読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

コルソン・ホワイトヘッド『地下鉄道』

2018年08月19日 | 読書

◇『地下鉄道』(原題:UN RAILROADDERGROUND)
        著者:コルソン・ホワイトヘッド(Colson Whitehead)
                     訳者:谷崎 由依   2017.12 早川書房 刊

     

   19世紀初頭のアメリカ。奴隷制度廃止をめぐって内戦「南北戦争」(1861~65年)
が戦われた時代をさかのぼる1820年ころの物語である。(1863年奴隷解放宣言)
 アメリカでは特に綿花栽培の労働力として奴隷に頼っていたルイジアナ、ジョージ
ア、サウスカロライナ、ノースカロライナなど南部諸州のプランテーションでは奴隷
制度堅持を主張する勢力と黒人奴隷の解放を進めようとするグループとが互いにせめ
ぎ合っていた。

 アフリカで拉致され、奴隷船で港に上げられた黒人奴隷は壮年の男子と妊娠適齢の
女性は高額で、それ以外は安く取引された。奴隷は馬牛と同様農園主の所有物で、転
売は勿論生殺与奪の権利を持ち、逃亡を図った奴隷はほとんど常に見つかり縛り首か
火炙りにされた。

 物語の主人公コーラはアフリカから拉致された祖母アジャリー、母メイベルと共に
ジョージアの綿花農園主ランドル家の奴隷である。コーラのように奴隷間で生まれた
子は当然農園主の所有物である。

 物語のあらすじはと言えば、
 ある日メイベルは逃亡した。逃亡奴隷は警ら団や民警団の捜索、「奴隷狩り人」の
手によって捕らえられて木に吊るされ、縛り首か焼き殺される。コーラの母メイベル
はどうしてか未だ発見されなかった。コーラは幼い自分を残して逃亡した母を決して
許すことがなかった。

 ある日コーラはある逃亡奴隷処刑の前夜、かねて一緒に逃げようと勧めていたシー
ザーという青年と農園から逃げた。シーザーの周到な準備と逃亡黒人を支援する「地
下鉄道」の駅長フレッチャーの助けでまんまとジョージアを後にする。

 「地下鉄道」は今でいう地下鉄ではない。逃亡黒人を助けるグループの支援システ
ムの謂いであるが、作者はまさに本物の鉄道によって地下を抜けるが如く二人の逃走
劇を描写する。まだ地上の鉄道すら満足に普及していないこの時代、何百キロもの
鉄道が地下を走っているはずがない。でありながらまるで本物の地下鉄に乗ってコー
ラとシーザーが隣州に逃れるような描写の、その迫真性に驚かされる。

 映画「逃亡者」の刑事ジェラードのように執拗にコーラを追いかける「奴隷狩り人」
がいる。その名はリッジウェイ。彼はランドル家にコーラの母メイベルの捕獲を依頼
されたが、役目をはたしていない屈辱があり、2代にわたり愚弄されることはないと
執拗にコーラを追う。

 シーザーとコーラはサウスカロナイナの次の駅で名を変え働き、数か月平穏な暮ら
しをしたがリッジウェイに見つかり、再び地下鉄道で次の州ノースカロライナへと旅
立つ。シーザーは逃げ遅れて殺されてしまった。

 このようにコーラは幾度も逃走を繰り返すが、その都度多くの人の助けで窮地を逃
れ、また幾度もリッジウェイの魔手に捕らわれるが、その都度奇手をもって奴隷狩り
人の手を逃れる。
 
 またもリッジウェイに捕まった時、ロイヤルという自由黒人の青年が現れコーラを
救ってくれた。コーラはヴァレンタイン農場という逃亡奴隷のシェルターとなってい
るところで働き、ロイヤルは地下鉄道の運営に当たる。

 物語の終盤、ヴァレンタイン農場が反奴隷解放グループの襲撃を受け、ロイヤルは
亡くなった。天敵のリッジゥエイに地下鉄道の駅を白状させられたコーラはそこでリ
ッジゥエイと争い彼を死に至らせた。そして地下鉄道を歩き続け、ついに洞窟の出口
に達し外気を吸った。その解放感。そして西部へ向かう黒人に助けられる。

 奴隷解放に至るまでの奴隷の悲惨な境遇と残酷な扱いなど、暗い世界を描きながら
最後は主人公の勝利を見せることで読者にある種の安堵感を与える。コーラが渡り歩
く奴隷制容認州での逃走劇の合間にアジャリー、リッジウェイ、スティーブンス、エ
セル、シーザー、メイベルなどコーラをめぐる重要人物の生涯、人となりなどを記す
独立した章が設けられている。冗長を避ける巧みな構成である。
また、歴史を述べながらも「よその国なら犯罪者になるような連中だが、ここはアメ
リカだ」とか「全て人間は生まれつき平等である。人間でないと判断されない限り」
などと強烈な皮肉も放つ。ピュリッツァ賞・全米図書賞など数多の文学賞を受けた
本作の面目躍如たるところである。


 

コメント
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