息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

テネシーワルツ

2013-02-10 10:53:10 | 著者名 は行
林真理子 著

戦後まもなく素晴らしい歌声で注目された少女・葉山サチ。
華やかな世界とは縁がなく育った異父姉・向井とき江。

葉山サチは江利チエミ。キュートな笑顔と群を抜いた歌唱力で人々を魅了した
戦後のスターだった。タイトルの「テネシーワルツ」はもちろんあの大ヒット曲である。
そしてこの小説は実際に起こった事件をもとにして書かれたという。

戦後の風俗や人々の心の揺れ、そしてショービジネスの世界の虚構と闇。
サチが結婚したときの「写真を撮るのにはいい」「白い家と芝生の庭」
「犬を抱きしめる」「お得意はシチューとサラダ、でも作って盛ってやるのは私(とき江)の
役目」「結婚祝いに店屋が開けるほどファンから送られたエプロン」などなどの
エピソードがそれを具体的に表していると思う。

でもちょっと心配になったのは確か。実在のしかもまだ現役で活躍中の人がいるのに、
ましてやこの本が書かれた頃はもっともっとバリバリだった人も多かったのに、
明らかに誰とわかる形で書かれた小説は問題がなかったのだろうか。
少なくともタイトルは別の方がよかったかも。

哀愁漂う、それでいて豊かなアメリカの生活を想像させるメロディ。
戦後の何もない焼け野原でそれがどんなに心に響いたか、そして輝いていたか、
想像に余りある。
まだ食べるだけで精一杯の時代に、アメリカに渡りその体験を笑顔で語る少女。
これから手に入るであろうたくさんの夢を、サチは形にして見せたのだ。

そう考えると現在、芸能界って難しいのだろうなあと思う。
手が届きそうで届かない、きらきらと輝く夢を提示することは困難な事業だ。
たくさんの人が一斉に憧れたり夢見たりするものはなくなってしまったし、
何もかも手に入るけれど、必要ないからあえていらない、という人も多いし。

とき江はサチとの差に次第に耐えられなくなっていき、罪を犯す結果になるのだが、
自ら手をくださなかったとしても、サチの栄華がずっと続いていたわけでは
ないことに後で気づく。
幼い頃から芸能界しか知らないサチはそこでしか生きられなかった。
まだとき江には戻る場所や違う道を選ぶ自由があった。
誰が幸せなのか、そうでないのか、誰にもわからないのかもしれない。