知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

実施契約後の補正の通知義務

2009-05-06 18:09:02 | Weblog
action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=07&hanreiNo=37558&hanreiKbn=06" target="_blank">平成18(ワ)11429
事件名 特許権侵害差止等
裁判年月日 平成21年04月07日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 田中俊次

(3) 被告の第4次的主張について
 原告は,信義則上,本件補正を通知する義務を負っていたと主張するところ,上記 イ・ウのとおり,出願段階では補正が認められて特許されるものかどうかが未だ確定しておらず,原告が本件補正書を提出したというだけでは直ちに本件実施契約上の権利義務に影響を及ぼすものではないと解すべきであるから,そもそも補正の事実を通知する実益に乏しく,信義則上,かかる義務を認めることはできない
 他方で,補正によって特許請求の範囲が減縮された上で特許査定され,特許権が発生した場合には,本件実施契約上の権利義務にも影響を及ぼすことになるから,減縮の事実を被許諾者に通知する実益があることは否定できない。また,本件実施契約では,まず,被告において自己の販売する製品が「許諾製品」に該当するかどうかを判断すべきであるから,その判断に当たって特許請求の範囲が減縮されたことは重要な情報といえる。
 したがって,少なくとも,被告から本件出願の経過等について問合せがされた場合には,原告はこれに誠実に応答すべき信義則上の義務があったというべきである。

 しかし,さらに進んで,特許請求の範囲が減縮されたことについて,被告からの問合せの有無にかかわらず原告から積極的にこれを通知すべき義務があったか否かについては,これを容易に肯定することはできない
 なぜなら,本件実施契約書においてかかる通知義務の存在を窺わせる条項は全く見当たらず,同契約書外においても通知義務を認める旨の合意の存在を推認させる具体的事情は何ら認められないのであるから,本件において通知義務を認めるということは,実施許諾契約一般において,これについての明示又は黙示の合意の有無にかかわらず,許諾者たる特許権者に信義則上の通知義務を負わせることになりかねないからである。

 もともと,出願段階で許諾を受けようとする者にとって,契約締結後の補正により特許成立段階で特許請求の範囲が減縮されることは,当然に想定できる事柄であり,減縮があった場合に許諾者から通知して欲しいというのであれば,契約交渉段階でその旨の同意を取り付けて契約書に明記しておくべきといえる(かかる交渉を経ずに許諾者一般にかかる義務を負わせることは,むしろ許諾者に予期しない不利益を被らせるおそれがある。)。また,被許諾者は,許諾者に特許請求の範囲を問い合わせたり(少なくとも許諾者には問合せに応答すべき義務がある。),特許公報等を参照するなどして,特許請求の範囲がどのようになったか調査することができるのである。

 上記のような事情を併せ考慮すれば,許諾者たる特許権者一般に,信義則上,特許請求の範囲が減縮された場合の通知義務を認めることはできないというべきであり,本件においても,原告に,信義則上かかる通知義務があったと認めるに足りる事情はない(なお,上記は特許請求の範囲が減縮された場合を前提としており,拒絶査定不服審判における不成立審決が確定した場合や,特許無効審判における無効審決が確定したような場合における通知義務については別途考慮を要するところである。)。

 したがって,原告には通知義務違反の債務不履行が認められず,これに基づく損害賠償請求権も認められない。

公開時の特許請求の範囲に基づき実施契約を結んだが後に減縮された事例

2009-05-06 17:58:45 | Weblog
事件番号 平成18(ワ)11429
事件名 特許権侵害差止等
裁判年月日 平成21年04月07日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 田中俊次

 被告は,特許請求の範囲が減縮された場合には,信義則上,契約締結の日に遡って許諾の範囲も減縮されると主張する(第2次的主張)
 しかし,本件実施契約締結時点では本件特許は未だ出願段階であったから,補正により特許請求の範囲が減縮されることがあり得ることは当然に想定できたはずであるのに,本件実施契約書上,特許請求の範囲が補正により減縮された場合について何らの定めもされていない。また,未だ出願段階であるが故に特許出願が拒絶されたり,補正により特許請求の範囲が減縮されることもあり得ることを前提として,実施料率が特許権発生後に比して低率(1%)に抑えられていると解され,これとの均衡においても,特許出願が拒絶された場合や特許請求の範囲が減縮された場合のリスクは被許諾者において負担すべきである。

