知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

請求項の用語の意義を確定する事例

2009-01-02 22:44:54 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10420
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年12月25日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官  飯村敏明

第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の認定の誤り・相違点の看過)について
 原告は,本願発明にいう「直流電流成分」は,「ハイパスフィルター」が除去する成分を意味するのに対し,引用発明の「オフセット処理回路38」が除去する「直流成分」や「オフセット値」は,一定の値である純粋な「直流成分」を意味するものであるから,本件審決は本願発明と引用発明との一致点の認定を誤り,相違点を看過したものであると主張する

 しかし,以下のとおり,原告の上記主張は失当である。

(1) 本願発明について
 原告は,本願発明にいう「直流電流成分」とは,「ハイパスフィルター」によって取り除かれる成分を意味し,純粋な直流成分のみを意味するものではないと主張する
しかし,以下のとおり,原告の上記主張は失当である。

ア 特許請求の範囲の記載
 本願明細書(甲5,7,37)の請求項1の記載は,前記第2,2のとおりであり,これには,「直流電流成分」に関し,「・・・該電流源たる受光部からの電流信号が入力され,該電流信号中の直流電流成分を除去して出力するために,電流源たる受光部からの電流信号をアースに導く抵抗部と,電流源と抵抗部の間から分岐し増幅器との間に配置されるコンデンサ部とから形成されているハイパスフィルターと,・・・」
と記載されている。
 請求項1の上記記載によれば,本願発明では,「直流電流成分」を除去して出力するために,所定の構成を有する「ハイパスフィルター」が用いられることは特定されているものの,他方,同「ハイパスフィルター」によって除去される「直流電流成分」が,原告の主張する純粋な直流成分のみではなく,その他の成分を含むものと合理的に理解することはできない

イ発明の詳細な説明及び図面の記載
進んで,本願明細書(甲5,7,37)の発明の詳細な説明及び図面の記載を検討する
(ア) 本願明細書(甲5,7,37)の発明の詳細な説明及び図面には,「直流電流成分」について,次の記載等がある。
・・・

(イ) 発明の詳細な説明の前記(ア)aないしeの各記載によれば, 「ウエハ表面自身による散乱光に相当する直流成分」を取り除くために「ハイパスフィルター」が用いられることは理解できるものの,電流信号の「直流成分」が,所定の「ハイパスフィルター」の構成で取り除かれる成分であると認めることはできない
 また,【図13】の記載(前記(ア)f)によれば,電流の「直流成分」に相当するのは,水平な直線であるから,電流が一定値をとることは理解できるものの,「直流成分」に「純粋な直流成分」以外の何らかの信号成分が含まれていると認めることはできない
 さらに,【図4】,【図5】の各記載(前記(ア)g及びh)からも,「直流成分除去部」により「純粋な直流成分」以外の何らかの信号成分が除去されるとは認められない。
 その他本願明細書の記載を検討しても,本願発明において,「直流電流成分」が原告の主張する純粋な直流成分以外の成分を含むと認めるに足りる記載は見当たらない

(ウ) 一般に,ハイパスフィルターが,低周波数成分を除去することができるものであることを前提としたとしても,
① 本願発明にいう「直流電流成分」に「純粋な直流電流成分」以外の電流成分(例えば,被検査物であるウエハの表面のうねりや表面のムラなどに起因する低周波の電流成分など)を含むのであれば,本願明細書に低周波の電流成分や低域のカットオフ周波数等について何らかの記載や図示があるのが自然であるにもかかわらず,そのような記載はないこと,
② 「純粋な直流電流成分」をハイパスフィルターで除去すれば,電流電圧変換回路の飽和が防止され,異物検出のためのダイナミックレンジを広くとることができ,異物検出部において,測定可能な異物による散乱光の大きさの範囲が広く,広範囲のサイズの異物を検出できるという「純粋な直流電流成分」における効果が,本願明細書に記載されていること
等の諸点を総合考慮すれば,本願発明の「直流電流成分」を「純粋な直流電流成分」以外の何らかの電流成分を含むものと理解することはできない

商標の類否判断に当たり考慮すべき取引の実情

2009-01-02 22:21:39 | 商標法
事件番号 平成19(行ケ)10425
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年12月25日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

3 原告の主張に対して
 これに対して,原告は,本願商標に係る取引の実情として,①原告が指定商品に関する特許を有すること,②引用商標の商標権者は,本願商標の指定商品を製造していないこと,③原告は,本願商標に係る指定商品について,全世界で30.8%のシエアを占めており,そのうちの80%が本願商標を付したものであること等の取引の実情が存するので,これらの実情を併せ考慮すると,本願商標と引用商標とは出所に誤認混同を生ずることなく,両者は類似するとはいえないと主張する

 しかし,原告の主張は失当である。

 すなわち,商標の類否判断に当たり考慮すべき取引の実情は,当該商標が現に,当該指定商品に使用されている特殊的,限定的な実情に限定して理解されるべきではなく,当該指定商品についてのより一般的,恒常的な実情,例えば,取引方法,流通経路,需要者層,商標の使用状況等を総合した取引の実情を含めて理解されるべきである(最高裁判 第一小法廷昭和49年4月25日判決・昭和47年(行ツ)第33号参照)。
 原告主張に係る取引の実情は,いずれも,現在の取引の実情の一側面を今後も変化する余地のないものとして挙げているにとどまるものであって,採用の余地はない

 本願商標は,引用商標と比較して,類似性の程度が高い点をも考慮するならば,本願商標をその指定商品(類似商品を含む。)に使用した場合には引用商標との間で出所に混同混同を生ずるおそれがあることは明らかである。原告の上記主張は,採用できない。

