福島ズボラーヌ

https://blog.goo.ne.jp/nekozora-f

大阪市福島区(並びにその周辺)をうろうろ徘徊。

※お知らせ(ご注意ください)

2014-09-27 | ■その他
2014年9月現在、『nekozora-f』『福島ズボラーヌ』等で検索すると
何故か当ブログのそっくりさんみたいな物が表示されることがございます。
ほかのIDで作成したものについても、同様の現象が起こっております。

私が作成しております『福島ズボラーヌ』のアドレスは下記の通りです。

「http://blog.goo.ne.jp/nekozora-f」

「gooブログ」にて作成しておりますので、
スラッシュの後に「blog.goo.ne.jp」と入ります。

それ以外のアドレスのものは私が作成したものではございません。

現在、goo事務局に問い合わせ中ですが、まだこの件についての回答は無く
原因は判明しておりません。
しばらくの間、更新を停止致します。

原因が分かり次第、また当ブログにてご報告させていただきます。


福島天満宮 夏祭 その3(2014年)

2014-09-24 | ■お祭り・イベント等
※福島ズボラーヌ:福島区の夏祭(2014年)

さて、本宮当日。
日中は所用がありまして、外出していたのですが
夕方の帰り道にJR福島駅で下車して、天満宮に立ち寄りました。



金曜日の夜だったせいか、勤め人っぽい人をたくさん見かけました。
近隣のサラリーマンの人達かな?
帰り道に大迫力の地車囃子が聴こえてきたので、立ち寄ったのでしょう。
もしかしたら、お囃子じゃなくて夜店の匂いかも知れませんが。



竜踊り。

地車講の名前を染め抜いた幕がふと気になりました。
団体名は「松砂会」。
松はたぶん、「逆櫓の松」のことだろうなぁ。
「砂」はもしかして、昔ここにあった「砂町(上砂町・下砂町)」のことでは…?

ちょうど通りかかった神社の方に名前の由来をお聞きしましたところ、
「松」は想像通り「逆櫓の松」なのですが、
「砂」については、「たぶん近くに川が流れていたので川砂のことでは?」
とのことでした。

神社の方もちょっと自信なさげな感じだったし、私もスッキリしなかったので
帰宅後、ネットで検索してみました。
すると、地車関連のサイトの中に気になる記述がありました。

山車・だんじり悉皆調査大阪府【大阪市・中央】

福島天満宮の地車について、
かつて逆櫓、砂町の2台の地車があったが、
 明治24年の北の大火で焼失したと云われている


現在、福島天満宮には地車は1台しかありません。
私の勝手な想像ですが、「逆櫓(の)」と「町」を統合して、「松砂会」になったのでは…



古地図『大阪圖』明治5年(1872年)。
明治初期の上福島村の地図です。
緑色でマークしたのが、上ノ天神(福島天満宮)。
紫色の○印が「浄正橋」です。
「逆櫓乃松」は浄正橋の近くにあったらしい。
地図にはありませんが、下砂町は浄正橋より東の方にあり、上砂町は下砂町の東隣です。

だらだら書いてしまいましたが、夏祭りのお話に戻ります。



竜踊り。
演者の男性いわく、左の男の子はお弟子さんだとか。
今夏、色々な人の竜踊りを見ましたが、この男性の竜踊りが一番迫力ありました。
たまーに、池乃めだかの猫マネみたいな人もいるんですよね…



9月5日に、NHK-BSで放映された『新日本風土記』の『水都 大阪』の回で
大阪天満宮の天神祭が取り上げられていました。
竜踊りの時の手は、ゲンコツみたいに丸めるのではなく、人差し指と中指を曲げる。
この手の形を番組では「竜のひげを表している」と言っていました。
私はてっきり、竜の鉤爪だと思ってました…

今夏は、海老江・野田・福島の夏祭りを見ることが出来ました。
海老江の逆立ち、野田のだんじり、福島の地車囃子、
どれもそれぞれ特徴があって、素晴らしいお祭りでした。
来年は、今回行きそびれた浦江のお祭りにも行きたいです。

オマケ。



「東京コロッケ」の屋台は東京には無い(と思う)。
東京の屋台では「大阪焼き」なる食べ物が売られていますが
大阪のお祭りには「大阪焼き」はありません。

福島天満宮 夏祭 その2(2014年)

