福島ズボラーヌ

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大阪市福島区(並びにその周辺)をうろうろ徘徊。

ふじめぐり(2016年)「野田南緑道(大阪シティ信金ロード)②」

2016-05-02 | ・野田:風景・建築・史跡
野田緑道の円形広場から、緑道を下流に向かって歩いたところにも藤棚があるのです。
少し間隔をあけて合計2基。
スタンダードなのだふじと思われる品種が植えられています。





下流側の藤棚の特徴は、房の長さ!

個人的には一番長いのは鷺洲の聖天さんの所ではないかと思うのですが、
今年の花の出来で言うと、長さでは聖天さんに少し負けているけど
花房じたいのボリュームはこちらの方が上のように思いました。





花の数は昨年より明らかに増えています。
これからが楽しみ!


【過去記事】
福島ズボラーヌ:福島区の花「のだふじ」

【のだふじについて】
のだふじ巡り2016 ←マップ、開花状況を掲載。
大阪市福島区のだふじ巡り - Facebook ←速報ならこちら。


ふじめぐり(2016年)「野田南緑道(大阪シティ信金ロード)①」

2016-05-02 | ・野田:風景・建築・史跡
のだふじの花のシーズンはとっくに終わっていますが、引き続き藤見物について。

野田地区の藤と言えば、「野田コミュニティセンター」が一番有名ですが、
今年は安治川沿いの野田南緑道(通称:大阪シティ信金ロード)の藤棚も素晴らしかった。



船津橋南詰から緑道に入ってすぐの所に円形の広場があります。
そこに広場の形に沿うような形状の藤棚が2基、設置されています。
昨年は残念ながら、広場の藤はそんなに良くなかったのですが、今年はたくさんの花を咲かせました。



ここの藤棚の特徴は、3種類の藤の花が植えられていること。





まず、スタンダードなタイプの藤。





ピンク色の藤。



そして、何と八重咲の藤もあるのです。



複数の品種が植えられている藤棚というと、野田阪神の駅前もそうなのですが
八重咲があるのは、この野田南緑道だけではないだろうか。

花がたくさん付いた分、見物客も多かったです。
上記の藤棚の写真は人が切れた瞬間を狙って撮影しましたが、
私がこの広場にいた時、実際はこんな感じ。



野田南緑道に藤見物に来ている皆さんの多くは、この広場を鑑賞すると
他へ移動される方がほとんどだったのですが、実は藤棚はここだけではないのです。

つづく。


【過去記事】
福島ズボラーヌ:福島区の花「のだふじ」

【のだふじについて】
のだふじ巡り2016 ←マップ、開花状況を掲載。
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ふじめぐり(2016年)「野田コミュニティセンター」

2016-04-29 | ・野田:風景・建築・史跡
野田コミュニティセンターは「のだふじの名所」の中でもかなりの古参だと思う。



野田コミュニティーセンターは野田駅から少し離れていて、
しかも住宅街の中の分かりづらい場所にあるため
地元民以外がのだふじ巡りに立ち寄るにはちょっと不便な場所です。



今ほど「福島区=のだふじ」というイメージが浸透していなかった頃から
ここの藤は有名だったように記憶しています。



春は桜もきれいな所です。



近隣は戦前期に建てられた長屋がたくさん残っていて
古い建物好きには興味深い場所です。
長屋と言っても、ぼろぼろの安普請ではなくどれも立派かつ大きな建物です。
建った当初は今でいう新興住宅地みたいな感じだったのではないでしょうか。

野田の象徴だった長屋も私が引っ越してきた頃に比べると
ずいぶんと減りました。寂しい限りです。

野田コミュニティセンター
住所:大阪市福島区野田5-9-8

【過去記事】
福島ズボラーヌ:福島区の花「のだふじ」

【のだふじについて】
のだふじ巡り2016 ←マップ、開花状況を掲載。
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ふじめぐり(2016年)「野田二丁目のふじ」

2016-04-26 | ・野田:風景・建築・史跡
野田二丁目の街角にある藤の木。



木の大きさのわりにプランターがすごく小さい。



毎年、見るのを楽しみにしている藤の木のひとつです。

【過去記事】
福島ズボラーヌ:福島区の花「のだふじ」

【のだふじについて】
のだふじ巡り2016 ←マップ、開花状況を掲載。
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野田南緑道(2015年 のだふじ)

2015-04-30 | ・野田:風景・建築・史跡
のだふじの見どころ、というと
住所で言うならば、圧倒的に「福島区玉川」に集中しています。
そこから少し離れた、「福島区野田」の南端、中央卸売市場のすぐ隣。
福島区と西区の境界を流れる安治川沿いの緑道にも
藤棚が設置されています。

緑道の名前は「野田緑道」、通称「大阪シティ信金ロード」。
(よく似た名称の「野田緑道」は大阪市場線という廃線跡にできた公園で、
市場の北側、野田4~5丁目にあります)

野田藤 - 大阪市福島区のだふじの会
大阪市 福島区 のだふじコーナー
大阪市福島区のだふじ祭り
福島区のだふじ祭り!(Facebook)



まず、船津橋のたもとに近い場所に2基(という単位で良いのだろうか。。。)
円形の広場に沿うような形で、三日月型の藤棚が並んで建っています。
煉瓦風のタイルを柱に貼りめぐらした、素敵な藤棚です。



