知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

医療行為として実施される発明の成立性

2009-01-25 21:45:10 | Weblog
事件番号 平成20(行ケ)10299
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年01月21日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一


2 本願に係る発明の要旨
(1) 本件補正前
 本件補正前の平成17年9月6日付けの手続補正書(甲9の2)に記載の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)の内容は,次のとおりである。
「2~20ガウスの微弱磁気を有する保健衛生用品を,傷口,又は化膿部に装着使用することを特徴とする,細胞再生方法。」

・・・

第4 当裁判所の判断
・・・

2 本願発明が特許を受けることの可否について
 審決は,「本願発明が,実際に細胞を再生するものであるか否かはさておき,本願発明は,実質上医師が患者に対して行う医療行為として実施される発明といえる」ことから,「特許法29条1項柱書でいう産業上利用することができる発明に該当しない」としたものであるところ,原告は,審決の上記認定判断について何ら取消事由を主張するものではなく,本願発明に対する原告主張の取消事由(本願発明が治療等の効果を有するというもの)は,審決の結論に影響しないものである。

 そして,本願発明につき,実質上医師が患者に対して行う医療行為として実施される発明といえるから特許法29条1項柱書でいう産業上利用することができる発明に該当せず特許を受けることができない,とする審決の認定判断は是認することができる。


損害額の現実化の時と遅延損害金発生の始期

2009-01-25 21:07:27 | Weblog
事件番号 平成18(ネ)10008
事件名 損害賠償請求控訴・同附帯控訴事件
裁判年月日 平成21年01月14日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

8 結語
 以上のとおりであるから,被控訴人の請求は,本件特許権の評価額,すなわち本件の損害額1862万5000円に弁護士費用300万円を加えた2162万5000円及びこれに対する不法行為の日である平成9年11月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があり,その余は理由がないこととなる(なお,本件債権は,富士千が銀行取引停止処分を受けて期限の利益を喪失した平成10年3月23日の時点で履行遅滞に陥ったものであり,そのころ,本件質権を実行することによって回収できたはずの本件債権の債権額が本件質権を取得することができず回収ができなかったことによって,損害が現実化したことになるが,それは損害額の認定手法の問題であり,本件の不法行為に基づく損害賠償債権の遅延損害金発生の始期は不法行為日である平成9年11月17日であることに変りはない。)。

特許権に対する質権を行使できなかったことに伴う損害額の算定事例

2009-01-25 20:58:08 | Weblog
事件番号 平成18(ネ)10008
事件名 損害賠償請求控訴・同附帯控訴事件
裁判年月日 平成21年01月14日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

3 損害の額の検討の手法
(1) 当裁判所の判断
 被控訴人が本件質権を取得することができなかった損害の額を算定するためには,本件特許権の適正な価額を,質権実行によって回収することになる平成10年3月ころの時点において,本件特許権を活用した事業収益の見込みに基づいて算定することが必要である。
 しかるに,本件特許権を活用した事業収益の見込みとは,FS床版事業の収益の見込みを算定することにほかならないところ,FS床版事業が事業収益を生み出す見込みを有するとすれば,それは,本件特許権の活用のみによるものではなく,様々な技術,技能,広範な営業活動,さらにはその前提になる当該事業主体の組織,信用,資本等によるものというべきである。

 そうすると,その中から本件特許権の活用による部分を正しく算定するためには,本件発明自体の技術的位置付け,本件特許権の経済性及び市場性の観点からの位置付けについての検討が不可欠というべきである。そして,かかる検討を踏まえて,本件特許権を含むFS床版事業について評価した額を算定した上で,同評価額に対する技術の寄与度を考慮して本件特許権を含む特許網の評価額を算出し,さらに同評価額に対する本件特許権の割合を考慮して本件特許権の有する技術内容に応じた相応の評価額を得て,これをもって上記損害の額と認定するという手法によるのが相当である。

・・・・

ウ 本件特許権を含むFS床版事業の価値評価
(ア) 本件特許権の評価を行うため,まず,本件特許権を含むFS床版事業の価値評価を行う方法を採用する。知的財産における評価アプローチは,一般的に,インカム・アプローチ,マーケット・アプローチ,コスト・アプローチに大別される。
 インカム・アプローチとは,当該知的財産から期待される収益力に基づいて価値を評価する方法で,当該知的財産によって将来獲得されるキャッシュ・フローを割引現在価値で求める。
 マーケット・アプローチとは,同様の知的財産や,実際に行われた取引事例あるいは市場取引価額等と比較することによって相対的な価値を評価するアプローチである。
 コスト・アプローチとは,研究開発や知的財産を取得するのに要したコストを当該知的財産の価値と考えるアプローチである。

 そこで,単一の評価法に基づいて評価する単独評価ではなく,複数の評価法で算定した結果を併用して総合評価することとする。

・・・

5 本件特許権を含む特許網(理想特許権)の評価額
(1) 当裁判所の判断
 鑑定の結果によれば,事業からの利益の4分の1(25%)を技術の寄与度と想定して技術の価値を測定する方法であるいわゆる25%ルールに基づいて,本件特許権を含む特許網について,3億3000万円の25%である8250万円という評価額が得られることが認められる。鑑定書の記載の概要は,次の(2)に示すとおりのものであって,その推論過程は,その内容自体に照らし合理的であり,その結果は,鑑定書記載の実施料率の実態調査結果をもとにした評価結果の幅に入り,妥当な評価額ということができるから,この鑑定の結果については,高い信用性が認められる。

