インマヌエル沼津キリスト教会

Immanuel Numazu Christ Church
沼津市今沢34番地

4:7-8(ヨハネの福音書注解)芸が細かいヨハネ

2017-10-31 13:41:23 | ヨハネの福音書注解
ヨハネ4:7-8 芸が細かいヨハネ
 
7 ひとりのサマリヤの女が水をくみに来た。イエスは「わたしに水を飲ませてください」と言われた。8 弟子たちは食物を買いに、町へ出かけていた。


 ここから、背後の時代は「旧約の時代」の北王国の預言者エリヤの時代に入る。北王国の首都はサマリヤであった。ここで弟子たちが町へ出かけて舞台から退場したのは、彼らは4章後半の「使徒の時代」のピリポのサマリヤ伝道(使徒8章)での重要な登場人物であり、「旧約の時代」では不要だからだろう。この辺り、ヨハネは本当に「芸が細かい」と思う。このヨハネの福音書の抜群の面白さを、ぜひ多くの方々と分かち合いたいと願っている。
 さて、イエスがサマリヤの女に「わたしに水を飲ませてください」と言った記事は、エリヤがやもめに「水差しにほんの少しの水を持って来て、私に飲ませてください」(Ⅰ列王17:10)と言ったことと重ねてある。預言者のエリヤには聖霊が注がれているので、エリヤの内には「霊的イエス」がいるのだ。
 エリヤの時代の北王国の王はアハブであった。アハブの前にはヤロブアム、ナダブ、バシャ、エラ、オムリの五人の王たちがいた。ジムリは北王国の民が彼を王として認めていないので(Ⅰ列王16:16)、ヨハネはジムリを王としてカウントしていないようだ。この五人の王たちとアハブのことを、ヨハネはサマリヤの女の夫に例えて「あなたには夫が五人あったが、今あなたといっしょにいるのは、あなたの夫ではない」(ヨハネ4:18)というイエスの言葉で表した。エリヤが話した相手の女はやもめなので夫はいないのだ。この箇所でのヨハネの芸の細かさにも、ただただ感嘆するばかりだ。
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4:6(ヨハネの福音書注解)疲れていた第六時ごろのイエス

2017-10-30 19:47:59 | ヨハネの福音書注解
ヨハネ4:6 疲れていた第六時ごろのイエス

6 そこにはヤコブの井戸があった。イエスは旅の疲れで、井戸のかたわらに腰をおろしておられた。時は第六時ごろであった。(ヨハネ4:6)

 イエスは疲れていた。このことでヨハネは背後の「旧約の時代」ではソロモン王の不信仰によってイスラエルの王国が北王国と南王国の二つの国に分裂してしまったこと、また「使徒の時代」ではステパノの殉教を機にイエスを信じる者たちへの激しい迫害が起きて、イエスの弟子たちがエルサレムから散らされて行ったことをイエスが憂えていることを伺わせる。
 一方でヨハネは「時は第六時ごろであった」と、妙に細かく時刻を表示している。この時刻表示があることで読者は「人間イエスの時代」に釘付けにされて背後に「旧約の時代」と「使徒の時代」があることに気付くにくくなっている。
 ヨハネは背後に別の時代があることを匂わせつつも、簡単にはわからないようにしている。それはどうしてであろうか?
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4:3-5(ヨハネの福音書注解)舞台は「旧約の時代」の北王国と「使徒の時代」のサマリヤ

2017-10-29 17:44:33 | ヨハネの福音書注解
ヨハネ4:3-5 舞台は「旧約の時代」の北王国と「使徒の時代」のサマリヤ

3 主はユダヤを去って、またガリラヤへ行かれた。4 しかし、サマリヤを通って行かなければならなかった。5 それで主は、ヤコブがその子ヨセフに与えた地所に近いスカルというサマリヤの町に来られた。

 「ユダヤ人はサマリヤ人とつきあいをしなかった」(9節)のに、イエスがわざわざサマリヤを通ったのは奇妙だ。前項の2節の「イエスご自身はバプテスマを授けておられたのではなく、弟子たちであったが」も奇妙な表現であった。このような奇妙に感じる表現がある時は、舞台が「人間イエスの時代」にはないことを記者のヨハネが教えてくれている時だ。
 サマリヤが舞台のヨハネ4章は、「旧約の時代」と「使徒の時代」のどの出来事と重ねてあるのかもわかりやすい。後ろの節で、「旧約の時代」はサマリヤが首都の北王国の預言者エリヤとアハブ王の時代であること、「使徒の時代」はピリポがサマリヤでサマリヤ人たちに伝道した時代であることが明らかになる。
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モーセの最期と信仰のたすきリレー(2017.10.29 召天者記念礼拝)

2017-10-29 16:34:23 | 礼拝メッセージ
2017年10月29日召天者記念礼拝メッセージ
『モーセの最期と信仰のたすきリレー』
【申命記34:1~12】

はじめに
 今年も、先に天に召された信仰の先輩方のことを思いながら、ご遺族の方々と共に主に礼拝を捧げる恵みをいただけていますことを、心から感謝したいと思います。
 今年、沼津教会は設立50周年の中を通っています。松村導男師がオートバイで静岡から来て下って家庭集会を行っていた時代を経て、専任の牧師の小田満師が派遣されて沼津教会の歴史が始まったのが1967年、昭和42年のことでした。

(ここで週報に記した兄弟姉妹方が天に召された年を見る)

 こうして、召天者の方々が召されたのが教会設立後何年で、それが何年前であったかということに思いを巡らしていると、この教会が刻んで来た、歴史の重みというものを感じます。
 そして、きょうは、この何十年かの期間を、聖書のモーセの生涯と重ねて考えてみる、ということをご一緒にしてみたいと思っています。というのは、モーセの人生の行き先は、およそ40年ごとに変わって行ったからです。

