インマヌエル沼津キリスト教会

Immanuel Numazu Christ Church
沼津市今沢34番地

エルサレム行きにこだわったパウロ(2018.1.28 礼拝)

2018-01-30 08:22:47 | 礼拝メッセージ
2018年1月28日礼拝メッセージ
『エルサレム行きにこだわったパウロ』
【使徒21:7~15】

はじめに
 きょうは使徒の働きの21章に入ります。パウロは人々が止めるのも聞き入れずにエルサレムに行くことにこだわっていました。きょうは、そのことをご一緒に考えてみたいと思います。パウロの本心は本人でなければわからないことですが、パウロの気持ちに思いを巡らすことで、私たちもまたパウロのように少しでも御父と御子に近づくことができれば幸いであると思います。

エルサレムに向かったパウロ
 先週ご一緒に見た20章では、パウロはミレトの港町にいました。先週ご一緒に読んだ中の、20章22節から24節までを交代で読みましょう。

20:22 いま私は、心を縛られて、エルサレムに上る途中です。そこで私にどんなことが起こるのかわかりません。
20:23 ただわかっているのは、聖霊がどの町でも私にはっきりとあかしされて、なわめと苦しみが私を待っていると言われることです。
20:24 けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません。

 ここにあるように、パウロはエルサレムに向かっていましたが、そこで捕らえられることを予感していました。しかしパウロは24節で、「私のいのちは少しも惜しいとは思いません」と言っています。そうしてミレトの港町を離れました。
 21章の1節から3節までをお読みします。ここには「私たち」とありますから、この使徒の働きのルカも同行していました。

21:1 私たちは彼らと別れて出帆し、コスに直航し、翌日ロドスに着き、そこからパタラに渡った。
21:2 そこにはフェニキヤ行きの船があったので、それに乗って出帆した。
21:3 やがてキプロスが見えて来たが、それを左にして、シリヤに向かって航海を続け、ツロに上陸した。ここで船荷を降ろすことになっていたからである。

 パウロたちはツロに上陸しました。後ろの地図で確認しておきましょう。
(地図を見る)

エルサレム行きにこだわったパウロ
 このツロの町では、この町の弟子たち、すなわちクリスチャンのところに滞在しました。4節です。

21:4 私たちは弟子たちを見つけ出して、そこに七日間滞在した。彼らは、御霊に示されて、エルサレムに上らぬようにと、しきりにパウロに忠告した。

 ここではツロの弟子たちも、御霊に示されて、エルサレムに上らぬようにとパウロに忠告したことが記されています。そうして、少し飛ばして7節と8節、

21:7 私たちはツロからの航海を終えて、トレマイに着いた。そこの兄弟たちにあいさつをして、彼らのところに一日滞在した。
21:8 翌日そこを立って、カイザリヤに着き、あの七人のひとりである伝道者ピリポの家に入って、そこに滞在した。

 パウロたちはカイザリヤに着きました。そして、そこでも、こんなことがありました。9節から11節。

21:9 この人には、預言する四人の未婚の娘がいた。
21:10 幾日かそこに滞在していると、アガボという預言者がユダヤから下って来た。
21:11 彼は私たちのところに来て、パウロの帯を取り、自分の両手と両足を縛って、「『この帯の持ち主は、エルサレムでユダヤ人に、こんなふうに縛られ、異邦人の手に渡される』と聖霊がお告げになっています」と言った。

 そこで12節、

21:12 私たちはこれを聞いて、土地の人たちといっしょになって、パウロに、エルサレムには上らないよう頼んだ。

 すると13節、

21:13 するとパウロは、「あなたがたは、泣いたり、私の心をくじいたりして、いったい何をしているのですか。私は、主イエスの御名のためなら、エルサレムで縛られることばかりでなく、死ぬことさえも覚悟しています」と答えた。

 このようにパウロはこのカイザリヤでも、ミレトの港町で言ったことと同じようなことを繰り返しました。そうして14節と15節、

21:14 彼が聞き入れようとしないので、私たちは、「主のみこころのままに」と言って、黙ってしまった。
21:15 こうして数日たつと、私たちは旅仕度をして、エルサレムに上った。

捕らえられたパウロ
 そしてパウロは実際にエルサレムで捕らえられました。その経緯は少々長いので、30節から33節までの4カ節だけを見ておきましょう。交代で読みます。

21:30 そこで町中が大騒ぎになり、人々は殺到してパウロを捕らえ、宮の外へ引きずり出した。そして、ただちに宮の門が閉じられた。
21:31 彼らがパウロを殺そうとしていたとき、エルサレム中が混乱状態に陥っているという報告が、ローマ軍の千人隊長に届いた。
21:32 彼はただちに、兵士たちと百人隊長たちとを率いて、彼らのところに駆けつけた。人々は千人隊長と兵士たちを見て、パウロを打つのをやめた。
21:33 千人隊長は近づいてパウロを捕らえ、二つの鎖につなぐように命じたうえ、パウロが何者なのか、何をしたのか、と尋ねた。

 こうしてパウロは、ローマ兵に捕らえられてしまいました。
 それにしても、なぜパウロはここまでしてエルサレムに行くことにこだわったのでしょうか。エルサレムで困窮している兄弟たちのためにヨーロッパで集められた支援金を持っていくという大切な任務がありましたが、誰か他の人に託すこともできたと思います。先々週ご一緒に見ましたが、パウロはローマに寄ってからイスパニヤに行きたいという願望を持っていました。エルサレムで捕らえられてしまえば、イスパニヤに行くことは適わなくなります。

パウロはなぜエルサレム行きにこだわったか
 ここ何週間か私は、パウロが何故ここまでエルサレムに行くことにこだわったのかについて思いを巡らしていました。なかなか分からない中で、一つ気になることが示されました。それはパウロがエルサレムの神殿で礼拝を捧げていたということです。先ほどご一緒に読んだ30節に、「人々は殺到してパウロを捕らえ、宮の外に引きずり出した」とありますから、パウロは捕らえられた時には神殿にいました。
 私はここにパウロの神殿への強いこだわりが見え隠れしているように感じています。神殿へのこだわりというと語弊があるかもしれません。御父への深い愛と言ったほうが良いかもしれません。父へ礼拝を捧げることは神殿でなくてもできますが、神殿が存在する以上は、エルサレムの神殿が最も父の臨在を感じることができる場所であることは確かでしょう。
 例えば、好んで海外で暮らしている日本人を考えてみましょう。日本より外国のほうが暮らしやすいからという理由で、海外暮らしをしている日本人はたくさんいます。そういう日本人もほとんどの人々は日本を愛していることと思います。そうしてたまには短期間だけ帰国して日本を満喫している人も多いでしょう。
 パウロも異邦人の地での生活を長くしていて、そのことに慣れていましたが、たまにはエルサレムの神殿での礼拝を思う存分したいという気持ちはあったでしょう。その気持ちはパウロが五旬節の日にはエルサレムに着いていたい(使徒20:16)と考えていたことから読み取れます。五旬節は、三大祭り(過越、七週、仮庵)の七週の祭りの時にありますから、やはり生粋のユダヤ人であるパウロは、祭りの時に神殿に礼拝したいという思いが強かったのではないかと思います。そうしてエルサレムでエネルギーをチャージしてからローマ・イスパニヤ方面に向かいたかったのではないでしょうか。

神殿の喪失感を引きずっていた人々
 ルカが書いた使徒の働きはルカの福音書の続編です。そのルカの福音書の書き出しは、バプテスマのヨハネの父ザカリヤの神殿における奉仕の話から始めています。ここでルカは使徒たちの神殿への強い愛着感そして喪失感を表現しているように感じます。神殿は紀元70年にローマ軍の攻撃によって焼失してしまいます。ルカの福音書と使徒の働きは、恐らくこの神殿焼失よりも後に書かれたと考えられます(焼失前という説もありますが)。
 パウロが生きていた時代には、まだ神殿が存在していました。神殿が存在している以上、パウロが神殿に強い愛着とこだわりを持っていたことは当然だと思います。そうして神殿における礼拝で御父と御子との一体感を感じていました。ただ、これは異邦人の前では言いにくいことですね。異邦人は神殿に入ることができませんでしたから、異邦人の前ではパウロは自分の神殿への愛着を言うことはなかったでしょう。
 一方、ルカの福音書よりもさらに後のヨハネの福音書のイエスさまは、ヨハネ4章でサマリヤの女に次のように言っています。「わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが父を礼拝するのは、この山でもなく、エルサレムでもない、そういう時が来ます。(中略)神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」(ヨハネ4:21,24)
 ヨハネの福音書のイエスさまは、父を礼拝するのは、このサマリヤの山でもエルサレムの神殿でもないとおっしゃっています。ここからは、ヨハネの福音書が書かれた1世紀の末頃でも、なお多くの人々が神殿の喪失感を引きずっていたことが読み取れると思います。ユダヤ人はもういい加減に神殿のことは忘れなさいというヨハネからのメッセージとも読み取れます。父を礼拝することは神殿でなくてもできるのですから、神殿にこだわる必要はないわけです。しかし何度も繰り返しますが、パウロの時代にはまだ神殿がありましたからパウロが神殿にこだわるのは当然のことでした。

おわりに

 私たちは、私たちの神殿である会堂の建設への強いこだわりを持っていましたが、それを果たすことはできませんでした。しかし、このことによって新約聖書が書かれた時代の人々がエルサレムの神殿に愛着を持ち、ローマ軍の攻撃によって焼失した後には喪失感を長く引きずっていたことが、より深く理解できるようになったと私は感じています。このことは感謝すべきことなのだろうと思います。もし会堂建築が順調に進んでいたなら、なかなか気付かなかっただろうと思います。私たちは聖書の時代の人々にもっと近づき、もっと身近に感じることで、御父と御子への愛をもっと深めることができますから、これはとても感謝なことです。
 きょうはパウロが御父と御子を深く愛し、一つとなっていたことを学ぶことができましたから感謝したいと思います。私たちも御父と御子と一つになって、これからも礼拝を捧げて行きたいと思います。
 お祈りいたしましょう。
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悩む人々10:モーセ2(2018.1.24 祈り会)

2018-01-26 08:26:43 | 祈り会メッセージ
2018年1月24日祈り会メッセージ
『悩む人々10:モーセ(2)』
【出エジプト3:7~12】

3:7 【主】は仰せられた。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを確かに見、追い使う者の前の彼らの叫びを聞いた。わたしは彼らの痛みを知っている。
3:8 わたしが下って来たのは、彼らをエジプトの手から救い出し、その地から、広い良い地、乳と蜜の流れる地、カナン人、ヘテ人、エモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人のいる所に、彼らを上らせるためだ。
3:9 見よ。今こそ、イスラエル人の叫びはわたしに届いた。わたしはまた、エジプトが彼らをしいたげているそのしいたげを見た。
3:10 今、行け。わたしはあなたをパロのもとに遣わそう。わたしの民イスラエル人をエジプトから連れ出せ。」
3:11 モーセは神に申し上げた。「私はいったい何者なのでしょう。パロのもとに行ってイスラエル人をエジプトから連れ出さなければならないとは。」
3:12 神は仰せられた。「わたしはあなたとともにいる。これがあなたのためのしるしである。わたしがあなたを遣わすのだ。あなたが民をエジプトから導き出すとき、あなたがたは、この山で、神に仕えなければならない。」

はじめに
 きょうは「悩む人々」としてのモーセの2回目です。前回のモーセの1回目では、浪人時代のモーセに注目しました。モーセは40歳から80歳までの40年間をミデヤンの地で羊飼いとして過ごしていました。40歳までのモーセは王家の息子としてエジプトで過ごしていました。恐らくエジプトの王のもとには世界中から、いろいろと珍しい物が集まっていたことでしょう。そうしてまた最新の学問も学ぶことができたでしょう。40歳までのモーセは、そういう新しい刺激がある環境で暮らしていました。
 しかし、ミデヤンの地での40年間は新しい刺激に乏しい生活ではなかったかと思います。羊飼いになった当初は新鮮な体験ができただろうと思いますが、いったん仕事に慣れてしまえば、そんなに新鮮な刺激があるとは思えません。そういう環境に長くいると、人はあまり新しいことに感動しなくなり、好奇心も失って子供のようにワクワクすることがなくなって行きます。そうすると、たまに新しいことがあっても反応しなくなります。
 ところがモーセという人は、新しいことが滅多に起こらなかったであろうミデヤンの地にあっても子供のような旺盛な好奇心を失いませんでした。そうして、神の山ホレブのふもとに来た時に燃え尽きない柴を見て好奇心を抱き、近づいて行って、神様から声を掛けられたのでした。新しい出来事に反応できる若々しい感性を保っていたからこそ、モーセは用いられることになったのだろうと思います。

エジプト脱出のリーダーになるよう命じられたモーセ
 そうしてモーセは主から、先ほどご一緒に読んだ10節の命令が与えられました。10節、

3:10 今、行け。わたしはあなたをパロのもとに遣わそう。わたしの民イスラエル人をエジプトから連れ出せ。」

 いきなり、こんなことを主から言われてモーセはビックリ仰天したことでしょう。それで11節、

3:11 モーセは神に申し上げた。「私はいったい何者なのでしょう。パロのもとに行ってイスラエル人をエジプトから連れ出さなければならないとは。」

 これは当然の反応でしょう。すぐに「はい、わかりました」などと言えるはずがありませんね。ここから、モーセの新たな苦悩が始まりました。きょうは、そのモーセの悩みに注目するというよりは、神様の側が悩むモーセに対してどのようなことを為されたか、ということをご一緒に考えてみたいと思います。

エジプト脱出までの「十の災い」
 皆さんは、この後でイスラエルの民がモーセに率いられてエジプトを脱出するまでに何があったかを、細かいことは忘れているかもしれませんが、だいたいのことは覚えていると思います。この後で神様は、エジプトに対して「十の災い」を与えました。この「十の災い」を、順番を間違えないで全部言える人は、あまりいないのではないかと思います。
 私がBTCの神学生だった時、BTCでは外国人の宣教師の先生方もお招きしてクリスマス・パーティが毎年開かれていました。そうしてパーティ中に、それぞれ出し物がありました。男子チーム、女子チーム、教職員チーム、宣教師チームに分かれて出し物やクイズなどを楽しみました。出し物は賛美をしたり、劇を演じたり、クイズを出したりというものです。ある年、宣教師の先生方のチームが「十の災い」を順番に並べさせるクイズを出題しました。男子チームと女子チーム、教職員チームに災いが書かれた十枚のカードが渡されて、出エジプト記に書かれている災いの順番に正しく並べるという問題です。
 「十の災い」とは、①ナイル川の水が血に変わる、②カエル、③ブヨ(蚊)、④アブ、⑤家畜の疫病、⑥腫れ物、⑦雹、⑧イナゴ、⑨暗闇、⑩初子の死
 これを正しい順番で並べるのが、なかなか難しくて男子で相談しましたが、意見が分かれました。それで、男子寮の祈祷会の説教で出エジプト記から連講をしていた神学生に最終決定権を与えて、彼が並べたものを男子の解答としました。しかし、見事にはずれて女子に負けてしまいました。ですから「十の災い」を、順番を間違えないで正しく言える人はすごいと思います。

なぜ十回もの災いが必要だったか?