 したがって,補正により特許請求の範囲が減縮されたからといって,信義則上,本件実施契約締結の日に遡って減縮の効果が生じると解することはできない。

ウ ・・・

エ 上記に対し,本件実施契約上,特許権発生後における「許諾特許」とは,同特許権に係る特許請求の範囲と解すべきであるから,本件補正による特許請求の範囲の減縮により,GR-b等は「許諾特許」の技術的範囲に属さず,「許諾製品」に当たらないことになる。よって,GR-b等については,特許権発生後,すなわち特許権の設定登録日以後,実施料を支払う義務はなかったというべきである。
 しかしながら,本件実施契約では,原告がいったん受領した実施料は,許諾特許の無効,本件実施契約の解約その他いかなる理由によっても被告に返還されないと定められており(不返還条項),その文言上,契約締結後に生じたあらゆる事由がこれに含まれることになるから,本件における特許請求の範囲の減縮も,文言上「その他いかなる理由」に含まれることになる。この点,被告は本件において不返還条項は適用すべきではない旨主張する

 しかし,本件では特許請求の範囲が減縮された上で特許権が発生したのであるから,減縮後の技術的範囲に属する場合には実施料の受領が認められることになるし,本件実施契約上,被告が原告に対して実施品の態様を開示する義務は定められておらず,基本的に被告の責任において当該実施品が「許諾製品」に該当するかを判断することが前提とされているのであるから,特許権が発生している以上,被告の支払う実施料を受領することは,むしろ通常のことといえる。そうすると,本件において原告が特許権発生後も被告の支払う実施料を受領したことが信義則に照らして容認できないとはいえず,不返還条項の適用を否定すべき事情は見当たらない


実施料の金額を超える賠償の請求の事例

2009-05-06 17:28:08 | Weblog
事件番号 平成18(ワ)11429
事件名 特許権侵害差止等
裁判年月日 平成21年04月07日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 田中俊次


【原告の主張】
・・・
ウ 損害額
・・・
(イ) 被告は,本件特許権が成立する前に,自ら実施権の許諾を原告に申し入れ,本件実施契約が締結されたものである上,本件特許権の成立後も,被告以外のメーカーに対して実施許諾されるなど,本件各特許発明は放熱シートの分野における極めて技術的価値の高い発明である。
 さらに,本件実施契約では特許権成立後の実施料率が3%とされているところ,被告は自らの意思で本件実施契約を解約しておきながら,漫然と実施行為(侵害行為)を継続しているのであり,仮に,損害賠償としての実施料相当額が上記約定額と同等にとどまるのであれば,ライセンス契約を尊重しようというインセンティブが働かず,侵害行為を助長する。
 よって,損害賠償としての実施料相当額は,実施契約上の約定実施料をかなり上回らなければ不合理であり,本件においては売上高の8%が相当である。

【被告の主張】
・・・
(イ) 損害額
本件実施契約期間外における実施料相当額の損害金は,せいぜい5%が妥当である。なぜなら,被告の行為は悪質とはいえず,また,本件実施契約における約定実施料率(3%)と比べて,5%という数字は67%もアップしているからである。


第4 当裁判所の判断
・・・
(3) 損害額
 上記 のとおり,平成15年10月1日から平成20年5月末日までのGR-nの販売額は7942万5336円であるところ,上記 のとおり,平成15年10月1日の販売額(8万9765円)については約定実施料算定の基礎とすべきであるから,本件実施契約終了後に被告が販売したGR-nの販売額は7933万5571円(\79,425,336-\89,765=\79,335,571)と認めるのが相当である。
 また,原告は特許法102条3項による損害の額の推定を主張するところ,前記当事者間に争いのない事実等 において認定したとおり,被告は,原告と本件実施契約を締結しながら,平成14年7月17日,被告製品は本件各特許発明の技術的範囲に属さないとして,実施料の支払を拒絶し,同年12月13日には,本件実施契約を解除する旨の意思表示をしたものであること,本件実施契約における実施料率が販売額の3%とされていたことなどに照らすと,販売額の6%に相当する金額である476万0134円(1円未満四捨五入)をもって,「特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭」と認めるのが相当である

 以上より,本件実施契約終了後のGR-nの販売に係る原告の損害額は476万0134円となる。

均等論における「意識的に除外」の解釈

2009-05-06 17:12:57 | Weblog
事件番号 平成18(ワ)11429
事件名 特許権侵害差止等
裁判年月日 平成21年04月07日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 田中俊次

3 争点2(GR-b等は本件各特許発明と均等なものとしてその技術的範囲に属するか)
前記1 のように,GR-b等は構成要件Bを文言上充足しないので,原告の予備的主張としての均等侵害の成否について検討する。