モーセは最期に何を思っただろうか
 モーセの波乱万丈の生涯を聖書を通して見ていると、人の人生が終わる時というのは、どこにいるのか本当にわからないものだなと思います。モーセがエジプトで奴隷になっていたイスラエル人たちを率いてエジプトを脱出した、出エジプトの出来事は有名ですから、ご存知の方も多いと思います。エジプトを脱出した後、イスラエル人たちは海に行き手を阻まれました。しかし、神は海の水を二つに割って下さり、水の壁を作って下さったので、イスラエル人たちは海の底を向こう岸まで歩いて渡ることができました。そうしてイスラエル人たちが渡り切った後で、神は海の水を元通りにしたので、後ろから追い掛けて来たエジプトの王の軍勢は皆、海の水に飲み込まれてしまいました。
 このエジプト脱出の出来事は、だいたい紀元前1500年ぐらいのこと、今から3500年ぐらい前のことと言われています。この時、モーセは80歳で、モーセが死んだのが120歳の時でした。このモーセの生涯は、聖書の出エジプト記、レビ記、民数記、申命記の四つの書に記されています。ですから、聖書はモーセの生涯をかなり詳しく描いています。
 きょうは、このモーセの生涯を簡単に振り返り、モーセが生涯の最期の時に何を思ったのかに思いを巡らしてみたいと思います。
 先ほど歌った讃美歌③の373番「恵みにあふれる祈りのひと時」の4節に、「ピスガの山より、ふるさとを臨み」とあります。これはモーセが最期にピスガの山に上って、イスラエル人のふるさとであるカナンの地を見渡したことを表していて、同時に将来私たちもまた天の御国に行くのだということに思いを巡らしています。この最期の時に私たちの先輩たちは何を思ったでしょうか。そして私たちは何を思うでしょうか。
 きょうのこれからの話で、モーセが最期に何を思ったかは、私の想像がだいぶ入りますが、それ以外のモーセの生涯については、聖書に書いてあることを話します。いちいち聖書を開きませんから、聞いていていただければ良いです。ただし、最期の場面については、メッセージの終わりに、ご一緒に聖書を見て確認したいと思います。

エジプト脱出のリーダーに指名されたモーセ

 モーセはヘブル人、すなわちイスラエル人の子供として生まれましたが、生後3ヶ月の赤ん坊の時にナイル川の川岸に置き去りにされました。その赤ん坊のモーセをエジプトの王の娘が見つけて育てることにしたので、モーセはエジプトの王家の息子として育ち、大人になりました。
 そうしてエジプトの王家の息子として育ったモーセでしたが、40歳の時に殺人事件を起こして、エジプトから逃げ出さなければならなくなりました。そうして外国のミデヤンの地に逃れたモーセは、そこで羊飼いとして40年間を過ごして80歳になりました。ここまでのことが、出エジプト記の1章と2章に書いてあります。ここまでだけでも、十分に波乱万丈の生涯と言えると思いますが、ここから先がさらに波乱に富んでいます。
 モーセが80歳になった時、モーセは神様に呼び出されます。そして、エジプトで奴隷になっているイスラエル人をエジプトから脱出させるので、そのリーダーになるように言われました。
 イスラエル人が祖先の土地のカナンを離れてエジプトに住んでいたのは、その昔、大ききんがあって食糧がなくなった時に、エジプトに移住したからでした。イスラエル人はエジプトで多くの子供を生み、増え広がりました。その勢いはエジプトの王が恐れるほどで、それゆえエジプトの王はイスラエル人を奴隷として働かせて苦しめることにしました。その苦しみにイスラエル人たちは悶え、叫びの声を上げました。その叫びの声を聞いた神様は、彼らをエジプトの地から脱出させて祖先のふるさとのカナンの地に導き入れることにしました。そのリーダー役にモーセを指名したのでした。
 このイスラエル人の数は、成人の男子だけで約60万人もいましたから、女性や子供を入れると100万人を越えていたでしょう。こんなにも大勢の人々を率いるのは大変なことですから、モーセは自分には無理だから他の人を遣わして下さいと神様に頼みました。しかし、結局は神様に押し切られて、この大変な役目を引き受けることになりました。こうしてモーセの人生は大きく変わっていきました。モーセはイスラエル人の子として生まれたのに川岸に捨てられ、拾われてエジプトの王家の息子として40歳までを過ごし、それが40歳からは羊飼いになって80歳までの40年間を過ごしました。そうして次は100万人を越えるイスラエル人のリーダーになって彼らをエジプトから脱出させなければならなくなりました。

苦労の連続だったモーセ
 モーセはリーダーとして、本当に苦労しました。一番の苦労は、イスラエル人たちがすぐに不平不満をつぶやくことでした。のどが渇くと「水がない」と不平不満を言いました。お腹がすくと、「食料がない」と不平不満を言い、「こんなことだったらエジプトにいたほうが良かった」と言いました。これはひどいですね。イスラエル人たちは奴隷として苦しみ叫んでいたので、神様は彼らをエジプトから出してあげたのでした。それなのに、エジプトでは腹いっぱい食べていたからエジプトにいたほうがマシだったとは、さすがにひど過ぎると思います。こんな不平不満を言う彼らに対して当然神様は怒りますから、モーセはイスラエル人と神様との間で板ばさみになって本当に大変でした。
 しかし、モーセの災難は、これだけにとどまらずに、まだまだ続きます。神様はイスラエル人がエジプトを脱出した1年後には、祖先の地のカナンに導き入れるつもりでいました。それで、十二部族の族長たちにカナンを偵察に行くように命じました。そうしてカナンの偵察から戻って来た時、十二人の族長のうちの十人は弱気になっていて、カナンに進攻するのは無理だと言い出しました。カナンの地にはカナン人たちが住んでいて、イスラエル人がそこに入るには、カナン人たちと戦わなければなりません。偵察に行った族長たちは、カナン人たちがとても強そうに見えたので、おじけづいてしまいました。その族長たちの報告を聞いたイスラエル人たちは嘆き悲しみ、泣き叫びました。そして、「エジプトに帰ろう」と言い出しました。
 このことで神様は、それまでで一番怒りました。イスラエル人たちがエジプトを脱出できたのは神様の力があったからこそだったのに、泣き叫ぶイスラエル人たちはそのことがぜんぜんわかっていませんでした。海に行く手を阻まれたイスラエル人たちが、海を歩いて渡ることができたのは、神様が海の水を二つに割って下さったからです。神様は、こんなにすごいことができるお方です。ですから、カナン人たちがどんなに強くても、神様がそこに導いて下さっているのですから、恐れずに進めば、必ず神様が助けて下さいます。それなのにイスラエル人たちは弱気になって「エジプトに帰ろう」などと言い出したので、堪忍袋の緒が切れた神様は計画を変更して、彼らを荒野で40年間放浪させることにしました。

