読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

タナ・フレンチの『捜索者』

2023年05月18日 | 読書

 ◇『捜索者』(原題:the searcher)

     ・著者:タナ・フレンチ (Tana French)
     ・訳者:北野 壽美枝 
   2022.4  早川書房 刊 (ハヤカワ・ミステリー文庫)


 題名の「捜索者」の通り、プロットの本筋はカルというシカゴの元警官が定年後移住先
で知り合ったトレイという少年の、失踪した兄を探し求めて奔走する話であるが、加えて
牧羊が連続して何者かに惨殺される事件を解明するという付随事件が混じるものの、こ
れが失踪事件と深いかかわりがあったことは後で分かる。
 シカゴというアメリカの大都会で警官をしていたというハンディを持ったカルが、
アイル
ランドの片田舎の住人達になじもうといじらしいほど苦労する一部始終がしっかり伝わっ
てくる。
 隣人のマート、雑貨屋のマリーンとその妹ヘレナなどとは直ぐに気心が通じ合った。
居酒屋ではバカ話や強力な密造酒の飲み比べにも付き合った。

 何といっても感嘆するのは移住したアイルランドの田舎町(といってもほとんど村)の自
然描写のうまさである。
 低く連なる山々の上に朝日が昇る前の、森と高原に広がる草地に漂うさわやと漂う靄、
朝に夕に現れる小鳥や小動物の姿、無数の星が瞬く空の下で営まれる人々と動物らの
営み、バーチの釣れる小川のせせらぎ。カルが移住の成功を確信するこの地のすべ
ての環境を礼賛する描写。これが私がこの作品をお勧めする最大の魅力である。

 カルはこの村で5万㎡の土地と築70年以上の古い家を手に入れた。壁や家具の塗替
え作業を手伝うトレイは元警官であるカルに失踪した兄ブレンダンの捜索を頼み込むの
だが、カルにはまた警官のような仕事をする気はない。ないが、トレイの健気さのほださ
れて、調べを進める。
 こんな田舎町にも若者相手に違法薬物を
売買するダブリンの組織が入り込んでいて、
どうやらブレンダンはこの組織の勘気に触れるようなことをしでかして
消されたのではな
いかという推測までたどり着く。何とこの失踪事件には今や親友となった隣人のマートが
絡んでいる様子が感じられる。

 ある日トレイが事件にこれ以上首を突っ込むなと言わんばかりの大怪我を負わせられる。
 そして今度は或る夜
カルが数人の男らに襲われ大怪我を負う。カルが扱い方を教えて
いた小銃を放ちカルの助けたのはトレイだった。
 カルは事態の深刻さを知り、トレイも兄が死んでいるとしてもその証拠があれば納得し
これ以上追及しないと言った。

 小さな子供トレイのひたむきさにほだされて人生の指針となるようなことまで教え諭し、ト
レイが次第のこれを受け入れて成長していく様は、引退してのんびり暮らしたいガンマン
が老骨にムチ打って最後のひと仕事を成し遂げるといった西部劇のようなスタイルの作
品である。
   本当の悪人は一人も出てこない。
                                       (以上この項終わり)


 


 文庫本で670ページの大半は


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 令和5年のトマト栽培=3= | トップ | ディーン・クーンツの『ヴェ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

読書」カテゴリの最新記事