節には「ちょうどその時」という言葉があります。これらは一見すると偶然の事柄のように見えますが、実は背後に神様の働きがあったということになります。
私たちの一人一人が信仰を持つようになった経緯にも、様々な偶然の積み重ねがあったことと思います。それらの偶然の背後には、実は神様の働きがあったわけです。私の場合もそうです。私が14年前の2001年に出身教会の高津教会にたどり着くことができたのも、本当にたくさんの偶然の積み重ねがあったからです。
きょうは私自身の証はあまり長く話すつもりはありませんので手短に済ませますが、私が高津教会に通うようになったきっかけは、たまたま私が住んでいたアパートの近くに高津教会があったからです。そのアパートに住むようになったのは、私が東京の大学で働くことになったからです。当初私は大学の寮に入ることを希望していましたが、入ることができませんでした。それで私はアパート探しをすることになったわけですが、大学に通勤できる範囲の場所なら、どこに住んでも良かったわけです。その当時に東京スカイツリーがあったら、私はスカイツリーの近くに住んだかもしれません。本当にどこでも良かったのです。そうして東京・神奈川地区の広大な通勤圏内の中で私が選んだアパートが、たまたま高津教会のそばにあったアパートでした。もし私が高津教会のそばに住まなかったら私はクリスチャンになっていなかった可能性が高いと思いますし、仮に別の教会でクリスチャンになっていたとしても、牧師になることはなかったでしょう。それが神様の不思議な導きで高津教会の教会員になり、そして牧師へと導かれました。そうして私が辿って来た道を振り返ってみると、それらは全部偶然の積み重ねのように見えますが、それらの一つ一つにちゃんと神様の備えが存在していたことがわかります。私が牧師になったのは、ある時、突然牧師になったわけではなく、一つ一つの備えがあって、それらのステップを踏みながら牧師になるに至ったわけです。ちゃんとした流れが存在するのですね。
新会堂建設への備え
さて、ここからが今日の本題です。来週、私たちは臨時教会総会を開催して隣の土地を購入する件について諮り、議決します。ここまでの会堂問題の道のりを振り返ると、ここにもちゃんと神様が備えて下さった流れが存在しており、それらのステップを踏んで今に至っていることがわかります。このことを説明して、きょうのメッセージを閉じたいと思います。
まず備えられていたことの一つ目は、私が神学生の2年生の時に夏期実習で静岡教会に派遣され、その時に静岡教会の皆さんと伝道会に出席するという形で、この沼津教会を訪れる機会があったということです。この伝道会で廣瀬先生が沼津教会は新会堂の建設を願っていることを熱心におっしゃっていましたから、沼津教会は新会堂を目指している教会なのだということが私の頭の中にしっかりとインプットされました。それで私が前任地で沼津教会への転任の内示をいただいた時に、自分はこれから沼津教会の新会堂の建設に取り組むのだということを強く意識しました。この備えはとても大きかったと思います。引越しの直前の引継ぎの時に新会堂を目指していることを聞くのと、その何ヶ月も前から知っていたのとでは大違いですから、まず、ここに神様の備えがあったと思います。
そして二つ目の備えとして、私がインターン実習中に姫路教会において土地と建物の所有権移転の登記の手続きを経験していたということです。この経験がありましたから、沼津に来て、すぐに同様の手続きを始めることができました。この手続きが終わらない間は、新会堂の建設には踏み出すことができませんから、姫路教会で備えが為されていたことは大きかったと思います。さらに私は、この手続きを通して、どこの土地であっても登記簿を法務局で手数料を払って取得しさえすれば、地主が誰であるかを、一般の者でも知ることが出来ることを知っていました。今回の土地の地主がAさんであることも、登記簿を取得して知りました。もし私が、登記簿には地主の情報も書かれているのだということを知っていなければ、売りに出されていたわけではない土地の地主さんと接触することはなかっただろうと思います。
