2019年11月24日礼拝メッセージ
『戦災に涙し、霊的鈍感に憤るイエス』
【哀歌1:1~3、ルカ19:41~44、ヨハネ11:32~44】
はじめに
きょうの礼拝メッセージは予定を変更して、戦争被害を悲しむ聖書箇所を開くことにしました。
昨日の晩に来日したローマ教皇は、きょうの24日は被爆地の長崎と広島で核兵器の廃絶を訴えて平和の集いを行うそうです。私もこの広島・長崎への原爆投下と核兵器廃絶の問題には強い関心を持っています。そして、この平和の働きを聖書を伝えることで行うために私は召し出されて牧師になったと確信していますから、きょうはどうしても、このことについて語らなければなりません。
ただ、これから語ることはこれまであまり理解されて来ませんでした。それゆえ、きょうは招きのことば(ルカ19:41~44)や聖書交読(哀歌1:1~22)も使って心を整えていただき、少しでも分かりやすいメッセージになるように心掛けたつもりです。
では早速、聖書を見て行くことにします。きょうは次の五つのパート(週報p.2)で話を進めて行きます。
①イエスさまは何に涙し、何に憤っていたのか?
②創世記の「初め」の時代から始まるヨハネの福音書
③「律法の恵み」の上に「聖霊の恵み」も重ねるヨハネ
④現代の戦災にも涙し、霊敵鈍感に憤るイエスさま
⑤なぜ私たちは霊的鈍感に陥っているのか?
①イエスさまは何に涙し、何に憤っていたのか?
きょうの聖書箇所のヨハネ11章を見ましょう。11章の1節に、ラザロが病気になったことが書いてあります。ラザロはマルタとマリアの姉妹と共にベタニア村に住んでいました。ベタニア村はヨルダン川のこちら側にあります。「こちら側」とはエルサレムから見た時にヨルダン川の「こちら側」にある、ということです。
さて、この時のイエスさまはヨルダン川の向こう側に行っていたことが10章の40節に書かれています。40節に「イエスは再びヨルダンの川向こう・・・に行き、そこに滞在された」とありますね。つまりイエスさまの滞在地とベタニア村の間にはヨルダン川が流れていて渡りやすい場所に迂回しなければなりませんから、すぐには駆け付けられない状況でした。すぐには行けないのなら、なおさら急いで出発すべきです。しかし、イエスさまは6節にあるように、さらにヨルダン川の向こうに二日間とどまっていました。
そのようにゆっくりしていたので、その間にラザロは死んでいました。そのことでマルタとマリアはとても悲しんでいました。きょう聖書朗読で司会者に読んでいただいた場面は、その悲しみの現場にイエスさまが到着した場面です。32節でマリアはイエスさまに言いました。「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに。」続いて33節から35節までをお読みします。
皆さんは、この箇所を読んで、どのように感じるでしょうか?私は、初めてここを読んだ時には特別なことは感じなかったと思います。聖書は難しいですから、誰でも大体そんな感じではないでしょうか。
けれども何回か読むうちに、この場面を読むとザワザワと胸騒ぎを覚えるようになりました。福音書はマタイ・マルコ・ルカ・ヨハネの四つありますが、この箇所ほどイエスさまの感情が激しく揺れ動いている場面はないと思います。33節から35節までの短い箇所でイエスさまは「霊に憤りを覚え」、「心を騒がせ」、「涙を流され」ました。
イエスさまが怒ったり、或いは泣いたりと、一つの感情を顕わにした場面は他にもあります。しかし、この場面のイエスさまは「霊に憤りを覚え」、「心を騒がせ」、「涙を流され」ました。新改訳第3版では、「心を騒がせ」が、「心の動揺を感じて」になっていました。つまりイエスさまの心の中では平常心を保っていられないほどに激情が渦巻いていたということです。イエスさまは湖で嵐に遭って、乗っていた小舟が沈みそうで弟子たちが慌てていた時にも平気で寝ていたお方です。イエスさまと言えば常に冷静沈着というイメージがあります。そんなイエスさまがこのヨハネ11章では激しく動揺していました。
これは背後に何かあると思いませんか?何度もこの箇所を読むうちに私は次第に、イエスさまは単にラザロの死のことで激しく動揺したのではないことを感じるようになりました。イエスさまは死んだラザロをも生き返らせることができるお方です。天の父にできないことはありませんから、イエスさまが天の父に頼めば死んだ人でも生き返ります。実際、44節でラザロは生き返って墓から出て来ました。ですから死んだラザロ一人のことで、イエスさまがこんなにも動揺するはずがありません。これは背後に何かあると考えるべきです。ただ、それが何であるのか、私は何年もの間、分からないでいました。
