水戸梅日記

水戸・いばらき

(続)「東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ」

2005-08-21 | 読んだ本
先日の続きです。ケンカのしかた十箇条。

第6条 ワクを超えた発想をする

そこにあるものを疑うことで、初めてその「ワク」の存在を認識できる。
「男と女のいい関係」がテーマであれば、
「女が引け!」「男が負けておけ!」などという話になるが、
<対幻想>という見方を知っていれば、「男女セット」そのものを疑える。

「なぜ、男女じゃなきゃいけないの?」 という「議論にならない議論」に持ち込む

相手は「はぁ?」となる。(でも、相手が、魔邪だったら、怖いですね・・・。)

目前のワク疑わないでその中で理論構築する人間と、
ワクを疑い、ワクにこだわり、ワクを見破って、なおも次を探す人間とでは、おのずと戦う土俵が違ってくる。


第7条 言葉に敏感になる

これなしに議論に勝つことはできない。

言葉に集中し、聞き耳を立てる

どんな些細な言葉でもいい。
不用意に出た言葉、無自覚に使われる言葉、曖昧になっている言語、すべてが攻撃対象となる。


第8条 間をあけない

ここまできたら、相手をもてあそぶのではなく、もう、振り回す技法。
必要なのは、頭の反射神経。立て続けに攻撃を加えて、攪乱する。

「神話ってなに?」
「えっとー・・・」
「昔話とどう違うの?」
「それは・・・」
「それぞれ英語で言い分けてみて!」
「ええーっ・・・」
「じゃ、物語とはどう違うの?」
「うーっ・・・」

そして、ワクをも超えてみせる

「それらの私の質問だけど、そんなに分類する必要があると思う?」

・・・やりすぎですね。(質問しといて、それはないでしょ。)


第9条 声を荒げない

ケンカに罵声はつきものだが、これをやったら負け。

選挙演説のように、熱いものを伝えようとする人がいる。
これに対し、「ワカラン」けど、頼もしいと思う聴衆がいる。

しかし、ひとたび議論になると、
「で、おっしゃりたいことは何?」をいう冷静な一言で覆される。

音や動きや雰囲気からくる恐怖は、言葉の恐怖の比ではない。
真に攻撃力を含有した言葉は、言葉だけで他を必要としない


第10条 勉強する

最後にこれ、と思うなかれ。

1から9まで、これなしにはどの項目も通用しない。
少なくとも相手よりわかっているという自負心が攻撃性の土壌

理論のない開き直りはただの性悪。
質問攻勢は聞き分けのなさ。
相手をさえぎる行為は常識知らず。
ワク外の発想は話にならん女。

というエエトコナシの女になってしまう。

だから、勉強しかない



以上、ほとんどが本からの抜粋です。

私は、これを小6の娘を相手にやります。(他の人にやったら嫌われます。)
だから・・・「おかあさんって、世の中で一番むかつく人間!」と言われるのだと思います。

這い上がる子どもを何度でも崖の下に突き落とす「ライオンのようなおかあさん」でいられるのは、一体いつまででしょうかね・・・・。

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