カナン入りが許されなかったモーセ

 そして、この40年間に荒野を放浪する間に、「エジプトに帰ろう」と泣き叫んだイスラエル人たちは皆、死に絶えました。結局、カナンに入ることができたのは、この時にまだ子供だった者と、40年間に新たに生まれた者と、十二人の族長の中で弱気にならなかったヨシュアとカレブだけでした。そしてモーセもまた、カナンに入ることが許されませんでした。
 モーセもまたカナンに入ることを許されなかったことについては、私はモーセをとても気の毒に思います。モーセをリーダーに指名したのは神様です。モーセは嫌がりましたが、結局は引き受けさせられました。そうしてモーセは不平不満を言うイスラエル人と怒る神様との間で板ばさみになり、ずっと苦労していました。神様はそれだけの苦労をモーセにさせたのですから、最後はご褒美にカナンの地に入れてあげても良さそうなものです。しかし、神様はそうはなさいませんでした。
 では、ここで今日の聖書箇所の申命記34章をご一緒に見ましょう(旧約聖書p.368)。私のほうでお読みします。まず1節、

34:1 モーセはモアブの草原からネボ山、エリコに向かい合わせのピスガの頂に登った。【主】は、彼に次の全地方を見せられた。

 モーセはピスガの山に登りました。ここから、ヨルダン川を挟んで、祖先の地のカナンの地を見渡すことができました。そして主はモーセに仰せられました。少し飛ばして4節、

34:4 そして【主】は彼に仰せられた。「わたしが、アブラハム、イサク、ヤコブに、『あなたの子孫に与えよう』と言って誓った地はこれである。わたしはこれをあなたの目に見せたが、あなたはそこへ渡って行くことはできない。」

 神様はモーセが祖先の地に入ることを許しませんでした。続いて5節、

34:5 こうして、【主】の命令によって、【主】のしもべモーセは、モアブの地のその所で死んだ。

 こうしてモーセは祖先の地のカナンではなくてモアブで死にました。続いて6節~8節、

34:6 主は彼をベテ・ペオルの近くのモアブの地の谷に葬られたが、今日に至るまで、その墓を知った者はいない。
34:7 モーセが死んだときは百二十歳であったが、彼の目はかすまず、気力も衰えていなかった。
34:8 イスラエル人はモアブの草原で、三十日間、モーセのために泣き悲しんだ。そしてモーセのために泣き悲しむ喪の期間は終わった。

ヨシュアに後のことを託したモーセ
 モーセは、どんな思いで最期の時を迎えたのでしょうか。以前の私は、モーセは残念に思っていたに違いないと思っていました。しかし、今の私は、モーセは特に不満は抱かずに穏やかに死んで行ったのだろうと思うようになっています。なぜなら、モーセにはヌンの子ヨシュアという後継者が与えられていたからです。9節です。

34:9 ヌンの子ヨシュアは、知恵の霊に満たされていた。モーセが彼の上に、かつて、その手を置いたからである。イスラエル人は彼に聞き従い、【主】がモーセに命じられたとおりに行った。

 この後、リーダーの役割はヨシュアが引き継いで、イスラエル人たちはヨシュアに率いられて祖先の地のカナンに入ることができました。
 このヨシュアは、カナンに偵察に入った十二人の族長たちの一人でした。十二人のうちの十人は弱気になりましたが、ヨシュアとカレブの二人は、恐れないでカナンに進攻しようと主張しました。この二人は泣き言を言わなかったのでカナンの地に入ることが許されました。
 モーセには、このような心強い後継者がいました。ですから、後のことはヨシュアに任せて、モーセは肩の荷を降ろして安らかに生涯を終えたのだろうと、今の私は想像しています。神様は永遠の中を生きていますが、人の一生は長くても120年です。人はその短い生涯の間に、わずかなことしか為すことができません。ですから、自分ができなかったことを次の世代に引き継いで自らの役割を終えます。そうして長距離走の駅伝のたすきのように、信仰のたすきが引き継がれていきます。モーセは120年の天寿を全うすることができ、なおかつ信仰のたすきをヨシュアに引き継ぐことができたのですから、カナンに入れなかったことも受け容れ、霊と魂を主の御手にお委ねして平安のうちに息を引き取ったのだろうと思います。それが神に仕える信仰者の姿であろうと思います。

おわりに
 今年設立50周年の年の中を通っている沼津教会の私たちが、きょう先に天に召された信仰の先輩のことを思いながら、信仰のたすきリレーについて思いを巡らすことができたことを主に感謝したいと思います。
 私たちは、この信仰のたすきを次の世代に渡して行くことができるでしょうか。教団の牧師不足という大きな波に翻弄されて、人数の少ない小さな私たちの教会はかつてない危機の中にあります。主の御心はどこにあるでしょうか。私たちが信仰のたすきを次に引き継ぐことを許して下さるでしょうか。主の御手にすべてをお委ねして、御心に従いながら、私たちはこれからも、信仰の道を歩んで行きたいと思います。
 お祈りいたしましょう。
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4:1-2(ヨハネの福音書注解)「使徒の時代」の弟子たちによるバプテスマ

2017-10-28 20:48:29 | ヨハネの福音書注解
ヨハネ4:1-2 「使徒の時代」の弟子たちによるバプテスマ

1 イエスがヨハネよりも弟子を多くつくって、バプテスマを授けていることがパリサイ人の耳に入った。それを主が知られたとき、2 ──イエスご自身はバプテスマを授けておられたのではなく、弟子たちであったが──

 ここで記者のヨハネは、この書が描いている時代は「人間イエスの時代」ではないということを、かなりはっきりと示している。「人間イエス」がバプテスマを授けていたのではなく、「使徒の時代」に聖霊を受けたイエスの弟子たちの内にいる「霊的イエス」がバプテスマを授けていたのだ。
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3:31-36(ヨハネの福音書注解)誰も証しを受け入れない