2014-09-23 | ■お祭り・イベント等
さて、宵宮の夕刻に福島天満宮にもう一度行くことにいたしました。
お目当てはもちろん、有名な地車囃子です。





お神輿が並んでいました。



楽しみにしていた地車囃子。
確かにすごい!
音がとても華やかなのです。
平成中村座の『夏祭浪花鑑』の演奏を依頼されたというのもよく分かります。
長く聞いていると、バリ島の「ガムラン」みたいな陶酔感さえ感じます。



テントの背後の幕はその平成中村座公演で使用されたものだそうです。
「釣船三婦内の段」の背景ですかね。

夏祭浪花鑑 - Wikipedia
平成中村座 - Wikipedia

劇中、地車囃子が流れるのは、非常に緊迫感あふれる場面。
地車囃子は普通に聞いているだけでも昂揚感が高まるものですが
目の前の舞台でも手に汗握る展開が繰り広げられています。
観客はハラハラドキドキなのですが、これ、絶対に大阪出身の観客と
そのほかの地域の観客とでは、ドキドキ感が違うと思う。

他の地域の人にとっては、単なるBGMかも知れませんが、
大阪人なら地車囃子を聞くだけで「だんじりや!お祭りや!」と胸が高鳴る(はず)。
(大阪府下でも地域によってお囃子は異なりますが…)
現に、私が舞台(歌舞伎じゃなくて文楽ですが)を見たときは、
ドキドキし過ぎてシンドイくらいでした。

この演目の初演は大阪だったそうなので、
原作者は絶対その効果を狙ったんだろうなぁと思います。
大阪の文楽劇場で観劇したいなぁ(もちろん、夏の公演で!)。



地車の宮入です。



神社の前の道はそう広くないのに、夜店がたくさん出ているし、人は多いし
境内の中も狭くて見物人でいっぱいだったので、曳くのが大変そうでした。



獅子踊りです。
すごい動きが早くて、撮った写真は全部「何のこっちゃ?」な感じでした。
私の腕も悪いんですけど…
たくさんのお獅子が一斉に歯を咬み鳴らす音も大きくてびっくりしました。
お正月にテレビで見るのんびりした獅子舞とは全然違いました。

大阪福島天満宮 地車講と獅子踊り

福島天満宮 夏祭 その1(2014年)

2014-09-22 | ■お祭り・イベント等
上ノ天神」こと福島天満宮の夏祭は大阪天満宮と同じ日程で行われます。

※福島ズボラーヌ:福島区の夏祭(2014年)



宵宮の昼間、買い物がてらちょっと天満宮に立ち寄りました。
が、境内に人気は無く、「準備中」という感じ。



手水。



本殿。



獅子舞の頭部分(って何ていうんですかね?獅子頭?)

夕方を楽しみにしつつ、駅前に出るとお囃子が聞こえてきました。
ラッキー!
福島天満宮のHPには、巡行ルートや時刻などの情報が掲載されていないので
もしかしたら見れないのかもなぁ、と思っていたので嬉しかった。



海老江や野田に比べるとコンパクトなサイズ。
福島天満宮の入口は狭いし、細い道もあるので
これくらいの小さい地車じゃないと曳行は難しいのでしょうね。



小さいながら、屋根は二重になっていてちゃんとした(?)地車です。
太鼓は地車の屋根の下に収まりきらず、外に出ていました。
炎天下で太鼓を打つのは大変だろうなぁ…

野田恵美須神社 夏祭 その4(2014年)

2014-09-21 | ■お祭り・イベント等
※福島ズボラーヌ:福島区の夏祭(2014年)

日中の雨のため、巡行スケジュールが大幅に遅れ、
宮入の時間も後ろにずれてしまいました。
(ちなみに雨天の時、地車は専用のビニールカバーをかぶるそうです)
鯛鉾の宮入を見た後、神社の外を歩いていたら、地車がようやく到着しました。





宮入の時間調整のため、しばらく路肩で地車を止めることに。
もう薄暗くなりましたが、良い機会なのでじっくり拝見。





びっしりと施された彫刻。
野田恵美須神社のHPによると、
昔は氏子地域に4台の地車があったそうですが、老朽化のため大正時代に廃絶。
現在のものは昭和6年に製作されたもの。
「昔の四台のかわりに、一台の大きな地車を作ろうということになり」とのことですが
昔は小さいだんじりだったのでしょうか。



鯛を釣るえべっさんの像。
釣竿の先には糸が張られていました。芸が細かい!

