~空からの贈りもの~

「森のこもれび」の山崎直のブログです。

初女さんのキャンドル

2016-12-18 23:36:43 | 日記

もうすぐクリスマスです。

初女さんのいないクリスマスを迎えるんですね。という

お便りが届きました。

その方も、お手紙の中に書かれていたのですが、

この一年がものすごく長く感じると…

私もそうです。

一日は、あっという間なのに2月に初女さんが亡くなって

からの時間がとても長く感じられるのです。

息子が亡くなった年の一年も、とてもとても長く思え

ました。

一日を生きるのが精一杯だったからかもしれません。

「創くんが亡くなって、もう1年が経つの、

あっという間ね」と言われると、自分だけ時間の

流れの中に取り残されていかれているような気が

しました。

大切な人を亡くすと、時間が止まったようになるのかも

しれません。

 今、2月に仕込んだお味噌を食べています。

初女先生のお味噌は、少しも減塩ではないけれど

お出汁の味が生きるお味噌です。

「お味噌は簡単だから、自分の家のお味噌は

自分で作るといいのよ」と言われていました。

初めて弘前のご自宅に伺った時、おむすびと共に

大きな器に入ったお味噌汁を出して下さいました。

先生は「旅館なんかで小さな器でお味噌汁が

出て来ると、もっとたっぷり欲しいなと思うの」と

言われていました。

美味しいお味噌汁でした。

息子が亡くなった後で作ったお味噌は、私の

手からも悲しみが出ていたのか、発酵しません

でしたが、初女先生が亡くなった後に仕込んだ

お味噌は美味しく出来ました。

死は、姿の別れであって、魂は永遠に生き続ける

ということが、やっと分かってきたからでしょうか

金曜日に友人に誘われて、キャンドル作りに

行きました。

先生に「どんなイメージのキャンドルにしますか」と

聞かれたので、「初女さんのキャンドルを

作りたいです」と言って、下の方が紫色で

上の方は、光が射している感じで黄色と少し

ゴールドを入れました。

今日、出来あがったキャンドルを取りに行ったら

初女さんのイメージにぴったりのキャンドルに

なっていました。

クリスマスには、このキャンドルに火を灯し

初女先生と一緒にお祝いしようと思います。

キャンドルの火は、優しく温かく照らしてくれると

思います

「メーリークリスマス初女さん…」

 

 

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おむすびは魂の食べ物

2016-12-17 11:17:03 | 日記

思いかけない郵便小包が届きました。

初女先生が娘さんのように心を掛けていた

弘前の方からです。

開けるとお米が入っていました。

あれ、農家さんではなかったはずだけれどと思い

添えられていたお手紙を読んだら、涙が溢れてきました。

お米は、熊本地震で息子さんを亡くされた大和晃さんの

お父さんから、Kさんに送られて来たものでした。

熊本地震の後、最後まで行方不明だった晃さんの

お母さんが、おむすびを家で結び、現地へ行って

また結び直して川に流していると言う記事を読んで、

Kさんがお手紙と品物を送ったら、百箇日の法要の

お手紙と共にお米が送られて来たそうです。

そのお米は、息子さんの晃さんがもみ撒きをした

お米だそうです。

晃さんが見つからず、公的機関の動きが見えなく

なった中、ご両親は毎日手掛かりを求め、河原へ

通ったそうです。

そして、7月24日の支援者と家族独自の捜索で

晃さんは発見され、ご両親のもとに帰って来られた

そうです。

テレビのニュースで、息子さんの名前を呼ぶご両親の

姿を目にし、早く発見されることを祈っていました。

突然、最愛の子供を失くす悲しみ苦しみは、私は

自分が通って来た道と重ねていましたが、

それでも、やっぱり他人事だったのです。

作家の柳田邦夫さんは、息子さんを自死で亡くされて

いますが、新聞やニュースの記事を見る時、

三人称の目で見たらいけない、二人称の視点に

立たなければと、言われていました。

私は、テレビで何度も息子さんを探す大和さん

ご夫婦の姿を目にしながら、隣人の心で見て

なかったことを、送られて来たお米を前にして

初めて気がつきました。

大和さんの百箇日のお手紙を読みながら

涙がとまらなくなりました。

初女先生は、いつでもどんな時でも

一人ひとりの隣人でした…

私は、大和さんのお米で心を込めて

おむすびを結ぼうと思いました。

おむすびは人と人を結びます。

生きている者と亡くなった人も繋いでくれます。

おむすびはソウルフード

魂の食べ物

 