2017-10-27 22:28:58 | ヨハネの福音書注解
ヨハネ3:31-36 誰も証しを受け入れない

31 上から来る方は、すべてのものの上におられ、地から出る者は地に属し、地のことばを話す。天から来る方は、すべてのものの上におられる。32 この方は見たこと、また聞いたことをあかしされるが、だれもそのあかしを受け入れない。33 そのあかしを受け入れた者は、神は真実であるということに確認の印を押したのである。34 神がお遣わしになった方は、神のことばを話される。神が御霊を無限に与えられるからである。35 父は御子を愛しておられ、万物を御子の手にお渡しになった。36 御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。

 32節に「だれもそのあかしを受け入れない」とある。これは背後の「旧約の時代」と「使徒の時代」において不信仰な出来事が起きていることを示しているのであろう。前後の時代を考えるなら、「旧約の時代」においてはダビデ王の息子のソロモン王の不信仰(Ⅰ列王11章)、「使徒の時代」においては、ステパノの殉教(使徒7章)により激化したイエスの弟子たちへの迫害などが相当すると考えられる。そうして次のヨハネ4章の、「旧約の時代」においてイスラエルの王国が南北の二つに分裂したこと(Ⅰ列王12章)、「使徒の時代」においてピリポがサマリヤ伝道を行ったこと(使徒8章)へと移っていく。
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3:25-30(ヨハネの福音書注解)次世代へ継承されるクリスチャンのバトンリレー

2017-10-26 14:32:48 | ヨハネの福音書注解
ヨハネ3:25-30 次世代へ継承されるクリスチャンのバトンリレー

25 それで、ヨハネの弟子たちが、あるユダヤ人ときよめについて論議した。26 彼らはヨハネのところに来て言った。「先生。見てください。ヨルダンの向こう岸であなたといっしょにいて、あなたが証言なさったあの方が、バプテスマを授けておられます。そして、みなあの方のほうへ行きます。」27 ヨハネは答えて言った。「人は、天から与えられるのでなければ、何も受けることはできません。28 あなたがたこそ、『私はキリストではなく、その前に遣わされた者である』と私が言ったことの証人です。29 花嫁を迎える者は花婿です。そこにいて、花婿のことばに耳を傾けているその友人は、花婿の声を聞いて大いに喜びます。それで、私もその喜びで満たされているのです。30 あの方は盛んになり私は衰えなければなりません。」(ヨハネ3:25-30)


 前項で見たように、この区間におけるヨハネとは、「使徒の時代」の「使徒ヨハネ」のことであると考えられる。では、ヨハネが言う「あの方」とは誰のことだろうか?普通に考えれば「人間イエス」であるが、「使徒の時代」には「人間イエス」は生きていない。それゆえ、これはクリスチャンの中にいる「霊的イエス」のことであろう。そうして使徒ヨハネの次世代のクリスチャンがバプテスマを授けているのだ。こうして、イエスを信じるクリスチャンが次世代へと次々に継承され、現代に至ったのである。
 また、この「あの方は盛んになり私は衰えなければなりません」は「旧約の時代」における「預言者サムエルの時代」から「ダビデ王の時代」への移行も重ねられているであろう。なぜなら次のヨハネ4章では既に列王記のソロモン王以降の時代になっているからだ。
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10月29日召天者記念礼拝プログラム

2017-10-26 09:34:11 | 礼拝プログラム
十字架から二千年の2033年までに平和を
 インマヌエル沼津キリスト教会

10月29日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

10月 第5聖日 召天者記念礼拝順序

 司  会                小島牧師
 奏  楽                関姉

 前  奏
 招  詞
 讃 美 ①  聖なるかな          16
 交  読  ヨハネ14:1~7
 祈  祷
 主の祈り
 使徒信条
 讃 美 ②  いつくしみ深き       432
 讃 美 ③  恵みにあふれる祈りのひと時 373
 聖  書  申命記34:1~12
 説  教  『モーセの最期』     小島牧師
 讃 美 ④  主よ、おわりまで      459
 献  金
 感謝祈祷                風間姉
 頌  栄  父・子・聖霊の        271
 祝福の御言葉
 後  奏
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3:23-24(ヨハネの福音書注解)「ヨハネはまだ投獄されていなかった」とは?

2017-10-25 09:05:51 | ヨハネの福音書注解
ヨハネ3:23-24 「ヨハネはまだ投獄されていなかった」とは?

23 一方ヨハネもサリムに近いアイノンでバプテスマを授けていた。そこには水が多かったからである。人々は次々にやって来て、バプテスマを受けていた。24 ──ヨハネは、まだ投獄されていなかったからである──

 「ヨハネは、まだ投獄されていなかった」(24節)の「ヨハネ」は、表面上は「バプテスマのヨハネ」のことだ。しかし本注解で繰り返し述べているように、この福音書が注目している時代は人間イエスの時代ではなく、「旧約の時代」または「使徒の時代」である。では、そのどちらであろうか。前節までは「旧約の時代」のモーセの時代とヨシュアの時代が続いたが、本節では「使徒の時代」が舞台であると考えられる。そして、ここでは時間をかなり自由にとらえる必要がある。
 24節の「ヨハネ」は「使徒ヨハネ」であろう。使徒ヨハネはパトモス島に流刑になっていた(黙示録1:9)。24節の「投獄」は、このことを指すのではないだろうか。それまでの間は、使徒ヨハネは多くの人々にバプテスマを授けていたのだ。
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3:22(ヨハネの福音書注解)ヨシュア記の「ヨルダン渡河」の出来事

2017-10-24 17:56:38 | ヨハネの福音書注解
ヨハネ3:22 ヨシュア記の「ヨルダン渡河」の出来事

その後、イエスは弟子たちと、ユダヤの地に行き、彼らとともにそこに滞在して、バプテスマを授けておられた。(ヨハネ3:22)