用語の解釈を誤った事例

2009-01-02 21:57:48 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10188
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年12月24日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

3 被告の反論
審決の判断は正当であり,審決に原告主張の誤りはない。
(1)  取消事由1に対し原告は,①崩壊性と,②非襞・自立性とを同時的に実現した点に,発明の要点,つまり,発明の技術的意味があると主張するが,原告のいう非襞・自立性については,特許請求の範囲の請求項1において,「基部(13A)および側壁(13B)を備え」,「前記ライナー(13)は,前記液体タンク内にピッタリと密着するよう,非崩壊状態において襞,波,継ぎ目,接合部またはガセットがなく,側壁と基部との内部接合部に溝を有しておらず,前記液体タンクの内部に対応した形状を有している」と記載されているだけであり,原告が主張している「自立性」を裏付ける記載はない
 そして,特許法29条2項に規定する要件を判断するに当たっては,特許請求の範囲の請求項の記載に基づいてなされなければならないことは,特許請求の範囲の機能からして,当然のことであるから,原告の,「自立性」に関する主張は,特許請求の範囲の請求項1の記載に基づく主張ではなく,失当である。
 なお,「積極的に基部と側壁とで構成して自立性を持たせること」に関しては,「基部」の剛性について請求項7で記載したうえで,請求項10で自立性について記載している点からも,原告の自立性に関する主張は,特許請求の範囲の請求項1の記載に基づく主張とはいえないことが明らかである。
・・・

第4 当裁判所の判断
・・・
2 取消事由1(相違点の看過)について
(1)  原告は,本願発明のライナーは,崩壊可能でありながら襞がない状態で自立性ないし保形性がある一方,引用発明のライナーは崩壊性については規定するものの,襞がないこと,及び自立性ないし保形性については規定していないから,審決はこの本願発明の要点に係る相違点を看過したものであり,この誤りは審決の結論に影響を及ぼす旨主張するので,以下検討する。
・・・
ウ 上記ア,イによれば,本願発明(請求項1)のライナーは,噴霧装置の液体タンク内に取り外し可能に配置される液体を収容可能な内袋であり,基部と側壁とを備え,かつ崩壊可能であって,非崩壊状態では襞等を有しないものである(請求項1,図2,図6等)。
 ・・・,本願発明のライナーは,それ自身が収納容器としても使用可能であるとともに,噴霧装置の液体タンク内に配置される内袋としても使用可能で(同⑩),非使用時の保管(同⑨),使用の際の取扱い及び内容液の充填も容易で,廃棄の際には容易に崩壊できるもの(同②)を提供することを目的とするものである。

 そのため本願発明のライナーは「崩壊可能」とされているところ(請求項1),「崩壊可能」は日本語として一義的な意味を有するものではない。そして,本願明細書において崩壊可能の用語をライナーの側壁に関し使用する場合には,手の圧力など,適度な圧力を加えることにより変形でき,基部に向かって押すことができるものの側壁が破壊しない状態を意味する(上記ア(イ)摘記④)と定義されている。またライナーは,支持しなくても延在して直立した状態で立つことができる旨が記載されている(同⑧)。
 そうすると,本願発明のライナーは,手の圧力などの人為的な圧力を加えない限り,側壁は変形せずに収納容器の形状を保つ性質を有するものであり,自立構造(自立性ないし保形性)を有するものといえる


 この性質を有することにより,本願発明のライナーは,非使用時の保管・内容物の充填が容易であり,また内容物を充填したまま単なる収納容器として使用出来ると共に,使用後に廃棄する必要があるときは,側壁が割れたり裂けるなどの破壊をすることなく,手で押しつぶして崩壊させ,廃棄に要する空間を少なくできる等の意義を有するものと認められる。
 また,ライナーは上記のように自立構造(自立性ないし保形性)を有しつつ,「液体タンク内にピッタリと密着するよう,非崩壊状態において襞,波,継ぎ目,接合部またはガセットがなく」(請求項1,関連する記載として上記ア(イ)摘記⑤)との,襞のない(非襞)構造を有していることから,ライナーを別個の収納容器の内側に適合させた状態で,収納容器中の塗料を混合器具によって破損されることなく混合することが可能となる(上記ア(イ)摘記⑦)と共に,ライナー内部に材料が閉じこめられる場所がないために内容物を十分に排出できる(同⑨,⑩)という意義を有するものである。

・・・

オ 以上ア~エの検討によれば,本願発明のライナーは,自立構造(自立性ないし保形性)を有するものであるのに対し,引用発明の袋は,内容物たる塗料がない状態では,自立性ないし保形性を有しないものである。審決が認定した一致点及び相違点は上記第3,1(3)イのとおりであるところ,審決はこの相違点を看過している



職権審理と再審事由

2009-01-02 20:49:41 | Weblog
事件番号 平成20(行ケ)10280
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年12月24日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義


1  本件で原告が審決取消事由として,すなわち本件確定審決の再審事由として主張するところは,要旨,以下のとおりである。

①  審判においては職権主義が採用されているから,審判官は積極的に職権審理を行わなければならない。
②  本件取消審判において,被告が本件取消審判請求の登録日前3年以内の期間(以下「本件所定期間」という。)に本件商標を使用した事実を証明するために提出した本件証拠には疑わしい点があった。
③  本件取消審判と同時期に裁判所に係属していたフィッツ訴訟では,被告は本件所定期間内に本件商標を使用していなかったことを自認していたから,商標法56条の準用する特許法168条の運用により,審判合議体がフィッツ訴訟の訴訟資料についての職権証拠調べを行っていれば,本件証拠が被告の本件商標の使用の事実を認定するのに不適切な証拠であることが容易に判明した。
④  しかるに,本件取消審判の審判合議体は,フィッツ訴訟の訴訟資料について職権証拠調べを行わなかったため,本件証拠のみに基づいて被告の本件所定期間中の本件商標の使用の事実を認定し,本件確定審決がされた
⑤  以上のとおり,本件確定審決は不十分な審理に基づいてされたものであるから,民事訴訟法338条1項9号の再審事由がある