三つ目の備えとして、地主さんの建物が教会と同じぐらい老朽化していたということです。私たちは地主さんの土地の一部を買える可能性があるかどうか知りたいと思っていたわけですが、その話を地主さんに切り出すのに、どういう話題から入って行ったら良いか、最初のうち私はわからないでいました。しかし、この同じぐらいに老朽化していたという事実が共通の話題になるであろうと思いました。そして、実際、地主さんも建物の老朽化が限界に来ていることで土地を売却することを考えていました。私たちと似た状況にあったわけです。
そして四つ目の備えとして、ちょうど地主さんと接触したいと思っていた時期に、町内の懇親会がありました。町内では組長さんの任期が3月一杯で4月からは新しい組長さんになります。その引継ぎの時期の3月に、いつも懇親会が持たれます。私はこの懇親会で地主さんに会えるかもしれないと思いました。また、もし会えなくても地主さんと話しをしたいと思っていることを町内の人たちに懇親会の場で話せば、話が伝わるかもしれないと思いました。そして実際にその通りになりました。地主さんは懇親会を欠席しましたが、私が地主さんに会いたがっていることが町内の方を通じてちゃんと伝わり、地主さんと話し合いの時を持つことができるようになりました。
そして五つ目の備えとして、いま組長さんの交代の時期が4月という話をしましたが、牧師も同様ですから懇親会と同じ時期に年会があります。ですから私は年会の直前に地主さんとお会いし、年会でそのことについて教団の先生方と相談する機会がありました。そしてまた、年会のメッセージで霊的に燃やされて沼津に戻って来ました。少し前の礼拝メッセージでも話しましたが、年会のプログラムと言うのは、牧師が霊的に燃やされるようにできています。そうして牧師は霊的に燃やされたところで新しい1年間の任命を受けて教会に戻って来ます。ですから、もし地主さんと会った時期と年会の時期とが重ならなかったら、私は今回のように熱心に地主さんとの交渉や教団への審査の申請に臨まなかったかもしれません。
いま五つの備えがあったことを話しました。①私が既に神学生2年生の時に沼津に来ていて、新会堂建設を目指していることを知っていたこと、②私が姫路にいた時に土地と建物の所有権移転の手続きを経験していたために、登記簿を取得すれば誰でも地主さんを知ることができることを知っていたこと、③教会と隣の建物が同じくらいに老朽化していたこと、同じくらいに老朽化していたので、地主さんのほうでも土地を売ることを考えていました。④地主さんとの接触を考えていた時が組長の交代の時だったので、ちょうど町内の懇親会があったこと。そして、⑤町内の懇親会があったのと、ちょうど同じ時期に教団の年会もあったので、私が霊的に燃やされて沼津に戻って来たことです。その他にも、西村兄と山本兄が備えられていたことも大きかったと思います。
おわりに
隣の土地の取得は、こういう備えの流れの中で準備されて来たことです。ですから、私たちは恐れることなく、主が作って下さった、この流れに沿って行くべきです。私たちの人間的な考えでこの流れを止めるべきではありません。先週の礼拝のメッセージで、主が約束の地に入るという流れを作っていて下さったのに、イスラエルの民はこの流れを止める選択をしたために、荒野を40年間も放浪することになったことを話しました。イスラエルの民は、主が作って下さった流れに素直に乗るべきだったのです。
きょうのルツ記でも3章を読むと、ルツがナオミのアドバイスによって、大胆な行動を取ったことが書かれています。これも、神様が流れを作って下さったことを知ったナオミが、その流れに乗るように行動すべきと判断してルツにアドバイスしたことによります。
ですから私たちも、恐れることなく主が作って下さった流れに乗って前進して行きたいと思います。
お祈りいたしましょう。
2:3 ルツは出かけて行って、刈る人たちのあとについて、畑で落ち穂を拾い集めたが、それは、はからずもエリメレクの一族に属するボアズの畑のうちであった。
2:4 ちょうどその時、ボアズはベツレヘムからやって来て、刈る者たちに言った。
『偶然の背後で働く神』
【ルツ2:1~7】
はじめに
先週の礼拝では民数記の学びを短くした後に、パワーポイントのスライドを用いて会堂問題のこれまでの経緯などについて説明をしました。きょうの礼拝メッセージも最後の方で会堂に関係したことを話しますが、きょうは少し趣向を変えて、「偶然」について、ご一緒に考えてみたいと思います。
