◇『遭難信号』(原題:DISTRESS SIGNAL)
著者:キャサリン・ライアン・ハワード(Catherine Ryan Howard)
訳者:法村里絵 2018.6 東京創元社
アイルランド生まれの女性作家のミステリー処女作。事件の舞台が地中海クルーズ
の豪華客船ということもあり、読み始めてしばらくの間はミステリアスな展開が予想
される出足で、興味津々で読み進んだが途中少しだれて、終段の犯人告白では完全に
白らけてしまった。結末はと言えば何とも急ぎ足の、ドラマチックな幕引きでこれま
た白けることとなった。謎解きとその伏線の配置を考えてか、もたつきはあるし い
くつかあまりにも都合がよすぎないかという点がいくつかあるが、豪華客船の構造と
仕組みも謎解きの一環となっており興味深い。
10年もの長い間ハリウッドの脚本家を目指してきたアダム・ダンは、ようやく目が
出て脚本が売れた。
そんなある朝、同棲中のサラ・オコンネルから1週間近く仕事でバルセロナでの会議
に出かけると告げられる。脚本のリライトという仕事があるアダムはサラを空港に送っ
て行く。そしてサラはバルセロナのホテルのついたというメールを最後に行方不明がわ
からなくなった。
空港やホテル、銀行などを探し回ったが全く手掛かりがなく、ようやくサラの友人の
ローズを問い質して、サラが新しい恋人とバルセロナに出かけたことを知る。
あんなに愛し合っていたサラが、アダムを捨ててほかの男と家出するとは。驚天動地
の思いのアダム。サラはようやくアダムに仕事が入ってきて自立できた。私がいなくて
もいいと言ったという。サラの両親と警察に駆け込んだが捜索にはあまり乗り気ではな
い。
ようやくフェイスブックを通じてセレブレイト号というクルーズ船でサラらしい女性
に出会ったという女性からメッセージが届く。更にフェイスブックを手掛かりに知り合
ったピーター・ブレザーという男性から電話が入る。彼の妻が全く同じようにあのクル
ーズ船で行方不明になっている。セレブレイト号に乗り込み一緒に事件解明に当たろう
というのだ。
また通話記録から相手の男の電話番号が分かった。しかし男は…。
この事件のポイントは、公海上の船舶という閉ざされた空間における犯罪の処理にあ
る。基本的に公海上の船舶で起きた事件は旗国(船籍国)に属するが、クルーズ船上の
犯罪で米国国民に係わる捜査権限はアメリカFBIに属するという取り扱いにある。
この作品はこれに触発されて書かれたという。
それにしても犯人がこの客船内の犯罪実行者を摘発するためにはFBIによる捜査権発
動が必須と、アメリカ人の殺害を企てるという設定はあまりにも短絡的で頂けない。
*地中海には公海は存在しないが実際上は基線から24カイリ(領海+接続水
域)の範囲は沿岸国の管轄権が認められているという。
豪華客船での若い女性の失踪をめぐる探索劇がサイドストーリーを伴って展開される。
このサイドストーリーが本体の失踪事件とどこでどう交錯するのかなかなか見えてこな
い。ようやく終盤に至って見事接点が明らかになるのであるが、本体との係わりが分か
った途端に独自の物語の結末に向かって走り出すという変則2本立て映画のような構成
で驚く。
(以上この項終わり)
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