 

 

 

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脳って…

2016-12-15 18:40:19 | 日記

子供を亡くした後、どうしたらいいのか必死で考えました。

でも、私の脳は何もこたえてくれなかったのです。

こんなに大変なのに、脳は助けてくれないんだと

思った時から、脳を頼らなくなったのです。

あれから、自分の直感で決断し行動するようになった

のです。

脳は、頼りに出来るほど賢くないけれど、とっても

素直なんだな~と思っていたら、脳科学者の松本元さん

という方が面白いことを記していました。

『脳は、「できる」と思えば出来る方法を探しだす』と…

やっぱり素晴らしく素直なんですね。脳って

「いつか幸せになりたいな~」とか「いつかお金持ちに

なりたいな~」とか思ったら、脳は「今じゃないんだ」って

思うみたい。

「できる」って思ったら、出来る方法を考えて

くれるのが、脳なんだ。

脳のこの特質を心に留めておけば、何だか

生きやすいかも…

脳って、素直で従順なのね~って、たまには褒めて

あげようっと

 

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「犠牲」とは

2016-12-14 23:39:56 | 日記

初女先生が亡くなってから、初女先生のことを

思わない日が、殆んどありません。

それは、懐かしむとかいう感情ではなく、初女先生の

言われていたこと、なさっていたことを私は

ぼんやりとしか分かっていなかったと痛感したからです。

生きていらっしゃる時は、いつでも聞けるという甘えが

あったからでしょう。

でも、お会いすると嬉しくて、ちゃんと聞いてなかったことが

亡くなってみると、ハッキリとわかってきました。

今、先生のお言葉を思い出し、先生の行動を

思い浮かべ、先生の本を読みなおしています。

いつだったか、「犠牲を伴わない奉仕はない…」という

言葉の犠牲が、自己犠牲だと思ってとても無理をして

居る人がいますと、お話しした時、「そうなのよね~」と

困った顔をされていました。

傍から見ていると先生のされていることは、大変な

自己犠牲に見えるのですが、先生は少しもそんなことは

思っていないのです。

本を読み返してみたら、「私の生き方は、人には

「犠牲」と映るかもしれません。

でも、犠牲というのは自分を苦しめることではなく

相手のために、だれでもできる一線を超えて

行動することだと思います。

自分の限界を超えた行動だからこそ、相手の魂に

響くのです。

それに、限界を一つ乗り越えるごとに、自分もまた

成長するのではないかと思っているのです。」と

書かれていました。

あ~私だったら、誰でもできる一線を乗り越えたら

自己犠牲感が、ムクムクと出てきそうです。

初女先生の行動がとてもさわやかだったのは、

自己犠牲が微塵もないからなんですね。

そして、自分がの「我」がないから、相手の心に

響くんですね。

すごいな~

 