2  しかしながら,原告の上記主張を採用することはできない。その理由は以下のとおりである。
 商標法57条2項が準用する民事訴訟法338条1項9号の「判決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断の遺脱があったこと」(本件では,準用の結果,「確定審決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断の遺脱があったこと」と読み替えることになる。)とは,職権調査事項であると否とを問わず,その判断の如何により判決の結果に影響を及ぼすべき重要な事項であって,当事者が口頭弁論において主張し又は裁判所の職権調査を促してその判断を求めたにもかかわらず,その判断を脱漏した場合をいうものと解される(大審院昭和7年5月20日判決民集11巻10号1005頁参照)。そして,同条項が商標法の確定審決に準用された場合にも同様に解するのが相当であるから,前審に当たる審判において当事者が主張していなかった事項について確定審決が判断をしていないとしても,再審事由たる判断の遺脱とはならないというべきである。

以下も同趣旨を判示
事件番号 平成20(行ケ)10281, 平成20(行ケ)10282, 平成20(行ケ)10283, 平成20(行ケ)10284
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年12月24日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟


請求項分の審判請求手数料を受領して1項のみを判断することについて

2009-01-02 19:22:12 | Weblog
事件番号 平成20(行ケ)10177
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年12月24日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

イ 次に原告は,本願に係る45の請求項分につき審判請求手数料を受領したにもかかわらず,請求項35に記載された発明(本願発明)についてのみ判断し,審判請求が成り立たないとした審決は,特許法1条の趣旨に悖るものであるから,取り消されるべきである旨主張する

 本件のように審査官のなした拒絶査定に対する不服の審判請求において納付すべき手数料の額については,特許法195条等が定めており,同条によれば,2項が「別表の中欄に掲げる者は,それぞれ同表の下欄に掲げる金額の範囲内において政令で定める額の手数料を納付しなければならない」とし,別表11が「審判又は再審(次号に掲げるものを除く。)を請求する者」は「1件につき4万9500円に1請求項につき5500円を加えた額」とし,特許法等関係手数料令(昭和35年政令第20号)も同内容の定めをしている。
 原告がなした本件不服審判請求の請求項の数は前記のとおり45であるから,その手数料の額は,原告主張のとおり合計29万7000円となり,原告は上記法条に従った手数料を納付したものであることが認められる

 ところで,手数料の額を法によりどのように決すべきかは,立法者たる国会の合理的裁量に委ねられていると解すべきところ,審判請求の手数料の額を,請求項の数如何にかかわらない固定金額4万9500円と請求項の数ごとに5500円ずつを加算した金額の合算額とする前記のような算出方法は,審判請求を受けた特許庁担当官の労力と請求項の数が多いほど利益を受ける請求人の立場の双方を勘案した合理的なものと認められるから,一つの発明に瑕疵を発見した場合に他の発明について審理・判断せずに手数料だけを取るのは暴利であるなどとする原告の主張は,法解釈論としては,これを採用することができない。

 なお,特許法は,一つの特許出願に対し,一つの行政処分としての特許査定又は特許審決がされ,これに基づいて一つの特許が付与され,一つの特許権が発生するという基本構造を前提としており,請求項ごとに個別に特許が付与されるものではない
 このような構造に基づき,複数の請求項に係る特許出願であっても,特許出願の分割をしない限り,当該特許出願の全体を一体不可分のものとして特許査定又は拒絶査定をするほかなく,一部の請求項に係る特許出願について特許査定をし,他の請求項に係る特許出願について拒絶査定をするというような可分的な取扱いは予定されていない。
 このことは,特許法49条,51条の文言のほか,特許出願の分割という制度の存在自体に照らしても明らかである(最高裁平成19年(行ヒ)第318号平成20年7月10日第一小法廷判決参照)。したがって,拒絶査定に関する特許法49条,51条からすれば,複数の請求項が含まれる特許出願中に特許をすることができない発明に係る請求項が1個でも存在するときは,その特許出願全体について拒絶をすべき旨の査定をしなければならないものと解されるから,これと同旨の判断をした審決に誤りはない。

副引用例に相違点と同一の構成が記載されていない場合に進歩性を否定した事例

2009-01-02 18:41:12 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10049
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年12月22日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

・・・
 そして,前記(2)に認定した刊行物2の係止片の形状,機能,クリップ本体における位置,取付用突起との関係等の技術事項に照らして見れば,合成樹脂材で一体成形される刊行物1記載の発明において,刊行物2の係止片を適用するに当たり,これを挿入部に相当する頭部の内側から垂下する一対の挟持部として構成することは,当業者がさしたる困難もなく試行し得た範囲の事項であると認められるから,相違点に係る本願発明の構成は当業者が容易に想到し得たものと認められる。

(4) これに対し,原告らは,本願発明では,挿入部の内側から垂下する「挟持部」と挿入部の両側において外側に張り出した「係止肩」が,共に挿入部から延設され,クリップの拡開方向に対して「挟持部」が内側に,「係止肩」が外側に,独立する別部材として形成され,2重構造をしているが,刊行物2には,本願発明のこの2重構造に係る「挿入部の内側から垂下する一対の挟持部」との技術事項は記載されていないと主張する