 さてしかし、神様はどうして、十回もエジプトに災いを与えたのでしょうか。せいぜい三回から五回程度、多くても七回も災いを与えれば十分だったのではないか、神学生の頃の私はそんな風に考えていました。出エジプト7章3節には、主のことばとして、次のようにあります。

7:3 わたしはパロの心をかたくなにし、わたしのしるしと不思議をエジプトの地で多く行おう。

 主はわざわざパロの心をかたくなにしてまで「十の災い」をエジプトに与えました。どうして、そんなにしてまで十回も災いを与えたのか、理由は一つではないと思いますが、私は一番の理由はイスラエルの民がモーセをリーダーとして認めることができるように、との配慮ではないかと今の私は考えています。神学生の頃の私にはわかりませんでしたが、リーダーとして人々を率いて行くためには、いろいろなことを経験する必要があります。
 イスラエル人の集団を会社に例えるなら、モーセはまだそのイスラエル人社会では新入社員のようなものです。新入社員がいきなり社長になれるわけがないことは、主ご自身もご存知です。ですから、モーセにイスラエル人たちが見ている前で経験を積ませるために、十もの災いをエジプトに与えたのではないか、それが一番の理由のように感じています。
 この間、モーセは何度もパロのもとに足を運んで、イスラエル人をエジプトから出してほしいと懇願しました。しかし、心をかたくなにしたパロは受け入れませんでした。それでもモーセは何度も何度もパロの所に足を運びました。そういうモーセの姿をイスラエル人たちは見ていて、これほどまでにイスラエル人のために働いてくれているモーセになら、付いて行っても良いと思うようになったのではないか。この「十の災い」の間に新入社員で平社員だったモーセは主任になり、係長になり、課長になり、部長になり、平の取締役になり、常務になり、専務になり、社長になった、そんな感じではないでしょうか。
 その間に、お兄さんのアロンとの協力関係も築いていくことができました。モーセにしたら、どうして兄のアロンの上に自分が立たなければならないのか、そのことも不可解だったことでしょう。しかし、主がそのように仰せられたので、モーセはなぜ自分がリーダーにならなければならないのかと悩みながらも務めを果たして行き、十番目の災いの「初後の死」の後、イスラエルの民を率いてエジプトを出て行くことになりました。

長老たちにも認められたモーセ

 出エジプト記12章の21節から24節までを交代で読みましょう。

12:21 そこで、モーセはイスラエルの長老たちをみな呼び寄せて言った。「あなたがたの家族のために羊を、ためらうことなく、取り、過越のいけにえとしてほふりなさい。
12:22 ヒソプの一束を取って、鉢の中の血に浸し、その鉢の中の血をかもいと二本の門柱につけなさい。朝まで、だれも家の戸口から外に出てはならない。
12:23 【主】がエジプトを打つために行き巡られ、かもいと二本の門柱にある血をご覧になれば、【主】はその戸口を過ぎ越され、滅ぼす者があなたがたの家に入って、打つことがないようにされる。
12:24 あなたがたはこのことを、あなたとあなたの子孫のためのおきてとして、永遠に守りなさい。

 この過越の時にはイスラエルの長老たちもモーセをリーダーとして認めていたのですね。長老たちにリーダとして認められなければ、モーセはイスラエル人全体を率いることができません。この時、モーセはそれまでの九つの災いを通して社長になっていました。
 次に29節から33節までを交代で読みましょう。

12:29 真夜中になって、【主】はエジプトの地のすべての初子を、王座に着くパロの初子から、地下牢にいる捕虜の初子に至るまで、また、すべての家畜の初子をも打たれた。
12:30 それで、その夜、パロやその家臣および全エジプトが起き上がった。そして、エジプトには激しい泣き叫びが起こった。それは死人のない家がなかったからである。
12:31 パロはその夜、モーセとアロンを呼び寄せて言った。「おまえたちもイスラエル人も立ち上がって、私の民の中から出て行け。おまえたちが言うとおりに、行って、【主】に仕えよ。
12:32 おまえたちの言うとおりに、羊の群れも牛の群れも連れて出て行け。そして私のためにも祝福を祈れ。」
12:33 エジプトは、民をせきたてて、強制的にその国から追い出した。人々が、「われわれもみな死んでしまう」と言ったからである。

 こうして見ると、主はモーセにイスラエル人のリーダーになるように命じた後で、ちゃんと段階を踏んでモーセをリーダーへと育てて行ったことがわかります。ですから神様は周到にことを運ばれる方であると思うことです。

おわりに
 使徒の働き1章8節でイエスさまは、

1:8「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」

とおっしゃいました。このイエス・キリストを宣べ伝える働きにも順番がありました。まずはエルサレム、それからユダヤとサマリやの全土、それから地の果てにまで、と段階を踏んで宣教が為されて行きました。聖霊が与えられるようになる前には、モーセの時代に律法が与えられました。さらに、その前の時代に主はアブラハムと契約を結びました。
 このように神様は段階を踏んで働きを進めておられます。そして、21世紀の今はまだその働きの途上にあります。私たちは神様が働きを進めておられる中にいて、モーセのように神様に仕えます。きょう見たように、エジプトを脱出するまでに十もの段階がありました。この先もまた、十戒が与えられ、幕屋が造られ、細かい律法の規定が与えられて、とまだまだ様々に続いて行きます。そしてモーセの時代の次にはヨシュアの時代、士師の時代、サムエルの時代へと続いて行きます。
 そのように神様が一つ一つ働きを進めておられる中に、私たちの働きもまたあるのだとうことを覚えて、伝道が困難な時代の中にあっても忍耐強く、主にお仕えして行きたいと思います。
 お祈りいたしましょう。
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1月28日礼拝・教会総会プログラム

2018-01-25 15:03:28 | 礼拝プログラム
みことばのお風呂屋さん
 インマヌエル沼津キリスト教会

1月28日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

2018年1月第4聖日礼拝・教会総会 順序

 司  会                小島牧師
 奏  楽                荒川姉

 前  奏
 招  詞
 讃 美 ①  人生の海の嵐に       443
 交  読  詩篇119:33~48
 祈  祷
 主の祈り
 使徒信条
 讃 美 ②  いつくしみ深き       432
 讃 美 ③  私たちは一つ        450
 聖  書  使徒21:7~15
 説  教  『イエスと一つのパウロ』 小島牧師
 教会総会
 讃 美 ④  私を祝して         463
 献  金
 感謝祈祷                西村兄
 頌  栄  父・子・聖霊の        271
 祝福の御言葉
 後  奏
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私たちを成長させるみことば(2018.1.21 礼拝)

2018-01-22 10:12:10 | 礼拝メッセージ
2018年1月21日礼拝メッセージ
『私たちを成長させるみことば』
【使徒20:31~38】

はじめに
 先週の礼拝では使徒の働き20章の3節までを読みました。きょうもまた20章です。3月一杯で使徒の働きの学びを終わらせるためには、同じ章で足踏みをしているわけには行かないのですが、この20章のミレトにおけるパウロの説教は省略するわけにはいかないでしょう。このミレトの説教だけで何回分かのメッセージができると思いますが、きょうの一回だけで終わらせたいと思います。
 このミレトの説教からのメッセージを私は静岡教区会のディボーションで2回聞いたことがあります。静岡教区では春と秋の教区会の始めに15分間のディボーションの時を持ちます。私が沼津に来たのが2013年ですから、2017年までの5年間に10回の教区会のディボーションがありました。そのうちの1回は私の担当で、残りの9回のうちの2回が、このミレトの説教からでした。聖書66巻の広い範囲から9回のうち2回もここからメッセージが語られたということで、この箇所をインマヌエルの先生方がいかに大切に思っているかということがわかります。

その時その時を全力で生きていたパウロ
 この時、パウロは船でエルサレムに向かっていました。後ろの第三次伝道旅行の地図で確認しておきましょう。先週見た20章3節では、パウロはまだコリントの町にいました。
(地図を見る)

 ではまず、17節と18節をお読みします。

20:17 パウロは、ミレトからエペソに使いを送って、教会の長老たちを呼んだ。
20:18 彼らが集まって来たとき、パウロはこう言った。「皆さんは、私がアジヤに足を踏み入れた最初の日から、私がいつもどんなふうにあなたがたと過ごして来たか、よくご存じです。

 こうしてパウロはエペソの教会の長老たちに向かって話し始めました。この説教は長いもので、先ほど話したように、ここからだけでも礼拝メッセージを何回もできると思いますが、きょうは3箇所だけを短く取り上げて、20章の学びを終わらせます。それで少し飛ばして、1箇所目として24節をお読みします。

20:24 けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません。

 パウロはこの先、エルサレムで捕らえられることを予感していました。23節でパウロは「聖霊がどの町でも私にはっきりとあかしされて、なわめと苦しみが私を待っていると言われる」と言っています。そうして24節で、けれども自分の走るべき行程を走り尽くして任務を果たし終えることができるなら、いのちを少しも惜しいとは思わないと言っています。先週ご一緒に開いたローマ人への手紙では、パウロはローマに寄ってからイスパニヤに行くことを望んでいたことを学びました。ですから、その前に捕らえられてしまうことは決して望んでいない筈です。ここからは、パウロがどのような生き方をしていたかがわかる気がします。パウロは、その時その時を全力で生きていたということではないでしょうか。確かにローマやイスパニヤには行きたい、しかし、そのことのために今は安全策でエルサレムには行かないようにしようとか、今は体力を温存しておいて将来のイスパニヤ行きに備えておこうとか、そういうことは考えなかったのがパウロという人だと読み取れます。その時その時を全力で生きているから、たとえ途中で命を落とすことがあっても、それを残念だとは思わない、もちろん、その先もずっと主に仕えて長生きしたいとも思っていたでしょうが、そのことのために今は力をセーブしようとは思わない、途中で倒れても、それが御心なら、それはそれで構わない、そのような生き方をパウロはしていたと読み取れると思います。

江藤先生のこと
 この箇所を読んで、私は1週間前の1月14日に天に召された江藤博久先生の生き方もそのようなものではなかっただろうかと思いました。江藤先生には私が沼津に着任してから最初に行った聖餐式礼拝に来ていただいて聖餐式を執り行っていただきましたから、皆さんもよく覚えていらっしゃることと思います。18日に神学院教会で行われた告別式の説教の中で司式者の小川先生が、江藤先生が60歳を過ぎてから神学院に入学して神学生として奉仕された姿を見て多くの人々が心を動かされて献身へと導かれたと話しておられました。ああ、本当にそうだなと思いました。私もまた神学生の時の江藤先生の姿に心を動かされて献身へと導かれた者の一人だったからです。
 江藤先生は神学院の4年生の時にインターン実習生として高津教会で半年間ご奉仕をされました。2000何年のことだったかな?と私の中では記憶が曖昧になっていましたが、2006年のことだったと告別式で配布された資料を見て記憶がよみがえりました。江藤先生は有名企業の役員まで務め上げた方でしたが、神学生としての江藤先生はぜんぜんそんな風には見えず、本当に一神学生として下働きもへりくだってしておられました。その姿を拝見していて私は心を動かされて、定年後にこういう道もあるのだなと思いました。それで、ふと「自分も、もしかしたら定年後には神学院に通うようなことがあるかもしれない」と思った瞬間がありました。実際に私が神学院に通い始めたのは、その2年後でしたから定年よりはずっと早かったわけですが、もし江藤先生の姿を見て「自分も、もしかしたら神学院に通うようなことがあるかもしれない」と思った瞬間が無かったなら、恐らく私が神学院に入学することもなかっただろうと思いますから、確かに私も江藤先生によって献身に導かれた者の一人です。
 そうして今、神学生の時の江藤先生の姿を思い出すと、先ほど話したパウロの生き方とが重なって来ます。江藤先生はもちろん牧師になることを目指して神学院で学んでいたわけですが、その途中で倒れても良いぐらいの気持ちで全力で神学生としての務めに励んでおられたように思います。60歳を越えてから神学院の男子寮で寝起きをしながら勉強を続けることは、心身に相当な負担が掛かっていた筈です。後から知ったことですが、神学生になる前には心臓の大手術を受けていたということです。そういう体で夏は暑くて冬は寒い男子寮で、朝は5時半に起きて6時からの早天に出席し、朝食後には男子寮と広いキャンパスの清掃をした後で午前と午後の授業に臨み、夜には祈祷会があるという生活をすることは本当に大変だっただろうと思います。ですから、いつ倒れてもおかしくないわけです。もちろん倒れては困るわけですが、それでも悔いはないぐらいの気持ちで、神学生としての一日一日を精一杯過ごしておられたのではないかという気がしています。