 この22節の「ユダヤの地に行き」は、イスラエルの民がヨシュアに率いられてヨルダン川を渡り、カナンの地に入った出来事(ヨシュア3章)が重ねられている。
 ヨルダン川を挟んでの「旧約の時代」の東西の動きは、このヨハネ3:22の他にもある。既に見たヨハネ1:28の「ヨルダンの向こう岸」(アブラムがカナンに向けて出立したハランの地を示す)の他、ヨハネ10:40でイエスは「ヨルダンを渡って」向こう岸の東側に行き、11:7で「もう一度ユダヤに行こう」と言ってヨルダンのこちら側に戻って来た。これは「バビロン捕囚」の出来事とバビロンからの「エルサレム帰還」の出来事が重ねられている。バビロンはエルサレムから見るとヨルダンの向こう岸にあるからである。
 さて、ヨハネ2:1から始まって前節の3:21までモーセの時代が長く続いたが、ここからの3章の残りの区間では時代が急速に進む。後述するようにヨハネ4章からの「旧約の時代」は列王記の時代に入る。それゆえ、この3章22節から36節までの短い区間でヨシュア記、士師記、ルツ記、サムエル記の時代が慌しく過ぎて行くことになる。
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3:17-21(ヨハネの福音書注解)「すでにさばかれている」とは?

2017-10-23 13:36:12 | ヨハネの福音書注解
ヨハネ3:17-21 「すでにさばかれている」とは?

17 神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。18 御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。19 そのさばきというのは、こうである。光が世に来ているのに、人々は光よりもやみを愛した。その行いが悪かったからである。20 悪いことをする者は光を憎み、その行いが明るみに出されることを恐れて、光のほうに来ない。21 しかし、真理を行う者は、光のほうに来る。その行いが神にあってなされたことが明らかにされるためである。(ヨハネ3:17-21)

 18節に、「信じない者は・・・すでにさばかれている」とある。「すでにさばかれている」とは、どういうことだろうか?
 その答が19節以下に書かれている。御子イエスが神の子キリストと信じる者は聖霊を受けて、霊的な目が開眼する。しかし、信じない者は聖霊を受けないから、霊的な目が開眼しない。そのように霊的な目が開眼しないなら神が照らす光が見えないから、光のほうに来ることができない。光のほうに来なかった者は救われないから、滅びることになる。
 信じない者には滅びの道しか残されていない。これが「すでにさばかれている」ということであろう。
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恐れないで「霊的イエス」を証言し続ける ~聖書って、こんなに面白いんだ!(2017.10.22 教団創立記念礼拝)

2017-10-23 08:49:44 | 礼拝メッセージ
2017年10月22日教団創立記念礼拝メッセージ
『恐れないで「霊的イエス」を証言し続ける ~聖書って、こんなに面白いんだ!』
【使徒18:4~11、ヨハネ2:1~4】

はじめに
 きょうの礼拝は教団創立記念礼拝です。前半は連講中の使徒の働きの18章を見て、後半は教団と日本のキリスト教会の現状と将来についての話につなげて行きたいと思います。教団の創設時を振り返るよりは、日本のキリスト教会の将来について今の私が示されていることを、お話しできたらと願っています。

コリントで教え続けたパウロ
 では、いつものように使徒の働きの学びから始めます。前回は使徒18章の1節から3節までを見た後で少し先回りをして、パウロの第二次伝道旅行と第三次伝道旅行のこの先の足取りを確認し、そこにアクラとプリスキラがどのように関わって行ったかについて学びました。アクラとプリスキラの夫妻はパウロと共にコリントで1年半、エペソで約2年を過ごして、強い信頼関係が築かれました。
 それでは先週の続きの4節以降を見て行きましょう。まず4節、

4 パウロは安息日ごとに会堂で論じ、ユダヤ人とギリシヤ人を承服させようとした。

 ここまではパウロはコリントの町にシラスとテモテを伴わないで来ていました。彼らとはベレヤの町で別れたままになっていました。しかし、ここでシラスとテモテとまた合流することができました。5節です。

5 そして、シラスとテモテがマケドニヤから下って来ると、パウロはみことばを教えることに専念し、イエスがキリストであることを、ユダヤ人たちにはっきりと宣言した。

 しかし、ユダヤ人たちはパウロのことばを受け入れようとしませんでした。6節、

6 しかし、彼らが反抗して暴言を吐いたので、パウロは着物を振り払って、「あなたがたの血は、あなたがたの頭上にふりかかれ。私には責任がない。今から私は異邦人のほうに行く」と言った。

 そして、異邦人であるコリント人の多くが信仰に入ったことが次に書かれています。

7 そして、そこを去って、神を敬うテテオ・ユストという人の家に行った。その家は会堂の隣であった。8 会堂管理者クリスポは、一家をあげて主を信じた。また、多くのコリント人も聞いて信じ、バプテスマを受けた。

 パウロが後に書いたコリント人への手紙第一と第二は、この第二次伝道旅行のコリント伝道の時に信仰に入った人たちに向けた手紙ですね。

恐れないで語り続ける
 さて、ある夜にパウロは主から語り掛けを受けました。9節から11節です。

9 ある夜、主は幻によってパウロに、「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。10 わたしがあなたとともにいるのだ。だれもあなたを襲って、危害を加える者はない。この町には、わたしの民がたくさんいるから」と言われた。11 そこでパウロは、一年半ここに腰を据えて、彼らの間で神のことばを教え続けた。

 9節は有名な聖句ですね。説教などでよく引用されます。ここまでパウロは、ユダヤ人たちから様々な迫害や妨害に遭って来ました。それで、どの町においても、そんなに長く滞在することはありませんでした。テサロニケとベレヤでは大きな騒ぎがあったことを、少し前にご一緒に学びました。きょう見た箇所でも、「彼らが反抗して暴言を吐いた」とあります。ですから、このコリントの町でも大きな騒動が起きる心配があったと思います。しかし主は10節で、「わたしがあなたとともにいるのだ。だれもあなたを襲って、危害を加える者はない」とおっしゃって下さいました。こうして、パウロはコリントに一年半じっくりと腰を据えて、コリントの人々の間で神のことばを教え続けました。
 なぜ、ユダヤ人たちはパウロを迫害したのか。それは、かつてパウロがイエスを信じる者たちを迫害していた理由と同じだろうと思います。十字架に掛かって死んだイエスはユダヤ人から見れば神から呪われた者でしたから、そんな者がメシヤ/キリストであるはずがありません。迫害は過激ですが、ユダヤ人たちが容易にイエスを信じなかったのは、ある意味では仕方のないことだとも言えるかもしれません。
 その点、異邦人のギリシャ人たちはそもそも旧約聖書のバックグラウンドを持っていませんから、かえって伝道しやすかったとも言えるでしょう。ここで多くのコリント人たちが信仰に入りました。