偶然により導かれる信仰
教会で救いの証を聞くと、昔はどこの教会でも路傍伝道をしていましたから、たまたま通りかかった道で伝道会のチラシを受け取り、それで教会に行ってみて信仰を持つようになったという証を聞くことがよくあります。或いはまた、ギデオンの聖書配布で聖書を受け取り、その時は開かずにそのまま本棚に直行したけれども、何年も経った後で本棚に入っていて聖書の背表紙が、ふとしたことで目に入って取り出して読み始めたら、いろいろと気になる箇所があったので、もっと聖書のことを知りたくなって教会に通い始めたなどという証も聞いたことがあります。このように、信仰を持つきっかけになったのは偶然によるという証をよく聞きます。
一方、クリスチャンホームで育った方々は偶然で教会に通うようになるということはありません。そして、洗礼は実は信仰のことが、それほどわかっていなかった時に受けたということも聞きます。しかし、そのような証にはちゃんと続きがあって、ある時ふとしたことがきっかけで、急に神様を深く求めるようになったということを聞きます。クリスチャンホームに育った方々であっても、やはり何か偶然のようなことがきっかけで、急に信仰が深まるということがあるようです。
これらの、ふとしたことというのは、ただの偶然なのでしょうか。それとも背後で神様が働いていらっしゃるのでしょうか。
聖書に描かれている偶然
聖書にも、偶然のようにして起こったことについての記述がところどころにあります。たとえば創世記のヨセフに関する箇所には次のような記述があります。まず創世記37章14節をお読みします(旧約聖書p.67)。
37:14 また言った。「さあ、行って兄さんたちや、羊の群れが無事であるかを見て、そのことを私に知らせに帰って来ておくれ。」こうして彼をヘブロンの谷から使いにやった。それで彼はシェケムに行った。
これはヨセフの父親のヤコブがヨセフに対して、兄たちの様子を見て来るように言った場面です。それでヨセフは野に出て行きました。15節から17節、
37:15 彼が野をさまよっていると、ひとりの人が彼に出会った。その人は尋ねて言った。「何を捜しているのですか。」
37:16 ヨセフは言った。「私は兄たちを捜しているところです。どこで群れを飼っているか教えてください。」
37:17 するとその人は言った。「ここから、もう立って行ったはずです。あの人たちが、『ドタンのほうに行こうではないか』と言っているのを私が聞いたからです。」そこでヨセフは兄たちのあとを追って行き、ドタンで彼らを見つけた。
こうしてヨセフは兄たちを見つけることができたのですが、そこで兄たちにひどい目に遭ってヨセフは、その時にたまたま通り掛かった商人によってエジプトに連れて行かれることになってしまいました。ですから、もし15節でヨセフが野をさまよっている時に兄たちのことをたまたま見ていた人に出会わなければ、ヨセフがエジプトに行くことはなかったでしょう。すると、聖書の歴史はまったく異なったものになっていたことになります。
今度は出エジプト記の2章を見てみましょう(旧約聖書p.97)。ここにはヘブル人の子として生まれたモーセが赤ちゃんの時にかごに入れられて、ナイル川の岸のアシの茂みの中に置かれたことが書かれています。そこにエジプトのパロの娘が水浴びにやって来ました。2章5節、
2:5 パロの娘が水浴びをしようとナイルに降りて来た。彼女の侍女たちはナイルの川辺を歩いていた。彼女は葦の茂みにかごがあるのを見、はしためをやって、それを取って来させた。
2:6 それをあけると、子どもがいた。なんと、それは男の子で、泣いていた。彼女はその子をあわれに思い、「これはきっとヘブル人の子どもです」と言った。
こうしてモーセはエジプトのパロの娘の息子になりました。子供時代をエジプトの王家で過ごしたことで、モーセは王家の様々な教育を受けることができました。それが後にイスラエル人のリーダーになるのに大きく役立ったことでしょう。ですから、もしこの時、モーセを見つけたのがパロの娘ではなくて、普通の庶民であったなら、モーセのその後は大きく異なっており、出エジプトの出来事も無かったかもしれません。ですから、パロの娘がモーセを見つけたのは一見すると偶然のようではありますが、その背後には神様の働きがあったと見るべきでしょう。
