知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

分割出願の効力が審決取消訴訟に与える影響

2008-04-23 07:27:31 | Weblog
事件番号 平成15(行ケ)83
裁判年月日 平成15年10月07日
裁判所名 東京高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

『第5 当裁判所の判断
 1 事案の要約と問題の所在
 本件事案は,次のように要約される。
 原告は,指定役務を甲(第35類),乙(第37類),丙(第38類),丁(第42類)の役務群として,本願商標について登録出願をしたところ,特許庁から拒絶理由通知を受け,願書の指定役務から甲役務群を削除する旨の補正書を提出するなどして対応したものの,拒絶査定を受けたため,審判請求をしたが,丁の役務群において本件引用商標と類似することを理由として請求不成立の審決を受けた。
 そこで,原告は,審決取消しを求めて本訴を提起した上,特許庁に対し,拒絶理由に関係する丁役務群を指定役務とする分割出願をし,かつ,本件出願に係る指定役務群を乙,丙の役務群に減縮する旨の補正書を提出した。
 なお,原告は,その後,さらに,拒絶理由に関係しない乙,丙の役務群の大部分を指定役務群とする分割出願をすることによって,本件出願に係る指定役務を乙役務群のうちの「建築一式工事」のみに減縮し,その旨の補正書を提出している


 以上の事実関係の下で,原告は,本訴提起後に特許庁に対し分割出願に伴って提出された補正書は,出願時に遡って効力を有するとする見解(遡及説)に立って,本件出願に係る指定役務が補正前の乙,丙,丁の役務群であることを前提として判断した審決は,結果として誤りであるから,違法として取り消されるべきであると主張し,これに対し,被告は,本訴提訴後に提出された補正書は原告主張のような遡及効は有しないとする見解(非遡及説)に立って,審決は違法ではないと主張する


 2 商標法68条の40第1項について
 商標法10条1項は,「商標登録出願人は,商標登録出願が審査,審判若しくは再審に係属している場合又は商標登録出願についての拒絶をすべき旨の審決に対する訴えが裁判所に係属している場合に限り,一以上の商品又は役務を指定商品又は指定役務とする商標登録出願の一部を一又は二以上の新たな商標登録出願とすることができる。」と規定し,分割出願が許される時期について「商標登録出願についての拒絶をすべき旨の審決に対する訴えが裁判所に係属している場合」と明記しているから,審決取消訴訟係属中に分割出願ができることに疑問の余地はない。

 これに対し,商標法68条の40第1項は,「商標登録出願・・・・に関する手続をした者は,事件が審査,登録異議の申立てについての審理,審判又は再審に係属している場合に限り,その補正をすることができる。」と規定し,手続の補正をすることのできる時期を制限し,特に「商標登録出願についての拒絶をすべき旨の審決に対する訴えが裁判所に係属している場合」を文理上除外している。
 そして,平成8年法律第68号による法改正前の商標法10条は,商標登録出願の分割ができない時期として,「査定又は審決が確定した後」と規定していたのであり,これとの対比において考えても,商標法68条の40第1項の上記場合とは,事件が特許庁に現に係属している場合を指し,審決取消訴訟が係属している場合を含まないものと解するのが自然である。そして,事件が現に特許庁に係属していない限り,出願人から補正書が提出されたとしても,これを審査することはできず,仮に審査して補正の許否の結論を出したとしても,これを出願の当否の判断に反映させる法的手続も定められていない。

 また,商標法68条の40第1項は,手続の補正に関する一般規定であるから,分割出願に伴う補正のみでなく,補正一般についても審決取消訴訟係属中に認めることになるような解釈は,審決取消訴訟の審理構造に関わる重大な事項であって,弊害も大きく,軽々に認めることは適当ではない

 以上のとおり考えると,商標法68条の40第1項の解釈としては,審決取消訴訟の係属中には,もはや,遡及効を伴うような補正は,許容することはできないものと解さざるを得ない。そこで,すべての補正について,そのように解し分割出願の場合でも例外を認めることはできないのか否か,それとも,そもそも,分割出願に際して提出される補正の書面については,特別な考察を要するのか否かなどについて,以下,項を改めて検討することとする

 3 分割出願の法的性質について
 上述のように,商標法10条1項は,「商標登録出願人は,商標登録出願が審査,審判若しくは再審に係属している場合又は商標登録出願についての拒絶をすべき旨の審決に対する訴えが裁判所に係属している場合に限り,一以上の商品又は役務を指定商品又は指定役務とする商標登録出願の一部を一又は二以上の新たな商標登録出願とすることができる。」と規定し,同条2項は,「前項の場合は,新たな商標登録出願は,もとの商標登録出願の時にしたものとみなす。」と定めており,分割出願自体について特別の要件ないし手続(例えば,審決で拒絶理由とされた指定商品等について分割出願を制限するなどの要件ないし手続)を定めていないことなどを考えると,
(1)商標法の定める分割出願は,同法10条1項の定める要件を充足している限り,分割出願がされることによって,原出願の指定商品等は,原出願と分割出願のそれぞれの指定商品等に当然に分割され,それゆえ,原出願の指定商品等について,分割出願の指定商品等として移行する商品等が削除されることは,観念上は,分割出願自体に含まれ,別個の手続行為を要しないものと解され,かつ,
(2)分割出願は,法律上,新たな出願とみなされるため,不動産登記における分筆・分割や民事訴訟における弁論の分離などの場合(これらの場合には,分割前の正と負の状態を分割後もそれぞれが承継する。)と異なり,原出願が受けた拒絶査定,審判請求不成立の審決という負の状態,そして,審決取消訴訟係属の対象からも解放され,改めて特許庁において新たな出願として審査及び審判を受けることができるようになると解される