 しかしながら,本件においては,審決は,本願発明と刊行物1記載の発明との相違点について,刊行物1記載の発明に刊行物2記載の技術事項を適用して容易想到であると判断しているのであるから,刊行物2記載の技術事項を適用した結果として,相違点に係る本願発明の構成を容易に想到することができたかどうかが問題なのであり,必ずしも刊行物2において,相違点に係る本願発明の構成と全く同一の構成が記載されている必要はないというべきであるから,原告らの上記主張は,相違点についての審決の判断の誤りを指摘するものとして的確な主張とはいえない。
 加えて,相違点に係る本願発明の構成が,刊行物1記載の発明に刊行物2記載の技術事項を適用して容易に想到し得たものであることは,上記(3)に説示したとおりである。

商標法29条の判断事例

2009-01-02 17:53:39 | 商標法
事件番号 平成20(行ケ)10139
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年12月17日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

(1) 商標法29条に基づく主張
 被告は,引用商標1,2,5及び6は,ローズ・オニールが創作したキューピー人形を原告が独自に図案化して商標登録出願をしたものであり,同出願の日前に生じていたローズ・オニールの著作権と抵触するものであるから,原告がこれらの引用商標を使用して無効審判請求及び審決取消訴訟の提起をすることは商標法29条に違反する旨主張する。

 商標法29条は,「商標権者・・・は,指定商品・・・についての登録商標の使用がその使用の態様により・・・その商標登録出願の日前に生じた他人の著作権と抵触するときは,指定商品・・・のうち抵触する部分についてその態様により登録商標の使用をすることができない。」と規定し,
商標法における(商標を含む)標章の「使用」態様については,同法2条3項1~8号に限定的に列挙されているところ,無効審判請求及び審決取消訴訟の提起は,上記各号所定の行為のいずれにも該当しないから,著作権との抵触の有無を論ずるまでもなく,商標法29条に基づく被告の主張は失当である。

 なお,商標法29条は,商標権者の商標の使用を商標登録出願前の出願や発生に係る他人の権利と抵触しない範囲に限定することにより,商標権と他の権利との調整を図る規定であり,商標権者が類似する他人の商標登録の無効を請求する場合である本件に類推すべき基礎となる事情も認められない

誤認混同を判断する際の取引の実情の考慮

2009-01-02 17:14:45 | 商標法
事件番号 平成20(行ケ)10139
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年12月17日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

1 取消事由1(商標法4条1項11号該当性)について
 原告は,審決が,本件商標からは「キューピー」の称呼・観念は生じないから,「キューピー」の称呼・観念を生ずる引用商標1~6と称呼及び観念において比較することはできないものであり,互いに紛れるおそれはないなどとして,本件商標の登録は商標法4条1項11号に違反してされたものとはいえないと判断したのは誤りであると主張するので,以下において検討する。

・・・

上記(3),(4)によると,本件商標と引用商標1~6からは,共に「キューピー」の称呼及び観念を生ずるものであり,かつ,次項に説示するとおりそれぞれの指定商品は同一又は類似の関係にあるから,本件商標と引用商標1~6は,互いに相紛れるおそれのある類似の商標というべきである。

 この点について,被告は,現在では,原被告以外にも多数の者が「キューピー」に関連する商標登録を得て,商品化するなどして使用しているという取引の実情も考慮すると,本件商標を指定商品に使用したとしても,引用商標1~6を付した商品と出所の誤認混同を生ずるおそれはない旨主張するので,検討する。

 取引の実情を考慮することにより,類似する商標を付した商品について出所の誤認混同を生ずるおそれがないということができるためには,当該指定商品に係る取引の実情を前提として,誤認混同のおそれがないものと認められることが必要である

 本件においては,確かに,上記(1),(2)や(4)イのとおり,多くの企業が「キューピー」のキャラクターを商品等の宣伝広告に使用しているものと認められるが,本件商標に係る指定商品である「清涼飲料,果実飲料,乳清飲料,飲料用野菜ジュース」の取引分野についてみると,本件全証拠を検討しても,例えば,商標以外の目印によって出所を識別して取引が行われているとか,あるいは逆に,多くの者がキューピー」又はこれに類する標章を付した商品を販売しており,「キューピー」の外観の微妙な相違により出所を識別して取引が行われているなどの取引の実情が認められることにより,同一の称呼及び観念を生ずる商標を付した商品について出所の誤認混同を生ずるおそれがないと認めるに足りない

 むしろ,上記指定商品に係る商品は,多くの場合,仕入れの段階において,銘柄と数量を指定して,口頭又は文書により取引されるほか,小売店等において,商品名の簡略な表記を付して陳列され,一般消費者によって購入されることが通常の取引態様であることは経験則上明らかであるから,取引過程のあらゆる段階において,上記の取引分野においては,称呼とこれに基づく表記が商品の出所を判断する上での重要な要素となるものであることは明らかである

 そうすると,上記のとおり同一の称呼及び観念(「キューピー」)を生ずる本件商標と引用商標1~6の類似性について,本件商標の指定商品に係る取引の実情を考慮することにより,これを否定することはできないというべきであるから,被告の主張を採用することはできない。


特許につながる補正に当たっての貢献

2009-01-02 11:47:31 | Weblog
事件番号 平成19(ワ)29768
事件名 補償金請求事件
裁判年月日 平成20年12月16日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官  阿部正幸