私たちを成長させるみことば
 次に第二の箇所に移りたいと思います。32節です。

20:32 いま私は、あなたがたを神とその恵みのみことばとにゆだねます。みことばは、あなたがたを育成し、すべての聖なるものとされた人々の中にあって御国を継がせることができるのです。

 「みことばは、あなたがたを育成し」とあります。ああ、本当にそうだなあと思いますし、皆さんもそう思われることでしょう。新改訳2017には「みことばは、あなたがたを成長させ」とあります。育成も成長も同じような意味を持つと思いますから、どちらが良いと思うかは人それぞれだと思いますが、私は「成長」のほうが何となくしっくりくる気がします。そして、私が好んで引用する第一ヨハネ1章の1~3節も、このパウロのことばと同じことが書かれていると感じます。週報のp.3に記しました。

1:1 初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて、
1:2 ──このいのちが現れ、私たちはそれを見たので、そのあかしをし、あなたがたにこの永遠のいのちを伝えます。すなわち、御父とともにあって、私たちに現された永遠のいのちです。──
1:3 私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。

 ヨハネはイエスさまをいのちのことばであると書いています。パウロはみことばが私たちを成長させると書いていますが、ことばであるイエスさまが私たちの中に入って、私たちを成長させて下さいます。そうして私たちを御父および御子イエス・キリストとの交わりに入れて下さいます。これが私たちが霊的に成長するということでしょう。
 私たちの今年の聖句の第一ヨハネ4:13の、

4:13 神は私たちに御霊を与えてくださいました。それによって、私たちが神のうちにおり、神も私たちのうちにおられることがわかります。

もまた同じことを言っていると感じます。御霊によって私たちが神のうちにおり、神も私たちのうちにおられることがわかるということは、私たちが霊的に成長しているということです。このように私たちが霊的に温まっている状態にあるなら、パウロのことばもヨハネのことばも同じだということに気付きます。霊的に冷たい学術的な読み方をするならパウロとヨハネとは区別して読むことになるでしょう。そしてパウロとヨハネとで異なる点について論じるかもしれません。しかし霊的に温まっていればパウロもヨハネも同じです。三位一体の神の理解も霊的に温まっていなければ、決して理解できないでしょう。父・子・聖霊は霊的に冷たければ三つの神に見えるでしょう。しかし、霊的に温まっていれば一つの神であると感じられます。

受けるよりも与えるほうが幸い
 最後に第三の箇所に移ります。35節です。

20:35 このように労苦して弱い者を助けなければならないこと、また、主イエスご自身が、『受けるよりも与えるほうが幸いである』と言われたみことばを思い出すべきことを、私は、万事につけ、あなたがたに示して来たのです。」

 「受けるよりも与えるほうが幸いである。」私はこのことの幸いを、教会の皆さんが会堂建設のために熱心に献金に励んで下さった姿を通して見させていただいたと思い、とても感謝に思っています。
 着工には至りませんでしたが、昨年の今頃はいよいよ会堂建設の着工に進めるとの期待感に溢れており、私たちは霊的に燃えていました。そこまで到達できたのは、皆さんが会堂献金に熱心に励んで下さったからこそです。皆さんが「受けるよりも与えることの幸い」を率先して形で表して下さったことは本当に感謝なことであったと思います。会堂建設には至りませんでしたが、これは沼津教会にとって間違いなく大きな財産になったと思います。
 最後に、36節から38節までを交代で読みましょう。

20:36 こう言い終わって、パウロはひざまずき、みなの者とともに祈った。
20:37 みなは声をあげて泣き、パウロの首を抱いて幾度も口づけし、
20:38 彼が、「もう二度と私の顔を見ることがないでしょう」と言ったことばによって、特に心を痛めた。それから、彼らはパウロを船まで見送った。

 こうしてパウロはエルサレムに向かって行きました。そして次聖日に学びたいと思いますが、パウロはエルサレムで捕らえられました。ですからパウロは捕らえられるためにエルサレムに向かって行ったようなものでした。イエスさまもまた捕らえられるためにエルサレムへと向かって行きました。このようにイエスさまの姿とパウロとは重なります。それはまた、次の礼拝の時にご一緒に学ぶことにいたしましょう。
 お祈りいたします。
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悩む人々9:モーセ1(2018.1.17 祈り会)

2018-01-19 08:41:26 | 祈り会メッセージ
2018年1月17日祈り会メッセージ
『悩む人々9:モーセ(1)』
【出エジプト3:1~6】

はじめに
 きょうは1月17日、阪神淡路大震災が起きた日であるということで、最初に23年前の1995年のこの日と、その前後にあったことについての私の個人的なお証しをしたいと思います。

1995年1月17日とその前後のこと
 当日のことは、今でもハッキリと覚えています。私はその時、静岡市の実家で日々を過ごしていました。なぜ静岡にいたのかは後で話します。
 この日の朝、私は既に目が覚めていましたが、まだ早い時間でしたから布団の中にいました。そして布団の中で初期微動を感じましたから、次に来る筈の本震への心備えをしていました。しかし、普通なら数秒後か長くても10秒後ぐらいには来る本震が来ないので、変だなと思っていました。そして、1分近くが経って警戒を解きかけた時に、震度2から3ぐらいの揺れを感じました。それで私は、遠くで大地震が起きたことが、すぐにわかりました。初期微動があってから本震までの時間が長く掛かったということは遠くで地震があったということです。そして遠くであるにも関わらず静岡で震度2から3という、それなりの揺れがあったということは遠く離れた震源の地域では非常に大きな揺れがあったということになります。
 それで私はすぐに布団から出てテレビが置いてある茶の間に行って、テレビを付けました。しかし地震に関する詳しい情報は6時を過ぎてもほとんど報じられず、京都で震度5の揺れがあって墓石が倒れたというニュースが報じられている程度でした。6時台はまだ暗い時間帯ですから、そんな感じでした。そのニュースの画面が一変したのが朝7時台のニュースからでした。ヘリコプターによる神戸地域の上空からの映像が入り始めて、高速道路が横倒しになっている様子が映し出されて大変な事態になっていることがわかりました。そうして、その日は午前中から関東から関西方面へ向かうヘリコプターがたくさん静岡の上空を通過して行きました。この時に阪神淡路地区で何が起きていたかは、皆さんご承知の通りです。
 当時の私は3月からの東京の大学での勤務に向けて準備をしていました。少し前の1994年の年末に東京の大学の留学生センターの教員に採用されることが内定しましたから、東京での勤務に備えて勉強をしたり、事務方と連絡を取り合ったりしていました。その約1年半前の1993年の8月の末に私は名古屋の大学を辞めて無職になっていました。いろいろなことがあって大学を辞めることにして、日本語教師になることにしました。理工系の材料の分野で研究を続けられるとは思っていませんでしたから、いろいろ考えた末に日本語教師になろうと思い、1993年の10月から94年の3月までの半年間、札幌で日本語教師になるための学校に通いました。どの街の学校に通っても良かったのですが、学生時代を過ごした札幌が好きだったので札幌の学校を選び、近くにアパートを借りて通いました。それまでとは全く違う分野の勉強をすることはとても楽しかったですが、学校に入ってしばらくしてから、日本の国内でプロの日本語教師になれる人は非常に少ないことを知りました。ボランティアで教えたり海外で教えたりする道はあっても、国内で日本語教師の給料だけで食べて行けるようになるのは、かなり厳しいことが段々とわかって来ました。それで94年の3月の修了が間近に迫っていた頃、これからどうしようか悩んでいたところ、前に一年間ポストドクターの研究員として滞在していたアメリカの研究所から、「また来ないか」と誘ってもらうことができましたから、感謝に思って再び材料の研究者に戻ってアメリカの研究所で働こうと思いました。それが94年の3月のことです。

不思議で面白いことをなさる神様
 しかし、そうはなりませんでした。アメリカの研究所のほうで予算が厳しくなって来たということで、私を雇う予算を確保してもらうことがなかなかできず、ビザの取得ができないでいました。それで当初は94年の5月か6月にはアメリカに行けるはずが、どんどん先に延びて行きました。7月、8月、9月にも行けなくて、もうしばらく待つことになりました。そうして94年の春から夏に掛けては札幌でアルバイトをしながらアメリカの研究所で働くビザの取得を待つ生活をしていました。しかし、なかなかアメリカには行けずに貯金も底をつき、一日に数時間程度のアルバイトだけではアパート暮らしも苦しくなったので、静岡の実家に戻ることにしました。そして、ちょうどその頃に東京の大学の留学生センターで日本語教員の募集があったので応募してみることにしました。すると書類審査が通って12月に面接試験を受けることになり、面接試験も通って採用されることになりました。それと同時にアメリカの研究所の予算の問題も解決して1月にはアメリカに行けることになりました。ただアメリカの職は最高3年の任期制限がありました。それに対して留学生センターの教員は正規の職で定年まで働くことができましたから、日本にとどまって東京の大学で日本語教員として働くことにしました。
 そうして1995年の1月は東京の大学と連絡を取り合っていました。まず、どこに住むかを決める必要がありました。私は貯金を使い果たしてアパートを借りるお金がありませんでしたから、大学の職員用の独身寮に入ることを希望しました。当時のアパートは敷金や礼金などをかなり前払いしないと住むことができませんでしたから、貯金を使い果たした私にはアパートは無理でした。しかし、事務方の係長がちょっと変わった人で、私の独身寮への入居手続きをぜんぜん進めてくれませんでした(理由は省略)。しかし私はお金がありませんから、それでも住ませてほしいとお願いしたのですが、結局手続きをしてもらえなかったので仕方なく親からお金を借りてアパートを探すことにしました。大学の通勤圏内なら、どこに住んでも良かったのですから高津教会の近くのアパートに住むことになったのは本当に偶然です。このアパートに辿り着いて高津教会に導かれるまでのことも話し始めたら、いくらでも話せます。しかし聖書も開かなければなりませんから、これぐらいにしておきますが、あとちょっとだけ付け加えると、私が高津教会に導かれたのは、独身寮への入居手続きをしてくれなかった係長さんのおかげですし、アメリカの研究所での予算の問題がなかったら、やはり高津教会には導かれませんでしたから、神様は本当に不思議で面白いことをなさる方だなとつくづく思います。

浪人時代を過ごしていたモーセ
 さて聖書を開きましょう。出エジプト記3章の1節から6節までを交代で読みましょう。

3:1 モーセは、ミデヤンの祭司で彼のしゅうと、イテロの羊を飼っていた。彼はその群れを荒野の西側に追って行き、神の山ホレブにやって来た。
3:2 すると【主】の使いが彼に、現れた。柴の中の火の炎の中であった。よく見ると、火で燃えていたのに柴は焼け尽きなかった。
3:3 モーセは言った。「なぜ柴が燃えていかないのか、あちらへ行ってこの大いなる光景を見ることにしよう。」
3:4 【主】は彼が横切って見に来るのをご覧になった。神は柴の中から彼を呼び、「モーセ、モーセ」と仰せられた。彼は「はい。ここにおります」と答えた。
3:5 神は仰せられた。「ここに近づいてはいけない。あなたの足のくつを脱げ。あなたの立っている場所は、聖なる地である。」
3:6 また仰せられた。「わたしは、あなたの父の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」モーセは神を仰ぎ見ることを恐れて、顔を隠した。

 今年の祈り会では「悩む人々」のシリーズを続けることとして、何回かモーセを取り上げることにします。これまでは一人の人物について1回しか使いませんでしたが、モーセには様々な悩みがありましたから、何回かに分けたいと思います。
 今日は残された時間も多くはありませんから、モーセがエジプト脱出のリーダーになる前の浪人期間のことについて、短く考えてみることにします。モーセは2章15節にあるように、モーセを殺そうと捜し求めていたエジプトのパロのもとを離れてミデヤンの地に逃れて来て、ここで40年間羊飼いとして暮らしていました。モーセの出エジプトの働きはこの後で始まりますから、この40年間は浪人期間と言えるでしょう。この40年間をモーセはどのように過ごしていたのでしょうか。聖書にはこの40年間のことは書かれていませんから想像するしかありませんが、いくつか手掛かりはありますから、きょうはそれを考えることにします。
 浪人期間の過ごし方は難しいと思います。次に就く仕事が決まっていれば、それに向けて準備する期間になりますが、決まっていない間は何となく落ち着きません。先ほど私が1994年から95年に掛けての証を少し長めに話したのも、私にとってはその時代が浪人期間で落ち着かない日々を過ごしていましたから、モーセの話をする枕としてちょうど良いと思ったからです。私の場合、貯金を使い果たして静岡の実家に戻ってからの浪人期間は不安で満ちていました。アメリカ行きのビザの取得が延ばし延ばしでいつまで待たされるのか見通しが立っていませんでしたし、東京の大学の留学生センターも競争率が高いでしょうから採用はそんなに期待できません。そうして近所の人の目もとても気になっていました。子供の頃から住んでいた土地ですから、近所の人たちは私のことを知っています。一週間ぐらいの滞在なら、ちょっと帰省しているだけと思ってくれるでしょうが、一ヶ月を越してもブラブラしているわけですから、私としても世間体が気になって落ち着きませんでした。