古地図を見ると、昔の野田は農村で道がくねくねと細かった。
水路の多い地域でしたから、
巡行の際は橋をたくさん渡る必要があったと思います。
だから小さいだんじりだったのではないでしょうか?





一体一体は小さいのですが、実に表情豊かです。
誰もいない真夜中になったら、動き出しそうなくらい。



彫刻に描かれた情景は「大阪夏の陣・冬の陣など豊臣一代記」のものだそうです。
よーく見ると、タイトルが書かれていました。



「後藤又兵衛基次」
・wikipedia:後藤基次…黒田二十四騎」「黒田八虎」「大坂城五人衆」の一人。



「道明寺付近 奥山出羽ノ勇戦」
道明寺村は現在の大阪府藤井寺市。
・wikipedia:道明寺の戦い…慶長20年(1615年)に発生した大坂夏の陣における戦いのひとつ。



「薄田隼人兼相(ノ勇戦?)」
wikipedia:薄田兼相…仇討ちや狒々退治の伝説で知られる武芸者岩見重太郎と同一視される。

他にもタイトルを書いている所があると思いますが、
見つけられたのは上記の3箇所でした。
私が不勉強なだけかもしれませんが、「大阪の陣」と言われても
「あー、日本史の授業で出てきたなぁ」くらいの浅い知識しかありません。
(大河ドラマを見ないもので…)



豊臣秀頼、淀殿、真田幸村といったメジャーな名前は思い浮かびますが
後藤基次とか薄田兼相の名前は、このだんじりを見なかったら一生知らなかったかも。
講談が大衆演芸として大人気な頃は、世の中の人(特に大阪人)はみんな
『道明寺の戦い』の物語を知っていたのだろうなぁ。





だんじりの製作者については、神社のHPによると、
・昭和6年着工、昭和7年7月3日完成。
・地車大工=泉州の絹井楠次郎氏
・彫刻師=富山県井波出身の川原啓秀氏



とにかく、ものすごい地車でした。鼻血出そう…。



だんじり鑑賞が終わった後、神社に立ち寄ると「雀踊り」の最中でした。







海老江のお祭りも「すごいなぁ」と感激したのですが、
野田には野田の魅力がありました。
また来年も地車を見たいなぁ(ぜひとも明るい時間帯に!)。

野田恵美須神社 夏祭 その3(2014年)

2014-09-20 | ■お祭り・イベント等
※福島ズボラーヌ:福島区の夏祭(2014年)

野田恵美須のお祭りで私が一番見たかったのが鯛鉾。
90年代後半に福島区に引っ越してきたときに一度見たきりだったのですが、
ものすごいインパクトがありました。

他所のお祭りでもああいうの、あるんですかね?
「地車の台の上に、屋根やのうて大きい鯛の人形が乗ってるねん」と
家人に説明したのですが、実物を見るまで信じてもらえませんでした。



巡行中の鯛鉾。
欄間の細工がとても繊細です。
やっぱり大阪欄間(大阪府が誇る伝統工芸)なのかな?
昭和6年に製作されたものです。
このころの日本は昭和恐慌で大変な時期でしたが、
一方で「大大阪」と呼ばれた華やかで活気あふれる時代でもありました。
その時代の空気を映しているのか、赤い鯛はとても豪華です。



鯛の下には三味線や鐘などのお囃子の人が乗っていました。
地車や枕太鼓に比べると静かです。
いまどき、お囃子をテープで代替する所も増えているというのに
海老江も野田もお囃子はすべてライブでした。



お鯛さんの四方には旗が立てられています。
四神旗と言い、青龍・白虎・朱雀・玄武が描かれています。

今年の本宮はお天気に恵まれず、時間通りに巡行できませんでした。
そのため大幅に宮入の時間が遅れることに。
神社でうろうろしていると、役員さんらしき人たちが
「今、みんな何処におるんや?」と話し合っていました。
携帯電話をかけて居場所を確認するのかな?と思ったら、
タブレット端末を取り出して、動画で確認していました。
なんていうか、イマドキですね…。

いろいろありまして、宮入です。











参道の石畳の上をあっちに行き、こっちに行き…大変な作業です。
転んでしまった曳き子さんもいらっしゃいました。



隣で写真撮影していた人が、
「あれ鯛か?ピラニアちゃうんか?」と笑っていました。
確かにすごい歯!



