七里の渡しの帆船(ほふね)が宮の宿場に着いた。三太と新平は商人(あきんど)風の旅人のところへ駆け寄り、褒美と言って二両戴いた礼をした。
「わいは三太、この子は新平だす、江戸京橋銀座の福島屋のお店(たな)に奉公します」
「そうかい、私は熱田(あつた)神宮さんの近くで、米問屋を営んでおります尾張屋正衛門と言います、またお逢いすることも有るでしょう、気をつけて行きなさい、京橋銀座の福島屋さんですな、覚えておきましょう」
「おおきに、有難う御座いました」
溺れるところを救った子供と、その母親は、三太と新平のところへ挨拶に来た。
「子供を助けて貰ったうえに、小判まで頂戴しまして本当に有難う御座いました」
「三太さん、新平さん、俺寛吉です、もっと大きくなったら逢いに行きます」
「ほんならちょっと待っていてや、鷹之助先生が持たせてくれた矢立があるから、お店の名前を書いてあげる」
「今は字が読めませんが、勉強します」
「わいも、漢字は書かれしまへんのや」
宮宿は、尾張の国であり、東海道一の大きな宿場町である。三太と新平は、熱田(あつた)の町見物と食べ物の匂いに釣られて出かけた。「わっいい匂い」、「わっ旨そう」と叫びながら歩いていると、両替商が目についた。船上で尾張屋正衛門に戴いた一両を二分と八朱に両替して貰い、懐の巾着から手数料を払った。
「鰻(うなぎ)という魚を食べてみたい」
「みたい、みたい」
腹が空いていたので、二人前百六十文払って「ひつまぶし」を食べることにした。
「正衛門さん、いただきます」
「いただきます」
二人は小さい手を合わせて、頭を下げた。二人とも初めて食べる味であった。ご飯が見えないくらいに鰻の蒲焼が並べられていた。
「すごく旨い、世の中にこんな旨いものがあったのやなあ」
新平は、食べながら涙ぐんでいる。
「正衛門さんみたいな金持ちなったら、こんなのを毎日食べられるのかなあ」
「あたりまえや」
櫃まぶしで、お腹いっぱいになった筈なのに、外郎(ういろう)を売っている店をみつけると二本買った。道から逸れた路地の床机に腰をかけて外郎を食べていると、二十四、五の女が路地に飛び込んで来た。
「男に命を狙われています、匿ってください」
女は手を合わせて懇願し、積まれた防火桶の後ろに身を隠した。間、髪を入れずに、侍が追ってきた。
「おい、坊主、いま女が此処へ逃げて来なかったか?」
「へえ、誰も」
「きません」
「そうか、やつはくノ一らしい、屋根の上に跳び上がって逃げたかも知れぬ」
侍は、慌てて走り去った。
「お姉さん、くノ一か?」
「坊たち御免な、私は掏摸や盗人ではありません、訳あって何も言えませんが信じてください」
「宜しおます、姉ちゃんは悪人やなさそうだすから」
「へえ、おおきに、坊たちは旅人姿だすけど、どちらへ?」
「あれっ、お姉ちゃん、上方弁になった」
「上方言葉と、江戸言葉の両方使えるのどすえ」
「あ、今度は京言葉や」
「あっちは、尾張言葉も使えるのや、外郎は美味しいやか?」
「あのねえ、命を狙われているのに、ここで遊んでいてええのか?」
「あっ、忘れとった、坊たち、これからどちらへ?」
「江戸だす」
「丁度良かった、お願いですから、三河の国へ行くまで、私の子供になってくれませんか?」
「丁度良かったって、わいらも命を狙われるやないか」
「ばれた時は、私が脅迫してやらせたと言ってください、私は命を捨てて二人を護ります」
「池鯉鮒(ちりゅう)の宿までやな?」
「そこには、私の仲間がまっています」
「わかった、おっ母ちゃん、抱っこ」
「親分、いやらし」
「いやらしいものか、おっ母ちゃんやで」
熱田の町には未練が残る三太と新平だったが、女の命に関わることなので我慢をして池鯉鮒まで付き合うことにした。
「あ、待って、おっ母ちゃん足が速すぎや、子供放っといて先先行ってしまうやないか」
「堪忍や、勝手に足が動きよりますねん」
「やっぱりなあ」
熱田の町なかを東海道に向けて歩いていると、三太たちの前の方をシャナリシャナリと様子を作って歩く商家の奥様風の女が行く。
「おっ母ちゃん、あの人綺麗やなあ、匂い袋の香りが歩いた後に残っとります」
