知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

拒絶査定不服審判における「特許請求の範囲の減縮」の判断事例

2009-05-29 22:02:26 | 特許法17条の2
事件番号 平成20(行ケ)10394
裁判年月日 平成21年05月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

イ補正事項3について
 原告は,補正事項3に係る補正が本願発明2の「押しピン」を限定する補正であるとして,この補正が法17条の2第4項2号にいう「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものではないとした本件審決の判断に誤りがあると主張するので,以下,検討する。

(ア) 本願発明2の理解
 本件補正前の特許請求の範囲の請求項2の記載は,前記したとおりである。
(イ) 補正事項3の位置付け
 これに対し,補正事項3は,補正前の請求項2においては,「押しピン」の構造が「使用時に…下部に設けられた孔部からピン部先端が外部に突出する」と記載されていたところ,補正後の請求項1においては,その構造に「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはなく,」という限定を付加して記載されているのであって,その記載内容を比較すると,本願発明2における「押しピン」の構造に上記限定を付加するものであると認められる

 そして,本願発明2の「押しピン」が特定の構造を有するものであることは前記で説示したところであるから,このような「押しピン」に上記限定が加えられることにより,使用しないときに手でいずれかの部分を触れればピン部が動く可能性があった本件補正前の「押しピン」が,本件補正後においては「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはな(い)」ものに限定されたということができ,本願発明2においては,「押しピン」も当該発明の対象となるものであることも前記ア(ア)で説示したとおりであるから,その構成が限定されることによって,特許請求の範囲は減縮されるものと認めることができる

 この点について,被告は,本願明細書の発明の詳細な説明に「使用しない時には…手にとってどの部分に触れてもピン部3が動くことはない」(段落【0006】)との記載があることから,本件補正前の請求項2に記載されていた「押しピン」はそのようなもの(補正事項3による補正後のもの)と理解されるから,補正事項3は本願発明2の「押しピン」を具体的に限定するものではないと主張するが,本件補正前の請求項2には,「押しピン」が「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはな(い)」ものであることを示す記載は存在しないから,被告の主張は失当である。

・・・

(ウ) 以上によると,補正事項3に係る補正は,法17条の2第4項2号が規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものというべきである。


「明りょうでない記載の釈明」の判断事例

2009-05-29 21:43:40 | 特許法36条6項
事件番号 平成20(行ケ)10394
裁判年月日 平成21年05月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

1 取消事由1(本件補正を却下した判断の誤り)について
(1) 目的要件に関する判断
ア補正事項2について
 原告は,補正事項2は,本願発明2が「押しピン」とこれと組になった「カートリッジ」から成ることを明りょうにするためのものであるとして,この補正が法17条の2第4項4号にいう「明りようでない記載の釈明」を目的とするものではないとした本件審決の判断に誤りがある旨主張するので,以下,検討する。

(ア) 本願発明2の理解
 本件補正前の特許請求の範囲の請求項2の記載は,前記したとおりであって,同記載において,押しピンについては,「…構造である押しピンを内部に収容しうる…」,「…により押しピンを押圧する…」と記載されているにとどまることから,本件審決が判断し,また,被告も主張するように,押しピンは,本願発明2における発明の対象ではなく,発明の対象であるカートリッシが備える構成の1つとして記載されているにすぎないと理解する余地もないわけではない
 他方,請求項2の記載において,押しピンは「筒状部と,筒状部に収容された弾性部材及びピン部とを有し,非使用時にピン部は弾性部材によって筒状部内に収容され,使用時に筒状部の上部に設けられた押入部材が挿入される孔部を通じて押入部材により押圧され,下部に設けられた孔部からピン部先端が外部に突出する構造である」ことが特定されており,本願発明2は,このような押しピンと,「筒状部の上部に設けられた押入部材が挿入される孔部を通じて押入部材により押しピンを押圧する押圧部」を有するものであることによって特定されるカートリッジとによって構成されるものであると理解する余地もないわけではない。そして,そのような理解を前提にすると,本件補正前の請求項2は,これとは反対に,押しピンを発明の対象とせず,その対象であることが記載上明らかなカートリッジの備える構成の1つとして記載されているにすぎないと理解されなくもない記載となっていたということができるのであって,その意味で,当該記載は法17条の2第4項にいう「明りようでない記載」に当たるといわなければならない