旺盛な好奇心を維持していたモーセ
 モーセの浪人生活はどうだったでしょうか。エジプトのパロから逃れて来たのですから、あまり落ち着かなかったでしょう。そもそもモーセの生い立ちからして、人とはかなり違った人生を歩んで来ましたから、どうしてこんなことになってしまったのだろうという悩みもあっただろうと思います。そうして、自分はこのミデヤンの地で生涯を終えることになるのだろうか、それともまた別の人生があるのだろうかなどと、様々な思いがあったことと思います。
 そういう中にありましたが、モーセはただ何となく日々を過ごしていたのではなく、モーセなりに充実した日々を過ごしていたように見えます。それが、どこに表れているかというと、私は3節のモーセのことばの「なぜ柴が燃えていかないのか、あちらへ行ってこの大いなる光景を見ることにしよう」に見ることができると感じています。
 モーセは既に80歳に達していましたが、まだ旺盛な好奇心を持っていました。「なぜ柴が燃えていかないのか、あちらへ行ってこの大いなる光景を見ることにしよう」ということばには旺盛な好奇心が感じられます。毎日をただ何となく過ごしているだけでは好奇心はすぐに失われてしまうでしょう。子供が旺盛な好奇心を持っているのは、すべてが新鮮だからです。大人は新鮮な刺激が少なくなるので好奇心が失せてしまいます。すると、たまに新しいことが目の前に現れても、好奇心が働かなくなってしまいます。
 何か新しいことを為すために好奇心は、とても大切だと思います。私は大学生の頃、将来は研究者になりたいと思った時から、なるべく好奇心の芽を摘むようにしないよう心がけようと思いました。たとえば消防車のサイレンの音がして、近くに火事が起きているとわかった時には見に行くようにしました。火事場見物などみっともないなどとは考えないで、まずは自分の好奇心を大事にすることを第一にするように心がけようと思いました。
 モーセがどうして子供や若者の時の好奇心を維持することができていたのかはわかりませんが、そこには神様に選ばれた器の優れた資質を見ることができるように思います。
 それから6節に「モーセは神を仰ぎ見ることを恐れて、顔を隠した」とあります。箴言の有名な箇所に、「主を恐れることは知識の初めである」(箴言1:7)とありますね。モーセはエジプトでとミデヤンで長い間、イスラエルの神を礼拝することができない生活をしていました。それなのにモーセは神を恐れることを知っていました。このことにも選ばれた器としてのモーセの優れた資質を見ることができると思います。

おわりに
 この優れた資質はモーセをリーダーに召し出そうとしている神様が与えて下さったものでしょう。しかしモーセ本人は、まだこの段階ではまだ神が自分を召し出されようとしていることを知りませんでした。ですから、モーセはこれまでの人生とこれからの人生を思っていろいろと悩みを抱えていただろうと思います。
 ここまでのモーセの生涯は準備段階にありました。そうして、ここから先、モーセの人生は激変しますが、それはまた来週以降に見ることにしたいと思います。
 お祈りいたしましょう。
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1月21日礼拝プログラム

2018-01-18 08:09:28 | 礼拝プログラム
みことばのお風呂屋さん
 インマヌエル沼津キリスト教会

1月21日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

2018年1月第3聖日礼拝 順序

 司  会                西村兄
 奏  楽                荒川姉

 前  奏
 招  詞
 讃 美 ①  遠き国や          436
 交  読  詩篇119:17~32
 祈  祷
 主の祈り
 使徒信条
 讃 美 ②  十字架のもとに       134
 讃 美 ③  父の神の真実         40
 聖  書  使徒20:31~38
 説  教  『私たちを成長させるみことば』 小島牧師
 讃 美 ④  いのちのみことば      180
 献  金
 感謝祈祷                由紀姉
 頌  栄  父・子・聖霊の        271
 祝福の御言葉
 後  奏
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聖書間のことばの霊的な混じり合い(2018.1.14 礼拝)

2018-01-16 07:40:41 | 礼拝メッセージ
2018年1月14日礼拝メッセージ
『聖書間のことばの霊的な混じり合い』
【使徒20:1~3、ローマ15:22~28】

はじめに
 礼拝メッセージでは約1ヶ月半の間、使徒の働きの学びから離れていましたが、きょうからまた、使徒の働きに戻ることにします。この使徒の働きの学びは早ければ2月一杯で、遅くても3月中には最終章の28章までを学んで、この書を最初から最後まで学び通したという形にしたいと思います。

エペソでの大騒動
 きょうは20章のはじめの部分を見ます。まず20章1節、

20:1 騒ぎが治まると、パウロは弟子たちを呼び集めて励まし、別れを告げて、マケドニヤへ向かって出発した。

 この時、パウロは第3次伝道旅行でエペソの町にいました。ここまでの第3次旅行をごく簡単に振り返っておくと、第3次伝道旅行の出発は、18章の23節です。

18:23 そこにしばらくいてから、彼はまた出発し、ガラテヤの地方およびフルギヤを次々に巡って、すべての弟子たちを力づけた。

 この23節の「彼はまた出発し」というのが第3次伝道旅行の出発を示します。そして、パウロは19章の1節でエペソに来ました。19章1節、

19:1 アポロがコリントにいた間に、パウロは奥地を通ってエペソに来た。

 そして、19章にはパウロがエペソにいた時のことが書いてあります。この19章の始めのほうは去年ご一緒に学びましたね。きょうは19章後半に記されているエペソでの大騒動を簡単に見てから20章に戻ることにします。
 23節から見て行きます。

19:23 そのころ、この道のことから、ただならぬ騒動が持ち上がった。

 ただならぬ騒動というのは何でしょうか。24節と25節、

19:24 それというのは、デメテリオという銀細工人がいて、銀でアルテミス神殿の模型を作り、職人たちにかなりの収入を得させていたが、
19:25 彼が、その職人たちや、同業の者たちをも集めて、こう言ったからである。「皆さん。ご承知のように、私たちが繁盛しているのは、この仕事のおかげです。

 24節に、「職人たちにかなりの収入を得させていた」とありますから、これはお金が絡んだ事件です。以前も占いの霊につかれたピリピの町の若い女奴隷の記事を見ましたね(使徒16:16~)。この女奴隷の占いで主人たちは多くの利益を得ていましたが、パウロがこの女から占いの霊を追い出してしまったので、もうける望みを失った主人たちが役人に訴えてパウロとシラスは捕らえられて牢に入れられるという事件がありました。この時も金儲けが絡んでいましたが、今回のエペソの事件も同様です。26節と27節、

19:26 ところが、皆さんが見てもいるし聞いてもいるように、あのパウロが、手で作った物など神ではないと言って、エペソばかりか、ほとんどアジヤ全体にわたって、大ぜいの人々を説き伏せ、迷わせているのです。
19:27 これでは、私たちのこの仕事も信用を失う危険があるばかりか、大女神アルテミスの神殿も顧みられなくなり、全アジヤ、全世界の拝むこの大女神のご威光も地に落ちてしまいそうです。」

 パウロがエペソで聖書の神を宣べ伝えたので、エペソのアルテミスの神殿が売れなくなってしまいました。それで28節、

19:28 そう聞いて、彼らは大いに怒り、「偉大なのはエペソ人のアルテミスだ」と叫び始めた。

 こうして、この事件は大騒動になりました。

コリント滞在中にローマ人への手紙を書いたパウロ
 この騒動は19章の終わりに何とか治まって、20章に入り、パウロはエペソを出発してマケドニヤに向かいました。続いて20章の2節と3節、

20:2 そして、その地方を通り、多くの勧めをして兄弟たちを励ましてから、ギリシヤに来た。
20:3 パウロはここで三か月を過ごしたが、そこからシリヤに向けて船出しようというときに、彼に対するユダヤ人の陰謀があったため、彼はマケドニヤを経て帰ることにした。

 パウロはギリシヤに来て、そこで三か月を過ごしたとありますが、これはコリントの町のことです。パウロはコリントの町で三か月を過ごしました。パウロのローマ人への手紙は、この第3次伝道旅行のコリント滞在中に書かれたとされています。この三か月の間には様々なことがあったと思われますが、使徒の働き20章は何も触れずに、2節でコリントに来たと思ったら、3節ではもうシリヤに向けて帰ることになったことが書かれています。
 そこで、このコリントにいた時のパウロの心情をローマ人への手紙で補いたいと思います。ローマ人への手紙15章の22節から見ていきます。22節と23節、

15:22 そういうわけで、私は、あなたがたのところに行くのを幾度も妨げられましたが、
15:23 今は、もうこの地方には私の働くべき所がなくなりましたし、また、イスパニヤに行く場合は、あなたがたのところに立ち寄ることを多年希望していましたので

 パウロはずっとローマに行きたいと願っていましたが、幾度も妨げられていて、ローマ人への手紙を書いた時点では、まだローマに行ったことがありませんでした。そしてパウロはまたイスパニヤ、スペイン方面にも行きたいと願っていました。ですからイスパニヤ、スペイン方面に行く時にはローマに立ち寄るつもりでいました。それが24節に書かれています。

15:24 ──というのは、途中あなたがたに会い、まず、しばらくの間あなたがたとともにいて心を満たされてから、あなたがたに送られ、そこへ行きたいと望んでいるからです、──

 イスパニヤに向かう途中でローマのあなたがたに会い、しばらくローマにいて心を満たされてから、ローマの人々に送られてイスパニヤに行きたいと望んでいました。しかし、25節と26節、

15:25 ですが、今は、聖徒たちに奉仕するためにエルサレムへ行こうとしています。
15:26 それは、マケドニヤとアカヤでは、喜んでエルサレムの聖徒たちの中の貧しい人たちのために醵金することにしたからです。

 マケドニヤとアカヤとありますが、マケドニヤにはピリピ、アカヤにはコリントの教会がありました。そして、その周辺の町々にも教会があったことでしょう。これらの地方の諸教会では、エルサレムの聖徒たちの中の貧しい人々のためにお金を送ることにして、パウロはそれを携えてエルサレムに行くことにしました。27節と28節、

15:27 彼らは確かに喜んでそれをしたのですが、同時にまた、その人々に対してはその義務があるのです。異邦人は霊的なことでは、その人々からもらいものをしたのですから、物質的な物をもって彼らに奉仕すべきです。
15:28 それで、私はこのことを済ませ、彼らにこの実を確かに渡してから、あなたがたのところを通ってイスパニヤに行くことにします。

 このように、パウロはこれからの計画をローマ人への手紙のおしまいのほうの15章で書いています。
 先ほど私はパウロのローマ人への手紙はコリントの町で書かれたと言いましたが、それはこのローマ人への手紙の文面と使徒の働きの記事とを重ねるとわかることです。その他にもパウロのガラテヤ人への手紙と使徒の働き、コリント人への手紙と使徒の働きを重ねると、どちらか一方だけではよくわからないことも、よくわかるようになります。これらパウロの手紙と使徒の働きとを重ねてパウロのことをより深く理解できるようになることは霊的でなくてもできることです。ですからクリスチャンでなくても、これらの書を重ねて読めばわかることです。

霊的な読み方とそうでない読み方
 では、ルカの福音書と使徒の働きとを重ねた場合はどうでしょうか。ルカの福音書も使徒の働きもルカが書いたルカ文書ですが、私はルカ15章の「放蕩息子の帰郷」の物語は使徒の働きに記されている「異邦人の救い」と重ねられていると考えています。これについては賛否両論があることでしょう。これは霊的な状態でなければ見えて来ないことだからです。ですから、学術的に読めば、「放蕩息子の帰郷」が「異邦人の救い」と重ねられているというような読み方は有り得ないと片付けられてしまうかもしれません。なぜなら異邦人が父の家を出たのは創世記の時代で、父の家に戻ったのは使徒の時代だからです。異邦人が家を出てから父の家に帰るまで何千年もの歳月を要しました。一方、ルカ15章の放蕩息子が父親の家を離れていた期間はそんなに長いものではなかったでしょう。どれくらいの期間であったかは書かれていませんが、放蕩息子が父親の財産を使い果たすまでの期間ですから、せいぜい数年程度でしょう。「異邦人の救い」の場合は何千年も掛かって父の家に戻り、「放蕩息子の帰郷」の場合は数年間で父の家に戻りましたから、両者の間には大きな隔たりがあります。しかし、この時間的に大きな隔たりがある両者が同じに見えるようになることが「霊的な読み方」であるというのが私の考えです。これは『旧約聖書』と『新約聖書』が混じり合わなければ見えて来ないことです。そのためには、霊的にある程度熱い状態である必要があると言えるでしょう。
 先ほど話したパウロの手紙と使徒の働きとを重ねて読むことは霊的に冷たくてもできることです。しかし、『旧約聖書』と『新約聖書』とを重ねて読むことは霊的に熱い状態でなければできないことです。『旧約聖書』と『新約聖書』とは霊的に冷たければ混じり合いません。

金属原子の相互拡散のモデル

 私は今年に入ってから、このことが私のかつての専門だった金属材料の分野でよく知られている現象に非常によく似ていることに気付きました。それは「相互拡散」という現象です。二つの異なる金属を接合してから加熱してあげると、一方の金属の原子がもう一方の金属の方へ拡散移動して行って、混じり合うという現象です。温度が高ければ原子は速く拡散し、温度が低ければなかなか拡散しません。そして完全に冷たければ原子は全く拡散しません。このように金属の場合には原子が移動しますが、聖書の場合には、聖書のことばが移動します。そうして、『旧約聖書』と『新約聖書』とが混じり合います。
 例えば私たちクリスチャンには、イエス・キリストの十字架とイザヤ書53章のしもべとが重なって見えます。これは『旧約聖書』のイザヤ書のことばと『新約聖書』の福音書のことばが混じり合ったということです。しかし、クリスチャンではない霊的な目が開かれていない人の場合は両者が混じり合うことはないでしょう。クリスチャンではない方々は霊的に温まっていないからです。イザヤ書53章の3節から6節までを交代で読みましょう(旧約聖書p.1214)。

