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~空からの贈りもの~

「森のこもれび」の山崎直のブログです。

おむすび

2011-04-29 23:24:30 | 日記
夕飯にポトフを作っていたら、急におむすびが食べたくなりました。

ポトフとおむすびなんて、ミスマッチではないかと思いながら、

食べたい気持ちが優先と、ご飯を炊いて、去年漬けた梅干しはみんな

食べてしまったので、しその葉を刻んでいれました。

やっと、ふっくらしていて、でも食べても崩れないおむすびが結べる

ようになったのです。

食べたら、塩加減もふっくら加減も調度よく、美味しくて

気が付けば2つ、ぺろっと食べていました。

被災地でも、ずいぶんおむすびが配られていました。

でも、おむすびやパンばかりで…温かいものが食べたいという

人が沢山いらっしゃいました。

被災地で作られるおむすびは、仕方のないことですが、

ビニール手袋をはめ、ぎゅうぎゅう結んだ堅そうなおむすびです。

それを見ていて、被災地の人が、おむすびを嫌いになったら

どうしようと、思いました。

あーふっくらおむすびを、被災地の人達に食べてもらいたい。

おむすびは、人と人を、心と心を結ぶ食べものだから…









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いのちとは…

2011-04-28 20:49:04 | 日記
大震災の津波に、すべてを呑み込んで行く凄まじい負のエネルギーを

感じながら、なぜかその濁流の中に沢山のいのちがあることが、

私には想像出来なかったのです。

唯、家が車が船が流されて行く…

でも、きっとみんな逃げて亡くなるいのちは一つもないはずと、

頑なに信じていました。

テレビに映し出される映像は、あまりにも現実とかけ離れていたのです。

津波が去って、被害の大きさがあきらかになると、

自分は被災してないのに、心がずたずたになりました。

被災し、大切な人を亡くした人達の心はどんなでしょう…

生き残ったことに、申し訳なさを感じたりしてないでしょうか…

いのちとは…と思った時に

   「いのちとは生きること。

    人の役に立つように生きることです。」

という初女先生の言葉が思い出されました。

死は100%遺された側の問題です。

苦しい苦しい問題です。

でも、その答えを初女先生のこの言葉の中に見つけることが

出来た時、亡くなった人の「いのち」を生ききることが

出来ることになるかもしれないと、思えるんです。

ほんの少し息子のいのちを生きている私としては…
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被災地に咲いた花