状況を変える力を秘めている『ヨハネの福音書』
 さて、きょうは教団創立記念礼拝です。いまご一緒に読んだ箇所に、私は一筋の光明を見たように思いますので、後半は今の教団と日本のキリスト教会が置かれている状況とパウロが置かれていた状況とを絡めながら話を進めてみたいと思います。
 ご承知のように、教団は牧師不足の問題を抱えており、今のところ改善する兆しは見られません。ですから牧師は今後ますます不足する見通しになっています。これは私たちの教団だけの話ではなくて、キリスト教の大半の教団が抱えている問題です。それだけに深刻な問題です。
 今のキリスト教会の年齢構成は、ほとんどの教団において牧師も信徒も高齢側に偏っていることと思います。牧師も信徒も若い人が足りません。この状況が続くなら、今の教会の数を維持することは困難ですから、教会の数は減って行かざるを得ません。
 こういう状況の中に今の日本のキリスト教会はありますが、そんな中で私は『ヨハネの福音書』が、この状況を変える大きな力を秘めていると確信しています。ヨハネの福音書は、これまで私たちが教えられて来たような書ではないことが、いよいよハッキリして来ました。あとでまた説明しますが、ヨハネの福音書はマタイ・マルコ・ルカの福音書とはまったく異なる目的で書かれた書です。ただし、このことが多くの人に理解されるまでには長い時間が掛かるだろうと私は思っていました。しかし、そんな悠長なことは言っていられなくなりました。なぜなら、私たちの教会自体がこの深刻な問題の大水に飲み込まれそうになっているからです。きょうの聖書交読は詩篇69篇を交代で読みましたが、私たちはまさに大水の底に陥り、奔流が私たちを押し流そうとしています(詩篇69:2)。

「聖書って、こんなに面白いんだ!」
 私たちは、今の状況を変える可能性を秘めた『ヨハネの福音書』の秘密を知りながら、このまま大きな波に飲み込まれて行くわけにはいきません。それで、教団創立記念礼拝の今日のメッセージのタイトルは、『恐れないで「霊的イエス」を証言し続ける』としました。きょうの使徒18章9節で主はパウロに、「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。」と語り掛けました。私も同様の語り掛けを主から受けていると感じていて、ヨハネの福音書の「霊的イエス」を恐れないで証言し続けなければならないと示されています。
 日本のキリスト教会がなぜ、今のような状況になってしまったのか。一つの要因は、聖書が「つまらない書物」だと思われているからだと思います。きょうは衆議院選挙の投票日ですから、選挙のことと併せて考えてみたいと思います。今の日本人は選挙も「つまらない」と思っている人が多いようです。昨年の参議院選挙の投票率は約55%でした。45%もの人々が投票しませんでした。特に若い人が投票所に行きません。選挙がつまらないものだと思われるようになった責任の大半は政治家にあるでしょう。同様に、聖書がつまらないものだと思われている責任の大半は牧師にあるのだろうと思います。
 選挙はつまらないものではなく、一人一人が期待を持って投票所に足を運んで一票を投じることで、日本は変わります。聖書もつまらないものではなく、一人一人が期待を持って聖書を開くことで日本は変わり、さらに聖書の場合には世界までもが変わります。聖書は「世界のベストセラー」とも呼ばれますから、それくらい大きな力を秘めています。
 きょうはヨハネ2章を開いて、残りの時間で「聖書ってこんなに面白いんだ」という話ができたらと思います。この面白さを感じてもらえないとしたら、私の力不足ということになります。

主役は「霊的イエス」であるヨハネの福音書

 ヨハネは「霊的イエス」を「人間イエス」の上に重ねる手法で私たちが神を見ることができるようにしてくれました。ヨハネの福音書の主役は「霊的イエス」であって、「人間イエス」は脇役です。
 一方、マタイ・マルコ・ルカの福音書の主役は「人間イエス」です。マタイ・マルコ・ルカの福音書の「人間イエス」に関する証言を受け入れてイエスが神の子キリストと信じるなら、その者は聖霊を受けます。そして聖霊を受けた者は「霊的イエス」が見えるようになることをヨハネの福音書は教えてくれています。
 また記者のヨハネはさらに、この福音書の読者に「霊的イエス」の新たな証人として加わるように求めています。そうして証言が増えていくなら、世界は証言が記された書物を収めきれないほどになります(ヨハネ21:25)。
 さて、「霊的イエス」は主に旧約の時代の預言者の内と、使徒の時代のクリスチャンの内にいます。預言者もクリスチャンも聖霊が注がれていますから、その者の内にはイエスさまが住んでいます。これが「霊的イエス」です。きょうはこの「霊的イエス」の例をヨハネ2章で見ることにしたいと思います。
 ヨハネ2章の背後にある「旧約の時代」は、出エジプト記の時代です。従って、「霊的イエス」は預言者のモーセの内にいます。この2章には「使徒の時代」のペンテコステの日の「霊的イエス」も重ねられていますが、きょうは「旧約の時代」だけを見ることにします。

聖霊を受けたモーセの内にいる「霊的イエス」
 ヨハネ2:4でイエスさまは母に、「あなたはわたしと何の関係があるのでしょう。女の方。」と言いました。ここで記者のヨハネは、この福音書の主役は「霊的イエス」であって、「人間イエス」ではないことを読者の私たちに教えてくれています。もし主役が「人間イエス」であったら、母に向かってこんな失礼な言い方はしないでしょう。しかし母のマリヤはモーセの母ではありませんから、モーセの内にいるイエスさまにとってマリヤは何の関係もありません。また、記者のヨハネはここに、モーセがエジプトの王女の息子として育てられたという事情も重ねているかもしれません。ここにはヨハネ流のユーモアがあります。このヨハネの福音書独特のユーモアを、ぜひ多くの方々に理解していただきたいと思います。
 次にイエスさまが水をぶどう酒に変えた最初のしるし(ヨハネ2:11)は、神様がナイル川の水を血に変えた「最初の災い」に重ねられています。モーセがナイル川の水を杖で打つと、ナイル川の水は血に変わりました(出エジプト7:20)。この時のモーセの内には「霊的イエス」がいたとヨハネの福音書は記しています。カナの婚礼の祝い事を「災い」と重ねることに違和感を覚える方もいるかもしれませんが、この災いによってイスラエルの民はエジプトを脱出できる恵みに与ったのですから、出エジプトの場合には祝福と災いを重ねても構わないでしょう。