「ほんまや、良家のご新造さんのようだすなあ」
「お伴を二人連れとる」
「あのような美しい女のことを花に例えて、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花と言いますのやで」
話ながら歩いていると、町人の男が一人近寄ってきた。
「おめえたち、あの御仁を知っていなさるのか?」
「いえ、知りません」三太が相手をする。
「あの御仁は、このへんでは有名な川上の後家さんや」
「綺麗なお姉さんやなあ」
「そう思うやろが、ところが前に回って顔を見てきなさい」
三太と新平は。パタパタっと走って川上の後家さんの前に回って「わっ」と、驚いている。
「まあ、なんや、このお子たちは?」
後家さんの伴の者が答える。
「近所の子共たちや、坊や達どうしたのです?」
「ん? あの…、綺麗なお姉さんやなぁと思うて、見惚れていました」
後家さんが「綺麗」に反応した。
「まあ、綺麗やなんて、子供は正直やね」
「お姉さんのように綺麗な人のことを、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花というのです」
「有難う、これは御茶の席で出たお菓子や、おたべなさい」
「綺麗なお姉さん、有難う」
「どういたしまして」
三太と新平が、元のところへ戻って来た。先程の男も待っていた。
「どうや、美しかったか?」
「赤い顔して、山で獲れた猿みたいやった」
「おいら、おしっこちびった」と、新平。
「わあ、ろくろ首以来やなあ」
男は笑って言った。
「後家さんの前で、猿やと言わなかったか?」
「うん、言うてない」
「そら良かった、あの後家さんの前で、猿なんて言ったら、呪い殺されるところや」
宮宿を離れ、鳴海の宿に向う途中で、五人の武士が追ってきた。「キッ」と身構えようとする女を手で制して三太が言った。
「刃向ったら負けです、母子を通しましょ」
あっと言う間に追いつかれた。
「おい女、どこへ行く?」
「へえ、池鯉鮒の親戚の家に、この子等を預けに行きます」
答えるが早いか、武士の一人が剣を抜くといきなり女に斬りかかった。だが刀の峰は返って女の腰で止っていた。
「あ痛っ、御無体な、わたいが何をしたと言うのです」
「おっ母ちゃん、恐い」
三太と新平が女に抱きついた。
「恐いことあらしません、そやかて、わたいらは何も悪いことをしていません」
「うん」
五人の武士達は、繁々と女を見ていたが、
「違ったようだ、許せ」
と、言葉を残して立ち去った。斬りつけたのは、くノ一かどうか確かめたようだ。
「お姉ちゃん、よう刀をかわさなかったなぁ、かわしていたらバレとったで」
「子供さん、あなたは何でも良く分かっていますね」
「わいなァ、人の心が読めるのや、お姉ちゃん、お庭番(公儀隠密)やろ」
ずばり当てられて、女は戸惑った。正体がばれると、この子たちの口を封じねばならない。女は懐の短刀に手をかけた。
「お姉ちゃん、止めとき、わいらには強い守護霊が憑いていますねん」
「正体を知られたら、相手を殺すのが私達の掟です、私もここで自害しますから許して…」
「わいら、誰にも喋らへんと言っても殺すのか」
「仕方が無いのです」
「そうか、ほんなら殺し、守護霊の新さんが黙って見てないで」
女は短刀の鞘を抜き捨てた。目を見開いて三太に斬りかかったが、その目には涙が光っていた。
暫くの間、女は気を失っていた。気がつくと「ああ、夢でよかった」と、安堵したが、自分の手には短刀が握られ、辺りを見回すと、子供が二人座っていた。
「お姉ちゃん、気がついたらしいな」
夢ではなかったが、子供は傷ついていなかった。しかし、何がどうなったのか分からない。
「お姉ちゃん、わいら先に行くわ、もうお姉ちゃんは信用できへん」
臥して泣いている女を残し、三太と新平は、さっさと行ってしまった。女は起き上がって子供達の後を追いかけようとしたが、思い直して宮宿の方へ早足に戻って行った。このまま、子供を連れて池鯉鮒の仲間のところへ行けば、仲間に子供達が殺されてしまうと思ったからだろう。