53:3 彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた。人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちも彼を尊ばなかった。
53:4 まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。
53:5 しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。
53:6 私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。しかし、【主】は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。

 イザヤ書の時代と福音書の時代とは何百年も離れています。しかし、私たちにはこの二つの書が時間を越えて混じり合うことを感じます。このように時間を越える時、それは霊的な読み方であると言えるでしょう。私たちが霊的に温まった状態でイザヤ書を読む時、イザヤ53章のしもべは福音書のイエス・キリストと混じり合います。
 ヨハネの福音書4章のサマリヤの女が、エリヤの時代のやもめの女で、ここにいるイエスさまはエリヤだと私が言っているのは、私がこのように『旧約聖書』と『新約聖書』とが混じり合う読み方をしているからです。ヨハネ2章でイエスさまが水をぶどう酒に変えた出来事は出エジプトの時代にモーセがナイル川の水を血に変えた出来事と重なると言っているのも同じことです。これは私独自の読み方ではなくて、『旧約聖書』と『新約聖書』とを接合して霊的に熱い状態で読めば、二つの書は混じり合います。

混じり合う「過去」と「未来」
 今年私が個人的に示されている働きは、私のかつての専門の金属材料学の知識を生かして、聖書の霊的な読み方をこれまでよりも、客観的に扱えるようにすることです。霊的な読み方は主観的と思われがちで、私のヨハネの福音書について言っていることも、小島独自の読み方のような受け取られ方をしていると思います。そうではなくて、聖書の読み方を霊的に熱い状態で読むことと冷たい状態で読むこととを同じ場で統合的に論じられるようにしたいと思います。霊的に温まった状態で読むディボーション的な読み方と、霊的に冷たい状態で読む学術的な読み方は相容れないように受け取られていると思いますが、両者を同じ土俵に上げて同じように扱えるようになると良いと思います。
 このことは、様々な恩恵をもたらすと私は期待しています。
 それは、『旧約聖書』と『新約聖書』が混じり合うことは、「過去」と「未来」とが混じり合うことだからです。旧約から見れば新約は未来であり、新約から見れば旧約は過去です。ですから二つの書が混じり合うことは「過去」と「未来」とが混じり合うことです。
 また、キリスト教では「罪」や「きよめ」のことがイエスさまの十字架と直結して論じられます。イエスさまが十字架に掛かったのは自分の罪のためだと教えられ、最初は何のことかわかりませんが、ある時からそれがわかるようになります。すると自分と十字架とが直結しますから、その過程で何が起きたか見落とされがちですが、実はここで、二千年前の過去の十字架とその二千年後の未来の自分とが混じり合うという「過去」と「未来」との混じり合いが起きています。このメカニズムを、金属原子の相互拡散モデルで例えるなら、原子の拡散移動には時間が掛かりますから、もう少し理解しやすい形になるのではないかと思います。このことで、「霊的とはどういうことか」や「永遠とは何か」ということが、今までよりは、もう少しわかりやすくなるのではないかと私は期待しています。
 キリスト教の初心者にとって十字架をわかりづらくしている要因の一つに、現代の自分と二千年前の十字架をあまりに直結してしまっていることがあると私は感じています。それで金属原子の相互拡散のプロセスを挟んであげれば少しはわかりやすくなるだろうと思います。

おわりに
 伝道が困難な時代ですが、まだまだ工夫の余地はあるように思います。1世紀のパウロたちも、どうすればキリストの教えを伝えることができるか、様々に悩み、試行錯誤しながら伝道していたと思います。パウロのローマ人への手紙にも、その苦労の跡が見えます。最後に、ローマ人への手紙をご一緒に読んで礼拝メッセージを閉じます。どこを開いても良いのですが、ローマ10章の11節から17節までを、ご一緒に交代で読みたいと思います。この箇所の中にある15節にはイザヤ書52章7節の「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう」が引用されています。私たちは、これからも様々に工夫をしながら「良いことの知らせ」、イエス・キリストの福音をお伝えして行きたいと思います。

10:11 聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」
10:12 ユダヤ人とギリシヤ人との区別はありません。同じ主が、すべての人の主であり、主を呼び求めるすべての人に対して恵み深くあられるからです。
10:13 「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる」のです。
10:14 しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。
10:15 遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです。「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。」
10:16 しかし、すべての人が福音に従ったのではありません。「主よ。だれが私たちの知らせを信じましたか」とイザヤは言っています。
10:17 そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。

 お祈りいたしましょう。
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1月14日礼拝プログラム

2018-01-11 09:37:55 | 礼拝プログラム
みことばのお風呂屋さん
 インマヌエル沼津キリスト教会

1月14日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

2018年1月第2聖日礼拝 順序

 司  会                中原兄
 奏  楽                関 姉

 前  奏
 招  詞
 讃 美 ①  威光・尊厳・栄誉 (2回)   253
 交  読  詩篇119:1~16
 祈  祷
 主の祈り
 使徒信条
 讃 美 ②  われらはキリストのもの   232
 讃 美 ③  たとえば私が        395
 聖  書  使徒20:1~3、ローマ15:22~28
 説  教  『聖書間のことばの霊的な混じり合い』 小島牧師
 讃 美 ④  とうとき主こそ私の     392
 献  金
 感謝祈祷                荒川姉
 頌  栄  父・子・聖霊の        271
 祝福の御言葉
 後  奏
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『旧約聖書』と『新約聖書』との接合部(2018.1.10 祈り会)

2018-01-11 08:21:19 | 祈り会メッセージ
2018年1月10日祈り会メッセージ
「『旧約聖書』と『新約聖書』との接合部」
【ヨハネ11:54~57】

11:54 そのために、イエスはもはやユダヤ人たちの間を公然と歩くことをしないで、そこから荒野に近い地方に去り、エフライムという町に入り、弟子たちとともにそこに滞在された。
11:55 さて、ユダヤ人の過越の祭りが間近であった。多くの人々が、身を清めるために、過越の祭りの前にいなかからエルサレムに上って来た。
11:56 彼らはイエスを捜し、宮の中に立って、互いに言った。「あなたがたはどう思いますか。あの方は祭りに来られることはないでしょうか。」
11:57 さて、祭司長、パリサイ人たちはイエスを捕らえるために、イエスがどこにいるかを知っている者は届け出なければならないという命令を出していた

はじめに
 祈り会のメッセージは昨年のアドベントのシーズンは「悩む人々」のシリーズでした。このシリーズでは専ら新約の時代の人々を取り上げましたから、今年は旧約の時代の「悩む人々」も取り上げたく願っています。ただし今日のメッセージは、「悩む人々」のシリーズはお休みにして、今年から私が個人的に取り組みたいと願っている働きを皆さんと分かち合うことをしたいと思います。この分かち合いについては、先日の7日の新年礼拝のメッセージで、その半分を話しました。きょうは前半の時間を使ってその復習をして、きょうの後半の時間を使って残りの半分を話したいと思います。そして、きょう話したことは次の聖日の礼拝でもまた違った形で再び取り上げるようにしたいと思います。

新たな仕事
 では、まず先日の礼拝メッセージで話したことの復習をしたいと思います。とは言え、礼拝で話していないことも含めます。
 今年に入ってからの最初の一週間で私は、自分が取り組むべき個人的な課題が与えられました。元旦の段階では、まったく与えられていなかったのですが、元旦を過ぎてから今年為すべきことが私の中で芽生えて急速に大きくなりました。元旦に何があったかと言うと、私は出身教会の高津教会の元旦礼拝に出席しました。牧師の重荷を降ろして一人の信徒として礼拝に出席し、聖餐式の恵みに与り、平安が与えられました。そうして翌日から私の中に新たな使命が注入され始めました。
 こういう経験を今までも二回したことがありました。聖宣神学院に入学する時、仕事を辞め、財産の大半を処分して、多くのものを脱ぎ捨てて聖書の学びを始めました。すると神様は多くのことを教えて下さいました。しかし聖宣神学院では、きっとまた違う形で余計なものを私は身に着けていたようです。身に着けるべき多くのものをいただいただけでなく、余計なものも身に着けたのだと思います。しかし神学生4年生になってインターン実習で、姫路教会で一人暮らしをするようになり、再び裸になることができたのだと思います。すると神様は私に神の深い愛を教えて下さり、それまでに比べて『ヨハネの福音書』のことが格段によくわかるようになりました。そうして昨年は本を出すこともできました。ただし、この間に今度は牧師として、またしても私は余計なものを身に着けてしまっていたのだと思います。それが高津教会で一人の信徒に戻って礼拝に出席することで、もう一度裸になることができました。それで神様は私に新たな仕事を与えて下さったように感じています。

聖書の読み方への客観的な尺度導入の提案

 新たな仕事とは、聖書の読み方にもっと客観的な尺度を導入するよう提案することです。聖書の読み方には大きく分けて二つの読み方があります。一つは神様からの語り掛けの声を聞きながら読むディボーションの時に用いる読み方です。もう一つは、そういう語り掛けのようなものを一切排した学術的な読み方です。ですから学術的な読み方はクリスチャンでなくてもできます。神様からの語り掛けのような個人的なものは入り込まないようにしますから、ある程度は客観的に論じることができると言えるでしょう。
 一方、ディボーションの読み方では、神様への語り掛けは一人一人によって違いますから、客観的にはなりません。それで皆が違う読み方をして、それぞれの読み方を、それは「小島の読み方」だとか「中島の読み方」だとか「大島の読み方」などと言います。これは仕方がないことでしょうか。今まで私は仕方がないのかなと思っていました。しかし、昨年私は『ヨハネの福音書』に関する本を出して、この『ヨハネの福音書』の読み方は「小島独自の読み方」のように受け取られていることを感じて、何とかする必要を感じました。もう少し客観的に議論できる共通の尺度のようなものの導入が必要であろうと考えるようになりました。
 その一つが「霊的な温度」のようなものです。霊的に冷たい状態で読めば学術的な読み方になるでしょう。或いはまた、もう少し霊的に温かい状態で読めばディボーショナルな読み方になるでしょう。ただし、この霊的な温度は人によって違います。それで「小島の読み方」とか「大島の読み方」などと呼ばれるようになってしまうのではないかと思います。ですから、それを人の名前を付けるのではなく、「霊的に熱い読み方」とか「霊的に冷たい読み方」という風に言い変えたら、少しは客観的になるのではないかと思います。このことを、先日の礼拝では「鉄を加熱した時のこと」に例えました。これは礼拝メッセージの引用ですが、日曜日には次のように話しました。

「霊的な温度」という尺度
(ここから引用)
 鉄の釘をガスバーナーで熱することを考えてみましょう。鉄の釘は表面を磨いてピカピカにしてあげれば銀色をしています。しかし、この釘をペンチか何かで挟んでガスバーナーの炎で熱すると色が変化して行きます。最初は銀色だったのが温度が上がってくると鉄は赤くなります。温度がある程度低い間は暗い赤ですが、温度が上がると明るい赤になります。そして、もっと温度が上がると黄色くなり、さらに温度が上がると白く輝くようになります。つまり、同じ釘でも温度が違えば違った色に見えます。
 聖書の読み方も同様に考えたら良いのだと思います。霊的に冷たい状態で読めば、読んだ字の通りのことが書いてあります。しかし、霊的に熱い状態で読めば聖書から神の光が輝いているのが見えます。どちらも同じ聖書ですが、霊的に熱いか冷たいかで見え方が異なります。これは霊的に熱いか冷たいかの違いで論じるべきであって、「小島の読み方」とか「中島の読み方」、「大島の読み方」などと人の読み方の違いで論じるべきではないでしょう。そして、もちろん「好み」や「良し悪し」で論じるべき問題でもありません。
 「霊的な温度」という言い方が適当かどうかはわかりませんが、何かそのような誰でも共通に扱える尺度のようなものがあれば、聖書の読み方を今よりも少しは客観的に論じることができるようになると思います。白く輝いているのが「小島の読み方」、黄色いのが「中島の読み方」、赤いのが「大島の読み方」と言うのではなく、白く輝いているのが霊的な温度が非常に高い状態で読んだ場合、黄色いのは霊的な温度がある程度高い状態で読んだ場合、赤いのは霊的な温度があまり高くない状態で読んだ場合、銀色はまったく霊的にならずに読んだ場合などと分類すれば良いのだと思います。どの読み方が良いとか悪いとかではなく、こういう読み方をすれば、こうなるのだということを客観的に言えるようにすることが大切だと思います。そして、温度だけでなくて、もう一つ新たな考え方を導入すれば、聖書の霊的な読み方をもっと客観的に説明できるようになると思いますが、それについては、今度また、次の水曜日の祈祷会と礼拝とで話すことにしたいと思います。
(引用ここまで、賛美歌を挟む)