2011-04-27 22:53:51 | 日記
今日、テレビで津波で全てが流され、土台だけが残った家の庭に

たくさんの水仙が咲いている映像が映し出されていました。

瓦礫の中から芽を出し、花を咲かせたそうです。

茶色の風景の中で、そこだけ輝く様に色づいていました。

その家の人は、「この水仙のように私達も頑張ります。」と言って

その水仙の花束を、被災地を訪れていた皇后さまに渡されていました。

そしてその後、東京に戻られた皇后さまの手には、水仙のかわいい

花束が握られていました。

それを見た時、私は心を感じました。

言葉がなくても、心はこんなにも真っ直ぐに伝わってくるもの

なんですね。

何だか、観ている私の心も温かくなりました。

ふと、先週の国会で野党議員が菅総理に、「あなたには心がない」と

言ったことが思い出されました。

あの大震災で、被災地の人だけでなく、日本人がみんな何処かしら

傷ついてしまった気がします。

今、誰もが心を求めているのではないでしょうか…

そう、母の心を…
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雨ニモマケズ

2011-04-26 18:23:55 | 日記
今回の大震災を知った時、なんで東北なの…

どうしてあんなにいい人達がこんな思いをしないといけないのと、

心から思いました。

「雨ニモマケズ 風ニモマケズ…」の詩を書いた宮澤賢治は、岩手県

花巻出身で、賢治が生まれた年に明治三陸津波があり、2万2000人

が亡くなり、賢治が37歳で死去した1933年には、昭和三陸津波で

3000人が亡くなっているそうです。

賢治は天災と凶作で苦しむ農民達に寄り添いながら、自然と共に

生きた人です。

大震災の後、ふっとこの「雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ

夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ 欲ハナク 

決シテ瞋ラズ…」という賢治の詩が思い出されます。

賢治の弟の清六さんは、この詩の一番大事なのは「行ッテ」という

言葉だと言っていたそうです。

「東二病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ 西ニツカレタ

母アレバ 行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ…」

行ってということは、自分が出向いて行うということです。

この「行って」を知った時、賢治と初女先生が重なりました。

先生は、病気で苦しんでいる人がいると、行ってその人の手を

握り祈られます。

疲れているからとか、歳だからなんて一言も言わず、行動

されます。

本当に初女先生の生き方は、この賢治の「雨ニモマケズ…」

のようです。

賢治は「雨ニモ」について、自分はそんなふうになれなかったけれど

そんなふうに生きてみたかったなあ」と言っていたそうです。

賢治さん、雨ニモマケズの様に生きている方がいらっしゃいますよ。

雪深い東北の地に…

その人の名は、佐藤 初女さん…

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いのちのかなたへ…

2011-04-25 18:52:23 | 日記
キャンディーズの田中好子さんが亡くなられ、スーさんの最後の

言葉が、葬儀のさいに流されました。

聴いていて、この方はなんと強く優しい方だろうと、胸が熱く

なりました。

死ときっちり向き合い、そしてその死を受け容れた人の言葉でした。

亡くなった後も、人の役に立ちたい…

スーさんの心の底から振り絞る様な、最後の言葉を聴いて

いのちは終わらない

いのちの彼方には、いのちがあると思えました。

スーさんもそれのことに気づかれていたのでしょうか、復活という

言葉を口にされていました。

初女先生も、ご主人のことを「最後の一息まで生きんとして生きる」

という信念の人だった夫は、まさに最後まで生きようとし、

死んでもなお新しい命に生きることを私達に示してくれました。

と書いてます。

いのちは連綿と続き、死とは今あるいのちの彼方にある、

永遠のいのちを生きることかもしれない…

スーさんの言葉に、そんな気づきが与えられて気がしました。

スーさん有難う…

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今、読んで欲しい本

2011-04-24 23:32:25 | 日記
子供がいるお母さんには、是非読んで欲しいと、勧められた本が

柳澤桂子さんの「いのちと放射能」(ちくま文庫)です。

チェルノブイリ事故の後に、書かれたものですが、今の私達が

本当に知りたいことが書かれています。

読んでいて、今回の原発事故を見据えて書いたのではと、何度も

思ってしまいました。

生命科学者である柳澤さんは、「ただ一つ、私は生命科学を研究

してきたものとして、はっきりと言えることがあります。

それは、放射能は生き物にとって非常におそろしいものである。

と言う事です。そのことをひとりでも多くの方に理解して

頂く様に務めることが「私のいま、なすべきことである」と

思います。」と、原子力のおそろしさを言ってこなかったという

柳澤さん自身の深い反省をもとに、書かれた本です。

これを読んで、放射能の恐ろしさが、現実味を帯び

私の前に立ち上がってきました。

政府の「直ちに、健康に及ぼす…」という発表の不誠実さを

改めて感じました。

今、是非読んでもらいたい一冊です。

今日は、田中優さんの原発についてのお話を聴いてきました。

知らないでは済まされない、問題だとつくづく思いました。

黙認することは、イエスということになるのですから…

放射能の影響を一番に受けるのは、未来を担う子供たち

なのですから、大人の責任を果さなければと心から

思いました。



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食はいのち

2011-04-22 20:28:30 | 日記
被災地の人が笑顔を取り戻す瞬間があります。

それは美味しいものを、温かいものを食べた時。

初女先生の言われているように、人は美味しいと感じた時に

心がほぐれるんだなーと、テレビに映る被災地の人の笑顔を

見ていて思いました。

あんなに大変な思いをしていても、美味しいものを食べた時、

つかの間であっても、人は幸せを感じるのかもしれません。

それが生きてるってことかも…

私は、息子を亡くした時、あまりの悲しみで味覚を失くしました。

何を食べても味がしないのです。

その時、涙もでなくなりました。

息子の遺影を見ても、涙も出ず何も感じないのです。

きっとあの時は、生きた屍だったのでしょう。

被災地の方の、「美味しい!」という笑顔をみると、こちらまで

嬉しくなります。

元気がでてきます。

やっぱり、「食はいのち」なんですね。

経済を優先して進んで来たこの国が、これほど大きな震災に

原発事故に見舞われたことを、私達は立ち止まってちゃんと

考えないと…

初女先生の「食はいのち」「今を生きる」が、これからの

私達を支え、芯となっていくように、私には思えました。
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大切にする生活を…

