読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

川上弘美の『なめらかで熱くて甘苦しくて』

2023年02月05日 | 読書

◇『なめらかで熱くて甘苦しくて

  著者:川上弘美     2013.2 新潮社 刊

  

  芥川賞作家川上弘美さんの作品を読んだのは『センセイの鞄』が初めてである。
 本書はまず題名が奇抜で特に甘苦しいという感覚表現が新鮮というか、こういう捉
 え方にはじめてお目にかかるので気になって読んでみた次第である。
  
  川上弘美の「ヰタ・セクスアリス」などと紹介されているが、そもそもこの小説
 ではセックスなど重きをおいていないからそんな目で見るほどのことではないので
 はないかと思う。
  おなじみの時空間が飛んでいる、摩訶不思議な世界を描き出す川上センセイの
 掌篇集である。

 <aqua>
  小学校、中学、高校という成長過程の経験の数々、田中水面と田中汀。電車や野
 道であった痴漢行為、中学受験、初潮、父の不倫と母親の自殺未遂。まだ人間が中
 途半端にしかできていない少年少女らの、狭い世界でのひと達との間で揺れ動く感
 情の交錯が語られている。

   < terra>
  私と沢田という男とは白い糸で結ばれている。儚くて弱い。その沢田のアパート
 の隣室に住む加賀美という子が交通事故で死んだと言って、沢田は落ち着かない。
 二人は出来てたのかと聞くとそうだという。
    身寄りがないというので、なけなしの金を出して大家さんと葬式を出す。二人
 で加賀美の郷里山形に骨壺を届けに行く。
 「つまらないな、死ぬと」と沢田が言った。私も泣いた。死ぬときはいつも半端。
 誰でも半端。

    <aer >
  妊娠して、つわりになって、子どもを産んだ。男の子だった。子供ができると
 男は必要でなくなる。他の動物と同じだ。初乳、離乳食と松田道夫先生の『育児
 の百科』に忠実に従って育てているうちに「この子を殺してしまったらどうしよ
 う」という思いがまたぶり返す。強迫観念。自分の分身という一体感、可愛い、
 愛するという依存関係から次第に支配関係ができるが、息子はどんどん大きくな
 って自分の支配から逃れていく。出産と育児、親子関係の存在確認に向かう独特
 の心理分析。 

    <igns>
  青木という元デパート店員と同棲している元ホステスの女。同棲30年である二
 人のなれ初めと微妙な心理的交錯が、二人の日常的散歩道の風景に表象されてい
 る。
  青木に女が出来たらしい。問われると「会ってる、ときどき」などと答える。
 私は嫉妬する。なぜ鬼の形相にならないのか。自分もほかの男(ギターの流し)
 と寝たからか。青木の姿が時々光る話が割と頻繁に出る。生命力の発現を表現し
 ているのかと思う。
  作者独特の表現と無駄をそぎ去った切れ味の良い文体で語られる。

   <mundus>
  待ちに待った「甘苦しい」が出てきた。だがその実体もこの感覚の生ずる背景
 も分からない。何よりも文中の「それ」という存在がマカ不思議で、自在に現れ
 たり消えたりし、その立ち位置ががさっぱり分からない。背後霊的なものかとも
 思うが違う気もする。
  「それ」は黒地に黄色い線が入った羽を持ち、雨の降る日は重くなった体を横
 たわらせ、子供をじっと見つめる。子供は「甘苦しい」気持ちになったというの
 だが…。
                           (以上この項終わり)
 

 

   

 

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