二つの書間のことばの相互拡散

 前半は「霊的な温度」のようなものを共通の尺度として導入する必要があるという提案の説明をしました。しかし、それだけでは十分ではないのは明らかです。同じくらいに霊的に熱い二名の人がいたら、この二人は別々の神の声を聞いて全く違う読み方をするでしょう。ですから、もう少し客観的に論じられるようにするために、もう一つ新たな考え方を聖書の読み方に導入することを提案したいと思います(新たな考え方と言っても、私のかつての専門の材料物理学の世界では良く知られていることです)。それは、二つの異なる金属を接合して過熱すると「相互拡散」の現象が起きることです。つまり異なる二つの金属の原子が拡散移動して互いに混じり合うようになります。これを聖書の読み方に応用して、例えば『旧約聖書』と『新約聖書』とを接合して霊的に熱い状態で読めば、二つの書のことばが相互拡散して、互いに混じり合うようになります。
 すると、次のように言う人がいるかもしれませんね。「『新約聖書』に限れば『旧約聖書』の引用がたくさんあるから、すでに混じり合っているのではないか。」しかし、私はこう考えます。もし神をいっさい信じない無神論者が霊的に完全に冷たい状態で『新約聖書』を読むなら、たとえ『旧約聖書』が引用してあってもそれは単に冷たい文字が埋め込まれているだけであって、そこから旧約の神のことばが新約のことばの中に溶け出して混じり合うことはないでしょう(材料学の専門用語で言えば『新約聖書』に埋め込まれた『旧約聖書』のことばは「析出物」のようなものです)。
 さてしかし、霊的に熱い状態で読めば、『旧約聖書』のことばは『新約聖書』の中に溶け出し、また『新約聖書』のことばも『旧約聖書』に向かって拡散して行くでしょう。イザヤ書53章の「私たちの咎のために砕かれた」僕(しもべ)がイエス・キリストであるとは、霊的に冷たい状態で読めば全く感じないでしょうが、霊的に温まっていればイエス・キリストのことであるとすぐに理解できます。或いはまたモーセに率いられてイスラエルの民がエジプトを脱出した時に流された過越の羊の血が、イエス・キリストが十字架で流した血と重なることを霊的に温まった状態で読むなら、感じます。

霊的に熱ければ混じり合う二つの書

 『旧約聖書』には39巻の書があり、『新約聖書』には27巻の書があって全部で66巻ありますから、接合の仕方にはいろいろあって複雑です。しかし、ここでは話を単純にするために二つの書の接合だけを考えることにします。『伝道者の書』や『雅歌』のことばなどは他の書と拡散しにくいように思います。このように書と書の間には相性のようなものがあって、拡散しやすい組み合わせとそうでない組み合わせがあります。それでも霊的に熱い状態の人が読めば、『伝道者の書』も『雅歌』も拡散していくでしょう。
 そして、非常に霊的に熱くなれば、極端な話、聖書66巻が全部均一に混じり合って、どこを読んでも同じことが書いてあることになります。神様は一つですから、聖書のどこを読んでも同じ神様のことばが書いてあるから、どこを読んでも同じということになります。『創世記』にも『マタイの福音書』にも『ヨハネの黙示録』にも、ぜんぶ同じことが書いてあるのだという話になります。それは、「ちょっとどうなの?」と私でも思ってしまいますが、ここで大事なことは、それを良いとか悪いとか評価するべきではないということだと思います。金属を高温に熱すれば(溶けてしまったとしても)、どんな金属でも同じように白く輝くようになります。それを良いとか悪いとかで評価する人はいません。同じように聖書の読み方においても、霊的に熱い状態で読むのか冷たい状態で読むのかを論じれば良いのであって、良いとか悪いとか言うべきではないし、まして批判し合うべきではないだろうと思います。
 神様を信じない人は霊的に熱くなることがありませんから、冷たい色の聖書のことばしか知りません。しかし神様を信じる人は霊的な状態によって様々な色の聖書を楽しむことができます。また、書と書を組み合わせれば二つの書が混じり合って、さらに豊かに聖書のことばの恵みを受け取ることができます。ただし、たとえ神様を信じていても聖書のことばに対する十分な信頼がなければ、あまり霊的な温度は上がらないでしょう。聖書は十全的に霊感された神の誤りなきことばであるという聖書信仰がなければ、霊的に十分に熱くなることはできないでしょう。これもまた良いとか悪いとかを言うのではなく、そういうものだとしておけば不要な争いや分裂を防げるのではないかと思います。

『ヨハネの福音書』と『ヨハネの手紙第一』の混じり合い

 さて、聖書の書と書の組み合わせは旧約と新約の間だけでなく、新約の二つの書同士の間にも言えることです。私が『ヨハネの福音書』19章の十字架のそばにいる「イエスの愛弟子」とは読者の私たちのことだと、いつも言っているのは『ヨハネの手紙第一』を組み合わせて言っていることです。ヨハネは第一の手紙で書いています。

4:9 神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。
4:10 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。
4:11 愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。

 神は、これほどまでに私たちを愛して下さっています。であれば、『ヨハネの福音書』に登場する「イエスが愛された弟子」、すなわち「イエスの愛弟子」とは当然、読者の私たちだということになります。これは、学術的な霊的に冷たい状態で読むなら決して導かれない結論です。しかし霊的に熱い状態で読むなら、「イエスの愛弟子」とは当然のごとく私たちのことになります。これもどっちの読み方が正しいとか正しくないとか言うのではなくて、霊的に熱いか冷たいかで論じるべきです。そうして、聖書信仰を持って霊的に聖書を読むなら、豊かな恵みが得られることを、多くの方々に知っていただきたいと思います。

『旧約聖書』と『新約聖書』との接合部
 最後になりましたが、きょうの聖書箇所のヨハネ11章の54節から57節を、もう一度、交代で読みましょう。

11:54 そのために、イエスはもはやユダヤ人たちの間を公然と歩くことをしないで、そこから荒野に近い地方に去り、エフライムという町に入り、弟子たちとともにそこに滞在された。
11:55 さて、ユダヤ人の過越の祭りが間近であった。多くの人々が、身を清めるために、過越の祭りの前にいなかからエルサレムに上って来た。
11:56 彼らはイエスを捜し、宮の中に立って、互いに言った。「あなたがたはどう思いますか。あの方は祭りに来られることはないでしょうか。」
11:57 さて、祭司長、パリサイ人たちはイエスを捕らえるために、イエスがどこにいるかを知っている者は届け出なければならないという命令を出していた

 ここは『ヨハネの福音書』における背後の「旧約の時代」が「新約の時代」と接合している箇所です。非常にきれいにシームレスに接合しているので気付きにくいですが、霊的にある程度温かい状態で読むなら、それが見えて来ます。
 いつも話している通り、ヨハネ10章の1節で、イエスさまが「羊の囲いに門から入らないで、ほかの所を乗り越えて来る者は、盗人で強盗です」と言っているのは、エレミヤの時代にエルサレムの滅亡が迫り、主が外国人の略奪隊をエルサレムに送るという警告のことばです。しかし、ユダ王国のエホヤキム王とエルサレムの人々はエレミヤの警告に耳を傾けませんでしたから、人々はバビロンに捕囚として引かれて行ってしまいました。それが、ヨハネ10章40節の「イエスはまたヨルダンを渡って」で表されています。バビロンはエルサレムから見たらヨルダン川の向こう側にありますから、これは捕囚として引かれて行ったことを示しています。そしてエルサレムが滅亡したことがラザロの死によって表され、イエスさまは11章の7節で「もう一度ユダヤに行こう」とおっしゃいました。これはバビロン捕囚が解かれてエルサレムの帰還が始まったことと重ねられています。そうして11章44節のラザロのよみがえりの場面は、エルサレムが再建されたことと重ねられています。
 前置きが長くなりましたが、ご一緒に読んだ箇所の11章54節の「イエスはもはやユダヤ人たちの間を公然と歩くことをしないで」とは、『マラキ書』を最後にして聖書が沈黙の時代に入ったことを示します。『ヨハネの福音書』1:1でヨハネは「初めに、ことばがあった」と書きました。ですからイエスさまはことばであり、つまり聖書のことばであるということです。そのイエスさまが11章54節で公然と歩くことをしなくなったということは、聖書の記述がそこでいったん途絶えたことを意味します。つまり、ここが旧約と新約の「接合部」であるということです。
 そして、57節には「イエスを捕らえるために、イエスがどこにいるかを知っている者は届け出なければならないという命令を出していた」とありますが、こういう記述は、マタイ・マルコ・ルカの福音書には、こういう記述はありません。その代わり、『マルコの福音書』には次のような記述があります(マルコ14:1-2)。

 14:1 さて、過越の祭りと種なしパンの祝いが二日後に迫っていたので、祭司長、律法学者たちは、どうしたらイエスをだまして捕らえ、殺すことができるだろうか、とけんめいであった。
14:2 彼らは、「祭りの間はいけない。民衆の騒ぎが起こるといけないから」と話していた。

 このように『マルコの福音書』には祭司長たちが民衆が騒ぐことを恐れている様子が記されていますから、『ヨハネの福音書』で祭司長たちが「イエスを捕らえるために、イエスがどこにいるかを知っている者は届け出なければならないという命令を出していた」という記述とは相いれません。ではヨハネはなぜこのような記述したのでしょうか。それは、ヨハネはここで、ヘロデ王が幼子のイエスを見つけ出して殺そうとしていたことと重ねているからです。ヘロデ王が東方の博士たちから幼子のイエスのことを聞いた記事は『マタイの福音書』の始めに書かれています。つまり、ここから『マラキ書』以来途絶えていた聖書の記述が始まりました。ですから、この箇所が旧約と新約の接合部であるというわけです。
 これは決して小島独自の読み方ではなく、ある程度霊的に温まった状態で『マタイの福音書』と『ヨハネの福音書』のことばが混合するなら誰にでも見えて来るはずのものです。

おわりに
 このように、聖書の様々な読み方を「誰々独自の読み方」とするのでなく、霊的な温度と二つの書の相互拡散で論じるなら、私たちはもっと聖書から豊かな恩恵を受けることができるようになるでしょう。二つの書の相性が良ければ低い霊的な温度でも混じり合います。ここから受ける恵みも素晴らしいものですし、混じり合いにくい相性があまり良くない二つの書でも霊的な温度が十分に高ければ混じり合うようになります。ただし聖書信仰がなければ混じり合うことはありません。
 聖書信仰の度合いは教団によって様々です。従って異なる聖書信仰を持つ教団の人々の間では批判し合うようなことも起きています。しかし批判し合っても良いことはないでしょう。どちらが良いとか悪いとかではなく、こういう読み方をすればこうなるのだということを、ある程度客観的に言うことができるようになるなら、キリスト教会は一つになる方向に向かっていくのではないかという期待を私は持っています。イエスさまはキリスト教会が分裂していることを、きっと悲しんでおられることと思います。ヨハネは手紙に「愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです」と書きました。どういう聖書の読み方が正しいとか正しくないとかで争って分裂するのではなく、私たちは皆、互いに愛し合って一つになるべきです。
 まずはキリスト教会が一つになって、そうして世界の人々が一つになって平和が実現するように私たちは働きたいと思います。
 以上が、今年になってから私が個人的に示された、これからの働きですが、皆さんのお一人お一人にも示されたことがあると思いますし、まだこれからという方もおられるかもしれません。きょうはお時間をいただいて私の証をさせていただきました。機会があれば皆さんのお証も聞かせていただければ幸いに思います。
 お祈りいたしましょう。
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みことばのお風呂屋さん(2018.1.7 新年礼拝)

2018-01-08 07:56:33 | 礼拝メッセージ
2018年1月7日新年礼拝メッセージ
『みことばのお風呂屋さん』
【Ⅰヨハネ4:7~16】

はじめに
 新しい年に入り、新年最初の説教のタイトルは、『みことばのお風呂屋さん』にしました。実は、「みことばのお風呂」というタイトルで私は神学生の2年生の時に教報の神学生の報告欄に文章を書いたことがあります。その時に書いたものを、ここで読ませていただきます。

みことばのお風呂
(ここから引用)
 私の神学院生活も二年目に入りました。私の好きな奉仕の一つに寮のお風呂掃除があります。洗い場の床のタイルをデッキブラシでゴシゴシとこすり、湯を抜いた後に浴槽の底に残る汚れをきれいに洗い流すと、清々しい気分になります。そして、きれいになった浴槽に湯を満たし、体を浸すと本当に幸せな気分になります。お湯で体が温められると同時に水の浮力により体が軽くなり、日々の様々な重荷から解放されるからです。
「彼女(マルタ)にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、みことばに聞き入っていた」(ルカ10:39)。この時のマリヤはきっと深刻な顔ではなく、お風呂に入っているような幸せそうな顔をしていたのだと私は思います。私はこれを「みことばのお風呂」と呼びたく思います。そして近頃私が思うことは教会は「みことばの風呂屋」ではないかということです。風呂屋の亭主が客にきれいな湯をたっぷりと提供するように、牧師も神様の聖なるみことばを来会者にたっぷりと提供し、主の平安にどっぷりと浸ってもらいます。こんなことを考えるようになったのは、私自身が一年目の緊張から解放され、イエス様との距離も縮まり、神学院でのみことば漬けの生活の恩恵に浴しているからだと思います。
 私たちにこのような心の癒しと平安がもたらされるのはイエス様の打ち傷により(イザヤ五三・5)、それは私たちの咎ゆえであることをしっかりと心に留めつつ、今の私の理想の牧師像である「みことば湯」の亭主への道を追求していけたらと思っています。今後ともお祈りとご支援をどうかよろしくお願い申し上げます。
(引用ここまで)

今年の聖句
 この「みことばのお風呂」は2009年の教報の7月号に掲載されました。私がこの沼津教会を初めて訪れたのが同じ2009年の7月の伝道会の時でしたから、ちょうど同じ月の教報ということになります。
 今回、この「みことばのお風呂」という言葉を思い出したのは、2018年の聖句が与えられて、この聖句から、どのようなメッセージを語ろうか思いを巡らしていた時でした。ですから、「みことばのお風呂」が先ではなくて、聖句のほうが先に与えられました。今年の聖句は週報の1ページ目に記したように、第一ヨハネ4:13です。