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祈りと願い

2016-12-13 18:19:03 | 日記

「祈り」と「願い」は、違うと思うのですが、

どうも、はっきりしないのです。

祈っているつもりが、いつの間にかお願いに

なっていたり…

初女さんとランディさんの対談「深き森の語らい」の時に

ランディさんが同じ様なことを言ってました。

祈りが分からなくて、2回目にイスキアに行った時に

「祈りというものが何なのか分からないんです」と

初女さんに質問したそうで、

「あの時は、お願いといっしょくたんになっていたんだと

思います。」と言われたランディさんに初女さんは

「祈りって、やっぱり自分を超えたところですね。

自分があるうちはダメでないかって、いつも思うんですよ

だから、自分が無くなったところで本当のお答えが

出て来るように思うんですね。」と言われ

ランディさんの「でも、自分はありますよね。こうして。」

という問いに、初女さんは「そう、かたちはね。

でもねぇ、私、という言葉を超えた、いのちの筋って

いうようなものが心の奥に、あると思いますね。」と

とこたえられているのです。

多分、これはとっても重要なことだと思うのですが

まだ、私にはわかりません。

初女さんは別の本でも「心の中には言葉を超えた

いのちの筋があります。

ことばを超えなければね。」と書いています。

いのちの筋ってなんだろう…

体験から生まれている、初女さんの言葉は

自分が体験しなければわからないのです。

「祈り」と「願い」は違う

でも、そこからさらに深く求めていくのが初女さんが

歩いて来た道なんだ…

初女さんからの宿題が、また一つ天から降りてきた

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ランディさんが聴いた初女さんの声

2016-12-12 23:04:10 | 日記

今日届いた生活クラブの「生活と自治」に、ランディさんが

初女さんのことを書かれていました。

10月3日、初女さんのお誕生日に森のイスキアで

初女さんにご縁のあった方々が集まりました。

イスキアのお庭で礼拝し、弘前のシンガーソングライター

のkoyomiさんが、ランディさんが作詞した初女さんの歌

「ふきのとうの歌」を歌われた時、パラパラって雨が

降って来て、あ!初女さんがいる。初女さんの拍手だと

感じたとです。

その時の記録映像を観たランディさんが、

初女さんへの思いを書いていたのです。

『 人が死んでいくのは、悲しいことだけれど、

この世から肉体が消えた時、残された者は初めて

問いかけるようになる。ふだんは「答がもらえる」と

思っているから、真剣に問わないのだ。

母の言葉、父の言葉、みんなそう。

なにを伝えたかったのかしら。

 手の届かない彼岸に耳をすましたときに、

聴こえてくる声がある。遠くから呼びかけてくる、

その声が、私の背中を押し、動かすのだ。

 ランディさん、ことばをこえてね。

 いのちは、つながっているのよ。この世でいきている

ものはみな、いのちをわかちあって生きている。

むずかしいことはなにもないの。ただ、そうするときめて

すればいいの。日々の暮らしが祈りなのよ。

ランディさん、祈りって、感謝なの。

 苦しみは、感謝を教えてくれる。

どうしようもないじぶんのために、手を差し伸べて

くれる者がいることに涙をこぼすとき、心は解かれていく。

 ランディさん、どう生きるかは、自分が決めているのよ

      (彼岸に耳をすます  田口ランディ 生活と自治より) 』

ランディさんが聴いた初女さんの声が、深く私の中で

こだましています。

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宇宙

2016-12-11 23:43:40 | 日記

少し前から、染織作家の志村ふくみさんと

評論家の若松英輔さんの書簡集「緋の舟」を読んでます。

読んでいるだけで心が洗われていくような気がします。

美しい日本語にハッとさせられ、凛とした品位のある

言葉に、手紙だから出てくる言葉であり文章なのだろうな

と思いました。

パソコンのキーボードを打ちこむ中では、このような

言葉は生まれて来ないと思いました。

先日読んだページに、シュタイナーの死の前年の言葉が

載っていました。

『人間よ、お前は宇宙の縮小された姿だ。

宇宙よ、お前は遙かな果てにまで流れ出た

人間の本質だ』

何度も読み返しましたが、まだ意味はわかりません。

でも、深く心に留まっています。

初女先生も亡くなる1年前くらいに「宇宙の母」という

ことを言われていたと聞きました。

「二十億光年の孤独」でデビューした詩人の

谷川俊太郎さんは、地球の上に立つ人が宇宙と

繋がっているという感覚が当たり前のように持って

いる方で、その視点を持って詩を書かれています。

私たちの体の原子と星の原子は同じだと聞きました。

「宇宙」

これからの時代のキーワードとなるかもしれない

言葉だと思えるのです。

初女先生もシュタイナーも、なぜ死が近づいた時に

「宇宙」を語っていたのでしょう

いつか、このこたえを見つけられる日が来ることを

信じて…

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「この世界の片隅に」を観て

2016-12-10 23:17:45 | 日記

昨日、「この世界の片隅に」を観てきました。

観終わった時、言葉を失ってしまいました。

凄い映画です。

歴史を習う時、年表を使いますが、一つの時代の

区切りには線が引かれています。

その区切りで、その時代は終わったと思っていましたが

この映画を観て、あの戦争の時代の地続きに今がある

ということを実感しました。

そして、日常の暮らしを奪って行く戦争…

その中で、懸命に暮らしを守っていこうとする人々

日々の暮らしが、こんなにの尊いものだったとは…

私たちは、平和ボケと言われているけれど、

そういうことの大切さを忘れているのかもしれません。

物を大切に、ない食材で雑草でさえも丁寧に料理し

少しでも美味しいものを作ろうとする姿に、初女先生が

重なりました。

先生は「私は普通のことをしているんだよ」と言って

いましたが、映画に出て来る人達も便利さなんて

求めず、倹しく丁寧に暮らしているのです。

この映画の中では『戦争がよくない』なんて一言も

言ってないのです。

でも、戦争がどういうものなのかが、戦争というものの

本質を見せられた気がしました。

突然奪われるいのち・死さえも心の内に

おさめようとしているのです。

多分、日本中の人が、そうやって戦争という時代を

乗り越えようとして生きていたのだと思います。

観終わった後の衝撃は、戦争の映画を観たと

いうのではなく、日々の暮らしの尊さを突き付け

られた気がしたからかもしれません。

どんな時代にあっても、丁寧に生きるということが

一番大切なことかもしれません。

この映画は、どこをとっても誠実さが伝わって来ました。

片渕須直監督、字は違いますが私と同じ「すなお」という

名前に、ちょっと嬉しくなりました。

主人公のすずさんは、今生きていれば90歳

初女先生もすずさんのような時代を生きて

来られたんですね。

私の母も…

 