「お姉ちゃん、自害したらあかんで、生きろ、生きてお江戸でまた逢おうな」
鳴海の宿場町を歩いていて考えた。日暮れまではまだまだ時間があるので池鯉鮒の宿まで行こうか、それともここで旅籠を取ろうかと迷っていたら、先程の武士が池鯉鮒方面から引き返してきた。
「お前達、母親はどうした」
「あれ買え、これ買えと愚図ったら、怒って先に行ってしましましたんや」
「出逢わなかったぞ」
「怒った振りをしても子供のことが心配で、どこかそこらに隠れてわいらのことを見ていると思います」
「さようか、逸れないようにしっかり付いて行くのだぞ」
「おっ母ちゃんは気が短いから、怒らすと何時もこうだす」
結局二人は鳴海の宿を素通りして、池鯉鮒の宿まで歩くことにした。
第十六回 熱田で逢ったお庭番(終)-続く- (原稿用紙14枚)
「チビ三太、ふざけ旅」リンク
「第一回 縞の合羽に三度笠」へ
「第二回 夢の通い路」へ
「第三回 追い剥ぎオネエ」へ
「第四回 三太、母恋し」へ
「第五回 ピンカラ三太」へ
「第六回 人買い三太」へ
「第七回 髑髏占い」へ
「第八回 切腹」へ
「第九回 ろくろ首のお花」へ
「第十回 若様誘拐事件」へ
「第十一回 幽霊の名誉」へ
「第十二回 自害を決意した鳶」へ
「第十三回 強姦未遂」へ
「第十四回 舟の上の奇遇」へ
「第十五回 七里の渡し」へ
「第十六回 熱田で逢ったお庭番」へ
「第十七回 三太と新平の受牢」へ
「第十八回 一件落着?」へ
「第十九回 神と仏とスケベ 三太」へ
「第二十回 雲助と宿場人足」へ
「第二十一回 弱い者苛め」へ
「第二十二回 三太の初恋」へ
「第二十三回 二川宿の女」へ
「第二十四回 遠州灘の海盗」へ
「第二十五回 小諸の素浪人」へ
「第二十六回 袋井のコン吉」へ
「第二十七回 ここ掘れコンコン」へ
「第二十八回 怪談・夜泣き石」へ
「第二十九回 神社立て籠もり事件」へ
「第三十回 お嬢さんは狐憑き」へ
「第三十一回 吉良の仁吉」へ
「第三十二回 佐貫三太郎」へ
「第三十三回 お玉の怪猫」へ
「第三十四回 又五郎の死」へ
「第三十五回 青い顔をした男」へ
「第三十六回 新平、行方不明」へ
「第三十七回 亥之吉の棒術」へ
「第三十八回 貸し三太、四十文」へ
「第三十九回 荒れ寺の幽霊」へ
「第四十回 箱根馬子唄」へ
「第四十一回 寺小姓桔梗之助」へ
「第四十二回 卯之吉、お出迎え」へ
「最終回 花のお江戸」へ
次シリーズ三太と亥之吉「第一回 小僧と太刀持ち」へ
「わいは三太、この子は新平だす、江戸京橋銀座の福島屋のお店(たな)に奉公します」
「そうかい、私は熱田(あつた)神宮さんの近くで、米問屋を営んでおります尾張屋正衛門と言います、またお逢いすることも有るでしょう、気をつけて行きなさい、京橋銀座の福島屋さんですな、覚えておきましょう」
「おおきに、有難う御座いました」
溺れるところを救った子供と、その母親は、三太と新平のところへ挨拶に来た。
「子供を助けて貰ったうえに、小判まで頂戴しまして本当に有難う御座いました」
「三太さん、新平さん、俺寛吉です、もっと大きくなったら逢いに行きます」
「ほんならちょっと待っていてや、鷹之助先生が持たせてくれた矢立があるから、お店の名前を書いてあげる」
「今は字が読めませんが、勉強します」
「わいも、漢字は書かれしまへんのや」
宮宿は、尾張の国であり、東海道一の大きな宿場町である。三太と新平は、熱田(あつた)の町見物と食べ物の匂いに釣られて出かけた。「わっいい匂い」、「わっ旨そう」と叫びながら歩いていると、両替商が目についた。船上で尾張屋正衛門に戴いた一両を二分と八朱に両替して貰い、懐の巾着から手数料を払った。
「鰻(うなぎ)という魚を食べてみたい」
「みたい、みたい」
腹が空いていたので、二人前百六十文払って「ひつまぶし」を食べることにした。
「正衛門さん、いただきます」
「いただきます」
二人は小さい手を合わせて、頭を下げた。二人とも初めて食べる味であった。ご飯が見えないくらいに鰻の蒲焼が並べられていた。