「神は私たちに御霊を与えてくださいました。それによって、私たちが神のうちにおり、神も私たちのうちにおられることがわかります。」 (Ⅰヨハネ4:13 新改訳 第3版)
「神が私たちに御霊を与えてくださったことによって、私たちが神のうちにとどまり、神も私たちのうちにとどまっておられることがわかります。」(Ⅰヨハネ4:13 新改訳 2017)

 新改訳の第3版と2017の両方を載せたのは、今年はいろいろな意味で移り変わりの時期であるということと、実はまだ新改訳2017をいつから使い始めるか、幹事会で決めていなかったからです。12月の幹事会で話し合えば良かったのですが、あいにく他に話し合わなければならないことが色々とあって、それどころではなかったというのが正直なところです。今月の幹事会では議題に挙げようと思います。幹事以外の方々で、新しい聖書をいつから使い始めるのが良いかのご意見をお持ちの方は、私または幹事の方へお伝えいただければと思います。きょうのメッセージは、従来通りの第3版の訳を使います。
 今年の聖句として第一ヨハネ4:13を示されたのは、私たちは互いにもっと霊的に成長して、それを分かち合えるようになりたいという思いがあるからだと思います。一人一人が霊的に成長するだけでなく、その成長を互いに分かち合えるようになれたら良いと思います。そのためには、先ずは私たちには御霊が与えられていることを自覚する必要がありますが、その次の段階として、私たちが同じ神のうちにおり、そして、その同じ神が私たちのうちにおられることがわかるようになりたいと思います。この場合の「私たち」というのは、クリスチャンになったばかりの方にとっては、「現代の同じ教会(インマヌエル沼津キリスト教会)の私たち」でも良いと思いますが、霊的に成長したなら、「1世紀のヨハネたちとの交わりの中にある私たち」ということを感じることができるようになりたいと思います。

私たちは永遠の中にいる神のうちにいる
 きょうの聖書交読の箇所の第一ヨハネ1章1~4節を、もう一度交代で読みましょう。

1:1 初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて、
1:2 ──このいのちが現れ、私たちはそれを見たので、そのあかしをし、あなたがたにこの永遠のいのちを伝えます。すなわち、御父とともにあって、私たちに現された永遠のいのちです。──
1:3 私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。
1:4 私たちがこれらのことを書き送るのは、私たちの喜びが全きものとなるためです。

 もう数え切れないぐらい何度も引用していますが、ヨハネは1章3節で「私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです」と書いています。ヨハネは21世紀の現代の私たちもまた、この交わりに招いています。なぜなら、私たちに与えられている御霊は永遠の中にいるからです。御霊は神で、神は永遠の中にいます。私たちは永遠の中にいる神のうちにおり、永遠の中にいる神も私たちのうちにいますから、同じ神のうちにいる1世紀のヨハネも21世紀の私たちも、同じ交わりの中にいます。こうして永遠を感じることができるようになるなら、私たちは霊的に成長しているということができるでしょう。

神の霊の風呂

 この霊的な事柄を、きょうは「みことばのお風呂」の考え方を使って改めて説明してみたいと思います。8年半前の2009年7月の私は、まだ霊的なことを上手く説明することはできませんでしたが、今は少しは説明することができます。「みことばのお風呂」とは実は「神の霊の風呂」とも言い換えることができます。このことを、きょうは3つのポイントで話したいと思います。
 3つのポイントとは、①みことばは神の霊であること、②私たちは神の霊の浮力を受けて平安を得ること、③私たちの霊的な状態は熱くもなるし冷たくもなるということ、です。
 まず最初の①みことばは神の霊であることについては、私たちの実感として納得できるでしょう。みことばは、私たちの内に入って私たちを励まし、強め、平安を与えます。つまり、みことばは神の霊と同じだということです。また、ヨハネはイエス・キリストは「ことば」であったと書いています。ヨハネの福音書でヨハネは、「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった」(ヨハネ1:1)、「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた」(ヨハネ1:14)と書いていますね。そして第一の手紙においても、先ほど読んだ1:1で、「初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて」と書いています。ことばであるイエス・キリストは神ですから、人として生まれる前のキリスト、そして天に昇った後のキリストは神の霊として永遠の中に存在しています。ですから、みことばは神の霊であると言えます。
 次に②私たちは神の霊の浮力を受けて平安を得ることについて説明します。私たちは神の霊の中にいて、神の霊は私たち中にいます。このことは、お風呂のことを考えるとよくわかると思います。私たちの体の半分以上は水分からなるそうです。赤ちゃんの場合は体重の約8割が水分だそうで、子供で7割、大人だと6割、年を取ると5割にまで減るそうですが、それでも半分は水分です。ですから、お風呂に入れば私たちは水の中におり、水も私たちのうちにあるという状態になります。その中で私たちは浮力を受けて軽くなり、心身ともにリラックスすることができて心の平安を得ることができます。
 同様に、自分が神の霊の中にいて、神の霊も自分の中にいることを感じるなら、私は自分が神の霊の中で浮力を受けているような感覚を覚えます。その時には魂の平安を感じます。
 そして、③私たちの霊的な状態は熱くもなるし冷たくもなるということを、ご一緒に考えてみたいと思います。お風呂のお湯の場合は、お湯が熱ければ私たちも熱くなり、お湯がぬるかったり冷たかったりすれば、私たちの体は冷えてしまいます。しかし、神の霊の場合には私たちが霊的に熱くなるか冷たくなるかは、私たちがどれだけ霊的に整えられているかによるのだろうと思います。整えられていれば神の霊によって霊的に熱く燃やされると思いますし、鈍感なら霊的に熱くなることはないでしょう。ただし、いたずらに熱くなれば良いというわけでもないと思います。熱くなりすぎると、のぼせてしまったり熱狂状態になってしまったりする危険性もあります。しかし、ある程度の熱さは必要でしょう。そうでないと聖書を読んでも霊的な読み方ができなくなります。ですから聖書を読んで霊的にポカポカと暖かくなるためには、私たちは霊的に成長して整えられる必要があるでしょう。そうして、みことばのお風呂に浸かって霊的にポカポカと暖かくなるなら、21世紀の私たちだけでなく、1世紀のヨハネたちとも同じお風呂に入ってポカポカしている感覚を味わうことができるのではないかと思います。これが、ヨハネが第一の手紙の1章3節と4節に書いた、

1:3 私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。
1:4 私たちがこれらのことを書き送るのは、私たちの喜びが全きものとなるためです。

ということだと思います。

客観的な尺度の導入の提案

 さてここで、これから私が個人的に取り組んで行きたいと願っていることの一部を話して、皆さんと分かち合いたいと思います。きょうは半分だけを話して、残りの半分は水曜日の祈祷会と来週の礼拝メッセージで話したく思っています。祈祷会で話すことは、来週の礼拝でまた要約して話したく思いますから、祈祷会のメッセージを聞かなくても大丈夫です。
 これから私が取り組みたいこととは、聖書を読む時に、今話した霊的な温度のような共通の尺度を導入することを提案して行くことです。そうすれば、もっと霊的な読み方を多くの方々と分かち合うことができるようになるのではないかと思い始めています。
 なぜ、こんなことを考えているかというと、去年私は「『ヨハネの福音書』と『夕凪の街 桜の国』」という本を出しましたが、あまり共感を得ることができませんでした。どうしてなのかを考えると、結局のところ、これは小島の読み方だということになってしまっているのだと思います。私はそうは思っていないのですが、他の人々は、この読み方は小島独自の読み方だと思っていて、自分には関係ないと思われているように感じます。
 私は、それは違うと思います。そう思われているとしたら、それは例えるなら、「小島は熱い風呂が好きみたいだけど、自分はぬるい風呂が好きだから自分とは関係ない」と言っているようなものだと思います。しかし、それは違います。
 今度は違う例えで話します。鉄の釘をガスバーナーで熱することを考えてみましょう。鉄の釘は表面を磨いてピカピカにしてあげれば銀色をしています。しかし、この釘をペンチか何かで挟んでガスバーナーの炎で熱すると色が変化して行きます。最初は銀色だったのが温度が上がってくると鉄は赤くなります。温度がある程度低い間は暗い赤ですが、温度が上がると明るい赤になります。そして、もっと温度が上がると黄色くなり、さらに温度が上がると白く輝くようになります。つまり、同じ釘でも温度が違えば違った色に見えます。
 聖書の読み方も同様に考えたら良いのだと思います。霊的に冷たい状態で読めば、読んだ字の通りのことが書いてあります。しかし、霊的に熱い状態で読めば聖書から神の光が輝いているのが見えます。どちらも同じ聖書ですが、霊的に熱いか冷たいかで見え方が異なります。これは霊的に熱いか冷たいかの違いで論じるべきであって、小島の読み方とか中島の読み方、大島の読み方などと人の読み方の違いで論じるべきではないでしょう。そして、もちろん好みで片付けるべき問題でもありません。
 霊的な温度という言い方が適当かどうかはわかりませんが、何かそのような誰でも共通に扱える尺度のようなものがあれば、聖書の読み方を今よりも客観的に論じることができるようになると思います。白く輝いているのが小島の読み方、黄色いのが中島の読み方、赤いのが大島の読み方と言うのではなく、白く輝いているのが霊的な温度が非常に高い状態で読んだ場合、黄色いのは霊的な温度がある程度高い状態で読んだ場合、赤いのは霊的な温度があまり高くない状態で読んだ場合、銀色はまったく霊的にならずに読んだ場合などと分類すれば良いのだと思います。どの読み方が良いとか悪いとかではなく、こういう読み方をすれば、こうなるのだということを客観的に言えるようにすることが大切だと思います。そして、温度だけでなくて、もう一つの尺度、パラメータを導入すれば、聖書の霊的な読み方をもっと上手く説明できるようになると思いますが、それについては、きょうは、これ以上話すと長風呂になってのぼせてしまうと思いますから、今度また、次の水曜日の祈祷会と礼拝とで話すことにしたいと思います。

おわりに
 最後に、きょうのタイトルの『みことばのお風呂屋さん』について、もう一度改めて考えてみます。「みことばのお風呂屋さん」とは教会のことです。そうして私は、この教会を訪れる皆さんに、ゆっくりと温まって行っていただきたいと思います。そうして霊的に恵まれていただきたいと思います。しかし、そのようにみことばのお風呂を満喫していただくためには、いくつか必要なことがあります。一つは、まず裸になっていただくことです。先週、ナアマンの話をしました。ナアマンはプライドという心の鎧をしっかりと身に着けていましたが、部下の言うことを聞いて鎧を脱ぎ、裸になってヨルダン川の水に浸かったので、心身ともにきよめられました。みことばのお風呂に入る時にも、心に着込んでいるプライドなどの余計なものは脱ぎ捨てて、裸になってお風呂に入る必要があります。二つめは、力を抜くことです。せっかくお風呂に入っても体に力が入っていてはリラックスすることができません。自分の力で何とかしようとか、いろいろと余計な力が入っていると、みことばに恵まれることはできません。すべてを神様にお委ねして、神の霊のお風呂に浸る必要があります。そうして温まっていただきたいと思います。
 そうして神の霊に浸かって心の平安を得る人が多くなるなら、世界は平和になるだろうと思います。聖書の中でもヨハネの福音書は特に深い平安を得られる書ですが、今のところ小島の読み方のように思われているようです。そうではなくて鉄の色が温度によって違う色に見えるように、霊的に熱いか冷たいかで聖書の見え方も異なってくるのだということを、わかっていただく必要があります。そうして、多くの方々に深い平安を味わっていただきたいと願っています。
 私たちは同じ神の霊の中にいて、私たちの中にも同じ神の霊がいるのですから、同じ平安を味わうことが、きっとできるはずです。そのように、お互いに霊的に成長したいと思います。
 お祈りいたしましょう。

4:13 神は私たちに御霊を与えてくださいました。それによって、私たちが神のうちにおり、神も私たちのうちにおられることがわかります。
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1月7日新年礼拝プログラム

2018-01-05 12:08:37 | 礼拝プログラム
みことばのお風呂屋さん
 インマヌエル沼津キリスト教会

1月7日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

2018年新年礼拝 順序

 司  会               小島牧師
 奏  楽                荒川姉

 前  奏
 招  詞
 讃 美 ①  聖なる 聖なる 聖なるかな    1
 交  読  Ⅰヨハネ1:1~10
 祈  祷
 主の祈り
 使徒信条
 讃 美 ②  輝く日を仰ぐとき       21
 証  詞                西村兄
 讃 美 ③  スピリット・ソング      57
 聖  書  Ⅰヨハネ4:7~16
 説  教  『みことばのお風呂屋さん』 小島牧師
 讃 美 ④  キリスト 教会の主よ    229
 献  金
 感謝祈祷                西村姉
 頌  栄  父・子・聖霊の        271
 祝福の御言葉
 後  奏
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十字架を学んだ一年(2017.12.31 年末感謝礼拝)

2018-01-02 08:20:10 | 礼拝メッセージ
2017年12月31日年末感謝礼拝メッセージ
『十字架を学んだ一年』
【ヨハネ19:23~27】

はじめに
 きょうは今年最後の礼拝となりました。アドベントとクリスマスの期間に続けて来た「悩む人々」のシリーズは一旦終わり、きょうは今年を振り返り、この一年間は「十字架を学んだ一年間」であったことを話したいと思います。
 今年、私たちの教会は会堂建設への大いなる希望を持ってスタートしました。融資を受ければ会堂の建設が可能であるという目途が立ち、地元の金融機関からも融資可能との内諾を得ていたからです。
 しかし、現実は厳しいものでした。『十字架を学んだ一年』であったとは、そういう意味です。今日はヨハネ19章の十字架の場面を見ながら、聖書箇所を読みながら、この年を振り返ってみたいと思います。

