風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

北朝鮮という難題(中)

2017-06-06 01:34:57 | 時事放談
 前回のブログで、「この10年もの間、私たちは北朝鮮に時間を与え過ぎてしまった」と書いた。確かに、「戦略的忍耐」の美名のもと、事実上、問題を店晒しにしておきながら、トランプ氏への引き継ぎに当たって「北朝鮮が安全保障上の最大の懸念」などと伝えたオバマ前・大統領の罪は重い。もっと言えば、1994年に米朝交渉が決裂しかけたとき、当時のクリントン元・大統領が武力行使に踏み切っていれば、事態はとうに変わっていたに違いない。否、「戦争にチャンスを与えよ」(文春新書)のルトワック氏に言わせれば、そもそも朝鮮戦争を休戦協定でお茶を濁して、きっちり終わらせなかったのが悪い、ということになろう。冷戦崩壊とともに東・西ドイツはさっさと統一し、キューバですらも2年前に米国との間で国交正常化したというのに、南・北朝鮮は60年このかた、地球上で唯一とも言える冷戦時代の遺物そのままに冷凍保存されている。
 それは偏に誰もが「現状維持(status quo)」を望むからに他ならないのは、これまでこのブログで何度か述べて来た通りだ。とりわけ今、トランプ大統領が軍事的に北朝鮮を威嚇しつつも、単なる見かけ倒しで、その実、中国の影響力に期待して全て中国に「お・ま・か・せ」にしている通り、中国こそが北朝鮮の生殺与奪の権利を握るキー・プレイヤーでありながら、結局、北朝鮮を生き永らえさせている。
 実際、中国がその気になれば、なんとでもなるに違いない。北朝鮮の外貨収入源の半分を占める石炭の輸入を禁止し、極め付けは石油の供給を停止することで、北朝鮮は干上がってしまう。しかし北朝鮮が崩壊する寸前の断末魔を、あるいは崩壊した末の混乱を、誰も想像したくはないだろう。
 そうなると、中国にとって、200万人を超える朝鮮族がいる東北地方の延辺朝鮮族自治州の問題が切実だと言われる。モンゴルやチベットが自治区であるのに対し、人口が多く地域も広い朝鮮族は、自治区を求めても北京が応じることはなく、自治州のまま自治度も低いまま放置されて来た。そんな彼らが分離独立を主張して朝鮮半島と一つになろうとするのを懸念し、中国は朝鮮半島に単一政権ができるのを望まないと言われる。もし朝鮮族が不安定化すれば、モンゴルやチベットやウイグルにも波及し、辺境情勢が大いに不安定になりかねないからだ。それは統一朝鮮が実現して韓国に主導されるとしても(その可能性が大いに高いわけだが)、あるいは北朝鮮が崩壊して朝鮮半島に韓国だけが生き延びるとしても、いずれにしても困りものだ。中国が北朝鮮を守るのは、金正恩を守るという意味ではなく、朝鮮半島に単一政権ができて韓国ひいては在韓米軍と接するのを避けるための緩衝地帯として期待するがためである。北朝鮮を守るのに金正恩が障害になると判断すれば、中国は首をすげ替えるに吝かでなく、そのために金正男を温存していたと言われる。いずれにしても、中国にとって北朝鮮は失うことが許されない中華帝国の一部なのであり、その生存の保証人なのである。
 その北朝鮮が、常に中国に圧迫され言わば属国として虐げられて来た苦い歴史から脱却し、新たな生存戦略として期待するのが、米国というパートナーの存在だ。北朝鮮が核開発に邁進するのは、米国に対等のパートナーとして認めてもらい、平和条約締結に向けた交渉のテーブルについて貰いたいからに他ならない。しかし米国としては、統治体制の維持を目的とする北朝鮮が核開発を手放すとは考えられないため、相手にはなり得ない。中国としては、そんな北朝鮮の核開発を止め、核を除去して、中国の核の傘を提供して自らの勢力圏として温存するのが理想であり、それをトランプ大統領の圧力を借りて実現できるとすれば好都合だ。恐らく、中国はその程度にしか考えていないのではないだろうか。
 もし仮に統一朝鮮が北朝鮮ひいては中国主導で実現すれば、東アジアから米国のプレゼンスがなくなることを意味し、東アジアでの中国の台頭を封じ込めたい米国にとって、そして何より安全が脅かされる日本にとっては、悲劇だ。それこそ日清・日露戦争前夜の危険きわまりない安全保障環境に舞い戻ってしまう。
 ニューズウィーク日本版6・6号は、「トランプの『取引』が中国を増長させる」と題する記事で、トランプ政権では「政府部内にアジア問題を担当するプロがいない」、「特に深刻なのが国務省と国防総省で、アジア関連の主要なポストは今も『がら空き』だ」と伝えている。トランプ大統領が、北朝鮮問題で鍵を握る中国に丸投げしているように見えてしまうのは、どうもそのせいだろうと思ったりする。
 そんなこんなで辛うじてトランプ大統領のディールに期待しつつも、先行きはまだまだ不透明だ。
 サイバーセキュリティーの専門家で米国家安全保障局(NSA)の元首席監察官ジョエル・ブレナー氏は、世界各地で先月発生した大規模サイバー攻撃について「北朝鮮による外貨獲得が目的」との見方を示したものの、実際には僅かな資金しか得られず殆ど失敗だったと断定する一方、「北朝鮮のサイバー攻撃の能力は急速に上昇している」と警鐘を鳴らし、「彼らは無視されることが耐えられない。あの国を動かしている若者(金正恩)は狂っている。彼のやり方は破壊的で幼児的、病的だ。戦略がない。3歳児と同じで注目を集めたいのだ」と述べた。米国のヘイリー国連大使は以前、テレビのインタビューで、核・ミサイル開発で暴走を続ける金正恩を「パラノイア(偏執狂)状態だ」と非難した。ジョン・マケイン米上院議員はかつて金正恩を「クレイジーな肥満児」とこき下ろした。世界の主だった指導者と会って言葉を交わすこともなく、引き籠って、周囲の軍人さんが痩せているのとは対照的に不気味にぶくぶく肥るばかりの金正恩委員長を、果たして世界は御し続けることが出来るだろうか。
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