 発明とは,自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいい(特許法2条1項),特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないから(同法70条1項),発明者は,当該特許請求の範囲の記載に基づいて定められた技術的思想の創作行為に現実に関与した者,すなわち,新しい着想をした者,あるいは新しい着想を具体化した者のいずれかに該当する者でなければならず,技術的思想の創作行為自体に関与しない者,例えば,部下の研究者に対し,具体的着想を示さずに,単に研究テーマを与えたり,一般的な助言や指導を行ったりしたにすぎない者,研究者の指示に従い,単にデータをまとめたり,実験を行ったりしたにすぎない者,発明者に資金や設備を提供するなどし,発明の完成を援助又は委託したにすぎない者は,発明者とならない。
・・・

3 以上の記載によれば,本件発明の課題は,極めて簡単な構造で,半導体レーザの非点収差を補正することにあるということができ,上記本件発明の課題に対応する解決手段は,光学系が本件条件式を満足するレンズを有すること,すなわち,開口数NAが,半導体レーザの非点隔差ΔZ及び波長λとの間で本件条件式に規定される関係を有するレンズを挿入することにより,半導体レーザの非点収差を補正することであると認められる。
 そうすると,本件発明の発明者は,半導体レーザの非点収差を補正するため,開口数NA,非点隔差ΔZ及び波長λとの関係を規定した本件条件式の完成に現実に関与した者であるというべきである。

 本件についてみると,Bは,レンズの収差論を半導体レーザの非点収差の補正の観点から見直し,非点収差を許容範囲に抑えることができるようにレンズの開口数を選択することで,より簡単に半導体レーザの非点収差を補正する,という着想の下に,上記2(3)に記載のとおり,レンズの収差論に基づき,本件条件式を導出したものであり,このことにつき,当事者間に争いはない。
 一方,本件全証拠によっても,原告が,半導体レーザの非点収差の補正の観点からレンズの収差論を見直すとの着想を有していたこと,上記2(3)に記載の本件条件式の導出の過程に現実に関与していたことを認めるに足る証拠はない。

 したがって,本件発明の発明者は,上記具体的着想を有し,本件条件式を導出したBであり,原告を本件発明の発明者であると認めることはできないというべきである
・・・

(4) 原告は,本件発明は,本件補正を行ったことにより本質的な技術的意義を有するに至ったものであるから,非点隔差とモード変化についての高度な知見に基づき,本件補正を行うことに問題はない旨の意見を申し出た原告は,本件発明の発明者というべきである,と主張する

・・・

 被告は,上記審判手続の中で,本件条件式を適用すべき半導体レーザにつき,「・・・,ナローストライプ型の半導体レーザ」に限定する特許請求の範囲の補正をし(乙9の12),同補正の結果,本件発明につき,原査定を取り消し,特許査定をする審決がされた(乙9の11)。

 以上によれば,出願当初の明細書では,本件条件式を適用すべき半導体レーザが限定されていなかったのであるから,本件条件式は,本来,半導体レーザの非点隔差の大小にかかわらず適用することが可能なものであると認められる。また,ナローストライプ型半導体レーザを用いる例は,出願当初の明細書に記載されていたのであるから,本件発明の出願時点において,既にナローストライプ型半導体レーザを用いる発明は完成していたということができる。

 事後的な補正により,本件条件式を適用すべき半導体レーザをナローストライプ型半導体レーザに限定したことをもって,具体的な解決手段の創作行為があったということはできない


公衆送信行為の判断事例B(アンテナから構内の多数のベースステーションまで)

2009-01-02 11:46:58 | 著作権法
事件番号 平成20(ネ)10059
事件名 著作権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日 平成20年12月15日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官  石原直樹

4 争点3(本件サービスにおいて,被控訴人は本件著作物の公衆送信行為を行っているか)について
(1) 控訴人らは,本件サービスにおいて,被控訴人は,①多数のベースステーションを被控訴人の事業所に設置した上で,②これら多数のベースステーションに電源を供給,起動して,ポート番号の変更などの必要な各種設定を行い,③テレビアンテナで受信した本件番組をこれら多数のベースステーションに供給するために,被控訴人が調達したブースターや分配機を介した有線電気通信回線によってテレビアンテナとこれら多数のベースステーションを接続し,④被控訴人が調達し,被控訴人において必要な設定を行ったルーター,LANケーブル及びハブを経由して,被控訴人の調達した接続回線によりこれら多数のベースステーションをインターネットに接続し,⑤以上のような状態を維持管理する行為を行っており,・・・,また,本件サービスにおいて,被控訴人が,テレビアンテナで受信した本件番組を多数のベースステーションに供給するために,テレビアンテナに接続された被控訴人事業所のアンテナ端子からの放送信号を被控訴人が調達したブースターに供給して増幅し,増幅した放送信号を被控訴人が調達した分配機を介した有線電気通信回線によって多数のベースステーションに供給していること自体が,公衆送信行為に該当するとも主張する(以下「公衆送信行為の主張B」という。)。

 著作権法23条1項は,「著作者は,その著作物について,公衆送信(自動公衆送信の場合にあっては,送信可能化を含む。)を行う権利を専有する。」と規定するところ,控訴人らの公衆送信行為の主張A,Bは,被控訴人の上記行為が,本件番組についての控訴人らの同項所定の権利(公衆送信権)を侵害するというものである。

(3) 控訴人らの公衆送信行為の主張Bに係る「公衆送信行為」は,有線放送を意図するものと解される。
 そこで,以下,有線放送を含む公衆送信に関する著作権法の規定及びその変遷並びにベルヌ条約及びWIPO条約の各規定等を踏まえて,控訴人らの公衆送信行為の主張Bの当否について検討する。

