知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

増項補正が違法とされなかった事例

2008-11-10 07:25:50 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10335
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年10月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

(2) 審決のうち増項違反に係る判断部分の当否
ア 原告は,本件各補正において追加された請求項13及び14は,いずれも,請求項1を引用するとともに,請求項1に記載された発明特定事項を更に限定するものであって,その限定の仕方は,請求項1と同13との関係においても,請求項1と同14との関係においても,産業上の利用分野を変更するものではないことは明らかであり,また,解決しようとする課題を変更するものでもないことは明らかであるから,請求項13及び14は,旧特許法17条の2第4項2号によって許容されるところの特許請求の範囲の減縮を目的として補正された請求項に該当すると主張する

イ そこで,検討するに,旧特許法17条の2第4項は,審判請求に伴って行われる場合における特許請求の範囲についてする補正は,同項1号ないし4号に掲げる事項を目的とするものに限ると規定しているもので,請求項を増加させる補正は,原則として,同項で補正の目的とし得る事項として規定された「請求項の削除」(1号),「特許請求の範囲の減縮」(2号),「誤記の訂正」(3号)及び「明りょうでない記載の釈明」(4号)のいずれにも該当しないものと解するのが相当である。
 そして,同項2号は,「特許請求の範囲の減縮(第36条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであって,その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)」と規定しており,同括弧書きの文言によれば,2号において補正が認められる特許請求の範囲の減縮といえるためには,補正後の請求項が補正前の請求項に記載された発明を限定する関係にあること,並びに,補正前の請求項と補正後の請求項との間において,発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であることを必要とするとしたものである。そうすると,この「限定する」ものであるかどうか,「同一である」かどうかは,いずれも,特許請求の範囲に記載された当該請求項について,その補正の前後を比較して判断すべきものであり,補正前の請求項と補正後の請求項とが対応したものとなっていることを当然の前提としているといえる。
 したがって,同号の規定は,請求項の発明特定事項を限定して,これを減縮補正することによって,当該請求項がそのままその補正後の請求項として維持されるという態様による補正を定めたものとみるのが相当であって,増項による補正は,補正後の各請求項の記載により特定された発明が,全体として,補正前の請求項の記載により特定される発明よりも限定されたものとなっているとしても,上記のような対応関係がない限り,同号にいう「特許請求の範囲の減縮」には該当しないことになる。
 また,特許出願の審査は,請求項ごとに行われ,拒絶理由の通知も請求項ごとに記載されるものであるところ,審判請求に伴ってする補正につき,出願人の便宜と迅速,的確かつ公平な審査の実現等の調整という観点から,既にされた審査結果を有効に活用できる範囲内で補正を認めることとした旧特許法17条の2第4項の制度趣旨に照らすならば,1つの請求項を複数の請求項に分割するような態様による補正は,特段の事情がない限り,認められないとする上記の解釈は是認されるものといえる。

 もっとも,①多数項引用形式で記載された一つの請求項を,引用請求項を減少させて独立形式の請求項とする場合や,②構成要件が択一的なものとして記載された一つの請求項を,その択一的な構成要件をそれぞれ限定して複数の請求項とする場合のように,補正前の請求項が実質的に複数の請求項を含むものであるときに,補正に際し,これを独立の請求項とすることにより,請求項の数が増加することになるとしても,それは,実質的に新たな請求項を追加するものとはいえず,実質的には,補正前の請求項と補正後の請求項とが対応したものとなっているということができるから,このような補正についてまで否定されるものではない。

ウ 以上の見解に基づいて,本件を検討することとする。
 本件各補正のうち増項に係る部分は,いずれも,請求項の数を,補正前の12から補正後の14に補正するというものであり,実質的にみても,増項によって生じた請求項が補正前の請求項の従属項であるとしても,請求項の数を増加させるものであるこことに変わりはない。そして,この増加は,①多数項引用形式で記載された1つの請求項を,引用請求項を減少させて独立形式の請求項とする場合や,②構成要件が択一的なものとして記載された1つの請求項を,その択一的な構成要件をそれぞれ限定して複数の請求項とする場合でもない。
 そして,本件各補正の増項に係る部分は,特許請求の範囲を全体として拡張するものではないものの,これを減縮するものでもないことは明らかであり,また,誤記の訂正であるということも,明りょうでない記載の釈明であるということも,困難であるから,旧特許法17条の2第4項2号ないし4号のいずれにも該当しないといわざるを得ない。
 したがって,本件各補正のうち増項に係る部分は,旧特許法17条の2第4項の規定に違反するものであり,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項により却下される場合に該当し,これと同旨の審決の判断は,その限りにおいて誤りということはできない

