知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

出願人の意図と除くクレームの解釈

2009-10-04 19:44:56 | 特許法36条6項
事件番号 平成20(行ケ)10041
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年09月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

第5 当裁判所の判断
1 特許法36条6項1,2号に関する判断の誤り(取消事由1)について

 当裁判所は,本願補正発明は,特許法36条6項1,2号に規定する要件を満たしておらず,本件補正却下決定に誤りはないとした審決に誤りはないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

(1) 本願補正発明の特許法36条6項1,2号充足性
ア 研磨しうる弾性体の意味
(ア) 本件補正後の請求項1には,「研磨しうる弾性体」との文言があるが,その定義や説明はなく,本件補正後の請求項1の記載からは,その意味は明らかではない。また,本件補正後の明細書(以下「本願補正明細書」という。)にも,「研磨しうる弾性体」の定義に当たる記載はなく,それに関する説明の記載もない。そこで,出願時(原出願の出願時)の技術常識を参酌してその意味を明らかにする必要がある
・・・

イ 研磨しうる弾性体でない金属板又は合成樹脂板等の意味
 本件補正後の請求項1の記載によれば,本願補正発明の「金属板又は合成樹脂板」及び「樹脂凸版を構成するその他の材料」は,そのうちから「研磨しうる弾性体」が除かれている。前記アのとおり,「一般的な固体の物質」は「研磨しうる弾性体」としての性質を有するから,「金属板又は合成樹脂板」及び「樹脂凸版を構成するその他の材料」から「研磨しうる弾性体」即ち「一般的な固体の物質」を除いた後に,どのような性質のものが残るかを想定することは困難である

 したがって,本願補正発明の「金属板又は合成樹脂板」及び「樹脂凸版を構成するその他の材料」の意味は明確でない。
 そして,前記ア(ア)のとおり,「研磨しうる弾性体」について,本件補正後の請求項1,本願補正明細書に定義や説明の記載はないし,「研磨しうる弾性体」でない「金属板又は合成樹脂板」及び「樹脂凸版を構成するその他の材料」のいずれについても,本件補正後の請求項1,本願補正明細書に定義や説明の記載はない。

ウ 特許法36条6項1,2号充足性
 そうすると,本願補正発明は,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものでないから,特許法36条6項1号を充足せず,また,特許を受けようとする発明が明確でないから,同項2号を充足しない。
 したがって,本願補正発明は,特許法36条6項1,2号に規定する要件を満たしていないから,本件補正却下決定に誤りはなく,本件補正却下決定に誤りがないとした審決の判断に誤りはない。

(2) 原告の主張に対して
 これに対し,原告は,本願補正発明は,除くクレームであり,除くクレームにおいて,引用発明を除くために挿入された用語は,引用発明の記載された特許公報等で使用されたとおりの内容のものとして理解すべきであるとして,大合議判決の判示を引用する。そして,本願補正発明の「研磨しうる弾性体」の語は,特公平3-74380号公報(甲7)記載の発明を除くために挿入されたものであるから,甲7の特許請求の範囲に記載された「研磨しうる弾性体」を意味するものであり,その意味は明確であり,本願補正発明にいう「研磨しうる弾性体」でない「金属板又は合成樹脂板」及び「樹脂凸版を構成するその他の材料」の意味も,明確であると主張する

 しかし,原告の主張は,以下の理由により,採用することができない。
 すなわち,本願補正発明が特許法36条6項1,2号の要件を充足するか否かは,本件補正後の特許請求の範囲の記載及び本願補正明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて判断されるべきである原告(出願人)が,本願補正発明から甲7記載の発明を除く意図で,「研磨しうる弾性体」の語を用いたものであったとしても,本願補正発明における,「研磨しうる弾性体」の語が甲7記載のとおりの技術内容を有するものと理解すべき根拠はない
したがって,この点において,原告の主張は,理由がない。

周知技術の適用を阻害する要因を認めた事例

2009-10-04 19:04:38 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10431
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年09月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