しかし、ある聖霊体験を経て、私はこのイエスさまの激しい動揺の背後に何があったのかが分かるようになりました。ある聖霊体験とは、私がインターン実習生として姫路教会にいた時に、朝の日課の聖書通読でレビ記を読み始めたら涙が出て止まらなくなったという体験です。天の父がイスラエル人たちをどんなに深く愛していたかが分かり、その父が私のことをも深く愛して下さっていることを感じました。そして今までの私がその父の愛を分かっていなかったことをとても申し訳なく思い、涙が溢れ出ました。さらに2001年に死んだ私の父親も私のことを深く愛してくれていたのに、そのことへの感謝の思いがあまり無かったことに対しても申し訳なく思い、涙が止まらなくなりました。この天の父の深い愛は聖霊が教えて下さったものです。
この聖霊体験を経て、私はそれまでよりも聖書が格段に深く味わえるようになり、ヨハネの福音書もそれまでより理解できるようになりました。そして、このヨハネ11章のことも分かって来ました。次のパートに移って、そのことを話します。
②創世記の「初め」の時代から始まるヨハネの福音書
皆さんも良くご存知のように、ヨハネの福音書は次のことばで始まります(週報p.2)。
「ことば」とはイエスさまのことですから、ヨハネの福音書は創世記の「初め」の時代のイエスさまのことから書き始めています。そうして、この福音書は地上生涯のイエスさまに重ねる形で旧約聖書の時代のイエスさまのことも時代順に描いています。きょうは、そのことを詳しく話す時間はありませんから、省略します。詳しいことを知りたい方は、私の著書の「『ヨハネの福音書』と『夕凪の街 桜の国』」を是非、お読みいただきたいと思います。
さてヨハネ1章から始まったイエスさまの旧約の時代がどこで終わるかと言うと、11章の54節です(週報p.2)。
とあります。
上の1章1節にあるように、イエスさまは「ことば」です。つまりイエスさまは「聖書のことば」です。その「聖書のことば」であるイエスさまが11章54節では「もはやユダヤ人との間を公然と歩くこと」をやめました。「公然」と歩かなくなったということは、つまりここで聖書のことばが旧約聖書の最後のマラキ書まで来て、聖書の記述が一旦終わったということです。
11章54節がマラキ書ですから、イエスさまが動揺していたヨハネ11章30節の辺りは、聖書のかなり終わりの方ということになります。それはどこでしょうか?今度は11章よりも前を見ることにしましょう。あまり前に戻り過ぎると時間が掛かりますから、ヨハネ10章1節を見ましょう。重要な聖句ですから、週報p.2にも載せておきました。
このイエスさまのことばは、旧約聖書にあっては預言者エレミヤのことばです。エレミヤの時代のエルサレムの人々は外国の神々を礼拝し、偶像を拝むことを止めませんでした。そこで神は預言者のエレミヤを通して、外国の神々の礼拝を止めなければ外国人の軍隊を送ってエルサレムを滅ぼすと警告しました。このエレミヤにイエスさまは聖霊を通して神の警告のことばを伝えていました。
しかしエルサレムの人々はこの警告を無視しましたから、バビロン軍などの外国の軍隊がエルサレムの城壁を乗り越えて侵入し、王宮や神殿を破壊して宝物などを強奪して行きました。ヨハネ10章1節のイエスさまのことばの「門から入らず、ほかのところを乗り越えて」というのはバビロン軍などがエルサレムの街の城壁を乗り越えて侵入したことを指します。
そうしてエルサレムの人々は捕らえられてバビロンへ捕囚として引かれて行きました。そのことが書かれているのが、ヨハネ10章40節です。お読みします。
バビロンはヨルダン川の向こう側にありますから、40節でイエスさまが川向こうに行ったということは、預言者エゼキエルを通して神のことばを語っていたイエスさまがエルサレムの人々と共にバビロンへ捕囚として引かれて行ったことを指します。
そうしてエルサレムは滅亡しました。滅亡したのは人々の大半がバビロンに引かれて行った後です。ヨハネ11章6節でイエスさまが「ラザロが病んでいると聞いてからも、そのときいた場所に二日とどまった」というのは、人々がエルサレムへの帰還を許されて、神殿と城壁の再建のために戻って行くまでの年月を指します。
きょうの聖書交読では『哀歌』の1章をご一緒に読みましたね。哀歌はエルサレムの滅亡を悲しんだ歌です。哀歌1章1節から3節までをお読みします。
つまりヨハネ11章35節で涙を流したイエスさまはエルサレムの滅亡を悲しんでいたのでした。ラザロの死のこともイエスさまはもちろん悲しみましたが、旧約の時代に天にいたイエスさまは、このエルサレムの滅亡を天の神(父)と共に深く悲しんでいました。
すると、11章の32節と33節の状況も自ずと分かって来るでしょう。32節でマリアはイエスさまに言いました。「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに。」そして33節、