「すごく旨い、世の中にこんな旨いものがあったのやなあ」
新平は、食べながら涙ぐんでいる。
「正衛門さんみたいな金持ちなったら、こんなのを毎日食べられるのかなあ」
「あたりまえや」
櫃まぶしで、お腹いっぱいになった筈なのに、外郎(ういろう)を売っている店をみつけると二本買った。道から逸れた路地の床机に腰をかけて外郎を食べていると、二十四、五の女が路地に飛び込んで来た。
「男に命を狙われています、匿ってください」
女は手を合わせて懇願し、積まれた防火桶の後ろに身を隠した。間、髪を入れずに、侍が追ってきた。
「おい、坊主、いま女が此処へ逃げて来なかったか?」
「へえ、誰も」
「きません」
「そうか、やつはくノ一らしい、屋根の上に跳び上がって逃げたかも知れぬ」
侍は、慌てて走り去った。
「お姉さん、くノ一か?」
「坊たち御免な、私は掏摸や盗人ではありません、訳あって何も言えませんが信じてください」
「宜しおます、姉ちゃんは悪人やなさそうだすから」
「へえ、おおきに、坊たちは旅人姿だすけど、どちらへ?」
「あれっ、お姉ちゃん、上方弁になった」
「上方言葉と、江戸言葉の両方使えるのどすえ」
「あ、今度は京言葉や」
「あっちは、尾張言葉も使えるのや、外郎は美味しいやか?」
「あのねえ、命を狙われているのに、ここで遊んでいてええのか?」
「あっ、忘れとった、坊たち、これからどちらへ?」
「江戸だす」
「丁度良かった、お願いですから、三河の国へ行くまで、私の子供になってくれませんか?」
「丁度良かったって、わいらも命を狙われるやないか」
「ばれた時は、私が脅迫してやらせたと言ってください、私は命を捨てて二人を護ります」
「池鯉鮒(ちりゅう)の宿までやな?」
「そこには、私の仲間がまっています」
「わかった、おっ母ちゃん、抱っこ」
「親分、いやらし」
「いやらしいものか、おっ母ちゃんやで」
熱田の町には未練が残る三太と新平だったが、女の命に関わることなので我慢をして池鯉鮒まで付き合うことにした。
「あ、待って、おっ母ちゃん足が速すぎや、子供放っといて先先行ってしまうやないか」
「堪忍や、勝手に足が動きよりますねん」
「やっぱりなあ」
熱田の町なかを東海道に向けて歩いていると、三太たちの前の方をシャナリシャナリと様子を作って歩く商家の奥様風の女が行く。
「おっ母ちゃん、あの人綺麗やなあ、匂い袋の香りが歩いた後に残っとります」
「ほんまや、良家のご新造さんのようだすなあ」
「お伴を二人連れとる」
「あのような美しい女のことを花に例えて、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花と言いますのやで」
話ながら歩いていると、町人の男が一人近寄ってきた。
「おめえたち、あの御仁を知っていなさるのか?」
「いえ、知りません」三太が相手をする。
「あの御仁は、このへんでは有名な川上の後家さんや」
「綺麗なお姉さんやなあ」
「そう思うやろが、ところが前に回って顔を見てきなさい」
三太と新平は。パタパタっと走って川上の後家さんの前に回って「わっ」と、驚いている。
「まあ、なんや、このお子たちは?」
後家さんの伴の者が答える。
「近所の子共たちや、坊や達どうしたのです?」
「ん? あの…、綺麗なお姉さんやなぁと思うて、見惚れていました」
後家さんが「綺麗」に反応した。
「まあ、綺麗やなんて、子供は正直やね」
「お姉さんのように綺麗な人のことを、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花というのです」
「有難う、これは御茶の席で出たお菓子や、おたべなさい」
「綺麗なお姉さん、有難う」
「どういたしまして」
三太と新平が、元のところへ戻って来た。先程の男も待っていた。
「どうや、美しかったか?」
「赤い顔して、山で獲れた猿みたいやった」
「おいら、おしっこちびった」と、新平。
「わあ、ろくろ首以来やなあ」
男は笑って言った。
「後家さんの前で、猿やと言わなかったか?」
「うん、言うてない」