偶然によるルツとボアズの出会い
次に、きょうの聖書箇所であるルツ記を開きますが、その前にマタイ1章の系図を見て、ルツという女性がイスラエルの歴史のどの辺りに位置しているかを確認しておきましょう。
新約聖書の1ページ目のマタイ1章を見て下さい。1章1節、
1:1 アブラハムの子孫、ダビデの子孫、イエス・キリストの系図。
このようにマタイ1章にはアブラハムからダビデ、そしてイエス・キリストまでの系図が記されています。この中でルツはどこにいるかというと、5節です。5節と6節をお読みします。
1:5 サルモンに、ラハブによってボアズが生まれ、ボアズに、ルツによってオベデが生まれ、オベデにエッサイが生まれ、
1:6 エッサイにダビデ王が生まれた。
ボアズに、ルツによってオベデが生まれ、オベデにエッサイが生まれ、エッサイにダビデ王が生まれました。つまりルツはダビデのひいおばあさんです。
このダビデのひいおばあさんのルツのことが書かれているのが、ルツ記です。先ずルツ記の1章(旧約聖書p.458)を見て下さい。1章を読むと、ルツはイスラエル人ではなくてモアブの女性であったことがわかります。モアブの女性が一体なぜイスラエル人であるダビデのひいおばあさんになったのでしょうか。
それは、ユダの地でききんがあった時にベツレヘムからモアブに逃れて来た家族がいたからでした。ルツはそのベツレヘムの家族の嫁になりました。しかし、不幸なことにこの家族の男性がすべて、亡くなってしまいました。それでベツレヘムからモアブに来ていたナオミという女性はベツレヘムに帰ることにしました。その時にルツもまたナオミと一緒にベツレヘムに来たのでした。そうしてルツ記は2章に入ります。
2章の1節と2節、
2:1 ナオミには、夫の親戚で、エリメレクの一族に属するひとりの有力者がいた。その人の名はボアズであった。
2:2 モアブの女ルツはナオミに言った。「どうぞ、畑に行かせてください。私に親切にしてくださる方のあとについて落ち穂を拾い集めたいのです。」すると、ナオミは彼女に、「娘よ。行っておいで」と言った。
ナオミがルツと共にベツレヘムに戻った時期は、ちょうど大麦の刈り入れの時期だったのですね。この、ちょうど刈り入れの時期だったということに、まず神様の導きを感じます。そして3節、
2:3 ルツは出かけて行って、刈る人たちのあとについて、畑で落ち穂を拾い集めたが、それは、はからずもエリメレクの一族に属するボアズの畑のうちであった。
ここに「はからずも」とあります。ルツはモアブの女性でしたから、ベツレヘムの畑については、どこが誰の畑なのか全く知りません。ですからルツがたまたま落穂拾いを始めた畑が図らずもボアズの畑だったわけです。しかし、ここにもまた神様の導きが感じられます。そして4節、
2:4 ちょうどその時、ボアズはベツレヘムからやって来て、刈る者たちに言った。「【主】があなたがたとともにおられますように。」彼らは、「【主】があなたを祝福されますように」と答えた。
そしてタイミング良く、ルツが落穂拾いをしている「ちょうどその時」に、ボアズがベツレヘムの町から郊外の畑にやって来ました。そして5節、
2:5 ボアズは刈る者たちの世話をしている若者に言った。「これはだれの娘か。」
2:6 刈る者たちの世話をしている若者は答えて言った。「あれは、ナオミといっしょにモアブの野から帰って来たモアブの娘です。
こうしてモアブの女性のルツとベツレヘムの男性のボアズとが出会って二人は夫婦となり、子供が出来ました。4章13節をお読みします。
4:13 こうしてボアズはルツをめとり、彼女は彼の妻となった。彼が彼女のところに入ったとき、【主】は彼女をみごもらせたので、彼女はひとりの男の子を産んだ。
続いて17節、
4:17 近所の女たちは、「ナオミに男の子が生まれた」と言って、その子に名をつけた。彼女たちは、その名をオベデと呼んだ。オベデはダビデの父エッサイの父である。
こうしてモアブの女性のルツが図らずもイスラエルのダビデ王のひいおばあさんになることになりました。そうして、ダビデの家系からイエス・キリストが人としてお生まれになりました。