ここには2種類の藤が植えられています。
こっちはピンク色がかった藤。



八重咲の藤、私は生まれて初めて見ました。
紫色が濃くて、とてもゴージャスです。



船津橋近くの川岸からは、対岸の西区川口にある住友倉庫の全容が見えます。
昭和4年(1929年)築の堂々たる近代建築で、かっこいい建物です。
前は三井倉庫の煉瓦倉庫もあったのですが、残念ながら解体されて現存しません。

中之島の西端で堂島川と土佐堀川が合流し、安治川と川の名前が変わります。
そのあたりから周囲の風景が一変、倉庫や工場が軒を並べ
護岸には大きな船が係留されているなど、「港」という風情が漂っています。
住友倉庫のある西区川口はかつては有名な河川港で、
明治時代には居留地が置かれていた所です。
戦災や時代の流れで古い建物はほとんどが失われてしまいましたが、
煉瓦造りの教会や、洋館風のアパートなど当時の面影が残っている場所もあります。

藤棚は広場だけではありません。



円形広場からさらに下流に向かって歩いたところ。
三連の太鼓橋みたいな形状の藤棚があります。
柱が石目調で凝っています。





この藤棚の藤は花房が長いタイプ。
川風に吹かれて揺れる様子はとても優雅でした。



さらに下流にもう1基。
市場東棟と業務管理棟の間あたりにあります。



JR野田駅、阪神野田駅から遠いせいか、見物客はほとんどいませんでした。
穴場です。

「野田南緑道」
住所:大阪市福島区野田1(中央市場前交差点すぐ)





野田コミュニティセンター(2015年 のだふじ)

2015-04-29 | ・野田:風景・建築・史跡
野田コミュニティセンターの藤棚は
のだふじの見どころの中で一番立派だと言われています。
先週末、お天気が良かったので見に行ってきました。

野田藤 - 大阪市福島区のだふじの会
大阪市 福島区 のだふじコーナー
大阪市福島区のだふじ祭り
福島区のだふじ祭り!(Facebook)



藤の花房が大きくて豪華、しかも藤棚自体が大きい。



花が多いので、藤棚に近づいただけでとても良い香りがします。
蜂蜜を爽やかにさっぱりさせたような甘い香り。



区内ナンバーワンと言われるのがよく分かりました。

「野田コミュニティセンター」
住所:大阪市福島区野田5-9-8

野田二丁目(2015年 のだふじ)

2015-04-26 | ・野田:風景・建築・史跡
野田二丁目の街角にある、のだふじ。

野田藤 - 大阪市福島区のだふじの会
大阪市 福島区 のだふじコーナー
大阪市福島区のだふじ祭り
福島区のだふじ祭り!(Facebook)

昨年の記事:野田二丁目(2014年 のだふじ)



うーん、昨年に比べると花が少なくて、房が短い。



「のだふじマップ」には立派な藤棚のある公共施設が主に掲載されていますが
こういう街角の「のだふじ」を見て回るのも楽しみの一つです。



近隣の古い長屋や町家を見て歩くのも楽しいです。

野田二丁目(2014年 のだふじ)

2014-04-25 | ・野田:風景・建築・史跡
大阪福島区のだふじ祭り
大阪市福島区「野田藤」発祥の地 のだふじの会
『福島ズボラーヌ:福島区の花「のだふじ」

「のだふじマップ」には掲載されていない、街角ののだふじです。



小さい木製のプランターに植えられており、昔はこじんまりとしていたのですが
その後、すくすくと大きくなりました。



花のつきもどんどん良くなり、今ではなかなか豪華な眺めです。



毎年、目に見えて成長しているのがよく分かります。
(今までの記録は、『福島区の花「のだふじ」』にまとめています。)

野田五丁目(3)

2013-07-25 | ・野田:風景・建築・史跡
野田小学校近く。



シンプルな形状のうだつが付いた建物。
落ち着いた色合いなので、ポストの赤が際立っています。



明治以降、旧来の市街地(いわゆる大坂三郷など)周辺地域も
住宅地として開発されるようになりました。
それまで近郊農村だった福島区もたくさんの住宅や商店が立ち並ぶ
市街地へと変化しました。

1898年(明治31年)に開通した西成鉄道の野田駅南側にあたる地域、
旧町名で言うと野田玉川町、大野町周辺が開発の時期が早かった場所だそうです、
大野町は廃止された町名ですが、大野町公園(野田五丁目)に名前が残っています。
(西成鉄道→1906年に国有化=西成線→現在の大阪環状線の一部)



福島区の道は市内中心部(天満や船場、島之内など)とは違い、
整然とした碁盤の目にはなっていません。
これは農村時代の田んぼの畔道がもとになっているからだそうです。



「大阪市パノラマ地図」大正12年(1923年)


※「福島区の風景・街並み

野田三丁目(8)

2013-07-22 | ・野田:風景・建築・史跡
環状線車窓から見える箱軒の建物。



写真を見て気が付きましたが、ドアに貼り紙が貼られている…。
何て書いてあったんやろ。

「COFFEE HOUSE ROCKET(ロケット)」
住所:大阪市福島区野田3-15-11



近くには石畳の小道が残っていました。



「Yahoo!地図」現在(2013年7月)の野田駅周辺。



「最新大大阪市街地圖」昭和16年(1941年)

JR野田駅の場所は、現在と戦前では少しずれています。
現在の駅よりも少し西九条側にありました。
高架駅になったのが昭和39年(1964年)ですから、
そのタイミングで駅舎の位置が変わったのかな?

この喫茶ロケットのあたりが小さい商店街になっています。
古い商店建築らしき長屋がたくさんありますので、
昔はこの辺りが駅前商店街だったのでしょう。

※「福島区の風景・街並み