ナチスドイツの黒い影に追われながら、苦心惨憺ドイツ脱出、フランス官憲(ナチ傀儡政府ビシー)の目を逃れ、スペイン(ここもナチ同調ファシストが軍事支配している)を通過してポルトガル、南米キューバ、パナマ、メキシコへ、この逃避行については多くの証言が残されているが、主にドイツからの亡命知識人の援助に勤しんだ、ハンス、リーザ・フィトコ夫妻周辺の事実譚を綴った「ベンヤミンの黒い鞄」(リーザ・フィトコ著)はつとに有名ではある。
ベンヤミンはあのヴァルター・ベンヤミンであり、彼がフィトコ夫妻の援助でそのナチからの逃亡(ドイツ占領時のフランス)を敢行しながら(スペイン入国を拒絶された後)ピレネー山中で謎の死を遂げた(服毒自殺とも暗殺ともいわれる)ことは、この記録のメインテーマになってはいるが、ある種の象徴ともいえ、彼が後生大事に抱えていた「黒い鞄」の中には膨大な彼の著作原稿(「歴史の概念について」か)があったということからも、当時のユダヤ系知識人が置かれた差し迫った状況が朧げに浮かび上がり、こんにちこうした悪環境が齎される事態とはどのように想像されるか、少しく示唆されるところがある、と考える。例えば辺野古崎でこの国が国を挙げて民主活動家の行動の抑止と締め出しのために官憲権力行使に血道を上げているあの在り様は、まさしく国家が人民の意思に対して弾圧にかかっている本性をまざまざと見せつけている。国家上層部の命令下達は機械的に末端に達し、下部構造にあっては、冷酷なほどに職務に忠実な効率的業務遂行方針に則り、そこに介在する人民の生(なま)の生活領域に対する配慮は微塵も見せないことになる。これが国家主義の最大の罪過にほかならない。机上の空想に過ぎない軍事思想の現実的な具体化は、恐らくは確実に大多数の人民を淘汰して止まない。我々はあの大戦を通し、沖縄戦の語りを通じて、こうした軍事的な国家施策の持つ非人間性、非人道性、あるいは人民淘汰性のことを否応なく学んだ。
ナチス的なものは決してヒトラーの死で終わったのでない。アイヒマンはそこらじゅうにいる。(つづく)