十の災い
 この災いは「十の災い」の中の最初の災いです。そして、二番目から九番目の災いは
②カエル、③ブヨ、④アブ、⑤家畜の疫病、⑥腫れ物、⑦雹、⑧イナゴ、⑨暗闇です。この二番目から九番目の災いをヨハネは、12節に重ねています。

その後、イエスは母や兄弟たちや弟子たちといっしょに、カペナウムに下って行き、長い日数ではなかったが、そこに滞在された。(ヨハネ2:12)


 ここに「長い日数ではなかった」とありますね。これは二番目から九番目の災いには長い日数が掛からなかったということです。


 そして十番目の災いは「初子の死」の死ですね。この初子の死をイスラエル人たちは「過越」によって免れました。このことをヨハネは13節の

ユダヤ人の過越の祭りが近づき、イエスはエルサレムに上られた。(ヨハネ2:13)

で表しています。イスラエル人たちは、かもいと門柱に羊の血を塗って目印を付けましたから、神はそのイスラエル人の家を過ぎ越して行きました。しかし、エジプト人の家では王家の初子も家畜の初子も、ことごとく死にました。こうしてエジプトの王はイスラエル人たちにエジプトを出て行くように命じました。

海の水に飲み込まれたエジプトの王の軍勢
 しかし、皆さんご存知のように、この後、エジプトの王の軍勢がイスラエル人たちを追い掛けます。そうして二つに割れた海の水に飲み込まれて死んでしまいます。そのことが、「あなたの家を思う熱心がわたしを食い尽くす」という詩篇69篇9節の引用で表しています。
 きょうの聖書交読で読んだように、詩篇69篇の1節と2節には次のようにあります。

1 神よ。私を救ってください。水が、私ののどにまで、入って来ましたから。2 私は深い泥沼に沈み、足がかりもありません。私は大水の底に陥り奔流が私を押し流しています。(詩篇69:1-2)

 こうしてエジプトの軍勢は海の水に飲み込まれてしまいました。この主の御業を見て、イスラエル人たちは神を信じました。ここは出エジプト記をご一緒に見ましょう。出エジプト記14章の29節~31節です。

29 イスラエル人は海の真ん中のかわいた地を歩き、水は彼らのために、右と左で壁となったのである。30 こうして、主はその日イスラエルをエジプトの手から救われた。イスラエルは海辺に死んでいるエジプト人を見た。31 イスラエルは主がエジプトに行われたこの大いなる御力を見たので、民は主を恐れ、主とそのしもべモーセを信じた。(出エジプト14:29-31)


 こうして、イスラエルの民は主とモーセを信じました。そのモーセの中には「霊的イエス」がいます。このことをヨハネは2:23で表しています。

イエスが、過越の祭りの祝いの間、エルサレムにおられたとき、多くの人々が、イエスの行われたしるしを見て、御名を信じた。(ヨハネ2:23)


人の心の内をすべて知っている神
 しかし、イスラエル人たちは水と食べ物のことで、すぐに不平不満をつぶやくようになりました。出エジプト16章の2節と3節を交代で読みましょう。

2 そのとき、イスラエル人の全会衆は、この荒野でモーセとアロンにつぶやいた。3 イスラエル人は彼らに言った。「エジプトの地で、肉なべのそばにすわり、パンを満ち足りるまで食べていたときに、私たちは主の手にかかって死んでいたらよかったのに。事実、あなたがたは、私たちをこの荒野に連れ出して、この全集団を飢え死にさせようとしているのです。(出エジプト16:2-3)

 このつぶやきは、モーセとアロンに対するもので、イスラエル人たちは神に直接不平不満をぶつけたわけではありませんでした。しかし、神は彼らの心の内をすべてご存知でした。それがヨハネ2:24-25に表されています。新改訳第3版ではわかりにくいので、新改訳2017を週報のp.3に載せておきました。

24 しかし、イエスご自身は、彼らに自分をお任せにならなかった。すべての人を知っていたので、25 人についてだれの証言も必要とされなかったからである。イエスは、人のうちに何があるかを知っておられたのである。(ヨハネ2:24-25、新改訳2017)

 25節にあるように、イエスさまは人の心の内に何があるか、不平不満があるのか、感謝があるのか、神への愛があるのか、すべてをご存知でした。
 このように、ヨハネの福音書の2章の背後には、こんなにも細かく出エジプト記の出来事が重ねられています。そして、ヨハネはさらにこのヨハネ2章に、「使徒の時代」も重ねていますが、ややこしくなるので、きょうは省略します。

おわりに ~聖書って本当に面白い
 このようなヨハネの福音書のことを私は、本当に面白いと思います。この面白さが皆さんに上手く伝わっていないとしたら、とても残念ですし、責任を感じます。こんなに面白い聖書を私たちに与えて下さった神様に申し訳なく思います。
 このヨハネの福音書の面白さは、まだほとんど知られていません。6月に「『ヨハネの福音書』と「夕凪の街 桜の国」』という本を出しましたが、特に話題になったわけではありませんから、ヨハネの福音書の面白さは相変わらず知られていません。このことを私は神様に申し訳なく思います。しかし逆に言えば、まだまだ知られていないからこそ、今の困難な状況を大きく変える大きな力を秘めているとも思っています。特に若い人々が、「聖書って、こんなにも面白い書だったんだ!」と思ってくれるようになるなら、状況は大きく変わると思います。
 ヨハネの福音書は、こんなにも大きな力を秘めています。ですから私は悲観する必要はないと思っています。皆さんはいかがでしょうか。共に、このヨハネの福音書の面白さを分かち合うことができると、うれしく思います。
 お祈りいたしましょう。
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3:15-16(ヨハネの福音書注解)重層的な「永遠」の中でこそ感じられる豊かな神の愛