(イ) 補正事項2の位置付け
 これに対し,補正事項2は,本件補正前の請求項2における「押しピンを内部に収納しうる空洞部と」及び「押しピンのカートリッジ。」の記載を,補正後の請求項1においては,「押しピンと,該押しピンを内部に…収納しうる空洞部と」及び「押しピンおよびそのカートリッジ。」の記載に改めるものであり,その記載内容から,本願発明2が「カートリッジ」だけでなく,「押しピン」も発明の対象とするものであることを明示しようとするものであることが明らかである。
 そして,上記(ア)のとおり,本件補正前の請求項2の記載からは,「押しピン」と「カートリッジ」と,その両者を本願発明2の対象とするものであったと解することが可能であったところ,その反面,「押しピン」を当該発明の対象とするものではなく,「カートリッジ」のみを対象とするものであったと解する余地もないわけではなく,明りょうでない記載といわざるを得ないものであったのであるから,補正事項2は正にその明りょうでない記載を釈明するものであるということができる

 実際,補正事項2による補正前後の記載を比較してみれば,本件補正前の請求項2のように,本願発明2の対象である「押しピン」がもう1つの発明の対象である「カートリッジ」が備える構成の1つにとどまるかのように記載されていることを前提として,両者の構造を認識し,これらを対比して両者が発明の対象であると理解する場合に比較して,本件補正後の請求項2の記載のように「押しピン」と「カートリッジ」とを並列的に記載したほうが,その趣旨がより明りょうとなっているということができる。
 この点について,被告は,本件審決の判断と同様に,本件補正前の請求項2に係る発明が「カートリッジ」の発明であって,「押しピン」の発明ではないなどとるる主張するが,本件補正前の請求項2が「カートリッジ」のみを対象とする発明として明りょうに記載されていた場合であれば格別,既に説示したとおり,当該記載が「明りようでない記載」であった以上,被告の主張を採用することはできない。

(ウ) 拒絶の理由について
 法17条の2第4項4号は,「明りようでない記載の釈明」として補正が許されるのは,「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る」と規定するところ,被告は,本件においては,「押しピンのカートリッジ」が「明りようでない」との拒絶の理由は示されていないから,補正事項2は「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするもの」ではないと主張するので,この点についても検討する。
 甲11によると,平成18年3月22日付け拒絶査定には,本件特許出願は平成17年8月22日付け拒絶理由通知書に記載した理由によって拒絶されるべきことが記載されていることが認められ,甲7によると,平成17年8月22日付け拒絶理由通知書には,拒絶の理由として,請求項1及び同2に係る発明(本願発明1及び同2)が特許法29条1項3号又は同条2項の規定により特許を受けることができない旨記載されるとともに,請求項2に係る発明(本願発明2)については,引用発明1の画鋲刺入装置において,引用発明2の画鋲を収容することによって,本願発明2のように構成することは容易である旨記載されていることが認められる。

 これに対し,補正事項2は,前記認定の経緯からして,本願発明2が「押しピン」と「カートリッジ」と,その両者を当該発明の対象とするものであることを明示することにより,上記拒絶理由通知書において指摘された本願発明2に係る拒絶の理由を回避しようとするものであると認められるから,補正事項2が「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするもの」であるということが妨げられるものではなく,被告の主張を採用することはできない

(エ) 以上によると,補正事項2に係る補正は,法17条の2第4項4号が規定する「明りようでない記載の釈明」を目的とするものというべきである。


法4条1項8号の趣旨

2009-05-29 20:37:35 | 商標法
事件番号 平成21(行ケ)10005
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年05月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=07&hanreiNo=37632&hanreiKbn=06

