知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

分割当初明細書に実験データを追加する補正

2008-04-21 07:31:57 | 特許法44条(分割)
事件番号 平成13(行ケ)593
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成16年02月13日
裁判所名 東京高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 山下和明

『1 補正Aが要旨変更であるとの主張が主張自体失当である,との主張について本件特許は,原分割出願である特願平3-107140号について補正Aがなされた後に,新たな分割出願である特願平6-211585号(本件出願)がなされ,その後の補正により,現在の特許請求の範囲となったものに対して認められたものである(乙第5号証。弁論の全趣旨。)。

 被告は,仮に補正Aが原分割当初明細書の要旨を変更するものであったとしても,本件出願及びその後になされた手続補正により,本件発明の特許請求の範囲は,原出願当初明細書の範囲内のものになっているから,要旨変更を問題とする余地はなくなった,と主張する。

 しかしながら,本件出願(特願平6-211585号)は,原分割出願である特願平3-107140号を根拠にこれを親出願としてなされるものであり,その出願日が原分割出願の出願日より繰り上がるということはあり得ない。そしてまた,本件出願の後になされた手続補正や訂正は,あくまでも本件出願を対象とするものであるから,これらの手続補正や訂正が原分割出願の明細書及び手続補正の効力についてまで,さかのぼって影響を及ぼすものでないことは,論ずるまでもないところである。
被告の主張は採用することができない。』

『2 要旨変更の主張について
(1) 原告は,審決が,補正Aは,「当初明細書に記載した事項の範囲内において特許請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正」(平成5年法律第26号による改正前の特許法41条)に当たらないとして,補正Aは,適法になされたものであり明細書の要旨を変更するものではない,と判断したのは誤りである,と主張する。
・・・
しかしながら,特許は,出願(具体的には,願書に添付した明細書又は図面の記載)という形で開示された発明に対し,当該発明の開示に対するいわば対価として与えられるものであるから,ある発明が明細書又は図面に記載されているというためには,上記対価に値するだけの明確な形で開示されていることが必要であるというべきである。そして,発明とは,技術的思想の創作のことであるから(特許法2条1項),当該発明が技術的思想としてのまとまりをもった形態で,明確に開示されていなければならないというべきである。すなわち,補正発明が原分割当初明細書に記載されているというためには,原分割当初明細書中に,吸液芯方式の加熱蒸散殺虫方法を行うための装置や,加熱温度についての構成が単にそれ自体として記載されているというだけでは足りず,これらの記載が,他のことによってではなく,発熱体と吸液芯のそれぞれ表面温度を一定の範囲内のものとし,これらを組み合わせることによってこそ,殺虫剤の有機溶液中にBHT等が添加されているか否かにかかわらず,200時間程度の一定期間,吸液芯の目づまりを回避して殺虫剤の蒸散性を安定持続させる効果を実現する,という補正発明の技術的思想を示すものとして記載されている,と認められるものでなければならないというべきである。審決の上記説示は,単に分割当初明細書中に補正発明の構成要件である装置や加熱温度についての記載があることを指摘するにとどまり,補正発明の上記技術的思想の有無についての判断を明確に述べることをしておらず,少なくとも理由付けとして不十分であるというほかない。
・・・
被告主張の,少なくとも200時間の蒸散継続時間があるということは,本件出願当時において十分に画期的なことであった,ということは,上記特段の事情とはなり得ない。仮に,画期的なことであったとする被告の主張が真実であったとしても,分割当初明細書の上記記載状況の下では,その画期的な結果をもたらしたのがほかならぬ各温度範囲の特定とその組合せであると理解するのは困難であるという以外にないからである。
他にも,本件全資料を検討しても,上記反対に解すべき特段の事情を認めることはできない。
補正Aにおいて,発熱体及び吸液芯の表面温度を変化させて比較した新たな実施例及び比較例についての第3表とこれについての記載を加え,表面温度が70~150℃の発熱体で,上記芯の上部を表面温度が60~135℃となる温度に間接加熱することによって,200時間経過後の揮散量を一定水準に維持することができるとの技術思想を示したことは,原分割当初明細書に記載されていなかった新たな技術的事項を明らかにする実験データを追加したものというほかない。』

最新の画像もっと見る