(3) 本件各補正を却下した審決の措置の当否
ア 審決が判断した本件各補正のうち増項に係る部分については,上述のとおり誤りではないが,審決は,前記(1)で摘示したように,本件各補正のうち請求項13及び14を増項した部分の違法を指摘したのみで,原告のした本件各補正の全体を却下すべきものとした。このため,審決は,その余の請求項についてされた本件各補正の可否について何ら判断することなく,本件各補正前の請求項に基づいて実体判断をして,結局本願発明には進歩性が認められないとして,原告の審判請求を不成立としたものである。
しかしながら,審決の上記措置は是認することができない。その理由は,次に判示するとおりである。

イ 確かに,補正は,複数の請求項にまたがり多数の補正事項を含んでいるとしても,基本的には,補正全体が不可分一体性を有するものとし,出願人のした補正がその一部についてでも補正の要件を満たさないときは,その余の補正について審理判断することなく,全体としてこれを却下することができるとされることは,被告の主張するとおりであるが,本件手続においては,上記(1)に認定したところに基づいて検討すると,以下のとおりである

(ア) まず,補正事項の不可分一体性は,補正事項がその内容自体から相互に関連し合って分離することが不可能又は困難である場合があること,出願人が補正事項の全体又は枢要な事項を是認されるのでない限りその補正の目的を達しない場合があるなど,多くの場合にこれを肯定せざるを得ないが,その反面,補正事項の中には,他の補正事項と容易に分離することが可能である場合もあるところ,増項補正は,他の補正事項と,違反事由として目的・要件等が明らかに異なり,截然と区別することが比較的容易である場合もある。本件各補正における増項も,その内容においても,増項補正がされた時期においても,他の補正事項と容易に区別することができることが認められる。

(イ) 原告は,本件各補正において初めて増項補正を試みたものであり,増項補正の可否は,それまでの手続で全く問題にされていなかった(もっとも,審査時補正においても,上記(1)で認定説示したように,一部の請求項について増項補正ともみることのできる補正がされているが,審査官は,基本的に請求項1についてのみ判断したため,増項補正であることを何ら問題視していない。)。
しかるに,審判官は,原告がした本件各補正について,拒絶理由通知書等により増項違反を指摘することなく,審決において,増項違反を重視し,これのみを理由に,本件各補正を却下したものである。

(ウ) 弁論の全趣旨によれば,審判官が増項違反を本件各補正却下の唯一の理由とすることを何らかの機会に何らかの方法で提示又は示唆していさえすれば,本件各補正のうち増項に係る請求項が大きな危険をおかして行うべきものであるとは考えにくいことを考えると,原告は,審決の前にこれを撤回する蓋然性は高かったものと推察される。

 しかも,請求項13,14の増項については,審判請求を行った後の平成17年1月13日にA 審査官にファクス送信された「手続補正書(請求範囲の補正)の素案」に記載され,また,同時にファクス送信された「手続補正書(審判請求書の請求の理由)の素案」には「更に請求項1の従属項である請求項13,14を追加しております。」とも記載されており,A 審査官は,これらの書類を見ていたにもかかわらず,面接記録によれば,A 審査官は,増項の点をとがめることなく,請求項1,5,11,12,14について,武川弁理士らに対し,新規事項ありとの拒絶理由のあることは伝えているが,増項違反に何ら言及せず,かえって,面接記録の「面接内容」の「c.」欄の「提示された補正案等」及び「満たしている」との部分に丸印を付けて,全体として「c.提示された補正案等は,補正の要件を満たしている旨の心証を得た。」との記載を完成させており,そうすると,原告としては,本件第1補正については,特に言及された点以外については問題がないとの認識を示されたと判断する状況であったと認めるのが相当である。