ア 著作権法2条1項7号の2は,「公衆送信」について「公衆によって直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信(電気通信設備で,その一の部分の設置の場所が他の部分の設置の場所と同一の構内(その構内が二以上の者の占有に属している場合には,同一の者の占有に属する区域内)にあるものによる送信(プログラムの著作物の送信を除く。)を除く。)を行うことをいう。」と定義している。

 しかるところ,著作権法には,「送信」を定義する規定は存在しないが,通常の語義に照らし,信号によって情報を送ることをいうものと考えられ,その信号には,アナログ信号のみならず,デジタル信号も含まれ,また,必ずしも信号発信の起点となる場合だけでなく,いったん受信した信号をさらに他の受信者に伝達する行為も,著作権法における「送信」に含まれるものと解するのが相当である。

 他方,「受信」についても著作権法に定義規定は存在しないが,「受信」は「送信」に対応する概念であるとして,上記のような「送信」に対応して使用されていることからすると,著作権法上,「受信」とは「送信された信号を受けること」をいうものと解すべきである。

・・・

イ 上記アのとおり,著作権法2条1項7号の2は,公衆送信といい得るために,「公衆によって直接受信されること」を目的とする無線通信又は有線電気通信の送信であることを必要としている。そこで,以下,同号の「公衆によって直接受信されること」の意義について検討する

(ア) 現在の「公衆送信」に関する著作権法の規定の変遷は,以下のとおりである。
・・・

(イ) 上記(ア)のとおり,著作権法は,その制定の当初から,著作者がその著作物を放送し,又は有線放送する権利を専有する旨を定めていたところ,その後,通信技術の発達,多様化により,放送や有線放送のような一斉送信の範疇に納まらない新たな形態の送信が普及するようになったことに伴い,昭和61年法律第64号による改正を経て,平成9年法律第86号による改正により「公衆送信」の概念を導入し,その下位概念として,「公衆によつて同一の内容の送信が同時に受信されることを目的として行う」送信を「放送」及び「有線放送」とし,また,インタラクティブ送信のような「公衆からの求めに応じ自動的に行う」送信を「自動公衆送信」とするとともに,自動公衆送信装置に関する準備を完了し,直ちに自動公衆送信ができる状態とすることをもって「送信可能化」とした上で,著作者はその著作物について公衆送信(本来の定義に則った「放送」,「有線放送」及び「自動公衆送信」のほか,「送信可能化」を含むものとされている。)を行う権利を専有するとしたものである。

 他方,上記(ア)のとおり,著作権法は,その制定の当初から,放送及び有線放送を「公衆によつて直接受信されることを目的」とするものと定義しており,昭和61年法律第64号による改正を経て,平成9年法律第86号による改正により「公衆送信」の概念を導入した際においても,「放送」及び「有線放送」並びに「自動公衆送信」を「公衆送信」の下位概念として整理した上,上位概念である「公衆送信」を「公衆によつて直接受信されることを目的」とするものと定義したものであって,このことは,当初から「公衆によつて直接受信されることを目的」とするものであった「放送」及び「有線放送」のほか,新たに加わった「自動公衆送信」も含め,「公衆によつて直接受信されることを目的」とすることが,公衆送信に共通の性質であることを意味するものである。

(ウ) ところで,上記(ア)の平成9年法律第86号による著作権法の改正は,WIPO条約8条において「ベルヌ条約第11条(1)(ii),第11条の2(1)(i)及び(ii),第11条の3(1)(ii),第14条(1)(ii)並びに第14条の2(1)の規定の適用を妨げることなく,文学的及び美術的著作物の著作者は,その著作物について,有線又は無線の方法による公衆への伝達(公衆のそれぞれが選択する場所及び時期において著作物の使用が可能となるような状態に当該著作物を置くことを含む。)を許諾する排他的権利を享有する。」とされたことを受けてなされたものである。

 そして,WIPO条約8条の上記「・・・著作者は,その著作物について,有線又は無線の方法による公衆への伝達(公衆のそれぞれが選択する場所及び時期において著作物の使用が可能となるような状態に当該著作物を置くことを含む。)を許諾する排他的権利を享有する。」との規定と,上記(ア)の著作権法の概念整理の経過とを併せ見れば,次のようにいうことができる

a WIPO条約8条の規定には,・・・,「公衆によつて同一の内容の送信が同時に受信されることを目的として行う」送信である放送及び有線放送のほか,インタラクティブ送信のような,個々の利用者の求め(アクセス)に応じて個別になされる有線又は無線の送信が含まれるものと解することができる。
 さらに,同条の規定においては,「有線又は無線の方法による公衆への伝達」に「公衆のそれぞれが選択する場所及び時期において著作物の使用が可能となるような状態に当該著作物を置くこと」が含まれることが,かっこ書きで明示されている。
 すなわち,「公衆のそれぞれが選択する場所及び時期において著作物の使用が可能となるような状態」に「著作物を置く」だけでは,当該著作物について,有線又は無線の方法による公衆への伝達(送受信)の準備行為が完了したとはいえても,伝達(送受信)そのものがあったということは,本来,できないはずであるものの,同条かっこ書きは,「公衆のそれぞれが選択する場所及び時期において著作物の使用が可能となる」ための,有線又は無線の方法による著作物の伝達(インタラクティブ送信)に関しては,公衆への伝達(送受信)の準備行為を完了することについて,伝達(送受信)そのものがあったと同様の著作者の排他権を及ぼすことを定めたものということができる。

b 上記(ア)の平成9年法律第86号による改正後の著作権法における各概念を上記WIPO条約8条の規定に照らしてみると,同改正後の著作権法が,・・・したのは,WIPO条約8条が,著作物についての「有線又は無線の方法による公衆への伝達」一般について著作者の排他権を及ぼすことを定めていることに対応するものであることが理解される
 また,それと同時に,同改正後の著作権法が,自動公衆送信装置に関する準備を完了し,直ちに自動公衆送信ができる状態とすることをもって「送信可能化」とした上で,著作者が専有する公衆送信を行う権利には送信可能化が含まれるものとし,自動公衆送信の準備を完了する行為である「送信可能化」についても著作者の排他権が及ぶこととしたのは,WIPO条約8条のかっこ書きが,インタラクティブ送信に関しては,公衆への伝達(送受信)の準備行為を完了することに著作者の排他権を及ぼすことを定めていることに対応するものと解することができる
 そうすると,平成9年法律第86号による改正後の著作権法2条1項各号,23条等の解釈に当たっては,WIPO条約8条の規定の内容を十分参酌すべきであることは明らかである


