雑文の旅

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第二十五回 小諸の素浪人

2014-07-29 | 長編小説
 二回目の賽が振られた。三太からの指示は「丁」
   「丁だ」
 ツボ振りがツボを開こうとしたとき、一瞬だが眩暈(めまい)がしたようである。だが、相手に気付かれまいとしてか、何事も無かったように怪しげな手つきでツボを開いた。
   「にぞうの丁」
 ツボ振りが少し首を傾げた。これで一対一である。

 三回目の賽が振られた。勝負はこれで決まる。三太からの指示は「半」
   「半だ」
 山村堅太郎は、一声大きく半の目に賭けた。ツボを開こうとしたツボ振りは、またしても眩暈に襲われた。
   「ゴケの半」
 
 ツボ振りは慌てた。こんな筈はないと思ったのだ。
   「いかさまだ!」
   「おかしな事を言うではないか、拙者は賽にもツボにも手を触れておらん」
   「わしに術をかけただろ」
   「術でお前のいかさまを封じたとでも言うのか」
 ツボ振りは、黙り込んだ。
   「三十二両分のコマだ、ショバ代二両差っ引いて三十両貰って行くぜ」
 
 他の客が見ている場所で、いちゃもんをつけるのはまずいと思ったのか、三十両は渡してくれた。山村と三太が外へ出て間もなく、六人の子分達がばらばらっと飛び出して追ってきた。
   「おい、何かイカサマをやっただろ、勝ち止めはさせねえぜ」
   「どうする気かね」
   「決まっている、ここで腕の一つもぶった切ってやる」
 長ドスを抜いて、山村堅太郎に向けた。
   「山村さん、ここからはわいの出番や、そっちへ退いていてや」
 三太が山村の前に飛び出し、両手を広げた。
   「ガキは、引っ込んでおれ」
   「へん、ガキはガキでも、そんじょ其処らのガキと違うのや」
 一人の子分が三太を追い遣ろうとドスの切っ先を下げて三太を掴まえようとした時、三太はスルッとしゃがんで身を交わし、木刀で男の足を払った。
   「痛てェ、この糞ガキめ」
 だが、その後、男はクルっと後ろを向くと、仲間にドスを向けた。新三郎が男の生魂を追い出して自分が男の魂として収まったのだ。
   「こら、何をするのだ、喧嘩の相手が分からなくなったのか」
   「喧しい、わしは悪者を退治するのじゃい」言ったのは新三郎である。
   「馬鹿、わし等はお前の仲間だ」
 男は聞く耳を持たず、仲間に斬りつけた。返り討ちに遭い、チョコッと肩口を切り付けられると、気を失って倒れた。斬りつけた男もまたおかしくなって、ドスを仲間に向けた。
   「こらっ、ちょっと待て、あのガキを見てみろ、仲間内で遣りあっているわしらを見て、ゲラゲラ腹を抱えて嗤っているではないか」
 仲間にドスを向けた二人目の男も聞く耳を持たず、仲間にチョンと切っ先で腕を突かれて気を失った。
   「こらっ、そこのガキ、お前は狐か?」
 三太が「コン」と鳴き真似をすると、三人目の男はその場に崩れて気を失った。
 
