読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

ドメニコ・スタルノーネの『靴ひも』

2020年02月06日 | 読書

◇ 『靴ひも』(原題:Lacci)
  
  著者: ドメニコ・スタルノーネ(Domenico Sstarnone)
   訳者: 関口 英子       2019.11 新潮社 刊


 イタリアの作家による家族小説。
 最小単位の共同体としての夫婦とこれに子供を加えた家族が抱える本質が余すところなく
捉えられている好書である。
 本書の構成は、やや耳慣れないが第一の書、第二の書(第1~3章)、第三の書にわかれて
いる(書はイタリア語のlibroで短い書物を表す)。全体として長編小説であるが、各書とも
内容に合わせ、形式も文体も全く異なっていると翻訳者は言う。

 第一の書は9通の手紙。結婚して12年後。何の説明もなく家を出て年若い女と暮らす夫ア
ルドに対し妻ヴァンダがその不実を難詰し、懇願し、二人の幼子(サンドロとアンナ)への
精神的影響を懸念する不安を述べ、果ては夫の不倫相手の女性リディアに会って「きれいで、
礼儀正しい娘」であることを確認した辛さを述べる等恨みつらみが続く。

 第二の書はそれから40年後。結局何とか元のさやに納まった夫婦が旅行を楽しみ、帰った
家に何者かが押し入り、家を徹底的に荒らし回り、飼っていた猫もいなくなっていて、アル
ドが密かにしまっていたリディアの写真もなくなっていた。
 夫のアルドは、後片づけをしているうちに昔の妻からの手紙の束を見つけ、当時を振り返
り傷口をなめつつ心中言い訳しながら反芻する。

 当時ヒステリックに詰る妻は「私の行動を正当化するように思われた」、妻の自殺未遂事
件の時は「結局放置し、会いに行くどころか、具合を尋ねもしなかった」、友人夫婦は「迸
る衝動を抑えることは不可能だし、抑えるべきではない。情熱にを身をゆだねるのは悪いこ
とではないのだからあまり罪の意識を感じる必要はないと言ってくれた」。リディアと関係
を持ったのは「自由の象徴で、罪悪を表現するものではなかった。新しい時代の風潮だと思
った」なんと都合の良い論理だろうか。

 しかし子供には会いたくて懇願し4人で会ったが「子供らは他人のようにふるまった」。
 子供らには「靴ひもの結び方を教えてくれた?」と家族の絆を問われる。アルドは教え
た記憶はなかったので狼狽する。
 結局アルドは3年ほどして家に戻る。子供らをリディアの部屋に連れて行って一緒に住
もうかと思ったがうまくいかなかった。
 家に戻って3か月もしないで新しい愛人を作った。「私は自由な身であり、真の結びつ
きなどないことを証明して見せたかったのだ」。
 リディアに、時折会って身体の関係だけ持つことにしようと提案したが拒絶された。

 それからは常に妻の言いなりになり、父親として発言しなけらばならない時も、子供か
ら視線を反らしてしまう体たらく。「黙することで妻と共有できる感情など一つもないこ
とを隠して」来た。
 

  と、そんなわけで第二の書ではアルドが身勝手な理屈で浮気を繰り返し、結局妻の手痛い
しっぺ返しを受けて、なおかつ妻、子供との間に修復しがたい亀裂を作ってしまった次第
を知ったわけであるが、第三の書で驚愕の展開がある。

 第三の書で舞台は暗転。アンナ主体の語りとなる。このときアンナは45歳、兄は49歳だ。
互いに父母の欠点をあげつらい、悪い点を受け継いだ相手を貶める。サンドロは3度結婚し
4人の子供がいるが、アンナは独り身、子供なんて絶対産むべきでないと思っている。
 ついに大喧嘩になる。「私も兄さんも親に人生を台無しにされた。」この家を売ってもら
い金は二人で半分こしようとアンナが提案。
 二人はこの家に在る全てのものを数時間かけて手当たり次第に破壊し始めた。アルドが密
かに隠していたリディアのヌード写真も。

 いやはやとんでもなく考えさせる小説である。この一家は家族のだれも愛してはいない。
 男女二人が結婚し、子供が生まれ、一つの家族が出来上がる。家族だからと言って互い
を知り尽くしているわけではない。この書にあるように、どこの家族もそれぞれに不満や
憤怒、屈辱や嫉妬と言った屈折した感情が秘められているのではないか。多少ならず。そ
うした家族間のもつれあった感情の揚げ句を、巧みなプロットで描き切った見事な手腕に
感嘆する。
                              (以上この項終わり)


 



 

 

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