(エ) A 審査官が原告代理人との面接の際に伝えた,増項に係る「請求項14についての新規事項」が具体的にいかなるものであるかは明らかではないものの,同じく増項に係る請求項13に新規事項があるとの指摘がされなかったことを考えると,A 審査官が原告代理人との面接の際に伝えた請求項14についての違反事由に,増項違反を含んではいないことが認められ,これらの経緯等によれば,A 審査官は,増項の点を全く問題視しておらず,むしろ容認していたものと認めるのが相当である。

(オ) A 審査官が原告代理人に渡した上記「面接記録(出頭者用)」には,「審査官は,この面接の終了後に新事実又は新証拠を発見した等の理由により,上記面接結果と異なった判断や処分をすることとなった場合は,その旨を拒絶理由通知書又は電話等によって通知する。」との記載があったにもかかわらず,審査官又は審判官等から原告に対して増項補正に問題があるなどの通知は全くされないままで,審決がされたものであった。

ウ 本件における以上のような手続の経緯を考えると,担当審査官が,前置審査という最終局面まで増項以外の補正事項について新規事項を理由に補正が却下されることのあることを説明しながら,増項補正の点は全く問題視せず,しかも面接において,面接結果と異なった判断や処分をすることとなった場合はその旨を拒絶理由通知書又は電話等によって通知すると告げていたなどという本件の状況の下で,審決において,増項補正の違法のみを理由に補正請求全体を却下し,これによって,補正後の請求項に何ら言及することなく補正前の請求項に基づいて判断をしたことは,あらかじめ増項補正の点についてその違法性を拒絶理由通知等によって認識させ検討撤回等の機会を付与すべきであったか,又は,そのような機会を付与しない場合には増項補正を判断し,併せて,その余の補正事項を判断すべきであったものというべきであり,そのいずれもしなかったことには違法があるものといわざるを得ず,審決は,違法として取消しを免れない
 本件の上記手続の経緯に照らすならば,審決が増項違反のみを理由に本件各補正を却下した措置について,原告は,実質的にみても,防御・反論等を何らしていないものであり,増項補正を撤回することを含め,防御する機会を与えられていないものと認められる。
 被告が主張する増項補正が許される例外的な場合(上記(2)イ①②の場合)は,増項補正が許される典型的な場合を例示したにすぎず,法解釈上は,それに限られるわけではない。原告がした本件の増項補正は,補正前の特定の請求項にいわゆる従属項を追加したものというのであるから,少なくとも従前の特許請求の範囲を全体として拡張するものではないということができ,特許請求の範囲の減縮には文言上該当しないとしても,法解釈論として成り立ち得ない見解といえず,明らかに違法な補正であると断じ得るものでもなく,本件のような従属項を追加する補正が一般的に違法であるとする裁判例がないではないが,少なくとも,実務上,周知確立していた取扱いであるとは認められない。現に,A 審査官は,本件の増項補正が問題であるという認識がなかったものと認められることは,上記指摘のとおりである。
 したがって,原告がした本件の増項補正は,権利範囲の拡張や変更を伴わない補正であり,明らかに違法な補正であるとか,到底却下を免れない暴挙ともいうべき補正であるなどということはできず,原告ないしその担当代理人が本件の手続において増項補正が許容されるものと推断したとしても,一概に不合理なものと断ずることはできない

 なお,本件において,当裁判所は,増項補正の違反を含む補正の場合に,常に増項に関わらない補正事項についてまで判断すべきであるという見解を示しているのではない。本件の事実関係の下においては,審決が請求項1~12について新規事項の存否について判断しないで,増項補正に係る部分が違法であると判断しただけで,本件各補正の全体を却下するとした措置の違法を指摘したにとどまるものである。・・・。
したがって,本件が審判手続に戻った場合は,被告(審判官)が原告(請求人)に対し,本件各補正のうち増項補正部分を維持するか否かの検討を求めることとなるが,原告が増項補正部分の撤回をしないときは,原則に戻って,増項補正の違法のみを理由に本件各補正の全体を却下することは許されるものというべきである(この場合,原告は,審決取消訴訟で増項補正の適法性を主張することとなる。)。

オ 以上のとおりであるから,原告の取消事由1ないし3の主張は,審決の上記措置の違法をいうものと解する限りにおいて,理由があるというべきである