 そうであれば,本件特許権を含む特許網の評価額は8250万円であると認定するのが相当である。

(2) 鑑定書の記載の概要
ア 本件特許権は,その技術的保護範囲が狭いうえ,その代替技術が出現したためライフサイクルが短く,過去事業において実質的に活用された形跡がない。この点を配慮すると,本件特許権の評価については,いったん,理想特許権すなわち特許網の評価を行って,その後に本件特許権の価値評価を行うのが相当である。

イ 本件においては,本件特許権を含むFS床版事業の評価額を基礎に,特許技術の商業化が成功した場合,事業からの収益の4分の1(25%)を技術の寄与度と想定して,技術の価値を測定する方法である「25%ルール」を採用することとし,その妥当性を別の観点から確認するために,実施料の観点から検証する。

ウ まず,上記「25%ルール」により,本件特許権を含むFS床版事業の価値評価額と推定される3億3000万円に25%を乗じると,本件特許権を含む特許網の評価額は,8250万円となる。

エ これを,実施料率の観点から検証する。まず,鑑定基準日頃の類似上場会社14社の売上総利益率の平均は,平均で13.1%であり,建設業における実施料率は,概ね3%から4%の幅と推定することができる。そこで,これらを前提に,売上高に対する実施料率を売上総利益に対する実施料率に換算して,実施料率から求められる本件特許権を含む特許網の評価額を計算すると,7557万円~1億0065万円という評価幅が得られる。上記ウの8250万円は,実施料率の実態調査結果をもとに実施した上記の評価結果の幅に入るものである

特許原簿への登録が受付順にされなかったことによる損害に対する国家賠償請求

2009-01-25 20:57:12 | 最高裁判決
事件番号 平成17(受)541
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成18年01月24日
法廷名 最高裁判所第三小法廷
(裁判長裁判官 上田豊三 裁判官 濱田邦夫 裁判官 藤田宙靖 裁判官 堀籠幸男)

原審裁判所名 東京高等裁判所
原審事件番号 平成15(ネ)3895
原審裁判年月日 平成16年12月08日

判示事項
裁判要旨 1 特許庁職員の過失により特許権を目的とする質権を取得することができなかったことによる損害の額
2 特許庁職員の過失により特許権を目的とする質権を取得することができなかったことを理由とする国家賠償請求事件において損害額の立証が困難であったとしても民訴法248条により相当な損害額が認定されなければならないとされた事例

『3 原審は,前記事実関係の下で,次のとおり判断し,上告人の請求を棄却すべきものとした
 本件質権設定登録がされていた場合,C社が本件特許権を譲り受けたか,また,B社が本件特許権の譲渡を図ったかについて,いずれも疑問が残る。また,本件質権設定登録がされた状態で本件特許権の譲渡契約の締結が具体的に検討された場合,C社,B社及び上告人の間で,譲渡代金のうち相当額を上告人に支払う旨の合意が成立するに至ったと断定するだけの根拠もない

そうすると,本件質権設定登録がされていた場合,本件特許権等についての譲渡契約が前記1(5)の譲渡契約と同様に成立し,本件質権設定登録を抹消するために上告人に相当額が交付されるに至ったものとは認定し難いといわざるを得ないから,本件質権設定登録が本件特許権移転登録に先立ち正しくされていたとしても,上告人が本件質権に基づき本件債権の弁済を受けることが可能であったともいい難い。

したがって,本件においては,特許庁の担当職員の過失により上告人に現実に損害が発生したものとは認めることができない。


 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 (1) 特許権の移転及び特許権を目的とする質権の設定は,特許庁に備える特許原簿に登録するものとされ(特許法27条1項1号,3号),かつ,相続その他の一般承継による特許権の移転を除き,登録しなければその効力を生じないものとされ(同法98条1項1号,3号),これらの登録は,原則として,登録権利者及び登録義務者の共同申請,登録義務者の単独申請承諾書を添付した登録権利者の申請等に基づいて行われることとされている(特許登録令15条,18条,19条)。
したがって,特許権者甲が,その債権者乙に対して甲の有する特許権を目的とする質権を設定する旨の契約を締結し,これと相前後して第三者丙に対して当該特許権を移転する旨の契約を締結した場合において,乙に対する質権設定登録の申請が先に受け付けられ,その後丙に対する特許権移転登録の申請が受け付けられたときでも,丙に対する特許権移転登録が先にされれば,質権の効力が生ずる前に当該特許権が丙に移転されていたことになるから,もはや乙に対する質権設定登録をすることはできず,結局,当該質権の効力は生じないこととなる。

このため,申請による登録は,受付の順序に従ってしなければならないものとされており(同令37条1項),特許庁の担当職員がこの定めに反して受付の順序に従わず,後に受付のされた丙に対する特許権移転登録手続を先にしたために,先に受付のされた乙に対する質権設定登録をすることができなくなった場合には,乙は,特許庁の担当職員の過失により,本来有効に取得することのできた質権を取得することができなかったものであるから,これによって被った損害について,国家賠償を求めることができる。』