イエスさまは一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのを見て、霊に憤りを覚え、心を騒がせました。イエスさまはなぜ「霊に」憤りを覚えたのでしょうか?それは、この憤りが霊的なことに関わるからでしょう。エルサレムが滅亡したのはエルサレムの人々が霊的に鈍感だったからです。エルサレムが滅亡する前、天の神(父)と共にいたイエスさまはエレミヤを通して再三再四、このまま悪行を続けるならエルサレムを滅ぼすと警告しました。しかしエルサレムの人々は耳を傾けませんでした。もしエルサレムの人々がもっと霊的に敏感であったなら、エレミヤの警告によって主に立ち返り、そうしてエルサレムは滅亡を免れたはずです。そのエルサレムの人々の霊的な鈍感さ故に、イエスさまは霊に憤りを覚えました。
③「律法の恵み」の上に「聖霊の恵み」も重ねたヨハネ
旧約の時代は「律法の恵み」の時代と言えます。イスラエルの民にとって律法は恵みです。このことを私は、レビ記を読んで涙を流す聖霊体験を通して理解しました。レビ記には律法が書いてあります。律法は天の父がイスラエルの民を深く愛しているが故に授けたものですから、大きな恵みです。
そしてヨハネの福音書のすごいところは、地上生涯のイエスさまに「律法の恵み」だけでなく「聖霊の恵み」も重ねていることです。それは、ヨハネ1章の16節と17節から分かります(週報p.2)。
私たちはみな、恵みの上にさらに恵みを受けました。それは「律法の恵み」の上に「聖霊の恵み」を受けたということです。この「聖霊の恵み」がどのように重ねられているかについても、きょうは時間がありませんから説明しません。詳しいことを知りたい方は、「『ヨハネの福音書』と『夕凪の街 桜の国』」を読んでいただければ幸いです。
さて、「聖霊の恵み」が重ねられているということは、パウロたちが活動した使徒たちの時代が重ねられているということです。そして、このヨハネ11章には、紀元70年にローマ軍の攻撃によってエルサレムが再び滅亡したことが重ねられています。エルサレムは紀元前にバビロン軍によって滅亡し、イエスさまの時代を経て紀元70年にローマ軍によって再び滅亡しました。この紀元70年のエルサレムの滅亡を予告したのが、きょうの招きのことばで読んでいただいたルカ19章のイエスさまのことばです(週報p.2)。
41節でイエスさまは泣いています。つまり、ヨハネ11章35節で涙を流したイエスさまは、この紀元70年のエルサレムの滅亡のことをも深く悲しんでいます。
④現代の戦災にも涙し、霊敵鈍感に憤るイエスさま
二つの時代のエルサレムの滅亡を時空を超えて悲しみ、人々の霊的な鈍感さに憤るイエスさまは当然、現代の私たちの霊的な鈍感さにも憤り、絶えず戦争をしていることを深く悲しんでいます。
人類は広島と長崎に原爆を投下した後も核兵器の研究開発をさらに推し進めて、原爆よりもさらに強力な水爆を開発しました。そして小型化してミサイルに搭載できるようにしました。小型化する前はB29が広島・長崎でそうしたように、攻撃目標の都市の上空まで飛行機で原爆を運ばなければなりませんでしたが、ミサイルならその必要がありません。北朝鮮は既に大型の核兵器の製造には成功していて、今は小型化することとミサイルを遠くに正確に飛ばす技術を磨いているのでしょう。
このことをイエスさまがどんなに悲しみ、私たちの霊的な鈍感さに対してもどんなに憤りを覚えておられることでしょうか。先ほどお読みしたルカ19章42節でイエスさまはエルサレムのために泣きながら言いました。「もし、平和に向かう道を、この日おまえも知っていたら──。しかし今、それはおまえの目から隠されている。」この1世紀のエルサレムの人々と同じように現代人もまた霊的な目が閉じていて平和に向かう道が目から隠されていますから、核兵器の廃絶が進みません。
21世紀の現代人もまた霊的に鈍感であることは、ヨハネ11章のイエスさまがエルサレムの滅亡のことで霊的に憤り、涙していることに気付かれていないことからも明らかです。このヨハネの福音書の霊的なメッセージを私は姫路教会にいた頃の8年前から広く知ってもらいたいと願って発信していますが、なかなか分かってもらえず、2年前に本(「『ヨハネの福音書』と『夕凪の街 桜の国』」も出しましたが、それでも理解してもらえていません。それはつまり、多くの方々がまだ霊的に十分に覚醒していないからなのでしょう。
しかし、逆に言えばこれは大きな希望でもあります。なぜなら、もし人々が霊的に覚醒してイエスさまの涙と憤りを敏感に感じることができるようになるなら、世界は平和に向かい、核兵器が廃絶されるという希望を持てるからです。現状では核兵器の廃絶はなかなか進展せず、世界は一向に平和に向かいません。しかし、多くの人々が霊的に覚醒するなら、世界は必ずや平和に向かうことでしょう。
⑤なぜ私たちは霊的鈍感に陥っているのか?