2011-04-21 22:47:03 | 日記
新聞に載っていた写真に、これからは変わって行くかもと、

そんな予感を感じたものがありました。

茶髪の若いお母さんが、赤ちゃんをおぶって、たらいで、洗濯物を

洗っている写真です。

洗濯機もあるけれど、水がもったいないからと、手で洗っていると

いうのです。

オール電化で、便利を追求してきた私達の生活が、どんなに

脆いものだったかを、今回思い知りました。

初女先生は、これからは物を大切にしていかないとと言われた

そうです。

この震災の意味を、一人ひとりが見つめないと…

そして、気づいた人が実行していかないと…

この震災によって、本当に大切なものが見えてくるかも…

   
       初女先生の言葉

 
    感謝の気持ちを抱いている時、

    目は輝きを持ちます。

    特別な贅沢を望むことなく

    いつも感謝のお祈りをしていることが、

    目の輝きに現れてくるのです。

  「こころの貧しいものは幸いである。」という聖書の言葉が

  あります。

  この場合の「こころが貧しい」ということは、

  「少しのもので満足できる」ということです。

  
                 佐藤 初女 






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歩き出そう

2011-04-20 21:49:21 | 日記
震災から止まってしまった気持ちを、動かすためにはやっぱり行動!

分かってはいたことだけれど、それでも動けなかったのです。

でも、周りの人に声をかけてもらい、初女先生に背中を押してもらい

ようやく動き出せました。

8月の講演会は、ゆっくり初女先生との時間を味わってもらえたら

と思っています。

こういう時だら、初女先生の生き方を学ぶべき時なのかもしれません。

そういう意味でも、宿泊にして正解かもと思えてきました。

初女先生は、とってもお元気だそうです。

そうだ、天は知っていらっしゃるんだ、今 私達が誰から何を学ぶ

べきかを…

心が動きだすと、楽しい事がしたくなるのが人間でしょうか。

講演会に向かって、毎月一回何かしたいなー

一人でも二人でもいい、集まってくれた人と「おむすびの祈り」を

したいなー

みんなでおむすびを作って、被災地の人達のことを思う…

思いは時空を超えるっていうし…

その時、歌も歌いたいなー

心が温かくなるし、繋がるから…

そしたら、「こもれびコンサートもいいね」とか…

楽しい話は、どんどん膨らんで行く。

そうだ楽しい思いを膨らませて空にあげよう

そしたら、皆が少しでも元気になるかも…

そんなことを思い帰って来たら、イスキアからFAXが届いて

いました。

初女先生の飛行機の時間を知らせるFAXが…

思いはちゃんと届いていたのですね。

さすが、初女先生!
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悲しみと向き合う時間

2011-04-18 22:29:12 | 日記
この震災で、余りにもたくさんの人が亡くなり桜さえも、悲しみを

たたえている様に感じます。

家族も家も、全てを失った人達が瓦礫の中からアルバムや

思い出の品を探しています。

被災地で見つけた写真を体育館に貼って、持ち主のもとに

返そうというボランティアの人達もいます。

そうか、全てを失うということは、遺影すらないということなんだ…

私は、息子を失った時、息子の使っていたお箸もお茶碗も

何もかもあるのに、息子だけがいなということが、辛くて悲しくて

仕方ありませんでした。

写真もビデオもたくさんあるけれど、あれから一度もアルバムを

開いてはいないし、ビデオも見たことがありません。

主人と、私たち一生見れないかもしれないね。と言ってます。

思い出が多過ぎて悲しい

いっそ思い出がなければ、悲しみも小さくなるのではなんて

思っていた時があります。

でも、この震災で必死に写真や遺品を捜す人達を見ていたら

思い出が多過ぎて悲しい!なんて、なんという贅沢な悲しみ

なんだろうと思えました。

被災し大切な人を失った人達は、悲しみの中でも、それでも

立ち上がり前に進もうと、頑張っています。

どうか、どうか悲しみと向き合う時間を大切にしてください。

深い深い悲しみは、苦しいけれどその悲しみと、とことん

向き合わないと、本当に立ち上がることが出来ないのです。

どうか、大切な人を亡くした方々に、悲しみと向き合う

時間を…



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