(エ) しかるところ,上記のとおり,WIPO条約8条かっこ書きは,インタラクティブ送信に係る公衆への伝達(送受信)の準備行為を完了することを,「公衆のそれぞれが選択する場所及び時期において著作物の使用が可能となるような状態に当該著作物を置くこと」と表現している。そうとすれば,インタラクティブ送信に係る公衆への伝達(送受信)そのものは,「公衆のそれぞれが選択する場所及び時期において著作物を使用すること」になるはずであるから,公衆への伝達(送受信)の結果として,公衆が当該著作物を使用することが必要であり,このことは,受信をした公衆の各構成員が当該著作物を視聴等することによりその内容を覚知することができる状態になることを意味するものと解することができる
そして,公衆への伝達(送受信)に係るこのような意味合いが,インタラクティブ送信に係る公衆への伝達(送受信)に限られるとする理由はなく,放送や有線放送に係る公衆への伝達(送受信)についても同様に解すべきであるから,結局,同条の「著作物について,有線又は無線の方法による公衆への伝達」とは,公衆に向けられた有線又は無線の方法による送信を受信した公衆の各構成員(公衆の各構成員が受信する時期が同時であるか否かは問わない)が,当該著作物を視聴等することによりその内容を覚知することができる状態になることをいうものと解するのが相当であり,このように,受信した公衆の各構成員が,当該著作物を視聴等することによりその内容を覚知することができる状態になることは,放送,有線放送,インタラクティブ送信を通じた共通の性質であると理解することができる

 ところで,上記のとおり,平成9年法律第86号による改正後の著作権法2条1項各号,23条等の解釈に当たっては,WIPO条約8条の規定の内容を十分参酌すべきであるところ,同改正後の著作権法が,著作者はその著作物について公衆送信を行う権利を専有すると定めたことが,WIPO条約8条において,著作物についての「有線又は無線の方法による公衆への伝達」一般について著作者の排他権を及ぼすことと定められていることに対応するものであることも,上記のとおりである。

 そして,WIPO条約8条において,受信した公衆の各構成員が,当該著作物を視聴等することによりその内容を覚知することができる状態になることは,放送,有線放送,インタラクティブ送信を通じた「著作物について,有線又は無線の方法による公衆への伝達」に共通の性質とされており,他方,上記のとおり,著作権法上,「公衆によつて直接受信されることを目的」とすることが,放送,有線放送,自動公衆送信を通じた公衆送信に共通の性質として規定されているのであるから,著作権法2条1項7号の2の規定に係る「公衆によって直接受信されること」とは,公衆(不特定又は多数の者)に向けられた送信を受信した公衆の各構成員(公衆の各構成員が受信する時期が同時であるか否かは問わない)が,著作物を視聴等することによりその内容を覚知することができる状態になることをいうものと解するのが相当である(・・・)。
・・・

ウ 控訴人らの主張するとおり,本件サービスにおいて,被控訴人は,①多数のベースステーションを被控訴人の事業所に設置した上で,②これら多数のベースステーションに電源を供給,起動して,ポート番号の変更などの必要な各種設定を行い,③テレビアンテナで受信した本件番組をこれら多数のベースステーションに供給するために,被控訴人が調達したブースターや分配機を介した有線電気通信回線によってテレビアンテナとこれら多数のベースステーションを接続し,④被控訴人が調達し,被控訴人において必要な設定を行ったルーター,LANケーブル及びハブを経由して,被控訴人の調達した接続回線によりこれら多数のベースステーションをインターネットに接続し,⑤以上のような状態を維持管理する行為を行っているものであり,これらの行為によって,テレビアンテナで受信した本件番組に係るアナログ放送波は,有線電気通信回線を経由して各ベースステーションに流入しているところ,上記アにおいて述べた「送信」及び「受信」の一般的意義を前提とすれば,本件番組に係るアナログ放送波をテレビアンテナから有線電気通信回線を介して各ベースステーションにまで送ることは,著作権法2条1項7号の2の「有線電気通信の送信」に該当し,各ベースステーションが上記アナログ放送波の流入を受けること自体は同号の「受信」に該当するというべきである。そして,上記「有線電気通信の送信」の主体が被控訴人であることは明らかである

 しかるところ,控訴人らは,原判決が採用するベースステーションにおいて受送信を行っている主体は各利用者であるとの論法を前提とするならば,本件サービスにおいて,被控訴人は,各利用者が利用する受信装置であるベースステーションまで本件放送を送信しているのであるから,本件サービスにおける被控訴人によるアンテナからベースステーションまでの間の送信行為は,「公衆に直接受信されることを目的と」するものであると主張する
 そして,上記2(原判決「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」の「2 事実認定」の(3))のとおり,平成19年7月29日現在の本件サービスの利用者は74名であり,被控訴人の事業所内に設置されているベースステーションの台数も74台であるところ,仮に各ベースステーションで上記アナログ放送波を受信する主体が各利用者であれば,上記人数に徴して,テレビアンテナから各ベースステーションへの上記アナログ放送波の送信は,特定多数の者(すなわち公衆)によって受信されることを目的とする有線電気通信の送信であるということができる。