偶然の背後にある神の働き
聖書にとって、これほど重要な家系にモアブの女性のルツが絡んで来るということは、背後に神様の働きがあったことは間違いありません。もう一度ルツ記2章に戻ると、2章3節に「はからずも」という言葉があり、4節には「ちょうどその時」という言葉があります。これらは一見すると偶然の事柄のように見えますが、実は背後に神様の働きがあったということになります。
私たちの一人一人が信仰を持つようになった経緯にも、様々な偶然の積み重ねがあったことと思います。それらの偶然の背後には、実は神様の働きがあったわけです。私の場合もそうです。私が14年前の2001年に出身教会の高津教会にたどり着くことができたのも、本当にたくさんの偶然の積み重ねがあったからです。
きょうは私自身の証はあまり長く話すつもりはありませんので手短に済ませますが、私が高津教会に通うようになったきっかけは、たまたま私が住んでいたアパートの近くに高津教会があったからです。そのアパートに住むようになったのは、私が東京の大学で働くことになったからです。当初私は大学の寮に入ることを希望していましたが、入ることができませんでした。それで私はアパート探しをすることになったわけですが、大学に通勤できる範囲の場所なら、どこに住んでも良かったわけです。その当時に東京スカイツリーがあったら、私はスカイツリーの近くに住んだかもしれません。本当にどこでも良かったのです。そうして東京・神奈川地区の広大な通勤圏内の中で私が選んだアパートが、たまたま高津教会のそばにあったアパートでした。もし私が高津教会のそばに住まなかったら私はクリスチャンになっていなかった可能性が高いと思いますし、仮に別の教会でクリスチャンになっていたとしても、牧師になることはなかったでしょう。それが神様の不思議な導きで高津教会の教会員になり、そして牧師へと導かれました。そうして私が辿って来た道を振り返ってみると、それらは全部偶然の積み重ねのように見えますが、それらの一つ一つにちゃんと神様の備えが存在していたことがわかります。私が牧師になったのは、ある時、突然牧師になったわけではなく、一つ一つの備えがあって、それらのステップを踏みながら牧師になるに至ったわけです。ちゃんとした流れが存在するのですね。
新会堂建設への備え
さて、ここからが今日の本題です。来週、私たちは臨時教会総会を開催して隣の土地を購入する件について諮り、議決します。ここまでの会堂問題の道のりを振り返ると、ここにもちゃんと神様が備えて下さった流れが存在しており、それらのステップを踏んで今に至っていることがわかります。このことを説明して、きょうのメッセージを閉じたいと思います。
まず備えられていたことの一つ目は、私が神学生の2年生の時に夏期実習で静岡教会に派遣され、その時に静岡教会の皆さんと伝道会に出席するという形で、この沼津教会を訪れる機会があったということです。この伝道会で廣瀬先生が沼津教会は新会堂の建設を願っていることを熱心におっしゃっていましたから、沼津教会は新会堂を目指している教会なのだということが私の頭の中にしっかりとインプットされました。それで私が前任地で沼津教会への転任の内示をいただいた時に、自分はこれから沼津教会の新会堂の建設に取り組むのだということを強く意識しました。この備えはとても大きかったと思います。引越しの直前の引継ぎの時に新会堂を目指していることを聞くのと、その何ヶ月も前から知っていたのとでは大違いですから、まず、ここに神様の備えがあったと思います。
そして二つ目の備えとして、私がインターン実習中に姫路教会において土地と建物の所有権移転の登記の手続きを経験していたということです。この経験がありましたから、沼津に来て、すぐに同様の手続きを始めることができました。この手続きが終わらない間は、新会堂の建設には踏み出すことができませんから、姫路教会で備えが為されていたことは大きかったと思います。さらに私は、この手続きを通して、どこの土地であっても登記簿を法務局で手数料を払って取得しさえすれば、地主が誰であるかを、一般の者でも知ることが出来ることを知っていました。今回の土地の地主がAさんであることも、登記簿を取得して知りました。もし私が、登記簿には地主の情報も書かれているのだということを知っていなければ、売りに出されていたわけではない土地の地主さんと接触することはなかっただろうと思います。