下着まで剥ぎ取られた十字架のイエス
 19章23節と24節をお読みします。

19:23 さて、兵士たちは、イエスを十字架につけると、イエスの着物を取り、ひとりの兵士に一つずつあたるよう四分した。また下着をも取ったが、それは上から全部一つに織った、縫い目なしのものであった。
19:24 そこで彼らは互いに言った。「それは裂かないで、だれの物になるか、くじを引こう。」それは、「彼らはわたしの着物を分け合い、わたしの下着のためにくじを引いた」という聖書が成就するためであった。

 イエスさまは捕らえられてムチで打たれて傷だらけになった後で釘付けにされるという苦痛を味わいましたが、それだけでなく着物と下着をも剥ぎ取られるという精神的な苦痛をも味わいました。
 週報のp.3にピリピ人への手紙2章6節から8節までを載せておきましたので、お読みします。

2:6 キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、
2:7 ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。人としての性質をもって現れ、
2:8 自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました。

 イエスさまは神の子キリストです。それなのに神のあり方を捨てられないとは考えず、ご自分を無にして、ローマ兵のなすがままにされて、ご自分を卑しくして、上着だけでなく下着まで剥ぎ取られる精神的な苦痛に耐えて、そうして十字架の死にまでも従われました。
 十字架は本当にすごいなあと私は思います。どこがすごいかというと、私たちはものを手放せば手放すほど十字架のイエスさまに近づいて行くことができるという点です。逆に多くのものを持っていると、十字架のイエスさまのことはなかなかわかりません。

イエスがわからなかった金持ちの青年
 マタイの金持ちの青年の記事をやはり週報のp.3に載せましたので、お読みします。

19:21 イエスは彼に言われた。「もし、あなたが完全になりたいなら、帰って、あなたの持ち物を売り払って貧しい人たちに与えなさい。そうすれば、あなたは天に宝を積むことになります。そのうえで、わたしについて来なさい。」
19:22 ところが、青年はこのことばを聞くと、悲しんで去って行った。この人は多くの財産を持っていたからである。

 ここから読み取るべきことは、多くのものを身に着けていると十字架のイエスさまのことがなかなかわかりませんよ、ということだと私は受け取っています。私たちはそれぞれ事情があって、自分の財産を必ずしも手放すことはできません。それはそれで仕方がないことです。ただし多くのものを手放せば、それだけ十字架のイエスさまを深く知る恵みを得ることができることは確かです。この「多くのもの」とは物質的なものというよりは「精神的」なものと言えるでしょう。例えば、それはプライドです。たとえ多くの財産を手放してもプライドの厚い衣を着たままでいるなら、やはり十字架のイエスさまのことはわからないでしょう。イエスさまは神であることを捨てて着物を剥ぎ取られることまでされました。その精神的な苦痛は、プライドの厚い衣を着込んだままでいるなら、なかなかわからないでしょう。
 実は、それは私自身のことです。私は聖宣神学院に入学する時に大学教員の職を辞し、自宅のマンションを売却し、様々な持ち物の大半を処分しました。そうして多くの物質的なものを手放して神学院での勉強を始めましたが、イエスさまの十字架のことがなかなかわかりませんでした。それは私が財産を手放してもなお、多くのプライドの厚い着物を着込んでいたからでしょう。プライドは捨てたつもりでいましたが、やっぱり心の片隅では抱えていたのだと思います。しかし神学生の1年生、2年生、3年生と神学院で過ごすうちに段々とそういうプライドが取り去られていったと思います。

プライドの衣を脱いだナアマン
 神学生の時の私の説教の持ちネタにナアマンの話がありました。ナアマンの箇所を、ご一緒に読みたいと思います。列王記第二5章の9節から14節までを交代で読みましょう(旧約聖書p.639)。

5:9 こうして、ナアマンは馬と戦車をもって来て、エリシャの家の入口に立った。
5:10 エリシャは、彼に使いをやって、言った。「ヨルダン川へ行って七たびあなたの身を洗いなさい。そうすれば、あなたのからだが元どおりになってきよくなります。」
5:11 しかしナアマンは怒って去り、そして言った。「何ということだ。私は彼がきっと出て来て、立ち、彼の神、【主】の名を呼んで、この患部の上で彼の手を動かし、このツァラアトに冒された者を直してくれると思っていたのに。
5:12 ダマスコの川、アマナやパルパルは、イスラエルのすべての川にまさっているではないか。これらの川で洗って、私がきよくなれないのだろうか。」こうして、彼は怒って帰途についた。
5:13 そのとき、彼のしもべたちが近づいて彼に言った。「わが父よ。あの預言者が、もしも、むずかしいことをあなたに命じたとしたら、あなたはきっとそれをなさったのではありませんか。ただ、彼はあなたに『身を洗って、きよくなりなさい』と言っただけではありませんか。」
5:14 そこで、ナアマンは下って行き、神の人の言ったとおりに、ヨルダン川に七たび身を浸した。すると彼のからだは元どおりになって、幼子のからだのようになり、きよくなった。

 こうしてプライドを捨てて裸になってヨルダンの水に浸かったナアマンは、ツァラアトが治って体がきよくなりました。この時、ナアマンは体だけではなく心もきよくなったのですね。ナアマンは病人なのにエリシャの家の前に戦車で乗り付けるほど、軍人としてのプライドの高い人でした。戦車に乗っていたのですから鎧も着込んでいたかもしれません。ナアマンはそういうプライドの塊のような人物でした。そのナアマンが部下の言うことを聞いて着ているものを脱いで裸になり、ヨルダン川に身を浸しました。ナアマンに必要だったことは、ヨルダンの水に浸ることというよりもプライドの厚い衣を脱いで裸になることだったのですね。そうしてナアマンは神様に近づくことができて、ナアマンの心はきよめられました。

十字架をそばで見ていた愛弟子は私たち
 神学生だった私も段々とプライドを捨てることができ、そして神学生の4年生の時にヨハネの福音書を深く知ることができるという素晴らしいプレゼントをいただきました。そして私たちの教会は、隣の土地を購入することができたという素晴らしい祝福をいただきました。しかし、もしかしたら、このことで、見えなくなってしまったことがあったのかもしれません。そのことに気付かされたのが、この一年の出来事でした。
 私たちは会堂の建設計画と資金計画を立てましたが、実現しませんでした。それで、今度はリフォームの計画を立てましたが、それも実現しませんでした。そうして私たちは、この年の始めに持っていた大いなる希望を失いました。このことは本当に残念なことです。しかし、このことによって私たちは十字架のイエスさまに近づくことができるという恵みもまた得られるのです。十字架は本当にすごいなあと思います。
 ヨハネ19章に戻って25節から27節までを交代で読みましょう。

19:25 兵士たちはこのようなことをしたが、イエスの十字架のそばには、イエスの母と母の姉妹と、クロパの妻のマリヤとマグダラのマリヤが立っていた。
19:26 イエスは、母と、そばに立っている愛する弟子とを見て、母に「女の方。そこに、あなたの息子がいます」と言われた。
19:27 それからその弟子に「そこに、あなたの母がいます」と言われた。その時から、この弟子は彼女を自分の家に引き取った。

 ここにはイエスが愛した弟子、すなわち「愛弟子」がいました。この愛弟子とは私たちのことです。いろいろなものを手放すと、愛弟子とは私たちのことなのだとうことがわかってきます。ここで、もう少し時間を掛けて、なぜこの愛弟子が私たちなのかを説明します。

ヨハネの福音書とヨハネの手紙第一の相互補完性
  きょうの礼拝の始めの聖書交読ではヨハネの手紙第一を開きました。私たちは、このヨハネの手紙第一とヨハネの福音書を無意識のうちに互いに補って読んでいることでしょう。例えば手紙の1章3節には「私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです」とありますが、記者のヨハネは「見たこと」を手紙に具体的に書いているわけではありません。それゆえ現代の読者の私たちは福音書に書かれているイエスさまの姿を補って手紙を読んでいると思います。逆にヨハネの福音書の有名な3章16節には「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」とありますが、この神の愛は手紙のきょうの交読箇所の4章9~10節「神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちにいのちを得させてくださいました。それによって神の愛が私たちに示されたのです。私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです」(Ⅰヨハネ4:9-10)を補うことで、より良く理解できるようになっています。
 では「執筆当時の読者」は両者をどのように読んだでしょうか。ヨハネの福音書とヨハネの手紙第一の記者は同一人物である蓋然性が高いでしょう。仮に同一人物でなかったとしても、同じ共同体に属する者同士であったことは間違いないでしょう。そして当時はこの二つ以外にも様々な文書が存在していたでしょう。であれば猶更一つの文書だけを単独に読むことをしなかったでしょう。記者は手紙の中で(これも交読箇所ですが)「神は私たちに御霊を与えてくださいました。それによって、私たちが神のうちにおり、神も私たちのうちにおられることがわかります」(Ⅰヨハネ4:13)と書いています。仮に記者が複数いたとしても、読者と記者のうちには共通の神がいて、皆が共通の神のうちにいます。それゆえ福音書と手紙は分断して読むべきものではありません。そして私はさらに両者を積極的に相互補完して読むことを試みた結果、ヨハネの福音書の理解が格段に深めることができました。

十字架を見ることを意識していたヨハネ
 では、ここで改めてヨハネの手紙第一1章3節「私たちの見たこと、聞いたこと」について考えてみます。お読みします(新約聖書p.465)。

1:3 私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。

 ここでヨハネが書いている「私たちの見たこと、聞いたこと」とは福音書に描かれているイエスさまの姿の全体のことでしょう。しかし、中でもヨハネが「十字架を見ること」を強く意識していたことは次の理由(a~d)から明らかです。a) 1:7という早い段階でイエスの血が罪をきよめることに言及していること、そのすぐ後にb) 2:2で「なだめの供え物」に言及していること、c) 福音書の中心的なメッセージであるヨハネ3:16の直前(3:14-15)で、モーセが荒野で上げた蛇を見た者が生きた記事(民数記21:9)に言及していること、d) イエスの愛弟子が十字架をそばで見ていたとヨハネが記していること(ヨハネ19:25-26)です。このイエスの愛弟子とは福音書の記者のヨハネ自身のことです。このことから次のことが導かれます。
 ヨハネは手紙の1章3節で「あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです」と書いて読者を同じ交わりに招いています。そして、ヨハネは手紙の4章11~12節で「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら・・・・・・」と書き、神がいかに読者を愛しているかを強調しています。ここからイエスの十字架をそばで見ていた「イエスの愛弟子」(ヨハネ19:26)とは読者の私たちのことでもあると導かれます。これは二千年前の十字架を自分の罪のためと自覚するクリスチャンの実感とも良く合うと言えるでしょう。また、この愛弟子は最後の晩餐でイエスの右隣という特等席にいました(ヨハネ13:23)。ヨハネ13~17章の重要なメッセージを読者にしっかりと伝えたいという記者の気持ちが伝わってくる描写です。

時間を越えた御父と御子との交わりに招いているヨハネ
 このように福音書と手紙を相互補完的に読むなら、「御父および御子イエス・キリストとの交わり」(Ⅰヨハネ1:3)への招きは読者を「イエスの愛弟子」の座に招いていることだと読み取れます。イエスさまを信じて聖霊を受けるなら時間を遡って十字架の現場に立ち会うことが霊的には可能になるのです(パウロはガラテヤ2:20で自身を十字架に付けたが、ヨハネは十字架を見る側にいました)。それはヨハネが手紙の4章13節で、「神は私たちに御霊を与えてくださいました。それによって、私たちが神のうちにおり、神も私たちのうちにおられることがわかります」(Ⅰヨハネ4:13)と書いているように、ヨハネも読者も共に同じ神のうちにいて、同じ神がそれぞれのうちにいるからです。すなわちヨハネが体験したことを読者も霊的に共有できる世界へとヨハネは招いています。そして下着に至るまで全てを剥ぎ取られた十字架のイエスさまと向き合うなら、自分がいかに多くの罪を身にまとっているかがわかるようになります。私の場合は、プライドという厚い衣をしっかりと着込んでいたことに気付かされました。
 そしてヨハネはさらに旧約の預言者たちの時代へも読者を招いています。これまで礼拝で何度も話しましたが、ヨハネ2章のイエスさまはモーセになり、4章ではエリヤ、6章ではエリシャ、7章ではイザヤ、9章と10章ではエレミヤとエゼキエルになっています。そして11章のイエスはゼカリヤやハガイになっています。これらは聖霊を受けた旧約の預言者たちのうちにはイエスさまがいたことを示し、読者もまたその時代に招かれているのです。このことに気付くなら旧約の民の神への背きの重い罪が自分の中にも存在することがわかり、神の愛もまた深く理解できるようになります。このようにヨハネは読者を霊的な領域において「過去→現在→未来」の一方通行の時間から解放して御父と御子との「時間を越えた交わり」に招いています。

おわりに
 このように、私たちはイエスさまの愛弟子としてイエスさまの十字架に向き合うとき、いろいろなことが見えて来ます。私たちが新しい会堂を建てることができなかったことは、とても残念なことでしたが、十字架のイエスさまと向き合う恵みをいただけたことは幸いなことであったと思います。
 お祈りいたしましょう。

19:23 さて、兵士たちは、イエスを十字架につけると、イエスの着物を取り、ひとりの兵士に一つずつあたるよう四分した。また下着をも取ったが、それは上から全部一つに織った、縫い目なしのものであった。
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