 しかも,商標法10条1項は,上述のとおり審決取消訴訟の係属中であってもすることができると明記していることを考えると,審決取消訴訟の係属中にされた分割出願でも,分割出願自体によってその効力を生じ,同法68条の40第1項のいう補正をしなくとも,分割出願としての効力に何ら影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。

 ところで,商標法施行規則22条4項は,特許法施行規則30条を準用し,商標法10条1項の規定により新たな出願をする場合において,原出願の願書を補正する必要があるときは,その補正は新たな出願と同時にしなければならないと規定している。この商標法施行規則の規定は,分割出願は,上述したように,分割出願自体によって,観念上原出願と分割出願の双方の指定商品等について当然にその効果を生じ,その効力発生要件としては補正書の提出を要しないものではあるが,分割出願がされた場合には,実際上は,分割出願に移行する指定商品等を原出願の指定商品等から削除することが必要になって,その際,原出願と分割出願との間で指定商品等が重複するようなことが考えられるため,そのような事態を避けるという事務手続上の便宜のために設けられたものと解される(この点において,特許法の分割出願は,原出願に係る発明と分割出願に係る発明とをいかに切り分けるかにつき判断的な要素が入り,必ずしも一義的な分割方法があるわけではないため,特許法施行規則30条の定める補正の書面が重要な役割を担うのと事情を異にする。)。
したがって,商標法の分割出願の場合には,上記法条にいう補正の書面は分割出願の効力を云々するような書面ではないというべきであり(施行規則は,その法形式上,法の定めた効力要件を加重することはできない。),特許庁編工業所有権法逐条解説[第16版]1095頁のこの点に関する説明も,以上の趣旨に帰するものと思われる

 4 分割出願と審決取消訴訟の審判対象の変動について
 上述したとおり,分割出願は,願書記載の指定商品等を原出願と分割出願との間で分割するというものであるから,商標法10条1項の要件に適合する分割出願がされれば,これによって,原出願についても,指定商品等の変動という分割出願の効力は生じているといわざるを得ない
 そして,商標法は,審査・審判等が特許庁に係属する場合に分割出願することを認め,その分割出願の結果を審査・審判等に反映させることにし,これと同列的に,審決取消訴訟が裁判所に係属する場合にも分割出願を認めたのであるから,その分割出願の結果もまた審決取消しの訴訟及び判決に反映させることにしたものと解するのが文理上も自然であり,かつ,合理的である。仮に,商標法が審決取消訴訟係属中に分割出願の制度を認めながら,分割出願の結果が審決取消しの訴訟及び判決に何ら影響を与えないというのであれば,審判対象物の恒定効を付与するといった特別の法的措置を講ずべきであり,そのような措置が何ら講じられていない以上,分割出願の結果を前提に,爾後の審決取消訴訟は進行するものといわざるを得ない。

 そこで,分割出願の効力が審決取消訴訟に対しいかなる影響を与えるかについて考えるに,登録出願に係る商標の指定商品等が分割出願によって減少したことは,審理及び裁判の対象がその限りで当然に減少したことに帰するから,審決取消訴訟では,残存する指定商品等について,審決時を基準にして,審理及び裁判をすべきことになる。この場合,審決が残存する指定商品等について判断をしているときは,その判断の当否について審理及び裁判をし,審決が判断を加えないでその結論を導いているときは,その点につき当該訴訟で審理判断が可能かを見極めることとなる

 以上のように解すると,審決の示した判断,審決取消訴訟進行中の被告(特許庁)の示した判断,そして,審決取消訴訟の第一審判決に示された判断に不満を抱いた原告は,その訴訟が終局するまで,分割出願をした上,拒絶理由に関係のある指定商品等について分割出願をすることによって,容易に審決取消しの判決を得ることが可能であるかのようであるが,分割の濫用法理の適用などは別途考えられてよい

 なお,以上のような見解を採用しないで,裁判所が,審決取消訴訟係属中にされた分割出願に係る指定商品等も審理の対象として審理判断し,審決取消しを求める請求を棄却する判決をする場合には,分割出願の効力は否定することができないから,その判決によって確定する審決の内容は,分割出願後に原出願に残存した指定商品等に限定される結果となる。本件についていえば,指定役務を乙,丙,丁の役務群としてされた審決においては,丁役務群において本願商標と本件引用商標が類似しているとして,乙,丙,丁の指定役務群の全体について拒絶すべきものとされたため,審決取消訴訟が提起され,審決取消訴訟の係属中に拒絶理由のある丁指定役務群について分割出願されたが,裁判所は,分割出願によっては審理及び判決の対象は何ら変動しないものとして,分割出願の指定役務に移行した丁役務群において両商標は類似するとして,乙,丙,丁の役務群全部について拒絶すべきものとした審決を是認し,原告の請求を棄却するわけであるが,この判決によって確定する審決は,拒絶理由の関係しない乙、丙の役務群のみにつき効力を有し,拒絶理由に関係のある丁役務群には効力が及ばないということにる。』

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