そのためには、なぜ私たちが霊的に鈍感な状態に陥っているのかを解明する必要があります。これは、単に平和の働きのためだけでなく、私たちの教会の将来にも直結していることです。なぜなら人々が教会に来ないのもやはり、霊的に鈍感だからです。
私たちクリスチャンも、核兵器廃絶に必要なレベルから言えばまだまだ霊的に鈍感ですが、それでもイエスさまを信じて聖霊を受けていますから、聖霊を受けていない人よりは霊的に敏感な筈です。そして聖霊を受けている人でも霊的な敏感さには差があるでしょう。この霊的な敏感さ・鈍感さは何によるのでしょうか?このことが分かれば、私たちはもっと霊的に成長できて、そしてもっと多くの方々に教会に来ていただけるようにもなるでしょう。
ですから何が霊的な鈍感さをもたらしているかを解明することは、どうしても必要なことです。なぜ私たちは霊的に鈍感なのか?今のところ次の三つの原因を考えています(週報p.2)。
A.私たちが「過去→現在→未来」の時間観に縛られているため
B.私たちが、目に見えることだけに注目しがちであるため
C.父・子・聖霊の三位一体の神への理解が乏しいため
これらの一つ一つについて説明する時間はもうありませんから、今後の礼拝メッセージで触れていくことにします。
おわりに
上記のA~Cの中で特にCの「父・子・聖霊の三位一体の神」については来年、重点的に学びたいと思っています。そうして三位一体の神について学ぶ中で私たちは霊的に成長して、イエスさまの悲しみと憤りを、もっと深く理解できるようになりたいと思います。
そうして私たちが霊的に成長するなら神様は祝福して下さり、教会に多くの方々が集うようになるでしょう。ですから、先ずは私たちが霊的に成長して行きたいと思います。このことに思いを巡らしながら、しばらく、ご一緒にお祈りいたしましょう。
『戦災に涙し、霊的鈍感に憤るイエス』
【哀歌1:1~3、ルカ19:41~44、ヨハネ11:32~44】
はじめに
きょうの礼拝メッセージは予定を変更して、戦争被害を悲しむ聖書箇所を開くことにしました。
昨日の晩に来日したローマ教皇は、きょうの24日は被爆地の長崎と広島で核兵器の廃絶を訴えて平和の集いを行うそうです。私もこの広島・長崎への原爆投下と核兵器廃絶の問題には強い関心を持っています。そして、この平和の働きを聖書を伝えることで行うために私は召し出されて牧師になったと確信していますから、きょうはどうしても、このことについて語らなければなりません。
ただ、これから語ることはこれまであまり理解されて来ませんでした。それゆえ、きょうは招きのことば(ルカ19:41~44)や聖書交読(哀歌1:1~22)も使って心を整えていただき、少しでも分かりやすいメッセージになるように心掛けたつもりです。
では早速、聖書を見て行くことにします。きょうは次の五つのパート(週報p.2)で話を進めて行きます。
①イエスさまは何に涙し、何に憤っていたのか?
②創世記の「初め」の時代から始まるヨハネの福音書
③「律法の恵み」の上に「聖霊の恵み」も重ねるヨハネ
④現代の戦災にも涙し、霊敵鈍感に憤るイエスさま
⑤なぜ私たちは霊的鈍感に陥っているのか?
①イエスさまは何に涙し、何に憤っていたのか?