   「なんでい、だらしねえ兄貴たちだなあ」
 残りの三人が、一斉にドスを翳して三太に向って走ってきたが、真ん中の一人は一瞬足を止めると、ドスの峰で前を行く二人の頭を次々と叩いた。
   「痛てえ、何をしやがる」
 どうやら新三郎、二人を相手に暴れたくなったようである。これまた仲間である筈の男が、ドスを構えて真剣な顔付きで向って来る。
   「待ってくれ、お前は狐に操られているのだ、頼む、正気に戻ってくれ」
 二人は堪らず、賭場の親分の元へ駆け込んだ。   
   「親分、てえへんです、あの父子は狐ですぜ」
   「馬鹿野郎! 何を寝呆けたことを言ってやがる」
   「あの小僧の強いこと、人間業とは思えねぇ」
   「だから狐だと言うのか」
   「ツボ振りのいかさまを封じたことと言い…」
   「何をぬかしやがる、客の前だぞ」
 親分は平手打ちをこの子分に一発かました。
   「いかさまだと、この賭場はいかさまをしていたのか」
 客が騒ぎ出した。
   「いかさまだ、いかさまだ、金返せ」
 そこへ三太が一人で入ってきた。
   「われは、御饌津神(みけつしん)が遣わしたる狐である」
   「このガキ、子分どもを誑かしよって」
   「ガキとは何事、神をも恐れぬ戯け者め、天罰じゃ」
 突然、親分が阿波踊りのように踊りだした。これには、子分達ばかりか客達も驚いた。
   「祟りじゃ、お狐さまの祟りじゃ」
 そこで三太は厳かに、
   「負けたものは、取られた分を返してもらいなさい、勝ったものは戻さなくてもよろしい」
 
   「新さん、引き上げようや」
 三太は踊っている親分に囁いた。途端に親分はグニャリとなって崩れ落ちた。


 その夜、旅籠の部屋で三太達は遅くまで話をしていた。山村堅太郎の先々のことが三太の気になったのだ。三太というよりも、新三郎が同郷のよしみで気に掛けていたのである。
   「結局、三十両手に入りました」
   「わいが出した元手一両を引かなあかんがな」
   「あ、これは失敬、二十九両でした。
   「わいは、一両返してくれたらそれでええ、二十九両は、山村さんにやる」
   「そんな、せめて折半で…」
   「かまへん、かまへん、銭儲けはわい等でまた考える」
   「忝い」
   「そやけど、博打でもっと増やしたろと思ったらあかん、博打は一度きりにしいや」
   「はい」
   「女郎買いも、はまってしまったらあかん、二十九両なんかすぐに無くなる」
 新平が突っ込んだ。
   「親分も」
   「アホ、わいに女郎買いが出来るのか」

 三太は思いついて山村に声を掛けた。
   「上田藩と小諸藩は近くですやろ」
   「そうだ、隣の藩だ」
   「上田藩に、佐貫三太郎と言うお侍が居ますのや」
   「どのような御仁でしょう」
   「上田藩士で、わいの先生の兄上や、他人が難儀しているのを放っておけないお人よしだす」
   「善い人のようですね、だが見ず知らずのお方を頼って行く訳にはいかないが」
   「わいがこれから棒術と商いを教えて貰う師匠の親友でもあるのや、師匠に紹介して貰おう」
   「父上の切腹は十四年も前のことだし、お狐さんでさえも今更どうにもならないよ」
 お狐三太は考えたのだ。三太の師となるべく京橋銀座の福島屋亥之吉に会い、信州上田藩の佐貫三太郎に一筆認(したた)めてもらおうと言う魂胆である。自分のことであれば、他人の褌で相撲をとるようなものだが、ことは自分の手が届かない侍の世界のことである。佐貫鷹之助先生の自慢の兄上であるから、必ず引き受けてくれて、悪い様にはしない筈である。これは三太の一存ではなく、以前は佐貫三太郎の守護霊であった新三郎の入れ知恵であることは言うまでもない。
   「山村さん、わい等を連れて旅をしていては路銀も時間もかかりますやろ」
 おとなの早い足で一足先に江戸へ行き、自分の思いを三太郎に手紙で伝えてもらい、返事を待ってから上田に向わせるか、紹介状を持たせて即刻上田に向って貰うか、師匠の亥之吉にお願いしてみようと思ったのだ。
   「師匠にわい等のことを訊かれたら、後半月はかかりそうだと答えてください」
   「何故、連れてきてはくれなかったと咎められたら…」
   「わい等の足でゆっくりと歩き、見聞を広げて江戸に着きたいと言っていたとか何とか言っといてください」
   「そうか、最後の自由を楽しみたいのだな」
   「へへへ」
 