2017-10-21 06:13:18 | ヨハネの福音書注解
ヨハネ 3:15-16 重層的な「永遠」の中でこそ感じられる豊かな神の愛

15 それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」16 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。


 ヨハネ3:16は時に「聖書の中の聖書」とも呼ばれる聖書の中心メッセージである。この聖句の背後には前項の3:14で見たように、荒野を放浪しているイスラエルの民の姿があることを覚えておきたい。イスラエルの民は何かあればすぐに不平不満を言った。モーセが蛇を上げた時もそうであった。

民は神とモーセに逆らって言った。「なぜ、あなたがたは私たちをエジプトから連れ上って、この荒野で死なせようとするのか。パンもなく、水もない。私たちはこのみじめな食物に飽き飽きした。」(民数記21:5)

 このイスラエルの民の姿は大半の私たちの姿でもある。中途半端に神を信じ、神についたり離れたりしている。心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、神を愛するということがなく、何かあればすぐに神に不平不満をぶつける。このような私たちは、ノアの洪水の時のように滅ぼされてもおかしくはない。しかし、神はこんな私たちを愛してくださり、「ひとりとして滅びること」がないように、御子を遣わされた。ヨハネは第一の手紙に次のように書いている。

9 神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。10 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。(Ⅰヨハネ4:9-10)


 この神の愛の豊かさは、

→ 使徒の時代(霊的イエス) →
→ イエスの時代(人間イエス) →
→ 旧約の時代(霊的イエス) →

という重層的な「永遠」の時間観の中でこそ、たっぷりと感じることができる。一方、もし「過去→現在→未来」という一方通行の流れの時間観に束縛されたまま、聖書の時代を

→ 旧約の時代 → イエスの時代 → 使徒の時代 →

という直線的な時間の中でしか理解していないのなら「霊的イエス」の存在にも気づくことがないであろうし、神の愛も少ししか感じることができないであろう。
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3:13-14(ヨハネの福音書注解)ヨハネ3:14はジグソーパズルの「角」のピース

2017-10-20 14:58:49 | ヨハネの福音書注解
ヨハネ 3:13-14 ヨハネ3:14はジグソーパズルの「角」のピース

13 だれも天に上った者はいません。しかし天から下った者はいます。すなわち人の子です。14 モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。(ヨハネ3:13-14)

 このヨハネ3:14の「モーセが荒野で蛇を上げた」記事は、

→ 使徒の時代(霊的イエス) →
→ イエスの時代(人間イエス) →
→ 旧約の時代(霊的イエス) →

の三層構造になっているヨハネ1~11章の区間においては唯一、「旧約の時代」の出来事が表側に明示されている箇所だ。この「モーセが荒野で蛇を上げた」という旧約の記事は民数記21:9にある。
 その他の「旧約の時代」の出来事は、すべて背後で暗に示されているだけだ。それゆえ表に現れている「イエスの時代」の記事が旧約のどの出来事と重ねられているのか、わかりづらい箇所も多い。例えばヨハネ1章のナタナエルが創世記のヤコブであることは気づきにくいであろう。或いはまたヨハネ2:11の「最初のしるし」が、神がエジプトに与えた「最初の災い」であることにも、すぐには気づきにくいだろう。そんな中で、このヨハネ3:14は民数記21:9に対応していると明示されているおかげで、この前後の記事も容易に「旧約の時代」の出来事と照合することができる。この記事の前のニコデモの箇所は出エジプト記とレビ記の「律法の授与」の出来事と重ねられていると容易にわかるし、この記事の後の「その後、イエスは弟子たちと、ユダヤの地に行き」(ヨハネ3:22)はヨシュア記3章の「ヨルダン渡河」の出来事と重ねられていると容易にわかる。
 このようにして、ヨハネ4章でイエスがサマリヤ地方に行ったことは北王国の預言者エリヤの時代と重ねられているということもわかり、順次まるでジグソーパズルのピースの全体が嵌まるようにして、重なりの全体像が明らかになるのだ。そういう意味で、このヨハネ3:14の「モーセが荒野で蛇を上げた」記事は、ジグソーパズルの四隅の「角」のピースであると言えるだろう。
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3:9-12(ヨハネの福音書注解)不信仰なイスラエルの民とユダヤ人を嘆き、叱責する神

2017-10-20 11:29:17 | ヨハネの福音書注解
ヨハネ 3:9-12 不信仰なイスラエルの民とユダヤ人を嘆き、叱責する神

9 ニコデモは答えて言った。「どうして、そのようなことがありうるのでしょう。」10 イエスは答えて言われた。「あなたはイスラエルの教師でありながら、こういうことがわからないのですか。11 まことに、まことに、あなたに告げます。わたしたちは、知っていることを話し、見たことをあかししているのに、あなたがたは、わたしたちのあかしを受け入れません。12 あなたがたは、わたしが地上のことを話したとき、信じないくらいなら、天上のことを話したとて、どうして信じるでしょう。

 ここでイエスはニコデモを叱責している。記者のヨハネは「旧約の時代」のイスラエルの民が神と共に歩まずにすぐに神から離れてしまうことを、この箇所に重ねているのだろう。彼らは水や食べ物のことで不平不満を言い、またモーセを通して律法が与えられた時には声を一つにして「主の仰せられたことは、みな行います」(出エジプト24:3)と誓ったにも関わらず、モーセが四十日間シナイ山に上っていた間に金で子牛の像を造り、それを伏し拝む有様であった(出エジプト32章)。そんなイスラエルの民に対する神の嘆きと怒りの表れが、ニコデモへの叱責ではないか。
 そして、この不信仰は「使徒の時代」のユダヤ人たちも同様であった。イエスを信じたユダヤ人も少なくはなかったものの、多数派になるには至らず、ユダヤ人の多くは信じなかった。これではユダヤ人たちは聖霊を受けることができず、聖霊の恵みもわからない。「使徒の時代」の「霊的イエス」は、このこともまた残念に思っていたであろう。
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