きょうの聖書箇所のヨハネ11章を見ましょう。11章の1節に、ラザロが病気になったことが書いてあります。ラザロはマルタとマリアの姉妹と共にベタニア村に住んでいました。ベタニア村はヨルダン川のこちら側にあります。「こちら側」とはエルサレムから見た時にヨルダン川の「こちら側」にある、ということです。
さて、この時のイエスさまはヨルダン川の向こう側に行っていたことが10章の40節に書かれています。40節に「イエスは再びヨルダンの川向こう・・・に行き、そこに滞在された」とありますね。つまりイエスさまの滞在地とベタニア村の間にはヨルダン川が流れていて渡りやすい場所に迂回しなければなりませんから、すぐには駆け付けられない状況でした。すぐには行けないのなら、なおさら急いで出発すべきです。しかし、イエスさまは6節にあるように、さらにヨルダン川の向こうに二日間とどまっていました。
そのようにゆっくりしていたので、その間にラザロは死んでいました。そのことでマルタとマリアはとても悲しんでいました。きょう聖書朗読で司会者に読んでいただいた場面は、その悲しみの現場にイエスさまが到着した場面です。32節でマリアはイエスさまに言いました。「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに。」続いて33節から35節までをお読みします。
33 イエスは、彼女が泣き、一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのをご覧になった。そして、霊に憤りを覚え、心を騒がせて、
34 「彼をどこに置きましたか」と言われた。彼らはイエスに「主よ、来てご覧ください」と言った。
35 イエスは涙を流された。
34 「彼をどこに置きましたか」と言われた。彼らはイエスに「主よ、来てご覧ください」と言った。
35 イエスは涙を流された。
皆さんは、この箇所を読んで、どのように感じるでしょうか?私は、初めてここを読んだ時には特別なことは感じなかったと思います。聖書は難しいですから、誰でも大体そんな感じではないでしょうか。
けれども何回か読むうちに、この場面を読むとザワザワと胸騒ぎを覚えるようになりました。福音書はマタイ・マルコ・ルカ・ヨハネの四つありますが、この箇所ほどイエスさまの感情が激しく揺れ動いている場面はないと思います。33節から35節までの短い箇所でイエスさまは「霊に憤りを覚え」、「心を騒がせ」、「涙を流され」ました。
イエスさまが怒ったり、或いは泣いたりと、一つの感情を顕わにした場面は他にもあります。しかし、この場面のイエスさまは「霊に憤りを覚え」、「心を騒がせ」、「涙を流され」ました。新改訳第3版では、「心を騒がせ」が、「心の動揺を感じて」になっていました。つまりイエスさまの心の中では平常心を保っていられないほどに激情が渦巻いていたということです。イエスさまは湖で嵐に遭って、乗っていた小舟が沈みそうで弟子たちが慌てていた時にも平気で寝ていたお方です。イエスさまと言えば常に冷静沈着というイメージがあります。そんなイエスさまがこのヨハネ11章では激しく動揺していました。
これは背後に何かあると思いませんか?何度もこの箇所を読むうちに私は次第に、イエスさまは単にラザロの死のことで激しく動揺したのではないことを感じるようになりました。イエスさまは死んだラザロをも生き返らせることができるお方です。天の父にできないことはありませんから、イエスさまが天の父に頼めば死んだ人でも生き返ります。実際、44節でラザロは生き返って墓から出て来ました。ですから死んだラザロ一人のことで、イエスさまがこんなにも動揺するはずがありません。これは背後に何かあると考えるべきです。ただ、それが何であるのか、私は何年もの間、分からないでいました。
しかし、ある聖霊体験を経て、私はこのイエスさまの激しい動揺の背後に何があったのかが分かるようになりました。ある聖霊体験とは、私がインターン実習生として姫路教会にいた時に、朝の日課の聖書通読でレビ記を読み始めたら涙が出て止まらなくなったという体験です。天の父がイスラエル人たちをどんなに深く愛していたかが分かり、その父が私のことをも深く愛して下さっていることを感じました。そして今までの私がその父の愛を分かっていなかったことをとても申し訳なく思い、涙が溢れ出ました。さらに2001年に死んだ私の父親も私のことを深く愛してくれていたのに、そのことへの感謝の思いがあまり無かったことに対しても申し訳なく思い、涙が止まらなくなりました。この天の父の深い愛は聖霊が教えて下さったものです。