三つ目の備えとして、地主さんの建物が教会と同じぐらい老朽化していたということです。私たちは地主さんの土地の一部を買える可能性があるかどうか知りたいと思っていたわけですが、その話を地主さんに切り出すのに、どういう話題から入って行ったら良いか、最初のうち私はわからないでいました。しかし、この同じぐらいに老朽化していたという事実が共通の話題になるであろうと思いました。そして、実際、地主さんも建物の老朽化が限界に来ていることで土地を売却することを考えていました。私たちと似た状況にあったわけです。
そして四つ目の備えとして、ちょうど地主さんと接触したいと思っていた時期に、町内の懇親会がありました。町内では組長さんの任期が3月一杯で4月からは新しい組長さんになります。その引継ぎの時期の3月に、いつも懇親会が持たれます。私はこの懇親会で地主さんに会えるかもしれないと思いました。また、もし会えなくても地主さんと話しをしたいと思っていることを町内の人たちに懇親会の場で話せば、話が伝わるかもしれないと思いました。そして実際にその通りになりました。地主さんは懇親会を欠席しましたが、私が地主さんに会いたがっていることが町内の方を通じてちゃんと伝わり、地主さんと話し合いの時を持つことができるようになりました。
そして五つ目の備えとして、いま組長さんの交代の時期が4月という話をしましたが、牧師も同様ですから懇親会と同じ時期に年会があります。ですから私は年会の直前に地主さんとお会いし、年会でそのことについて教団の先生方と相談する機会がありました。そしてまた、年会のメッセージで霊的に燃やされて沼津に戻って来ました。少し前の礼拝メッセージでも話しましたが、年会のプログラムと言うのは、牧師が霊的に燃やされるようにできています。そうして牧師は霊的に燃やされたところで新しい1年間の任命を受けて教会に戻って来ます。ですから、もし地主さんと会った時期と年会の時期とが重ならなかったら、私は今回のように熱心に地主さんとの交渉や教団への審査の申請に臨まなかったかもしれません。
いま五つの備えがあったことを話しました。①私が既に神学生2年生の時に沼津に来ていて、新会堂建設を目指していることを知っていたこと、②私が姫路にいた時に土地と建物の所有権移転の手続きを経験していたために、登記簿を取得すれば誰でも地主さんを知ることができることを知っていたこと、③教会と隣の建物が同じくらいに老朽化していたこと、同じくらいに老朽化していたので、地主さんのほうでも土地を売ることを考えていました。④地主さんとの接触を考えていた時が組長の交代の時だったので、ちょうど町内の懇親会があったこと。そして、⑤町内の懇親会があったのと、ちょうど同じ時期に教団の年会もあったので、私が霊的に燃やされて沼津に戻って来たことです。その他にも、西村兄と山本兄が備えられていたことも大きかったと思います。
おわりに
隣の土地の取得は、こういう備えの流れの中で準備されて来たことです。ですから、私たちは恐れることなく、主が作って下さった、この流れに沿って行くべきです。私たちの人間的な考えでこの流れを止めるべきではありません。先週の礼拝のメッセージで、主が約束の地に入るという流れを作っていて下さったのに、イスラエルの民はこの流れを止める選択をしたために、荒野を40年間も放浪することになったことを話しました。イスラエルの民は、主が作って下さった流れに素直に乗るべきだったのです。
きょうのルツ記でも3章を読むと、ルツがナオミのアドバイスによって、大胆な行動を取ったことが書かれています。これも、神様が流れを作って下さったことを知ったナオミが、その流れに乗るように行動すべきと判断してルツにアドバイスしたことによります。
ですから私たちも、恐れることなく主が作って下さった流れに乗って前進して行きたいと思います。
お祈りいたしましょう。
2:3 ルツは出かけて行って、刈る人たちのあとについて、畑で落ち穂を拾い集めたが、それは、はからずもエリメレクの一族に属するボアズの畑のうちであった。
2:4 ちょうどその時、ボアズはベツレヘムからやって来て、刈る者たちに言った。