「そら良かった、あの後家さんの前で、猿なんて言ったら、呪い殺されるところや」
宮宿を離れ、鳴海の宿に向う途中で、五人の武士が追ってきた。「キッ」と身構えようとする女を手で制して三太が言った。
「刃向ったら負けです、母子を通しましょ」
あっと言う間に追いつかれた。
「おい女、どこへ行く?」
「へえ、池鯉鮒の親戚の家に、この子等を預けに行きます」
答えるが早いか、武士の一人が剣を抜くといきなり女に斬りかかった。だが刀の峰は返って女の腰で止っていた。
「あ痛っ、御無体な、わたいが何をしたと言うのです」
「おっ母ちゃん、恐い」
三太と新平が女に抱きついた。
「恐いことあらしません、そやかて、わたいらは何も悪いことをしていません」
「うん」
五人の武士達は、繁々と女を見ていたが、
「違ったようだ、許せ」
と、言葉を残して立ち去った。斬りつけたのは、くノ一かどうか確かめたようだ。
「お姉ちゃん、よう刀をかわさなかったなぁ、かわしていたらバレとったで」
「子供さん、あなたは何でも良く分かっていますね」
「わいなァ、人の心が読めるのや、お姉ちゃん、お庭番(公儀隠密)やろ」
ずばり当てられて、女は戸惑った。正体がばれると、この子たちの口を封じねばならない。女は懐の短刀に手をかけた。
「お姉ちゃん、止めとき、わいらには強い守護霊が憑いていますねん」
「正体を知られたら、相手を殺すのが私達の掟です、私もここで自害しますから許して…」
「わいら、誰にも喋らへんと言っても殺すのか」
「仕方が無いのです」
「そうか、ほんなら殺し、守護霊の新さんが黙って見てないで」
女は短刀の鞘を抜き捨てた。目を見開いて三太に斬りかかったが、その目には涙が光っていた。
暫くの間、女は気を失っていた。気がつくと「ああ、夢でよかった」と、安堵したが、自分の手には短刀が握られ、辺りを見回すと、子供が二人座っていた。
「お姉ちゃん、気がついたらしいな」
夢ではなかったが、子供は傷ついていなかった。しかし、何がどうなったのか分からない。
「お姉ちゃん、わいら先に行くわ、もうお姉ちゃんは信用できへん」
臥して泣いている女を残し、三太と新平は、さっさと行ってしまった。女は起き上がって子供達の後を追いかけようとしたが、思い直して宮宿の方へ早足に戻って行った。このまま、子供を連れて池鯉鮒の仲間のところへ行けば、仲間に子供達が殺されてしまうと思ったからだろう。
「お姉ちゃん、自害したらあかんで、生きろ、生きてお江戸でまた逢おうな」
鳴海の宿場町を歩いていて考えた。日暮れまではまだまだ時間があるので池鯉鮒の宿まで行こうか、それともここで旅籠を取ろうかと迷っていたら、先程の武士が池鯉鮒方面から引き返してきた。
「お前達、母親はどうした」
「あれ買え、これ買えと愚図ったら、怒って先に行ってしましましたんや」
「出逢わなかったぞ」
「怒った振りをしても子供のことが心配で、どこかそこらに隠れてわいらのことを見ていると思います」
「さようか、逸れないようにしっかり付いて行くのだぞ」
「おっ母ちゃんは気が短いから、怒らすと何時もこうだす」
結局二人は鳴海の宿を素通りして、池鯉鮒の宿まで歩くことにした。
第十六回 熱田で逢ったお庭番(終)-続く- (原稿用紙14枚)
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「第二十八回 怪談・夜泣き石」へ
「第二十九回 神社立て籠もり事件」へ
「第三十回 お嬢さんは狐憑き」へ
「第三十一回 吉良の仁吉」へ
「第三十二回 佐貫三太郎」へ
「第三十三回 お玉の怪猫」へ
「第三十四回 又五郎の死」へ
「第三十五回 青い顔をした男」へ
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「第三十八回 貸し三太、四十文」へ
「第三十九回 荒れ寺の幽霊」へ
「第四十回 箱根馬子唄」へ
「第四十一回 寺小姓桔梗之助」へ
「第四十二回 卯之吉、お出迎え」へ
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