この聖霊体験を経て、私はそれまでよりも聖書が格段に深く味わえるようになり、ヨハネの福音書もそれまでより理解できるようになりました。そして、このヨハネ11章のことも分かって来ました。次のパートに移って、そのことを話します。
②創世記の「初め」の時代から始まるヨハネの福音書
皆さんも良くご存知のように、ヨハネの福音書は次のことばで始まります(週報p.2)。
1 初めにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
2 この方は、初めに神とともにおられた。
2 この方は、初めに神とともにおられた。
「ことば」とはイエスさまのことですから、ヨハネの福音書は創世記の「初め」の時代のイエスさまのことから書き始めています。そうして、この福音書は地上生涯のイエスさまに重ねる形で旧約聖書の時代のイエスさまのことも時代順に描いています。きょうは、そのことを詳しく話す時間はありませんから、省略します。詳しいことを知りたい方は、私の著書の「『ヨハネの福音書』と『夕凪の街 桜の国』」を是非、お読みいただきたいと思います。
さてヨハネ1章から始まったイエスさまの旧約の時代がどこで終わるかと言うと、11章の54節です(週報p.2)。
54 そのために、イエスはもはやユダヤ人たちの間を公然と歩くことをせず、そこから荒野に近い地方に去って・・・
とあります。
上の1章1節にあるように、イエスさまは「ことば」です。つまりイエスさまは「聖書のことば」です。その「聖書のことば」であるイエスさまが11章54節では「もはやユダヤ人との間を公然と歩くこと」をやめました。「公然」と歩かなくなったということは、つまりここで聖書のことばが旧約聖書の最後のマラキ書まで来て、聖書の記述が一旦終わったということです。
11章54節がマラキ書ですから、イエスさまが動揺していたヨハネ11章30節の辺りは、聖書のかなり終わりの方ということになります。それはどこでしょうか?今度は11章よりも前を見ることにしましょう。あまり前に戻り過ぎると時間が掛かりますから、ヨハネ10章1節を見ましょう。重要な聖句ですから、週報p.2にも載せておきました。
1 「羊たちの囲いに、門から入らず、ほかのところを乗り越えて来る者は、盗人であり強盗です。」
このイエスさまのことばは、旧約聖書にあっては預言者エレミヤのことばです。エレミヤの時代のエルサレムの人々は外国の神々を礼拝し、偶像を拝むことを止めませんでした。そこで神は預言者のエレミヤを通して、外国の神々の礼拝を止めなければ外国人の軍隊を送ってエルサレムを滅ぼすと警告しました。このエレミヤにイエスさまは聖霊を通して神の警告のことばを伝えていました。
しかしエルサレムの人々はこの警告を無視しましたから、バビロン軍などの外国の軍隊がエルサレムの城壁を乗り越えて侵入し、王宮や神殿を破壊して宝物などを強奪して行きました。ヨハネ10章1節のイエスさまのことばの「門から入らず、ほかのところを乗り越えて」というのはバビロン軍などがエルサレムの街の城壁を乗り越えて侵入したことを指します。
そうしてエルサレムの人々は捕らえられてバビロンへ捕囚として引かれて行きました。そのことが書かれているのが、ヨハネ10章40節です。お読みします。
40 そして、イエスは再びヨルダンの川向こう、ヨハネが初めにバプテスマを授けていた場所に行き、そこに滞在された。
バビロンはヨルダン川の向こう側にありますから、40節でイエスさまが川向こうに行ったということは、預言者エゼキエルを通して神のことばを語っていたイエスさまがエルサレムの人々と共にバビロンへ捕囚として引かれて行ったことを指します。
そうしてエルサレムは滅亡しました。滅亡したのは人々の大半がバビロンに引かれて行った後です。ヨハネ11章6節でイエスさまが「ラザロが病んでいると聞いてからも、そのときいた場所に二日とどまった」というのは、人々がエルサレムへの帰還を許されて、神殿と城壁の再建のために戻って行くまでの年月を指します。
きょうの聖書交読では『哀歌』の1章をご一緒に読みましたね。哀歌はエルサレムの滅亡を悲しんだ歌です。哀歌1章1節から3節までをお読みします。
1 ああ、ひとり寂しく座っている。人で満ちていた都が。彼女はやもめのようになった。国々の間で力に満ちていた者、もろもろの州の女王が、苦役に服することになった。
2 彼女は泣きながら夜を過ごす。涙が頬を伝っている。彼女が愛する者たちの中には、慰める者はだれもいない。その友もみな裏切り、彼女の敵となってしまった。
3 悩みと多くの労役の後に、ユダは捕らえ移された。彼女は諸国の中に住み、憩いを見出すことがない。追い迫る者たちはみな追いついた。彼女が苦しみのただ中にあるときに。