1 取消事由1(法4条1項8号に係る法令解釈の誤り)について
(1) ・・・。

(2) 原告は,法4条1項8号の立法趣旨などにかんがみると,本願商標が引用会社の名称を含むものであって,かつ,原告が同社の承諾を得ていないとしても,同社の人格的利益を侵害しない場合には,同号に違反するものではなく,本願商標の登録が認められるべきであるとるる主張するが,
同号は,
その括弧書以外の部分に列挙された他人の肖像又は他人の氏名,名称,その著名な略称等を含む商標は,括弧書にいう当該他人の承諾を得ているものを除き,商標登録を受けることができないとする規定である。その趣旨は,肖像,氏名等に関する他人の人格的利益を保護することにあると解される。」(最高裁平成15年(行ヒ)第265号平成16年6月8日第三小法廷判決・裁判集民事214号373頁)上,また,
「法4条1項は,商標登録を受けることができない商標を各号で列記しているが,需要者の間に広く認識されている商標との関係で商品又は役務の出所の混同の防止を図ろうとする同項10号,15号等の規定とは別に,8号の規定が定められていることからみると,8号が,他人の肖像又は他人の氏名,名称,著名な略称等を含む商標は,その他人の承諾を得ているものを除き,商標登録を受けることができないと規定した趣旨は,人(法人等の団体を含む。以下同じ。)の肖像,氏名,名称等に対する人格的利益を保護することにあると解される。すなわち,人は,自らの承諾なしにその氏名,名称等を商標に使われることがない利益を保護されているのである。略称についても,一般に氏名,名称と同様に本人を指し示すものとして受け入れられている場合には,本人の氏名,名称と同様に保護に値すると考えられる。」(前掲最高裁平成17年7月22日第二小法廷判決)のである。

 法4条1項8号は「他人の肖像又, は他人の氏名若しくは名称」を含む商標について,括弧書きによる「その他人の承諾を得ているもの」を除き,商標登録を受けることができないと規定するにとどまるが,そこには,前記最高裁判例に判示されているとおりの意味があるのであって,原告の主張するように,同号の規定上,人格的利益の侵害のおそれがあることなどのその他の要件を加味して,その適否を考える余地はないというべきである。

 要するに,同号は,出願人と他人との間での商品又は役務の出所の混同のおそれの有無,いずれかが周知著名であるということなどは考慮せず,「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称」を含む商標をもって商標登録を受けることは,そのこと自体によって,その氏名,名称等を有する他人の人格的利益の保護を害するおそれがあるものとみなし,その他人の承諾を得ている場合を除き,商標登録を受けることができないする趣旨に解されるべきものなのである。

コンピュータプログラムの成立性の判断事例

2009-05-29 20:22:07 | 特許法29条柱書
事件番号 平成20(行ケ)10151
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年05月25日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

2 本件特許発明が自然法則を利用した技術的思想の創作に該当すると判断した誤り(取消事由2)について

 当裁判所は,審決が,本件特許発明は自然法則を利用した技術的思想の創作に該当するとした判断に誤りはなく,取消事由2は理由がないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

(1) 請求項1に係る発明について
ア 請求項1に係る発明は,旅行業向け会計処理装置の発明であり,経理ファイル上に,「売上」と「仕入」とが,「前受金」,「未収金」,「前払金」,「未払金」と共に,一旅行商品単位で同日付けで計上されるようにしたことを特徴とする(1P)。

 その構成は,電子ファイルである経理ファイル(1A),・・・,前受前払金の計上処理手段(1M)を含み,・・・。そして,上記各手段は,コンピュータプログラムがコンピュータに読み込まれ,コンピュータがコンピュータプログラムに従って作動することにより実現されるものと解され,それぞれの手段について,その手段によって行われる会計上の情報の判定や計上処理が具体的に特定され,上記各手段の組み合わせによって,経理ファイル上に,「売上」と「仕入」とが,「前受金」,「未収金」,「前払金」,「未払金」と共に,一旅行商品単位で同日付けで計上されるようにするための会計処理装置の動作方法及びその順序等が具体的に示されている

 そうすると,請求項1に係る発明は,コンピュータプログラムによって,上記会計上の具体的な情報処理を実現する発明であるから,自然法則を利用した技術的思想の創作に当たると認められる。