久しぶりに見た鯛鉾は、覚えてたお鯛さんとちょっと違う…
私の記憶の中では、鯛の色はもっと朱色っぽいというか
濃いサーモンピンクのような色味で、質感はもう少しマットな感じでした。
今回、改めて見たところ、鮮やかな真っ赤な上にものすごい光沢。
宮入の時の説明で疑問は解明しました。
数年前に修繕したのだそうです。

野田恵美須神社祭礼 本宮 宮入 鯛鉾(福島区・鯛鉾・野田恵美須)


野田恵美須の大阪締めは他所よりテンポが速い気がする。
最後に「あーめでたいな」というのも他所と違います。

野田恵美須神社 夏祭 その2(2014年)

2014-09-19 | ■お祭り・イベント等
※福島ズボラーヌ:福島区の夏祭(2014年)

初日(宵宮)はデジカメ電池切れというどんくさい結果になりましたが、
気を取り直して翌日の本宮。
ちゃんと充電して準備万端…でしたが、あいにく不安定なお天気でした。



お祭の舞台である野田恵美須神社。



手水鉢のところにある注意書きがかわいい。
(手振れしてしまった…)



こんなところにお花の飾りが。





この日は御神輿が入っている蔵が開いていました。











境内の片隅に気になる石碑が立っていました。



『神域拡張』の石碑です。



昭和初期、神社に隣接していた大阪市の小公園を購入し、境内に組み入れたのです。
石碑には、昭和3~4年に氏子総代を務めた松下幸之助氏の名前も彫られているそうですが
よく見えず、確認できませんでした。



「大阪市パノラマ地図」大正12年(1923年)

「戎神社」の後ろ側に「公園」と書かれています。
園内の建物は図書館でしょうか。
西野田小公園の開園は大正6年(1917年)、市立公園の第一号でした。

公園に隣接して西野田図書館が1921年(大正10年)に開館。
これも大阪市立図書館第一号としてこの地に置かれました。
なお当時の住所は福島区ではなく、北区です。

「大阪市立図書館:図書館のあゆみ




野田恵美須神社 夏祭 その1(2014年)

2014-09-18 | ■お祭り・イベント等
海老江の夏祭が終わったら、次は玉川にある野田恵美須のお祭です。

※福島ズボラーヌ:福島区の夏祭(2014年)



こちらの行事予定については、神社のHPに掲載されています。
巡行時刻・ルートは地図(PDF)の形態でUPしてくれているので、
こちらも予定が立てやすく、とてもありがたかったです。

海老江八坂神社の地車の構成は、枕太鼓が1台、地車が3台ですが
野田恵美須神社は、枕太鼓が1台、地車が1台、鯛鉾が1台。



太皷。
このマンションが神社を出発して一番最初の接待場所でした。
神社HP掲載の巡行地図には立ち寄り場所とその予定時刻が書き込まれています。
他の神社さんも、こういう地図を掲載してくれると嬉しいのですが。



枕に書かれた文字は「蛭子宮」。



台の部分には波間の兎の模様が彫り込まれていました。



役員の方でしょうか。菅笠が夏らしくて良いですね。

ここでいったん帰宅。お昼を食べて、地車巡行に備えます。
野田恵美須の地車は大阪でも有数の名品として名高いらしい。



先ほどのマンション近くのお宅が接待場所でした。
巡行は予定通りに行くとは限らないので、
できるだけ宮出からすぐの接待場所を狙うと待ち時間が少なくて済みます。



すみからすみまで、びっしりと細かい彫刻が施されています。



休憩中、地車の周囲をぐるっと拝見。
こんな豪華な地車、初めて見ました…。



海老江の地車とは違い、赤+金の布は付いていません。
いわば木の塊で、ほぼ茶色一色なのですが、豪華!