(1) 最高裁判所平成6年 第1083号同10年2月24日第三小法廷判決(民集52巻1号113頁参照)は,特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合に,なお均等なものとして特許発明の技術的範囲に属すると認められるための要件の1つとして,「対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もない」ことを掲げており,この要件が必要な理由として,「特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したなど,特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか,又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて,特許権者が後にこれと反する主張をすることは,禁反言の法理に照らし許されないからである」と判示している。

 そうすると,特許権者において特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したといった主観的な意図が認定されなくても,第三者から見て,外形的に特許請求の範囲から除外されたと解されるような行動をとった場合には,第三者の予測可能性を保護する観点から,上記特段の事情があるものと解するのが相当である。そこで,かかる解釈を前提に,本件において上記特段の事情が認められるかどうかについて検討する。

(2) 本件における出願経過については,前記1 において認定したとおりであり,本件補正をするに当たっての原告の主観的意図はともかく,少なくとも構成要件Bを加えた本件補正を外形的に見れば,カップリング処理された熱伝導性無機フィラーの体積分率を限定したものと解される。したがって,原告は,熱伝導性無機フィラーの体積分率が「40vol%~80vol%」の範囲内にあるもの以外の構成を外形的に特許請求の範囲から除外したと解されるような行動をとったものであり,上記特段の事情に当たるというべきである。

 なお,本件拒絶理由通知は,単に組成物に係る発明だからという理由で,その組成比の記載がない本件出願は,特許法36条6項2号に規定する要件を充足しないと判断しているところ,この判断の妥当性には疑問の余地がないではない。しかし,第三者に拒絶理由の妥当性についての判断のリスクを負わせることは相当でなく,原告としても,単に熱伝導性無機フィラーの総量を定める意図だったというのであれば,その意図が明確になるような補正をすることはできたはずであり,それにもかかわらず,自らの意図とは異なる解釈をされ得るような(むしろそのように解する方が自然な)特許請求の範囲に補正したのであるから,これによる不利益は原告において負担すべきである。

(3) 以上により,GR-b等について,「対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もない」ことという要件を充たさないから,これらを本件各特許発明と均等なものとして,その技術的範囲に属すると認めることはできない。

通知されていない予備的な拒絶理由

2009-05-06 10:38:26 | Weblog
事件番号 平成20(行ケ)10206
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年04月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

2 取消事由3(拒絶理由通知を欠いた手続違背)について
拒絶理由通知を欠いた手続違背の有無(取消事由3)について判断する。
(1) 特許法29条2項の拒絶理由通知を欠いた手続違背について
原告は,本件拒絶査定における拒絶理由は,実質的には,引用刊行物Aのみを根拠とした特許法29条1項3号に該当するとするものであるのに対して,審決は,引用刊行物Aと各引用例を組み合わせることが容易想到であり,特許法29条2項に該当するとしたものであるから,審判手続において,拒絶理由通知を欠いた手続違背があると主張する。
しかし,原告の上記主張は,次のとおり誤りである。

ア 審決の要旨は,①主位的に,本願発明は,引用刊行物Aに記載された発明であることを理由に,特許法29条1項3号に該当すると判断し,②予備的に,本願発明は,引用発明及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると判断したものである。
そして,前記検討したとおり,本願発明が特許法29条1項3号に該当するとした審決の主位的な判断に誤りはないのであるから,本件審判手続において,原告の主張する内容の拒絶理由通知を発しなかったとしても,審決に違法を来す取消事由はないというべきである。したがって,原告の主張は,この点において採用できない。

イ のみならず,審査及び審判の手続過程をみても,審判手続において,原告主張に係る拒絶理由を発しなかったとの違法はない。
(ア) 本件拒絶査定(甲5)には,「・・・」との記載があり,本件出願は平成16年10月19日付け拒絶理由通知書に記載した理由2及び3によって拒絶されたことが認められる。

(イ) 拒絶理由通知書(甲2)には,次の記載がある。
 ・・・

(ウ) 以上の本件拒絶査定及び拒絶理由通知書の記載によれば,特許庁は,原告に対し,本願発明(請求項1に係る発明)が特許法29条1項3号に該当する発明であるとの拒絶理由(理由2)のみならず,同法29条2項の規定による拒絶理由(理由3)をも通知していると認められるから,同法29条2項の規定による拒絶理由に基づく本件拒絶査定についてした審決に,手続的な誤りがあるとはいえない。