イ また,引用発明に周知例の技術を適用するに当たっては,以下のとおり,その適用を阻害する要因が存在するともいえる。

 すなわち,引用発明においては,細長いほぼ直線状の導電体の周囲に同軸的に円筒形のスリーブを配置し,その円筒形スリーブと嵌合するように環状コイルが配置され,環状コイルがほぼ直線状の導電体の周囲を取り囲むという構成を採用しているのに対し,周知例の技術では1次コイルと2次コイルが平面的に対向するように配置されており,引用発明と周知例の技術は,構造を異にしている
 そして,導電体と環状コイルとからなる,引用発明のトランスの構成に,上記周知例に記載されたトランスの構成を適用する場合,2次コイルである環状コイルは,直線状の導電体に直交する仮想的な平面上に,前記導電体を囲むように配置されることが必要となる。
 しかし,周知例に記載されたトランスは,平面状コイルを形成した絶縁基板を積層するものであり,平面上の1次コイルと2次コイルは,互いに平行な基板面上に形成され,引用発明の導電体と環状コイルの配置関係と,周知例に記載されたトランスにおける1次コイルと2次コイルの配置は,構造上の相違が存することから,引用発明に周知例の構成を適用することには,困難性があるというべきである。

 また,引用発明に周知例に記載された技術を適用することを想定した場合,まず,引用発明においてはほぼ直線状の導電体とすることにより導電体によるインピーダンスの発生が抑制されているのに対し,引用発明の導電体に対応する周知例の1次コイルは渦巻状であって導体長が長く,それ自体がインピーダンスとして働く余地があり,この点でも引用発明に周知例の技術を適用しようとするに当たっての阻害要因となる。

 さらに,引用発明においては,電力メーター用電流感知トランスジューサーとして,需要家に供給される電力の正確な測定ということが技術的課題とされ,そのために,環状コイルに作用する外因性磁場による悪影響の排除という課題が存在するのに対して,周知例の技術においては,専ら1次コイルと2次コイルの磁気結合の強化ということが技術的課題とされていて,外部磁界による磁気干渉は,格別考慮する必要がない点において,引用発明に周知例の技術を適用しようとするに当たっての阻害要因となり得る。

 以上のとおり,引用発明に周知例の技術を適用することには,課題の共通性や動機付けがなく,また,その適用には阻害要因があるというべきであるから,当業者が引用発明に周知例の技術を適用して本願発明に至ることが容易であったということはできない。

周知技術を適用する動機付けを否定した事例

2009-10-04 18:56:34 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10431
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年09月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

 このように,引用刊行物に記載された技術的事項は,2次コイルとして,環状コイルを用いることを前提としたものであって,引用刊行物には,相互インダクタンス電流トランスジューサーの2次コイルを環状コイル以外のものとする可能性を示唆する記載はない。引用発明は,電流感知トランスジューサーの従来技術を前提としながら,環状コイルにおけるシンメトリー構造の実現という課題を,環状コイルを多重層構造とすることによって解決しようとしたものである

 引用発明と本願発明は,課題解決の前提が異なるから,引用発明の解決課題からは,コイルを多層基板上に形成するための動機付けは生じないものといえる。

 なお,引用刊行物には,相互インダクタンス電流トランスジューサーを小型化するという課題も記載されているが,環状コイルを前提としたものであって,本願発明における小型化とは,その解決課題において共通するものではない。

 以上のとおり,引用発明には,環状コイルに代えて,多層基板上に形成されたプリントコイルによりトランスを構成する前記周知技術を適用する解決課題や動機は存在しないというべきであり,したがって,当業者が本願発明の相違点2に係る構成を想到することが容易であったとはいえない。

サポート要件の判断事例(無鉛はんだ合金事件 第3次無効審判請求)

2009-10-04 18:31:18 | 特許法36条6項
事件番号 平成20(行ケ)10484
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年09月29日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

