かたつむり・つれづれ

アズワンコミュニテイ暮らし みやちまさゆき

「やらねばならない」を探る

2018-06-04 10:54:50 | アズワンネットワークのある暮らし

5/31サイエンズ研究所木曜サロン

録音を聴いて。
争いの原因の探究はつづく。
「やらねばならない」という意識(認識)が自分の身を守るため、

という一節があった。そこで、いつものようにピンとこない。

「人が人を動かそうとする」

「やらせたり、やめさせたり」

「強制と束縛」

言葉の自分なりのりかいでなく、じぶんのなかに日常の自分のご

く当たり前になって、意識もできないぐらい、「やらねばならない」

という認識があるなあと、内面を見ていく。

いくらでも実例が出てきて収拾がつかない。

「やらねばならない」が自分の頭の中に留まっていることが

少ない。「やらない人」を見ると、責めたり、裁いたり、咎めたく

なる。さぐっていくと、これは「やらない人」というのは、危険な人

場合によっては、なにをするかわからない人という認識になっている

と明らかになってくる。

「必要なこと」「大事なこと」「重要なこと」という思いが強ければ、

その人は、自分の思ったとおりしない人となっていくのは、当然だと

おもった。

そして、自分の思ったとおりしない人ということで、不愉快な気持ちや

悪感情が立ち上がる。

一人ひとりの意志を妨げないと、これは「そうだ」と思っている。

「やらなばならない」という自分の認識(考え)について、これを

みんなで出し合っていくと、これが他を浸していることになっている

のではと明らかになり、ハッとした。
この下地が見直されないかぎり、争いのない世界は現われてこないだろう。

自分の見方や考えがどんなものかもっとあきらかにして、実際はどうか

という方向へ転換することかと思った。

一人じゃ、できそうもないが。