 

 

 

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初女先生の愛

2016-12-07 11:18:57 | 日記

佐藤初女さんが亡くなって10か月が経ちました。

生涯の師を失い、動けなくなった時期がありました。

それでも、立ち上がり一歩を踏み出さなければと

思い、歩き出したと思っていました。

行動はしていましたが、精神は依存のままだった

のかもしれません。

ずーと、初女先生に「気づきをお与え下さい」と

祈っていたのですから…

でも、気づきは与えらえるものではなく、自ら

気づいていくものだと、気が付いた途端に

どっか~んと、一生ものの気づきを得たのです。

人生ってそういうものなのかもしれません。

そうしたら、するするって人生のこたえ

数学で言うなら、解への道が見えてきたのです。

私は、どうしてらいいか分からなくなった時

初女先生に「どうしたらいいの~」って聞いて

いました。

明確に、言葉が降りてくることは何回か

ありましたが、時間が経ってから

これが、先生のお答えだったんだとわかることが

殆どでした。

問題にぶつかった時にどうしたらいいか

その答えがわかったのです。

そこに「愛」があるか?ということ

「愛」がある行動をとれるかということなんだ

初女先生の「愛」の深さが、やっとわかって

来ました。

先生が亡くなった今、初女先生の「愛」は

誰の上にも注がれるということだと思います。

今、先生の本を開いたら、いきなり初女先生の

お好き(心に響く)だった聖句が出て来ました。

 『愛は忍耐強い。愛は情け深い。

 ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。

 礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、

        恨みを抱かない。

 不義を喜ばず、真実を喜ぶ。

 すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み

 すべてに耐える。

        愛は決して滅びない

          (コリントの信徒への手紙)』

今、この聖句を打ち込みながら、涙が溢れて

きてしまいました。

ここにある愛は、初女先生の「愛」そのものだから…

 

 

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「この世界の片隅に」~「祝福の海」へ

2016-12-06 07:51:39 | 日記

先月末から、立て続けに映画を観ています。

「あたらしい野生の地・リワイルディング」

「シーモアさんの大人のための人生入門」

「カンタ!ティモール」そして明日が3回目の

「祝福の海」

でも、どうしても観たい映画があるんです。

「この世界の片隅に」

広島のことを描いた、こうの史代さんの漫画

「夕凪の街 桜の国」は今も心にのこっています。

「この世界の片隅に」はこうのさんの再びの

広島です。

こうのさんの「夕凪の街 桜の国」は、原爆投下後、

そして被爆1世・2世を日常の生活から描いて

いました。

「この世界の片隅に」は普通の人たちが

日常の生活を踏みにじられていく残酷さが描かれて

いるそうです。

毎日新聞の記者が「(主人公の)すずさんは

生きていれば91歳…

私の祖母は入市被爆者(原爆投下後に広島に入り

被爆した人)72年目のこの夏まで102歳まで

生きていたんだよ。

あの日はまだこんなにも、今と地続きなんだよ」

と、書いている文章を読んでハッとしました。

あの戦争が広島・長崎があったから今があり

それは地続きで続いているんです。

政治家は、区切りをつけたがっていますが

あの時代を生きた人々、その人々が

いのちを繋いでくれ私たちがいるのです。

私たちが受け取った「いのちのバトン」は

「平和のバトン」でもあるのです。

「カンタ!ティモール」の中で住民が語っています

『平和、それはお金で買えるもんじゃないんだ

平和は演説なんかじゃない 政策じゃない

平和は生活そのものなんだ』と…

この言葉は、今の日本の中でも聴こえてくる声

なんです。

そのことを映画にしたのが「祝福の海」です。

明日、7日19時から鎌倉の長谷駅近くの

「麻心」で上映会があります。

良かったら足を運んでみてください。

監督もいらっしゃいます。(私も行きます~)

平和は生活そのものであり、平和の世界は

「愛」によってのみ創られていくのだと

心から思います。

 

 

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