 翌朝、一足先に江戸へ向う山村堅太郎に別れを告げた。



 話は飛ぶが、山村堅太郎は京橋銀座の雑貨商福島屋に着いた。京橋銀座で通りがかりの人に尋ねると、「ああ、それなら…」と即、答えてくれた。
   「立派なお店だなあ」
 堅太郎の気持ちは、萎縮気味であった。自分は痩せても枯れても武士なのだと自分を奮い立たせて店に飛び込んだ。
   「いらっしゃいませー」
   「済まぬ、客ではないのだ、ご主人の亥之吉さんにお逢いしたい」
   「へーい、ただ今お呼びします」
 暫くして、前垂れ姿の若い男が、暖簾を掻き分けて出てきた。
   「へい、お待たせしました、わたいが亥之吉でおます」
 三太と同じ、べたべたの上方訛りである。
   「旅の途中で、三太さんという子供さんに出会いまして…」
   「ああ、三太だすか、ここへ来るはずだすのに、遅いから何かあったのではないかと心配しておりました」
   「三太さん達は、お元気でした」
   「さよか、それは良かった、それでどこに来ていますのかな?」
   「それが浜松宿で、わい等はゆっくりと歩き、見聞を広げて江戸に行くから先に行ってくれと言われまして」
   「あいつ、物見遊山の旅やと思っているらしい、先が思い遣られますわ」
   「でも、しっかりした強い子供さんです」
   「さよか? ところでさっき、三太さん達と言いはりましたが、連れがいましたか?」
   「はい、新平という同い年の男の子が」
   「へー、どこの子やろ、鷹之助さんからは、何も伺っとりませんが、さて?」
 山村堅太郎は、事情をすべて話し、佐貫三太郎さんを紹介してもらうように頼んだ。
   「あのお節介焼きの三太、三太郎さんにそっくりだすわ、いえ、三太と三太郎さんは他人でっせ」
 そのお人好しの、お節介焼きが、亥之吉には気に入っているらしい。

   「宜ろしおます、すぐに佐貫三太郎さんに手紙を認(したた)めます、返事が来るまで、我が家でゆっくりしておくれやすや」
 この亥之吉さんも、お人好しのお節介焼きに相違ないと思う山村堅太郎であった。

 自分は不幸を背負って生まれて来て、四面楚歌で天涯孤独な自分だと諦めていたが、世の中、善い人も居るものだと、前途に少し灯りが射した思いがした。もし、佐貫三太郎からの返事が、たとえダメであっても、決して恨まずに生きていこうと心に決めた山村堅太郎であった。


 時は戻って、三太と新平は、袋井宿辺りでうろちょろしていると、何処からか三太を呼ぶ声が聞こえた。 
   「三太さん、三太さん、俺、狐です」
 草叢からキツネ色の狐が飛び出した。
   「へ? 狐? 名前は?」
   「まだ無い」
   「どこで生まれたの?」
   「頓と見當がつきません」
   「この辺の山の中やろけど」
   「薄暗い、じめじめした所でクウンクウンと啼いて居た事丈は記憶して居るのですが」  
   「わい等、この一節どこからかパクってないか?」
   「気の所為ですよ」  
   「わいが名前をつけたる、コン吉はどうや?」
   「三太さん、そんな在り来りの名前は嫌ですよ」
   「何でわいの名前を知っているのや」
   「餌を求めて里をうろついていたとき、三太さんの昨夜の活躍を見たのですよ」
   「あはは、見られていたのか」
   「コンと一声啼いて、大の男を気絶させた」
   「コン吉も、人間に化けられるやろ」
   「まだ出来ません」
   「油揚げが大好物か?」
   「三太さんは油揚げ好きですか? 食べないでしょ、それは嘘ですよね」
 狐とお喋りしていると、新平が突然怒ったように大声を上げた。
   「親分、新さんと話すときは口に出さないでくれます?」
   「新さんと話していないよ」
   「じゃあ、独りごとですか? 気持ちが悪いなあ」
   「ん? 新平には見えなかったのか?」
   「何を?」

  第二十五回 小諸の素浪人(終) -次回に続く- (原稿用紙16枚)

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