2 彼女は泣きながら夜を過ごす。涙が頬を伝っている。彼女が愛する者たちの中には、慰める者はだれもいない。その友もみな裏切り、彼女の敵となってしまった。
3 悩みと多くの労役の後に、ユダは捕らえ移された。彼女は諸国の中に住み、憩いを見出すことがない。追い迫る者たちはみな追いついた。彼女が苦しみのただ中にあるときに。
つまりヨハネ11章35節で涙を流したイエスさまはエルサレムの滅亡を悲しんでいたのでした。ラザロの死のこともイエスさまはもちろん悲しみましたが、旧約の時代に天にいたイエスさまは、このエルサレムの滅亡を天の神(父)と共に深く悲しんでいました。
すると、11章の32節と33節の状況も自ずと分かって来るでしょう。32節でマリアはイエスさまに言いました。「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに。」そして33節、
33 イエスは、彼女が泣き、一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのをご覧になった。そして、霊に憤りを覚え、心を騒がせて、
イエスさまは一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのを見て、霊に憤りを覚え、心を騒がせました。イエスさまはなぜ「霊に」憤りを覚えたのでしょうか?それは、この憤りが霊的なことに関わるからでしょう。エルサレムが滅亡したのはエルサレムの人々が霊的に鈍感だったからです。エルサレムが滅亡する前、天の神(父)と共にいたイエスさまはエレミヤを通して再三再四、このまま悪行を続けるならエルサレムを滅ぼすと警告しました。しかしエルサレムの人々は耳を傾けませんでした。もしエルサレムの人々がもっと霊的に敏感であったなら、エレミヤの警告によって主に立ち返り、そうしてエルサレムは滅亡を免れたはずです。そのエルサレムの人々の霊的な鈍感さ故に、イエスさまは霊に憤りを覚えました。
③「律法の恵み」の上に「聖霊の恵み」も重ねたヨハネ
旧約の時代は「律法の恵み」の時代と言えます。イスラエルの民にとって律法は恵みです。このことを私は、レビ記を読んで涙を流す聖霊体験を通して理解しました。レビ記には律法が書いてあります。律法は天の父がイスラエルの民を深く愛しているが故に授けたものですから、大きな恵みです。
そしてヨハネの福音書のすごいところは、地上生涯のイエスさまに「律法の恵み」だけでなく「聖霊の恵み」も重ねていることです。それは、ヨハネ1章の16節と17節から分かります(週報p.2)。
16 私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けた。
17 律法はモーセによって与えられ、恵みとまことはイエス・キリストによって実現したからである。
17 律法はモーセによって与えられ、恵みとまことはイエス・キリストによって実現したからである。
私たちはみな、恵みの上にさらに恵みを受けました。それは「律法の恵み」の上に「聖霊の恵み」を受けたということです。この「聖霊の恵み」がどのように重ねられているかについても、きょうは時間がありませんから説明しません。詳しいことを知りたい方は、「『ヨハネの福音書』と『夕凪の街 桜の国』」を読んでいただければ幸いです。
さて、「聖霊の恵み」が重ねられているということは、パウロたちが活動した使徒たちの時代が重ねられているということです。そして、このヨハネ11章には、紀元70年にローマ軍の攻撃によってエルサレムが再び滅亡したことが重ねられています。エルサレムは紀元前にバビロン軍によって滅亡し、イエスさまの時代を経て紀元70年にローマ軍によって再び滅亡しました。この紀元70年のエルサレムの滅亡を予告したのが、きょうの招きのことばで読んでいただいたルカ19章のイエスさまのことばです(週報p.2)。
41 エルサレムに近づいて、都をご覧になったイエスは、この都のために泣いて、言われた。
42 「もし、平和に向かう道を、この日おまえも知っていたら──。しかし今、それはおまえの目から隠されている。
43 やがて次のような時代がおまえに来る。敵はおまえに対して塁を築き、包囲し、四方から攻め寄せ、
44 そしておまえと、中にいるおまえの子どもたちを地にたたきつける。彼らはおまえの中で、一つの石も、ほかの石の上に積まれたまま残してはおかない。それは、神の訪れの時を、おまえが知らなかったからだ。」
42 「もし、平和に向かう道を、この日おまえも知っていたら──。しかし今、それはおまえの目から隠されている。
