塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

映画キューティー・ブロンドから考える社会構図

2023-09-02 21:58:51 | 日記
 昨日「キューティ・ブロンド」という映画ソフトを購入しました。


 僕たちは通常歴史的に


 白人は常に黄色人種と黒人を侮辱し、馬鹿扱いしてきた
 白人はインディアンやアボリジニーなど、移民崎の先住民族を追い出すことで今の地位を得た
 イスラム教徒、キリスト教徒、ユダヤ教徒は常に緊張状態にある


 とかんがえがちです。


 ただ、白人社会と一口にいっても、キューティー・ブロンドの主人公のように


 馬鹿っぽい女だ
 教養にない奴はでしゃばるな


 と周囲から小ばかにされることが多いといいます。


 日本でも不躾ですが


 居乳の女は用地にみえる
 ギャルは勉強を怠けて遊び放題


 と指摘する声もありますが、実は金髪や化粧に夢中な女性は、多くの場合敬遠される様子です。


 ですからミスター・トランプのように、一見どう考えても実現しないであろう政策論争を提言しても、一定数が支持をするのは


 彼は私を認知している
 強いアメリカを私が支えるのだ


 という自尊心を向上させてくれるからではないでしょうか。


 サッカーではある種の階級、つまりレアル・マドリードのように多くの場合頂点に立つクラブもあれば、降格と昇格を繰り返すクラブ、アマチュアと様々です。


 しかし、ここには人間社会、宗教的価値観にはない


 「階級の流動性」
 「FCバルセロナやFCバイエルンにも、2部降格の可能性がある」


 という厳然たる事実があります。


 ただ、降格は厳しい措置である反面


 「顔を洗って出直しなさい」
 「また1部で戦う準備をしたらよい」


 という指摘でもあります。


 ある意味サッカーの昇格と降格は、人間社会よりもはるかに融通が利く、それでいて不器用な人間が生んだ良い考えではないでしょうか。
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