知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

特許法67条2項及び67条の3第1項1号の解釈

2009-05-31 17:31:44 | Weblog
事件番号 平成20(行ケ)10478
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年05月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


(2) 事案にかんがみ,再開されるべき審判手続における審理に資するよう,特許法67条2項及び67条の3第1項1号の解釈について,当裁判所の見解を付言する。

特許法67条2項は,「特許権の存続期間は,その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であつて当該処分の目的,手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明の実施をすることができない期間があつたときは,五年を限度として,延長登録の出願により延長することができる。」と規定している。また,
同法67条の3第1項1号は,特許権の存続期間の延長登録の出願について拒絶をすべき場合の一つとして,「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と規定している。

これらの規定の趣旨は,「その特許発明の実施」について,特許法67条2項所定の「政令で定める処分」(以下「政令で定める処分」ということがある。)を受けることが必要な場合には,特許権が存在していても,特許権者は特許発明を実施することができず,特許期間が侵食される事態が生ずるため,特許発明を実施することができなかった期間,5年を限度として,特許権の存続期間を延長することとしたものと解される。そして,「特許発明」とは「特許を受けている発明」(特許法2条2項)であり,「実施」とは特許法2条3項各号に掲げる行為をいうものである。

そうすると,「その特許発明の実施」に「政令で定める処分」を受けることが必要であったというためには,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された行為と「その特許発明の実施」に当たる行為(例えば,物の発明にあっては,その物を生産等する行為)に重複部分があることが必要であるといえる。換言すれば,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された行為と「その特許発明の実施」に当たる行為に重複している部分がなければ,「その特許発明の実施」に「政令で定める処分」を受けることが必要であったとは認められないことになる。

「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された行為と「その特許発明の実施」に当たる行為に重複している部分があるか否かを判断するには,まず,「政令で定める処分」が薬事法14条所定の医薬品の製造の承認や医薬品の製造の承認事項の一部変更に係る承認である場合には,当該承認を受けることによって禁止が解除された医薬品の製造行為が「その特許発明の実施」に当たる行為であるか否かを検討すべきである
なぜなら,薬事法14条所定の承認を受けることによって禁止が解除された医薬品の製造行為が「その特許発明の実施」に当たる行為である場合には,特許発明の当該実施行為をすることは,薬事法により禁止されていたということができるからである。

ウ 一方,特許法68条の2は,「特許権の存続期間が延長された場合(第六十七条の二第五項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は,その延長登録の理由となつた第六十七条第二項の政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては,当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と規定している。

上記規定の趣旨は,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は,その特許発明の全範囲に及ぶものではなく,「政令で定める処分の対象」となった「物」(その処分においてその物に使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物)についてのみ及ぶというものである
これは,特許請求の範囲がしばしば上位概念で記載されるため,同記載によって特定される特許発明の範囲も「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された範囲よりも広いことが少なくないところ,「政令で定める処分」を受けることが必要なために特許権者がその特許発明を実施することができなかった範囲(「物」又は「物及び用途」の範囲)を超えて,延長された特許権の効力が及ぶとすることは,特許発明の実施が妨げられる場合に存続期間の延長を認めるという特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨に反することとなるからであると解される。

ところで,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力が,「政令で定める処分の対象」となった「物」(又は「物」及び「用途」)についてのみ及ぶとする制度の下においては,特許権の存続期間満了後に当該特許発明を実施しようとする第三者に対し,不測の不利益を与えないという観点からの考慮が必要であることはいうまでもない。しかし,そのような観点から,「政令で定める処分」の対象となった「物」(又は「物」及び「用途」)が,客観的な要素によって特定され,かつ,「特許請求の範囲」,「発明の詳細な説明」の各記載及び技術常識に基づいて,十分に認識,理解できることが必要となるとはいい得ても,特許請求の範囲によって明確に記載されていることが必要となるとはいえない

したがって,「政令で定める処分の対象」となった「物」(又は「物」及び「用途」)が,特許請求の範囲に明確に記載されていないという理由で,特許権の存続期間の延長登録の出願を拒絶することは,許されないものというべきである。

(参考)
平成20(行ケ)10477および平成20(行ケ)10476も同趣旨。