読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

赤松利市の『鯖』

2020年06月19日 | 読書

◇ 『

      著者:赤松利市  2018.7 徳間書店 刊

  

  62歳住所不定無職の大型新人、新人にして既に熟練の味わい。と今野敏や馳星周ら
 に手放しの賛辞を贈られた第1回大藪晴彦新人賞受賞作品である。
  大藪晴彦トーンの男の世界を描いた長編。

 何しろはえなわ漁法が幅を利かせる近代漁業の中で、鯖の一本釣りという昔ながらの
漁法に誇りをもって一途に生きて来た海の男らが、したたかな女たちの手管に嵌って敢
え無く沈没するお話。男のロマンといえば格好がいいが、世間知らずの男らのお粗末話
でもある。

 一時「海の雑賀衆」と勇名をはせた一本釣り船団も一人減り二人減りで、今は船頭の
権座(65歳)のほか寅吉、留蔵、南風次、シンイチの5人だけ。もはや船団ともいえな
い。
そんな時代遅れの男らが日本海の漁場にある小さな孤島に小屋を根城にし、サバ、タイ、
偶にクエなど高級魚を釣って、漁港のある町の料亭などに卸し生活している。

 語りの中心人物はシンイチ。「ぼく」というので27・8の若造と思ったら35歳の中年男
だった。若はげ、あばた面、奥目で斜視、出っ歯、団子鼻、短駆と醜男の見本のような男。
従って人前を嫌い気が弱く僻みっぽい。だから女性から憐憫ではなくちょっと真面に扱わ
れると我を失うところがある。

何んといってもこの作品の魅力は日本海の荒波で一本釣りに生きる男たちの生き生きと
した姿だ。潮のにおい、冬の凍て雲黒々とした海流が実に浮かんでくる。この世界を生
きた男が描き出す情景が圧倒的なリアリティをもって迫ってくる。

 「割烹恵」女将枝垂恵子はもちろん、恵子が紹介してきたアンジという中国人女性も
間違いなく胡散臭く、歳は食っているもののおよそ世間知らずな男たちが、あっけなく
手玉に取られるのではと心配しながら読み進むのであるが、案の定3万匹の鯖のヘシコ
を中国富裕層に売り込むといううまい話に乗ったものの、資金元のIT長者が破綻し、
債権が移転し元ヤクザに入られるというお粗末。
(註:ヘシコとは塩をした鯖を糠に漬け込んで絵梅雨明けまで熟成させたもの。釣った
船で下ごしらえをする)

 テンポが良く気持ちよく読ませる長編であるが内容がなかなか激しい。冒頭の5人の汚
らしい漁師小屋の詳細な描写には辟易するが、後半恵子が殺した加藤というパトロンの
死体を機械でミンチにしてカモメに食わせるシーンも結構グロである。
 一人も二人も同じとばかりにかつて仲間であった元船頭の権座を殺すに至ってはさす
がに唖然とする。

 この頃にはグループ仲間のなかでは沈着冷静だったシンイチもどこか狂ってきて、ア
ンジに言い寄ったり,曖昧宿で女を抱いて狂ったようにのめり込んだりした揚げ句、ア
ンジが連れて来た中国人の少女らがスタンガンとネイルガンで先輩の寅吉を殺す現場に
立ち会ったあげく自分も同じ道具でアンジに殺されるという終段の展開に至っては、あ
まりにも凄惨な終幕で、せっかくの一本釣りの迫力ある描写の魅力半減といったところ
である。
                             (以上この項終わり)



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