読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

パット・パーカーの『女たちの沈黙』

2023年12月01日 | 読書

◇『女たちの沈黙』(原題:The Silence of Girls)

   著者:パット・パーカー(Pat Parker)

   訳者:北村 みちよ    2023.1 早川書房 刊

  
 西洋文学の巨頭ホメロスによるギリシャの「イリアス」という戦争叙事詩
を、奴隷となった女性たちの視点からトロイア戦争の前後の出来事を描いた
長編小説である。

 「イリアス」の主要人物と言えばアキレウスを初めアガメンノンなど男が
主役であるが本書では攻略されたリュルネソスというトロイ近郊の王国の王
妃プリセイスなど女性たちが戦争捕虜として囚われ、戦利品としてギリシャ
連合軍のために働らかされる。リュネソスなど高貴な出の女性は側女として、
その他は奴隷としてトロイを攻める側のために働かされた。

   本書を読むにはまずトロイア戦争を頭に入れておかなければならない。今
から3000年以上前地中海で起きたとされるトロイア戦争は、古代ギリシャの
スパルタ王メネラオスの妻であるヘレネが小アジア北西部(現在のトルコあ
たり)のトロイア王子パリスに誘拐されたことに端を発している。
 ヘレネ奪還のためにメネラオスの兄アガメムノン(ミュケナイ王)を総大
将とするギリシャ連合軍は大船団を組んでトロイ攻略に繰り出した。この戦
争は10年の長きに及んだ。
 
 大筋はプリセイスの一人称により物語られるが、時折アキレウス視点によ
る三人称での語りが挿入され全体の盛り上がりを彩る。同性愛者かといぶか
るほどの親密な関係にあったアキレウスの副官パトロクロスの戦死とアキレ
ウスの嘆きの場面は圧巻である。
 アガメンノンとの確執にこだわったばかりにパトクロスを自身の影武者と
して前線に送り出ししてしまった選択を悔やむアキレウスの悲嘆である。

 ギリシャ連合軍の総大将はアガメンノンであるが、軍で人気があるのは英
雄アキレウスである。
 アキレウスは戦功によりリュルネソスの王妃プリセイスを戦利品として手
にした。総大将のアガメンノンはクリュセイス(アポロン神の神官の娘)を
戦利品とした。神官が娘を返して欲しいと懇願したが拒否した。「娘は返さ
ん。故郷から遠く離れた我が宮殿で生涯過ごしてもらう。日中は機を織り、
夜は我が床で眠り、我が子供を産み、やがて歯のない老いぼれたばあさんに
なるのだ、さあ、失せろ」
戦利品の扱いとはこうしたものだった。

 やがて船団の中に疫病が蔓延し、兵士が次々と亡くなっっていく。兵士た
ちはアガメンノンがクリュセイスを返さなかったからアポロン神の怒りに触
れたのだ。姫を返した方が良いとアガメンノンに迫る。
 アキレウスも「疫病とトロイ兵と両方とは戦えないからいっそのこと、俺
たちは故郷へ帰った方がいい」という。
 アガメンノンもこうした声に対抗できなくなりクリュセイスを返せざるを
得なくなったが、総大将の戦利品がないのはおかしい、代わりにアキレウス
の戦利品プリセイスを寄越せと無理難題を投げかけた。

 アキレ
ウスは気に入っていたプリセイスを手放す。しかし拗ねて戦闘に加
わらない。
 勇者アキレウスがいないと戦士らは戦意が上がらずアガメンノンを責める。
ついにアガメンノンはプリセイスをアキレウスに返さざるを 得なくなった。

 堪りかねた アガメンノンが、プリセイスを返すから戦列に戻ってくれとプ
ライドを押し殺し折れてきたのに、アキレウスは断った。副官のパトロクロ
スはアキレウスの真意を質すが、彼は真意を明かさない。仲がいい二人の間
に微妙な雰囲気が醸される。この間の二人のやり取りと心理描写が素晴らし
い。

 しかしアキレウスが拗ねてる間に戦況はトロイア軍が優勢となり、ついに
アキレウスの副官パトロクロスがアキレウスの甲冑を纏い影武者となってト
ロイア軍と対峙するという奇策で臨むこととなった。
 しかしパトロクロスはヘクトルと戦い非業の死を遂げる。
 愛するパトロクロスを失ったアキレウスは影武者案を受け入れた自分を責
め、慙愧の念に苛まれ何日も死骸と共に部屋に籠る。

 5日も経ち、やがて気が落ち着いたアキレウスはパトロクロスの弔い合戦
とばかりに母のアテナ(海の神)に貰った新しい甲冑を身に着け、トロイア
の総大将ヘクトルと対決する。
 アキレウスと対決したトロイアの最後にして最大の防御者、ヘクトルは死
んだ。リュルネソスから奴隷として連れてこられた女たち、洗濯小屋の女も
機織の女たち病小屋の
女たちもトロイアの末路を知り落胆した。

 戦闘がトロイアの敗北で終わってしばらくしてヘクトルの父トロイアの王
プリアモスがヘクトルの遺骸を渡して欲しいと単身アキレウスを訪れた。
 涙ながらに懇願する父親の姿に感じ入ったアキレウスは戦車の車軸に結わ
え付け陵虐した遺骸をプリセイスと共に洗い清め、王の息子らしい身繕いを
させた。
 プリセイスは荷車のヘクトルの遺骸の脇に潜み脱出を図るがトロイアに戻
ったところで再び戦争に負け奴隷に逆戻りするだけ、束の間の自由を味わう
ことにそれほどの価値があるのかと思いアキレウスの小屋に戻る。

 「なぜ戻って来たんだ」アキレウスは初めから知っていたのだ。
 「わかりません」ほかにどう答えていいのかわからなかったプリセイスは
そう答えた。
 二人は初めて同じ卓で向かい合って食事をした。
 

 アキレウスは葬送競技会を含む11日間だけトロイア軍がヘクトルの葬儀
のため休戦することをオデッセウスやアガメンノンに納得させた。

 アキレウスは父ペレウスと海の女神アテネの間の唯一の息子。母は彼が
7歳の時に海へと去った。母は偶にしか現れない。

 ある朝アキレウスは目覚め、つわりに喘ぐプリセイスから自分の子を身籠
ったことを知らされる。
 アキレウスは副官のアルキモスに「俺が死んだらお前が父親になって、お
腹の子を俺の父親の元に連れて行って欲しい」と頼む。 
  

 そして再びトロイアとの戦い。アキレウスはトロイア王国の王子パリスに
肩甲骨の間を毒矢で射られ死ん
だ(唯一の弱点踵の上の腱という説もある=
アキレス腱)。

 ギリシャ軍がトロイアに火を放って勝利した夜、祝宴の主賓はペレウスの
下で育ったアキレウスの息子ピュロス。父と共に戦うことを望んでいたのに、
すでに父は亡くなっていた。
 彼はプリアモスを倒した。その栄誉でプリアモスの娘を生贄とし父の埋葬
塚で殺す。
 プリアモスの妻ヘレネはオデュッセウスの、ヘクトルの寡婦はピュロスの戦
利品とされた。

それにしても沈黙しているのがWOMANではなくGIRLSなのが意味深である。
 
 よく知られた「トロイの木馬」を含むトロイア陥落後の出来事をやはりプリ
セイスの視点から描いたという作品がある。
(2021刊行The Women of The Troy)

                       (以上この項終わり)
 
 


 

  

 

 


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