(4)  本件特許の請求項1に記載の「金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した」ことについて,本件訂正後の明細書(甲3)の「発明の詳細な説明」には,上記(2)ウ(ウ)~(カ)のとおり,無鉛はんだ合金の構成を「Snを主とし,これに,Cuを0.3~0.7重量%,Niを0.04~0.1重量%加えた」ものとすることによって,「金属間化合物の発生が抑制され,流動性が向上した」ことが記載されており,その理由として,CuとNiは互いにあらゆる割合で溶け合う全固溶の関係にあることが記載されているから,特許請求の範囲に記載された「金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した」発明は,発明の詳細な説明に記載された発明であって,かつ発明の詳細な説明の記載により当業者が上記の本件発明1の課題を解決できると認識できるものであると認められる。

(5) 被告らは,本件訂正後の明細書(甲3)の「流動性が向上」という記載は,一般的な溶融状態のはんだの性質以上の,これを発明特定事項とするはんだの性質を把握・理解し,評価する根拠とはならないと主張する

 しかし,上記の「流動性が向上」については,「金属間化合物の発生を抑制する」というその意義が記載されている
 そして,甲5(・・・)に・・・と記載されているように,本件特許出願前から,はんだ付け作業における金属間化合物の発生については広く知られていたものと認められる(甲5,16は,「無鉛はんだ」について述べたものではないが,そうであるとしても,はんだ付け作業における金属間化合物の発生について知られていたことの証拠とはなり得るものである)。
 そうすると,上記の「流動性が向上」という記載は,はんだ付け作業時に必要とされるはんだの性質を特定したものであって,はんだの性質を把握・理解し,評価する根拠となるものであるということができる

(6) もっとも,本件訂正後の明細書(甲3)の「発明の詳細な説明」には,「金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した」ことについての具体的な測定結果は記載されていない。

 確かに,数値限定に臨界的な意義がある発明など,数値範囲に特徴がある発明であれば,その数値に臨界的な意義があることを示す具体的な測定結果がなければ,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できない場合があり得る

 しかし,本件全証拠によるも,本件優先権主張日前に「Snを主として,これに,CuとNiを加える」ことによって「金属間化合物の発生が抑制され,流動性が向上した」発明(又はそのような発明を容易に想到し得る発明)が存したとは認められないから,本件発明1の特徴的な部分は,「Snを主として,これに,CuとNiを加える」ことによって「金属間化合物の発生が抑制され,流動性が向上した」ことにあり,CuとNiの数値限定は,望ましい数値範囲を示したものにすぎないから,上記で述べたような意味において具体的な測定結果をもって裏付けられている必要はないというべきである。

(7) そして,本件特許出願前から,CuとNiは互いにあらゆる割合で溶け合う全固溶の関係にあることは広く知られていたと認められる(・・・)から,NiがCuのSnに対する反応を抑制する作用を行わしめるものであると考えることは,「Snを主として,これに,CuとNiを加える」ことによって「金属間化合物の発生が抑制され,流動性が向上した」理由の説明としては不合理ではない。

 したがって,本件訂正後の明細書(甲3)の記載において,従来の金属間化合物発生等で生じた流動性の問題がなく,フローめっき(噴流めっき)に適していることが,Cu-Sn系から出発したNiの添加の場合も,Ni-Sn系から出発したCuの添加の場合も確認されており,その原因については,NiとCuの全固溶関係という上記技術常識及びCuSn金属間化合物が生じた場合は流動性に問題を生じるという上記技術常識を考慮すれば,NiがCuのSnに対する反応を抑制する作用を行わせることの裏付けとしてはなされているというべきである。

(8) 以上述べたところからすると,本件発明1についての本件訂正後の明細書(甲3)は特許法旧36条6項1号に適合するというべきであるから,これに反する審決の判断には誤りがあるというべきである。そして,本件発明2~4は,いずれも本件発明1を引用したものであるから,本件発明1と同様に特許法36条6項1号に適合しないとした審決の判断にも誤りがあることになる。

<同一特許に対する判決 結論はいずれも逆>
平成20年9月8日になされた第2次無効審判に関する審決取消訴訟の判決

平成20年3月3日になされた大阪地裁判決(第2次無効審判請求に関連する民事訴訟)
(上記2裁判では特許権者側の証拠は優先権日後の実験結果であった。)