イ この点,原告は,
① 請求項1において特定された「手段」は,本件特許の特許出願の願書に添付された図面の図3ないし5に示された処理手順の各ステップの内容を特定したものであるところ,この処理手順及び各ステップの内容は,請求項1にいう同日付計上の会計処理を,伝票と手計算で実行する際の手順及び内容と同様のものであり,上記特定は,手計算に代えてコンピュータを使用したことに伴い必然的に生じる特定にとどまること,
② 本件特許発明の作用効果である「売上と仕入を一旅行商品単位で同日計上することから,従前の旅行業者向けの会計処理装置では不可能であった,一旅行商品単位での利益の把握が可能となる。また,同様に従前の旅行業向け会計処理装置では不可能だった債権債務の管理が可能となるため,不正の防止や正しい経営判断が容易となる。」は,自然法則の利用とは無関係の会計理論又は会計実務に基づく効果にすぎないことなどから,請求項1に係る発明は,自然法則を利用した技術的思想の創作とはいえない,と主張する


 しかし,原告の上記主張は,採用することができない。

 すなわち,
① 本件特許の特許出願の願書に添付された図面の図3は,本件特許発明に係る旅行業向け会計処理装置による処理操作の一例を示す概略フローチャート,図4は,第1計上処理を示す詳細フローチャート,図5は,第2計上処理を示す詳細フローチャートであり(甲10),コンピュータプログラムに従ってコンピュータにより行われるべき情報処理の流れが開示されていること,
② 請求項1においては,それぞれの手段について,その手段によって行われる会計上の情報の判定や計上処理が具体的に特定され,コンピュータに対する制御の内容が具体的に示されていること,
③ その処理手順等は,その性質上,伝票と手計算で実行する際の処理手順等と全く同様ではなく,相違する点があることに照らして,原告の主張は,その前提を欠くものであって,採用の限りでない。

 また,コンピュータを利用することによって,所定の情報処理を迅速・正確に実現することを目的とする発明の構成中に,伝票と手計算によって実現できる構成要素が含まれていたとしても,そのことによって,当該発明全体が,自然法則を利用した技術的思想の創作に該当しないとするいわれはないから,この点の原告の主張も採用の限りでない。

 さらに,本件明細書(【0068】)には,本件特許発明の作用効果として,「・・・。」と記載されており,本件特許発明は,上記の作用効果を目的とするものであることが認められ,上記の作用効果は,人の精神活動に基づいて体系化された会計理論,会計実務を前提とし又は応用したものを含むといえる。 しかし,上記のような作用効果が含まれていたとしても,そのことによって,コンピュータの利用によって実現される発明全体が,自然法則を利用した技術的思想の創作に該当しないとするいわれはないから,この点の原告の上記主張も採用の限りでない。

要旨変更についての判断事例

2009-05-29 20:21:18 | 特許法134条の2
事件番号 平成20(行ケ)10151
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年05月25日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

1 本件補正の違法性を看過して請求項1に係る発明を認定した誤り(取消事由1)について
 当裁判所は,審決が,本件補正は134条の2第5項で準用する131条の2第1項の規定を充足しているとして,本件補正後の訂正請求書による本件訂正を認めた上で,請求項1に係る発明の内容を認定した点に誤りはないから,取消事由1は理由がないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

 134条の2第5項で準用する131条の2第1項本文が,請求書の補正は要旨変更を伴うものであってはならないとした趣旨は,訂正許否の判断についての審理の遅延の防止にあるから,本件補正が訂正請求書の要旨の変更に当たるか否かは,上記の観点により,実質的に判断すべきである。

 なお,原告は,「補正前の訂正請求書によって訂正された発明」と「補正後の訂正請求書によって訂正された発明」の各技術的思想を対比して,各技術的思想に相違があるか否かによって判断すべきであると主張するが,同主張は採用の限りでない

 本件補正(別紙1)は,訂正請求書に記載された本件補正前の第1ないし第5訂正事項のうち,第2,第3訂正事項を撤回するものであるが,第2,第3の訂正事項は,いずれも明りょうでない記載の釈明を目的とするものであり,同訂正事項が撤回されたとしても,訂正請求書の内容が変更されたと解する余地はなく,訂正の許否の判断について審理の遅延を招くことはない
 このような事情に照らすならば,本件補正は,訂正請求書の要旨を変更するものというべきではない。したがって,本件補正は134条の2第5項で準用する131条の2第1項の規定を満たしており,これを適法であるとした審決の判断に誤りはない。