台の部分も細かく彫り込まれています。
漆塗りの欄干の向こう側にまで、細工が施されていてビックリ。

が!
目の前に芸術的な地車があるというのに、
私のデジカメ君はここで電池が切れてしまったので御座います…。



海老江八坂神社 夏祭 その2(2014年)

2014-09-17 | ■お祭り・イベント等
※福島ズボラーヌ:福島区の夏祭(2014年)



本宮の日は、朝から他所で用事があり、
海老江八坂神社には行けそうにありませんでした。
夕方には帰宅して、ご飯を作らないといけないし…
(一応は主婦なので)
用事のついでに、浦江のお祭りを見に行ったら、
日程を間違えていて、開催されていませんでした。嗚呼…

ちょっとだけでも地車か枕太鼓が巡行している所を見れないかな~?
と、野田阪神駅前できょろきょろしていたら…
お囃子が遠くから聞こえてきました。
音のする方に走っていくと、東之町の地車が。




周囲の皆さんの話によると、この後にとても面白いものが見られるらしい。
いったい何やろ?



信号が変わると、地車が走り出しました。
(交通の都合でなかなかタイミングが難しそうでした)









みなさん、これを待っていた模様。

動いている地車の屋根の上で大工方の二人が逆立ち!
曳き子さんが重たい地車を前後に傾けています。
ビビリの私からすれば、世にも恐ろしい光景なのですが
お囃子も掛け声も途絶えません。

ネットで調べたところ、大工方の逆立ちは海老江の名物だそうで。
勇壮さで有名な泉州の地車祭でも、逆立ちはしないらしい。

そして、海老江八坂神社の宮入の際も「地車を担ぎ上げる」のだそうです。
えーっっ?!
今回は、時間が取れなくて宮入まで見ることはできませんでした。
いつか、その「担ぎ上げ」をこの目で見たいと思います。




youtubeにあった、南之町の宮入の動画。
「担ぎ上げ」とはその名前の通り、地車をお神輿のように担いで持ち上げる。
地車は一般的なお神輿よりも大きくて重い上に、
上には大工方や囃子方の人達が乗っています。
担ぐ方も乗っている方もかなり危険。

海老江八坂神社 夏祭 その1(2014年)

2014-09-16 | ■お祭り・イベント等
夏祭の日からすでに二か月近く経ち、来月(10月)はもう秋祭です。
今更感満載な時期となりましたが、海老江八坂神社の夏祭のお話。

※福島ズボラーヌ:福島区の夏祭(2014年)



私が子ども時代を過ごした町(大阪府下)には夏祭はありませんでした。
収穫を祝う秋祭が一番大きなお祭りです。
しかも、私が住んでいた地区は大正末期に開発された住宅街だったので
地域の地車を保有していませんでした。

地味な田舎町とは言え、お祭り時期はそれなりに盛り上がるのですが
地車を持たない地区の子供達はわりと冷めていたような。
面倒くさがりで人ごみが嫌いな私は
ほとんど地域のお祭りに行ったことがありませんでした。

福島区に転居してからは仕事が忙しく、じっくり夏祭を見れず。
街中を巡行する太鼓やだんじりを目にするくらい。
いわば、今年の夏祭が私にととって、初めてちゃんと行く地元の夏祭だったのです。



福島区の夏祭、一番早い日にちに行われる海老江八坂神社のお祭りへ。
こちらの夏祭の行事予定については、神社のHPに紹介されていますので
事前にチェックの上、神社に向かいました。
と言いましても、家事やら所用やらの合間に行くので
残念ながら全部は見れないのですが。



子ども神輿の宮入。



太鼓。とても上手でした。



いつもは閉じられている蔵の扉が開いて、地車が勢ぞろいしていました。



海老江は東西南北の四つの町域に分かれているそうです。
北之町は太鼓。
赤い頭巾がとても目立ちます。



東之町。
各町の地車の前にはお立ち台が設置されて、
その上では交代でお子さんが躍るのです。



南之町。
お立ち台の周辺は、
お子さんのご家族や若い女性陣の応援でとても賑やかです。



西之町。
たくさんの人に見られて、ご機嫌さんで躍る子もいれば
びっくりして泣き出してしまったり、茫然と立ち尽くす子もいます。
手を振って応援するママに抱き着いて戦線離脱する子も。

地車パレードまでいたかったのですが、ここで残念ながら時間切れ。
もうちょっと見たかった…。