 しかしながら,上記2(原判決「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」の「2 事実認定」の(1),(3))のとおり,ベースステーションは,テレビチューナーを内蔵しており,対応する専用モニター又はパソコン等からの指令に応じて,テレビアンテナから入力されたアナログ放送波をデジタルデータ化して出力し,インターネット回線を通じて,当該専用モニター又はパソコン等にデジタル放送データを自動的に送信するものであり,各利用者は,専用モニター又はパソコン等から接続の指令をベースステーションに送り,この指令を受けてベースステーションが行ったデジタル放送データの送信を専用モニター又はパソコン等において受信することによって,はじめて視聴等により本件番組の内容を覚知し得る状態となるのである。
 すなわち,被控訴人がテレビアンテナから各ベースステーションに本件番組に係るアナログ放送波を送信し,各利用者がそれぞれのベースステーションにおいてこれを受信するだけでは,各利用者(公衆の各構成員)が本件番組を視聴等することによりその内容を覚知することができる状態にはならないのである。


 そうすると,被控訴人の上記送信行為が「公衆によって直接受信されること」を目的とするものであるということはできず,したがって,これをもって公衆送信(有線放送)ということはできないから,控訴人らの公衆送信行為の主張Bは失当であるといわざるを得ない。

公衆送信行為の判断事例A(アンテナから遠隔地の利用者まで)

2009-01-02 11:46:26 | 著作権法
事件番号 平成20(ネ)10059
事件名 著作権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日 平成20年12月15日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官  石原直樹

4 争点3(本件サービスにおいて,被控訴人は本件著作物の公衆送信行為を行っているか)について
(1) 控訴人らは,本件サービスにおいて,被控訴人は,①多数のベースステーションを被控訴人の事業所に設置した上で,②これら多数のベースステーションに電源を供給,起動して,ポート番号の変更などの必要な各種設定を行い,③テレビアンテナで受信した本件番組をこれら多数のベースステーションに供給するために,被控訴人が調達したブースターや分配機を介した有線電気通信回線によってテレビアンテナとこれら多数のベースステーションを接続し,④被控訴人が調達し,被控訴人において必要な設定を行ったルーター,LANケーブル及びハブを経由して,被控訴人の調達した接続回線によりこれら多数のベースステーションをインターネットに接続し,⑤以上のような状態を維持管理する行為を行っており,被控訴人による上記①ないし⑤の行為により実現される本件番組のテレビアンテナから不特定多数の利用者までの送信全体は,公衆によって直接受信されることを目的としてなされる有線電気通信の送信として,公衆送信行為に該当すると主張し(以下「公衆送信行為の主張A」という。),
・・・

 著作権法23条1項は,「著作者は,その著作物について,公衆送信(自動公衆送信の場合にあっては,送信可能化を含む。)を行う権利を専有する。」と規定するところ,控訴人らの公衆送信行為の主張A,Bは,被控訴人の上記行為が,本件番組についての控訴人らの同項所定の権利(公衆送信権)を侵害するというものである。

・・・

 しかるところ,控訴人らの公衆送信行為の主張Aが,ベースステーションから利用者までの送信に着目して,「自動公衆送信」である公衆送信行為に当たるとするものであれば,上記3で説示したとおり,本件サービスにおいて個々のベースステーションは自動公衆送信装置に当たらず,また,本件サービスに係るシステム全体を一つの「装置」と見て自動公衆送信装置に当たるということもできないのであるから,本件サービスにおける各ベースステーションからの送信が「自動公衆送信」である公衆送信行為に該当せず,各ベースステーションについて「送信可能化」行為がなされているともいえないことは明らかであり,控訴人らの公衆送信行為の主張Aは,失当である。

イ 仮に,控訴人らの公衆送信行為の主張Aは,本件サービスにおいて放送番組を利用者に送信している主体が被控訴人であることを前提として,本件サービスを,被控訴人が,テレビアンテナで受信した本件番組を,ブースター,分配機,ベースステーション,ハブ等を経てインターネットにより,多数の利用者に対し送信するものと捉え,これが「有線放送」である公衆送信行為に当たると主張するものであるとしても,以下のとおり,控訴人らの公衆送信行為の主張Aは失当である。

 すなわち,「有線放送」とは「公衆送信のうち,公衆によって同一の内容の送信が同時に受信されることを目的として行う有線電気通信の送信」をいうものである(著作権法2条1項9号の2)。しかるところ,上記2(・・・)のとおり,本件サービスは,利用者をして希望する本件放送を視聴できるようにすることを目的とし,利用者は,任意にベースステーションとの接続を行った上,希望するチャンネルを選択して視聴する放送局を切り替えることができ,上記3の(1)のとおり,ベースステーションからの送信は,各利用者の指令により,当該利用者が設置している専用モニター又はパソコンに対してなされる(・・・)ものである。被控訴人において,個別に各利用者の専用モニター又はパソコンに対してデジタルデータを送信するかどうかを決定することがないことはもとより,各利用者によるその決定に関与することもない

 そうすると,被控訴人の事業所内にある各ベースステーションから対応する各利用者の専用モニター又はパソコンに対するデジタルデータの送信の有無は,完全に各利用者に依存しているものである。・・・

 したがって,控訴人らの公衆送信行為の主張Aは,その「公衆送信行為」が有線放送を意図するものであるとしても,失当であるといわざるを得ない。