知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

組成物の発明の実施可能要件

2009-05-13 06:02:46 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10489
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年04月23日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

1 取消事由5(実施可能要件についての判断の誤り)について
(1) 旧特許法36条4項に定めるいわゆる実施可能要件について
 旧特許法36条4項は,「・・・発明の詳細な説明は,経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」と定めるところ,この規定にいう「実施」とは,物(麻酔薬組成物)の発明である本件発明1にあっては当該物の生産,使用等を,物を生産する方法(麻酔薬組成物の調製法)の発明である本件発明2及び3にあっては当該方法の使用,当該方法により生産した物の使用等を,方法(一定量のセボフルランのルイス酸による分解を防止する方法)の発明である本件発明4にあっては当該方法の使用をそれぞれいうものであるから,本件各発明について実施可能要件を満たすというためには,発明の詳細な説明の記載が,本件発明1については当業者が同発明に係る麻酔薬組成物を,本件発明2及び3については当業者が同各発明に係る麻酔薬組成物の調製法を,本件発明4については当業者が同発明に係る一定量のセボフルランのルイス酸による分解を防止する方法をそれぞれ使用することができる程度のものでなければならない

 そして,本件発明1のような組成物の発明においては,当業者にとって,当該組成物を構成する各物質名及びその組成割合が示されたとしても,それのみによっては,当該組成物がその所期する作用効果を奏するか否かを予測することが困難であるため,当該組成物を容易に使用することができないから,そのような発明において実施可能要件を満たすためには,発明の詳細な説明に,当該組成物がその所期する作用効果を奏することを裏付ける記載を要するものと解するのが相当である。
 また,上述したところは,本件発明2及び3のような組成物の調製法の発明並びに本件発明4のような物質間の化学反応を防止する方法の発明においても,同様に妥当するものというべきである。

(2) 本件各発明が所期する作用効果について
ア 請求項1ないし4の記載
 ・・・

イ 発明の詳細な説明の記載
 発明の詳細な説明(甲21の1)には,次の各記載がある。
 ・・・

ウ ・・・
 したがって,本件各発明が所期する作用効果は,セボフルランを含有する麻酔薬組成物について,セボフルランがルイス酸によってフッ化水素酸等の分解産物に分解されることを防止し,安定した麻酔薬組成物を実現すること(以下「所期の作用効果」という。)であると認めるのが相当である。

(3) 所期の作用効果を奏するための手段について
 上記(2)によれば,本件各発明が所期の作用効果を奏するための手段は,セボフルランを含有する麻酔薬組成物中の水の量を本件数値のものとすることであると認められる。

 そして,原告は,本件各発明につき,本件数値の水によっても所期の作用効果を奏するものと発明の詳細な説明の記載からは当業者が理解し得ない旨主張するので,以下,この点につき検討する。

(4) 水の量及びセボフルランの分解抑制効果についての発明の詳細な説明の記載
 ・・・

(5) 検討
 ・・・

イ 上記アのとおり,発明の詳細な説明には,本件数値(少なくとも150ppm)の水を含ませることにより所期の作用効果を奏したとの直接の記載は一切なく,実験に用いられた水の量のうち本件数値に最も近似する水の量である109ppmの水しか存在しない場合にはセボフルランの分解を抑制することができず,206ppm以上の水が存在する場合にはセボフルランの分解を抑制することができたとの記載(実施例4のうち40℃の場合)があるのみである。
 ・・・

エ 小括
 以上によれば,発明の詳細な説明には,本件各発明について,本件数値の水を含有させることにより所期の作用効果を奏することを裏付ける記載があるものと認めることはできず,その他,そのように認めるに足りる証拠はないから,発明の詳細な説明には,本件各発明の少なくとも各一部につき,当業者がその実施をすることができる程度の記載があるとはいえないというべきである。


(6) 審決の判断について
ア 審決は,前記第2の3(4)アのとおり,「発明の詳細な説明は,保存条件に応じて含まれる水の量が決められることを当業者に明らかにしているのであるから,下限値として示された『0.015%(重量/重量)』は,あくまでルイス酸による分解を防止できる最小量の目安として示されているのであって,あらゆる条件下においてルイス酸による分解を防止できる量であると解すべきものではない」として,「甲9で水の量0.0187%のサンプルでセボフルランの分解がみられたとしても,当該サンプルでは単にルイス酸抑制剤である水が0.0187%では不足であったことが推定されるだけであって,このことにより本件各発明が当業者に実施しえないとすることはできない」と判断した。

 確かに,前記(2)イの発明の詳細な説明の記載によれば,本件各発明は,セボフルランがルイス酸によって分解され,有害なフッ化水素酸等の分解産物を生じるとの課題を解決するため,ルイス酸抑制剤である水を含有させることにより,所期の作用効果を奏することを目的とするものと認められる。
 しかしながら,発明の詳細な説明には,本件各発明は,単に,ルイス酸抑制剤としての水を含有させればよいとするものではなく,水によるその「有効な安定化量」を問題とし,これを,「約0.0150%w/wから0.14%w/w(飽和レベル)である」とする旨の記載(4頁7欄19~23行及び29~32行)があるのであり(・・・),前記(4)の各実施例の記載をみても,そのほとんどにおいて,含有させる水の量を問題にし,水の量の多寡によって,所期の作用効果を奏するか否かを確認しているのであるから,本件数値は,所期の作用効果を奏する有効量を意味するものと解され,これを,場合によっては所期の作用効果を奏しないこともあるという意味での単なる「目安」とみることはできない

 したがって,審決の上記判断は,その前提を誤るものといわざるを得ない。

最新の画像もっと見る