43 やがて次のような時代がおまえに来る。敵はおまえに対して塁を築き、包囲し、四方から攻め寄せ、
44 そしておまえと、中にいるおまえの子どもたちを地にたたきつける。彼らはおまえの中で、一つの石も、ほかの石の上に積まれたまま残してはおかない。それは、神の訪れの時を、おまえが知らなかったからだ。」
41節でイエスさまは泣いています。つまり、ヨハネ11章35節で涙を流したイエスさまは、この紀元70年のエルサレムの滅亡のことをも深く悲しんでいます。
④現代の戦災にも涙し、霊敵鈍感に憤るイエスさま
二つの時代のエルサレムの滅亡を時空を超えて悲しみ、人々の霊的な鈍感さに憤るイエスさまは当然、現代の私たちの霊的な鈍感さにも憤り、絶えず戦争をしていることを深く悲しんでいます。
人類は広島と長崎に原爆を投下した後も核兵器の研究開発をさらに推し進めて、原爆よりもさらに強力な水爆を開発しました。そして小型化してミサイルに搭載できるようにしました。小型化する前はB29が広島・長崎でそうしたように、攻撃目標の都市の上空まで飛行機で原爆を運ばなければなりませんでしたが、ミサイルならその必要がありません。北朝鮮は既に大型の核兵器の製造には成功していて、今は小型化することとミサイルを遠くに正確に飛ばす技術を磨いているのでしょう。
このことをイエスさまがどんなに悲しみ、私たちの霊的な鈍感さに対してもどんなに憤りを覚えておられることでしょうか。先ほどお読みしたルカ19章42節でイエスさまはエルサレムのために泣きながら言いました。「もし、平和に向かう道を、この日おまえも知っていたら──。しかし今、それはおまえの目から隠されている。」この1世紀のエルサレムの人々と同じように現代人もまた霊的な目が閉じていて平和に向かう道が目から隠されていますから、核兵器の廃絶が進みません。
21世紀の現代人もまた霊的に鈍感であることは、ヨハネ11章のイエスさまがエルサレムの滅亡のことで霊的に憤り、涙していることに気付かれていないことからも明らかです。このヨハネの福音書の霊的なメッセージを私は姫路教会にいた頃の8年前から広く知ってもらいたいと願って発信していますが、なかなか分かってもらえず、2年前に本(「『ヨハネの福音書』と『夕凪の街 桜の国』」も出しましたが、それでも理解してもらえていません。それはつまり、多くの方々がまだ霊的に十分に覚醒していないからなのでしょう。
しかし、逆に言えばこれは大きな希望でもあります。なぜなら、もし人々が霊的に覚醒してイエスさまの涙と憤りを敏感に感じることができるようになるなら、世界は平和に向かい、核兵器が廃絶されるという希望を持てるからです。現状では核兵器の廃絶はなかなか進展せず、世界は一向に平和に向かいません。しかし、多くの人々が霊的に覚醒するなら、世界は必ずや平和に向かうことでしょう。
⑤なぜ私たちは霊的鈍感に陥っているのか?
そのためには、なぜ私たちが霊的に鈍感な状態に陥っているのかを解明する必要があります。これは、単に平和の働きのためだけでなく、私たちの教会の将来にも直結していることです。なぜなら人々が教会に来ないのもやはり、霊的に鈍感だからです。
私たちクリスチャンも、核兵器廃絶に必要なレベルから言えばまだまだ霊的に鈍感ですが、それでもイエスさまを信じて聖霊を受けていますから、聖霊を受けていない人よりは霊的に敏感な筈です。そして聖霊を受けている人でも霊的な敏感さには差があるでしょう。この霊的な敏感さ・鈍感さは何によるのでしょうか?このことが分かれば、私たちはもっと霊的に成長できて、そしてもっと多くの方々に教会に来ていただけるようにもなるでしょう。
ですから何が霊的な鈍感さをもたらしているかを解明することは、どうしても必要なことです。なぜ私たちは霊的に鈍感なのか?今のところ次の三つの原因を考えています(週報p.2)。
A.私たちが「過去→現在→未来」の時間観に縛られているため
B.私たちが、目に見えることだけに注目しがちであるため
C.父・子・聖霊の三位一体の神への理解が乏しいため
これらの一つ一つについて説明する時間はもうありませんから、今後の礼拝メッセージで触れていくことにします。
おわりに
上記のA~Cの中で特にCの「父・子・聖霊の三位一体の神」については来年、重点的に学びたいと思っています。そうして三位一体の神について学ぶ中で私たちは霊的に成長して、イエスさまの悲しみと憤りを、もっと深く理解できるようになりたいと思います。
そうして私たちが霊的に成長するなら神様は祝福して下さり、教会に多くの方々が集うようになるでしょう。ですから、先ずは私たちが霊的に成長して行きたいと思います。このことに思いを巡らしながら、しばらく、ご一緒にお祈りいたしましょう。